ロクでなし魔術講師と学生警備官(仮)   作:一徒

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06.開戦

「クソッ!! オイ、ヘンカー生きてるか!?」

「なんとか……すいません、面倒かけて」

 

 爆発の衝撃から吹き飛んだ机や椅子に埋もれたグレンが壊れた備品の残骸を蹴り上げて立ち上がる。空から落下する奇妙な造形物が爆発して結界を破壊する直前、グレンは窓から離れて空き教室へと飛び込むことで机や椅子と一緒に吹き飛ばされながらも衝撃はそこまで大きくなく余波も比較的小さな被害で難を逃れた。

 ナルのローブを引っ張って咄嗟に空き教室へ連れ込んだせいでグレン自身も隠れるのは遅れた筈だったがナルよりも先に立ち上がる姿は随分と元気そうに見える。

 流石は最高峰の魔術師と名高いセリカ=アルフォネアが弟子と呼ぶだけの事はある。彼女はこのような事態でも想定して鍛えているとでもいうのだろうか。

 

「爆発の対応が慣れているけどグレン先生ってアルフォネア教授に吹き飛ばされたりするから爆発に耐性とかついたりします……?」

「なるほど……いつも俺を吹き飛ばすのはコレを想定していたのか……ありがとうお母さん俺は貴女の魔術のお陰で空から降ってくる爆発もへっちゃらです! ってバカ! そんなワケあるか! 毎回こんなもん受けたら俺が死ぬぞ!?」

 

 違うらしいがやっぱり元気そうだった。爆発の直後でもノリツッコミを忘れない芸人根性とは恐れ入る。

 瓦礫の真ん中でもグレンにとっては教室の教壇と変わらずノリツッコミのオンステージな彼を見ればクラスメイトだって一斉にグレンへ拍手を送るだろう、きっと講師を辞める事になっても次の就職先では前座の漫談でも余裕で出来るかもしれない。

 

「……先生、漫談デビューは皆で見に行きますね?」

「突然どうした!? お前の中で俺は何をしているの!?」

 

 非常勤講師を辞めて劇団で漫談を始めるグレンの姿をクラスメイト全員で応援する姿も悪くはないが出来ればグレンにはこれまで通り学院で先生として過ごして欲しい。そう思うのはナルのワガママだろうか……

 

「辞表の件は考え直して貰うわけにはいきませんか? きっと先生の授業が無くなったら皆寂しがりますよ……」

「お前の中で俺は先生辞めちゃったの……!? それで漫談って何しているんだよお前の中の俺……ええい、ややこしい!!」

「モラトリアムですか?」

「ちげーよ!? お前の脳内がややこしいんだよ!? 俺はずっと皆のグレン先生だよ!!」

 

 突然の退職扱いにグレンも驚くがいつまでもツッコミを入れている暇はない。壊れた教室の壁を踏み砕いた音が二人の耳に届き、彼ら目の前にはゴーレムが現れた。

 剣や盾を装備した骸骨の兵隊を一目見たグレンはそれだけでゴーレムの素材を見抜き、予測される性能に驚愕する。

 

「ボーン・ゴーレムだと!? しかもこいつら竜の牙を素材に錬成されていやがる!? 入ってきたのはクレイマンだけじゃないってのか!!」

 

 竜の牙を素材としたゴーレムが並みのゴーレムより膂力、運動能力、頑強さを持ち、そして攻性呪文(アサルト・スペル)の基本属性と呼ばれる炎熱、冷気、電撃にも強い耐性を持つ危険な相手だ。

 生身で挑むには危険すぎる存在が目の前にいるグレンとナルに反応してボーン・ゴーレムが剣を振りかぶる。二人は更に奥へ下がろうと後退した瞬間、教室の横から異様に長い腕を持つ何体ものマリオネットがボーン・ゴーレムの身体を掴みそのまま床に叩きつけた。

 

「なんだ今の気持ち悪い腕の人形!? 今度は何が来た!?」

「先生、ボーン・ゴーレムも一体じゃないみたいですよ……!?」

 

 ナルの驚愕にグレンも通路を見れば既にボロ布を纏った見た事もないマリオネットのような人形の大軍とボーン・ゴーレムが入り乱れての乱戦状態。素材の持つ純粋な性能で複数のまとめて相手取る骸骨の兵隊と、まるで人形そのものが意思を持つような連携で立ち回るマリオネットが戦うという異様な光景が構内で繰り広げられている。

