かみゅキャン△ ── Camus Canp ──   作:Towelie

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鬱陶しい雨と、明けることを忘れてしまったような漆黒の夜。
運転席の前面のガラスに映る景色はすでに見慣れたものになっていた。
それでも心なしか雨脚が強くなった気がして余計なプレッシャーを感じてしまう。

確か電車にもワイパーがあったはず、でもどこを操作したら作動するのか割と些細な事だがそれが分からない。

ヘッドライトは勝手についてくれたのでセンサーか何かが暗闇を感知したんだろう、きっと。

あの不思議な少女は各部の名称と基本的な運転方法を教えてくれたが、こういったことはノータッチだった。

(まあ、色々試すのも嫌いじゃないけれど)

迂闊なことをしたくないのが本音だった。
こんな素人丸出しの状態で運転せねばならないなんて……普段、緊張とかあまりしないのにこれは流石にシャレになってない。

志摩リンは狭い運転台の中で行ったり来たりを繰り返しながらあれこれ考えていた。
いくら考えたって答え何て出ない、それでも落ち着いてなんていられなかった。

(本当に動かすの? 私が?)

この狂った世界ではあり得ない事ばかりが波の様に押し寄せてくる。
それが夢ではないことはとっくに分かっているはずなのに、それでもなお認めたくないものが何処かにあった。

あの白いゾンビに襲われる方がまだ現実感があった。

「二人はまだかな……どうしちゃったんだろう?」

緊張のあまりつい、独り言をつぶやいていた。
イライラしているのが分かる、それでも感情を止められないことが一番イラついていた。

各務原なでしこは運転席から身を乗り出してホームを観察していた。
さっきからずっと見ているが、あの大勢のゾンビ達は何故かホームまで入ってこない、それには違和感を感じるが今はラッキーな事だった。
しかしホームにいる三人の少女達、込谷燐、三間坂蛍、そしてあの着物を着た少女、彼女たちだって動いてはいない。

あの()()は分かっているのかもしれない、白いゾンビ達がここに来れない理由を。
だからこそ未だにホームに居るんだろう、それぐらいしか大した理由が見つからなかった。

「なんか三人で話しているみたいだねぃ……」

「話があるなら電車の中で話せばいいのにな」

なでしこの呟きにリンはつい悪態をついてしまう、柄もなく愚痴ってしまっていた。
ゾンビ達がそこまで来ている事を考えると一刻も早くここから逃げ出したいのに、リンの心の奥ではまだその準備が出来てない。
電車を運転せねばならない気持ちと、まだ動かすだけの度胸が足りない気持ちの相違。
矛盾ともとれる葛藤がリンの中で渦を巻いていた。

(こんなことでどうする落ち着け私!)

リンは軽く自分の頬を叩いた、鋭い痛みが走って目がちかちかする。

さらに大きく深呼吸をしてみる。
……すぅ……はぁぁ……ほんの少しだけ冷静に戻れた気がした。

「う~、どうしたんだろう蛍ちゃんと燐ちゃんはぁ!」

なでしこにも焦り気持ちが伝播したようで、その場で足踏みをするようにバタバタと騒いでいた。

そんななでしこの落ち着かない様子に少し嬉しくなってしまう、焦っているのは自分だけないのが少しだけ救いになった。
おかげで少し余裕が出来たのか、リンも身を乗り出して外の様子を確認する。

ちょうど燐と蛍が手を取り合って改札口に引き返したのが見えて、思わずハッとする。
だが、しばらく見ていると慌てて少女の元へと戻ってきていた。
戻ってきてくれて一安心だけど、心の奥のモヤモヤが大きくなっているのが分かる。

リンは深くため息をつく。
ここまで乗り掛かった舟なんだ最後までつきあってあげないとね。
リンは少し大げさにジャージの汚れを払ってみた。

今更だが、一泊二日の用意しかしてなかったので替えの下着しかもっていない。
この三日間ずっと学校のジャージ姿だったことに改めて気づいた。

(よく考えたらすごくダサかったな……でもおかげでフットワークは軽いか)

リンはジャージの裾を折り曲げて更に五分丈ほどまでたくし上げる。
これなら走ったり飛んだりに余裕が出来るだろう。

「なでしこ、ちょっといいか?」

「な、なに、リンちゃんっ!」

緊張感のある口調に、なでしこはことのほか戸惑いながらもこちらを向き直る。
大事な話をする予感がして、なでしこは思わず唾を呑み込んだ。

「あのさ、もし……燐ちゃんと蛍ちゃんが、その、改札口を越えて行っちゃたらさ、悪いけど代わりに運転してほしいんだ」

「ふええっ! リンちゃんなに言ってるの!? 私に運転なんてとても……それにリンちゃんはどうする気なのっ?」

ビックリして大声をあげるなでしこ。
落ち着けと言わんばかりに華奢な肩に手を置いてさらにリンは続ける。

「もしそうなったら私が何としても連れ戻しに行く。だからその時は頼むよ」

「でもっ、あのゾンビがうじゃうじゃいるかもしれないんだよっ!」

「分かってる、でも放っておけないんだ。ここまで来て離れ離れなんて考えられない」

リンの真剣な眼差しに、なでしこは不思議な既視感を覚えていた。

──あれ? このこれって前にもあったよね? 確か、燐ちゃんがテントを飛び出して行っちゃったときも。

これってデジャヴって言うんだっけ? なんでこうなっちゃうんだろう。
私はただみんなと一緒に普通の日常に帰りたいだけなのに、ただそれだけなのに……私、ランプだって壊れちゃったんだよ、早く直してあげないといけないのに、それなのに。

知らずのうちになでしこは目に涙を溜めていた、鼻の奥もツンとする、これは多分思い通りにいかないやるせなさがそうさせているんだ。

自分ではどうにも出来ない不条理さに体が悲鳴をあげている。
それが悔しくて切なくて、たまらない。

「お、おい、なでしこ泣くなよ。ちゃんと戻ってくるから……だから」

「リンちゃんのばかぁ!!!」

突然、リンの腹が鈍い痛みに襲われる。
あまりに突然の事だったのでリンは目を白黒とさせて自分の腹を確認してみる。
なでしこの腰の入った正拳突きが鳩尾にクリーンヒットしていた。

「う、ぐぅ……」

息も出せない苦しみと痛みに思わずその場に転がってしまう。
無防備な体勢での柔らかいところへの突き、悶絶する程に強烈な一撃だった。

「リンちゃんのバカバカバカぁ!! なんで友達の事を信じてあげないんだよぅ!!」

「な、なでしこ……?」

床に蹲ったまま、リンはなでしこを見上げた
大きな瞳からはとめどなく涙が溢れ出ていた。
あの白いゾンビに初めて遭遇したときもここまで泣かなかったはず、リンが今まで見たことがない、とても辛く悲しい表情をしていた。

