かみゅキャン△ ── Camus Canp ──   作:Towelie

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……ん?

何かの物音で目が覚めたみたいだった。
重い瞼を開くと薄暗いビニールの天井が見て取れれた、変わらず雨がテントを断続的に叩いていて目覚めは良くなかった。
それにしてもやけに暗く感じる、それもそのはずで、ずっとつけていたランタンの明かりがいつの間にか消えていた。
もぞもぞと手を出してLEDのランタンに手を伸ばす、スイッチを入れ直すとまだ明かりは灯ってくれた。
弱々しい光を放つ電池式のランタン……なんだか安心できる淡い光だった。

ふと、テントの外に何かの気配を感じ取った。
まだ覚醒してない体に鞭打って、シュラフから上半身を起こしランタンを手に取って、テントの外側に光を向けてみる。

人のようなシルエットがテント越しに浮かんでみえた、それが三つほど重なって見えたので、なでしこは良く知る三人の友人だとすっかり認識してしまっていた。

まだ寝ぼけ眼のままだが、瞼を擦って入り口のチャックを開け、内から向かい入れる準備をたどたどしくする。

ようやくあの楽しく騒がしい時間が返ってくる。
まだ起き抜けの頭で、それだけをワクワクしながらみんなが入ってくるのをぼーっと待った。

………

……

「……?」

……暫し待ったが一向に入ってくるような素振りは見せなかった。

(んもー、何してるのかなぁ? このままじゃまた、寝ちゃいそうだよぉ……)

仕方なくなでしこが外に向かって声を掛けようと身を乗り出したとき、視界にフライシート下の隙間から外の様子が目に入ってきた。

靴、だね……でもこれって……。


それは男物の革靴だった──。

ドクン──!

急に心臓が早鐘のように鳴りだした。
嫌な汗が浮かんできて、やけに息苦しく感じてくる。

見間違い、見間違いに決まってる。
なでしこは寝ぼけた目を何度も擦って隙間からの視覚情報を再度見直してみる。

今度は違う靴が見えた、古ぼけたスニーカー。
……これも男物のサイズだった。

なでしこは咄嗟に口を手で抑えて呼吸を止め、この場をやり過ごそうとする。
少しの呼吸音を出すことさえ恐れるほどだった。

でもその前にチャックを開けた音を出してしまったのは完全な失敗だった。
今更息を止めても、外の連中には意味を為さないからだ。

恐らく中に人が居ることはバレているだろう。
それでもなでしこは身を縮こませて膠着することしかできない。

恐怖のあまり叫び出しそうになる心を激しく叱咤する。
身じろぎ一つでも出そうものなら即座に侵入してきそうで怖くてたまらなかった。

テントの中にまであの独特の腐敗臭が立ち込めてきて気持ち悪い。
緊張感と相まって吐き気を催しそうになる。

(助けて、助けてリンちゃん! ゾンビ、ゾンビが! すぐそこにいるんだよぉ……)

心の中で祈るように助けを乞うが、その声は届きようがなかった。
だって口に出さないと誰にも届かないのだから。

万一の為に持っていた(なた)を握りしめる。
薪割り用の鉈だが、これが今ここにある唯一の武器だった。

──いざとなったらこれで──。

リンに言われたことを思い出して心を奮い立たせる。
なでしこは鉈を両手で持ち正面で構えて、その時が来るのを待った。

(自分の身は自分で守る、それがキャンパーの鉄の掟だもん、ね!)