 

「うわぁ……カオス……あれって使っている術者どっちも別ですよね……」

 

 骸骨兵もマリオネットも恐らくは召喚魔術の基本である【コール・ファミリア】による使い魔の使役だろうが、どちらも数は二十を越えておりこれら全てを自己作成で使い魔として操作している術者達の技量に驚愕するしかない。

 

「というかこんなもん二人じゃどうしようもねーぞ……どんな化物連中が来ていやがるってんだ……」

 

 建物に隠れながら乱戦に巻き込まれないように身を屈めている二人だったがそれも長くは続かず、一番近い骸骨兵が剣を振り上げ二人に斬りかかる。

 振り下ろされた剣をグレンが左手の甲で剣の腹を叩いて弾き、その隙にナルが手で五体を支えて真下から鋭い蹴りを放ち骸骨兵を足払い。バランスを崩した骸骨兵の頭を目掛けてグレンの右拳が、そしてグレンの右拳とは反対からナルが足払いで振り抜いた勢いのまま飛び上がり、今度は真上からもう一度骸骨兵の顔面を蹴り飛ばす。

 二人の同時攻撃で左右から撃ち抜かれた骸骨兵は一瞬動きを止めるも傷一つも無く、動きを止めた隙に二人は頷くと空き教室から飛び出すように逃げ出した。

 

「やっぱ無理だ超硬い!! カルシウム取りすぎだぞ畜生!! 炭酸飲んどけ!!」

「蹴った脚が超痛い…… というかアイツ等って炭酸飲めるんですかね?」

「知るか!! とにかく走れー!!」

 

 乱戦状態の構内を離れるように逃げ出す二人に反応して骸骨兵の動きが止まり、その隙を狙うように人形が骸骨兵を突き刺して破壊する。だが竜の牙を完全に破壊するには至らない人形の武器が先に消耗して刃零れしてしまい、人形の動きが止まると砕けずに残っているパーツから自動修復で繋ぎ直された骸骨兵がまた近くの人形を破壊しようと暴れだす。

 

「ボーン・ゴーレムの方は簡単な命令だけで動いているみたいだな。俺らが通り抜けると反応するって事は一番近くの奴を攻撃するって事か」

「人形の方が骸骨を壊せないのは単純に材料の差ですかね……使っている武器が通用しないからジリ貧みたいです」

 

 一連の動きでそれぞれが遠隔操作ではなくある程度の簡単な命令しか受けていない自動操縦であると二人は理解する。

 二人に行く手を塞ぐように進路を遮る人形の一体が腕を伸ばして一番近いグレンを捕まえようとするも、グレンはそれを回避。骸骨兵の時のような反撃はせずに今度は直ぐに距離を離した。

 

「人形の方は普通の武器みたいだが俺らには人形の方も大分ヤバいな!!」

「みたい、です、ねっ!!」

 

 骸骨兵を盾ごと蹴り飛ばして人形を巻き込んだナルが着地すると巻き込まれて倒れた人形の一体が掌から細い針のような武器を突き出してくる。その刃先は不自然に濡れており何かが塗られていた。

 ナルは針を避けると更に腕が分離して飛び出す二段構え。どうやら人形の方は仕込み武器の類を持った対人仕様のようだ。

 

「間違いなく毒ですよね」

「死ぬか痺れるかの二択ぐらいはあると思うけど絶対当たるなよ!」

 

 膂力で襲って来る骸骨兵も恐ろしいが複数で毒を使う人形も同じく恐怖でしかない。講師が殆ど残っていない休日に狙いに来る連中の狙いは未だ不明だが生徒の中の誰かを狙っているかもしれない以上、グレンは教室までこのゴーレム達を引き連れる訳にはいかない。

 それを理解しても打開する手段は無く、行く手を阻まれ教室に辿り着けない状況は次第にグレンの中で焦りが生まれ焦燥が身を焦がす。

 親しい間柄でもなく授業も仕事でやっているだけの講師生活。それでも今グレンの中を占めるのは好きな食べ物すら知らないクラスの生徒ばかりだ。

 彼らが傷つくのかもしれない。またゴーレムを操る魔術師に捕まれば儀式召喚の生贄や実験動物のような扱いを受けるかもしれない。

 死ぬ事よりも辛い恐怖と苦痛を知る犠牲者達をかつてグレンは知っており、彼らが巻き込まれるかもしれないという可能性が彼の胸を締め付ける。

 

