特別になれない   作:解法辞典

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第三十四話 BreakThrough

 暗雲を晴らすかのような光の奔流が、見る者へ与えたのは、前向きな感情ではなかった。楊志と戦う天使やクリスが見たのは、その光が消えた後に地面へと落下する単なる人影と言い切るには大きすぎる姿。高昭の姿である。

 建物が倒壊する音もせずに落下した事を確認できる。高昭が道路に叩きつけられたのだと理解するに至るのは容易であった。

 猶予は一刻も無い。

「いい加減にしつこいんだよ!」

 何度目になるかわからない攻撃を楊志に止められ、天使の焦りはこれ以上になく高まっている。もう二度と、会えなくなってしまうなんて許せないから、天使はこんなところで踏みとどまっている訳にはいかない。

「あんな高さから落ちて、助かってる訳ないでしょ。馬鹿だね。」

 楊志は、クリスと天使の攻撃を捌きながら冷めた目で二人を見る。

「馬鹿はてめえだ。」

 天使が繰り出した攻撃は、楊志の右肩に直撃する。楊志の疲弊は既に限界に近く、荒れた天気の中で二人を相手に戦い続けるのは、無茶になっている。

「ぐぅっ!」

「高くんが誰かに後悔を残す死に方する訳ねえだろ。寿命か、自殺とかじゃなきゃ殺しても死なねえよ。」

「今日の天気なら可能性としては、どざえもんだろうな。」

「……。まあそんなところだ。」

 クリスの言葉は、天使は理解が出来なかったが、同意をしておく。

 一応の大勢は決まった。人数の利に加えて、十分な一撃が入った以上は、決着は時間の問題である。

 一層、天使が目の前の敵に集中しようとしたところで、楊志の表情が崩れる。痛みではない。安堵したような表情。

「こっちは、昨日の意趣返し。」

「天、危ない!」

 クリスが天使を守るように立ちふさがると、楊志とは別の方向から切りかかって来る何者かの攻撃を喰らってしまう。

 浅く受け、返しに蹴りを喰らわせたが、クリスも既に十分に疲弊している状態。この傷は、無視できない痛手となってしまう。

「増援、か。」

 挟まれる形になってしまった天使とクリス。対する増援は、楊志と比べれば実力は数段劣るものの梁山泊が三人。人数比が逆転し、加えて疲労の有無が戦局に大きな影響を及ぼすというのは、他でもない天使とクリスが楊志相手を打倒出来た理由であり、敗色は濃厚になった。

 恐らく、天使が一人突破しようとも直ぐに追いつかれてしまう。

「こうなったら。」

「駄目だ。天は力を温存して、使うべき時、使うべき人を考えろ。」

「でもこのままじゃ。」

 全力の放出で辺り一帯を焼き掃ってしまおうとする天使を、クリスは止める。

 クリスが述べるのは、飽くまでも理想論。天使に疲労をこれ以上溜めてしまえば、黒田高昭に辿り着く事も難しいのは事実。だが、このまま手をこまねいてはここで全てが終わってしまう。

 仮に辿り着いたとしても、天使が持つのは、切り札も万策も無い。ただ、高昭に向ける気持ちのみ。それでも、その踏み出した一歩が、他の家族を動かし、クリスを動かしたのは真実である。

 黒田高昭を、信じたいという決心を抱かせたのは、板垣天使の一歩である。

「なんだ?」

 楊志が声を上げたのは、封鎖されている筈のこの街に、この場所に向かってくるエンジン音が聞こえたからだ。雨を照らすヘッドライトは、真っ直ぐに伸びる。そして街灯はその人物を照らし出す。

