ロクでなし魔術講師と学生警備官(仮)   作:一徒

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02.未だやる気なし

「《雷精の紫電よ》ッ!」

「ぎにゃああぁぁああっっ!!」

 

 システィーナの指先から放たれた電撃が真っ直ぐグレンへと飛んでいき電撃の直撃する弾けた音とグレンの悲鳴が中庭に響いた。

 これで何度目だろうか──身体を痙攣させたグレンが地面に倒れ伏す姿は焼き回された射影機のフィルムを回して見ているような姿にシスティーナは困惑も呆れになり始めて久しい。

 

「ふふっ……まだまだ勝負はこれからだぞ……」

「えぇ、もう何回倒れたと思っているんですか……」

「ええい喧しい!! これで三十回目だい畜生め!! いい加減に眼がチカチカするのも慣れてきたわ!! 文句あるか!!」

「《雷精の紫電よ》」

「あぁぁぁああっっ!!!!」

 

 膝が笑ってガクガクと震えながら何度も立ち上がるその姿は、昔システィーナの両親が連れて行ってくれた牧場で子馬が立ち上がる姿を思い出してしまう。あの時はルミアと二人で子馬の必死に立ち上がる姿に頑張れと応援していたが、今はちょっと応援できそうにない。だが痛々しくも諦めないグレンの姿勢は主に男子の心を掴んだようで、一部の男子が立ち上がるグレンを見守っていた。

 

「これで三十の大台を超えたぞ……」

「アイツまだ立ち上がるのか……」

「あれだけ撃たれても立ち上がるなんて、実は俺達って凄いものを見ているんじゃ……」

「でも決闘だろ? もうあの人の負けじゃないのか?」

「決闘の問題じゃない。負けを認めなければ、諦めなければ、それは敗北じゃないって漫画にあったぞ」

 

 勝敗の問題でなければシスティーナだって困る。もし倒れても認めなければ負けではないというのなら、彼女はあと何回この人を倒せばいいだろうか。疲労感は全く無いが撃ち続けているせいか、グレンへの期待を込めた視線とは異なり魔術をぶつけるシスティーナの方が困惑されている。

 

「しかしフィーベルは手を抜かないな……名門としての誇りが手を抜く事を許さないのかもしれないけど、幾ら何でも撃ち過ぎじゃないか……」

「実は電撃で痙攣する男に嗜虐趣味に目覚めているのではないかね?」

「いや、流石にそんな奴じゃないだろ。こんなの聞かれたら俺達が撃たれるぞ」

「いやいや、納得いかない授業には例え講師相手でも引かずに言葉責めをしてくる根っからのドS。寧ろ反撃できない彼の電撃を与える姿は、彼女が貴族出身という事もあって下々を調教しているようで昂りますな」

「あれ? 俺は今誰と話しているの?」

 

 失礼極まりない発言にシスティーナは観客の方に視線を向けるが、自分を加虐趣味扱いする男の姿は見当たらない。口調からして生徒ではないと思うが……表立って見学していない講師が遠見でも使っているのだろうか? 

 

「ふははは!! 余所見をするとは勝機を逃したな白猫ぉ!! 《雷精よ・紫電の衝撃を以て・──》」

「《雷精の紫電よ》ッ!」

「あばばばばばばばっっ!!!!!!」

 

 隙を見て詠唱してくるグレンに手を向けたままだったのか一小節で済ませた電撃が三十二回目のダウンをグレンから奪った。

 

「成程、つまり君の主観でフィーベル君が実はMではないかと……中々話せますなぁ、どうでしょう放課後にでも女子生徒の加虐派と嗜虐派の二分化を詳細に調査する研究に参加しませんかな?」

「えっ!? 俺そんなの一言も言っていないですよ!?」

「誰か守衛に連絡して警備官に通報を。もしくはヘンカーを探してきてくれ。さあ、ツェスト男爵、少し此方で話を──」

「《レロレロレロレロ》ッ!!」

「クソッ! 詠唱が聞き取れない! あっ、逃げたぞ!!」

 

 誰の名前なのかグレンの悲鳴でシスティーナは聞き逃してしまう。三十三回目のダウンで痙攣している姿を見下ろしながら、次に犯人を見かけたら詳しく問い詰めてやろうと彼女は心に決めた。

 

「(ナルを呼ぶにも今いないし……ああ、これどうやったら終わるんだろう……)」

 

 三十三、三十四、三十五……隙を見て魔術を使おうとするグレンが長々と詠唱を続ける度に間髪入れずに反撃をするシスティーナだったが、そもそも何故このような魔術師同士の決闘が始まったのか。

 

「(よく考えたら私が挑んだんだった……)」

 

