ロクでなし魔術講師と学生警備官(仮)   作:一徒

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05.芸術

 ナル、システィーナ、ルミアの三人が在籍する二年次二組は授業が通常よりも遅れるという問題が発生していた。

 前任の講師が一身上の都合で急遽退職して授業の遅れが出た事、それから某非常勤講師の無気力な授業によって只でさえ遅れていた授業が更に遅れた事、この遅れた分の授業を補う為に二組は休日返上で学院での授業を行う事となり、そしてそれを教えるのは担任である某非常勤講師グレン先生の役目だ。

 

「なあヘンカー、少しだけ俺の話を聞いてくれるか?」

 

 授業の準備に教本を運ぶのを手伝うように頼まれたナルはグレンと二人で資料室へと向かい、互いに厚みのある重い資料の束と教本を抱えて教室へ向かおうとしている途中でグレンから声を掛けられる。

 休日の校舎は普段よりも生徒や講師の少なく、学院は広い構内のせいか物静でよく声が通る。周囲に視線を向けてもグレンが声を掛ける相手はナルしかおらず、自分の名前を呼ばれたのも聞き間違いでは無さそうだ。

 

「……少しだけでいい、白猫は少しくらい遅れるのも見逃して貰っているからよ」

「……何ですか」

 

 今までに無い斬新な授業で放課後も生徒が質問を聞きに来るようになったグレンが珍しく一人でいられるタイミング、そして今はシスティーナやルミアもおらず二人しかいない。無人の構内では誰かの耳に入る事もないであろう今の状況から話す話題など片手間で済む話題だとは思えなかったが、きっとグレンの中でも互いに避けては通れない話題をいつまでも逸らすわけにはいかないのだろう。

 それはナルも同じで、グレンに対して初めに聞かなければならない事もあった。

 

 何故グレンはナルの家族を殺さねばならなかったのか。

 

 ナル自身の持つ戦闘技術の全てを叩き込んだ彼がこの国で何をして殺されるに至ったのか。

 警邏庁で勤める以前から調べ続けてきたが、閲覧制限が掛けられてナルだけでなく正規の職員の中でも一部の上層部しか閲覧できないようになっている情報となっていた。

 自分の家族が何をしてきたのか、それを知るには当時関わっていたグレンに尋ねるのが一番であると考えていたし、今でもその考えは変わらない。

 だが、自分から魔術の世界を手放して離れたグレンの過去に無作法で踏み込むべきかと思うとナルも躊躇い、自分がそれを聞くことでルミアやシスティーナとの関わりにも何か変化が起きてしまうと思うと二の足を踏んで中々踏み込めないでいた。

 元からお互いに話す機会を伺っていたというのなら、それはありがたい事だった。グレンにもナルに話しかける事は自分の過去の一つと向き合う事に他ならない、それを自覚しながら自ら踏み込んでくれるきっかけをくれるのなら、その善意に甘えてしまおう。

 自分から切り出せなかったナルは甘んじてグレンの会話に付き合い、足を止めて振り返った。

 その態度にグレンの方も会話を聞いてくれると判断したのか、思いつめたような表情から僅かに脱力した様子で面倒くさそうに愚痴を零す。

 

「他の教師が全員休んでいるのに俺だけ五日間も授業で学院に来なきゃいけないって不公平じゃね? もう帰って寝ようぜ」

「そっちかぁ……」

 

 前言撤回。グレンの頭にはお互いの過去よりも休日に授業を不平不満の感情が勝っていたようだ。

 因みに学院の講師は全員休みを取って休日を楽しんでいるわけではない。学院の講師は学園長を含めて全員、今日から帝国北部にある帝都オルトランドで魔術学会に参加している。

 本来ならば早馬で三、四日を掛かる距離があるのだが、学院には転送用の法陣が用意されている為に決められた場所同士の移動は大きな問題とはならない。

 

「大体な、休日に授業をするハメになったのも前任が急に辞めたから遅れているって理由だろ? 辞めるなら辞めるで、引き継ぎをしておかないとアイツ等も急に授業方針が変わったらついていくだけでも大変だろうに……まあ、クソみたいな教本書き写すだけだろうけど」

「生徒への心配から授業方針への遠まわしな悪態が酷い……」

「お前も真面目にレポートを書いていたのは最初の頃だけだろうが。最終的に教本丸写しで考察とかを別の資料から引っ張るだけで単位がもらえるとか、ザルもいいとこだよな」

「講師本人が書いた研究論文とか引き出すと急に内申点上がりますよね」

「お前もうまい具合に手を抜くよな……最近のは中身がスカスカの論文ばっかりだけど、真面目に書いたのは色々と調べてあったみたいだし、もっと本腰入れた方がいいんじゃねーの?」

