かみゅキャン△ ── Camus Canp ── 作:Towelie
永遠と思えるような不可思議な夜の世界、蒼白い月をすべて覆い隠すように広がっている黒い雲、初夏の雨は枯れることなく降り続いていた。
テントの隙間から三角形に切り取られた黒い空を睨む、当然のように降り止むような気配は微塵も感じられなかった。
ぽつぽつ、と雨は静かにテントを揺らしている。
その中では少女が二人、寝袋に包まれながら寝息を立てていた。
雨音が心地よい眠りを誘ったのか、それとも他の人が居て安心できたから眠気を覚えたのかは分からない。
それでも穏やかな表情で静かに寝入っていた。
蛍と燐はそんな二人の安心しきった寝顔に微笑んでいた。
よっぽど疲れていたのだろう、二人共深い眠りの中に落ちているようだ。
「わたしたちもこんな感じだったのかな?」
蛍はあの時のことを思い返していた。
蛍と燐がテントを見つける少し前のこと、無人の重機に追われていたのだが、途中で力尽きて倒れてしまっていた。
その後、二人はオオモト様の膝の上で寝かされていたのだった。
あの”青いドアの家”にいつ来たのかは分からないが、おかげですっきりと休養できた。
だがもしあのままあそこで倒れていたら……どうなっていたのだろう? それを考えると背筋が寒くなってくる。
シュラフに包まって寝ている二人──志摩リンと各務原なでしこもこの世界で辛く長い眠れぬ夜を過ごしたに違いない。
ホラー映画のような世界に突然巻き込まれてしまったのだから仕方ない事だろう。
だがそれは燐と蛍も同じことだった。
ここにいる四人は何の前触れもなく偶然この異常な歪みの中に巻き込まれてしまったのだ。
それは”誰が”というわけではなく、”そうなってしまった”だけのことだった。
ただそれだけの事なのに……誰にも説明出来ないアクシデントだった。
「それにしても、気持ちよさそうに寝てるよね」
燐は目を細めて眠る二人を見守っていた。
「そうだねー。あ、燐も今のうちに寝ておいたらいいんじゃない? 疲れてるんでしょ」
蛍が心配そうな瞳で覗き込んでくる。
本当に疲れが溜まっているのは体力のない蛍のほうなのに。
「大丈夫だよ蛍ちゃん。疲労感もないし、お腹もそれほど空いてないもん」
燐は自分のお腹を手で押さえてそう答えた。
少しづつだが何かが変わろうとしている、そんな予感がしていた。
「わたしも今はそれほど疲れてないんだよ。楽しいからかも?」
蛍は珍しくガッツポーズをとってみせた。
疲れを隠すための強がりではなく、本心からの仕草だった。
「……楽しいの?」
燐は蛍の珍しい元気っぷりに微笑みながら聞き返す。
蛍がここまで楽しそうにしている様子はまず見たことがなかった。
「うん、燐と一緒なのはもちろん楽しいけど、なでしこちゃん、リンちゃんと友達になってからはもっと楽しくなってきちゃったんだ。なんでだろう」
蛍は意味が分かってない仕草をみせるが、それはとても嫋やかに見えた。
こういったグループでの行動は苦手な蛍だったが、この四人に限ってはそれには当てはまらなかった。
「わたしもだよ。なんかこの四人で居ると学校行事でキャンプしてるみたいに楽しいね」
「うんうん」
二人は顔を見合わせて頷き合った。
実際、蛍と燐は制服のままの格好だし、なでしことリンは長袖の体操着だったので実際、修学旅行と間違われても問題ないほど違和感がなかった。
「そういえばさ、このテント今人気のモデルみたいなんだよね。なんでもキャンプを題材にしたアニメ作品で使われたらしくって、それと同じ色のやつは今、在庫がないんだって」
燐はアウトドア用品をネットで検索してたとき、たまたまこのテントがお勧めに出てきたので、その人気を知ることができたのだ。
アイボリーカラーのこのテントは志摩リンの持ち物で、キャンプ好きの祖父から譲ってもらったものだった。
最新モデルのテントというわけではないのだが、見た目以上にしっかりとしている。
それほど劣化してる様子もないのは、リンがキチンと手入れして使っている為であった。