 決闘が始まる経緯を思い出せば、結局は決闘を吹っかけたシスティーナの自業自得だ。

 

 ■

 

 他人の書く恋愛小説はあてにならない。理想のシチュエーションなんてものは空想の産物だ。

 

 クラスメイトに薦められるままに流行りの恋愛小説などに手を出した事もあるシスティーナだが、パンをくわえて曲がり角でぶつかると始まる男女の出会いというシチュエーションは、早朝にグレンとぶつかりそうになった瞬間に信じるのをやめた。

 ぶつかりそうになったグレンは徹底的に着崩しただらしない服装、見るからに面倒くさがりで家族同然に暮らす親友のルミアを不躾に触ってまさぐった不審者のような青年。

 血走った眼で飛び出した男に対して反射的に魔術をぶつけたシスティーナ自身にも反省するところはあるだろうが、不審者との出会いが運命と呼ばれて始まるストーリーが恋の物語だというなら、システィーナは迷わずその本を閉じて古代文明研究の論文を読む事を選ぶだろう。きっと自分の書く物語でも別の人物に差し替える。

 それくらい印象の悪い出会いをした男、グレン=レーダスと自分達の通う学院で再会し、ましてや辞めてしまった講師のヒューイ先生の代わりに非常勤の講師として自分達に教鞭を取る人間になるとは彼女だって思ってもいなかった。

 驚きは再会だけでは終わらない。グレンの行う授業の質についても彼女は驚かされた。勿論、悪い意味で。

 初日から黒板に『自習』と書いて自分は眠りこける姿は見るからに無気力で、今までに経験した事がない程に最低最悪。日頃から魔術に対して真摯に向き合い、技術の向上に邁進していると自負しているシスティーナにとっては到底見過ごせる様なものではない。

 授業は曖昧な解答を許さず、自身が納得するまで徹底的に質問を重ねる『講師泣かせ』の異名を持つシスティーナだが、彼女だけでなくクラス全員が困惑する程に意味不明で要領を得ない適当な授業。そして意味不明な授業からも何かを得ようと質問する生徒には、辞書の引き方すら放り投げて煽るような素振りも見せる不真面目さ。

 

 そして、まさかの担当クラスの女子が使用する更衣室へ乱入しての痴漢騒ぎ。本人は覗きと主張していたが一蹴されて蹴り出された。

 

 思い返すだけでグレン=レーダスとの思い出は筆舌に尽くし難い悪評ばかりが積み重なっており、真剣に学ぼうとしている生徒の中で講師が異物とも見える状況にシスティーナは堪える事が出来ず、殆ど感情的に左手の手袋をグレンへと投げつけてしまった。

 

 その結果が決闘騒ぎの発端である。隣で巻き込んでしまったルミアはナルを探し始めた。

 

 魔術の決闘とは強大な力を持つ魔術師同士がお互いの軋轢を解決する為に敷かれた古来より続く魔術儀礼の一つであり、本来は学生が行うようなものではない。

 投げつけた左手の手袋。魔術師に取って左手とは心臓に近く、魔術を行使する事に適した部位であるとされる。その左手を覆い隠す手袋を相手に向かって投げる事で決闘の意思表示を示し、相手が投げつけられた手袋を拾う事で成立する。

 勝敗の結果によって敗者は勝者の要求に従わねばならず、講師と生徒が決闘するのも問題なら、学院に影響力のある魔術師の名門と名高いフィーベル家の息女であるシスティーナの身に万が一があっても大問題。

 ただでさえ決闘する者同士の問題よりも周囲への悪影響が大きすぎるのに、お互いの軋轢を解決する為に敷かれた決闘を勢いと感情論で挑んだことでルミアにも小言を言われ、改めて当事者のシスティーナが恥ずかしい思いもしたのは余談である。

 

 決闘を受けた側がルールを決める優先権から、グレンからの提示をシスティーナは承諾。初等呪文で護身用として一番初めに教わる黒魔【ショック・ボルト】のみでの決闘。

 護身用として最初に習う初級魔術とはいえ微弱の電気の力線が相手を撃ち抜き、電気ショックで麻痺させるともなれば、当然痛みも伴うし魔術の撃ちあいなど万が一の事故も有り得る。それでも決闘の物珍しさやダメ講師と講師泣かせの一戦ともなると興味のある人間も多いようで、決闘が始まる頃には中庭がちょっとした闘技場扱いとなっていた。

 思えば、まだこの時はシスティーナも冷静ではなかったと自分でも反省している。血筋からの信念か、魔術師としての誇りか、どちらにせよ自分の意思が先立ってしまい彼女は自分の立場からグレンの態度を否定し、改めさせる事しか考えていない程に頭に血が上っていたのだ。