「真面目に書かないとヒューイ先生には通じませんでしたからね」

 

 そう口にしたナルの表情には講師への煩わしさは無く、寧ろ思い出すかのように楽しげだ。

 

 過去に教わった内容を題材にしたレポートはどうにも講師から不評のようで再提出を言い渡される。再提出を命じた講師の研究資料を題材に提出し直すと、ほぼ丸写しのレポートが今度は掌を返したように好評価を受けた。

 何が評価に関わるのか違いが解らなかったが、ヒューイの授業を欠席した時にも埋め合わせに同じようなレポートの提出をした。そのレポートを読み終えたヒューイは柔らかく微笑み、自分の研究を誇る事もせずにこう言ってきた。

 

 『なるほど……この論文は確かによく書けています。ですがこのレポートは論文の内容ではなく書いた著者……つまり僕の評価を得る為に書かれたものでしょう? 私はヘンカー君がこの論文から何を思い、何を感じたのか読んでみたい……そういえば、システィーナさんからもメルガリウスの天空城に関する論文を受け取っていますよね? 今度はそちらを題材にしてみませんか?』

 

「自分の書いた論文を参考にされて得意げにされたりするよりはずっといい先生でしたよ。失踪した件は今でも搜索に関わらせて欲しいって申請を出しています」

「セリカからも聞いたが失踪とは穏やかじゃないな……警邏庁でも、まだ何も解って無いのか?」

「解ってないですね」

 

 グレンも同居人のセリカから前任者のヒューイ=ルイセンが退職した本当の経緯を、ある程度は耳にしている。一般生徒には急な都合での退職という事で説明をされているが、実際は一か月前に行方不明になっており未だに足取りを掴めていない。

 ナルも警備官として警邏庁に出入りをしている為に一般生徒とは異なり既にある程度の事情を知っている。故にグレンには隠す事も無く、また歩きながら自分が知っている内容をグレンに話し始めた。

 

「もう自宅の捜査は終わっているみたいなんですよ。学院に登録されていた住所はもぬけの殻、戻ってくる様子もなければ元々誰も住んでいなかったかのように綺麗だとか」

「あー、夜逃げとか生活苦って線は?」

「ほぼ潔白。給料の前借りも無ければ、金融機関への借金も全く無し。一部に把握できない流れがあるとかで、今はブラックマーケットの辺りまで手を伸ばして裏を取っているとか」

 

 ナルも個人的に知り合いのツテで商家の次男や三男のたむろする不良グループに聞きまわってみたが、ヒューイを見掛けた者は居なかったという。

 

「八方塞がりって事か……西地区では惨殺死体もあるし、ここ最近は物騒な事が続いているからきな臭いな……にしても、お前も結構調べていたんだな」

「まあ、他の人より情報は入りやすいもんで……それに」

「それに?」

 

 ヒューイ=ルイセンという人間が先生として学院で生徒に接する姿を今でも覚えている。柔らかい物腰と丁寧な説明、何より生徒の一人一人を大切にしてくれるような人だった。

 だが、学院を離れてヒューイ=ルイセンという人間を知ろうとすると、まるでヒューイという人間が学院にしか存在しなかった幻かのように霞のように姿を消してしまう。

 借家の為か学院の外には資料などを持ち出さないタイプのようで、借りていた部屋には最低限の家具と生活用品しか置かれておらず、また近隣の住人も彼が自宅にいる姿を見た事があるという人物は極端に少なかった。元々魔術師は秘匿する内容が多く、学院講師としての業務もあれば多忙なのだろう程度にしか思われなかったらしい。

 また、評判こそ悪くないものの近隣との近所付き合いも殆ど無い為に、彼の友人や知人も極端に少なかったという。

 唯一聞き出せたのは、ヒューイの外見とは対照的なチンピラ風の男が数回、彼の近くで目撃された程度だ。

 この一ヶ月でナル個人の聞き取りから成果があった結果はこの程度でしかなく、警邏庁でも調査の進行は似たようなものだった。

 ヒューイを見つけてナル個人が彼に対して何かを出来るという事は少ない。何も告げずに消えてしまうとうのであれば、それはそれで仕方の無い事だとは思う。だが、それをナルは自分の中でその別れを割り切れなかった。