道具を大事に使っているというのは偶然にも燐と一致している部分だった。
各務原なでしこもテントを持ってきているのだが、悪意をもったナニカから逃げ続けるため余分に立てる余裕などあるはずもなかった。
それに二人ならば一基あれば十分なスペースを確保できる。
従って、なでしこのテントは袋に仕舞われたままであった。
「へぇー、わたしはそういうの良く分からないけど、好きな作品だとそれと同じものを持ってみたくなるのかな」
「うーん、どうなんだろうねぇ? でも有名な選手が使ったものとか人気になることもあるし、そういうのがきっかけになっちゃうこともあるのかもね」
蛍も燐もそれぞれ好きな趣味はあるけれど、特定のブランドやトレンドにはさほど興味を示さなかった。
それも二人の共通点の一つで、お互いが好きなところでもあった。
辛うじてスマホは持っていたが、連絡を取る手段として持っているだけでガラケーでも問題ない程であった。
現在では必需品となっているスマートフォンであるが、この黒い闇に覆われた世界では何の役にも立たなかった。
……
…
二人の語らいは小鳥の囀りのように心地よく流れている。
雨音よりも優しい少女の会話。
その耳障りの良い可憐な言葉が耳朶を少し揺らして意識の奥まで届いてきた。
どうしてこうなったかはまだハッキリとは分からないが一つだけ分かっていたことがある。
(……寝てたんだった、私……)
まだ重い瞼を少し持ち上げてみる、そこは良く知ってるテントの薄暗い天井が映っていた。
(ん……)
睡魔の中からゆっくりとリンは覚醒する、夏用のシュラフを
薄く瞼を上げて横目で隣を確認すると、同じようにシュラフに包まれている人影が目に入った、多分なでしこだろう、見覚えあるくせ毛が確認出来た。
小さな寝息を立てて、ぐっすりと眠っているような気配を感じとった。
まだ完全に起きる気がしなかったので微睡の中で、これまでの悪夢のような出来事を少しづつ思い返してみる。
朝が来ない小平口町のキャンプ場、そこで、なでしこと交代でテントの見張りをしていた。
だが、恐怖のあまり一時間すらまともに寝れなかったのだ。
それは見張っている方も同様で、どこから襲ってくるか分からない状態では気の休まる時間など殆どなく、結局二人共眠ることを諦めていた。
(あのときは地獄のようだったな。眠りたくとも眠れないことがこんなに辛いとは考えもしなかったし……)
リンは少し視線を下げて、話し込んでいる二人の少女を眺める。
──地獄に
古風な言い回しだが、それぐらい有り難かったのだ。
今、熟睡出来たのも二人のおかげだ。
あの二人──込谷燐と三間坂蛍、今テントの入り口で語り合っている少女達のこと。
二人と出会うことができたことは、それは闇を照らす光のように眩しかった……なんて少し大げさかもしれない。
でも、まさに悪夢のような世界の中で唯一、嬉しかったことはそれだったのだ。
制服をきた二人の少女は私たちと違って利発的で健康そうに見えた。
そのことを尋ねたら、”青いドアの家”に居たおかげと言われたのだが、何のことかさっぱり見当がつかない。
こことは違うもう一つの世界があること、そこにいる”オオモト様”とかいう女性の事、実は割と眉唾物に捉えてはいる。
中二病の妄想という感じではないけれど、イマイチ信じがたい。
普通の状況ならば。
でもこんな世界に捕らわれたままだと今更嘘などいっても意味がないことだけは分かる。
なにかの撮影かへんな奇祭かと最初のころは思ったりもしてたけど、そんな憶測を立てたところで結局何も変わってはくれなかったのだから。
だからあの二人の事は信用するんだ。
話してても嫌な感じは微塵もしないし、何より他の人間が居たことがたまらなく嬉しかったんだ。
二人ボッチじゃなかったんだって分かったから……だから……。
………
……
「あっ、起きた? おはよう。まだ寝てても大丈夫だよ」
起きた気配を感じ取った燐が声を掛けてきた。
「お早う。良く眠れた?」