 

 そして電撃の数が四十を超えて五十までいくかという頃。グレンは大の字で倒れたまま起き上がることを止めた。

 

「もう無理です。立てません。というかボク、何かに目覚めちゃいますご主人様」

「誰がご主人様ですか。ちょっと新規開拓始まっているじゃないですか」

 

 決闘はシスティーナの圧勝。講師のグレンが負け、しかも決闘前に約束した筈の『真面目に授業を行う』という要求すら反故にされてしまった。

 

 補足を付け加えるなら、この決闘で《雷精よ・紫電の衝撃以て・打ち倒せ》という三小節から学ぶ初等呪文の【ショック・ボルト】の呪文を講師であるグレンは決闘を見ていた観客全員の前で詠唱の省略すら出来ない魔術師であると露見してしまっている。

 ほぼ全ての生徒が切り詰めて《雷精の紫電よ》と一小節で省略して詠唱できる学院で真面目に授業をやらないのに採用されたのは、魔術戦専門の腕が立つ魔術師かと予想もされていたが見事に予想も裏切られた。

 この決闘騒ぎでグレンの悪評は授業態度だけでなく、魔術師としての実力すら侮られるという悪化の一途を辿る事となるが、それすらも彼には何も響くことはなく、やる気がない態度なのは変わらなかった。

 流石にここまで無関心でいれば、システィーナやルミアはグレンの態度にも違和感を覚え、決闘の約束を反故にされた事の怒りよりも、グレンの魔術に対する無関心さが二人の中でナルの姿を想像させる。

 この学院に関わる凡そ殆どの人間が持つ魔術への情熱や神秘に対する探究心。それらを何一つ持ち合わせないような不真面目さを隠そうともしないグレンの態度に、無関心というよりも何かの意固地さや固くなさを感じてはいた。そしてそれはシスティーナとルミアの中でも出会ったばかりのナルが纏う空っぽのような雰囲気にもよく似ているのだ。

 

「(不真面目ではないにしても、探究心とか情熱を感じさせないって点ではナルも似たような頃があるしね……)」

 

 基本真面目なタイプのナルと授業以外も不真面目さが目立つグレンを比べる訳にもいかないが、ナルもこの学院では珍しいタイプだろう。

 講師だけでなくクラスメイトもナルが自主的に研究や自主練習などを行う姿を見た事がなく、システィーナやルミアが聞いても自分の持つ魔術知識は大体はぐらかされる。レポートなどは提出しているが、それも独自の研究論文というわけではなく警備官の業務で授業を欠席した場合の補習を埋め合わせる為の教本を写したレポートばかりだ。

 それにグレンの不真面目な授業にシスティーナが小言を言い始めても、普段なら自分が『講師泣かせ』を始めればルミアと一緒に宥め、授業に納得いかなくとも止めに入る。それに決闘騒ぎであればナルは決闘そのものを止めに入り、それでもシスティーナが納得いかないと引かなければ彼は警備官として立ち会い、法的な方法を推奨する。

 決闘の儀礼文化を否定するつもりもないが、法的整備があるならまずは法的に問題を解決してくれと引き止めるタイプだろう。

 だが、今のナルはグレンに対してもシスティーナとの一件に対しても口を挟むことはせず、寧ろ自分からグレンとの距離を一定に保つようにも見える。

 極めつけは決闘騒ぎが一段落し、ギャラリーが撤収を始める少し前の時だ。足をふらつかせながら逃げ出したグレンは何故か校舎に入る手前で足を止め、二階の窓を見上げていた。その姿は背中越しで表情を知る事は出来なかったが、グレンが見上げる視線の先には何故かナルが窓でグレンのいる場所を見下ろしていた。

 

「ナルとグレン先生って知り合いなのかな……?」

 

 二人の姿を見つけたルミアがシスティーナに問いかけるが、システィーナにも答えられず首を横に振る。

 

「さあ……というよりナルって自分の事はそんなに話さないじゃない。私達も色々と聞いてみたけど、結局ハッキリと教えて貰ったのはフェジテに来る前の騎士養成学院の事だけよ」

「もしかしてフェジテに来る前の知り合いとか……?」

「あの二人、一緒に問題起こしたわけじゃないわよね…… ありえそうな気がしてきたわ……」

「じ、時期とか場所が違うんじゃないかな……?」

 

 ナルがフェジテに学院に入学する為に引っ越してきたという事はシスティーナも聞いてはいたが、彼がフェジテに来るまで何処で何をしていたのかは教えて貰えた事はない。警備官に従事して魔術師としての勤務を始めたきっかけも実はシスティーナとルミアと出会ってからの話だ。

