かみゅキャン△ ── Camus Canp ── 作:Towelie
周りを覆い隠すかのように釣り下げられていたテントやシート類は水気も大分取れ、今はしっかりと手持ちカバンの中や専用の袋へと収められている。
そこまでの大荷物というほどでもないが、か細い少女達が持つには少々体力のいる物量でもあった。
それでも捨てていくのはなんとなく忍びなかった。
命より大事というわけでも無いが、だからと言って置き去りにするのは勿体ない程に愛着のあるものであったのだ。
それに何より今は持ってくれる人が二人も増えているのだから出来る限りは持って行きたかった。
この辺はまだ学生ゆえのセコさなのかもしれないが。
あれだけぱちぱちと燃え盛っていた焚き火も今は煙さえもなくなっていて、煤と灰が残っているだけとなった。
だが、まだ熱の余韻が灰に残っており、それが冷めるまではゴミ袋等に入れないのは鉄則だった。
灰や煤になったものを土へと還す為に撒いてしまうものも居るが、それはあまりお勧めできないらしい。
原則、キャンプ場の焼却場や自分で持って帰るのがマナーであり、今のキャンパーの常識なのだそうだ。
だが、この異様な夜の世界では道路交通法違反はもとより、盗みや不法投棄をしても咎めるものなど誰もいやしない、ある種の無法地帯と化していたのだ。
それでもゴミを捨てていくのだけは良心が許さなかった。
キャンプを趣味とするリンや最近それを知ったなでしこ、トレッキングを趣味とする燐もキャンプ場や山にゴミを不法投棄して帰ったことなど一度もない。
それは美観を損ねるだけでなく、心までも汚れていきそうで、禁止する以前に
だから三人はゴミを持って帰ることを良しとしたし、蛍も今の異様な小平口町に様々な葛藤があるとはいえ、それでも自分の生まれた場所なので、変わり果てた世界だとしてもゴミを投棄するのだけは考えもしなかった。
そもそもこの緑のトンネルは神秘的と言っていいほどに美しい光景だった。
木々はあたかも自然なように無理なく艶やかな湾曲を描いていて、最初からそうであったかのような錯覚を覚えるほどであった。
そんな地に人の残したゴミを投棄する。
殊更理不尽だらけの世界なのに、その行為がもっとも理不尽に思えてしまう。
結局美しい世界とは人のいない世界だとでもいうのだろうか、そんな気さえしてくるほどに。
そうなるとあのビニール袋はかつて人だったものの残りものなのか、あるいは……。
だがそんな遺しものでも役に立つのである。
「この袋があって良かったよね」
蛍がカップ麺のゴミを白いビニール袋に詰めていた。
二つのカップは一滴の汁さえも残っておらず綺麗なものだったので水だれを気にすることもなさそうだった。
「ホント。鉄パイプといい、案外拾ってみるもんだね」
燐は背中に差してある鉄パイプを指差して微笑んだ。
拾い物とはいえ、手近なものが役に立つのは何か慎ましくも嬉しいものがあった。
もっとも燐にとっては蛍の機嫌が直ってくれたのが一番嬉しかったのだが。
燐達三人がすっかり撤収作業に移っているとき蛍は一人放って置かれていた。
というより少し前の騒動のせいで、すっかり忘れられていたのだ。
燐は蛍の機嫌が直るまで恥ずかしながらもハグしてあげていたのだが、その間、リンとなでしこにからかわれていたのならまだマシだった。
むしろ二人共空気を読んでそっとしておいてくれたので、余計に気まずい時間だった。
それでも二人の行為は否が応でも視界に入ってしまうので、なでしことリンは二人に背を向けたまま、こそっと会話する。
(やっぱり仲良いよねぇ、燐ちゃんと蛍ちゃん……)
(うん……)
(リンちゃん、私たちもハグし合おうっか?)
(冗談じゃない!)
