研究所に竜馬が来てから一月余。無事に高校を卒業して研究所勤めになった彼は、いまゲットマシンの操縦訓練を行っていた。
基本的な操縦技能については、さすが竜馬と言うべきかわずか三日で修得。通常の空戦は、半月ほどで空自のベテランと遜色ないレベルで身に付けた。
そして、いまはゲッターロボを用いた場合のシミュレーションを行わせている。
対戦相手は早乙女達人。僕である。
「ゲッタートマホーク!」
シミュレータ越しにも感じられる竜馬の突撃を気迫ごといなし、僕は自機であるゲッター2の機動性を生かして背後を取る。
「ゲッタードリル」
振りかぶったドリルがゲッター1のマント状の飛行装置を貫きその機動を乱す。そのまま突き貫けば、コクピットを破壊するだろう。
しかしそこは竜馬、突撃の勢いをそのままにコマのような回転を生み回し蹴りで反撃を行う。
僕はあえてその蹴りを真っ向から受けてゲッター2を後方へと吹き飛ばさせた。
ゲッター1が体勢を立て直して相対する、その一瞬。
「ジェットドリル!」
射出されたドリルの一撃がゲッター1のコクピットを貫通していた。
「だぁぁぁぁ! また負けたぁ!」
通信機から竜馬の悔しそうな声が聞こえる。
ゲッターの扱いではまだまだ負けんよ、とでも言ってやりたいところだが、もう二、三回もやれば追いつかれるだろう。
そんな恐ろしいまでの成長力と学習力が竜馬にはある。まさしくゲッターの申し子と呼べるほどに。
「シミュレーション終了。お疲れ様です。達人さん、竜馬さん」
「ああ、お疲れ様、南風くん」
「おう、渓! 喉渇いた。水くれ水」
シミュレーションルームから出てきた僕と竜馬を出迎えたのは、茶色の髪を短く切った若い女性だった。
彼女の名前は南風渓。
工業系学校からのスカウトで早乙女研究所にやってきた新人スタッフで、各種作業用ロボットのパイロットでもある。
ゲッターロボの予備パイロットとしても期待されているが、あいにくとまだシミュレーター訓練に合格していなかった。
一応言っておくと、南風くんの技量は必要十分であり、戦闘機の操縦を習得後一日でゲッターシミュレーターに合格した竜馬がぶっ飛んでいるだけだ。
「ところで、達人さん。ゲッターに乗るのは別にいいんだけどよ、ここまで急ぐ必要ってあるのかい?」
「あ、それは私も気になってました。それに、宇宙開発用と言うには少し……」
「重武装過ぎる」とまで続けることなく口ごもった南風くんに、僕は肯くことで答えどうしたものかと少しだけ考えた。
実のところ、父さんから二人に"事情"を話すことは許可されている。だが、ただ話したところでどうしても現実感と言うか、説得力には欠けるだろう。
これから戦っていくモノのことを考えれば、まず最初に何か強烈な印象を与えるような出来事にぶち当てたほうがいい。
……ここは一つ、釣りの真似事をするべきだろうか。
「そうだな。明日、明後日の訓練は中止だ。予定が決まったら連絡するから、研究所待機ではあるけど身体を休めててくれ」
「んだよ、回りっくどい。何かするのか?」
「なに、ちょっとしたピクニックさ」
竜馬の言葉に自分でも悪い顔で笑っている自覚をしながら答えて、僕は通信機で父さんへと連絡を入れた。
ゲッターロボ大決戦! 早乙女達人編
第一話:隼人の校舎
学生運動と言う物をご存知だろうか。1950年代から1980年代に盛んに発生していた、主に大学生による政治的な運動だ。
安保闘争だとか反戦運動だとか、そう言った理由はさておき、学生たちが徒党を組んで学内に立てこもり何かしらの主張をしていたと思って欲しい。
"俺"の知る漫画版ゲッターロボは、ちょうどそう言った時代を舞台としていた。
だが現在、"僕"、早乙女達人が生きているのは1990年代の後半であり、学生運動は既に過去のものという認識が大半だろう。
ただ一箇所、とある高校を除いては。
「それが、通称『隼人の校舎』ですか?」