こっちの痛みも辛いけどな……。

「リンちゃんは、リンちゃんは少しせっかちだよ……もっとちゃんと見てあげないと。蛍ちゃんも燐ちゃんも私たちに運転を任せてくれたんだよ。だったら私たちも二人を信じてあげないとだめだよ……だって、この世界でお互いを気にしてくれる人なんていないんだから」

リンには何も言えなかった、決して痛みが激しくて声が出ないわけではない。
それはあまりに当然すぎて気づいていなかったことだったから。

なでしことリン、二人の出会い偶然からのものだった。
それまでソロキャンプしかしてこなかったリン、引っ越してきたばかりのなでしこ。
本栖湖での偶然の出会いがここまで影響を与えるとは思わなかった。

だからこそ、あの二人との偶然の出会いも大事にしたい、大切にしたいそう思っていたはずなのに。

それなのに私は信じ切れてなかった、分かれ道でのこと、改札の前で立ち止まったこと、そして今、ここに来てもまだ信じきっていなかった。

何処かで比較をしていたんだろう、普通とはちょっと違った感じの二人の少女と、ごくごく普通の私たち、無意味な線を引いていた。
そんな事に意味などないというのに。

まだ痛むお腹を擦りながらよろよろと立ち上がる。
なでしこは本気で殴ったんだ、それだけ二人を、そして私を大事にしたい思いから。

「リンちゃんごめんね。私……どうしていいか分からなくなってつい……ふぎゅっ!?」

リンは悲しみに目を伏せるなでしこの頬をそっと包み込む。
そっと顔を上げさせると……おもむろに鼻をギュッと摘まみ込んだ。

「ふごっ!? にゃにするにょリンにゃん!!」

変な声を出しながら手をバタバタとさせる。
リンはそんななでしこの顔をジトっとした目で見つめていた。

「今、思い出したことがある。なでしこの”花言葉”」

「ふぇっ? はにゃことば?」

鼻をつままれたままキョトンとした顔のなでしこ。
少し間抜けな顔にみえて、おもわず苦笑する。

「くすっ、ああ。なでしこの花言葉は大胆、そして純愛。大胆さはあてるけど純愛とかないなー。凶暴な愛の間違いじゃないか」

リンは軽く笑いながら花言葉に対してツッコミをいれる。

「うー、そんにゃことないじゅらぁ! わらひはあいのでんどうひなんだじゅらぁ!」

なでしこは何故か変な言葉づかいで抗議してくる。
何言ってるのか分からなくて普通に面白いだけだ。

(純粋な愛。そんなの口に出すほどでもないよな、バカバカしい。そう思っていたのに……)

コイツと出会ってからは色々と変わってきている。
それが良い事なのかは分からない、でも……そうだな。

「もう少し……」

「うみゅ?」

「いや、ずっと待つことにするよ。燐ちゃん、蛍ちゃんが入ってくるまでずっと。もしそのまま改札に戻ったとしても、もう後を追ったりしない。ずっと、いつまでも待ち続けるよ」

「リンちゃん……!」

「それまでは二人でこの電車を守ろう。二人、いや私たちが帰る場所はこの先の線路にあるんだからさ」

「うん!!」

いまやペースはなでしこが握っていた。
他人の事なんて殆ど興味なかった私にここまでの決意をさせたんだ。
一年、いや三年前、ソロでキャンプを始めたばかりの私には考えもつかないことだろう。
中学に入ったばかりのころは、思い返したくないほどにグレーな世界だったしな。

お爺ちゃんにキャンプ道具貰ってもすぐには使わなかった。
結局、秋の終わりごろになってようやく始めたんだもんね。
それでもソロキャンプだった、家族とも友達ともやりたいとは思わなかった、それはお爺ちゃんとでも同じ。

それなのにコイツときたら……。

リンはさらにぎゅっと鼻をつまんでみる。

「ふぎ──!」

顔に似使わない豚のような鳴き声がして、ビックリすると同時に笑いが込み上げた。
やっぱりなでしこは面白すぎる。

だから大切にしたい、こんな気持ちにさせた転校生、各務原なでしこの事を。
もし私に純愛のようなものがあったのなら、今は全部コイツにくれてやりたい。

これ以上なでしこを悲しませたくはない、リンは抱きしめる代わりになでしこの鼻を左右につねってあげた。

(さっきのお返しも兼ねていっぱいつねってやろう。愛情こめて)

「むおー! はにゃが、はにゃがもげるおーー!!」




floriography

真っ暗なプラットフォーム、それは夜の海の灯浮標(とうふひょう)のように淡く不安定にゆらゆらと揺れているようにに感じられた。

外灯は一切なく、駅名を示す看板すらもない地図から切り取られた無名の駅。

 

行先のない電車から零れるチラチラとした蛍光灯の灯りだけが頼りだった。

 

見た目は普通なのに何かが違う、その違いさえ分からぬほどに普通の駅。

青いドアの世界にあった駅がここにあった。

 

どうしてこうなったのかは分からない。

この歪んだ世界で理由を問う事の方が間違っている気さえする。

 

次元が違う、そう言っていたけれど特に変わりはないと思う。

空は墨を零したように真っ暗だけど高さを感じることが出来るし、雨が一層強く降りしきっているが大地だってどこまでも続いていたのだから。

 

常識の範疇でのことしかなかった。

次元の違いとはもっと異質で異常なものであるはずである。

その概念を覆すものもこの場所にはなかった。

 

 

────(1)

 

燐はどうしても改札口で何が起こっているのかが気になっていた。

背中に差した鉄パイプを引き抜き、蛍と共に様子を見に行ってみた。

一人で大丈夫だよ、と声を掛けておいたのだが、蛍は頑として聞かなかった。

燐は仕方なく蛍と共に一緒に行くことに決めたのだ。

 

燐と蛍は改札口の近くまで来ると、さっと近くの壁にへばり付いて横目で中の様子を伺った。

底知れぬ緊張感が暗闇の中から漂ってきて、少し腰が引ける。

蛍が緊張感を表すように手を強く握ってきた、燐も同じような強さで握り返す。

 

それでも確かめないと気が気じゃない、あの女の子のことを信用してないわけじゃないけど、信頼に足る理由も思ったほどないのだ。

 

蛍がぎゅっと体を密着させてくる、暖かさと柔らかさが少しだけ勇気をくれる。

燐は蛍を庇いながら改札口前まで来る、何も音はしない。

あの怪物の唸るような声もガラス片を踏む音も。

 

それは()()()()だった。

 

そこは何も変わっていなかったのだから。

改札口から見える待合室には何の姿もない。

正面にあった窓ガラスも綺麗なまま、割れるどころか()()さえも付いていない。

静まり返った待合所は、時が止まったように閑散としていて寒々しい印象があった。

 

あれだけいたあの白い人影が全ていなくなるのはどう考えてもおかしい、どこかに隠れるにしても相当数いたはずだから隠れきれるわけもない。

 

二人は答えを尋ねる生徒のように女の子の方に目を向けた。

それを遠くから見つめ返してくる黒い髪の少女、その黒い視線は物言わない代わりに強い光を放っているように見えた。

 