全力で否定されてしまった……ちょっと寂しい。
蛍としては燐が二度も自分から離れてしまうのは大問題であったので、ハグしてもらってる間はとても幸せになれた。
必死に機嫌を取ってくれる燐を見てると、とても心が暖かくなってくる。
自分にここまで献身的になってくれる燐がとても愛おしくなった。
「どう? リンちゃん?」
「うん。これなら大丈夫そうだ」
リンはペットボトルの水で冷やされた灰を指で摘まむ程度に取ってみる。
水は温くもないし、灰も冷え切ってるようだった。
冷めきってるのを確認したので、そのまま蓋を閉めてケースへと仕舞った。
これで残り灰を持ち運ぶ準備は出来た。
「よーし、じゃあ準備オッケーだねっ! 燐ちゃん、蛍ちゃん! ここから撤収するよー! 忘れ物ないー?」
なでしこが大声で呼びかけてくる。
それほど遠くない位置にいるのに大きな声を出すので、トンネルの中に何度も響き渡り、明るい声のシャワーが降り注いでいるようであった。
「なでしこちゃん。しー」
蛍が人差し指を口に当てて、トーンダウンするようにジェスチャーする。
「あ、ごめん。し──、だね」
なでしこも真似して人差し指を口にあてる。
今更そんなことをしても意味などないのだが、なんとなく真似てしまうものだった。
「とにかくアイツらが来ちゃう前にここから移動しよっ」
「うん。了解」
燐とリンは二人の行為につっこみを入れることなく、荷物をいそいそと持ち始める。
それを見て、蛍となでしこも慌てて荷物を持ち始めた。
もともと、蛍と燐は登下校の格好のままだったので、見たままの荷物しか持ってきてないのだが、リンとなでしこはキャンプをしにわざわざ小平口町まで来ていたので、いざ荷物を纏めてみると結構な量があったことに気づく。
そのまま二人にすべて持たせるのも可哀想に思ったので、燐も蛍もそれぞれ荷物の一部を受け取って持って帰ることに協力した。
「悪いね荷物まで持ってもらっちゃって。何から何までお世話になりっぱなしだね」
リンは軽く頭を下げてお礼の言葉を口にした。
その言葉以上に二人には感謝している、この想いを何らかの形で倍以上に返してあげたいほどに。
「そうでもないよ、困ったときはお互い様だし。それにわたしたちもリンちゃんなでしこちゃんと出会えて楽しかったしね」
蛍も荷物を脇に抱えたままで、リンにふわっと微笑んだ。
その言葉に偽りはなく四人でキャンプをしたことは、今までアウトドア経験のない蛍にはとても新鮮で楽しいものだったのだ。
「わたしも。女の子同士でキャンプするのってこんなに楽しいものだったんだね」
蛍より少し重たい荷物を持ったままで、燐が笑顔を向けていた。
燐はトレッキングをしていたが、主に従兄の聡とだけの二人だったので、こういったグループ、ましては女の子だけのキャンプというものは殆どなかった。
女の子だけのキャンプがこんなに楽しくて、優しく、まったりとしたものとは思わなかったし、なによりインドア派の蛍とこんな形で一緒にアウトドアを楽しめたのは嬉しい誤算だったのだ。
最近流行りの、女の子同士の”ゆるいキャンプ”というのはこういうものなんだろう。
燐も蛍もそれを実感できた。
「燐ちゃんも蛍ちゃんももう”野クル”の一員なんだから、気兼ねすることなんてないんだよっ! これからも一緒にキャンプに行こう!」
なでしこは二人を勝手に野クルメンバーに加えていた。
「なでしこにそんな権限ないんじゃないか」
リンがからかうように言った。
「いやいや、リンちゃん。旅もキャンプも一期一会じゃよ。全ての交わりが特別なものと思わねばのう、ふぉふぉふぉ」
口髭をなぞるような仕草でなでしこが高らかに笑いだす。
女の子なので当然口髭はなく、所謂エア髭なのであるが。
(あ、また田舎のおばあちゃん化してる。それともおじいちゃん?)
