かみゅキャン△ ── Camus Canp ── 作:Towelie
「う~ん、こんな感じ、かなぁ?」
テントにちょこんと座り込むなでしこ、そのふわっとした髪を蛍はこねくり回していた。
参考になるものがないので頭の中のイメージだけでクマっぽい姿に仕上げてみる。
とりあえず思いつくままに結わいてみたのだが。
「……蛍ちゃん。これクマっていうよりかは……」
「うん。なんか既視感あるけど良いんじゃないかな。割と似合ってるしね……」
燐とリンは出来上がった髪形に、なんとも言えない表情を見せていた。
何故か二人共笑いを堪えてるように見えるのは気のせいだろうか。
「どれどれ? 可愛く出来てるのかなぁ~?」
手鏡で自身の髪形をドキドキしながら確認してみる……。
すると頭に一本のサボテンが立っていた……なんかほっこりするよねこれ……。
「じゃなくて! またサボテンなのぉ! これだけは嫌だよぉ~。蛍ちゃんリテイクしてぇ~!」
なでしこが頭にサボテンを立てたまま悶絶しまくっていた。
その動きに合わせて頭の上のサボテンが陽気に踊っている様に見える……。
スマホが使えたら写真や動画に撮って投稿するんだけど……三人は心の底から残念がっていた。
「はあ……ひどい目にあった気がするよぉ」
深くため息をつく、結局髪形は蛍に頼み込んで元の髪形に戻してもらった。
「あのままでも良かったんじゃないの?」
少し意地悪な顔でリンがからかってくる。
クマヘアーにされかけた仕返しだろうか。
「んもう! あのサボテンだけは嫌なんだよん! クリキャンの時もみんなに笑われちゃったしねぇ……もしかしてあきちゃんの呪いが宿ってるのかも?」
なでしこは前にあきちゃん──
せっかくオイルで仕上げた木皿だったのだが臭い残りが酷く、最後はサボテンの鉢植えになったそうだった。
その無念の木皿の怨念が遠く離れたなでしこの髪型にサボテンとなって乗り移った……あり得る話な訳ないだろう、これ。
(想像力豊かなやつだよ全く……)
リンはなでしこのおもちゃ箱のような想像力に色んな意味で感心していた。
「それじゃあ、今度はわたしが蛍ちゃんをクマヘアーにしてあげようかなぁ~」
蛍の長い髪を丁寧に梳きながら燐がにこにこと提案してくる。
「えー、燐がー?」
少し不満そうな声色の蛍が上目遣いで尋ねてくる。
燐の顔は見えないが、面白そうに笑う声が頭上から下りてくる。
「うふふー、ダメっていってもやっちゃうからねー」
燐は壊れ物でも扱うかのように蛍の髪を優しく持ち上げる。
綺麗で艶やかな黒髪、燐の大好きな蛍の要素がギュッと詰まったかのように綺麗で透き通ってみえた。
「ううん別にいいよ。今の髪形だって、燐が好きって言ってくれたからずっとしてるだけだけだし、他の髪形が良いなら燐に任せるよ。わたしにとって一番馴染みのある美容師さんみたいなものだしね」
蛍は軽く首を振って否定すると、二つ結びの髪型に対する想いを口にしていた。
幼い頃から変わってない髪形だが、燐が好きだと言ってからはずっとこのままにしておいたのだ。
「うっ、そんなこと言われたら変にプレッシャー掛かっちゃうなぁ……」
「大丈夫。燐は器用だからわたしみたいにはならないよ」
蛍はなでしこの髪型をサボテンのようにしたことを思い返して微笑んでいた。
実は我ながら自信作であったのは、なでしこには内緒にしておいた。
それにあれだってある程度器用じゃないと出来ない芸当なので、蛍も結構な腕前だった。
「うー、でも、やっぱり今の蛍ちゃんの髪形似合ってて好きだから止めとくよ」
「そう? わたしは燐がやってくれたもの何でもいいんだけど……でもありがとう、燐。わたしも燐が褒めてくれてからは今の髪形すごく好きになったんだ」
「そっか……じゃあ折角だから髪、綺麗に梳かしてあげるね」
「うん、お願い」
蛍と燐は和やかに頷きあって微笑んでいた。
その様子は何時もの学校での様子に近く、改めて仲の良さを伺わせるものであった。
「……燐ちゃんと蛍ちゃん、仲良くて羨ましいなぁ~」
「そうだね……」
なでしこが二人の何を羨ましがってるのかは良く分からないが、燐と蛍は長い付き合いなんだろうとリンは察していた。