覚悟を決めるなでしこ、だがある疑問も同時に浮かび上がってきた。

ここにこの化け物がいるという事は、あの三人はどうしたんだろう?
燐ちゃん、蛍ちゃん、そしてリンちゃん! ……嫌な予感がして、さっきよりも心拍数は上がっていた。

そしてこの状況に、ある既視感を覚えてしまう。
なんだっけあれ……キャンプに来ていた4人の女の子がゾンビに襲われて確か最後は一人だけになっちゃうとかいうやつ……。

目の前の事から意識を背けてそれを思い出そうと逡巡していると、急に声が聞こえてきてドキリとした。

「ヒヒヒ、後はコノ娘ダケダ……」

「他ハモウ、食ベ尽シタカラナ、サイゴノ晩餐……ケケケ」

”後は?” ”食べ尽した?” コイツらが何を言ってるかさっぱり分からなかった。
だが、その言葉の端々には悪意と下品さがにじみ出ていて、不潔で嫌な感じにさせた。

でもその不快な声で現実に引き戻された、絶体絶命の状況だったのだ。

白い顔のない化け物達はペグを強引に引き抜いてフライシートの正面を強引に捲り上げた。
これだけでなでしこと白い化け物を遮るものはなくなっていた。

顔がないくせに眼鏡を掛けて、上下のスーツを身に纏っているリーマン風の白い化け物。
まともに直視することすら瞳が拒否していた。
唯一の器官である裂けた口が厭らしく開いて、ねとっとした涎の様な液体が雨に濡れた藪にダラダラと零れて気色悪さをより引き立たせた。

「アアア、ウマソウダ、ダ……」

赤くグロテスクな口を目いっぱい広げてソイツはニタニタと笑い出した。
内臓の奥から這い出たような腐った臭いがここまで流れてきて嘔吐しそうになる。

だがその白い影は襲い掛かったりせずに、突然無造作に何かをこちらに向けて放り投げてきた。
反射的にそれらを回避してしまうが、その投げ入れられたものを見て目を丸く見開いて驚愕して声をあげていた。

「う、嘘……これ何でここに……?」

唇がワナワナと無意識に震え出して呂律が回り辛い。
だってこれはみんなが大事にしてたもの、それだけが今ここにあるということは、つまり……。

なでしこは手を震わせたまま、それらに手を伸ばした。
震えて上手く掴めないが間違いない、これは彼女たちが大事にしていたものだった。

それは……。

燐が履いていたピンク色のトレッキングシューズが一足だけ転がされていた。
蛍が身に着けていたはずのネコがモチーフのポシェットは紐が切れてボロボロとなっていた。

そして……。

「そして……リンちゃんがすごく大事にしていた……富士山のぬいぐるみ!! そんなどうして、どうしてこんなことに……こんなの嘘だよ、あり得ないよ……嘘だもん、絶対に嘘だもんっ!」

たまらずなでしこは息を吸い込んで大声をあげた。
相手が何であろうとどうでもいい、ただ叫びたかったのだ。


「富士山は嘘つかない、嘘じゃないも───ん!!!」


胃の中が裏返りそうになるほどの叫び声を上げた。
テントの中に居るはずなのに何かに反響するように何度も何度も響かせて、耳の奥へと通り抜ける。

なでしこはシュラフから上半身をはだけて、両手を上にあげて雄たけびをあげていた。
そしてその状況に相応しいかのようにジャングルに似た緑のドームの中にいたのだ。

夢なの? でも……どっちが?

何も分からないまま、時が止まったかのように惚けていた。
暖かくなくも寒くない、緑に囲まれたこの場所でたった一人だった。





Mt. Fuji plush

とても不思議な光景だった。

天井を見上げると緑で出来た梁が天高く渡されており、真っ黒な夜空を覆い隠すように緑のアーチが隙間なく掛けられていた。

それは左右の壁まで伸びており、緑の森の中を切り開いたみたいにぽっかりとした空間となっていた。

 

(あ、そうか。これが”緑のトンネル”なんだ……すごいなぁ)

 

なでしこはふいに燐と蛍が話していたことを思い出した。

あの二人は緑のトンネルから来たって言ってたよね……ここがそうなのかな……?

 

遥か上空に伸びた緑の天井に雨音が葉を打つ音が微かに聞こえてくる。

緑のトンネルは殆ど雨漏りもせず、遥か遠い先まで続くかのようにその奥まで見通すことが出来なかった。

 

(まるで緑のオーロラの中にいるみたい……)

 

初夏にオーロラとはおかしな表現に思えたが、それぐらい美しい光景であったといえる。

緑のトンネルの中はなぜか薄く発光しているかのように、淡い光を所々に射していて夜の世界よりも明るく、守られているようにさえ感じるほどだった。

 

どういう構造になっているんだろう? なでしこはその疑問を確かめるため、身を起こそうとシュラフから足を引っ張り出そうとしたのだが。

 

「えっ!? あううっ!」

 

ごろんと体がひっくり返って、枕木の上に落下してしまう。

すんでのところで体を捻り顔から落ちるのは回避出来たが、お尻を強かに打ち付けてしまっていた。

だが、枕木に落下した割には思いのほか痛みは少なかった。

何かがクッションになってくれたのだろうか、今のなでしこはそれには気づかなかった。

 

「あいたた……あれれ? これって線路かな?」

 

金属製のレールが2本トンネル内に伸びていた。

赤く錆ていて古そうにみえたので、今は使われてないような感じが見て取れる。

 

(んー? もしかして線路の上に寝かされていたのかなぁ?)