「(畜生……!! だからってこんな状況で俺に何が出来るってんだ……!!)」

 

 行き詰まる逃走に追い掛けてくるゴーレムを避けていると、学院内では自分達の教室から光の線が放たれた。

 

「【ライトニング・ピアス】……だと!?」

 

 軍用の攻性魔術(アサルト・スペル)など教室に居る生徒は誰も使えない。あれは間違いなく敵の撃った術だ。

 少し間を空けて更に三閃の【ライトニング・ピアス】と見た事もない男が窓を破って飛び降り、その真上から鳥に乗っていたクレイマンが追い掛けるように飛び降りてきた金髪の男に目掛けて爆弾を落下させる。

 手を伸ばそうと届かない距離でも思わずグレンは手を伸ばす。既に正義は諦めた、自分にその資格はない。そうして自分から眼を逸らした世界で言われるがまま始めた教師生活は漸く何かを思い出させてくれそうだった。

 だが、それすらも自分には許されないのか。もし魔術が本当に世界の真理なんてものに一端でも関わっているのだというのなら、一度でも背を向けた人間が関わる事を許さないというのであればグレンは云われるがまま罰を受けても構わない。

 それなのに巻き込まれるのはいつも赤の他人で、何も知らない子供まで傷つくというのなら何処まで魔術とやらは人間を嗤えば気が済むというのか。

 回避と迎撃の最中に脂汗が止まらない。単純な疲労ではない緊張がグレンの意識を教室から離してくれず、その致命的な空白がグレンの挙動を遅らせた。

 

「(やべっ……ガードが遅れる……!!)」

 

 互いに迎撃するも動きに精密さが欠けたグレンへのフォローにも限度が来てナルも初動が遅れ二人の迎撃がズレる。距離が開いて互いに防御も反撃も間に合わず自分の詠唱速度では魔術も間に合わない。

 

 骸骨兵の剣か人形の毒針か、どちらがグレンの胴体を貫こうとした瞬間でもグレンの視線は自分を襲う凶器ではなくナルに注がれていた。

 

「《独り朽ち果てた静寂を弔い謳え》」

 

 詠唱を唱えたナルは周囲を骸骨兵と人形に囲まれながら目の前で何もない空間から何かを掴み出す様な動作をすると、それ(・・)を迷わず引き抜く。

 何も無かった筈の手元には二本の長剣が握られており、更に加速したナルは囲んだ群れを切り払うと迷わずグレンへ襲い来る二体へ投擲、背面から貫かれた人形は二体とも吹き飛ばされる。

 グレンは立て直してナルの元へ向かう途中で長剣を回収しようとするが突き刺した筈の長剣は初めから何もなかったかの様に消えており、それが通常の錬金術による錬成ではなく魔力で組まれた特殊な刃だと理解した。

 

「ハッ!! そんなもん授業で教えた覚えはねーんだけどな! しかもさっきの長剣ってアイツ(・・・)のか!?」

「あの人のはもう残ってないんですけどね……まあ、形は何度も見ているから創り易いもんで」

「お前の周りにある床も壁の無事だもんな…… 直ぐに消えるって事は錬金術の錬成じゃないし手元から離すとあまり長く維持できないのか?」

「秘密です」

 

 周囲の素材を利用した長剣の錬成ではなく魔力による長剣の製造。同じ魔術での作成でも全く異なる精製方法かと思えばナルはそれ以上の説明をせずに更に二本精製して近くの人形達に投擲。僅かながら教室までの通路を空ける。

 グレンは拳、ナルは長剣で二人は人形の群れの中を抜けて廊下を走り出しナルは一人で振り返るとグレンから背を向けた。

 

「オイ! お前何してんだ!!」

「引き止めるんですよ。幸い教室にはこいつら行ってないみたいですから此処で壊せば巻き込まなくて済みます」

「だったら俺が残るからお前が先いけよ!!」

 

