ロクでなし魔術講師と学生警備官(仮)   作:一徒

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04.陰り

 フェジテの中産・労働者階級に属する一般市民が居を構え、工業地区や広場も含む西地区。

 西地区でも更に中央区から離れて買い手もつかずに放置されたアパートの一画でフェジテの住人が殆ど寝静まるような真夜中。しんと静まり返り人の行き交う姿も見えない路地裏は一筋の月明かりも通さぬ程に夜の闇よりも暗く、だがその暗闇からは鉄臭くこびりつくような血臭が辺りに漂っていた。

 無人かと思われた路地裏には男が二人。そのうちの1人はブラウンの癖っ毛が特徴の小男で、彼は自分の左肩を掴みながら強引に出血を押さえ込み、壁に寄り掛かるようにして目の前にいるフード付きのローブを目深に被った男を睨みつけている。

 小男は警備官に捕まった運び屋が自分達に届ける筈だった荷物を探しに西地区まで侵入し、目当ての荷物を探している最中だった。最後に捕まった地区まで辿り着いたのは良いものの、受け取る自分達に連絡を取ろうとでもしたのか運び屋はわざわざ道具を隠している隠し場所の近くで捕らえられたという。

 材料を協力者から受け取り、仲介するだけの仕事だったというのに商品の受け渡しすら出来ない無能が原因で小男は荷物の回収に余計な手間を取らされたと心の内で悪態を吐く。

 運び屋の捕まえたそのせいでこの辺り一帯は暫く近寄る事が出来ず、受け取りの予定日を大幅に遅れてしまえば仲間との計画も遅れが出る。それでは組織からの命令に背く事となる為に、小男は一足先に協力者から預かっていたという荷物を回収しに来た筈だった。

 だが、人払いの結界を済ませた直後に奇妙なローブを身に付ける何者かが襲撃し、小男は奇襲によって殺されかけている。

 ローブを纏う男の体躯は小男よりも更に小さく、常に屈んでいるような姿勢の奇妙な男。自分のように背丈が小さいわけではなく、獣のような四つん這いの姿勢に何かを抱え込むような姿勢、口元を隠す作り物のような顔とローブから見える義手。生身の肌を見せない奇妙な外見と腰辺りから伸びる刃の厚い連結刃が別の生き物のように漂い、まるで意思を持つような不気味さを感じさせた。

 

「《穢れよ・爛れよ・朽ち果てよ》っ!!」

 

 襲撃を受けたとしても小男とて魔術師、ただ殺されるような三流ではない。酸と毒を複合させた複合呪文である錬金改【酸毒刺雨】を唱える。

 痛む左腕を伸ばして三節で完成させた呪文は極限まで切り詰められており、呪文の複合と切り詰めが出来るのは小男が超一流の魔術師の一人であるという証だ。

 酸と毒のどちらが当たっても必殺である呪文を合わせた魔術は目の前の男を直撃。辺り一面が酸で物が溶けて煙で見えなくなるも、幾度も生きた人間を苦しめた殺人者としての経験則が男を確かに実像として捉え、幻などの類ではないと確信させる。

 降り注ぐ酸の直撃により路地裏には壁や地面を溶かした異臭が漂い、攻撃を受けた男も今度こそひとたまりもないだろうと酷薄な笑みを浮かべていた。だが、煙の中から聞こえた男の声にはまるで変化がなかった。

 

「その程度で切り札つもりとは笑わせやがる……たかが酸と毒の掛け持ち程度で俺の作品が壊れると思うか?」

 

 魔導器による無機質な低い声音は小男の一撃をくだらないと一蹴し、直撃を受けた筈の男はローブすらも無傷。小男はもう一度攻撃を繰り出そうと左腕を男に向けた瞬間──

 

「ハイ、残念。ひねりの無い繰り返しはインスピレーション不足だぜキャロルさんよ」

 

 その瞬間、小男の左腕が爆ぜた。

 