なでしこの特徴のある喋り口調に、蛍もすっかり慣れてきていた。
なでしこの言う通り、蛍も燐も二人のゆるい空気にすっかり馴染んでいた。
出会って間もないはずなのに、幼い頃からの友達みたいに四人は仲良く並んで歩いていた。
相変わらず先は見えないがそれでも前に進むしかなかった。
「ほら、なでしこの番だぞ」
廃線跡のトンネルをひたすら歩く四人の少女。
その足取りは軽やかとは程遠いもので、一行は団子のように固まりながらゆっくりと歩を進めているようであった。
それもその筈で。
「うーん、どれかなぁ~? 蛍ちゃん、ちょっと横からみてみて?」
なでしこは蛍に
そんなことを聞いてくるとは思わなかったので、蛍は思わず面食らってしまう。
「え? さすがに……それはダメじゃない、かな」
まさかの覗き見防止のためリンは慌てて胸元に隠した。
「自分で決めればいいだろ。なんで提案者が不正をしようとするんだよ……」
「むー、こういうのは苦手なんだよー。そうだ! 燐ちゃん1号の透視能力でなんとかならないかなぁ」
隣にいる燐の手を引っ張るなでしこ。
両脇に荷物を抱えているのに、こういうときだけは妙に器用だった。
「いやいや、透視能力なんてないからっ。それに、
燐も荷物を片手に持ちながら手を振って否定する。
「ほら、早く取ってくれ。いい加減効率悪い遊びなんだよ。これ」
なでしこの目の前に数枚のトランプカードを差し出すリン。
歩きながらやるもんじゃないとしながらも、結局これに付き合ってしまっていた。
四人は歩きながらトランプ遊び──ババ抜きをしていたのだ。
ただ代り映えのない道を歩くのは退屈だからと、なでしこが提案したことなのだが、どうにも効率が悪い。
というか余計なエネルギーを消費していないだろうか?
そうは思ったリンだったが、せっかくトランプもあることだし、燐も蛍も乗り気だったのでとりあえずやってみることにしたのだが……。
──あっ!
後ろ向き歩きをしていた蛍が枕木につまずいてバランスを崩す。
歩きずらい線路での歩行と、荷物の加重のせいでおぼつかない足取りだったせいだった。
「おっととと、蛍ちゃん大丈夫?」
倒れそうになる蛍の腕を掴んで、燐が支えてくれていた。
片手にトランプの束を持っていたので、自身もそのまま引っ張られそうになるが、足を踏ん張ってなんとかバランスを保つことに成功した。
「ありがとう、燐」
「こんなところで転んだら傷だらけになっちゃうよ。蛍ちゃんの折角の天使のお肌が台無しになっちゃう」
少し茶化した風な口調の燐。
ここまで来て蛍に危ない思いだけはさせたくなかった。
「ほら、やっぱりこれ危ないんだって。早く終わらせて普通に歩こう」
蛍と燐の様子をみて、リンは更になでしこに詰め寄った。
普段ならこんなこと歩きながらでは絶対にしないのだが、今のこの世界なら人目を気にすることなく出来ることだった。
でもその分、ゾンビっぽいのも居るわけで、決して安全というわけではない。
それに今のスピードだとただ歩くよりも遅いので、いざという時はより危険が伴うかもしれなかった。
「むむ~、じゃあこれですっっ! ああっ!!」
焦ったなでしこは目を瞑ってリンの手から1枚のカードを抜き去った。
そこに描かれていた絵柄は……見るまでもなく、なでしこのリアクションだけで誰もが分かるものだった。
「じょ、じょーかーを引いてしまいました……」
そう言ってわざわざジョーカーのカードを見せつけるなでしこ。
ゲームのルールが分かっているんだかないんだか、リンは再三あきれかえっていた。
「なでしこ、そーゆーゲームじゃないから……」
「あはは、どんまいなでしこちゃん」
体勢を立て直した蛍が労いの言葉を掛けてくれた。
捨て札替わりのケースは蛍が持っていたので両手が塞がって危ないのだが、本人はそれほど気にしていないようだ。
それに先ほどのようなことがおきても、燐が助けてくれるだろうと信じていたから。
「さぁー、じょーかーはどこかな~? 蛍ちゃん分かるかな~?」