 きっかけは些細なことだ。彼の授業を楽しそうにしていたシスティーナやクラスメイト達が、彼の急な退職に対して少し気落ちしてしまい寂しげにしていたのを知った。

 ナル本人の過去にも関わるが、物言わぬ別離に対して少し思うところがあり、警邏庁でヒューイの退職が失踪だという事を知ったナルは自分でも探すことを決めた。

 もし見つける事ができればシスティーナ達に何かを残して欲しいと願い、何も言わずに別れるような別離をして欲しくなかった。

 

「……何もなければいいかなって……」

「……確かにな」

 

 何かを口にしようとしたナルがそれを飲み込むように当たり障りのない動機で会話を終えると、それ以上の詮索を野暮だと判断したのかグレンは資料を抱え直して二人で教室へと向かう。既に授業も開始して五分ほど過ぎており、資料を運ぶから遅れるとは説明してあるものの、これ以上の遅刻は二人してシスティーナに怒られかねない。

 

「んじゃ、さっさと戻るか。これ以上遅くなったら白猫もうるせーだろうし」

「ですね、最近真面目にやっていたからグレン先生は余計に怒られそうだ」

「お前がいれば白猫の怒りもおさまる気が……あ?」

 

 歩き始めて直ぐにグレンは足を止めた。ちりちりとこめかみを焦がす感覚がグレンの中で警鐘を鳴らし、漠然とした危機感がグレンを頭から押し付けるように威圧する。突如襲い掛かる重い気配に足を止め、グレンは咄嗟に窓から空を見上げて空を見回す。

 

「先生……フェジテに白くてデカい鳥って何がいましたっけ……」

 

 直ぐ隣では教本を落としたナルがグレンと同じ重圧を感じ取って窓から空を見上げ、先に発見した物をグレンに尋ねる。二人が見上げた視線の先では遥か上空で学院の真上を旋回するように見慣れない怪鳥が飛んでいた。

 

 ■

 

 休日の朝。早朝からの仕事もひと段落し、凝り固まった身体を解そうと背筋を伸ばす男が空を見上げると白い大型の鳥が男の遥か頭上をアルザーノ魔術学院へと物見遊山でもするかの如く飛んでゆくのを見つける。遮る物も無く人間のように生活の為にやりたくもない仕事で働く必要もない。そんな自由を羨むように見上げた男は、その鳥を気に留める事もなく仕事に戻る。

 きっと見上げた誰もが気付かなかっただろう。その鳥は遥か上空を飛びながらも()だと認識できる程の異常な巨体を持つ白い怪鳥であり、フェジテの近くでは見た事もない種類だという事。そしてその怪鳥の上では金髪の男が悠然と佇み、フェジテ上空の遥かな高みからアルザーノ魔術学院を見下ろしていたという事を。

 

『───そろそろ着陸地点だな。そこから学院は見えているか?』

 

 魔術学院を見下ろしていた金髪の男は通信機越しに伝わる男の声に愛想の良い返事を返すと、先ほど思いついた提案をしてみる事にした。

 

「なあなあ、旦那? 折角の入場ならさ、少し派手に登場を演出したいって気持ち……旦那なら解ってくれるよな?」

『……ああ、どうりでやたらと飛びながら行きたいと駄々をこねた訳だよ……お前、最初から呪符で侵入するつもり無かっただろう……』

「旦那……俺は気づいたのさ。前回は真夜中でギャラリーもいなかった、折角見つけられた作品の残骸もただの殺人としてしか見て貰えず、作品を作り上げた俺達よりも死んだ廃材の方が注目を浴びてしまう……何故か! そう! 大衆の眼が足りなかったのさ!!」

『足りないのはお前の頭だよバカ野郎』

「そうだよな! 足りないモノを埋め合わせるには俺達創作者が機転を利かせるしか無い! つーわけで昼間に爆発させれば、どんな馬鹿でも作品の作り手が俺達だと伝わる筈だよな!!」

『せめて人の話を聞け』

「そりゃあね、この街の名物なら俺も表現者の端くれとして想像力をぶつけないと気がすまないっていうかさぁ…… ……旦那、派手にやってもいいかな?」

『ダメだと言っても空の上じゃ間に合わねぇだろうな……もういい、好きにしろ。俺は予定通り結界が壊れたら入るぞ』

「ヘヘッ、すまないね旦那! 派手な作品を落とすから良ければ旦那も見てってくれよ!」

『わかった、わかった。好きにしろ』

「ハイ! それじゃあ今回はC3!! 小さい町ぐらいなら跡形もなく消し飛ばせる俺の芸術作品でもデカい一発で開幕から派手にイっちゃうぜぇ!!」

『まあ、その威力でもないと学院の結界はキツいかもな……余波で街も巻き込まれそうだが』

「今回は爆心地も絞って威力を一点に集中だぜ!! 旦那も近くにいるしな!!」

『そりゃあお気遣いどうも』

 