「ギッ、ギァアアァァッ!! 腕がッ!! 私の、腕ェ!! ゴフッ!!」

 

 衝撃に肘からしたがだらりと垂れ下がり、遅れた激痛にキャロルと呼ばれた小男は咄嗟に破裂した腕を押さえて痛みに叫ぶ。受けた攻撃に左腕は破壊され、肘から下が爆発で抉れたように崩れて垂れ下がる。崩れて千切れそうな腕の治療をしようと右腕を伸ばせば右腕が爆ぜ、痛みに苦しむ小男の絶叫はフードの男が繰り出す一撃によって遮られた。

 服で隠れた腰から伸びる可変式の連結刃が小男の下腹部を刺し貫いて壁に叩きつける。破裂して無残な形状だけを残した両腕には既に力も入らず、既に彼には抵抗する力すら残されていない。

 

「っ……たす、け……」

「もう少し体格が良ければ使い道もあったのかもしれねえが……ダメだな、小さすぎて今考えている装飾を詰めきれねえ……オイ、お前が好きにしていいぞ」

 

 暗闇から切り取られたように輪郭を現す青年。二十歳は越えているようだが軽い調子は見た目よりも若く、金色の長髪を無造作に一括りにした髪を揺らしながら喜色を浮かべてキャロルを一瞥する。だが、爆ぜた傷口と床にこぼれ落ちる肉片を見下ろすと申し訳無そうに仲間に告げた。

 

「ダンナが譲ってくれるのはありがたいがよ、俺も小さいのは好きじゃあないな……ホラ、小さいと爆発しても拡がりが物足りないだろ?」

「ハァ……じゃあもういらねえか……」

「ウン、じゃあ処理するかな」

 

 興味を無くした二人組の一人が指を伸ばして小さく呟く。それだけでキャロルの全身が一度だけびくんっと跳ねると、身体の内側から腹を裂くように背骨がへし折れて臓物を撒き散らした。

 下腹部から爆ぜて臓腑が壁一面をべったりと付着し、酸によって溶け出した壁面と血潮の滴るコントラストがまだら模様を生み出す。

 二人にとって殺害とは単純な作業ではなく創作という活動だ。芸術家としての側面こそが自分達の本質と自負する二人は暗がりでの創作は時間帯を失敗したと肩を落とす。

 もう少し明るい時間帯なら、つい先程まで生きていた人間の血潮の鮮血と人の住まない住居の空虚さが組み合わさり色の混ざり具合がいいコントラストになると期待していた。

 だが小柄な男の爆発では一箇所に固まってしまい、流れる血液もムラが目立つようだ。

 

「……ウン、やっぱり拡がりがイマイチ……駄作だな」

「言ったろ。サイズが小さい」

「広げて大きく見せるのも一つの手かと思ったけどなあ……」

「終わった作品に拘りすぎるな。そんな事より、目当てのモノは見つかったのか?」

「あ、それはバッチリだぜダンナッ」

 

 興味を無くした男は完成した作品を振り返ることもなく軽薄そうな表情で右の掌を転がす。右腕の掌には人の口のような器官が広がっており、掌が舌を出すと、そのまま紙を束ねた用紙が吐き出された。

 常人には信じがたい光景にも二人は気にせず書類の束を広げて目的のものを取り出し、互いに確認する。

 

「これが例の魔術学院に侵入する為の用意で結界を擦りぬける呪符。こっちがお目当ての女の子の顔か……ダンナ、ダンナ、他の生徒は必要がなければこっちで使っても良いのかな?」

「さあな。だが、所詮は魔術に拘るカビの生えたガキの集まりだ。俺はいらん」

「分かってないなあダンナ! ガキは爆発する前の悲鳴が高めでいい高音になるんだぜ!」

「一瞬で壊れる造形物に俺の感性は合わねえといつも教えているだろうが……まとめて爆発させるなら、まず向こうに引き取るか確認しておけ……買い手が付くかもしれん」

「ヘイヘイ、ま、創作は目的の物を手に入れてからだよな」

「わかっているじゃねえか……ターゲットの確認は怠るなよ?」

「わかっているって。 えーっと……名前は……」

 