少し心配そうな優しい眼差しを向けてくる蛍、なんだか心が暖かくなる。
誰かに寝起きの挨拶を掛けてもらう、それがこんなに安心できる事なんて今まで思ったこともなかった。
当たり前のことが今はとても新鮮だった。
「ありがとう。なんか久しぶりに良く寝たって感じだったよ。ここ最近まともに寝た記憶なんてなかったからなぁ……」
リンは欠伸を噛み殺して、両手をグッと上に開いてみる。
テントに触れるギリギリのところまで手を伸ばしていくと、固まった体がいっきに解れていくような感覚を味わうことができた。
「なでしこは……まだ寝てる、か」
安心しきったように穏やかに眠るなでしこの姿に、一同は癒しのようなものを感じていた。
リンはこの安眠した姿を久しぶりに見た気がしていた。
「まだ起こさないでおいてあげよっか。寝不足みたいだったし」
空腹が満たされたことと緊張が解れたことからの安心感があったのか、なでしこはあの後すぐに急に眠気を訴えてきて、そのまま眠ってしまったのだ。
リンだってそれは同じらしく、出会ったばかりの燐と蛍に悪いとは思ったが、結局睡眠には勝てず、二人して小一時間程度眠ることを燐と蛍に伝えていたのだ。
「うん。でも、なんだか気持ちよさそうに寝てるのを見ると、こっちも眠くなりそうだね……」
蛍は軽く欠伸をしながら、まだ寝息を立てているなでしこの頭をそぉっと撫でてみる。
柔らかく艶やかな髪に手が包まれて何とも言えず心地よい。
気付くことなく眠る姿は、普段よりも少女を幼くか弱いものに見せるようで愛おしくさせた。
頭をなでていた蛍だったが、なでしこにつられたように頭が前後に揺れ動いていた。
ここまでトンネルの中をひたすら歩いていたせいか、すでに蛍の体は疲労のピークを迎えていて無意識のうちに休養を求めていたようだった。
「蛍ちゃんもすこし休む? 私は十分休養できたから」
シェラフから這い出たリンが蛍に場所を譲ろうと勧めてくる。
リンが入っていたのは最近買った夏用のシュラフで、小さく折りたたむことが出来て軽めの割とリーズナブルなものだった。
買ったばかりのこれを試してみる為に、普段は行かない夏キャンに行くことにしたのが今回のキャンプの目的だった。
思わずうつらうつらとしていた蛍だったが、リンの心配そうな声色にハッと目を覚ました。
「あっ! 大丈夫だよ。リン? ちゃん。ごめん……なんかまだ慣れてない感があるね」
燐とリン、呼び方も抑揚もほぼ一緒なのでちょっと紛らわしいかと思ってはいた。
当の二人は顔を見合わせて苦笑いを返し合うだけ。
「偶然にしては面白いよねぇ」
「ホント、でもそんなに珍しい名前でもないよね」
燐とリンはにこやかに微笑み合う。
二人は名前が一緒とか関係なしに結構気が合うのかも、蛍はそう感じていた。
そして二人の仲の良い姿を嬉しそうに見守っていた。
「ね。そっちの学校の事、もう少し詳しく話してほしいな。実は私、女子高って結構憧れだったんだよね」
リンはこれまで誰にも言わなかった焦がれた想いを口にしていた。
少女ならだれでも一度は夢見るお嬢様学校の秘密の園、これまでは恥ずかしくて親にも言わなかったけど、現役で通ってるこの二人なら笑われることなく聞いてくれる。
それが嬉しかった。
後に分かったことでだが、この偶然の出会いを一番喜んでいたのは実はリンだったのだ。
雨煙の中のテントで三人は談笑した。
まだ眠る少女を起こさない程度の柔らかな声色で話す少女達。
お互いの学校の事や地域の事、趣味の事など……時の動きを気にすることのない世界だったので、延々と尽きることなく話続けていた。
雨は降り止まず、狂った闇の世界に光が差すことも到底ない閉ざされた殻の中。
そんな非日常の中において、今、この場所だけが唯一の日常の在り様だった。
────
───
─
(うぅん……ん……)
薄い感覚の海に浮いているような微睡の中、誰かの話声を耳朶から感じていた。
何処だっけここ? 家じゃないみたいだなぁ……。
じゃあ学校かな……そういえば夏季テスト開けたら夏休みだったっけ……?