 忌々しそうに声を低くさせながらも呆れた声音には怒りはあまり感じさせない。どうやら男の方も此方の相談にある程度の察しが付いていたようで、大人しく入るとは思ってはいなかったようだ。

 此方のアレンジを受け入れられた金髪の男は喜々として材料を詰め込んだポーチへ手を突っ込み、掌が異形の口を開いて材料となる粘土を咀嚼していく。

 ぐちゃぐちゃと粘性のある特殊な粘土を飲み込んだ口が食べ終えると必要な量を飲み込み終えたと主張するように噯を漏らし、彼の掌には小さな造形物が吐き出された。

 

「さて、まずは挨拶がわりに一発。魔術師のお前らには想像もつかない芸術(アート)ってモンを俺らが教えてやるよ」

 

 木の上に止まる鳥の置物のような白色の造形物は男の手を離れて空から落ちてゆく。

 落下していく造形は次第に加速していきながら掌に収まっていたサイズから学院に影を落とす程の巨体へと膨らんでいき、そしてアルザーノ魔術学院の結界へ衝突する事で敷地内への落下は阻まれる。

 学院関係者以外の侵入を防ぐ結界が落下した造形物の自重と衝突の衝撃によって激しく揺れ、金髪の男は破顔した笑みで右手を構えた。

 

「さあ刮目せよ魔術を奇跡と宣う異常者ども!! 芸術は───爆発だッ!!」

 

 創造主の叫びに衝突した造形物は発光して学院の空を照らし、自らの創造への歓喜に産声を上げるような光と共に学院の結界を巻き込んで巨大な爆発。一点に集中した爆発が巨大な火柱を縦に伸ばすように噴出し、結界の接触部分が過剰な火力から炎の赤熱で守られた天蓋を焦がす。

 魔術学院を守る結界は一国ですら甚大な被害を与える威力に耐えられずに悲鳴を上げ、まるでガラス細工が砕けるように結界は粉砕された。

 

 結界が破砕した光景を見上げながら、もう一人の男は正門から隠れる事もなく堂々と立ち入ろうとする。不運にもそれを目撃してしまったのは学園に残っていた守衛、彼は侵入者が今の爆発と関与していると考えて直ぐに動いてしまった。

 

「おい! ちょっと待てお前! 今の爆発と奇妙な人形はお前がなにかしたのか!!」

 

 男からの返答は無い。守衛は語気を強めてもう一度問い詰めようとした瞬間、彼の胸を刃が貫いて宙吊りにしてしまう。

 

「魔術なんぞに末端でも関わるから芸術の細やかな違いが解らねぇと見える……ただ爆ぜるだけの花火が俺の作品に見えるか? お前の目玉は空洞か? それとも眼に見えない物を神聖視する余りに審美眼が曇っちまったか? どうだ、俺の作品で刺されても未だ花火と俺の作品が同類に見えるか? 答えろド素人の物知らず」

 

 答える事など出来る筈もない。胸への一突きで絶命した守衛は繰り返される刺突に胴体を貫かれ、とっくに事切れている。男は刺し貫かれた死体を無造作に放り投げると、忌々しそうに学院の中へと歩んでゆく。

 そして男の消えた後に姿を現した二人組が死体の前で屈み、その傷口を確認すると二人は顔を見合わせた。

 

「当たりだな。奴がキャロルを殺った一人だろう」

「芸術家ってアレな奴が多いって聞くけど、まさか異能殺しや魔術殺しで悪名ばっかりの殺人結社『怪奇芸術(フリークス・アート)』とはねぇ……『造型師(スカルプター)』の『傀儡師(ドールメイカー)』と『粘土造型師(クレイマン)』かよ」

 

 世界の何処であろうと混乱を引き起こす超人集団。異能、魔術、人外の力によって時には村を滅ぼし、国すら敵に回す彼らは異能であろうと魔術であろうと、自己の欲求と快楽、過剰な独善的な大義と刹那主義の狂気から敵対者を殺し尽くす正真正銘の異常者の集まりだ。

 ジンやレイクが所属する魔術を極める為に如何なる手段も躊躇わない『天の智慧研究会』とも時には敵対し、互いに殺し合う掛け値なしの狂った組織が何故ルミアを狙うのか。

 詳細は未だに二人にも掴めないが、どうやら報告されたルミアの持つ価値といのは、複数の組織が狙う程に希少なものらしい。

 