「ああ、数年前に徒党を組んで校舎を占拠。学校側も警察も対処できず、ついに新しい校舎を建てる羽目になったって話さ」
大型トレーラーの運転席から、遠目に確認できる古びた校舎とそれに相対するように建つ新しい校舎を僕は南風くんに指し示す。
警察の機動隊による介入も失敗、自衛隊による治安出動は政治的な理由で見送り。今では、解散の呼びかけが定期的に行われる程度だ。
「鎮圧に失敗した最大の理由は神隼人。その頭脳の切れ、自称専門家曰く知能指数300の大天才。……まあ、いろんな意味でキレ者なのは間違いない」
そう、クールでニヒルで、実はゲッターチームで一番ヤバイ2号機担当、置いていかれることに定評のある神さんである。
元々ゲッターチームの面々についてはパイロット候補として探してはいたのだが、隼人の行状は、何と言うか、うんヤバかった。
おめえ、機動隊に死人出てんじゃねえか。
裏回りして車両奪取からのひき逃げ祭りって何だ。戦国か、戦国武将の戦い方か。
ぶっちゃけガチテロリストである。しかも隼人の校舎に参加してる他の面々は普通の学生なので、本気で隼人個人の頭脳とカリスマ性で動いてる。
ヤバイ。
何がヤバイって、調べた僕が「これ流石にアカンやろ」と持っていったのに、即採用して「いいじゃない」と笑った所長(父さん)とかが特に。
父さん曰く、自分が暗殺された時に後継者として戦い続けてくれそうなのが特に良しとのこと。
我が父のことながら覚悟とその他色んな物がキマっている。
「ええ、その神隼人さんとスカウトするのは百歩譲っていいとしても、あそこまでする理由ってあります?」
「ああ、竜馬をぶつけるのは他の人間だと殺されかねないから。ゲットマシンを持ってきたのは……釣り餌、かな?」
「釣り餌? ……あ、イーグル号が上空に到着します」
南風くんの言葉に応じるように、東から爆音を立てて赤く塗装された戦闘機が市街地上空に侵入してきた。
言わずもがなのゲットマシン1号機、流竜馬搭乗のイーグル号である。
久々の実機飛行ではしゃいでるらしい竜馬は、『隼人の校舎』上空を二、三度旋廻してからVTOL機能を使って校庭に堂々と着陸してみせた。
「煽るなあ、竜馬のヤツ」
「だ、大丈夫ですかね? いきなり攻撃されたりは……」
「するだろうなあ。一応殺すなよとは言っておいたけど、勢い余らないといいなあ」
「えぇ……」
「心配するところそこなんですか?」と言いたげな南風くんだが、相手は竜馬なので仕方がない。この人、ゲッターチームなんです!
上空から雨がぱらつき始めた中、竜馬が校舎内に入っていく姿を見送った僕は、次いで傍らの計器が微小な振動を計測するのを確認した。
「獲物がかかった。ま、様子見か。いきなり大物が来ても困ったけど」
「達人さん?」
「いや……さ、南風くん、雨が本降りになる前にベアー号とBT(ビィート)の用意をしておこうか」
天候が悪化し、黒雲が渦巻く下で、僕は戸惑いがちに付いて来る南風くんとともにトレーラーの貨物室へと向かう。
釣れるのはどうせトカゲだ。精々噛まれないようにしようじゃないか。
一方その頃、隼人の校舎内部。
流竜馬は、目の前に居る痩せぎすの男の手刀によって切られた頬から流れる自らの血を指で強引にぬぐいながらニヤリと笑っていた。
古馴染みの早乙女達人の誘いに乗ってゲッターロボのパイロットになったのはいいが、訓練漬けで多少は退屈していたところでもあった。
そこに来て不良どもがたむろする学校の校舎に殴りこみをかけるのだと言う。
理由はよく分からないが、思い切り暴れていいとのことだったので竜馬は二つ返事で引き受けた。
「いいね。周りの連中は半端者ばかりだったが、お前となら楽しめそうだ」
不良どもは本当に不良どもでしかなかった。骨が折れたくらいで泣き喚く、ちょっと小突いただけで悲鳴を上げる。
高校時代に参加した空手の大会を思い出して、そのまま三階まで来てため息を吐きそうになっていたところだった。そいつが現れたのは。
神隼人。