燐と蛍はこの場にいることに焦りを感じて頷き合うと、少女の元へと舞い戻る。

 

息を切らして肩を上下させる二人に対し、少女は静かに呟いた。

 

「あなた達が見たのは単なるイメージよ。人は物体を見た時に概念的なイメージを作り上げる。それが幻となって見えただけのことよ」

 

「そ、そうです、か……」

 

蛍は息も絶え絶えに駅のベンチに座り込んでいた。

冷たく何の変哲もないプラスチックのベンチ、その冷たさが火照った体に心地よかった。

 

「もしあなたたちが改札から一歩足を踏み出せば、あちらの時間が戻ってくる。あの顔のない人達とともに」

 

(そういえば図書室のときも、あの白い人影は通れなかったんだよね。目の前に透明な壁があるみたいに)

 

燐は漠然とだが次元の違いを理解した。

そしてこの場所こそが青いドアの世界そのものであることも。

現実との狭間にあると聞いていたが、もしかして世界が反転しているのかもしれない。

 

だからこその電車な気がしていた。

 

 

「この町で起きたことは何も特別な事じゃないのよ。少し何かのズレが生じれば起きる程度の問題なの」

 

毬を手にした女の子が黒い空を見上げながらに呟いた。

こんなことが他の町や県で起こっていたらそれこそ未曽有の大惨事のような気もするけど。

 

「あの、わたし達と一緒に、来てくれないんですか?」

 

息が整った蛍は気を遣ったように少女に問いかけた。

答えはなんとなく分かっている、それでも聞いておきたいことだった。

 

「ええ」

 

少女は小さな口を動かして一言だけ呟いた、予想通りの答えだった。

 

「どうして? だってこの町はいずれ圧縮して仕組みが変わっちゃうってオオモト様が……」

 

燐はあっ、と口を抑えて途中で話を切った。

この少女もオオモト様なのかもしれないのだ。だったら青いドアの家にいる大人のオオモト様は何なのだろうか。

少女の顔をじっと見つめても何も答えてはくれない、知ってるとも知らないとも何の色も見せてくれなかった。

 

二人にとっては在りし日の幻としか思えない少女の姿。

それでも今現実にこの場に居る以上一緒に連れて帰ってあげたい。

身元とか帰る家だとかそこまで頭が回らないけど。

 

見た目通りの少女ならば尚のこと手を差し伸べるのは必然的な行為だった。

 

「わたしはあなたたちとは違う。この姿はこの町だけのもの。いわばこの町とわたしは同一ということね」

 

「そんなことがあるの?」

 

「それじゃ、何の為にわたしたちの前に出てきて、くれたんですか」

 

それは燐が気になっていたこと。

蛍はともかく燐は別のかたちでこの少女を知っていた、それはあのノートに漠然とだが書かれていたことだから。

 

「謝りたかったの、あなた達二人に」

 

女の子は真っ直ぐにこちらを見つめている、大きな黒い瞳の奥に小さな揺らぎが見えていた。

蛍と燐は黙って少女を見つめ返すのみ。

 

 

横殴りの雨が車体の隙間から入り込み、ホームに小さな水溜まりを作っていた。

 

 

…………

……

 

 

「お~い!」

 

「燐ちゃん」

 

ふいに背後から声を掛けられて、燐は思わず振り返った。

いつから居たのかリンとなでしこがこちらを見守るように少し離れた場所で立っていた。

 

「あ、ごめんね。でも、どうしたの? この電車放っておいて大丈夫?」

 

ちょっと申し訳ない顔を蛍は二人に向ける。

電車が勝手に動き出すことは無いだろうが一応聞いてみた。

 

「うん。多分ね」

 

自信無さそうにリンは答える、まだ何もしてないし問題ないはず。

それでも少し心配になり、確認するように少女を見た。

視線があっても特になにも言ってはくれなかったが、何も言わないってことは大丈夫なんだろう、多分。

 

「燐ちゃんも蛍ちゃんもなかなか来ないから、リンちゃん、心配になっちゃって。だから迎えに行こうって話になっちゃったんだよねっ」

 

「なでしこが泣き出すからだろ。しかも、あんな事するし……」

 

「あんな事って?」

 

「い、いや、まあ、大したことじゃないよ」

 

燐の素朴な質問にリンは頭をかきながらはぐらかす。

 

「あれは私とリンちゃんの愛の証なんだよ……」

 

なでしこが意味あり気に呟く。

どこら辺に愛が隠れているのか、リンはジトっとした目を向けるだけ。

 

”愛”という意外な言葉に蛍と燐は感心したような声を上げていた。

 

(あれは愛というより”悪意”の間違いじゃないか……なぜ美化できるし)

 

リンはなでしこを呆れた目でじっと見つめるが意に介さないようで何故か笑顔を向けてきた。

 

「ふふっ、やっぱり二人は仲良いんだね」

 

「だって二人だけでキャンプに来るぐらいだよ。仲良くないと出来ないよね。まあ今更だけど」

 

”愛の証”が独り歩きに、深いため息をつく。

リンは本当の事を言ってしまおうかと思ったが、それは別の意味で恥ずかしいことなので、この場は我慢しておいた。

 

着物の少女は所在なさげに一人、毬をついて遊んでいた。

可愛らしい容姿と相まってとても絵になる光景なのだが、皆の関心は別の所にあった為、注目の的にはならなかった。

 

「リンちゃんごめんねっ。私、リンちゃんの”はじめて”貰っちゃったよ……」

 

調子に乗ったなでしこが更におかしなことを言ってきた。

雲に隠れた月を探すような仕草を見せながら良く分からないポーズで。

自分に酔いしれるなでしこの姿はハッキリ言って、なんかムカついた。

 

燐と蛍からは、わぁっと黄色い歓声が沸き上がる。

 

(何の誤解をしてるんだろうか?)

 

リンは他人事のようにぼけっとしていた。

 

まさか”はじめての腹パン”とか言うつもりなのか。

女の子の言う初めてはもっとこうロマンチックなものなんじゃ……経験ないから分からないけど。

 

初めての喧嘩ならまあ、当たらずと雖も遠からずと言ったところか。

それにしては一方的だったけどな……。

 

「燐、わたしたちも負けていられないね」

 

「蛍ちゃんは何を言ってるのかなぁ? それにこんな事してる場合じゃな……あ! リンちゃん達はなにか用事あって来てくれたんじゃないの?」

 

何故か張り合おうとする蛍に燐は嫌な波動を感じ取ったので、強引にリンに話を振った。

 

「あ、そうそう、あのさ、何か残したほうが良いのかと思ったんだ。その、安全を祈願するとか、そういうので。ほら、これとかどうかな?」

 

リンは慌てたようにジャージのポケットに手を突っ込むと、小さな白い犬の置物を出してきた。

それを見て燐も同じようなものを預かっていたことを今、思い出した。

 

本来、中におみくじが入っているのだが今は何も入っていない。

リンによるとキャンプに行く際はお守り代わりとして持っていく事が多いらしかった。

 