 今ではお互いに友人と答えても何ら恥じる事のない間柄だが、出会う以前の事を何も知らない彼女達はお互いに首を傾げるしかできなかった

 

 ■

 

「はーい、じゃあ授業をはじめまーす。 えーっと、今日はなんだっけ……まぁ、めんどくせーし今日も自習なー」

 

 決闘に負けて三日。グレンの授業態度は一向に変わる事はなかった。

 授業に対するやる気のなさは変わらず、今ではグレンの授業が始まると同時に生徒達も思い思いに教科書を開いて自習を始める。

 元々学習意欲の高い学院の生徒は時間を無駄にしないよう各自が自主的に勉学に励み、それを見てもグレンは文句も言わない。一週間も経たずに互いが干渉しない奇妙な時間が暗黙の了解として出来上がった教室でシスティーナはこの三日、真面目に授業を始める事すらなくなったグレンの自習宣告にも騒ぎを起こさず暫くグレンの様子を観察していた。

 辞書を逆さまに開いたまま机に置いている事を気づかずにグレンの態度を監視するようなシスティーナ。

 

「最前列でこれだけ盗み見てもあの人に騒がれないって事は、見られている事に気付かれていないのかしら……私、探偵に向いているのかも」

 

 面倒で放置されている事に気付かず探偵気分にノってきた親友を傷つけずにフォローする言葉が思いつかず、グレンとシスティーナを見ていられずに視線を彷徨わせると、ルミアは後ろの席にいるナルに助けを求めるよう見上げる。

 此方が見上げている事など気付かずにレポートを一人で読んでいるナルは後ろの席にいた。正面の黒板に向かって、なだらかに下るような作りの教室には決まった席が無い為、受講する生徒は友人同士で座るなど好きなように席に着いている。ナルは特に座る場所を決めておらず今日は後ろで受けているようだ。

 通路を挟んで横に座っている賑やかな生徒、カッシュがルーン語学の翻訳に息詰まって頭を抱えてナルに翻訳の助けを求めた。教本を片手にナルに尋ねると、翻訳辞書を指差しながら一緒に翻訳を手伝っている。

 解決したカッシュがお礼を言いながら離れると、今度はナルの後ろに座る三人組の一人が神話学の本を開いてナルに尋ねていた。開いていたページから調べる素振りもなく、もう一人が持っていた神話学のレポートに書き込んで答えている。どうやら知っていた内容らしい。

 

「(意外と語学系とか神話学に詳しいよね…… 聖楽とか聖歌も一通り知っているみたいだし)」

 

 三人にお礼を言われるとナルは一人になり、考古学のレポートを取り出して静かに読み始めた。多分、システィーナに勧められた論文だろう。ルミアも同じように渡されたが、難しすぎて彼女はまだ三分の一も手につけていない。

 こうしてナルを見れば話しかけられれば人当たりは良く、クラスメイトに質問されれば自分の答えられる問題は答える。男女問わずとは言わないが男子同士なら食堂で一緒に昼食も取る事もある普通の学生だ。

 ただ、学院を出るとナルは警備官業務を含めてもあまり人と関わる事がない。休みの日に何をしているのかと聞かれても、仕事の話ばかりで自分の話をする事は極端に少ない為、もう少し自分も含めて他のクラスメイトと触れ合ってもいいんじゃないかとルミアは思ってしまう。

 

「ルミア、ナルのこと見すぎよ」

 

 翻訳辞書を逆さまにしたままのシスティーナに小声で指摘され、慌てて前を向いて同じように教科書を開いた。当然、教本の向きを間違えるような失敗はしない。

 

「ごめんねシスティ、グレン先生の事を見ていたのに」

「別にいいわよ。ウェンディとかテレサに見過ぎだって笑われたわよ? 何かナルに話すことでもあったの?」

「ううん、大した事じゃないから」

 

 話すような事でもないのでお茶を濁して答えるとシスティーナが得意げに小声で答えた。猫耳のような装飾がぴくりと揺れたのは彼女の感情でも反映しているのだろうか……

 

「ふふ、観察対象に気付かれる前に対応できたのは私のおかげね。ダメよルミア、私達は対象に気付かれたらおしまいなんだから」

「うん、そうだね。でも辞書を逆さまにしたら目立つんじゃないかな?」

「にゃっ……!」

 