 殺しに躊躇いのない殺人者の二人組は互いに書類と同封された射影機によって撮像された画像を確かめる。

 学院の制服に身を包み、学院でも珍しい銀髪の少女と二人で並ぶ姿を隠し撮られた姿は目的の少女だけを至近距離で撮影しており、金色の髪と柔らかな表情が見栄え良く写っていた。

 その少女の美しさは彼らの琴線に触れたのか、フードを被る口元辺りが不気味な音を鳴らして笑うように揺れる。

 

「……殺し方を任せてくれる依頼主で良かったな。この美しさなら老いは侮辱だ、俺が手ずから朽ちないように整えてやる」

「じゃあダンナが材料にしていいぜ。学院ではルミアって名前だってよ! 俺は要らない生徒でまとめて爆発させたいなぁ」

 

 そうして男達は闇の中へ姿を消してゆく。一人の少女を狙い、偉大さとも崇高さとも無縁の人ならざる領域の狂人が解放された。

 

 ■

 

 教室でひと騒ぎを起こした後の翌日。今日もやる気の無い講習をするかと思われたグレンだったが、珍しく始業のチャイムが鳴る前に教室へ入ってきた。授業の始まる前に教室へ入ることも珍しい光景にほぼ全員が驚いていたが、驚きはそれだけでは終わらない。

 

「この間まで本当にすまんかった」

 

 グレンはリンのいる席まで向かうと彼女の前でしっかりと頭を下げ、これまでの無下な態度を全員の前で謝罪した。

 別人のような態度にクラスはにわかに騒然とし、謝られたリン本人も驚いてそのまま頷く程だ。

 グレンの態度に嬉しそうに微笑むルミアのにこやかな笑顔と、謝られた訳でもないのに得意気な笑みを浮かべるシスティーナ。グレンは一度だけ二人に視線を向けるも誤魔化すように首もとの弛んだネクタイを締め直し、教壇に立つ。

 始業のチャイムが鳴ると同時に前を向いた彼の死んだ魚のような無気力な目付きは別人のように、だらしない態度は毅然とした佇まいへと変わる。

 

「それじゃ、授業を始める」

 

 チャイムが鳴り終わると同時に生徒へ告げられた挨拶。そして直ぐ様放り投げられた教科書全般。流石の奇行にシスティーナとルミアも思わず眼を見開き謝罪した態度はなんだったのかと殆どの生徒が唖然とする中、グレンは続け様に教室の生徒に向けて馬鹿と言い放つ。当然馬鹿扱いされてクラスのほぼ全員が反応し、ショック・ボルトを三節で詠唱しなければ発動しないグレンに対して、ほぼ一節で詠唱が出来るこのクラスは短く詠唱する事が優秀と評価される為に見下す者も未だ多かった。

 魔力操作の感覚と略式詠唱のセンスが足りずに三節での詠唱しか出来ない自分を笑いながら不貞腐れたようにそっぽを向くグレンは、教室内から押し殺すような侮蔑の笑い声も気にせずに黒板へ【ショック・ボルト】の詠唱を書き記す。

 そして自ら三節で詠唱を実践した彼は【ショック・ボルト】『程度』と笑う生徒達に向けて、詠唱の区切りを変えたらどうなるのかと問題を出した。

 

 生徒は既に詠唱が決められて一節で詠唱する事が出来る魔術を、何故わざわざ詠唱を誤った分け方をして失敗させなければならないのか。グレンの問い掛けに対して誰も答えられない沈黙の中、システィーナ達ですら答える事が出来ずに押し黙ってしまう。

 そんな誰も答えられない様子にグレンはいやらしい笑みを浮かべて煽り、失敗する内容がランダムだと誰かが言えば爆笑する。止まらないグレンの煽りに意地の悪い反応だと流石のルミアも苦笑いだ。