 バイクの上で髪を靡かせる女、二人。

 一人は、この二日で川神市一有名な女。項羽――またの名を葉桜清楚。

 もう一人は、九鬼であり天使の友人である女。九鬼紋白。

「どけぇ!」

 強引な介入と同時に項羽は、まず一人の敵を吹き飛ばした。

「ここは我と清楚が引き受ける。天は構わず行くべきところに!」

 構えを取ることもなく、紋白は腕を組み、天使とクリスに背を向けて話す。実際、清楚が居ればそれだけで、他の武力が必要ない程に十分過ぎる戦力だった。

「でも、九鬼は手を出さないんじゃ。」

 その疑問は当然のもの。天使が病院で偶然に聞いたように、未だ九鬼が高昭に関して手を出す事は許されていない。紋白は鼻で笑って、自信に満ち溢れた声で反論する。

「黒田高昭を助けるなとは言われている。が、それを助けようとする者を助けてはならないとは言われていない。だから、こっちも援軍が来てる。」

「さっさと行け。奴を救って来い。俺は勝ち逃げは許さないからな。」

 項羽として語り掛ける清楚にも後押しされ、天使は駆けだす。

「行かせるわけには――。」

 立ちはだかろうとする楊志を止めたのは、クリスの一閃。

「殿は自分がやらせてもらう。天は、天の戦いを。」

「おう!」

 天使は、走った。振り返らず、高昭を目指して走った。今目指す場所は、先程の落下を見ていたという曖昧な情報でしか知り得ない。

 場所だけではない。高昭に何があって、何をしたいのかも知らない。修羅というモノも知らない。黒田家の事も、紗由理の事もそこまで詳しくない。

 ただ、天使は高昭が好き。

 他の何より、一番だから、天使は理由が無くとも高昭を目指す。会って何かをする必要は無く、天使は傍に高昭が居て欲しいだけ。だから天使は諦めない。

 

 

 高昭の墜落地点に、より近くを進む由紀江達、その行く手を阻むのはより多くの障害であるものの、大した足止めにはならない。

「量ばかりはわんさかと……。」

 マルギッテがぼやくように、脅威は殆どなくとも数は膨大。マガツクッキーと梁山泊は単純に道を塞ぎ、倒したとしてもその残骸、気絶した体が道を閉ざす。一般人二人を抱える状況において、一分一秒を急がなければいけない状況で、意図はしていない筈である敵の効果的な作戦に焦りが生まれていた。

 マガツクッキーに制空権を取られている以上は、無防備のまま戦闘が出来ない二人を抱えて民家の上を飛んで移動する事は少々リスクが高い。

 雨に濡れる携帯電話の画面を拭きながら、委員長が届いたメールの確認をする。

「援軍に源氏の三人が来てるらしいが、余裕ないよなぁ。」

「持ちこたえるのは容易いが、それでは彼には辿り着けないと分かりなさい。」

 委員長のボヤキに対し、マルギッテは冷静に返す。

 そして、近くの塀をトンファーで殴り、瓦礫と変える。これを合図に、他の全員が一気に動く。

 マガツクッキーは高昭の母を抱え、委員長と共に来た道に翻す。

 由紀江は刀を引き抜くと、居合の要領で以って斬撃を飛ばす。上空のマガツクッキーの何体かを墜落させると、その破片は崩れた瓦礫と共に追手の足止めになる。

「マルギッテさん。この場は任せます。」

「ふん。」

 鼻を鳴らす事で、返事としたマルギッテは、即席のバリケードを乗り越えて来る輩を次々に倒していく。無駄にかき集めた雑兵は一人倒されると更に後続の邪魔になる。

 こちらに向かう増援が、遠くから上空のマガツクッキーを狙撃しながら近づいている事もあり、この場は十分マルギッテで抑えられた。

 正面突破よりも迂回した方が早いと判断した由紀江と委員長は、高昭の動きに先回りすべく走る。

「あいつがどれだけ振り切った気になっても、絶対に割り切れる訳がない。未練タラタラの筈だ。」

「高昭くんは、増水した川へ身投げで命を絶つのが最終的な目的としても――。」

「ああ、絶対に黒田家に立ち寄る。あいつはそういう奴だ。」

 最短で高昭の落下地点を目指していても、妨害された場合を考えて行軍を進めていたのは幸いであった。本来であれば、流石に気を失うか、暫く動けない筈である高昭に一直線に走るのが最適である。だが、一度動いてしまえば、一般人では追いつけない。それを見越しての先読みの行動。