 

痛むお尻を擦りながら、なでしこは今の状況を理解しようとする。

線路を跨いで寝るなんてヨガの人じゃあるまいし、さすがにそこまで寝つきがいいとは思わなかった。

だが、いつここに来たのかだけは見当がつかなかった。

 

「おーい!」

 

誰かがトンネルの奥から声を出しながら手を振って駆けてくる。

聞いたことがあるような、明るい感じのアニメっぽい声。

 

「なでしこちゃんー! 起きた?!」

 

心配そうに覗き込んでくる、明るい瞳の快活な少女、込谷燐だった。

あの時、何かを追いかけてテントから出て行ってしまった栗毛の少女。

それから堰を切ったようにみんなバラバラになってしまったのだ。

 

「燐ちゃんー!? 無事だったんだねぃ!!」

 

まだ座ったままの姿勢で、燐の下半身にがばっと抱きつくなでしこ。

顔がお腹にあたってなんだかくすぐったかった。

 

「あはは、ごめんね。ホントごめん、ついちょっとだけ見に行くつもりだったんだけど、気になって奥まで確かめに行っちゃったんだ」

 

燐は困った顔で少し笑いながら弁明した。

あの時、燐は対象を追いかけて行ったのだが見失ってしまい、それでも気になったので奥まで探しに行ってしまったのだ。

 

「そうなんだ……それでどうだったの?」

 

「うん、それが、これ……」

 

燐はポケットから四角く畳んだ白いものを取り出した。

それを広げてみると誰しもが見覚えのあるものになった。

 

「ビニール袋!?」

 

なでしこは殊更大げさに驚いた。

でもワザとというわけではなく本気で驚いていたのだ。

 

「そう、これが流されて行っただけみたいなんだ……ここってあまり風も吹かないみたいなのにね」

 

燐はなでしこから視線を外して、トンネルの奥を眺める。

その奥は霧に包まれているかのように遠くまで見通すことが出来なかった。

なでしこもその先の奥へと視線を向ける、似たような景色がずっと続いてそうで少し怖くなってくる。

 

「そっかー、それは仕方がないねぇ」

 

「うん。ごめんね、わたしらしくない勘違いだったよ……ええと、大丈夫、立てる?」

 

燐はまたなでしこに謝罪すると、未だ座り込んでいるなでしこに手を差し伸べる。

 

「ありがとう燐ちゃん。でもね私、気にしてないよ。だってちゃんと戻ってきてくれたんだし、そういえば燐ちゃんが私をここに寝かせたの? 誰も居なくて心細かったよぉ……」

 

なでしこは手を借りて立ち上がると明るい笑顔でそう言った。

だが、目覚めた時一人だったことには疑問を投げかけてきた。

 

「あはは、あれはねリンちゃんの提案なんだ。なでしこちゃんが起きる時って決まって大騒ぎするから、少し離れた場所に置いておこうって、ね」

 

「えー、リンちゃんってば酷いなぁー。私そんなに寝相悪くないよねっ?」

 

大きな瞳をまっすぐに向けて、寝相について尋ねてくるなでしこ。

寝相はどちらかと言うといいのだが、寝言があまり良くなかったのだ。

 

「あ、うーん? ど、どうかなぁ? と、とりあえず、蛍ちゃん、リンちゃんのとこに行こ。二人共なでしこちゃんが来るのを待ってるよ!」

 

燐はなでしこの質問に微笑み返すだけにして、二人が居る場所まで行くことをとりあえず勧める。

 

 

「なんか誤魔化された気がするぅ……」

 

その取り繕った様子になでしこは不満を露わにして頬を膨らませていた。

 