事前に目を通していた資料にあった、不良どものリーダーの名前を思い出して竜馬は笑う。
コイツだけは"本物"だ、と。
「何処のどいつかしらないが、ここまで来たんだ、覚悟はできてるんだろう」
「は、御託は良いぜ隼人さんよ。顔見たら分かった、なるほど、ジジイと達人さんが目を付けるはずだ」
学校を占拠して、シンパの不良を使って戦争ゴッコ、機動隊も歯が立たずに腫れ物扱い。
退屈していたのだ、神隼人も。流竜馬と同じように。
ニタリと、二人の男がどちらからともなく笑う。笑う。笑う。
「チィッ!」
「ケッ!」
次の瞬間には手刀と脚が交錯した。
頚動脈を引きちぎろうとした隼人の攻撃と、容赦なく顔面を蹴り砕こうと放たれた竜馬の攻撃は、互いに浅く掠めて空を撃つ。
そうしてまったくもって容赦の無い、互いに相手が死ぬとか自分が殺すとか、そう言った些細なことを考えぬ一撃の応酬が始まった。
血しぶきが飛ぶ。肉をがねじれ、骨が軋む。ソレを見て笑う獣二人。
その時である。
「は、隼人さん、はや……」
フラフラと死闘の舞台に乱入してきた不良学生が血をぶちまけて死んだ。
犯人は竜馬でも隼人でもない。
それは一匹の異形。
トカゲを二足歩行にして、少しだけ人間の姿に近づけたようなそれは、長い舌を伸ばして不良学生の死体を二度三度と刺してもてあそんだ。
再度、舌が伸びる。
肉を打つ音。血が飛び散り、骨が砕ける音がする。
「はーん、なるほどねえ。こいつが、あのクソ科学者親子の言ってた"敵"ってヤツか」
ぐしゃりと湿った音が鳴って、しかし床に落ちたのはトカゲ人間の方だった。
竜馬は、引き千切った長い舌をぶらぶら揺らして遊びながら、大量の血を流して痙攣するトカゲの頭を踏み砕いて脳漿を散らす。
「ヒィーヒヒヒヒ、ヒィアー!」
背後では、隠れ潜んで奇襲を仕掛けてきたもう一匹のトカゲ人間が、奇声を上げる隼人の手によってミンチになっているところだ。
さらに今度は人型でない大型のトカゲ、恐竜にも似たそれが飛び込んできたが、竜馬はその辺に転がっていた椅子を投げつけた後に蹴り殺した。
例外二人(竜馬と隼人)を除けば、周囲は地獄絵図になっている。
隼人のシンパである不良生徒たちは殺され、弄られ、食われた仲間を見て狂乱の中にある。
やがて校舎に侵入していた怪物たちは竜馬と隼人によって全滅したが、もはや物の役に立ちそうなのは隼人くらいだろう。
血と肉とアンモニアの臭いが鼻につく空間が揺れる。同時に耳元に付いていた通信機から達人の声が聞こえてきた。
「竜馬、本命が来たぞ。それなりに大物だ。生身でやるなら止めないが、どうする?」
「冗談。さすがに今見えてるデカ物相手じゃあ、殺す前に俺が餌になっちまう」
「了解だ。ジャガー号を送る。神隼人はコクピットにでも入れておけ」
通信が切られると同時に、校庭に大型のトレーラーが乱入してコンテナ部分が展開させ白い戦闘機、ジャガー号の姿があらわになる。
トレーラーの傍らでは、饅頭のような形をした手足のついた人型戦車……BT(ビィート)-23が空に向かって機関砲を打ち上げていた。
何かしらの理由がなければ、あの戦車には南風渓が搭乗しているはずだ。
「何なんだ、何なんだ、アイツらはッ!」
「敵さ。それより隼人、ちょっとばかり付き合ってもらうぜ」
「なに? うっ、うわぁっ!!」
必死に状況を整理しているのだろう、なにやら考え込んでいた隼人を、竜馬は容赦なく三階の窓から校庭に向けて投げ捨て自分も飛び降りた。
勢いよく投げられた隼人はそのままジャガー号の操縦席に吸い込まれ、ソレを見届けた竜馬は自分もイーグル号へと飛び乗った。
上空では、機械と恐竜が融合した巨大で奇妙な二本首の怪物と黄色い戦闘機が交戦している。
巨大な怪物、計器に表示される呼称によればメカザウルスは、その金属部分から小型の翼竜のような物を射出しており、BTはそれを迎撃していた。
ベアー号はバルカンで小型翼竜を迎撃しつつ本体であるメカザウルスにミサイルを撃ち込んでいるが、さほど効果は見られない。