「敵対者を殺す為ならば同類の異能者であろうと関われば虐殺と殺戮に心血を注ぐ異常者の集まりだ。度し難いという点では我々と差異は無い」

「造型師、舞台役者、脚本家……まあ他にもいるだろうけど敵がアイツらって解かれば上々よ。兄貴、あのクソ鳥に乗った『粘土造型師(クレイマン)』は俺が殺るぜ」

「好きにしろ。脚はお前のほうが速い、先に目的の教室まで向かい目標を回収しても構わん。 俺は先に『傀儡師(ドールメイカー)』を殺す」

「ハイハイ、んじゃ、お先にー 《お先に・お仕事・お仕事》ォ!!」

 

 そう言うと軽快なステップから紫電を散らして地面の石畳が爆ぜ、ジンは一瞬だけ学園の壁面を駆け上がると姿がブレて学院の内部へと消えた。適当な詠唱からも自分の望む高速移動の魔術を任意で発動させるジンの技量にはレイクも僅かながら驚かされる。

 

「才能と品格は別物か……よく言ったものだな……」

 

 正式な戦闘訓練を受けた訳でもなく、魔術という才能をほぼ我流で鍛え上げた戦闘専門の魔術師。今でこそ才能さえもどうにもならない壁に背を向けた男ではあるが、その実力は未だに一級品と呼べる腕前だろう。

 あれでもう少し真面目なら此方の苦労も減るのだと肩を落としながらもレイクは視線を市街へと向ける。空中からの爆発から学園の周囲にある建物にも被害は及び、既に近隣から人が集まり始めている。

 

「あまり時間も掛けてはいられんか……」

 

 レイクも自らの魔力を高めると共鳴音が響き渡り、レイクの周囲で空間が波紋のように揺らぐ。自身の目の前に展開された魔法陣から無数に現れる骸骨の兵隊。二本の足で立ち、剣や盾を装備した歩兵のような骸骨の群れが十、二十と現れ、今尚その数を増やし続けている。骸骨兵を見れば術者の技量がどれほどのものか、卓越した腕前と大量召喚の技量に並みの魔術師ならば戦う気力すら起こさせないだろう。

 

「傀儡使いが一人で動く訳もあるまい……此方も数で押すぞ」

 

 レイクが自らの持つ竜の牙を素材として錬金術で錬成した骸骨兵の軍勢は作り手であるレイクの命令に従い、召喚【コール・ファミリア】の多重起動(マルチ・タスク)によって学園の内部へ続々と転送されていく。

 学園内部を戦場へと変える兵隊の投入を続けながら、レイクもまた自身の持つ五振りの刃を浮かせて(・・・・)学園へと侵入した。

 

 ■

 

 爆発が起きた直後の二組教室内。突如として現れた造形物とその造形物が引き起こした爆発に一時は教室中が騒然としてパニックになりかけたが、教室の中は意外な程に冷静さを保てている。

 

「まだ具合の悪い人やけが人がいないか私やルミアに教えて!」

「こんな状況だから皆で協力しよう! 直ぐにグレン先生も戻って来るから慌てないようにしてね!」

 

 冷静さを保てたのは教室の中心で騒ぎを抑え、治療の為に奔走するシスティーナやルミアの力が大きいだろう。彼女達を中心として協力して事態が困惑しないように努めていた。

 爆発の衝撃から窓のガラスなどが破損はしていたが、幸いにして教室から離れた場所で爆発した事、そして威力も一点に集中しており結界を破壊しただけで済んだことが幸いしたようだ。

 グレンは直ぐに教室へ戻ると信じ、ナルもこの状況なら直ぐに外へ連絡を取ろうと守衛所へ向かうと考えた二人は、この状況でもパニックが広がらないように努めて教室に残る全員が冷静になれるよう奔走している。

 全員が混乱してパニックを引き起こしては元も子もない。状況が一切分からない状況であっても、それでもシスティーナは自分を奮い立たせて冷静になろうと努めていた。

 何度もクラスの誰かに声を掛けて状況の確認を繰り返し、やるべきことが無いか確かめているのは自分の余裕のなさを誤魔化す為に何かを出来ないか探しているような気持ちが強い。

 

「ルミア、酷い怪我人はいる?」

「今のところ机も倒れていないしガラスも割れていないから大事にはなっていないみたい……それでも気分の悪い子がいるみたいだから、医務室に行ければいいんだけど……」

「流石に今は無理ね……先生かナルが戻れば少しは動けると思うけど……」

 