 援軍の知らせが無ければ無茶な行動であっても、場を持たせる戦いに変わってしまえば、マルギッテ一人でも十分にやりようはある。

「こういう時、力になれないのは歯痒さがあるものだな。」

 戦闘の音を聞きながら、委員長は独り言を漏らす。

「一朝一夕で身につかないものを思って後悔するくらいなら普段の事にもっと気をかけて取り組めばいいんです。」

「滅茶苦茶真面目にやってるだろ?皆が望むままに。」

「じゃあ、刀に興味があるとか言ってたのも、私の機嫌を窺って。でしょうか?」

「少なくともまゆっちが居なきゃ切っ掛けも無かっただろうな。」

 雨に揺れた前髪が目にかからないように抑えながら、委員長は言葉を続ける。

「俺が大衆寄りで『委員長』だから、原因は兎も角、結果は綺麗である方が望ましいとは思う。だが、高昭は事の初めから終わりまで全てが綺麗事じゃないと気が済まないみたいで正直面倒くさい。」

 委員長が高昭への苦言を言うと、由紀江は溜息を吐く。理由は単純に、自分の質問が躱された事に対してと、委員長の考えの浅い口の悪さに対してである。だが委員長の言葉が折角立ち直りかけた高昭の母親の地雷を踏みぬいた。

「やっぱり私たちのせいなのよね。」

 浮き沈みの激しい性格は――というより沈みしかしないような性格は、高昭に似ているなと、委員長は感じた。関係が薄かったとは言っても親子の繋がりがあるのだな、と思う一方で、息子と同じで面倒くさい人だと感じたのは、委員長だけに止まらない。きっと由紀江もそうだろうと、委員長が目を向けると、自分は関係ないように、手乗りした松風に話しかける由紀江が目に入る。

 はしごを外された委員長は一人で応対しなければならなくなった。

「それでも、あいつだって多少の成長はしてるんですよ。ちょっと現実が分かってきているみたいです。」

 自分の失敗と関係なく、息子が自立している風に言われ、母親として少し安心したのか、顔に血の色を通わせた高昭の母親は、まるで息子の学校の様子を窺うように問いかける。

「それは、どんな風に?」

「確証があるようなので、私も聞いておきたいです。」

 視線を浴びる委員長は普段より真面目な顔で話し始める。

「自分は完璧になれない。だから特別な皆の為の自己犠牲。証拠が全て消え去った今、誰が『K』であるか証明不可能。その言葉すら、誰かが口にしなければ明るみに出る事もない。故に、自分の姉が一般人として暮らせるように、両親の過ちが露呈しないように、あいつは単なる『修羅』として暴れて、咎を全て被って死ぬつもりなんだ。」

 あらゆる全てが完璧なものという理想から、少なくとも自分は完璧ではないという現実を高昭が知ったと、委員長は断じた。

「……それでも、世界は、周りは完璧であるというのは、高昭くんの願望でしょうか。」

「或いは、あいつの目には本当にそう見えてたのかもしれない。家族も板垣たちも俺らも誰もかれもが。」

 側頭部に手を添えながら渋い顔をする委員長。

「そこまで考えが及んでいるとして、考察するまでも無く高昭が死にたいために並べ立てた理由の解明なんざする価値がない、半分は真実だろうが半分は妄言に近い。俺らが考えるべきは、あいつの心を揺さぶれる行動。」

「若しくは、それが出来る人物が来るまでの時間稼ぎ。」

 

 

 時を同じく、高昭に一番遠い戦場。他と同じく両陣営に増援の兆しが表れていた。先行して近づいてきた梁山泊の下っ端は飛び掛かり、辰子に傷一つ負わせる事なく吹き飛ばされる。

 史進にして流石と言わざるを得ない辰子の防御力は、疲弊しているとはいえ、直撃さえしのげば史進の攻撃を受けても、両の手で数える内に倒れる事がないと断言出来る程度であった。