夏キャン、何処がいいかなぁ? 海か川が近くにあって、やっぱり富士山が見える場所がいいよねぃ……。
あと、虫が少ないとこの方がいいなぁ……リンちゃん苦手みたいだし、それとお化けとかはぜったいノーサンキューだよぉ……。
そういえばお化けって? あの白いゾンビのことじゃないよね……でも、あいつ等って、あれれ、何かおかしいぞ……?
あの顔のない白い影を思い出すと身の毛がよだって鳥肌が立っていく、それはとても現実的な嫌悪感。
気持ちのいい微睡が不快なイメージと歪な感覚の渦の中でぐるぐるとないまぜになって、息が出来ないほどの寝苦しさが襲い掛かる。
このまま寝てたら……ヤバイ! 本当にヤバイよっ!!
何がヤバいのかは分からない。
でも意識が一気に目を覚ました。
「富士山がヤバイよ────!!!」
意味不明な言葉がテント内を揺るがす勢いに木霊した。
あまりにも唐突にそして大音量の叫びだったので、燐と蛍どころかリンさえも飛び上がりそうに驚きを隠せなかった。
そしてそれはなでしこが起きながら発した言葉なんだと理解するのに、少し時間が掛かってしまうほどだった……。
「……で、何が富士山なんだよ?」
ジトっとした目つきでなでしこに問いかけるリン。
おはようの挨拶の前に鋭いツッコミが先に来ていた。
余裕の顔つきをしているが、内心はまだ驚いていてドキドキしていた。
常にクールさを保っているリンだが、こういうシンプルなサプライズにはめっぽう弱いほうだった。
「ごめんねぃ、リンちゃん。自分でも良く分からんのじゃよ。多分富士の霊峰に呼ばれたんじゃのぉ、ふぉふぉふぉ」
何故かお年寄りのような喋り方をするなでしこ。
それで誤魔化してるつもりなのか、まったく人騒がせなやつだ。
「おはよう。なでしこちゃん、よく眠れた?」
飛び跳ねそうなぐらいに蛍も驚いていたが今はなんとか平静を取り戻し、なでしこに優しく挨拶してきた。
前に聞いたサイレンの音と同じぐらいの衝撃だったとはさすがに言えなかった。
「うん、もうぐっすり眠って元気一杯だよっ! やっぱり睡眠って大事だねぃ!」
なでしこがぶんぶんと腕を回して元気さをアピールしてきた。
テントを突き破りそうな勢いがあったので、リンは若干眉根を上げて怪訝な顔をしていたが。
「そういえば富士山がヤバイ──、とか言ってたよね。なでしこちゃん富士山が噴火しちゃう夢でもみたの?」
先ほどの寝言のようなものを燐が検証してみる。
寝言は大体が無意識的なものであって意味などないはずだが、燐はちょっとだけ気になっていた。
「うーん。ハッキリとは覚えてないんだよねぇ……なんかこう富士山の危険でピンチって感じがしたんだよね……」
考え込むような仕草をみせながら、手で富士山の形を作ってみるなでしこ、息苦しさを覚えたのは間違いないはずだった。
ただ富士山要素はどこから来たものかは分からない。
(それはどっちも同じ意味じゃないのか?)