ワザとらしい声色でなでしこがカードシャッフルする。
やっぱりルールが分かってないんじゃないか
「う~ん」
片手で広げられたカードを前に蛍が熟考する。
だが、答えは分かり易かった。
「はい」
蛍はひょいっと1枚のカードの抜き去った。
この絵柄でペアが出来て、蛍の手持ちのカードが減っていく。
「え~、なんで違うの引いちゃうのかなぁ~?」
なでしこは口を凹ませて大層ガックリした。
その様子は本当に分かっていないようでなんだか可笑しかった。
「だって、なでしこちゃん顔に出るんだもん」
「えっ! そ、そうかな? リンちゃん! 私出やすいかなっ」
自分の顔に手を当てて、ほっぺをむにむにさせてみたり、目じりを上下させてみた。
……変顔になったようでみんなに笑われてしまった……。
「あはは、なでしこちゃん面白い顔~!」
「ぷぷっ、だから分かりやすいって言われるんだよ」
燐はなでしこの変顔に大うけだった。
リンは必死に笑いを堪えながら、そう指摘した。
そんなリンも
「う~。じゃ、じゃあ。今度は分かりにくいようにするからね~。覚悟してよ~」
今度は負けない。
なでしこの勝負魂に火が付いたようだ。
だが、誰がジョーカーを持っているかは丸わかりなので、まず気をつけるのは蛍だけなのだが。
………
……
「はい、これで上がりだね」
「さすが蛍ちゃん」
蛍が最後のペアを完成させて手持ちのカードはなくなった。
これで残っているのはなでしこの持つ1枚のカード──ジョーカーだけとなった。
「ま、また負けた……」
がくっと項垂れるなでしこ。
これで通算三度目の負けだった。
あれから回る順番を変えたりしたのだが、やはり最後はなでしこだった。
あらゆる方法で表情を変えたり隠したりしたのだが、結局見破られてしまうし、誘われるようにジョーカーを引いてしまっていた。
リンはなでしこの負けっぷりにある種の見解をもっていた。
顔で分かりやすいのは当然だが、このような心理戦のようなものにはなでしこは向いていない。
人の顔色を探るとかそういったことはしない、裏表のない素直なやつだと思ってはいた。
逆に、正月のときに綾ちゃんと三人でやったボードゲームでは、なでしこは圧倒的な強さをみせていた。
それだけ強運の持ち主とも言えたので、それなりにバランスはとれている気がしていた。
「まあ気を落とすな。たかがゲームだし」
なでしこの肩をポンポンと軽く叩く。
「う~。リンちゃん意地悪だよね。私が負けたの見て嬉しがってる~」
ジトっとした疑いの眼差しでなでしこが見つめてくる。
その瞳で見据えられると思わず罪悪感が湧いてきてしまうのだった。
「そんなことないって、さ。もう十分遊んだし先に行こうよ」
「むぅ~……あっ! 今度はじょーかー2枚入れてやってみない?」
未だになでしこは納得をしていないようで新たな遊びを提案してきた。
「名付けて、”
「ほら、置いていくぞー」
リンがなでしこを置いて、先に歩いていた。
荷物を持って歩くのが面倒なので主に自転車や原付バイクでキャンプに行っていたリン。
逃げる途中で少々荷物を捨てていこうかと思ったこともあったけど、結局殆ど持ったままだった。
もはや相棒と化したキャンプ道具を抱えて森林鉄道の廃線跡を歩いていく。
変わらず肩にずっしりと来るけど、その重さがむしろ心地よくなってきていた。
「なでしこちゃん早くー」
「先に行っちゃうよー?」
蛍と燐もその後に続いて歩き出した。
お互い脇に荷物を抱えているが、それぞれの手と手は繋がれていた。
しっかりと離さぬように固く握られている。
「わ、みんな待ってよ~。置いて行っちゃやだよぉ~!」
慌てて立ち上がると、なでしこは皆に遅れまいと走り出した。
勢いをつけすぎたので、思わず足がもつれそうになるが、左右に蛇行しながらもなんとか立て直した。
(みんなと遊んでいる時間は楽しいけど、それは後でも出来る。今はここから出ることが重要なんだよねっ!)