「まあまあ、気にしない気にしない ね?」

 

なでしこの手を取って立つことを促す燐。

その手の暖かさは悪夢から目覚めたことを何よりも実感させた。

 

その手をぎゅっと握ってみた、燐もそれに応じて握り返してくれる。

それだけでとても安心出来てなでしこは嬉しくなった。

 

「うん! そうだねっ!」

 

二人は手を取り合ってトンネルの奥へと歩を進める。

白い靄の様なものが奥まで広がっていて、その先は分からない。

 

地面には廃線跡の線路がまだ残っていて、砂利や枕木が邪魔してことのほか歩きづらかった。

 

燐は丸めたシュラフを小脇に抱えていた。

迷惑を掛けたせめてものお返しにと持っていくことを志願したのだ。

 

なでしこはきょろきょろと興味深そうにあたりを見回しながらも、燐に引かれるまま、まっすぐ奥へと足を動かしていた。

 

少しの間トンネル内を進むと、それまで見ることが出来なかった二人の人影と、それらが何かを広げている様な光景が突如して現れてきて、なでしこはビックリしてしまった。

 

思わず繋がれた燐の手を強く握りしめる。

だが、燐は気にすることもなく。

 

「おーい、なでしこちゃん起きたよー!」

 

とシュラフを片手にあげて合図を送った。

その声に気づいた二人は何かの作業の手を止めてこちらに振り返える。

 

「あっ。お帰り燐、ご苦労様。お早う、なでしこちゃん」

 

「お。お寝坊さんの重役出勤だな」

 

優しい声で出迎えてくれる蛍と。

少し茶化すことを言ってくるリンの姿があった。

 

「蛍ちゃん! またあえて嬉しいよおっ!」

 

勢いを付けて蛍の胸に飛び込むなでしこ。

あまりの勢いにバランスを崩して倒れ込みそうになるが、燐が咄嗟に手を掴んで支えてくれていた。

 

「ふぅ、そんな急に来られるとビックリだよなでしこちゃん。逃げたりしないから、ね?」

 

「本当? じゃあもう置いてったりしないでねっ」

 

蛍の胸に顔を押し付けたままなでしこが尋ねてくる。

その声色は純粋さと切実な願いが混ざっていて、まるで母親におねだりする子供のようだった。

 

「……うん」

 

そう言った蛍の顔は寂しそうだった。

蛍の憂いを帯びた表情を見た燐はたまらず居た堪れなかった。

 

三者三様の在り様を一歩離れたところで見ていたリンは、軽くため息をついて少し大きな声で呼びかけた。

 

「はいはい、感動の再会はそれぐらいにして、なでしこもテント干すの手伝ってくれないか。ずぶ濡れになったのを此処まで蛍ちゃんと燐ちゃんに持ってきてもらったんだし」

 

「ああっ、本当だ! すっかりぐちゃぐちゃになっちゃったねぇ……起こしてくれれば手伝ったのにぃ」

 

リンのテントは雨で濡れそぼっており、底面は泥でぐちゃぐちゃとなっていた。

トンネルの端の折れ曲がった木の幹とを持っていたロープで繋いで、水気を少しでも取るために干している最中だったのだ。

 

「いや、起きなかったじゃないか」

 

「ええっ! そうなの?」

 

未だ蛍の胸に抱かれながらなでしこが上目遣いに聞いてくる。

 

「あ、うん。なでしこちゃん爆睡してたよね」

 

その問いに蛍は苦笑いを浮かべながら答えていた。

 

「そうだぞ、雨にあたっても平然と寝てたしな」

 

「ええー、うそだよ──!?」

 

リンの指摘に、口を尖らせたなでしこが抗議の声をあげる。

 

「いやいや、嘘じゃないって。ねぇ? 燐ちゃん」

 

リンは燐に同意を求めてくる。

それを受けて燐は少し困った顔であの時の事を大まかに説明する事にした。

 

「あー、うん。あの後さ、すぐに蛍ちゃん、リンちゃんがやってきて三人でテントに戻ったんだけどなでしこちゃんずっと寝ててさ、このままだと広場が水浸しになりそうだから、緑のトンネルに行こうって話になって……」

 

………

……

 

 

 