燐と蛍の間には何か見えない糸があるかのように常に二人一緒なんだろうなぁ……。
仲良きことは美しきかな、か……今のあの二人にはピッタリな言葉だとリンは思っていた。
「私も、リンちゃんと秘密を持てばもっと仲良くなれるかなっ!」
「秘密と仲の良さは違うんじゃない? ……で、例えばどんなのがいいの?」
口では否定しているリンだが、なでしこのノリに付き合うことにする。
二人の間でのいつものやり取りだった。
「あ、う~ん。実は異世界に行ったけど戻ってきたとか、何かの生まれ変わりで過去の記憶が残ってるとか、手から炎が出せちゃうとか……リンちゃんそういうの持ってない?」
マンガや小説でお馴染みの特性をなでしこは嬉しそうにリンに聞いてくる。
未だ夢から覚め切ってないかのようにキラキラとした瞳で。
「それ、どれか一つでも該当したら相当やべーやつじゃん。秘密っていうより関わり合いになりたくないやつだよ」
リンとなでしこは知り合ってまだ一年も経っていないがそんな秘密があったらすぐに打ち明けてるだろう。
それぐらいなでしこには色々と隠さずに話してしまっていた。
「むぅー、それもそうだよねぇ……でも何かの秘密を二人で共有したら、私とリンちゃんも、燐ちゃんと蛍ちゃんみたいにもっと仲良くできると思うんだよねっ!」
ずいっと顔を近づけて、なでしこが推し進めてくる。
あの二人のイチャつき振りに当てられてしまったのかもしれない。
(全くすぐ影響を受けるな、なでしこは。それにしてもさっきから気になって仕方ないぞ)
「なんかさ、”りんちゃん”だとどっちを呼んでるのか分かりづらくて戸惑うんだよね」
リンはなでしこの呼びかたが気になって仕方なかった。
偶然にも同じ名前だったわけだけど、どちらの”りん”を呼んでるかが分かり辛くてむず痒くなってくる。
「あ、二人共同じ名前なんだもんねぇ……あっ! だから最初変な勘違いしちゃってたのか……恥ずかしいことしちゃってたぁ……」
手を叩いてやっとこの事態を把握するなでしこ。
確かになでしこの妄想で大変ややこしいことになっていたけど、蛍もなぜかそれに便乗してきたので余計な混乱を招いていたのだ。
「あぁ、わたしは”燐”だけでいいよ。みんな呼び捨てで呼んでるしね」
燐が二人の会話に参加してきた。
燐にしてみれば呼び捨てのほうが気楽でよかったし、実はリンも同じ思いだった。
「えぇ~、そんなのあり得ないよぉ! 燐ちゃんは、燐ちゃんだから良いんだよっ! ねぇ、リンちゃん?」
(だからそういうのが混乱するんだって……ワザとやってるのか?)
リンにはなでしこの基準が良く分からなかった。
でもなでしこが今まで誰かを呼び捨てで呼んだことなど見たこともなかったのだ。
「じゃあ……何か愛称をつけてみたらどうかな?」
蛍も”りん談義”に参加してくる。
一見すると良いアイデアに見えるが……なにか不穏な香りもする。
「おっ、蛍ちゃんさすがナイスなアイデアだねぃ! イエーイ! リンちゃん!」
「いえ~い! 燐!」
蛍となでしこは何故か楽しそうにハイタッチを決めていた、何故かお互い”りん”を掛け声にして。
対照的な二人なのになぜか姉妹のように仲が良かった。
それをみた二人の”りん”はとてつもなく嫌な予感がしていた。
こちらも姉妹の様に仲良く真顔となっていた。
…………
……
「ごほん、えー。今日からあなたは燐ちゃん1号です! 類まれなる才能を生かして頑張ってくれたまえ、ふぉふぉふぉ」
タオルを髭のようにしたなでしこが仰々しく肩を叩いて宣言する。
それを受けた”燐”は困惑の表情を向ける。
「えっ、わたしのこと?」
自分のことを指差して、半笑いになる燐。
ちょっと気になって隣で座る何とも言えない表情の”リン”を横目でみた。
無表情な感じに見えるが、心の中では多分呆れてるんだろうなぁ……。
まだ出会って間もない燐にもその様子は手に取るように分かった。
「こっちのあなたはリンちゃん2号です! ソロキャンパワーで頑張ってくれたまえ、ふぉふぉふぉ」
なでしこはリンの肩を軽く叩いて2号に任命していた。
2号に命名されたリンは表情を変えることはなかったが……。
(誰が2号や──!!!)