 竜兵と林冲は、この戦いが始まる前からの傷も深く、既に互いがボロボロになっている。ルール無用の泥仕合に転じていく中で何よりも目を引くのは、純粋な武闘家であり、傭兵である林冲が、竜兵のチンピラ染みた戦い方の土俵まで降りてきている所である。如何に二人が共に傷を負っているとはいえ、構えが崩れる程ではない。

 だとすれば何故、死力を解き放たないのか。

 理由は単純であって、正々堂々、である。フェアな喧嘩をする為の下拵え。

 互いの増援を黙らせてからが本当の勝負と考えているのは林冲。その為に、泥仕合の三文芝居を打って体力の温存に努めている。

 それを横目に眺める辰子と史進も、増援を片付けるまでは様子見であった。

「死ねぇ!」

 竜兵の突き出す拳は、林冲よりも遥か後方へ狙いの定めた拳。

 それを察した林冲も、竜兵の背後へと注意を向ける。

「助太刀に来たよん……。って危な!」

 上空から降り立ったのは松永燕。その頭を撃ち抜かんとする竜兵の拳を間一髪で避ける姿は、咄嗟であるのに流石の一言に尽きる程である。

 一方で、林冲は同様に梁山泊の増援に仕掛け、殲滅せしめた。準備万端とばかりに構えて待つ林冲。

 それを見て竜兵は、燕に背を向けて林冲へと標的を戻す。

「邪魔だ。どっか行ってろ。」

「何を馬鹿なこと言ってるのかな。私に任せて二人とも彼を助けに行きなって。」

「ガキじゃねえんだよ、俺もあいつも。誰かに説教される筋合いは無いし、責任くらいはてめえで取れる。」

 馬耳東風の竜兵。燕は顔に青筋を浮かべながらも渋々引き下がる。

 矢張り、四人。この場で決着をつけるべきが相対する。間合いは林冲に有利に働く程度であるが、そんなものは、黒田の奥義を真似る竜兵には小さな障害に等しい。

 全員がボロボロの体で、優劣は間違いなく気力が大きな要因となる。

 ルール無用のタッグマッチで、観客は増援に来たはずの面々。手加減して迎撃された梁山泊も、燕も、茶化す事はしなかったが、彼らの目的が分かると、もう殆ど野次馬でしかない。

 林冲が先に仕掛ける。一度も敵に流れを渡さない為の連撃を繰り出す。十八番である槍の連撃は身を打つ雨よりも激しく竜兵に襲い掛かる。

 一振り目を避ける。続く二、三撃目も避ける。今までとは違う体捌きで、竜兵は攻撃を避けていく。

「隠し玉!荒削りとはいえ、黒田の奥義か!」

「使えねえなんざ一言も言ってねえからなぁ!」

 ――林の構え。

 回避の奥義たるそれは、当然攻撃とは大違いな動き。攻撃よりも使う機会が多く、そして同時に、弱点を突かれれば瓦解する脆さがある。

 竜兵が模倣した不出来な奥義は、先に見せた技と同じく不完全で、大きく、体への負担を押し付ける。軋むのは当然。竜兵の体を濡らすのは、雨だけではなく、やせ我慢を示す冷や汗も含まれるのは対峙する林冲には十分に分かった。

「本家本元よりも的が小さい上に、視界が悪いな!」

「アイツと比べりゃ完成度は劣るがな――。」

 竜兵は避けると同時に構えを切り替える。流れるように『風の構え』になった次の瞬間には、放たれた拳が、林冲の腹部に突き刺さっていた。

「それでも十分にリーチと一撃の重さはあるんだぜ。」

「しかし、この間合いなら!」

 苦痛に顔を歪めながらも、林冲は握る槍を的確に竜兵の脇腹に突き立てる。浅いながらも傷を負わせると、怯んだ隙に林冲は竜兵を蹴り、互いの距離は更に離れる。

「痛ってーな、クソが!」

 大声を出して威嚇する竜兵であるが、対する林冲の顔は涼しいものであった。互いに受けたダメージは殆ど同じ、若しくは林冲の方が直撃を受けた分の不利を背負う。

 しかし、無理な動きで自分の体を虐めながら戦う竜兵の蓄積した疲労と負荷は限界に達していてもおかしくは無かった。

「恥ずべきなのかも知れない。こんなにも思っている人達がいる黒田高昭を見殺しにしようとしていた過去の自分を。」

 だから、林冲が勝ちに手を伸ばすのは、高昭が悪ではないと確信するからだった。死なせてはいけないと思うのは、生来の良心と武人としての心得によるところが大きい。故に林冲は戦う。