 ちょっと面倒くさいテンションで役に入り始めた親友に釘を刺して黙らせるとシスティーナと一緒になってうたた寝しているグレンを盗み見る。

 授業、生徒、どちらにも無関心を装うグレンの心情を読み取る事は出来ないが、自分から頑なに不真面目を演じる彼の行為は魔術に関わらないという強情さを感じる。

 そろそろ見ているのも諦めようかと思っていたシスティーナ達だったが、逆にここまで無気力さを見せつけられても彼から教えを受けようとする生徒がいた事に驚かされた。

 ルーン語の翻訳辞書を持って眼鏡を掛けた気弱そうな少女のリンが質問をする。このやり取りはグレンが来てから何度か見てきたが、未だにグレンは一度たりとも真面目に質問を答えた試しがない。

 暫く眺めていたが、案の定というべきかリンの質問に答えるつもりはないらしく、見かねたシスティーナがリンをグレンの元から引き離すように声を掛けた。

 

 魔術の崇高さも偉大さも理解できない。打てども響かぬ彼へ、ほんの少し煽る程度の皮肉のつもりだったのだろうが、意外な事にグレンの反応はいつもと少し違う反応を返してきた。

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

 普段の無気力なぼやきでは終わらず、珍しく聞き返した彼の視線は何故か目の前のシスティーナではなくナルの座る席へ向けられたように見えた気がしたが、直ぐにやる気のない視線はシスティーナを捉える。

 

「この世界の起源、この世界の構造、この世界を支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自分と世界がなんの為に存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして人がより高次元の存在へと至る道を探す手段。神に近づくような行為だからですかね」

 

 決闘の約定すら反故にした彼が食いついたのが気になりシスティーナは魔術を学ぶ誰もが語るような解答を説明してみると、グレンは何も茶々を入れずに説明を聞いてはいた。

 そのまま呆れて聞き流すかと思っていたが、彼は学園の生徒達とは異なり魔術の畏怖される側面や魔術師の我欲に塗れた黒い世界というものを、その身を持って味わっている男だ。そんな彼には模範的な一般論など大して興味はなく、世界には人を救う医術や鉄をもたらした冶金術、農業技術などを例に挙げて人々に恩恵をもたらした技術と魔術を比べて秘匿を原則として魔術を使えなければ恩恵を得られる事の出来ない技術など、何の役にも立たないだろうと俗物的な意見で一蹴する。

 普段よりも饒舌に魔術を否定するグレンの姿に何か思うところでもあるのだろうか魔術を学びながらも自分の手にした技術を呆れたように否定し続けるグレンの姿に、システィーナはかつての自分ならば感情的に否定を重ねていただろう。

 だが、魔術師の持つ暗い側面をほんの僅かでも味わった事のあるシスティーナは目の前で否定を続けるグレンの姿が出会ったばかりの頃のナルの姿を連想させてしまい、彼が何を言うのか少しずつ理解してきた。

 出会ったばかりのナルも魔術に対してはいい感情を持っておらず、今のグレンのように否定気味だったのだ。

 

「悪かったよ、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

 

 言い返すのを止めたシスティーナが反論出来ないと判断したのか、グレンはあっさりと掌を返した。その視線には言いすぎた事への反省や謝罪の気持ちは感じられず煩わしいものを突き放すようにも見える。

 態度の急変にもシスティーナは不思議と驚く事はなく、口を開こうとしたグレンの目つきが少しだけ苦しそうに歪んだように思えたのは、これから返す言葉にもシスティーナ達は少しだけ予想が付いていたからかもしれない。

 クラスの殆どが固唾を飲んで見守っている中でルミアだけはしきりにナルのいる席を盗み見ており、彼女に釣られてシスティーナも一度だけ彼のいる席を見た。

 

「あぁ、すげぇ役に立つさ……人殺しにな」

 ──魔術(これ)って人殺し以外に何か役に立つことがあるの? 

 

 酷薄に細められた瞳と薄ら寒く歪められた口から紡がれたグレンの言葉は怠惰さを感じさせない別人のようで、その姿はいつかの空虚な瞳で諦観して問い掛けるナルの姿と重なって映る。

 凍てついた教室の空気の中で、無関係な筈のナルだけが別の意味で表情を凍らせているのが見えた気がした。

 

 ■

 

 まるで八つ当たりだと思いつつも、自分も同じような事をやらかした黒歴史を思い出してナルは表情を凍らせた。

 

「(ああ……これの後に俺はシスティーナを怒らせて、ルミアにも滅茶苦茶怒られたなぁ……)」

 

 ルミアがチラチラと自分を見てくるのはシスティーナを止めて欲しいのか、それとも自分の黒歴史を目の前で再現されて「どんな気持ち?」と煽りたいのか……できれば前者の視線だと願いたい。

 ルミアに言われるまでもなく、そろそろ止めた方が良いとは考えている。あの日からグレンの過去に何があったのかはナルには知る由もない。だが、決定的に魔術を嫌う問題はあくまでもグレンだけの問題であり、それはシスティーナの魔術に対する情熱や、リンの勤勉さを否定していい理由にはならない。