と心の中で軽くブチ切れていた。
でもさすがにそれを口にするのはドン引きされるだろう……仕方なくリンは努めて冷静な表情を保ったまま、ぽつりと呟いた。
「どういう選考基準だよ……」
というか2号とか女の子に使っていい言葉じゃないぞ。
だからって1号ならいいってわけでもないんだけど……。
「うーん、蛍ちゃんと話し合った結果なんだけどなぁ~……」
なでしこはちらっと蛍の方を向いた。
その視線を受けて、まず蛍から解説する。
「うん。燐は、器用で何でも出来るし、みんなの人気者だから1号が相応しいいってなでしこちゃんに言われたの」
(嬉しいような、そうでないような、なんとも言えない気分だよ……)
燐は蛍の解説に耳まで赤くしていた。
「そしてリンちゃんは、ちょっと近寄りがたいオーラ放ってるソロキャンパーだから2号が妥当なんじゃないかな。大丈夫、バイク乗れる分パワーはリンちゃん2号のほうが上だよっ!」
(いや、パワーって何だよ、バイクで体当たりでもさせるつもりか?)
リンは原付バイクに乗ったまま敵アジト? に突っ込む自分の姿を想像してみる……。
──ソロキャンブレイク!!
燐ちゃん1号のピンチに分厚い壁をぶち破って颯爽と原付バイクで登場するリンちゃん2号の姿がそこにあったのだ!!
なんだそれは。
……第一、壁を壊す前にバイクが壊れるに決まってるだろ常識で考えて……何とも無駄な妄想劇場だった。
「ねえ、燐。じゃなかった……燐ちゃん1号、わたしちょっと気になることがあるんだけど」
蛍がわざわざ言い直して聞いてくる。
その謎の気遣いに燐は少し呆れ気味に笑って答えた。
「蛍ちゃん……その言い方は止めようよー。なんか恥ずかしさを通り越して悲しくなってきちゃうし」
「そうなの? ごめんね。それじゃあ燐。気になってることがあるんだけど、外はこんなに雨が降ってるのにテントの中はそんなに濡れてないよね? どうしてなんだろうね」
濡れてないというのは雨漏りしているという意味で聞いたのではなく、地面から雨水がテント内の床まで染み出してこないという意味での質問だった。
「あぁ、それはね。周りより少し小高い場所を選んでテントを立ててくれているからだよ。こんな状況でもちゃんと立地を選んでるあたり結構なベテランキャンパーだね、リンちゃんは」
燐は未だに押し問答を続けている二人に視線を向ける。
あの二人は何だかんだいってキャンプが好きなんだろうなぁ。
その視線と褒め言葉になでしこが歓喜の声をあげる。
「おぉ、2号ちゃんが1号ちゃんに褒められるなんて珍しいねぃー。リンちゃん2号はキャンプレベル5の玄人キャンパーだから中々レベル高いんだよねぇ~」
不思議な言葉を継ぎ足して褒めるなでしこ。
何かネタを仕込まないとダメなんだろうか。
「なんだそのキャンプレベルって。今の私がレベル5ならMAXはどうなるんだ」
リンはどうせスマホゲームの受け売りかなにかだろうと呆れかえっていた。
「それはもうキャンプマスターとして他のキャンパーから崇められるわ、好きなキャンプ地を優先的に使えるようになるわ、薪は貰い放題だわで、もううはうはですよっ! めざせキャンプマスター!!」
「ただの晒し者じゃねーか」
やっぱりゲーム系だったか……。
リンはゲーム等に興味はなかったのでこういうのには疎かった。
「……こんな雨の日でのキャンプなのに楽しそうだよね、あの二人」
燐は二人のやり取りを楽しそうに眺める。
あったばかりなのになぜだか昔からの友達みたいに思えていた。
「ホントね。でも、せめて月が出てくれたらいいのにね」
蛍と燐はテントの入り口から空を再び見上げてみる。
どす黒い雲に覆われた空は、月の欠片さえも見ることが出来ないまま雨を芝生に落としていた。
────
──
─
蛍はふと視線を下に戻すと、一瞬だが何かの影を視界の隅に捉えていた。
瞬きを繰り返してその影が映った場所にピントを合わせてみる……。
緑のトンネルに続く唯一の道の奥に、
「燐……あそこに白いのがあるのが見えない? あのトンネルの道の奥の方」
蛍は怯えたように燐のアンダーシャツの袖を引いてその対象を指差した。
「え? どこだろう……」