「わたしも持ってるよ。まあ、リンちゃんから借りたものなんだけどね」

 

燐もスカートのポケットからそれを取り出す、同じような白い犬の小さな置物。

モチーフとなっている犬は同じだが呼び名は違う、それと同じく顔だちも微妙に違っていた。

 

「それ、返さなくていいからさ、ここに置いてってあげよう。あ、無事に帰れますように、とかそういう願掛けで」

 

リンはちょっと誤魔化すような微笑みを見せる。

それでも極力言葉は選んだつもりだった。

 

悪魔祓いとか鎮魂とかそういう意味ではなく、純粋に何かを残してあげたい。

あの白いゾンビの狙いが私たちならその代わりの”依り代”とでも言うのだろうか、それを置いていくことで少し安心を得ることが出来る気がする。

 

あの女の子の話から、多分白いゾンビは()人間だろう、一つに固まったと言っているものさえも恐らく。

ここには人間しかいなかったんだ、だからこそ何か”手向け”なものがいる、リンはそんな気がしていた。

 

「サトくん……」

 

燐は手のひらの小さな犬の置物にそっと呟いた。

眉毛の凛々しい白い犬は何も答えてはくれない。

 

燐は心の中に片目の中型犬を思い浮かべる、心の中の(サトくん)は哀しそうな眼差しをしていた。

 

なんでこうなったのか、結局具体的なことは分からないままだった。

それなのにわたしは置いていこうとしている、この人形を代わりに置けば許してくれるの? それとも直接会いに行かないとダメかな……?

 

何ともやりきれない思いが燐の心と体に楔を打つ。

自分に出来ることはもうなかったのだろうか、これで全て終わりにしてそれで……戻ればすべて過去の出来事として……。

 

燐は白い犬(早太郎)の置物をギュッと握る。

サトくんもこうやって自分の手で連れて帰りたかった、願わくば元の姿で。

それはどんなに願っても頑張っても無理なことだ、燐の瞳に涙が滲んで景色が揺らいでくる。

 

いくら悲しんだって何も変わらないけど、それでも悲しさは止められない。

どれだけ悲しんだらこの苦しさが癒せるんだろう、もう一生このままなのかもしれない。

 

固く握られた燐の手に蛍の手が絹のようにふわっと被せられる。

燐は蛍を見つめ返すが何も言えなかった、ただ悲しく揺れた瞳を向けたまま薄く微笑むだけ。

何か一言でも喋れば涙が自然と零れ落ちそうだから、だから何も言えなかった。

 

蛍は燐と同じ様に小さく微笑みを返す。

悲しい想い、辛い別れ、蛍にもそれが分かっていたから何も言わなかった。

 

蛍はおもむろに自分の長い髪に手を伸ばし、無言のままゆっくりと髪飾りを外しだした。

 

「蛍ちゃん?」

 

驚く燐の声に蛍は困ったように笑みを返すだけ。

外した髪飾りを口で咥えながらもう一つの髪飾りも丁寧に外しはじめる。

 

飾りを外した蛍の黒髪はそのままでも十分美しかった。

 

「わたしはこれを置いていくね」

 

蛍の手のひらに置かれた2枚の髪飾り、つい先ほどまで付けてきたもの。

思えば蛍は何かにつけて、綺麗な花の髪飾りをしていた。

お手伝いさんからもらったという金盞花(キンセンカ)の髪飾り、蛍が幼い頃から身に着けていたお気に入りの一品だった。

 

「で、でもこれっ。蛍ちゃんが大事にしてたものなんじゃ……」

 

「うん。でもこれは吉村さんから貰ったものだから。だから返したほうが良いかなって思って」

 

蛍の家にお手伝いとして来ていた吉村さんとは出会うことはなかった。

家をあの”なにか”が侵入されたときに薄々感づいてはいたことでもあった、多分もう会う事はないだろうと。

それでも心のどこかでは期待していた部分もあった、万が一と言うことだってあるし。

 

家の敷地にあるらしい、”あそこ”に行けば何か分かるかもと思ったけれど……もうそれも叶いそうにない。

 

「それにね。ここに置いておけば何かの目印になるかもって思ったの。でもね燐。本当のところはね」

 

「……うん」

 

「もう、わたしには似合わない気がするんだ。燐が、周りの人が良く似合っているって言うから気にしてなかったんだけど。ホントのところはそんなに好きじゃないのかもね」

 

蛍はちょっと舌を出して笑った。

珍しく悪戯っぽい表情で微笑んでいる、気を遣ってくれたのかもしれない。

 

「えー、すごく似合ってて可愛かったよねぇ?」

 

「うむ。とても似合ってた」

 

なでしこの素直な意見にリンもこくこくと頷いた。

 

「ありがとう。でもそういう外から見た自分にもう拘らないことにしたんだ。わたしがわたしであるためには何かを捨てる必要がある、そう……ですよね?」

 

蛍は少女に、にこっと微笑んだ。

透明なのに薄っすらとピンクに頬を染めた顔、色彩を失うことなくいつまでも綺麗なままで。

 

「わたしも、同じことをしていたわ。一人、あの部屋で」

 

「同じ……ですか?」

 

少女は蛍に同調したような言葉を発した。

 

”あの部屋”……多分マヨヒガの事だろう、ちょっと憂鬱な気分になって眉をひそめたが、蛍は黙ったまま少女の言葉を待っていた。

 

「あそこでは幸運を縫い留める為に様々なものが消えていった。わたしはそれを忘れないように人形を作って吊るしたわ。でもその数は減ることは無く増えていくばかり……」

 

「いつしか天井を埋め尽くす数にまでなっていったわ。でもだからこそわたしはこうやって存在できている。それでもこの不幸の連鎖を止めたかったの」

 

「あ、なんかすごく悲しい気持ちになった、かも……」

 

なでしこは無性に胸が締め付けられる思いがしてリンの腕にしがみ付いた。

恐怖というよりも純粋に悲しさが込み上げてくる。

 

リンはなでしこの背中をそっとさすってあげた。

背景が見えてないので全容は分からないが、情感は伝わってきた。

やるせない悲しみ、それは何も知らないリン達にも不思議と理解出来ていた。

 

(そっか……()()()()()はわたしを慰めてくれたんだよね。わたし一人だけが悲しいわけではないと)

 

「じゃあ、わたしもちゃんと()()()()()、置いていかないとね」

 

燐はバックパックを下ろすとストラップに括っていたお守りを外す。

あのトレッキングの時に聡と一緒に買った、お揃いのもの。

それだけに燐の中ではいつも着けていたいほどに大切な宝物だった。

 

「燐、いいの?」

 

「うん。お兄ちゃん甘えん坊さんだからわたしと分かるもの置いてあげないとね。それに一人だと寂しいから」

 

寂しそうに笑う燐の横顔、それは蛍が見た中でもっとも大人びている顔だった。

切なさが、憂いが、少女を大人の女の顔にさせていた。

 