不安で泣き出した日もあったけど、今は違う。
燐ちゃん、蛍ちゃんが待ってくれている。
それにリンちゃんはずっと傍に居てくれたんだ、私のそばにずっと寄り添ってくれていた。
だから走ろう。
どこまで続くかは分からない線路の上だけど今はそれしかないんだ。
だって一人じゃないんだもん。
だからどこまでだって走っていける、そうでしょ?
きっと大丈夫、みんな一緒にこの悪夢の世界から抜け出せるよ。
そんな予感がしていた、それが確信に変わればいいのに、なでしこは切にそう思う。
だから走ろう、きっと、多分、大丈夫だよっ!
……頑張りすぎてみんなを追い抜いちゃった気がしたけど、気のせいだよね、ね?
…………
……
…
「いや~、ごめんごめん。いざ立ち止まったら誰も後ろにいないからビックリしたよぉ~」
照れたように頭をかきながら、なでしこがとてとてと戻ってきていた。
しっかり食べたおかげか、まだまだ体力が有り余っているようにみえる。
「そのまま一人で行ってもよかったのに、ね」
皮肉を含ませた口調でリンはそう言ってのけた。
同意を求められた燐と蛍だが、二人は揃って苦笑いするだけであった。
「第一、そんなに元気なら私たちの荷物も全部持ってくれればいいのにな」
「んもう、リンちゃん意地悪だなぁ。ワンフォーオール、オールワンワンの精神を忘れちゃったの?」
「いや、そんなわんこ向けの精神とか持ったことないし」
つっこむ気もなかったのだが、”わんこ”を連想させるワードにはリンは割と食いつきが良かった。
リンに犬好きかと問われたら……”別に”……と答えながら犬の頭をこれでもかと撫でるほどの隠れ? 犬好きであった。
「まあとにかく、今はそこまで急がなくていいんじゃないかな。アレがいる気配もないしね」
二人の仲を取り成すように燐が会話に参加してくる。
微妙にかみ合わない二人の会話は聞いてるこっちが疲れてしまうほどであった。
今はあの不快な臭いもないし、妙な唸り声も聞こえてこない。
あの
「ごめんね。わたしみんなみたいに体力なくって……」
申し訳なさそうな表情で蛍が言った。
もともと運動が苦手な蛍にとってここまで歩き回るのは今まで経験がなかったことだった。
それゆえにアウトドア経験を持つ三人に比べて、蛍は体力にかなりの差があった。
さらに三人が履いている靴はアウトドア用の靴だったので、通学用のローファーを履いている蛍は余計に申し訳なく思っていた。
「大丈夫だって、蛍ちゃん。きっともうすぐ出口が見えてくるはずだから、焦らず行こう。」
リンは俯いている蛍の手をぎゅっと握って励ます。
この世界になってから、燐に幾度となく励まされてきた。
だからそんな優しい燐をこの世界から救い出してあげたい、何としても。
でも……本当に出口はあるのだろうか?