 あっさりと自らを危険な死地へ置いていこうとする彼の態度にグレンは思わず足を止めて怒鳴る。だが、それもナルは解っていたかのようにあっけらかんと笑って見送るようにグレンに先を促した。

 

「先生だって皆のこと心配でしょう? 俺、一応は警備官だからこういう時は皆より少しは戦えるし先に皆のこと守ってくれません?」

「警備官だろうがお前は生徒で俺が教師だろうが!! お前だって守んなきゃなんねーんだよ!!」

「大丈夫、俺も意外と動けるの知ったでしょ? 直ぐ追いつきますよ」

「フラグみたいに話すのやめろや!?」

「此処は俺に任せて先に行け。俺、この戦いが終わったら屋台でサンドイッチ食べるんだ。別にまとめて倒してしまっても構わんのだろう? ……なんちゃって」

「やーめーろーよー!? サンドイッチとかどうでもいいわ!! そこは告白にしろよ!? そこまでフラグみたいの立てて何したいのお前!?」

「そんなの先生には昔みたいに誰かを守って欲しいんですよ」

 

 その一言にグレンは動きを止めた。ナルが話しているあの頃とは間違いなく愚者と呼ばれた暗い時代、自分が何一つ成し遂げられず誰も救えなかった時代を何故ナルは守れると思えるのか。ナルの口にした願いをグレンは否定する。

 

「……俺に誰かを守るなんて真似が出来ると思うか……」

「先生がどう思っていようが守っていましたよ。先生が辞めた理由とか俺には解らないですけどあの頃の先生が助けた人達は確かに先生に感謝している。貴方のお陰で救われた。俺はそんなあの頃を知って憧れた」

 

 家族を亡くした経緯を調べる内に宮廷魔導師団の任務を調べる事もあったが、ただの警備官程度では手に入らない資料も多い。そんな連中に殺された家族がどんな犯罪者扱いだったのかとナルはそれを確かめる為に調べ続けた。

 どうにか裏のルートで宮廷魔導師団の資料にも手を出すと何故か《愚者》と呼ばれる魔術師の情報だけが抜け落ち関わる任務の内容が存在しないものとなっている。書類上ではグレン=レーダスが所属していた事自体が無くなっており《愚者》の存在は人知れず無かった事として消されていた。

 何も掴めずに殺した仇のような魔術師も消えるのかと諦めもしたが書類上は無くなっていようと人を助けた事実は変えることが出来無い、《愚者》の名を知らずとも助けに来た魔術師の存在を覚えている者はいる。

 誰もが名も知らぬ彼が助けた事を心に残し、誰もが絶望の淵から助けられた事を誰に知らせる事が出来なくても覚えてくれている。

 誰かの為に守ろうとする人間の行為とは、例えどれだけ否定されようと救われた人々の心に残るのだと、ナルはその時に初めて知った。

 

「誰かを守ろうなんて大層な夢は俺にはありません……でも、俺がなりたいと思った魔法使いはあの頃の魔術師なんです」

 

 家族を殺した男の生き方が自分を救うとは酷い皮肉だとナルも思う。それでも自分の為に生きる理由が見つけられなかったナルにとってそれは酷く眩しいものだった。

 

「皆の事、お願いしますね?」

 

 それだけ言い残すとナルは振り返るのを止めた。立ち止まっていたグレンはもうとっくに教室へと駆け出していたのだから。

 

「遅れると二人に怒られるし、少し派手にやろうか」

 

 ナルの手には持ち手の短い投擲用の長剣。ナルが自らの魔術で精製した幻想の剣が空中へ浮かび上がると長剣を中心に周囲に法陣が広がる。

 

「《狩人よ角笛を鳴らせ・雷鳴が如く轟かせよ・其の角笛は決別の咆哮・全てを砕く別離の一撃》」

 

 四節の詠唱で更に四度法陣は大きく広がり通路を埋める。

 

「《爆ぜろ幻想》」

 

 法陣へと投げられた長剣が一瞬で砕け、拡大された法陣の中で生まれた魔力のうねりに巻き込まれた刀身は形状を維持できずに細かな欠片に分解される。

 飛び散った欠片が武器の形状を維持できずに魔力として霧散するその一瞬をうねりは捉え、長剣の形を維持していた魔力の残骸は射出。魔力と物質の存在の境目が曖昧となった半物質の状態のまま着弾すると着弾の衝撃と増幅したエネルギーに欠片は耐えられず自壊し爆発して通路の先にある教室や壁、床、骸骨兵、人形に突き刺さり至る所で魔力爆発が巻き起こり校舎内が震えて鳴動する。