 この状況でも毅然とした態度を保てるルミアにはシスティーナも頭が下がる。だが圧倒的に手が足りず教師であるグレンや警備官のナルもいないというのが二人には辛い所だ。

 親友にまで弱音を隠そうとは思わない二人は気付けばお互いに自分の不安を正直に吐き出していた。

 

「女子としては傍にいて欲しいと思っちゃうかな」

「向こうは私達だけに構っていられないのかもね……それしても初めて会った時を思い出すわ、向こうは私達の顔も覚えていない頃だろうけど」

「名前すら覚えていなかったものね……でも今は傍にいると安心するよ」

「……少しわね。きっと向こうもやる事やって帰ってくるだろうし、私達の出来ることをしましょう」

 

 傍に居れば伝わる隠しきれない緊張による疲労からかシスティーナの顔色は優れない。怖い筈なのに普段通りに振舞うシスティーナの姿が頼もしい反面、何か小さな綻びで彼女が傷ついてしまわないか心配になるルミアだったが自分に出来る事の少なさに俯きそうになるのを咄嗟に堪える。

 二人は互いに外にいる二人が戻る事を信じて動き始め、そして全員の安否が確認できた頃、教室の扉からグレンやナルとは異なる第三者の声が聞こえてきた。

 緊張が走る教室の中、その声に聞き覚えがある誰もが驚き扉の先を警戒した。だがそれも少しの間だけ……何故なら教室の扉を開けて現れた青年は誰もが知っている教師だったからだ。

 

「ヒューイ先生!!」

「……お久しぶりです、皆さん……ああ、本当に無事で良かった……」

 

 扉を開けて現れたのは急遽辞めてしまった筈のヒューイ=ルイセンだった。

 急遽退職したヒューイが何故学院にいるのか、その疑問よりもクラスの生徒達は別れも言えずに辞めてしまった彼との再会の方がよほど嬉しかったらしい。

 システィーナがヒューイの元へ近づくと身体がふらついておりシスティーナは慌てて肩を貸す。死者のように冷たく強ばった身体と疲労が濃く残る横顔から改めて自分達の知っている姿とは違う痛々しい姿にシスティーナは表情を曇らせた。

 柔らかな金髪は額からの出血から血の滲んだ跡が残り血が黒く固まっている。

 整った顔立ちから少し痩せた頬は彼が今までどれだけ辛い目にあったというのか……

 自分を気遣う生徒達の様子に痛みを堪えてヒューイは嬉しそうに表情を和らげ肩を貸してくれるシスティーナに礼を言うと、教室に居る彼らへ授業の頃と同じようによく通る声で生徒達に話し始める。

 

「皆さん、急に辞めた私が戻ってきた事に困惑する方が多いかと思います……ですが、今だけは私を信じて貰えませんか?」

 

 彼の善意に縋るような言葉に生徒は二つ返事で頷いた。元より少し前まで自分達を教えてくれた教師を疑う者などクラスに居るはずもない。

 そんなヒューイの姿に一人だけ表情の浮かない生徒が一人。緊張の糸が切れたせいかそれとも極度の緊張状態から急に糸が切れたのか……ウェンディとテレサは先程までクラスメイトを励ましていたルミアを気遣うように彼女の傍で声量を落として尋ねた。

 

「ルミア、どうしたの……真っ青よ……」

「……うん、大丈夫……」

「そんな表情では納得も出来ませんわ……とにかくシスティを呼んだほうが……」

「大丈夫……ホントに、私は平気だから……お願い、システィを見ていて……」

 

 頑なに助けを求めずヒューイとシスティーナから視線を外せないルミア。記憶にある筈の彼と今の姿は何ら変わり無いはずがルミアの震えは止まらない。

 少し前までの記憶が今の彼と重なるようで重ならず、まるで誰か別の人物を見ているような漠然とした不安が何故自分の中にあるのかもルミアにが自分でも説明できない。それでも一先ず彼の傍にいるシスティーナを離そうと口を開こうとするも、その動きを見ていたかのようにヒューイの視線だけがルミアを捉え、まるで覗き込まれているような恐怖からシスティーナに近寄る事すら叶わない。

 普段通りの落ち着いた声で話しかけるヒューイはルミアの視線にも気づいたままシスティーナへ語りかける。この状況は貴女達だけが皆を助けられるのだと。

 

「フィーベルさんが皆さんを守ろうとしてくれたのは私にも解ります。今はまだ私の事を信じることが出来ないかもしれません……ですが、どうか今だけは信じて貰えませんか? この事態を解決するにはティンジェルさんが私と一緒に教室を離れる事が大切なんです」