自分で燐に提案したルートだけど、今更疑いをもってしまう。
それだけ同じような景色が続いていたことと、どこまで行っても終わりがあるようにも思えなかった。
「うん……」
逡巡した蛍は薄い微笑みしか返せなかった。
「もう先に進むしかないもんね、今更後戻りも出来ないし。それにあの広場だってもう……」
リンはくるりと振り返って、今進んできた道行を見つめる。
どっちが出口か分からなくなるぐらいに、戻りの道も同じような景色が広がっていた。
先ほどまでリンとなでしこがテントを設営していた広場はもう既になくなっていた。
正確に言うと、リン達が広場を離れてからしばらくすると、その広場が見えていた場所は木々で塞がれていて何処すらも分からなくなっていた。
最初からそんな場所はなかったかのように閉じられてしまっていたのだ。
これが
ただ、もう戻るべき場所はなかった。
でもそれほど急ごうとは思わなかった。
この線路の上を歩いている分には何故か大丈夫な気がしていたのだ。
それにアウトドア用品はテントを含めて重量があり急ぐほどに体力を奪われてしまう。
ゆっくり、じっくりが基本なのだが、なでしこと二人で逃げ回っているときはそんなことは気にしてられなかった。
だから、今この時間をゆっくりと楽しみながら消費しかったのかもしれない。
他愛のない会話をしながら緑のトンネルのなかを四人連れ立って歩く。
今はそれだけでも幸せだった。
「そういえばさ、燐ちゃん。白い犬を追いかけて行ったんだったよね?」
先頭を歩いていたなでしこが思い出したように燐に尋ねてきた。
あの時、燐がテントから出て行ったのを切っ掛けにして事態は動いたけど、今こうしてみんなで歩いているのだから良いタイミングだったのかもしれない。
「あ、うん。ただの勘違いだったんで恥ずかしいなぁ……」
燐はもじもじと照れながらあの時のことを思い返した。
なんであれがサトくんだと思ったんだろう、思い込みが激しすぎたのだろうか。
それにサトくんに会って、どうするつもりだったんだろうな、わたし……。
「そうじゃなくてさ、私たちも白い犬とあったことあるんだよっ!」
「うんうん」
なでしこの意外な告白にリンも頷いて同意していた。
その様子は話題作りのための虚偽というわけでもなさそうだ。
「えっ! どこで!?」
なでしこの顔を覗き込みながら燐が食い気味に聞いてくる。
その迫力になでしこはびくっとなっていた。
「あうっ! え、えっと、たしか……」
なでしこがしどろもどろになっているので、代わりにリンが答える。
「昨日の夜ぐらいかな、私たちが逃げてるときにゾンビに囲まれちゃって、もうダメだって時に、犬の吠えたてる声が聞こえてきて、そうしたら白い犬が現れたんだ」
「なでしこなんか、”ゾンビ犬”だってすごく怯えてたんだけど、その犬はむしろそのゾンビ達を追い払ってくれたんだよね。でもその後どこかに行っちゃったけどね……」
「リンちゃんはあの犬を”早太郎”だって言ってたよね?」
立ち直ったなでしこが聞きなれない名前を口にする。
「うん、あれは多分……早太郎だと思う。私たちのピンチに助けにきてくれたんだっ! ありがとう早太郎……」
握りこぶしを作りながら、リンは珍しく力説した。
その瞳は幼い少女のようにきらきらとしていて、空が見えると思われる緑の天井を見上げていた。
犬に特別な思い入れがあるのか、それともその早太郎になにかシンパシーを感じているかは分からない、だが明らかに信用しきっている、そんな感じがありありと見えていた。
「もしかして燐ちゃんが言ってた”サトくん”も”早太郎”の事なんじゃないかって思ってるんだ、違うかな?」
「……」
リンの疑問に燐は戸惑いをみせる。
本当のことを言うべきかどうか悩むところだし、なにより言ったところで信じないだろう。