リンは心底呆れかえっていたが、結局その発言にはつっこまなかった。
「……もしかして富士山の事好き、なの?」
蛍は何ともなしに聞いてみる。
寝言は人の無意識化で起こるものなので当たらずとも遠からずといったところだろうか。
「富士山大好きだよ──! 富士山グッズだってもってるよん! それに山梨に越してきたのだって実は富士山を近くで見ることが目的だったしねぃ! 」
なでしこはボディランゲージを駆使して富士山への愛を臆面なく高らかに語りだした。
燐と蛍はおぉーっと感心しきりになっている。
(引っ越しと富士山は全く関係ない話だろ……)
普段は純粋で素直な、なでしこなのだが、一旦富士山の事となると別人のように興奮し何でもありな性格になってしまう悪い癖があった。
「じゃあー、富士山に登ったことってあるんだ?」
燐も何気なく問いかけてみたが、なでしこはびくっと体を震わせていた。
それはなでしこにとって最も胸に来る質問であったから。
「ううー、登山部の人は登ってるらしいけどぉ、まだ私には荷が重そうなんだよねぇ……それに登るなんて、なんか罰当たりな気がしちゃうんだよねぇ……」
富士山が好きななでしこだったが、いざ登山となると殊勝な心掛けを見せていた。
好きだからこそ登るのには抵抗があるのかもしれない、理解するのは難しいが。
「確か燐は富士山登ったことあったよね?」
蛍は緑のトンネルでのやり取りを思い出した。
雪の重みで木が曲がることを燐は富士登山での経験で知っていたのだった。
「うん。三度頂上まで登ったことあるよ。富士山は何度登ってもいいよね。さすが日本一の山ってカンジ」
燐は両親や従兄と富士登山したことを思い返す、あの頃は何をするのも楽しかった。
思い出は美化されるというが、本当に楽しかった思い出はより美しく鮮明に残ってくれるものなのだろうか。
「か、神だ……こちらの燐ちゃんは何をするのも神すぎるよ……」
なでしこが燐に向かって手を合わせて拝んでいた。
その様子をみていたリンは割と無表情に冷めた目線で見ていたのだが……。
(なでしこのやつ、燐ちゃんをすっかり神と崇めてやがる、まあ仕方ないかこれは。でもなんだか悔しいぞ……)
思いのほか燐にジェラシーを感じていたようで、少しだけの妬ましいオーラは隠し切れなかった。
でも少し前までは他人にこういった感情を抱くことすらなかったのに、どうしてなんだろう? 名前が同じだから? は関係ない気がする……。
なんとなくモヤモヤとした気持ちになっていた。
「ええっと、富士登山なんて年間何万人も登ってるんだし、そこまで特別なものでもないんじゃない? ……よね?」
跪いて拝むなでしこに戸惑いながら燐は言葉を選んだ。
もともとトレッキングは両親や従兄から教わったものだし、燐としては日常的な趣味の範疇のことだった。
それよりリンの妬ましい目線のほうが気になっていたので、どちらかというとリンに向けて喋っているようにみえた。
そんな気遣いが分かってしまったからか、リンは小さくため息をついた後、できるだけ冷静を装って答えることにした。
「でも、富士山が好きななでしこだってまだ登ったことないんだから、燐ちゃんは十分凄いと思うよ」
いちおう本心で語ったのだが、少しぎこちない微笑みになっているかもしれない。
心と体がちぐはぐなのか、頬の筋肉が引きつりそうになる、がなんとか堪えきった。
(夏季はキャンプだけじゃなくてトレッキングにもチャレンジしてみるか!)
今季の目標を心の中で密かに掲げてみる。
リンはこう見えても結構負けず嫌いな少女であった。
「んもぅ、リンちゃんは素直じゃないんだからぁ~。本音だだ洩れだよっ!」
なでしこが軽く肘でツッコミを入れてくる。
さほど痛くはなかったが、心の弱いところを突かれた気がして思わず顔をしかめてしまった。
「だいじょうぶ、リンちゃんの良い所は私がいっぱい知ってるからねぃ!」
親指を立ててポーズを決めるなでしこ。
相変わらず恥ずかしいやつだ……でもなんか嬉しかったりする。
やっぱりなでしこと一緒に来て良かった。
でもなでしこのせいでこんな気持ちになったのではないのだろうか?