 主張があるのは竜兵と林冲。

 それでも急いているのは、辰子であるのは間違いなかった。竜兵とは違い割り切れず、どちらかと言えば紗由理にべったりだった辰子は、高昭をきちんと見ていなかったという負い目がある。

 そして、比較的怪我が軽く、竜兵の姉であるという責任。それら諸々の理由から、辰子が取った行動は、竜兵のターゲットに集中して攻撃を集める事だった。

「うおおおおおお!」

 林冲も史進も巻き込むべく辰子に地面へと叩きつけられたバス停は、コンクリート部分に亀裂を走らせながらも、十分な頑丈さを発揮する。

 その攻撃より生じる衝撃は、水飛沫だけに止まらず、砕いた道路を石礫として敵へと飛来させる。このパワーに加え、史進の攻撃を喰らって尚パフォーマンスを落とさない頑丈さが辰子の長所。

「リン、そっちの野郎よりこっちのが数段ヤバイ!」

 棒を回転させ、二人分の石礫を弾きながら、史進が林冲に告げたのは、手負いの虎よりも恐ろしい者の存在。この場にいる怪我人の一人でありながら、普段と変わらぬ動きを見せる辰子は、昨日背中に直撃を受けた人間であるが、武器を振り回す姿に背筋へのダメージを感じさせない。

 故に二人で対処するしかない。幸いにも竜兵は吹き飛ばされたままで距離はまだ遠く、辰子は合流を待つ素振りが全くない。そして、『壁』としての黒田高昭に戦い方を教わった竜兵や辰子への対抗策の一つとして、数的イニシアチブを取る事だと史進は判断する。

 事実として、一対一の戦いを前提とする方法では、梁山泊の連携を崩すのが難しい。

 それは、辰子も承知の上だった。

 バス停という鈍器を、林冲に投げながらも、辰子は一直線に史進へと駆けていく。横やりの一発くらいであれば喰らっても構わない。そういう捨て身姿勢による事実上の一騎打ちを成し遂げるべく、辰子は走っていった。

 瞬時に、林冲を狙う事が不可能と悟った辰子は、史進を倒す事を選ぶ。

「取った!」

 間合いに入った辰子は、勝利を確信したかのように、そう叫ぶ。大きく右足を踏み込みながら、辰子が見開いた双眸は史進を確かに捉えていた。

 しかし、その動きは史進に見覚えがある動き。即ち、軸足を踏み込む様は回し蹴りに近しく、最早語るまでも無く黒田の技。竜兵が使えるのなら、辰子が『火の構え』を出来ない道理は無いと、史進は断定した。

(一撃で決めに来たのなら失策!)

 不意をつけないのならば史進が、黒田の奥義なら兎も角、贋作に反応できない訳がなかった。攻撃に合わせたカウンター、回し蹴り出さんと伸ばされた足の膝を折り砕かんと握る棒に史進が力を込めた。