あの時、燐がサトくんと勘違いして緑のトンネルで押し流されていたビニール袋を手に取ると、すぐに蛍とリンが息を切らせながら追いかけてきたのだ。

 

蛍は燐にギュッと抱きついて無事に安堵した。

息を切らせながらも、一途に燐の元に飛び込んでくる蛍。

燐は蛍の純粋な想いと、自身の早合点に申し訳なくなって同じようにきつく抱きしめた。

 

その間二人は何も喋らなかった、だってお互いの気持ちは誰よりも良く分かっていたからそれ以上は何もいらなかった。

 

リンは抱きしめ合う二人を見て、とても安心していた。

ああ、この二人はこうやってお互いを気遣いながらここまで来たんだ、だからこの先なにがあろうときっと大丈夫だろう。

何故だかそれが理解できていた。

 

蛍と燐は強く手を取り合ってテントのある広場に戻る。

その二人の先頭をランタンを手にしたリンが緊張の面持ちで務めていた。

 

そして何事もなく三人でテントへ戻ったのだが……そこにはシュラフに潜り込んで気持ちよさそうに爆睡してるなでしこの姿があった……。

 

………

……

 

 

「というわけだったので……いやあ本当に申し訳ない。わたしが迂闊なことをしたばっかりにみんなに迷惑かけちゃって……」

 

燐はみんなに深々と頭を下げて謝罪する。

なんであそこまでサトくんを求めたのか肝心な事は良く分かっていなかった。

 

「もう気にしなくていいよ燐ちゃん。みんな無事だったんだし」

 

「私だって気にしてないよん! だって寝てただけだしねっ!」

 

なぜか誇らしげな態度をとるなでしこにリンは目線でツッコミをいれていた。

 

「ね。だから燐、頭を上げて。燐がサトくんを気に掛けるのはわたしだって分かるから……」

 

燐の手をやさしくとって蛍が諭すように呟く。

まるで聖女のようだと、なでしこはうっとりとした表情で見つめていた。

 

「あ、うん……えへへ、今度は軽率な行動をとらないことをここに誓います!」

 

燐は恭しく一礼すると、身を正してびっと敬礼して宣言する。

 

「うんうん、よろしい」

 

燐の態度に蛍はにこやかに微笑むと、燐の頭を優しく撫でた。

皆の前でこんなことをされるのは恥ずかしかったけど、なんだかとても嬉しかった。

 

二人のやり取りになでしこもリンも微笑んでいた。

だがなでしこは突然はっとあることに思い立った。

 

「起きなかった私が言うのもなんだけど、どうやってここまで運んだの?」

 

確かにずっと寝ていただけのなでしこが言う言葉ではなかった。

呆れた目線を向けるだけのリンに変わって燐が答える。

 

「いつまでもあそこにいるのは危ないから、まず、なでしこちゃんを緑のトンネルに避難させて、それから三人でテントを片づけてきたんだよ。でも殆どリンちゃんがやってくれたけどね」

 

テントという拠点があるのは有りがたかったけど、囲まれたら逃げ場はないというデメリットもあった。

だから五月蠅いのが寝ているうちに緑のトンネルへと避難しようと三人で決めていたのだ。

 

 

「燐ちゃんも蛍ちゃんもいっぱい手伝ってくれたから早く撤収出来たんだよ。私一人じゃもっと時間掛かってたよ、ありがとう」

 

二人にお礼を言うリン、なでしこが寝てる間、三人の絆はより深くなっているように見えた。

 

(なんか私だけ除け者になってるよぅ!)

 

なでしこは急に一人だけ取り残された気分になり、いじけモードに入っていた。

それを見かねた蛍が殊更明るい声でなでしこに話しかけた。

 

「そういえばなでしこちゃん、途中から何だか(うな)されてたみたいに見えたけど……怖い夢でも見たの?」

 

「あっ! そ、そうだよっ!」

 

蛍の問いかけに、なでしこは先ほどまで見ていたホラー映画のワンシーンのような悪夢を思い出した。

だが既にこの小平口での状況がホラー映画のようなのだが……とにかく気になったことを矢継ぎ早に聞いてみる。

 

「り、燐ちゃんっ! あのっ、靴はちゃんと両方あるの?」

 