 

「むぁ──! 私だけ置いておくものがないよぉ!」

 

一人だけ仲間外れされた様な気になって、思わず雄たけびをあげるなでしこ。

あまりに唐突なことだったので、燐も蛍も先ほどまでの悲しさがどこかにすっ飛んでしまっていた。

 

「蚊取り線香でも置いておけばいいじゃん」

 

「あ、それはナイスアイデアだねぃ! じゃなくて、もっとこう……メルヘンチックなのがいいんだよぅ!」

 

リン呆れ声の冗談に忙しなく乗りツッコミをするなでしこ。

あまりに空気感が違うので、燐と蛍は顔を見合わせて微笑んでいた。

でもそれは呆れたからじゃない、二人は慰めてくれたんだと感じていた。

 

「じゃあ、これは? わたしがずっと預かっていたものだけど」

 

蛍はなでしこから預かっていたものを手に取って差し出す。

それはあの富士山のぬいぐるみだった。

 

「こ、これはダメだよぉ! これが無いと眠れないし、風邪も引いちゃうしでとにかくダメだよぉ!」

 

蛍の手から奪う様に持ち去ると、潰れんばかりの力できつくぬいぐるみを抱きしめていた。

ふっくらとした富士山が煎餅のように潰れていくのがつぶさに確認できる。

 

(それがあったって風邪引いていたくせに……)

 

リンは約束していたキャンプがなでしこの風邪によってドタキャンになったことを思い出していた。

そのおかげでソロキャンを満喫できたから全て悪いわけではないけれど。

 

「無理に何か置かなくてもいいんじゃない」

 

燐は自分の言った言葉が自身に言い聞かせている気がして、少し可笑しくなった。

理性を失ったものに何かを残しても意味などない、ただ心が少し軽くなった気がするだけだ。

 

「そ、そんなぁ! 私だけ仲間外れにしないでよぉ!」

 

「仲間外れって……」

 

「あはは、でも燐の言う様に別に何か残さなくてもいいんじゃないかな。こーゆーのって気持ちの問題ぐらいだしね」

 

「でもぉ……」

 

なでしこは所在なげに、手をもじもじとさせている。

しおらしい姿はなでしこを必要以上に幼くみせていた。

 

「何も残さないことに越したことはないわ。それは後悔がないのと同じ事。きっとあなたはこれまで後悔のない日々を送ってきたのね」

 

女の子がやんわりと口を挟む。

あどけない姿でありながら、凛とした口調は青いドアの家の女性、そのものに見えて。

大人びた印象を皆に与えていた。

 

「でもそれじゃあ──」

 

「大丈夫、あなたの想いはわたしが受け取るわ。わたしはこの町、この地からは離れられないのだから」

 

蛍は哀しい瞳で小さなオオモト様を見ていた。

この人とは血縁関係もしれない、だからこそ一緒に行けない事は分かっていたから。

蛍は小平口町にそれほど未練はない、ただ生まれた場所であるだけ。

でもこの人は違う、ここで育ちはしたものの良い扱いを受けてないはず、それなのにここから離れられないなんて……。

 

 

 

「それにこれはあなた達が呼んだものよ。わたしは切符をもっていないわ」

 

「わたし達が呼んだ?」

 

燐の言葉に少女は小さく頷く。

青いドアの家に行ったときのように想いが願いを叶えたとでもいうのだろうか。

 

緑の鉄の車体を改めて見やる。

多少古くは感じられるがなんとなく力強さを思い起こさせるデザイン。

グリーンの配色に白のラインが入って、妙に愛らしい。

 

これに乗ってわたし達は逃げ出すんだ、暗闇の先にあるいつもの現実に……。

 

 

電車を見ているのか誰も喋ろうとしなかった。

物言わぬ雨が電車や駅の屋根を叩く音がするだけ、僅かな間、囀る声が止まっていた。

 

 

「あっ、そうだっ!」

 

なでしこが両手をぱちんと鳴らす。

跳ねるように少女の前に立つと満面の笑みを見せてきた。

普段のなでしことさほど変わらないが、どこか違う感じがする。

 

少女が何か口を開こうとする前になでしこがぎゅっと抱きついていた。

それでも少女は顔色を変えることなくじっとしていた、戸惑っている表情も見せることなくされるがままになっている。

まるで、それが楽しいの? と言わんばかりに。

 

ノーリアクションの少女は予想に反したものだったのか、なでしこはちょっとむくれた表情を見せる。

 

「それならこれはどうかなっ!」

 

少女の体がふわっと持ち上がる、なでしこは幼い子にする”たかいたかい”をしていた。

これにはさすがに焦りを見せたのか、少女は目が見開いて口を大きく開けていた。

これまで見えなかった少女の色が初めて分かった気がした。

 

「えへへ、ちょっとはビックリしたかなぁ?」

 

少女と目を合わすと、即座に地面に下ろす。

見た目通りの軽さだったのでまだ持っててあげても良かったのだけれど。

 

「そうね、誰もそんなことしてくれなかったから」

 

少女は着物の皺を気にするような素振りを見せながら視線を外す。

表情には変わっていないように見えるけれど、少し照れているようにも見えなくもない。

見た目相応の少女のリアクションでもあった。

 

「なでしこ、なんで持ち上げようとしたの?」

 

訝しげな声色でリンが率直に聞いてくる。

 

「いやあ、私、残すものがないからせめて温もりだけでもあげようと思って」

 

えへへ、と照れ笑いを見せるなでしこ。

 

(なぜ照れる?)

 

なでしこの行動力には少し呆れてしまう。

でも少女はそこまで嫌がってないように見えたのでこれも良かったのかもしれない。

 

「もー、ダメだよ。なでしこちゃん」

 

「うー、ごめんー。ちょっとやりすぎちゃったかなぁ?」

 

呆れたような声を出す燐に、なでしこは困ったように照れ笑いを浮かべる。

 

「あっ、そうじゃなくてね。ハグはね、やらなきゃならない人がいるんだよっ!」

 

「えっ、ちょっと燐、何を?」

 

燐は蛍の手を掴んで引き寄せると、強引に前に押し出した。

 

とと、っと蛍は前につんのめりそうになる、その目の前にはこちらを見つめる少女の姿があった。

 

「さあ、蛍ちゃんもなでしこちゃんに負けないぐらい熱いハグをしてあげよう」

 

「えっ? ハグってわたし? だってそんなこと……」

 

にこにことこちらを見る燐に困惑の目を向ける。

確かにオオモト様には母親を重ねてみたこともあったけど、今のこの少女の姿ではさすがに無理がある。

 

「あなたがしたいのなら別に構わないわよ」

 

少女からの静かな響きに蛍はうっ、となっていた。

先ほどまでのなでしことの様子から拒絶はないと思うがそれでも躊躇してしまう。

 

それこそ人形の様に綺麗で壊れそうな姿をしているから。

このまま大事に飾っておきたいほどに綺麗だった。

 

「……ごめんなさい」

 

「え?」

 