それに……リンの早太郎に対する想いを汚したくはなかった、だから燐は。
「うん。あれはきっと早太郎だよ。
こう答えることにした。
嘘をついたことで良心の呵責が痛んだが、それでもこう答える他なかった。
「燐……」
蛍は燐の手をぎゅっと心を込めて握ってあげることにした。
燐の辛さを少しでも和らげてあげたかったのだ。
「そっかー、じゃあまた早太郎が助けてくれるといいね、リンちゃん!」
「うん」
なでしことリンは嬉しそうに頷きあった。
悪夢のような世界で唯一の味方だったとも言える白い犬。
それは必要以上に頼れるものだったのだろう。
それは燐と蛍にとっても同じであったのだが、真実を知った今、燐の胸中は複雑だった。
「燐……大丈夫?」
気遣うような瞳で蛍が覗き込んでくる。
「あはは、ごめんごめん、大丈夫。もう分かってることだしね。それに今は蛍ちゃんと二人だけじゃなくて、仲間……ううん、友達が四人になったんだし大丈夫だよ」
燐は何度も大丈夫と自分に言い聞かせるように笑顔で答えた。
蛍だけでなくリンやなでしこにも心配を掛けたくない。
「だから……まだ前に進めるよ」
「うん……」
蛍は燐とピッタリと肩を触れ合った。
燐の華奢に見える肩は小刻みに震えていて、その迷いの振動が伝わってくる。
でもまだ力を失ってはいない、そう思えた。
(わたしはずっと傍にいるから……燐……)
蛍はそっと耳元で囁いた。
少しびっくりした燐だったが、こちらを振り向いて微笑んでくれる。
空のように透明で儚い微笑みだった。
「やっぱり荷物重いかなぁ。二人共、無理しなくても大丈夫だよっ」
線路の上で立ち止まっている蛍と燐に、なでしこが無邪気に話しかけてくる。
持っている荷物が重いから立ち止まっている様にみえたのだろうか、少し心配そうな瞳を向けてきた。
「わたしは軽い荷物だから大丈夫だよ。燐はどう、重たい?」
「わたしもへーきだよ。ごめんね、立ち話するぐらいならまだ歩きながらの方がいいよね」
燐はその場で二回ほど屈伸をした後、よいしょと荷物を持ち直す。
重い荷物でも姿勢や持ち方で体の負担にかなり差がでる、これはアウトドアの基本だった。
そしてそれを教えてくれた大好きだった従兄の姿を思い浮かべる。
近くて遠い存在だと思ったけど、それがここまで苦しいものだと思わなかった。
どうしてこうなったのかを考えると、頭がパニックになって叫びだしそうになってしまう。
だから今はとにかく前に進むしかない、それだけしかなかったんだ。
──それに。
わたしたちはともかく、他県からキャンプに来ていた二人だけでも元の県に戻してあげないといけない。
使命感があったわけでも無いが、何故か今はそれがある種の目標のように感じてしまう。
そうじゃないと歩く目的すら忘れそうだったから丁度良かった。
「疲れたらいつでも言ってね、無駄に荷物を背負わせちゃってるんだし」
リンはやや気遣いつつも声を掛けた。
二人がなにやら深刻に話しているのがみえたので、声を掛けずにいたのだが、先になでしこが声を掛けたので逆に話すタイミングを図ることができた。
「うん。でも皆が荷物持ってるんだし、わたしだけ手ぶらなのは悪いから」
蛍もキャンプに来た
今まで口に出したことはないが、蛍は燐以上にこの不可思議な現象に対してある種の責任を感じていた。
明確に自分でなにかしたわけではない、全ては偶然と片づけることも出来る。
それでも大切な燐を巻き込んでしまっただけでなく、小平口町とは全く縁のない人達さえもこの奇妙な世界に巻き込んでしまっていた。
その為にも自分から前に進まなくちゃならない。
罪滅ぼしとはそういうのとは違うと思うけれど、それでもこの変わり果てた世界には留まらせたくはなかったのだ。
だから蛍も三人に負けじと足を動かしていた。
装備だけでなく、体力や歩き方にもやや劣るところはあるが、それでも前を見て歩くしかなかった、この先にある出口を信じて。