 極限まで高めた集中の中で、不意に史進は気づいてしまった。

 如何に男と女でのリーチ差があろうと、辰子のそれは、踏み込みは、余りに深すぎた。

「っあ。」

 どちらが漏らした声であったか。両者が崩れ落ち、消え入るようなうめき声は雨音にかき消される。

 背中に致命傷を抱えた辰子による決死の鉄山靠。それは、限りなく低かったこの戦いの勝利を手繰り寄せるために放たれた魂の一撃。

 両足で立ち、残ったのは林冲と竜兵であった。

「この喧嘩、どうやら俺の勝ちみたいだな。」

 竜兵は自信満々に笑って、林冲に向かって断言した。

「ハッタリじゃないぜ。何せ必勝パターンが既に思いついてるからな。」

「今更侮ったりはしない。」

 槍を構える林冲の険しい顔つきを見て、矢張り竜兵は笑う。

 余裕を見せる竜兵だが、体は既に限界が近い。それは林冲も同様で、次が最後の攻防である事は、何となく、経験から二人ともが感じ取っていた。

 動いたのは、当然、竜兵。

 姿勢を低く走る様を見ても林冲は眉一つ動かさない。予想を立てるまでも無く経験から導き出した答え。こういうタイプの輩は、最後は絶対に信頼のおける技を出すという事。竜兵が信頼を置くのは、技でも流派でも何でもない、家族。

 目の前の男は、絶対に、最後は、黒田の技で決めに来ると、林冲は確信していた。

 そう、『最後の最後』はそうすると確信していた。

「だぁああああ!」

 竜兵が地を蹴る。

 打撃に対する防御を固めて、槍を盾にしている林冲の、腰を槍諸共、捕まえた。そう、竜兵にとって最後とは、高昭を一発ぶん殴る時である。

 故に竜兵は、今、投げ技を選んだ。

 林冲は咄嗟に片腕を槍から離すと、竜兵の拘束に捕まる前に、腕一本だけ逃れる事が出来た。そして、投げを決めに来た竜兵の後頭部を殴打する。

 意識を刈り取る為に放たれた林冲の攻撃を受けて、竜兵の体が、フラリと傾く。

 傾くが、落ちる事は無い。

「浅かったか!」

 林冲は、竜兵の意識を刈り取るまで殴り続ける。二度、三度、殴られても、竜兵は意識を落とす事は無い。

 林冲の読みは完全に当たっていた。それでもこの瞬間において、竜兵の思いは、気迫は、林冲の実力を、確実に凌駕している。

「そうだ、お前らに負けっぱなしで、ここで倒れたら二回目だぞ。二度も、意識失って……。」

 竜兵は頭から血が流れようと、動きは止まらない。

「あいつを止められないようじゃ、かっこ悪ぃだろうがよ!」

 バックドロップで逆に林冲の意識を刈り取る竜兵。ふらつくも、決して膝をつく事は無かった。勝利を掴んだものの竜兵も重症である。だが、休む間もなく、竜兵は辰子を担いで歩き出す。

 高昭の居場所の見当すらつかないが、竜兵は足を動かさずにいられる性分ではなかった。故に、肩を掴んで止めようとする手を振りほどき、歩み進める。

「ちょっと!傷の手当するから止まりなって。」

 そういえば、こんな奴が居たな、と燕に視線を送る竜兵の顔はこれ以上になく歪んでいた。痛みと、面倒くさい女に絡まれた事が原因である。

「肩触んじゃねえよ気持ち悪い。」

「その気持ち悪いって言葉。超絶美少女、燕ちゃんに言ってるのかな?」

「女に興味は無いからな。見かけなんざどうでもいいんだよ。触るなどっかいけ。」

 静止を振り切って動き出そうとする竜兵。

 燕は、その背中に声をかける。

「彼の元に行ける方法、知ってるんだけどなー。」

 白々しく、しかしこの話自体は燕にも利があるが故にはっきりした声が、竜兵の耳に確かに聞こえた。

 振り向いた竜兵の目は、傷を負って尚、死んでいない。

 死んではいないが、普段であればこういう言葉をかけられれば直ぐにでも胸倉を掴む男は、姉を担いで歩くのがやっとであるようだった。

「意地悪する気はないからねん。だから取り合えず……。」

 竜兵は、目の前の燕が突きつける腕、その腕についた『平蜘蛛』をじっと見ている。

「応急処置、しよっか。」

 

 

 

 

 

 

 彼を止めんと行動する者、彼の望みを叶えんとする者、多くの思いが彼に向いているのは今日この時。

 故に、彼は問うのだろう。自らの行いは、間違っていたのか、と。

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