燐は蛍の指を差した先を注意深く観察する。
雨煙で良くは見えないが、二人が入ってきた茂みの奥に何かが揺らいでいるようにも見える。
ハッキリとは分からないが、あまり大きくない感じに見えた。
「あの変な臭いはしないね」
「うん……大丈夫みたい」
蛍は周囲の臭いを嗅いでみたがあの甘ったるい不快臭はしなかった。
燐はテントから少し身を乗り出して臭いを嗅いでみたが、芝生の蒼い臭いと雨の臭いしか感じとることが出来なかった。
だとするとアレはなんなんだろうか? 人型ではないようにも見える。
「もしかしたら」
燐は目を皿のようにして対象を可能な限り認識しようと試みる。
すると……。
「あっ!!」
その物体と思しきものは突然のスピードで視界から消えてしまっていた。
こちらに近づいては来ず、そのままトンネルの先に行ってしまったようだった。
その様子を見ていた燐は慌てた様子で靴を履きだした。
あれの後を追う気なのだろうか、顔には焦りの色も見える
「燐!?」
たまらず蛍は叫んでしまう。
その悲痛の叫び声はリンとなでしこの耳にも届き、こちらを振り向いていた。
「もしかしたら、サトくんかもしれない」
トレッキングシューズを履き終えた燐はバックパックを背負って、持ってきた鉄パイプを手に取ってテントから出る準備を完了していた。
「サトくん?」
燐の言葉に思わずきょとんとして首をかしげる。
白い犬──サトくんがここまで来ることにはそれほど疑問は無いのだが、でもそれならこっちに来るはずじゃ……?
「わたし、ちょっと様子見てくるから蛍ちゃんはここに居て、すぐ戻ってくるからー!」
蛍が逡巡してる間に、燐はテントから雨の降る外へと飛び出して行った。
引き留める間すら与えてくれず燐の姿は雨煙の中に溶け込んでいく。
「りーーーーん!!」
蛍は外に向かって叫んだ。
だが燐は振り向くことなく、雨の中をずぶ濡れになりながら走り、トンネルの中に入ったと思しきとこで立ち止まった。
そしてこちらに向かって大きく手を振っていた。
その無邪気な様子に蛍は深くため息をつく。
これまで二人一緒だったのに燐が突然自分から離れていくなんて思ってもみなかった。
それだけサトくんには想うところがあるのだろう、それは仕方がないと言えた。
目で追える範囲でしか二人は離れてないのに、なんだかお互いが遠くに行ってしまったように感じられた。
その子供っぽい仕草に小さく微笑み、蛍が手を振り返そうとしたその時、何かに気づいた
かのように燐は視界の先、トンネルのさらに奥へと一人で駆けてしまっていた。
こちらに合図を送ることなくたった一人で。
……完全に姿を見失ってしまっていた。
蛍は一瞬の出来事に声すら出なかった。
──燐がいなくなった──
その現実に蛍は急に胸の鼓動の早さを意識し、どうしようもない息苦しさを感じていた。
不安と心細さで今にでも押しつぶされそうになる。
今すぐにでも燐の傍に行かなくちゃ! それは切実な思いを体現するかのように体と想いを突き動かす。
それでも一回深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、状況が全く呑み込めず目を丸くしている二人に声を掛けた。
「あのね、あれはわたしたちの知ってる犬……かもしれないの。それを燐は追いかけて行っちゃったみたいなんだ、だからね……」
焦りのある口調で蛍は理由を話した。
燐がどうなっているのかが気になって目線はどこか上の空だった。
「犬……?」
なでしこもリンも考え込む仕草を見せる。
この二人にも何か思い当たる節があるのだろうか?
だが、今の蛍にはそれを気にかけている余裕はなかった、早く燐のもとに行かねば。
それだけが頭の中を大多数を占めているかのようだった。
「だ、だからごめんね、わたし燐の所に行かなくちゃ。ちゃんと戻ってくるから」
蛍は靴を履くのももどかしく、早々にテントから立ち去ろうとしている。
戻ってくるとは言ったけれどその保証はなかった。
それまで四人一緒で楽しかったテント内が荒れ狂ったかのように慌ただしくなった。
あれだけ和気あいあいとしていたのにどうして?