 目の前に見える学院の通路一面を破壊し尽くしたナルは残骸となった人形を踏み潰して教室へ向かおうとし、その足を止めて考え始めた。

 既に教室にはグレンが向かっており、ナルとしてはそれだけでクラスメイトの心配をする必要がないと思うぐらいに彼の実力を信用出来る。

 

「さ……俺も出来ることやらないといけないけど……何からしたものか……」

 

 空を見上げれば結界は自動で修復済み、校門の守衛に戻って外に連絡をしたいが未だに誰も来ないという事は連絡手段も事前に潰されていると判断していいだろう。

 そもそも扱うゴーレムの異なる魔術師が学院内で内輪揉めをしている時点で異常な事態だ。

 

「お互いに目的が違うのかな……多分一人はこの間の売人と繋がっていると思うけど……」

 

 何かしら情報を手に入れられれば良かったが先日捕らえた魔術師は既に治療中の施設で殺害されており結局何も分からずじまい。学院の施設にこんな騒ぎを起こしてまで欲しがる魔導書や魔導器、それに触媒など無かったと記憶しており敵が欲しがる目的の品が思い浮かばない。

 

「……生徒?」

 

 ふと思い浮かぶ敵の目的が自然とナルの口から溢れた。

 学院に自分達しかいないタイミングでの襲撃が敵の目的だとすれば狙われるのは学院でなく生徒の誰か、そしてナルの中ではその標的となる生徒が既に二人に絞られた。

 

「なら時間が経ちすぎているし、二人を運ぶ手段を壊す方が確実か」

 

 出来ればシスティーナやルミアの安否を確認したかったが教室に向かうのを止めたナルは帰るべき教室に背を向けて走り出した。

 

 ■

 

 窓の外で起きた爆発に教室は揺れ巻き込まれた生徒達の悲鳴が上がる。教室には魔術防御が施されているが目の前で見知った人が殺され殺し合いに巻き込まれるなど生徒の心は耐えられる筈もなく、パニックを起こしてしゃがみこむ者、教室から逃げ出そうとする者もいた。

 だが先程の金髪が何かしたのか扉はロックの魔術がかけられており生徒の実力では開錠が出来ない。

 窓のすぐ外で続く爆発に生徒の誰もが乱心して身動きの取れない中、ルミアはへたりこむまま動かないシスティーナの元へと駆け寄った。

 

「システィ!!」

 

 駆け寄るルミアの声にシスティーナは反応をしない。呆然としたまま涙を流して身体を震わせたままだ。

 強がって堪えていた彼女の脆さが教師の死で崩れ、どうしようもない理不尽な現実が彼女の心を押し潰そうとする。

 

「あ……やぁ……う、うぅ……」

「システィ!! 動かなきゃダメだよ!! システィ!!」

 

 身体を強く揺らすルミアの声も彼女には届かず子供のように泣きじゃくるシスティーナ。

 このまま動けなければ被害にあいまた傷つくかもしれない、そんな事にさせない為に呆けたシスティーナの頬をルミアは強く叩いた。

 頬を叩かれた痛みで眼に力が戻り始めたシスティーナの肩を掴みルミアは続ける。

 

「しっかりしてシスティ、今は動かないとダメ。こういう時は動かない方が楽だけど一番辛いってナルも言っていたでしょ?」

「でも……ヒューイ先生が、あんな事になるなんて……ずっとなの、ずっと、いなくなってから、あんな……酷い目に遭っていたなんて……」

 

 またいつか出会えると思っていた。またいつものように学園で出会い、授業を受けて魔術を学ぶ。そんな日常が変わらず来ると信じて疑う事もしなかった。

 

 変わらぬ日常など目の前にはなく、現実はそうはならなかった。

 一度は身の危険にあった事もあるシスティーナだが彼女は知らなかった、魔術の世界とは何処までも落ちればその闇に底はなく理不尽な世界が広がっていたのだと。

 