少女からの突然の謝罪に蛍は更に困惑してしまう、口ではそう言うがやはり嫌なんだろう、蛍は少女から一歩後ずさる。

 

それを見て少女は首を振った。

そして静かに語りだす。

 

「そうじゃないの。あなた、いえあなた達には謝っておいたほうがいいと思って。偶然が積み重なってこうなったのだけれど、多分原因を作ったのはこのわたし。謝って許されることでないでしょうけど」

 

「そんなこと、ない、です」

 

蛍は引っ込めた足を前に出した。

 

謝罪する為にわざわざ来てくれたんだろう、それも一番見られたくない姿で。

そう思うととても愛おしくなる。

自然と両手を回して少女を抱きしめていた。

母親がそれこそ我が子を愛おしく抱くように優しい気持ちで。

 

蛍は心の底から嘆息した。

少女の体は華奢で幼く、ちょっとでも力を込めたら壊れそうになるほどに細くか弱かった。

それなのにどこか母親の色を思わせる。

 

蛍の母の面影の残すものは何も残っていない、それこそ遺品や一枚の写真さえも。

だからこそ居ないことに疑念を抱かなかった、幼い頃から世話してくれた人も何も語ってくれなかったから。

 

ただ不憫とは思ったんだろう、だからこそのあの金盞花(キンセンカ)の髪飾りをくれたのではないだろうか。

 

金盞花(キンセンカ)”──初夏にかけて咲く小さな花だけど、その花言葉は悲しみで彩られていた、別離、悲嘆、そして絶望と。

 

そのせいで身に着けているだけで余計なトラブルを招いたこともあった。

でも燐が友達になってくれてからは何を言われても気にならなくなった。

それだけ燐の存在はわたしにとってとても大きく掛け替えのないものなんだ。

 

だからもう必要なくなったんだと思う、それは燐がいるから。

そして今感じている母の温もりさえももう必要のないものかもしれない。

 

それは拒絶ではなくて、前に進むためには過去に縋る必要なんてなかったから。

 

 

わたしを生んでくれたお母さん、育ててくれたお母さん。

どちらも大切な人だった。

 

わたしは燐と一緒に生きていく、すべてを捨てて燐と一緒にいつまでも。

 

少女の温もりに包まれたまま、蛍は確かな幸福感に包まれていた。

燐さえいればそれでいい、そう思ってはきたけど実際は違った。

 

燐もわたしも幸せにならなくちゃいけないんだ。

その為にはいっぱい考えなくちゃならない。

 

だからわたしが燐を守るんだ、今まで守ってくれた分、ううん、それ以上に。

 

燐、一緒に幸せになろう。

その為にはもっとわたしが……。

 

「あなたが手を離さなければそんなに難しいことではないわ。しっかり握っててあげなさい、少し強めに」

 

「オオモト様……」

 

蛍だけに聞き取れるか細い声、それは母としての忠告、最初で最後の事。

 

名も知らず、墓標すらない、そんな少女達の想いが形作ったもの。

その少女達さえ母を父を覚えていなかった。

 

この悲しい連鎖の終わりを予感した、それはずっと望んできたこと。

あの時、恋を知った時から羨望していたことだった。

 

だからすごく暖かい、本当に暖かい心を持った少女だった。

わたしは向かい合う事を怖がっていたんだ。

 

「なんか分からないけど涙が出ちゃうね……」

 

「ついでに鼻水も出てるぞ」

 

感化されたのか顔をべとべとにしてすすり泣くなでしこ、それにタオルを差し出すリン。

二人の様子も偶然に親子のように見えた。

 

(蛍ちゃん良かったね。お母さんと会えて……)

 

燐は蛍と少女を黙って見つめていた。

かつての自分もこうだったのだろうか、父と母の愛情に包まれていた日々、もう遠い遠い記憶の隅に少しだけ残っている忘れられたピースのようで少し物悲しくなった。

 

記憶の隅の両親との暖かい日々、多分もう戻ることはないだろう。

だからこそ目の前の二人が羨ましかった。

 

「ほら、燐も見てないでこっちきて」

 

不意に蛍に話しかけられて燐はきょとんとなった。

抱き合いながらも手招きしてくる蛍、何かあったのか。

 

「どうしたの蛍ちゃんって、ええっ!」

 

手招きに誘われるように燐が二人に近づくと、不意に蛍に手を引っ張られる。

急な事で足を踏ん張ることも出来ず、そのまま後ろから少女に抱きつくことなってしまった。

 

「あっ、ご、ごめん。もう、蛍ちゃん。どーゆーこと?」

 

口を尖らせる燐に蛍は楽しそうに笑いだす。

 

「ふふっ、さっきのお返し」

 

もう、と燐は口を膨らませる、そんなとき少女の黒髪の甘い香りが鼻をくすぐった。

その香りは花のようでもあり柑橘系の匂いでもあった。

なんとなく心が落ち着いていくような柔らかい薫り、それがこの少女のそのものを表しているように思えた。

 

「わたしだけ幸せなのは嫌なんだ。燐にも幸せを感じてもらいたいって思って」

 

優しい笑みの蛍、屈託のない透明な瞳が真っ直ぐに向けられて少し恥ずかしい。

心の中を見られた気がした、でも理解してくれるのは嬉しい。

 

「じゃあ……オオモト様は幸せそのものってこと? なんとなく失礼なこと言ってない?」

 

おどけた口調で話す燐。

蛍は少し考え込む。

 

「そうでもないんじゃない? 幸せも幸運もポジティブなものだと思うし、普通に褒め言葉だよ」

 

少女を挟んで抱きつきながら好き勝手なことを言っていた。

それでも少女は嫌そうな顔をみせずにそのまま身を委ねている。

 

青いドアの家のソファでの一時とは正反対の立場となっていたが、それほど悪い気はしなかった。

 

それは二人に悪意がないことが分かっているから。

綺麗なものに挟まれて嫌なことは無い、それは花が咲き乱れる草原を歩くような感じでとても気持ちよく美しいものだった。

 

「あー、蛍ちゃん達ズルいー! 私にも幸せ分けて欲しいよぉ!」

 

「あ、ばかっ! 鼻水垂らしたままで行っちゃだめだって」

 

呼んでもいないのになでしこがこちらにやってくる。

涙と鼻水と涎を垂らしたままで。

その顔をタオルで押さえたままリンも一緒にやってきていた。  

 

あまりの勢いで来るものだから蛍も燐もそして少女までもすこしたじろんでしまう。

 

わっと飛び込んでくるなでしこ、それを押さえようするリンも同じように飛び込んできた。

 

「えっ! 嘘でしょ!」

 

「きゃっ!」

 

少女達はホーム上で重なるように倒れ込んでいた。

 

「いたたた、みんなだいじょうぶ?」

 

「なでしこがダイブするから……ほらまだ鼻水でてるぞ」

 

呆れ声のリンが甲斐甲斐しくハンドタオルを顔に当てる。

なでしこはそのまま鼻をずるずるとかんでいた。

 