なでしこの大きな瞳は戸惑いと悲しみで揺れていた。
「待って蛍ちゃん。私も一緒に行くよ」
立ち去ろうとする蛍の手をリンが優しく掴む。
困惑する蛍だが、リンの強い視線を受けて少しだけ動揺が収まりをみせていた。
「リンちゃん!!」
なでしこは困惑と涙声の交じった叫びをあげる。
どんどんみんな離れて行っちゃう、なんで、どうして? ここが一番安全なのに。
「大丈夫だよ。燐ちゃん連れてすぐに戻るよ。だからちょっとの間だけここで待ってて欲しいんだ。行き違いになったから困るしね」
なでしこの頭を優しく撫でながらリンが諭すように言葉を紡ぐ。
折角友達になれたんだ一人でも欠けるなんてあり得ない、リンにも強い信念があった。
「で、でも……」
「さっきだってちゃんと帰ってきたから大丈夫だよ、すぐ戻ってくる。約束」
リンが小指だけをちょんとだしてきた。
約束の証、嘘を吐かないようにする為の子供の頃に良くやったささやかな儀式。
「もう、そーやって子ども扱いするんだからぁ」
それを見たなでしこは明るい声で不満を漏らすが、すっと小指を差し出してくる。
その指は微妙に震えていて、なでしこの心を表しているかのようだった。
リンはその様子に軽く微笑むと、なでしこの指に自身の指を絡ませて契約を結ぶ。
暖かい指の鎖、繋いだまま何度も上下に振る、気持ちを伝えあう様に何度も何度も。
やがてその指は名残惜しそうに解かれた。
それと同時にとても寂しい気持ちになった。
「ねぇ、リンちゃ……」
なでしこは何か声を掛けようしたのだが、その前に。
「蛍ちゃん、少しでも雨がしのげるからこれ着たほうがいいよ。私は別のものを使うから」
リンが蛍に自分の合羽を差し出していた。
ほんの少しの間だけどリンの瞳はなでしこから離れてしまっていた。
割と大事なことを言おうとしてたのにな……。
「あ、ありがとう……」
蛍はそれを躊躇いがちに受け取って出来るだけ素早く身に着けた。
一分一秒だって惜しかったが、リンの申し出を蛍は無下に出来なかった。
「なでしこ、さっき何か言いかけた?」
リンが振り向いて先ほどの問いかけを聞き返してくる。
でもなでしこは目じりを下げて微笑んだ。
「ううん、何でもないよ。気を付けてねリンちゃん、蛍ちゃん」
それだけを言うのが精いっぱいだった。
もっと他に言うことがあったはずなのだが、それすらも忘れるほどに動揺していたのかもしれない。
「ごめんねなでしこちゃん。燐と一緒にまたここに戻ってくるから」
蛍も同じ様に小指を差し出してみる。
なでしこはそれに応じて小指を出して、二人でまた指切りをした。
「うん。約束だよ蛍ちゃん。燐ちゃんと四人、テントでまたパーティーしようねっ」
二人は微妙にぎこちない微笑みを返した。
お互いの視線はそれぞれをまっすぐに見つめているが、瞳の奥に映るものはお互いに違っていた。
それは”溝”というわけではなく、互いに本当に好きな人が居たからだった。
だからそれを気に病むことなどはせず二人は笑顔で指切りを終えた。
「蛍ちゃん、準備出来たから行こっか!」
「うん!」
リンもトレッキングシューズをしっかりと履いて、軽く足をほぐす。
手持ちの合羽は一つしかなかったのでビニールを頭からかぶっていた。
髪を解くのも面倒だったので、お団子頭にビニールが乗っかっていて少し恥ずかしい格好だが気にもとめなかった。
肩には多少モノが入るカバンを下げていた。
中には救急に使うような道具と、一振りのナイフも入っていた。
それは本来枝を削る為のもので武器となりうるものではないのだが、それでも持っているだけで多少気持ちが楽になった、いわば護身刀の役割を示していた。
でも、これであの白いゾンビと戦ったことなど一度もない……それだけが懸念材料だった。
「ん。じゃあ行ってくるよ、なでしこ」
「うん……」
テントの入り口からなでしこが顔を出して見送った。
空は変わらずどんよりとして雨は無慈悲にも降り続いている。
そんな中二人は少女を連れ戻すために外に行くのだ、自分はここに留まっているのに。
リンはあまりにも元気のないなでしこが気になって少し戸惑いをみせてしまう。
だが、蛍が先だって行ってしまったのでその考えを打ち消し慌ててその後を追った。
「蛍ちゃん、ちょっと待って──!」