 

 一体どういうことだというのか、その疑問にヒューイはシスティーナが尋ねるよりも前に答えた。

 

「あまり口にしたくはありませんが……どうやら、侵入してきたテロリストの狙いがルミアさんのようです。彼女がフィーベル家に引き取られた際にご息女のフィーベルさんと間違われて誘拐された事件は私も聞いています。ですが、それも犯人達は元々ティンジェルさんを狙っていたようなんです。これは、三年前から計画されていた事なんですよ……」

 

 三年も掛けた緻密な計画に巻き込まれたクラスの生徒が被害者であり、君達が離れればクラスの皆は助けられる。そう言われているようだった。

 もしそれが事実だとすれば、もしそれが自分なら今すぐにでもシスティーナは自分から教室を離れる覚悟を持っている。だが親友であり家族であるルミアを一人にさせる訳にはいかない。例え怖くとも家族を守る為にルミアの傍に付き添うと心に誓っている

 

「ヒューイ先生、それなら私も連れて行って下さい! もしあの爆発がルミアを狙う犯人の犯行であれば私はルミアから離れるわけにはいきません!」

「……いえ、それは危険です……相手は何をしてくるか解らないテロリストなんです。ですからルミアさんは私に任せて貴女達は教室に……」

「ルミアは家族なんです! あの子を置いて私だけ無関係でなんていられません!」

「フィーベルさん……聞き入れてください……」

 

 力強く視線を向けてヒューイに同行を求めるシスティーナだったがヒューイは頑なに同行を認めない。それも教師としての立場なら仕方の無いことかもしれない。だが、システィーナもルミアを守りたいと譲れず、押し問答になりそうな時だった。

 

 

 

 

「《ズドン》」

 

 誰かの呟きと直ぐ近くで空気が切り裂かれるような音が駆け抜け、硬い物を穿つ音が響いた。目の前で聞こえた奇妙な音に思わずシスティーナは目を瞑ると、少し遅れて自分を説得してくれていたヒューイの身体が重くなる。

 

「せ、先生……?」

 

 自分が寄り掛かったせいでバランスでも崩したのだろうか? システィーナは目を開けてヒューイを見上げると、ヒューイは変わらぬ笑顔のまま彼の方から覆い被さるようにシスティーナに迫っていた。

 人前で男性に詰め寄られるような姿勢は流石のシスティーナでも羞恥心が勝り思わず足を後ろに下げる。するとそのままヒューイは受身も取らずにシスティーナの目の前で前のめりに倒れる。そして漸く気が付いた。

 

「……先、生……?」

 

 いつの間にか倒れたヒューイの頭部には孔が空いており貫かれた穴の周りが焦げて髪が少しだけ焼けているような傷が出来ている。

 先程まで話していた普段通りの表情にままヒューイは倒れてしまい、自分に何が起こったのかも気づかないように見えた。

 頭部への真横から貫く一閃。この傷だけでもヒューイという男が死亡したのは間違いない。人間ならばまず生きてはいない致命傷にシスティーナはまだ頭が追いつかずに呆然と見下ろし、目の前で何が起きたのか理解できていない。直前まで話していたシスティーナにはまだ信じられずゆっくりとヒューイに手を伸ばそうとした直後、システィーナの腕を遮るように誰かの脚がヒューイの身体を雑に蹴り上げる。

 

「ハイハイ、こちとら女王陛下に喧嘩を売っちゃう怖いお兄さんですよー。助けに来た先生のド頭をブチ抜いてゴメンねー?」

 

 蹴り上げたのは金髪にバンダナを巻いたチンピラ風の見慣れない男。

 突然教室に現れたこの男がヒューイを殺したのは明らかだが、再会できた教師を目の前で殺された生徒達は未だに信じられないものを見るように呆然としおり状況に追いつけない状態だが、すぐ近くにいたシスティーナは理解の追いつかない状態のまま、自分でも気付かずに口を開いていた。

 

「なん、で……」

「あ、悪いね銀髪ちゃんなんか言った?」

「なんで……ヒューイ先生に……」

 

 弱々しく見上げるシスティーナの目元には涙が浮かび、声が震える。ヒューイが一体目の前の男に何をしたというのか。誰かも解らない人間にいきなり殺されるような事を先生はしていないだろう。一体、何の権利があって自分達の目の前で先生を殺すような真似をしたのか。