 

「ああ、めちゃくちゃ笑えた……誰も答えてくれないなら、もういいか。四節に区切った正解は『右に曲がる』だ」

 

 ひとしきり笑ったグレンは満足したのかわざと四節に区切った詠唱を唱え、宣言通り【ショック・ボルト】が右に曲がる。

 

 そうして更に五節に区切れば更に短く、そして詠唱の一部を消せば威力が大幅に落ちる。

 実践してみせた誤った詠唱の結果を生徒達に伝え、その結果が全てグレンの説明通りに変化するという光景に教室の全員が眼を奪われた。

 

「魔術ってのは超高度な自己暗示で、人の深層意識を変革させ、世界の法則に結果として介入する。魔術とは世界の真理を求める物ではなく人の心を突き詰めるものなんだよ」

 

 自分の言葉を証明する為に、グレンは再び詠唱。

 

「《まあ・とにかく・痺れろ》」

 

 呪文とも思えない三節から【ショック・ボルト】が発動。

 教室の誰もが信じられない光景を目の当りにする中でグレンは続ける。魔術にも基礎となる骨子があり、呪文と術式に関する文法の理解と公式の算出方法となる基礎があるという。

 それらを無視して既存の詠唱を翻訳し、書き取るだけの今までの授業を実際に教科書ごと放り投げたグレンは楽しげに笑みを浮かべた。

 

「つーわけで、今日は【ショック・ボルト】を教材に術式構造と呪文の基礎を教えてやるよ。興味ないや奴は寝て───おい、白猫。アイツは?」

 

 前のめりに授業を聞き入る生徒の中に自分の見知った顔が見えない事を気がついたグレンが教室を見回すも、やはりナルの姿は見えない。首を傾げてシスティーナに尋ねるとシスティーナはバツが悪そうにグレンに答えた。

 

「……えっと……警邏庁から緊急招集だそうです」

「タイミング悪いなアイツは……いいよ、また別の日に補習やってやるよ」

「はい、ナルに伝えておきますね……」

 

 学生と仕事の両立をさせると、こういう時に苦労するらしい。グレンは生徒が一人足りないことに肩を落とし、ふと自分が残念だと思っていた事に驚いていた。

 どうやら自分でも思っていた以上に彼を意識していたようだ。グレンは昔の自分とは違う姿でも見せたかったのだろうか? だが、そればかりを意識していても他の生徒にも悪いと思いグレンは直ぐに意識を切り替えて授業を開始する。

 

 その日、二組では『ダメ講師グレン覚醒』とまで噂される授業が始まった。

 

 ■

 

「教科書を放り投げた時にはどうなるかと思ったけれど……蓋を開ければ本当に優秀な先生だった……というわけ。人間的にはアレだけど! 本当にアレだったけど!」

「どうして二回も……でも、本当に知らないことばかりだった……まるで先生だけ別のものを見ているみたいでね? 初めて聞くことばかりで黒板を書き写すのだけでも手一杯だったくらい」

 

 授業を思い返せば表情をコロコロと変えて聞いた内容をナルに語り、自分が今まで学んだ事のない授業の内容を思い返す度に喜々として続けるシスティーナ。その嬉しさを誤魔化すようにグレンの態度に小言を繰り返すも、唇が小さく綻び笑みを消しきれていない辺り余程興奮しているようだ。

 

「へえ……二人まで知らない内容なら俺も初日は聞きたかったな……補習の時に同じ内容を教えてくれないか頼んでみようかな?」

「その時は補習前に私達から先生にお願いしてあげるわ。最初から聞いたほうが解り易いものね」

「うん、その時はお願いします」

 

 講義を終えた放課後、ナルは警羅庁の応接室として使用される部屋で自分が出席の出来なかったグレンの授業内容をシスティーナとルミアから聞き取り、自分のノートに書き写していた。