 都合のいいものだけに目を向けて夢を語るだけではなく、暗い部分の一端を知りながらもシスティーナ=フィーベルは真剣に魔術と向き合って自分の夢の為に……彼女の祖父との約束を果たす為に切磋琢磨している真摯な人間だ。夢を語れない人間が彼女のような人の夢を貶めていい理由にはならないだろうと。

 システィーナへの反論ではなく自分を責めるように魔術が人殺しの役に立っていると断言するグレン。その途中で二人のやり取りを遮るように、いつの間にか立ち上がっていたナルは二人の間に割り込んだ。

 グレンは視線で捉える事は出来ていたようだが、他の生徒にはいつ移動したのか解らなかったらしい。クラスメイトの数名はナルが急に二人の間に降りてきた事を驚いた様子を見せながらも、彼が出てくる事も予想はしていたのか安堵の表情を浮かばせている。

 正式な隊員ではないにせよ警備官として努め、学院の外でも実際に治安維持に従事する彼もグレンの横暴な態度は目に余るものだと判断し、二人の間に入ったのだと誰もが考えていた。

 

「ちょっと、ナル……」

 

 立ち上がった事に気付いてはいたが、いつの間にか自分の前を遮るように立つナルの行動にシスティーナが何かを口にしようとするも、彼女が声を掛ける前にナルはグレンに頭を下げていた。

 

「割り込んですいません。 その……フィーベルにとって魔術は尊敬する祖父との繋がりでもあるんです。──魔術にいい思いを持っていない事とか、そういうのは何となく伝わるんですけど……大事な人との思い出まで一方的に責めるのは止めてあげてください……」

 

 友人の大切な人との思い出を貶めて否定するような口調に頭を下げて頼むナルの姿に対して、グレンの返答は酷く棘のあるものだった。

 

「ハッ、アホか。大体、お前は警備官の手伝いで自分から人に魔術を向ける加害者側だろうが。治安維持だとか綺麗なお題目で権力に守られながら、特別な力を使うのはさぞ楽しいだろうよ」

「っ! ちょっと、あなたそれはいくら何でも──」

「いいよシスティーナ。間違ってない」

「だってよ白猫。いいよな、真面目にやれば女子からもちやほやして貰えそうだしな」

 

 グレンの物言いに聞いていただけのクラスメイトが僅かに席を立ち上がろうとし、その視線には怒りが含まれていく。無関心に教科書を開いていた生徒ですらナルを責めるような口調に反応していた。

 だが、そんなものは不干渉で互いに関わらなかったグレンに彼らの批難など今更だ。何かを憎むような形相でまくし立てたまま、その勢いを自分で鎮められなかったグレンにも非はあっただろうが、彼はいつの間にか超えてはならない一線を超えてしまっていた。

 

「誤魔化すなよ、お前は魔術が殺しと切り離せない事をもう見ているだろうが。白猫の言う魔術の崇高さから縁遠いお前が白猫を庇おうとお門違いだよ。 結局はお前も人殺しや他人を傷つける暴力に加担している立派なロクでなしの同類──」

 

 ぱんっ……っと、乾いた音が教室内に響いた。彼女が立ち上がっているのは目の前で見ていた。叩かれる事は分かっていたが、グレンは避けずに彼女の平手打ちを受けると決めていた。そうでもしなければ、自分の感情を吐き出す事が止められそうになかったからだ。

 叩いてきた彼女を批難する気持ちなどなく、子供相手にやり返すような情けない自分を止めてくれた彼女、ルミアを見てグレンは黙って彼女を見返す。

 

「──訂正してください」

 

 普段の温和なルミアからは想像できない、堅く芯の通った声が静かに響く。

 

「戦う事や人を傷つけてしまう事にも魔術は利用されます。でも、そんな魔術で傷つかない人が一人でも増えるようナルは自分に出来ることを探して警備官として仕事をしているんです──ナルは先生の言うような人じゃありません」

「コイツ一人が頑張ったところで救われる奴なんかひと握りも満たないもんだ。徒労に終わるぞ」

「それでも手を伸ばして誰かを助けようとする行いは、誰にも否定する権利はありません」

 

 確かに戦う為に魔術を行使する人間でもあるかもしれないが、ナルはグレンが考えるようなロクでなしではないと正面からグレンを見返すようにルミアは言い返し、その毅然とした態度に誰も口を挟む事も出来ずに目の前のやり取りを見ているしかない。

 

 凍りつくような圧迫感から先に引いたのはグレンだった。

 