リンの声が耳に入らないのか真っ直ぐにトンネルに戻る道をひた走る蛍。
焦りがそうさせているのか、普段ならここまで早く走れないはずなのに。
(燐……大丈夫だよね、無事でいて……燐)
蛍はその想いだけを一心に走り続ける。
それに負けじとリンも足を動かした。
あまり全力を出すことはしないが、こういうことなら遠慮はなかった。
実際体力には割と自信はあるが、それを口にしたことは一度もなく、仲間内のかけっこでも全力を出し切ったことなどなかった。
野クルメンバーで一番足が速いなでしこすら上回る瞬発力とタフさを兼ね備えていたが、それをひけらかすことなど考えたことすらなかった。
でもこの異様な世界になってからは手を抜く余裕すらなく常に全力だった。
そうでないと本当に大切なものを守れなかったから。
それだけだった。
二人はあっという間に雨煙の中の奥へと消えていた。
さっきよりも雨脚が強くなったのか、その姿形すらここから見えなくなっていた。
「リンちゃーーーーん! 蛍ちゃーーーん! 燐ちゃーーーーん!!」
三人の名を大声で呼ぶが誰からの返事もない。
雨の音にかき消されたのか、それとも何かに遮断されたのだろうか。
これ以上考えるのはとても怖い。
なでしこはもう一度声を掛けることもせずに、プルプルと首を振って暗い考えを
「ふぅ……」
誰の話し声もしなくなったテント内で、自分のため息と天井を打つ雨の音がやけに大きく聞こえる。
元気が身上のなでしこであったが、ここ小平口町に来てからはすっかり覇気が抜けきったかのようにぐったりとしてることが多くなっていた。
特に一人きりになるとそれは顕著に見受けられた。
「やっぱり一緒に行けば良かったかなぁ……?」
そう思ったが結局言い出せなかった。
理由は自分でも嫌というほど分かっていた、もう十分なぐらいに。
──単純な恐怖。
それだけがなでしこの心と体を縛り付けて動きを鈍くさせていた。
あの晩、小平口町までお姉ちゃんに送ってもらった日の夜のこと。
なでしことリンは夕食後、椅子に座って並んで星空を眺めていたのだ。
丁度満月だったこともあって、とても綺麗な夜空だった……あの時は小平口町最高──! とか言って二人で浮かれてたっけねぃ……。
遠い昔の思い出話のように、あの平穏な時のことを断片的に思いだす。
小平口町は隠れた星空観光スポットらしく、人気も少ないのも相まって初夏のキャンプ地として二人で選んだものだった。
春頃にリンちゃんとアヤちゃん──
(秘境中の秘境ねぇ……だからってあんなのが出てこなくてもいいのにさぁ……)
ここに来てからの何十回目のため息をついた。
人生でこんなにため息をついたことなんてなかった、もう一生分ついてしまったかもしれない……。
それは全部あの白いゾンビ達のせいなんだ。
あの顔のないゾンビは突然二人の前に現れたのだ。
前触れ的なものはなかったかと思っていたが、今にして思うと管理人も他のキャンパーも確かにいたはずなのにいつの間にか居なくなっていて、入れ替わるようにあのゾンビが出てきていたのだ。
リンちゃんはあいつらひょっとして……とか言ってたけど具体的なことは言わなかったなぁ……もしかしたら言ったのかもしれないけど聞きたくなかったのかも。
未曽有の危機を察知したのか、普段でもなかなかできない速さで撤収ができたんだよね。
いつもはダラダラとテントを片づけるのに、こんなときだけ早く出来るなんて……ちっとも嬉しくないんだから、ね……ホントだよ。
その後のことは正直よく覚えていない。
何処へ逃げてもアイツ等は湧き出てくるし、夜は明けてくれないしでまさに地獄──!
ううん、それ以上のことだよねこれ……そう前に読んだマンガのセリフ、”地獄すら生温い!!” これがピッタリ過ぎて泣けてくるよ……あ、でもこれは悪役に言うセリフだったか……。
(そういえば私、結構泣いちゃってるかも……でもその度にリンちゃんに慰めてもらったんだっけ……子供みたいで恥ずかしいな、でもありがとうリンちゃん……)
なんでこうなっちゃったんだろうなぁ……。
またため息をついた、もうこれが癖になってるのかも。
ため息と一つ付くと幸せが一つ逃げるとか言われてるんだっけ……私の幸せはもうなくなっちゃったのかなぁ?