 祖父に憧れ同じ夢を追い求めようと志した。

 両親のような魔術師になりたいと邁進した。

 家名に恥じぬような魔術師になろうとした。

 親友の夢を応援し、辛い時に支えられる存在でありたかった。

 そして何かを探し求める彼に魔術師として誇れるようになりたかった。

 

「こんなのが魔術だっていうなら……こんなの、知りたくなかった……」

 

 その全ての根幹にあった魔術がシスティーナの支えになっていたもの全てを否定するように彼女を否定する。

 

「そんなことない」

 

 いつか聞いた静かで芯のある声だった。

 あの時のような怒りではなくずっと優しく聞こえる声にシスティーナはルミアを見上げる。その表情には普段の彼女が見せる優しい笑顔より、ずっと優しい微笑みが浮かんでいた。

 

「システィが憧れて目指した世界とこの景色が違うものだよ。同じ魔術かもしれないけど全然違う……システィが一緒に見せてくれた魔術の世界はこんなものに負けたりなんかしないよ」

 

 どこまでも優しく力強い声だ。それでいて悲しげに聞こえるのは別れを惜しむようにも聞こえる。

 その優しげな微笑みにシスティーナは引き戻されるようにルミアを見つめ、彼女の手を握るがその掌はルミアから離されシスティーナはその場から突き飛ばされる。

 二人がいた場所に魔法陣が浮かび上がりヒューイのフリをしていた男の目的がルミアだった事、そして彼女を連れて行く為に時間差で転送する為に魔術が発動した事を察した。

 

「私はシスティの夢が大好きだよ」

「!! ルミア……!!」

 

 離れたルミアに咄嗟に手を伸ばすもシスティーナは間に合わず起動した魔術は辺りを照らすとルミアをその場から忽然と何処かへと転移させる。

 

 最後まで彼女は涙も見せずに笑っていたままだった。

 

 ■

 

 窓から飛び出したチンピラを爆殺したクレイマンにも学院内で響いた爆発音は届き、鼓膜を震わせる振動にクレイマンは耳を澄ませる。

 相棒の芸術家は爆発の類を使用することが少ないし無論クレイマンにも自分には覚えのない。今の爆発はまだ学院内にいる第三者の抵抗だろう。

 

「悪くない爆発だがこの振動は火薬の類じゃねぇな……魔術で済ませるから折角の爆音が軽く響いちまうんだ……」

 

 無力ながらも抵抗に爆破を選んだ趣向は評価してやれるが魔術で簡単に済ませるとは所詮は魔術師という事か……一瞬を華々しく彩る爆発という芸術に手間暇をかけない誰とも知らぬ魔術師に対し嘆息していると自作の鳥型ゴーレムに乗って空中にいるクレイマンの頭上を影が覆った。

 

「《ズドドドドドドン》ッ!!」

 

 真上から降り注ぐ【ライトニング・ピアス】の六連射がクレイマンを奇襲するもクレイマンは鳥を操作して回避。自分のいた場所へと更に意思を持つ爆弾が降り注ぎジンを追撃する。

 

「放り投げる程度なら欠伸しながらでも避けれらァ!!」

「ハッ! なら今度はこっちも避けてみやがれ無教養!!」

 

 両腕は既に起爆粘土の咀嚼を終えて吐き出される小型の鳥の群れ。空中から落とされた無数の爆弾がジンに目掛けて降り注ぎ、ジンは高速移動【疾風脚(シュトロム)】の連続起動によって降り注ぐ爆弾を回避。

 本来自ら蹴って加速する魔術だがジンが爆発する直前に蹴り上げ、爆風の勢いを加えて更に加速して接近していく。

 クレイマンは一時的に高度を上げて射程圏内から退避すると二人は睨み合うように構えた。

 

 

「わざわざ施錠して防御用に呪符まで貼っとくとか見た目に似合わず真面目か?」

「しゃーねーでしょー、あの教室にルミアちゃん居んだもんよー 爆発に巻き込んで死んでたら俺も困るんだよ」

「ああ、なるほどな」

 

 納得したようなクレイマンの口調にジンも確信を得る。目の前の敵は学院そのものに襲撃をかけてはいるが目的の生徒は此方と同じくルミアただ一人で他の生徒に用はないようだと。

 