 拡げられたノートを埋め尽くすように羅列された小奇麗な文字や記号と図形の数々、普段は余白も上手く利用して読み易く自分で纏めるシスティーナが板書を追い付くだけで精一杯のような紙面には、それだけでグレンの授業がシスティーナにどれだけの驚愕を与えていたのか伝わるようだ。

 グレンの授業は自分の持つ知識を深く理解し、それらを理路整然と解説する能力を持った物で決して似非カリスマ講師の奇抜なキャラクターや話術で生徒の心を掴む物でもなく、生徒達に迎合して媚を売る様な物でもない。かつて自分達の担任として授業を教えてくれたヒューイのような本物の授業だったとシスティーナは強く肯定する。それ故に、突然退職してしまったヒューイの事を思い出せば彼女は憂鬱そうに肩を落としてしまう。

 

「はぁ……本当、あの先生が赴任した理由がヒューイ先生の退職だったなんてね……あの二人が授業をしてくれるなら、きっと今よりずっと解り易いわ」

「そうだね……どうして急に辞めちゃったんだろうね、ヒューイ先生」

 

 急な都合で退職してしまったヒューイの話になると少し会話が途切れてしまい、ノートの書き写しをしているナルも喋らない為に部屋の中は暫く沈黙してしまう。何か別の話題を出そうとルミアが口を開こうとした時──応接室の扉からナルを呼ぶ声が聞こえてきた。

 ナルが作業を終えて返事を返すと、扉を開けた警備官が入室する。

 

「ヘンカー、さっき報告された死体の話だが……」

 

 扉を開けた職員の動きが止まった。どうやら来客でシスティーナ達がまだ残っているとは思わなかったようで、無関係な人間に聞かせたくない話らしい。ナルはノートをそのままに立ち上がると警備官と二人で外の通路に向かい、その背中をシスティーナに止められる。

 

「ちょっとナル、今の話って一体……」

「ごめん、関係者以外は開示できない内容だと思うから少し待ってて」

 

 それ以上の質問を許さないと意思表示をするようにシスティーナからの問いかけを黙殺して扉を閉めると、内側から動かないようにしていた。試しに扉にシスティーナが耳を当ててみるも、防音もされているせいで扉の外で何を話しているのかはシスティーナには殆ど解らなかった。

 

「システィ、盗み聞きはダメだってば……」

「べ、別に内容を聞きたい訳じゃないわよ。こういう物騒な話になると連絡が付かない時もあるから少し気になっただけっていうか……」

「それはそれで余計な詮索をすると迷惑になるからダメだよ。それにもし何かあれば、ナルだけじゃなくて御義父様達にも心配させちゃうし……」

 

 迷わず盗み聞きを試すシスティーナの迷いのない行動に呆気に取られたルミアが慌ててローブの裾を握ってシスティーナを扉から引き離す。はしたないという自覚はあるのかシスティーナも渋々と扉の先を視線で追いながら離れていき、背凭れに寄り掛かるように腰掛けて身体を伸ばすと少し膨れたように愚痴を漏らした。

 仕事の話を外部へ漏らさないナルの態度は立派なものだと思うが、事件に関わるようになると詳細を話さずに突然自分達から距離を離す彼の態度も、それはそれで友達としては複雑な気持ちだ。

 ルミアの説明にも納得はしている。学生という立場であれば部外者や他人というのも仕方のないものだとは思う。だが、システィーナは興味本位の野次馬ではなく友人としては危険な事に関わるかも知れないナルが気掛かりだった。

 

「そりゃあね、警備官の業務には守秘義務があるのも解っているわよ……でも、それだけでナルは私達から直ぐに距離を離しちゃうでしょ……それが面白くないっていうか……」

 