なんだか急に悪寒がしてきた。
そんなに雨にあたったわけでもないのに体の内側から寒さが湧き出てくるようで、怖くて小刻みに体全体が震えてしまう。
暗い考えのその先を思うと怖くて心が拒絶反応をおこすみたいだ……。
体が無意識に求めていたのか、なでしこは思わずシュラフに潜りこんだ。
夏用のシュラフなので初めは冷やっとするのだが、少し前までの温もりがまだ残っていてほんのりと暖かく、予想外の反応でちょっとビックリした。
(あ、これリンちゃんのシェラフだ、間違えちゃったなあ……でもリンちゃんの香りに包まれてなんだか心地いい……早く戻ってこないかなぁリンちゃん……あ、蛍ちゃん燐ちゃんも……みんな早く戻ってきてよぉ……)
夜が明けなくなってからは時間の概念がすっかりなくなっていた。
それでも二日ぐらいまではスマホでいちおうの時間は確認出来たのに、三日目が経とうとした頃に突然電源が入らなくなった、それはあまりに突然で故障かと思ったほどだった。
まるでブレイカーが落ちたようにプッツリと画面が消えそのまま映らなくなっていた。
ただでさえ時間の進みが遅く感じられるほどの異常な世界で、その時間が分からなくなる……無間地獄のようにさえ感じられた。
だからあの二人、燐と蛍に出会えた時はすごく嬉しかったんだ、初めは異世界の人かと思ったけどね。
それは無理もないことだった、それまでまともな住人と会わなかったのだから。
でも……今は誰も居なくなってしまった。
あんなに楽しくみんなでお喋りしてたのに今は独りぼっち……普段笑うことの少ないリンちゃんだってとっても楽しそうに笑っていたのに……どうして、どうしてなんだろう。
やば! また暗い考えになってるなぁ……だめだねぃ……そうだ楽しいことだけ考えてよう。
そうすれば心も暖かいし、その間にみんな戻ってくるよ、うん、きっとそうだよ。
なでしこはシュラフに包まりながら瞼を閉じて楽しかったことだけを集中して考えることにした。
ぽつぽつと五月蠅い雨音をBGMになでしこは楽しかった思い出に浸ることにした。
本栖湖での出会いからアウトドアにすっかりはまり込んだこと、素敵な仲間との出会い、ソロでのキャンプデビュー、それをいつも暖かく見守ってくれる家族、そして今の自分をここまで導いてくれた今でも一緒にいる大切な人……夢の様に楽しい毎日だったと今更のように自覚した。
(ねぇ、リンちゃん。私に残っている幸せはリンちゃんだけなんだよ……だから……だからね……)
なでしこは幸せそうな表情で眠りの中に意識を落としていく。
寝ている間は嫌なことを見ることも聞くこともしなくてすむんだからとにかく楽だった。
次に目が覚めたときはすべて元に戻ってたらいいのにな……。
少女は
…………
………
はいー。いきなりですが、ゆるキャン△ 10巻発売おめでとうございます!!
それでですね、ここからは10巻のネタバレになっちゃうのでまだ見てない方は単行本を読んでからのほうが良いかと思われます。
さてー、表紙は……斎藤さんとちくわ、かわええ一人と一匹だなぁ……。
で、実は今回のお話にちょっと気になるところがあって……あ、気になると言ってもかなーり”超個人的な問題”であって普通は気にすることではなく、批判とかでは断じてないので安心してお読みになってください。
実際私はすぐに読み終わっちゃって続き気になる状態→また読むの繰り返しをしてますし。
なんどよんでもたのしいなぁゆるきゃん△ わぁ!(洗脳済み)
でー、読んでみたわけですが……ふむふむ、アキちゃん髪の毛切っちゃうのね、眼鏡外すと誰だか分からない問題が出てたのかもねー。
あ、綾乃ちゃん再登場かー、また出るだろうとは思ってたけどここでかー伊豆キャンの出発前のあれは伏線だったのかーさすがに分からなかったー。
あっ、大井川行くんだ、まあ山梨との県境でわりと近場っぽい? からねぇ──そっか──って……。
…………
………
……
ええっ! 大井川鐡道って……井川駅とその周辺の町にも行くやーーーん!! なんでかぶってしまってるんやぁーー!!!