なんとなく腑に落ちないリンだった。
「あ。そういえばリンちゃん、髪はそのままでいいの?」
なでしこがリンの艶のある長い髪を手に取って問いかける。
手入れの行き届いたさらさらとしたロングヘア―、密かに自慢の髪質だった。
「あぁ、そうだな。何かあった時動きやすいし今のうちに結んでおくか」
「私がやってあげるよん! だからじっとしててね~」
リンがいつもの様に自分の髪を丸めて結ぼうとしたのだが、なでしこがそれを遮って自ら志願をしてきた。
「いや、自分でやるからいいよ。変な髪形にされたら困るし」
嫌な予感がしたのでリンは断固として断った。
「大丈夫、大丈夫。
「おい、それだけはやめろ」
嫌な予感が的中して露骨に嫌がるリン、だがなでしこはとても嬉しそうに髪を触っていた。
「
なんとなく可愛い響きがしたので、蛍はなでしこに聞いてみた。
「うんうん、気になるよね
燐も気になっているのか食いついてくる。
二人の疑問になでしこはいつもよりちょっとトーンを低くして、とつとつと勝手に語り出してきた……。
「ふぉふぉふぉ。クマヘアーはのう、本栖高校でも二人と出来る者はおらん門外不出の髪形でな、中でも恵那ちゃんのクマヘアーはそれはもう神業としてなかなかお目にかかることのできない妙技なのじゃ。ワシも何度も頼み込んでようやく教えを乞うことが出来たのじゃ、ふぉふぉふぉ、有り難い事よのぉ」
「田舎のおばあちゃんの振りして嘘を振りまくのやめろ」
──”クマヘアー”
それはリンのクラスメイト
しかも人に見られることなくこっそりとやるものだから、一部の生徒には”ステルス斎藤さん”と密かに恐れられていたのだ──。
「……というわけなんじゃよ。分かったかな二人とも、ここだけの秘密じゃよっ」
「はーい。せんせー分かりましたー」
蛍と燐は声を合わせて返事をした。
変な所でも息の合った仲の良い二人だった。
(なんだこの小芝居は人の髪で遊ぶ気なのか? それにあのクマヘアーとかいうの、解くのが大変で好きじゃないんだよね……髪が痛んじゃう気がするしな……)
リンは斎藤の実験台にされることが多かったので、いっそのこと髪をバッサリ切ろうと考えたことさえあるほどだった。
「でも具体的なクマヘアーって想像できないよねぇ……」
「うん。可愛い感じなのかな? それともリアル寄りなやつだったりして」
長々とマンガなでしこ昔話をしたのだが、蛍と燐には結局クマヘアーが何なのかは上手く伝わってこなかったようだ。
「だいじょうぶだよっ! こんなこともあろうかとスマホに画像を残してあるのですっ!」
なでしこはズボンのポケットからずびしっ! と自身のスマホを得意げに見せつけた。
「最初からそれを見せればいいことじゃん……」
心の声で突っ込む気すらも失せたのか、リンは直接口に出してツッコミを入れる。
「まあまあ、固い事は言いっこなし! さあさあ、みんなでクマヘアーが何なのか見てみよー」
リンのツッコミに照れた笑いをみせるなでしこ。
やれやれと言った口ぶりでため息をつくリン、だがあることに気づいてしまう。
(画像って、まさか私がクマヘアーになっているやつか? そんなの見られたら笑いものにされてしまう……!)
リンの切実な想いとは裏腹に、蛍と燐はなでしこのスマホの中身を興味深く覗きこんでいたのだが──。
「……あ、あの~。これってスマホ? じゃ、ないよね?」
蛍が今一度確認するかのように尋ねてきた。
「う、うん。これはどう見てもトランプだよね……」
燐はなでしこの手に握られているスマホ……ではなくトランプを指差していた。
なでしこが自慢気に取り出してきたのは百均で売っていそうな普通のトランプだった。
(コイツ……同じネタをまたやるとは……天然か……いや天然だったな)
リンは本栖湖で初めて出会った時のやり取りを思い出していた。
今思えばあれが全ての始まりだった。
そう思うと……なでしこのやつ、まるで成長していないことになるな……。
「ああっ!!?」
なでしこは髪の毛が逆立つほど驚愕すると、荷物をごそごそと漁り出した。
暫く待って、ようやく目的のものを照れながら出してきた。
「ごめんごめん。こっちが本物のなでしこスマホでしたー!」
そう言って今度こそ本当のスマホを見せる、が画面は黒いまま。
「あれ? でんげん……入らないよぉ、なんでぇ?」
スマホを片手に悪戦苦闘している様子をみせる。
だが、何度電源ボタンを押しても画面が点灯することはなかった。
「あ、そういえば……スマホ弄り過ぎて充電切れのままだったよぉ……」
てへへ、と愛想笑いをするなでしこ。