 何か一つでも言い返して睨みつけたいのに声が出ない。システィーナは抑えきれない涙に目尻を濡らしながら震えたままジンを批難するように見つめ続ける。

 その視線だけでヒューイがどれだけ慕われているのかをジンは察し、おどけた表情から一点、気不味そうに後頭部で跳ねた金髪を乱雑に掻いた。これなら一言でも罵倒してくれる方がまだ自分達にはお似合いだろう。

 

「あー、銀髪ちゃんってさ、人がグロい死に方するのなんて見たことないよな。ほら、血がドバーって流れるような酷い死に方とか見たこと無さそうだし」

 

 なるべく怒らせないように遠まわしに話題を振ってみるが具体的な説明もせずに話すには話題の選択が最悪だった。システィーナどころか他の子供までジンを見てくる視線が痛い。だが、愚痴る暇も与えて貰えそうに無い、既に相手は次の行動を起こしているのだから。

 

「まあ、普通は死んだら血が出るのは当たり前じゃん? でさ、俺がブチ抜いたヒューイの奴から血が出たとこって誰か見てた?」

 

 言われて初めに気が付いたのか気が付けば全員がシスティーナのへたり込む床を見下ろし、血の一滴も滴らない床に違和感を覚えた。そしてヒューイが蹴り飛ばされた先を見つめ、誰かの小さな悲鳴が教室に響く。

 

「まあ、見て解る通りとっくに死んでんだよアイツ。アレはガワだけ使っただけの別物だぜ」

 

 頭も孔が空いたまま平然と立ち上がるヒューイは生徒の誰もが慕っていた教師の亡骸は別人のように悪辣な笑みを浮かべ、文字通り皮膚が裂けるまで唇を歪ませて忌々しそうに吐き捨てる。

 

「……今回は外見のリアリティに拘ったってのに傷つけやがって……これだから無教養の奴は頭が足りない……」

「そりゃあスイマセンね~俺ってがお前みたいに学がないからさ~ でもよ、知り合いが見つけたら直ぐに造りもんってバレちまうクオリティの低さでドヤ顔するって今どんな気持ち?」

 

 小馬鹿にした口調のまま亡き教師を踏みにじる造り手にジンは舌を出して煽り、その一挙一動が気に食わないのか声の主は自分の作品を傷物にされた怒りを露わに窓際へと後ずさる。

 

「弁償しやがれ無教養。次の作品はテメェを素材にしてやる」

「つーかよ、テメェがまずソイツのカラダを置いていけやイカレ野郎」

 

 逃げ出そうとするヒューイに対して人差し指と中指を突き出して構えたジンは獰猛に笑い、ふざけているとしか思えない詠唱を唱えた。

 

「《ズドン》《ズドン》《ズドン》!!」

 

 ヒューイに向けて三閃。心臓を中心に胴体を貫く雷光がヒューイを貫通して窓を砕く。最初に偽物のヒューイを穿ったのもジンの術だと理解し、その魔術の正体が【ライトニング・ピアス】だと教室の全員が悟る。

 指した相手を一閃の雷光で刺し穿つ軍用攻性呪文(アサルト・スペル)。見かけは【ショック・ボルト】と大差ないが、その威力、弾速、貫通力、射程距離は桁外れであり、鎧ですら貫通して人体を撃ち抜く正真正銘の戦闘用魔術。

 それをふざけた詠唱から連続起動(ラピッド・ファイア)で行使する男の技量がどれだけ自分達とかけ離れているのか。生徒の誰もが畏怖するだろう、今自分達が何人集まった所でこの金髪の男には決して勝てない。名も知らぬ不審者ではあるがそれだけの力量をこの男は持っているのだと。

 偽のヒューイは身体を撃ち抜かれた損傷も構わず壊れたガラスを巻き込んで校舎から飛び降りた。

 

「逃がすかよ!!」

 

 飛び降りたヒューイを追い掛ける為に窓からジンが飛び出した瞬間、幾つもの球体がジンの前面を覆い尽くす。

 それは白い球体のようでありながら多脚を生やした蜘蛛のような形状をした粘土細工。それらが意思を持ってジンの周囲を包囲するように降り注ぐ。

 

「空中じゃあ逃げ場もないよなぁ無教養!! 《喝》ッ!!」

 

 ジンの上空で蜘蛛の子を撒き散らして包囲したクレイマンはジンが何かを喋るよりも早く容赦のない起爆命令。クレイマンの叫びに応えた蜘蛛が内側から光ると一斉に胴体が膨れ上がり、内包された爆薬がクレイマンの魔力に反応して爆発すると空中で逃げ場のない獲物を巻き込み、容赦なく爆炎が包み込んだ。

 

 

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