「巻き込み事故で殺したら萎えるもんな、分かるよウン。今回は旦那に譲るって言っちゃったから俺も殺さないように気を付けるんだった。悪いなチンピラ」

「何の話だよ!? お前の考えているのとはちげーぞ!?」

 

 ジンの組織は生け捕りを命じられているが連中の方は殺すつもりで動いているらしい。捕獲の前に守らねばならないなどめんどくさい事この上ないが、レイクがもう一人を受け持っている以上は近くにいるジンが敵の殺害と対象の確保を行わねばならないようだ。

 

「だがまあ詰めが甘い、この人形は転移陣を置くだけに使ったから役目も終わりだな」

 

 興味なさげに鳥の脚で掴んでいた人形がその場から落とされ地面に落ちていく。受身も取らずに乾いた音を響かせて地面に叩きつけられたヒューイにジンはその人形を回収しようと動くが、人形を扱っていた筈の術師が操作を手放している事に気が付いた。

 

「テッメェ……もう一人の奴は何処にいやがる!!」

「自分で探せよ無教養! お前の雑な頭で探せるもんならな!!」

 

 クレイマンの追撃により投下される爆撃の数々をジンは【ライトニング・ピアス】を乱射し落下前に撃ち落としていく。爆発せずに不発のまま自重から地面へと埋もれた爆弾を無視してジンは再度校舎の壁を蹴り上げて接近するも、投下された爆弾は球体から鳥へと姿を変えて速度を上げて追尾してくる。

 

「さっきのとはスピードが別モンだぜ!!」

「なめんなクソ野郎!! 《ズドドドドドドドドドドン》!!」

 

 学院から距離をとって【疾風脚(シュトロム)】による回避も速力では追尾を引き離せず、跳躍と同時に姿勢を反転させ空中での【ライトニング・ピアス】の十連続発射。

 追尾してくる鳥型を何発かが貫くと鳥が落下して追撃の手が緩むかと思えばそれも束の間、落下した鳥が何かの上に落ちるとカチリと小さな音が鳴り、その周囲が地面を抉る程の威力を持った爆発を引き起こす。

 

「アァ!? 地雷なんざいつ埋めやがっ……ってさっきのか!?」

 

 咄嗟に振り返ればジンが撃ち落とした地雷は例外なく地面から消えており辺りには土を掘った跡が見える。単純な地雷ならばその場所を避ければ済むがクレイマンの爆発物は彼の意志に従い移動する可能性を持つ、つまり残された掘り返しの跡すらフェイクの可能性があった。

 空に浮かぶクレイマンの鳥は不格好な胴長の竜に形状を変形させ、その尾はジンに向かって更に速度を強化した爆弾が飛翔する。

 

「飛竜爆撃だ!! 《喝》!!」

 

 上空からの爆撃に【ライトニング・ピアス】での反撃をしようとするも【疾風脚(シュトロム)】を停止すれば即座に地雷に囲まれて逃げ場のないジンは爆殺される。

 

「ヤベっ!!」

 

 避けきれずに足を止めたジンが自らの周囲へ【ライトニング・ピアス】を撃てるだけ撃ち自爆を減らそうと両手を広く構える。だが、それよりも早く竜はジンを狙って落下し、その体躯は光に包まれて辺りを光が照らす。

 囲まれた地雷が一斉に起爆し周囲を巻き込んだ大爆発!! クレイマンはそう信じて疑わなかった。

 だが地雷は反応せずクレイマンの起爆に一切反応しない。

 

「あぁ!! なんだこりゃあ!?」

 

 起爆命令の一切が受け付けられず爆弾は目の前にある筈が何もないかの様に発生しない。

 自分が自作している以上、不発はありえない。相手が何かをしたのかとジンを見るも、ジンも同じく発動した筈の【ライトニング・ピアス】が指先から発生せず構えたままある一点を見ていた。

 窓から飛び降りてきたのはだらしなく着崩したシャツの男、その手にはアルカナのナンバー0、愚者のカードが握られ足元には爆発する筈だった飛竜が微動だにせず踏みつけられていた。

 

「漸く到着したと思えば外で派手な事やりやがって……テメェら決闘したいなら学園から出で余所でやれや!!」

 

 グレン=レーダスは怒りを露わに魔術師へと吠えた。

 

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