怖くて眠れない日が続いたのでスマホで現実逃避をしていたのだった。
その間、電源はもちろん付いていたのだが、回線は一度たりとも復帰することはなかったのだが。
「わたしたちもいつの間にかスマホの電源無くなっちゃったんだよねぇ」
燐も自分のスマホをバッグパックから取り出してみせた。
ちょっと前まではホーム画面で時間だけでも確認することができたのに、今はうんともすんとも言わないただの板切れとなっていた。
蛍のスマホも同様だった、二人共そんなに使った覚えがないのに何故か充電切れになっていた。
もうこの世界では必要のないものだと言いたいかのように役目を終えていた。
「私も充電切れになってるよ」
リンも自分のスマホを片手で見せてくる。
そしていつの間にか頭をお団子の様に丸く結わいていた。
この騒動の間にこっそりと自分で素早く丸めておいたのだ。
それだけクマヘアーには抵抗があったのかもしれないが、それにしても素早い決断であった。
「みんな充電切れかぁ……これってもしかして……ってリンちゃん! いつの間に”しまりん団子”にしちゃったの!?」
むぅ、と何かを思いついたように考えこんでいたなでしこだが、リンの髪形を見てその考えは即座に打ち消された。
「しまりん団子……その髪型のこと?」
蛍がリンの髪……の上についている丸めた髪を指差して尋ねる。
団子とは言い得て妙かもしれない、そのネーミングセンスに思わず微笑んでいた。
「なんか老舗の銘菓っぽい名前だよね、しまりん団子」
燐はその名前から一口大の和菓子を想像していた。
中の具は餡子が定番だろうか。
「ふぉふぉふぉ、しまりん団子はのう、身延町の隠れた名物でそらぁもう一口食べるとほっぺがずり落ちる程の味でのう、観光客の間では……」
「マンガうそうそ昔話はもういいよ」
少女達はリンの髪型のことで予想以上に盛り上がりをみせている。
とりとめのない会話だけど今を生きてることを確かに実感できた。
辛いこと。
悲しいこと。
苦しいこと。
このテントの中にはそんなものは微塵もなく、ただただ喜びと楽しさだけが詰まっていた。
こんな狂った世界で偶然出会った四人の少女。
極限状態で出会った為なのか妙に惹かれ合っていた。
趣味も性格も違う四人だけど求めるものは一緒だった。
──この世界から逃げること──。
それだけが少女達の最後の望みだった。
だがこの世界ではそんな少女達の想いなど簡単に踏みにじるものたちも同時に存在していた。
緑のトンネルの奥深く、不気味に蠢く白い影があった。
それは一体ではなく複数いるようで、皆群れをなして歩いている。
足を引き摺るようにずるずるとおぼつかない足取りで。
顔のない白いヒトのような”何か”、そうとしか言いようがなかった。
辛うじて衣服は身に着けているが、肝心の顔はなく、代わりに大きく裂けた赤い口だけが残っているだけ。
体には黒いひびが入り、人間の皮膚とは明らかに異なるものとなっていた。
時折意味不明な言葉を発するが、誰に向けての言葉なのかは定かではない。
だが、昆虫等と違い意思だけは持っていた。
──求めるものは歓喜と快楽。
この歪んだ世界を象徴するかのように、歪んだ幸せしか残っていなかった。
求める先はどこなのか、それはもう近くなのかもしれない。
白い顔の裂けた口がニンマリと黒い闇の中に浮かんでいた。
…………
……
…
はいー、凹んでるときのほうが捗る気がしたけどそんな事なかったみたいですねー!
大体いつものスローペースです、はい。遅筆でごめんなさい。
さてー、唐突ですが、今の状況に慣れてきてませんでしょうか? 私は割と慣れきってしまってます。
マスクや消毒液が滅多に手に入らないことや、毎日感染者が増えていることにも、もはや驚きもないほどです。所謂思考停止なのかもしれないですね。
”絶望に慣れるのは絶望そのものよりも悪いのだ”でしたっけ、青い空のカミュ作中での言葉のままです。
アルベール・カミュが言っていたらしいのですが、今のこの状況だとあまりにもしっくりきてしまいますね……。
でもでも、慣れてしまうんですよねぇー。だってそのほうが楽だから……って、これも青い空のカミュからのセリフですねー。どんだけ青カミュ脳なんだ私は。
でも憂いてばかりも仕方ないわけで、この状況でも楽しむことをしないとですねー。
じゃないとココロが疲れてしまう……なんかブックオフのCMでこういうのがあった気がした……。
しかし財布は戻ってこないぞ……戻ってこーいおさいふ───!!!
……まあ、一週間も経ってるしもう無理っぽいけどね──。
さてさて、それではでは──。