「うん? ちゃんと履いてるよ、ほら」

 

なでしこの切羽詰まったような質問に少し戸惑いながらも、燐は自分の履いている靴を指差した。

そこには多少土に汚れているが、鮮やかな色のピンクのトレッキングシューズがちゃんと燐の両足に収まっていた。

迎えにきたときもずっと履いていたはずなのだが……。

 

「わぁ、良かったぁ……あ、蛍ちゃんのポシェットは? あの可愛いネコっぽいの!」

 

燐のトレッキングシューズに安堵のため息をつくなでしこ、だがまだあの悪夢の検証は終わっていない。

今度は蛍の持ち物を気にしてみる。

 

「わたしのポシェット? これのことかな?」

 

蛍は肩から下げているお気に入りのネコのポシェットをなでしこの目の前に差し出す。

蛍が何時も身に着けているポシェットだが、実は前に燐からの誕生日プレゼントで貰ったものであった。

それ以来、蛍の一番の宝物になっていて肌身離さず、どこへ行くのにも持ってきていたのだ。

 

燐としては恥ずかしったのだが、蛍が気に入ってくれたので何時しか気にならなくなっていた。

 

「はぁ……やっぱりあれは夢だったんだぁ、良かった……あ、でもでも一番肝心なことを聞いてないよっ。リンちゃん!」

 

二人の暢気な様子になでしこはため息を漏らした。

だが、これは前座とばかりになでしこはあることをリンに聞かねばならかった。

 

「な、なんだよ……?」

 

なでしこの剣幕にリンは珍しく気後れしていた。

これはよほど大事なことを聞いてくるに違いない、リンは息をのみ込んだ。

 

「リンちゃんの大事にしてる富士山のぬいぐるみ、ちゃんと持ってる!?」

 

「いや、そんなもの大事にしてないし……」

 

何事かと身構えていた自分が恥ずかしい、リンは顔を真っ赤にしていた。

気恥ずかしさを隠すように、リンは少し早口で言葉を続けた。

 

「大体それはなでしこが大事にしてるものじゃないのか? それになんで山梨県民の私が富士山のぬいぐるみを大事に持ってるんだよ……」

 

なでしこの言う富士山のぬいぐるみとは、富士山をモチーフにした大きな目と足が付いているだけのよくあるマスコットぬいぐるみのことだった。

名前は覚えていない……が、富士山に”くん”だか”ちゃん”を付けただけの割と適当なものだったとリンは記憶していた。

 

「山梨の人だってあのキャラ、好きにきまってるもん! みんな一家に一匹は持ってるはずだもん!」

 

なでしこは根拠がまったくないことを声高に主張してきた。

 

(なでしこも結局()()の名前を覚えていないのか……それにしたって”一家に一匹”はさすがにないだろうに)

 

リンは名前も分からない富士山のマスコットのぞんざいな扱いに少し同情した。

 

「あ、あれなでしこちゃんの物だったんだ? 一人じゃ寂しいかなと思って横に置いておいたんだけど……?」

 

蛍が突然話に参加してくる。

線路で器用に寝ているなでしこの横に寂しいだろうと思って蛍が気を利かせて置いてくれていたものだった。

 

横に置く? なでしこには何のことかさっぱりで目が”?”になっていた。

 

「そういえばさっき潰れた富士山っぽい形の物があったね。もしかしてあれのことだったのかな?」

 

燐はなでしこを迎えに行った時のことを思い出した。

眠りから覚めたなでしこと共に線路を歩いているとき、ふと視線を感じて後ろを振り返ると富士山のように見える潰れたぬいぐるみが転がっていたのだ。

 

燐はまた余計なことになるだろうと特に指摘しなかったのだが、それこそが今回のキャンプで何故かなでしこが持ってきていた富士山のぬいぐるみだった。

 

だが、線路の枕木の上に蛍が置いていたので、なでしこが起きて落下したときに尻に押されて潰されていた。

おかげで多少は痛みを軽減するが出来たので、クッションとしては役に立ったと言えたのだが。

 

 

「あっ! あのおしりの感触は富士山が身を挺して私を守ってくれたんだ! ふおぉぉぉー待ってて私の富士山~。今迎えにいくから~!」

 