 システィーナの漏らす少しの愚痴もルミアからすれば気持ちが解らないでもない。

 友人として仲良くはなれたと思う。普段から一緒にいるというのはナル自身にも気恥ずかしさがある本人は口にするが、それでも他の同級生からすればずっと近い距離で話し合える関係だと二人は自負している。だからこそナルが仕事を理由に自分の意思で自分達を遠ざけようとする瞬間というのは、彼女の中では割り切れないのだろう。

 

「大丈夫だよシスティ、きっと危険な事に関わって欲しくないのは仕事としてだけじゃない。友達として私達を心配しているからだよ」

「それは判るわよ……でも友達として心配をしてくれるなら、私も友達として何か力になりたい。一人で抱え込むよう事はして欲しくない」

「大丈夫、きっと話す時は私達にも話してくれるよ……」

「……だといいけど……」

 

 ソファーの上で膝を丸めて悩むシスティーナと彼女に寄り添うように身体を預けたルミア。

 こうして二人で話すようにナルとも話せればいいのだが、踏み込めないもどかしさは中々解消されない。

 

「ルミアは私と違ってナルの事を信用しているわよねえ……ねぇ、ルミアがそこまでナルを信じられる理由って、この前の補習で何か話をしたからなの?」

 

 ふと、ナルを心配すると言いながらも自分を気遣い、信じているような口調が気になったシスティーナがルミアを見上げる。すると、何故かシスティーナから視線を外すように首を傾けたルミアがソファーの端へと移動し始めた。

 

「……ナニモ ハナシテイナイヨ?」

「いや、流石にその反応は無理があるわよ……」

 

 狼狽えているのか隠す気が無いのか、心情はどうあれ放課後に二人で何かを話していたらしい。会話の内容はさておきルミアの反応はシスティーナの中で奇妙な嗜虐心を沸き立たせた。

 

「ルーミーアー?」

「なーあーにー?」

 

 にんまりとからかうような微笑みで猫が獲物を仕留める前に四つん這いで近づき、ソファーの端に逃げたルミアの元へと這い寄るシスティーナ。その動きに身体を丸めて身を寄せたルミアが自分の身体を抱き寄せるように角に丸まり、明らかに一部分を守っている。

 

「……何を話したの?」

「……な、何も?」

「ふーん……そっかぁ……」

「そうそう。何も話してないよ、普通に授業をしていたのはシスティも途中まで見ていたよね?」

「そーよねぇ……はぁー、それにしても久々に書き取りに集中して疲れちゃったわね……手首が痛くなっちゃった……」

「あ、それはそうかも……今日は少し長めにお風呂に入りたいな」

「ルミアは元々長風呂じゃない。私は今癒しが欲しいわね、柔らかいもので手首を癒したい」

「や、柔らかいもの……」

「そう……こういうので!」

 

 素早く手を伸ばしたシスティーナが突然ルミアに抱き着く。

 

「きゃっ!」

 

 密着したシスティーナは隠された一部分、制服を押し上げるように主張している胸元に手を伸ばすと服の上から躊躇いなく掴んだ。

 

「ちょっとシスティ! ここ警邏庁だよ!」

「よいではないか、よいではないか……はぁ、柔らかくて癒されるわ……いくらでも揉めそう……」

 

 甘えたように胸を揉み続けるシスティーナから離れようと、顔を真っ赤にして抵抗するルミア。だがシスティーナの指は柔らかな感触に吸い付くように指を滑らせて柔らかくも弾力のある質感を堪能していく。

 

「ナ、ナルもすぐ戻って来ちゃうから……」

 

 仲睦まじいとも取られるかもしれないが、この光景を見られたら流石に言い訳出来ない。同性同士だから許される悪戯ではあるが、人に見られてしまうのはルミアも恥ずかしい。

 好きにされてしまうも弱々しくも抵抗して背凭れから身体を起こした頃、システィーナも満足したのか手の動きが止まり、胸を鷲掴みにしたまま固まっている。

 

「ねぇ、ルミア……?」

「な、なぁに……もうそろそろ離して欲しいんだけど……」

「うん、それなんだけどね……ルミア、また大きくなってない? これ、前より大分大きい気がするんだけど……」

 