要するにここが問題点という訳なのです。
自分の筋書きではなでしことリンは小平口町(井川駅周辺と思しき所)に初めてキャンプに来たという設定の上に成り立っていたのでここが崩れてしまうと今後の展開にも色々影響してしまいますよー。
ちょっとしたネタバレになってしまいますが、私が小平口町のモデルが井川駅周辺地域だと考察出来たのは、ゆるキャン△ のおかげなんですよねー。
7巻での林道井川雨畑線とそこへの通行止め説明を見て、もしかして井川が青い空のカミュのモデルなのではと調べてみた結果でのことだったんですよー。
なんで最近になってその考察に行きついたのかは……ただ読み返したときにちょっと気づいただけのことなんですけどね……。
でもこの話の流れだと11巻で井川でのキャンプをし兼ねない展開になりそうなので、自分の話にも少し修正と注釈が必要になっちゃったわけです。まさか綾乃ちゃんの事まで書くことになるとは思わなったなぁ。
まあ、初めの段階では9巻までのネタで書くつもりだったんですけど、まさかもう10巻が出るとは……しかも大井川沿いを原付で吊り橋巡りするとは全く予想がつかなったですよ! 青い空のカミュにも吊り橋が出てくるんですが、あれって多分、井川にある夢の吊り橋がモデルだろうなぁと思ってます。
そこにもリンと綾乃ちゃんは行っちゃうんだろうなぁ……いやあ体験版の続き設定とはいえ、ゲーム序盤からクロスオーバーしてたら大幅に修正しないとダメだったかもね。
まあでも小平口なんて地名は近くにないし、パラレルワールド設定で大丈夫だとは思ってますけどねー。
それにしても……雑誌連載を読んでいなかったとはいえ、偶然の一致とは実に恐ろしいものです。なんとなく世界観を合わせただけなのにぃ──でも連載中の作品だとこういうことあるあるかもですね、まあその都度ネタをアップデートしていくのも楽しいかも?
でも11巻が出る前には終わらせたいですけどねー。
さて偶然と言えばもう一つ。
前回の話で愚痴っぽく偶然にアルベール・カミュの話を引用してみたのですが、まさかそのカミュが今更になってマスコミに取り上げられるなんて思わなかったですよ……。
しかもそれは”
偶然とはいえカミュの名をこんな形で聞くことなるとは思わなかった。
さてさて、発売から一年になろうとしている今、こんなことも言うのもなんですが、青い空のカミュの”カミュ”は先にあげた小説家アルベール・カミュの不条理な世界観になぞってタイトルして用いているようです、恐らく。
劇中でも異邦人の作者として少しばかりですが解説されていますね。公式でもコンセプトとして用いたと思しき文面がありますしね。
別に”青い空のカミュ”が注目されているってわけでもないのですが、何とも言えない複雑な感じしますねー。こういうことが偶然起きなかったら注目を集めることはなかったみたいですし。
あ、ゲームのほうもカミュの小説に負けず劣らず? の不条理な内容となってますのでカミュの作品が気になった方は是非、カミュはあまり関係ないけれど、いや関係あるか? ともかく体験版からでもプレイしてみても、いいんじゃ、ない、かなぁ……?(二ヶ月振り3度目の露骨な宣伝)
あ、それとどうやら今、”ちょっと早い春休み満喫セール”なるものをやってるらしく、青い空のカミュDL版が4月7日までの期間限定でまたもや50%オフになっているようです。前回のセールで買い逃しちゃった方は是非是非この機会に! (なんか公式の回し者っぽいなぁ私……)
オマケと言ってはなんですが、KAIの他のDL版のゲームも半額になってるみたいなので気になったかたは覗いてみてください。
さてさて、ゆるキャン△ 10巻のことだけしか書かないつもりだったのに思わぬところでネタが転がってきちゃいましたねぇ……。
あ、実は10巻のスペシャルエピソードかなり好きです。リンと斎藤さんぐらいしか出てきませんけど3年生設定なんでしょうか? 髪の毛もばっさりだったけど全然似合ってたし雰囲気も良かったなあ……私はソロキャンの話の方が好きなのかもー。
それではではー。
あ、せっかくだから、ドラマ版11話をみてから投稿──ヒロシの出番多かったね一言も喋らなかったけど……。実写うさぎちくわの挙動が……見ててハラハラですよ、でもかわぇぇなぁ……。
そして来週で最終回かー早かったですねー。来年でもいいのでドラマ版2期かもーん!