単身なでしこは先ほどまて寝ていた線路上へと足早に戻っていった。

独りぼっちで待っているはずのぬいぐるみを救いに行く為に。

 

なでしこは走りながら、内心ホッとしていた。

自分の見た夢が正夢じゃなくて本当に良かったと……でも。

 

(いまいるこの場所だって夢じゃないのかな? どっちが夢でどっちが現実が分からなくなってきちゃった……)

 

夢なのか現実なのか、そのどちらも間違っていてどちらとも正しいとも言えた。

考えると簡単なのに答えは出てこない。

 

だからみんなといる今を現実だと区別した。

そのほうが楽しいし、もし夢だったとしても良い感じで目覚めることだけは出来るのだから。

 

…………

……

 

「一人で行っちゃったねぇ……」

 

呆然と見送る燐。

あのとき拾っておけば良かったかと少し後悔をした。

 

「まあ、あれだけ元気ならすぐに戻ってくるよ」

 

隣で呆れかえるリンの姿があった。

寝起きのハズなのに駆けずり回るなでしこの姿に割と安心しているようだ。

 

「ごめん。わたし余計なことしちゃったかも。なでしこちゃんのぬいぐるみ、大丈夫だといいけど……」

 

反省モードの蛍、手持ち無沙汰を解消するように長い髪を手でくるくると回していた。

 

その程度の事で気に掛ける二人がなんだか可笑しくなり、リンは苦笑いを浮かべてる。

 

「大丈夫、アイツは犬みたいなものだからね、玩具をみつけたらすぐに戻ってくるよ。飼い主のもとにね」

 

少し口をにやにやさせてリンはそう答えた。

 

(なでしこの事だ、きっと想像通りのリアクションで来るだろう。だったら私もそれに応えてやらねば……)

 

「飼い主って……?」

 

燐と蛍は顔を見合わせて目を丸くした。

 

 

すると線路の奥の白い靄から息を弾ませる元気な声と、猛ダッシュしてくる少女の姿があった。

 

「リンちゃん、リンちゃん! まだあったよ富士山のぬいぐるみ! ちょっと潰れて平べったくなっちゃったけど、まだふかふかの富士山だよっ!」

 

なでしこがリンの元に少し汚れて潰れ気味のぬいぐるみを見せつけた。

それはリンの言う通り、オモチャを咥えて飼い主の元に持ってきた小型犬のようにも見えた。

 

「よーし、よーし、良い子だ」

 

リンは無造作になでしこの頭をわしゃわしゃと撫でつける。

その行為になでしこの頭が右に左にと揺れていた。

 

「んもう、リンちゃん! 私、わんこじゃないよっ!」

 

そう言いながらもなでしこは手を払いのけることもせず、わしゃわしゃとされ続けていた。

 

その二人の様子に蛍と燐は思わず吹き出してしまう。

なんとも緊張感のない微笑ましいやり取りだった。

 

「も、もう、見世物じゃないんだよっ!?」

 

そう抗議するが、ずっと撫でられたままなので説得力はなかった。

 

(さっきからしっぽ振りまくってるじゃねーか)

 

リンはなでしこのお尻の見えないシッポが嬉しくて揺れるさまを想像して、余計に撫でてあげることにした。

 

(わたしもあんな感じだったのかなぁ? 傍からみるとすっごく恥ずかしいことだったのかも)

 

なでしことリンのやり取りに、蛍に撫でられた事を思い返して燐は顔を赤くした。

 

「どうしたの燐? 燐も頭を撫でられたいの?」

 

きょとんとした表情で蛍が尋ねてくる。

それを聞いた燐は首を大きく横に何度も振って否定をした。

 

「だ、だいじょうぶだよ蛍ちゃん。あれは恥ずかしいからもういいって……」

 

「燐ってば、照れなくてもいいよ。リンちゃん達に負けないぐらい撫でてあげるから、ね」

 

にこやかな顔を向けながら蛍が頭に手を伸ばしてくる。

その様子に燐は……。

 

「うふふ、よしよし。燐もどっちかというと犬属性だもんね、可愛い」

 

蛍に頭を撫でられていた。

逃げ惑うことも出来たのに何故か無抵抗のままで。

 

(なんか蛍ちゃんには抵抗できないんだよね……何でだろ?)