大型ミサイルを積んだベアー号では小回りが利かず、翼竜相手に後手に回っているようだった。
「ハッ。いいね、おあつらえ向きじゃねえか。ゲッターロボの初陣にはなあ!」
竜馬は、吼えるように言ってイーグル号のスロットルを全開にした。
推進器が火を噴き、校舎の一部を吹き飛ばしながらイーグル号は一瞬で亜音速にまで加速する。
バルカンがうなり、ミサイルが小型翼竜を爆砕し、一瞬の空隙が戦闘空域に生じた。
真後ろからはジャガー号が来る。ベアー号は空中で弧を描き、既に最後尾。実に"分かっている"。
「行くぜェ!! チェンジ、ゲッタァァァァァワンッ!」
後方からジャガー号が猛スピードで追いすがる。きっと今頃、隼人は前を飛ぶイーグル号のエンジン部位をドアップで堪能しているはずだ。
衝撃、続いてベアー号がその大推力のエンジンを光らせて追いすがる。
「ぶ、ぶつかる、潰される!」
機内無線が同期したことで聞こえてきた隼人の声を他所に、ベアー号は最高速度をそのままに連結したイーグル号とジャガー号へと突き刺さった。
腕が伸びる。足が伸びる。内蔵フレームが展開され、それに添ってゲッター合金が伸縮して装甲を形成した。
時間にしてわずか数秒足らず。
連結していた三機の戦闘機は、いまや赤をメインにした塗装を施された、横に延びた二本の角を持つ巨大な人型ロボットへと姿を変えていた。
「やっぱり自動操縦じゃ遅すぎるな。まあいい、合体しちまえばこっちのもんだ。確かめさせてもらうぜ、ゲッターロボの力をなあ!」
「ひっ、ヒヒッ」
「ジャガー号分のフォローはこっちでする。思い切りやれ、竜馬」
ベアー号の達人の言葉に、言われずともと返し、竜馬は操縦桿を押し込んだ。巨大ロボット、ゲッター1が空を舞う。
そのエネルギーはゲットマシンとは比較にならないほどに跳ね上がり、周囲を囲む翼竜をその質量と速度で粉々にしていく。
血と体液を浴びながら、目指す先には母艦型メカザウルス。
敵は双首をもたげ、ゲッターロボを待ち構えていた。
「チェンジ、ゲッタァァァァァワンッ!」
通信機越しに竜馬の雄たけびが耳に届く。ゲットマシンが激突し変形する衝撃が身体を貫き、高揚感が心を満たしていた。
ここから全てが始まる。
敵メカザウルスはただの一体。我々が立ち向かうべき最初の敵、恐竜帝国との争いの緒戦、局地戦に過ぎない戦い。
しかしそれは次々に訪れる侵略者たちとの戦い、ひょっとしたら永遠に続く闘争の始まりになるかも知れない一戦だった。
とうに覚悟は、決まっている。
"俺"と"僕"が混ざり合い、早乙女達人として生きていくことを定めた瞬間に、そんな物は済ませていた。
戦いの果てにある物が死でも滅びでも、あるいはゲッター線のもたらす緑色の輝きに染まった未来でも、全力で抗ってやるのだと。
「ゲッタートマホーク!」
ゲッター炉心の出力を上げる。竜馬が振るう斧の刃が、メカザウルスの肉を引き裂き、返しの金棒が金属装甲をひしゃげさせた。
生体である恐竜部分が断末魔を上げ、体液と爆音を撒き散らしながら落ちていく。
翼竜に乗って脱出しようとするハチュウ人類たちを、竜馬はゲッター1で追撃し容赦なく轢き潰した。
外部カメラごしに恐怖の表情を浮かべながら地面の染みになるトカゲ顔の兵士の姿が見える。
哀れむまい。慈悲をかければ、次にあの表情を浮かべているのは僕自身か、あるいは家族の誰かかも知れない。
地上では、父さんの指示でハチュウ人類のサンプル回収が行われているはずだ。
南風くんには辛い仕事かもしれない。
伸ばされたゲッター1の腕が逃げる翼竜を握りつぶし、全ての敵は消えうせた。
「敵の全滅を確認。竜馬、ご苦労さん」
さて、あまり心配はしていないが隼人のスカウトもしなければな。
初陣を終えた僕は、無性に家族の顔が見たくなっていたことに気付かないふりをしながら帰還の指示を出すのだった。
NEXT その名は恐竜帝国