「そうかよ──悪かったな、二人とも。知りもしないでお前らをどうこう言う資格もないし、俺が魔術嫌いでもお前らに押し付けるのは筋が違うわな」

「い、いえ……よく考えたら私が先に先生を感情的に煽ったのが原因ですし……」

「ぐす……わごめんなさい……こん、こんな事になっちゃうなんて……わたし、余計なことを……」

「リンは何も悪くないわよ!? 巻き込んでホンットにごめんね!?」

 

 一番泣きたいのは巻き込まれたリンだろう。真面目に授業をしているだけなのに目の前で修羅場が繰り広げられ、普段見ることのないルミアの怒気には泣きそうどころでなく実際に泣きが入っており、システィーナに慌てて謝られている。

 

「あー、やる気でないから残りは自習なー」

「ちょっと先生! 逃げないでください! この状況で離れないでくださいってば!?」

 

 聞こえないフリで耳を塞ぎながら教室を後にするグレン。少しだけ普段の調子を取り戻したシスティーナ達だったが、ルミアの方はそうもいかなかったらしい。

 ルミアとグレンに置いていかれて傍観してしまったナルはルミアを振り返らずにそのまま教室を出ていこうとする。

 

「ナル──ごめんね、知ったような事を言っちゃって……」

「いいよ──あー、俺も頭冷やしてくる」

「ちょっと!! ナルまで!?」

 

 静まり返る教室で騒ぎ立てた事を謝ろうとするもナルはルミアを振り返ることもせず、返事も曖昧に早足で教室を後にする。

 

 ──魔術で傷つく人を一人でも多くの救う為に……

 

 クラスメイトの前で主張されたルミアの言葉。他人を守るような人間だと自分が思われている事に自分でも驚いたまま、誰もいない校舎の廊下を一人で歩いていく。

 そして、その日は一度もグレンは教室に戻らず、放課後までナルも戻ってくる事はなかった。

 

 ■

 

 放課後、ひと悶着はあったが大分調子を戻したナルは気持ちを切り替えたのか教室で他のクラスメイトにも騒ぎを大きくしてしまった事を謝罪する。クラスメイトからもナルには大きな批難も無いが、どちらかといえばグレンへの愚痴が殆どになってしまっていた。

 魔術を嫌うグレンが教鞭を取るに至った経緯などは自分も含めて知る由もないが、元々魔術を学びに来ている生徒と魔術嫌いのグレンとの溝は元から決定的な食い違いがあったらしい。問題の表面化がされただけでこれからも問題は山積したままだと悩みながら片付けを終えて立ち上がると、帰ると思われたのかナルを見たシスティーナの小言が始まった。

 

「ちょっとナル、授業終わったからってローブ脱ぐのはやめなさいっていつも言っているでしょう」

 

 システィーナに指摘されたナルは誤魔化すように苦笑いを浮かべてローブを着る事を嫌がる。

 魔術師としての存在を証明するような肩がけのローブがナルの脇には畳まれており、丁度魔術で圧縮させた状態からポケットにしまおうと思っていたらしい。

 

「いや、これから警邏庁舎行かないといけないから脱がないと……」

「脱がなくても立ち入りできるじゃない。それに、それ以外でも学院が終わったら直ぐに脱いじゃうの知っているんだからね! 警邏庁以外にも生徒の一人として知られているんだから、ローブを着ていないと他の人にまで迷惑が掛かるのよ!」

 

 学生が省庁で働くというのは意外と少なく、学生街で寮に住まう生徒のアルバイトといえば代筆屋や宅配、飲食店などの一般的な商業関係で殆になる。だが、ナルは嘱託試験を受けて合格し、しかもアルザーノ魔術学院の学園長から直々に推薦状を受けて警邏庁に席を置いている立場の為に他の生徒よりも業務での拘束が厳しい。

 その為、システィーナが言うように一部の人間からは学院の顔として扱われる事も多いせいか身嗜みや態度を細かく指摘してくる者も少なからずいる。システィーナは自分の両親が現役の高級官僚なので特に友人としてナルが恥をかかない様に親切心で指摘をしてくれるから、まだいい方だろう。

 

「任務の危険性から学生に武装許可や出動許可を出さないなんていいながら下請け仕事や雑用ばかり回そうとする部署もいるっていうくらいだし、ナルも学院の制服を身に着けていれば無茶な仕事も多少は減ると思うわよ?」

 

 嘱託魔術師は下請けの業者ではなく学院から派遣された魔術師であり、一般の職員とは違い学生という立場が優先されるべきである。歳下の学生を雑用に使うという姑息な真似をされるなら此方も父に報告して然るべき処置をするつもりだと息巻いているシスティーナだったが、制服のせいで学生気分となじられる場合がある為、ナルとしても線引きの難しい問題だ。心配してくれる彼女には悪いので、それは口にしないようにしている。