「なでしこちゃん行儀悪いなあ~」

 

「ほんと、お行儀悪いね」

 

「リンひゃんが鼻をつねるから鼻みじゅが止まらなくて……くしゅん!」

 

なでしこの鼻声が面白くて普通に笑っていた。

きっとこれが幸せなんだ、本当に些細なことかもしれないけど、それが今分かった気がする。

 

幸運はどこかから舞い降りてくるものだけど、幸せは自分の内側にあるものなんだ。

 

「ふふっ」

 

手で口を抑えて小さいオオモト様が笑う。

初めてみるにこやかな表情、もしかしたら今まで誰にも見せたことがないかもしれない本当の少女の笑顔。

 

それこそが幸せであり、かけがえのない宝物なんだ。

 

分かれの間際、少女たちはこの世界で大事なものをもらった気がした。

 

それは目に見えないけど、とても美しく大事なもの。

 

 

 

漆黒の空は夜をいつまでも映し出しているし、雨はますます強く降り続いていて水溜まりは大きくなっていた。

 

最悪の状況。

 

それでも、あの黒い雲のかなたに青白い月が隠れていると思うと、不思議と綺麗な空にみえてくる。

 

そうそれは。

 

雨が上がった後の澄みきった青い空、それがきっと見えるはずだから。

 

 

────

 

───

 

──

 

 

 

 




さてさて、今回は趣向を変えて突発的なことをやってみたいと思います。

題して。


★教えて青カミュQ&A~☆彡

青い空のカミュの素朴な疑問をQ&A形式で”勝手に”答えてみるこの企画。
当然ですがアンオフィシャルですので、過度な期待および鵜呑みにはしないでください。
ほとんど私の主観が入っております。ですから精々参考程度ぐらいにしておくと楽しめるのではないかと思います。

自分の様のメモ帳を公開しているのようなものなので、適当に流し見していただけると良いかもです。

それでは。


Q:そもそも青い空のカミュって何なの?
A:劇中だと曲のタイトルとなっています。後はメタファーでしょうか、ここの”カミュ”はアルベールカミュの事、つまりカミュを不条理の概念として表現しているのではないかと思ってます。

Q:小平口町の異変はいつ起こったのか?
A:燐と蛍が来る前から起こっていたと思われます。多分、小さいオオモト様と聡が出会ったことが最初の異変かと。

Q:20時28分。
A:この時間ではまだ明確な異変は起きていないようです。つまり燐と蛍と聡の三人が同時に小平口町に居た唯一の時間、歪む直前。

Q:燐と蛍以外の乗客はどうなったのか。
A:最終電車というわけでもなさそうなので、駅に着いた時点で二人だけが認識されなかったとか……ちょっと無理ありますね。

Q:あの蛾とヤモリって最初だけ?
A:所謂最初の犠牲者のようなものです。蛾は犠牲になったのだ……。

Q:白い人影の正体は。
A:欲深い人間の”男”の成れの果て、なのかな? 昔から小平口町に住んでいる家計が対象の可能性もあるかもです。
追記:サイレントヒルから着想を得ているみたいです?

Q:あの地盤沈下はどうしておきたの
A:町から脱出させない意思が働いたためではないかと。

Q:燐のパンツが見えそうで見えない……。
A:青い空カミュは健全なエロゲなので燐や蛍のパンツが見たいなら凌辱ルートに行くしかないのです? なんか矛盾してることを言ってる気が……。

Q:サイレンを鳴らしたのは誰? そしてあの奇妙な叫び声を上げたのは?
A:私の推測ではサイレンを鳴らしたのも叫び声をあげたもの同一の存在と思ってます。つまり異変に気付いてサイレンを鳴らしたけどゲル状ものに取り込まれて一斉に叫び声を上げたのではないかと思ってます。

Q:どこかで見覚えのある景色が……。
A:気のせいです! ですが最終話のあとがきで検証しちゃう予定……。

Q:HARDBANK?
A:蛍はお嬢様なので基本料金は高いが回線が安定してる、COCOMO(ドコモ)ではないかと勝手にキャリアを妄想してみたり。

Q:蛍のトラブルって?
A:多分苛め的なものがあったと予想。物静かで思慮深い子は苛められやすい? でも燐のおかげで変わった(以前よりも明るくなった)ので今は大丈夫のようです。

Q:燐とお兄ちゃん(聡)との関係は?
A:幼いころから従兄弟同士での付き合いがあった模様。蛍は燐に紹介される形で聡と面識があったようである。

Q:この子左目を怪我してるの?。
A:多分体験版を公開したときにユーザーから指摘があったのではと思います。ですが声優さんのスケジュールが確保できなかったのでテキストで補完したのではと予想しました。

Q:あなたのお名前はサトくんだよ~。
A:ちゃんと覚えてね~。

Q:結局サトくんって何なの?
A:たまたま近所にいた野良犬が歪みに飲まれてサトくんができたようです。

Q:ヒヒはなんであの白い人影に対して殺意を漲らせているの? コワイ!
A:おそらくは同族嫌悪の類かと思ってます。

Q:ヒヒの言う白羽の矢って?
A:昔話だとサルは白羽の矢が立った家に生贄を求めていたようです。よってヒヒのセリフから察するにサトくんの元の犬が生贄だったということだと思います。

Q:凌辱ルート可哀想で選べないんだけど。
A:サトくんは放置しましょう。左のふすまを開けるのは止めましょう。蛍の部屋に隠れましょう。ちょっと狭いけどロッカーに仲良く隠れましょう。我慢しないで見ましょう。これで凌辱ルートとはおさらばです。でもたまにはエッチシーンも見てください。

Q:吊り橋の手のクリーチャーって何なん?
A:後に出てくるゲル状のものと同一と私は思っています。

Q:蛍ちゃん家ってすごく広い?
A:旅館並みに広いのは元マヨヒガではないかと思ってます。

Q:お面とヒヒに関連性はあるの?
A:この時の燐の一歩引くモーションが可愛い!(思考停止)

Q:三択に何か意味が。
A:先に離れから見るは体験版のルートですが結局離れには行かないのであまり意味はありません。エンディングフラグとかそういうのもないですし。

Q:小さいオオモト様が可哀想で見てられないよ!
A:私の様にヘビロテしてる者でも毎回辛いです。小さいオオモト様のボリュームを絞るなりして対処するものいいかも? 終わったらちゃんと戻すのをお忘れなく。

Q:結局あのシーンは幻なの?
A:幻だと思います。ですがそれを見てもらいたかった人がいるようです。

Q:障子につけられた手形の主は?
A:やはりゲル状の集合体かと、でもその後出てくる機会がないので不明ですが。

Q:靴を部屋に置くときは下に新聞紙などを引いておくといいんじゃない?
A:私もそう思います。

Q:そもそも座敷童ってなんなの?
A:座敷童が訪れた家は幸福になると言われています。ですが居なくなってしまうと不幸に見舞われるという、いわゆる有難迷惑な妖怪のようです。