 システィーナの問い掛けにルミアの肩がびくりと跳ねた。大丈夫だ、肩が跳ねたのは揉まれて反応したからだ。システィーナには未だ気付かれていない筈だ。

 ルミアはあくまでも平静を装い、そんな事は無いと知らないふりをしている。

 

「まさか……遂に大台に乗ったっていうの……! 自分で揉んだっていうのっ!?」

「何の話!? 多分システィが思っている事はしていないよ!?」

「見た目だけじゃ気づかないけどテレサと大差ないんじゃ……ううん、もしかしたらテレサよりも……え、嘘よね? 私、信じるわよ? 家族を信じるわよ?」

「システィ落ち着いて! 怖い怖い! 揉みながら話さないで!?」

 

 正直に白状したら更に揉まれる。突然始まった尋問にシスティーナの眼はぐるぐると眼を回して同じことを繰り返すように呟き、ルミアは彼女の奇行に対して本能的に危険を察して質問を肯定しない。

 大ぶりでも小ぶりでもなく、ルミアの体格から計算尽くした理想の黄金率と造形美を保っていると称されたルミアの双丘。だがルミアは家族であるシスティーナにも言えない秘密があった。

 既に黄金率は崩れ、造形美は形を変えた。単純に大きくなっているのだ。

 その事実はシスティーナにはまだ話せておらず、休日に一人で隠れるようにサイズの大きくなった下着を買い直した事を親友であるシスティーナにも未だ告白していない。

 

「いいわね、ルミアは直ぐに食べた分が胸に反映されて……私なんてこの間の分も全部お腹にいくわ……そして腕やお腹がぽっこりするのよ……」

「お、落ち着いてシステ、ふぁ……っ」

 

 話せば今以上に更に揉まれる。そして他の女子にもこの噂は巡り、きっと更衣室で他の人にも揉まれる。ルミアは一人、孤独に耐えて友人が扉を開けない事だけを祈っていた。

 

 

 

 

「おい、ヘンカー、扉の前で何しているんだ?」

「友達待ちです」

「……着替えているなら更衣室まで案内してやれよ?」

「……はい、その時は案内しますね」

 

 通りがかった同僚職員全員が怪訝な顔をして扉の前を通る中、ナルは自分で自分の耳を塞ぐと気が付かないフリをして騒ぎが収まるのを扉の前で待ち続けていた。

 

 ■

 

 フェジテ西地区某所の早朝、近隣の住人から悪臭がすると通報を受けた警備官が通報を受けた現場付近を確認したところ、買い手のつかなくなった空き家付近で男性の死体が発見された。

 死体は激しく損傷しており両腕の肘から下が見る影もなく崩れ、腹部を中心に胴体が真横に割れて内部を派手に撒き散らした光景には思わず新人の警備官でなくとも嘔吐し、熟練ですら息を呑み光景だ。一体どのような報いを受ければ人間がこのような末路を迎えるのか……残酷な殺され方をした被害者を悼みながら警備官達が損壊して野犬に啄まれた残骸を回収していると、腕の一部に僅かに残る刺青の痕跡を発見。その刺青の部分のみを漸く復元した時、その刺青を持つ意味を知った彼らは更に深い恐怖へと突き落とされた。

 

 復元された刺青は短剣に絡みつく蛇の紋。

 それは「天の知恵研究会」と呼ばれる魔術を極める為ならば、どのような非人道的な行為にでも手を染める外道魔術師の中でも生粋の狂人集団の証。

 そのような狂人集団を葬る危険人物がフェジテに潜伏しているのだと……

 

 その日、中央区からの通達によって西地区一帯を中心にフェジテは殺人者の緊急搜索が開始された。

 

 殺人者を捜索する警備官達が街中を行き交う光景をカフェテリアの一角で見送る二人組の男。

 都会のチンピラ風の男とダークコートに身を包む紳士然とした二人は育ちも気品も正反対に見えながら、周囲に目立たず溶け込むように慌ただしく動く警備官を見送っている。

 