 

「とにかく! 学院の制服、というより魔術師のローブをぞんざいに扱うのやめなさいよね。 さ、ルミアも帰りましょう?」

「あ、それなんだけどねシスティ、実は法陣の復習がしたいから残ろうかと思って……今日は先に帰っていて?」

「そうなの? でも今日はバタバタしていたし、事務所で実験室の使用申請ができなかったじゃない。明日、鍵を借りて一緒にやりましょう? 私も残って手伝うわ」

 

 空返事で結局ローブを羽織らないナルに諦めたシスティーナはルミアと帰ろうとするが、ルミアは復習をしたいと学院に残るらしい。放課後に生徒が事務所で申請をしなければ個人での薬品を使用した実験や、触媒の使った儀式の実践は許可されない。

 しかも申請には学院の担任や講師による許可も必要になる為、今日のグレンでは申請を出しても復習の為に使用許可を取ってくれるかも解らないのだ。申請の目処が立たない以上、システィーナは明日にでも別の講師に頼もうかと思っていたが、ルミアはナルの方を見て申し訳なさそうに両手を合わせて頼んだ。

 

「お願いナル! 職権乱用かもしれないけど補習と補講の常習犯さんの力を貸してください!」

「煽りながらお願いするのルミアくらいだからね?」

 

 許可のない生徒が無断で使用しないように各実験室は魔術錠で施錠され、簡単には入れない。但し、補習やレポートで単位を埋めるナルは職業柄、事務所の職員に頼めば講師の許可が無くとも実験室の鍵を借りられるという。借りる際には警備官の職員証を提示する必要があるが、普段から常用しているナルに対して事務所の職員が気を使ってくれているそうだ。

 ルミアはナルが持つちょっとした裏技を使ってそのまま利用しようとしているらしい。当然、ナルの方は学院から出て仕事に行きたのでお断りしたいところだ。

 

「急ぎでなければシスティーナも言うとおり、明日にでも二人で残ればいいんじゃないか?」

 

 やんわりと断るナルに対して、ルミアは人差し指で頬に触れ、可愛らしく首を傾けたポーズを取るとにっこりと答えた。

 

「朝の埋め合わせ、まだ私達はデザート奢られてないなぁ」

「あ……」

「あ、そういえば……って、私もだっけ?」

 

 その一言にナルの動きは止まり、システィーナは今更のように思い出すが、記憶とは違う約束に首を傾げる。

 先日の早朝に無関係なお爺さんを巻き込んだイタズラから始まったナルとルミアの示談交渉だったが、実はまだ一度もデザートを奢られていないとルミアは甘えたような声を出した。

 

「それとも休日に『二人』で食べに行く方が良かったかな?」

 

 コイツは悪魔か。堂々とナルを巻き込んだ覚えのない約束にすぐさま否定をしようとするも時は既に遅く、教室に残る男子の一帯から噴出したような黒いオーラが室内を震わせ、嫉妬と羨望を込めた恨みの視線。

 ナルは面倒事の空気を感じ取り、冷たい汗が自分の背中を流れた気がした。

 

「あ、私が先に帰った方がいいって……つまり、そういう事?」

 

 冴え渡る女の勘がシスティーナの脳内を駆け巡り、全く根拠の無い確信にシスティーナは自信満々にルミアに親指を立てた。純粋な勘違いだと伝えようとしたら含み笑いを浮かべたシスティーナと眼があった。どうやら勘付いているようだ。システィーナも悪魔の仲間だった。

 

「仕方ないわね。それじゃあ復習は一人で頑張ってねルミア! 私は先に帰るわね!」

「うん、夕飯までには帰るね!」

「ナルも私と『二人で』行きたいなら、別の日に誘って頂戴!」

 

 帰り際に自信満々にナルにも親指を立てたシスティーナの得意げなしたり顔に若干腹が立つ。システィーナ自身も本気でそういう事を考えている訳ではないが、今はルミアのノリに乗っかっているらしい。身に覚えのない最悪の爆弾を投下してきた。

 

「鍵、借りてきます……」

「ホント? ありがとうナル。それじゃあ『二人』で事務所に借りに行こう? 実験器具は自分の名前で借りないといけないよね!」

「復習だもんな、何らやましい事は一つもないよな。だって法陣を書く授業の復習で俺は名前を貸すだけですし?」

 

 必死だった。自分に身に覚えのない不運に巻き込まれないよう学習である事を訴え、その都度ルミアが意味深な含みある答えを返していき、男子全員から睨まれ、女子の一部が色めき立ちつつも事務所へ向かう事となった。

 

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