 

(リンちゃんにこうされると何か落ち着くなあ……何でだろ?)

 

その隣ではなでしこが未だにリンに撫でられまくっていた。

二匹のわんこは、それぞれ恍惚(こうこつ)の表情を浮かべて、見えないシッポを振っているかのようにとても従順であった。

 

 

燐となでしこは行為そのものに疑問を持ちながらも、わしゃわしゃと撫でられ続けていた。

それはリンと蛍が飽きるか、二人の髪の毛が尽きるかの譲れない勝負でもあった。

 

(そんな勝負嫌だよっ!)

 

 

薄く光が差す、緑のトンネルの中で少女達はつかの間の平穏を楽しんでいた。

狭く暗いテントとは違い、緑の下でのびのびとしているように見える。

 

 

廃線跡の線路がどこまでも続いてるかのように、真っ直ぐに伸びていた。

行きつく先は何なのか、それでも四人の進む道はこれしかなかった。

 

でも、今は立ち止まっている。

雨にうたれぬことを幸いに、この楽しい時間をゆっくりと味わいたかったから。

 

 

 

────

 

───

 

──

 

 






えー。諸般の事情で今回で連載を休止……しようかと思ったんですが、やっぱり最後まで続けることにしました。

なんていうかとても凹むことがありまして……また財布落としたわけじゃないよ!?
自分ってすごく思い込みが激しいんだなぁと自覚することがあったのですよーー。
まあその思い込みのおかげで? この様に小説を書くにまで至ったわけなんですけどね。でもそれにしたってねぇ……恥ずかしくってもう全部消しちゃおうかとか思ったりもしました。

でもなんとか最終話までは書こうとと思ってます。とりあえず視野が狭いのは良く分かったのでもっと視野を広げないとねーーー。

そういえば青い空のカミュのベース作品の原作ちゃんと読みたいなー、手堅く図書館行こうかなーとか思ってたら例のウィルス騒ぎで有耶無耶となってしまったのですが、”青空○庫”というサイトである程度の作品は見れるじゃないですかーー!! やっぱり視野が狭いんだなあ私。

宮沢賢治作品は殆どあるのかな? 銀河鉄道の夜はなんか4バージョンぐらいあってどれがいいのか良く分からないけど新編版は結構削ってる印象ですねぇ、博士だめなのかなぁ?

さすがにアルベール・カミュの作品や、”ゴドーを待ちながら”等はないみたいですねぇ……。この辺の作品を見たいなら図書館か書店でしょうねえ。

あ、こっそりレビュー投稿なるものを初めてしてみましたが……なんか物語づくりよりも難しかったです。字数が限られてることもあって、エラー連発してしまい削りに削ってなんとか投稿できました。ただ反映されるのには時間が掛かるみたいなので、忘れたころに掲載されそうです。問題がなければですが。

あと、ゆるキャン△ 10巻に乗っていたスペシャルエピソード、もうアニメ化するんですね。へやキャン△ のオマケ特典みたいですけど。
そうなると2期は大井川編まで一気にやっちゃうのでしょうか? それとも伊豆キャンで止めて、残りは劇場版かOVAとか? んーーちょっと気になってきたり……。

しかし今回のアニメのネタは、あの”富士山のぬいぐるみ”でググってみたらアニメゆるキャン△ のサイトが引っかかったおかげで知ることが出来ましたよ。
あのぬいぐるみってゆるキャン△ 独自のものでグッズ販売もされてたんですねぇ。てっきりどこかのタイアップ品かと思ってましたよ。そして名前があるものだとてっきり思っていたのに、まさかそのまんまの呼び名だなんて……。
ですが、そのおかげでドラマ版の富士山ぬいぐるみはアニメのグッズを流用してたことが分かりましたよー。
やばい、結構欲しかったかもしれない……2期の時に再販してくれるだろうか?
そういえばアニメイトのイベントで貰えるステッカー、結構デザインいいなあ。でもランダムは厳しい気がするんだ。
もし推しキャラのステッカーじゃなかったら定員に文句言う人が出てきそうな気が……。

さて今回もだらだら楽しいあとがきタイムでした。

それではではー。

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