「どうだジン」

「んー、やっぱりダメだわ。アイツも連絡とれねー」

 

 ジンと呼ばれたチンピラ風の男は耳に付けていた水晶体の通信用魔導器をテーブルに放り投げ、めんどくさそうに椅子にもたれ掛かる。

 見るからにだらしのない行為をダークコートの男は咎める素振りもみせず、二人は今後の行動を確認する。

 

「この様子では奴も殺られたか……流石に協力者のいないままでは学院への侵入は難しいだろうな」

「ま、戦闘専門じゃねーし殺られるのは仕方ないじゃん? 学院近くで張ってから連中来るの待とうぜレイクの兄貴」

 

 楽観的な様子で考えなしのようにも聞こえるが、学院への侵入方法を抑えられた二人にはそれしか無いのだろう。急な計画の変更による齟齬がこんなにも早く浮かび上がるとは思わなかったが、既に襲撃者の片方は容姿が割れているという事から二人とも奪い返す方向で認識は共通しているようだ。

 

「アイツが立て替えた借金の返済をしなくていいと安堵でもしたか」

「いやいや、やだなー勘弁してくれよ兄貴ぃ、ちゃんと目処を立てて返すつもりだって。ほら、報酬の度にオレも返してたでしょ?」

 

 敵対をすると決まっている以上、慌てる事など二人にはない。無愛想な表情のレイクから協力者との財布事情を指摘されると、ジンは気まずそうに笑いながら答えた。

 組織としての繋がりしかない関係ではあるが、ジンの方は学院にいる協力者と時折会話をする程度の仲らしい。その会話内容もジンがギャンブルで負けた分の負債を一時的に立替え、その返済として学院で使う教材の素材や触媒を代わりに採集するという使いパシリのような関係らしい。

 魔術師としての素質の高さから腕だけはいいジンは、戦闘専門の魔術師として奴からも重宝されるようだ。

 

「細々と返すからアイツも甘い顔をする……」

「学院は真面目な生徒ばっかしらしいから、手の掛かる俺みたいのが嬉しいんじゃね?」

「年齢に大きな差はなかったと記憶しているが……俺の記憶違いか?」

「冗談冗談、ジョークだって兄貴。それよりもキャロルの奴も組織のツレでしかないけどさぁ───殺られっぱなしとか、このまま舐められたままなんて……ムカつくじゃん」

 

 財布事情から話題を逸らしたいジンの表情には隠しきれない獰猛な笑みが浮び、拳を掌にぶつける乾いた音が響く。どうやら個人の感情だけではないらしい。

 一流になる為に死ぬ物狂いをするくらいなら今のままで三流を見下していたいと研鑽を嘲笑う男ではあるが、どうやら仲間内への貸し借りは義理堅く返済するつもりのようだ。

 それをジン本人が自覚しているかはレイクの知るところではないが、同士の闘志を否定するつもりなどレイクにも無かった。

 

「ン倍にして返してやろうぜ兄貴。目的が同じだっていうなら連中も潰して俺らがルミアちゃんって子を回収すればいいだけだ」

「無論だ。もとより引く道など我々にはない、立ち塞がるならば一切を鏖殺しろ」

「おうよ」

 

 敵に容赦をしないのはレイクも同じ事。自らが席を置く組織の末端を一人屠った所で侮る事なかれ、芸術家気取りの不埒者を今度は此方が奪い返す。

 敵が誰であれ彼らもまた自らの受けた命令を遂行する魔術師に変わりはない、天の知恵研究会に逆らい牙を突き立てようというのならば組織はそれ以上の暴力を以て「あの方」の為に奇跡を行使する。

 

 誰にも気づかれる事もなく二人の魔術師は一角から姿を消した。

 

 そして魔術学院を舞台に狂人共は間も無く集う。

 

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