Q:蛍ちゃんにマッサージしてあげたかった。
A:割とマッサージで大事ですよねぇ。ですが蛍としてはお風呂にも入っておらず着替えもしていない自分が汚れていると思っているので必要以上の接触を避けているのでしょう。ソーシャルディスタンスの先駆けですね(違う)

Q:燐のグリッチはいつごろの話? そしてなんで荷造りの準備してるの?
A:少なくとも今週より前の話だと思います。引っ越しの準備は離婚が正式に受理されることを示唆しています。母子離婚の場合は実家や親戚などに身を寄せるのが一般的なようなので引っ越すケースが多いようです。

Q:ウユニ塩湖の様な青空の世界。
A:銀河鉄道の夜になぞらえるのならば、幻想第四次ということになりそうです。

Q:透明なガラスのような水。
A:無味無臭とのことですが、やはりウィルスの影響を予言していたのでは……まあ単なる偶然でしょう。人体に影響はないようです。

Q:この女性は?
A:オオモト様のようです。

Q:なんで夜が明けなくなったのか。
A:とあるゲーム作品の最終エリアもこんな感じでしたので、小平口町そのものが幻想第四次空間になった可能性があったり、なかったり……。

Q:パンが結構置いてあった?
A:それなりに置いていたようなので、夕食以外は(菓子)パンの可能性もありそう。

Q:燐は蛍の部屋に詳しかった?
A:過去に遊びに来た時に色々チェックしたのでは。

Q:若者風の何かが来てるロゴって。
A:Supremeというブランドのパロディと思われます。若い世代(男性)に人気のようです?

Q:何で家に閉じ込められたのか? そしてあの白い何かは破壊できたのか?
A:ホラゲ特有の都合のいい展開……というわけでなく、”切り替えた地”から近かったので建物も影響を受けたのではないかと、思ってます。

Q:蛍の通っていた中学校なの?
A:推測ですが、蛍は小学生の頃に中学校の図書館に放課後行っていたのではと思います。蛍は頭が良かったので都市部の私立学校に通っていたのではと予想しました。

Q:大川さんのような何かがやっていることって。
A:身内、恐らく妻か子の指を切断していたようです。しかも何かに変化していない細い人間の指を……。

Q:燐や蛍が読んでいた本って?
A:実はかなり関係があります。特に燐が何気なく呟いているタイトルこそがこのゲームに深く関わっていることが後になって分かります。詳しい解説は最終話のあとがきで……(なんか書くことがめっちゃ増えそう……)

Q:アンデルセンの絵のない絵本。
A:青空文庫で読むことが出来ます(ステマ)

Q:燐はカフェオレを押したのになんでスポドリが出てきたの?
A:交換業者のニアミスです。と言う事ではなく、自販機で何かを買うということは一番欲しいものを選ぶこと、燐は即ち、父と母の愛情を欲しているということです。

Q:サトくんは何をしに自販機へ?
A:二人(主に燐)の匂いを辿ってきたようです。品切れのランプは二人の残滓のようなものでしょう。

Q:非常灯は消えてまた点いたの?
A:燐の勘違いということにしておいてください。

Q:やっぱりホラー映画のような……。
A:だからそれフラグだってばぁ!

Q:ジャージを着たナニカとの凌辱シーンは希望がありそう。
A:だかその後ヒヒが来る描写があるのでその後の展開は……。

Q:投げてきたのは椅子? それとも梯子?
A:どっちにしろ痛いので燐が可哀想です。

Q:蛍はなんであんな大胆な真似が出来たの?
A:燐を目の前で傷つけられた焦りと怒りからくる行動です。

Q:人口の推移って関係あるの。
A:小平口町は外部に情報が洩れることを恐れたのか移住者の制限及び、他の町への引っ越しを原則させなかったのではないかと思います。

Q:図書室でなんでバレた。
A:あの、ねちょっとした体液のせいです。血でもなく精液でもなさそうなのでエイリアン的なアレだと思う事にしてます。

Q:いやぁぁぁぁぁ!!!
A:いつもの町が異質になったなかで学校と言う非日常、そして逃げ場のない閉鎖空間。蛍のテンションはピークに達していたんでしょう。

Q:図書館の壁ってどうなった?
A:公式のArtのところで一応紹介してあります。イメージにそぐわなかったのか使われなかったようです。

Q:マヨヒガ?
A:私的にもこの青いドアの家がマヨヒガ──迷い家だと思ってます。寂れた旅館は名前だけでこの家こそがマヨヒガと呼ばれる場所のはずです。

Q:皿の上の桃。
A:のちにケーキも出てきますが、燐が無意識のうちに食べたいものが出てきたのではと思ってます。結果燐しか食べませんでした。

Q:三間坂家とは。
A:最初に座敷童を孕ませた家柄ではないかと思われます。

Q:テーブルクロスと手毬の説明は。
A:公式説明では物事を動かす力場のシーンとの言及がありました。つまり幸運(座敷童)はブラックホールの如くなんでも見境なく吸い寄せてしまうもの強い力があると、その為デメリット(不幸)も同じ様に吸い寄せるものであるとの説明で……いいのかな?

Q:これらが重なりあったのは全て偶然なのか。
A:シンクロニシティ(共時性)なものかも知れないですね。良く分からんのやけどね~。

Q:あれ? 図書室に戻ってくるんじゃないの?
A:図書室は危険が残っているとのオオモト様判断で学校の外に戻られたんやね~。優しい人や~。

Q:最近のプールって鍵がかかってるんじゃ……。
A:細かい事気にしたらアカンで~。

Q:なんか途中から関西弁が混ざってきてないか? さてはお前……イヌ子だろ!
A:なんのことや~?

Q:”A”ってあおいちゃんのAだったんだ……じゃあ今までの答えってもしかしてホラなの……?
A:なでしこちゃんよう見てみ、これはホラ吹く目に見えんやろ? あっ!

Q:プールでの二人、とっても綺麗だねぃ! でも二人ともプロポーション良くていいなぁ……。
A:なでしこちゃんだって脱いだら大したもんやないの。せや、今度一緒に犬山家秘伝のバストアップの秘術コッソリ教えたるよ~。これでなでしこちゃんもウチみたいにバインバインやで。

Q:その目をやめろホラ吹きイヌ子!
A:さっきから何のことや~?




……そんなわけでここまで一問一答形式で進めてみましたけど……思ってた以上に楽しい! けどとてもめんどくさい!

続きは次回以降のあとがきに持ち越す予定ですが、青い空のカミュの後半のシナリオ部分はやらないかなーと思ってます。
ネタバレは避けられないし、解釈が大きく分かれそうな部分もありますし。そして何より検証項目が多すぎる~。


初めは100問形式にしようと思ったのですがこのペースだとそれ以上になりそうですね……。もっと早い段階で企画したかった~。

なんとなく不安定な天気が続きますが、お体には十分気を付けてください。
もちろん新型ウィルスにも、です。

それではまた~。

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