少女達一行は色々な事を話しながら歩き続けていた。
”女三人寄ればかしましい”と言うが、四人になると尚の事かしましかった。
無言で歩いた方が確かに効率が良いのだが、そんなことは気にせずに笑ったり、騒いだりを繰り返ししていた。
「サトくん……じゃなくて、早太郎の頭撫でたことある? 柔らかくってもふもふなんだよ~」
燐はわざわざ言い直して白い毛並みの柔らかさを語っている。
「近づいたらすぐに逃げちゃったんだよね……早太郎……撫でてあげたかった……」
リンは早太郎を撫でた気になって、何もない空気を撫でる動作をみせる。
「蛍ちゃん。こっちの富士山だってもふもふ、ふあふあ、なんだよっ! なんたって限定500個のレアものなんだからねっ!」
なでしこは未だ健在の富士山マスコットを蛍にも触るように勧めてきた。
限定数は関係ないと思うが、言われたままに富士山へと手を伸ばす蛍。
確かにふあふあでもふもふだった。
だが、その綿の柔らかさで部屋にあったクマのぬいぐるみを思い出して、すこし切なくなった。
「ほんと……柔らかいね。お餅みたいね」
「お餅って言えばさ! 信玄餅食べたいよねぇ……部室で食べたの思い出しちゃったよぅ……」
同時になでしこのお腹がぐーっと鳴った。
あまりにもタイミングが良すぎて、疑ってしまうほどに。
なでしこの野クル入部記念? で、信玄餅を一ケース持ってきたら殆ど一人で平らげてしまったのだから、なでしこの前で迂闊にお菓子など持ってくるものではないのだ。
なでしこの常識だと、お菓子は一人一袋以上なのだろう。
恐ろしくコストの掛かる
「もうその富士山食べればいいんじゃないか。なでしこに食われればソイツも本望だろう?」
なでしこの顔を見ることなくリンが口を挟む。
胃に綿を詰めれば少しは食欲が落ち着くのではないかと思うほどだった。
「だめだよっ! 富士山は世界遺産なんだから食べちゃダメっ!」
世界遺産じゃなかったら食べる気なんだろうか?
素朴な疑問が燐の中に湧きあがったが、とりあえず打ち消すことにした。
何処まで行っても同じような景色が続く。
それでも皆、何かを期待するように鼓動を高鳴らせていた。
──もしかしたら予感めいたものがあったのかもしれない。
もうすぐ何かが起きようとしていることに。
だから今のうちに楽しんでいたかったんだと思う、それがやっと分かった。
緑のトンネルは同じような景色が果てなく続く……そう思っていたけれど、突然違う景色をみせることがあるようだ。
出口とは違う予想だにしない光景、必然的に立ち止まるしかなかった。
それが今、目の前にあったのだから。
森林鉄道の線路は真っ直ぐ一本だけ……そう蛍も燐も幼い頃に教わっていたはずだけれど。
今、四人の目の前でハッキリと分かれていた。
左と右に線路が分かれている。
二つの線路の先はこれまでと同じように白い靄がかかって見通せない。
完全な分岐点だった。
それはこの奇妙な出会いの終点を意味していたのだ。
…………
………
……
アルベールカミュのペストが増刷されるようですねー。
未だ収まりを見せない新型ウィルスの影響でより関心が高まっているのでしょうか。
っていうか国内で100万部を突破したんですねー、70年間の作品なのに凄いです。
軽いネタバレになりますが”最悪の不幸のなかにおいて、真実に何人の事など考えることはできない”青い空のカミュ本編でヒヒがこのようなセリフを言ってますね。
これはHPのメッセージ欄でも分かることなんですが、ここのセリフってカミュのペストからの引用なんですね。今更ながら知ってしまいました。
何故今70年前の”ペスト”なのかという話なのですが、新型コロナウィルスの今の状況に酷似しているからとの分析が多いようです。
私自身も未だ読んではいませんが、Wikipediaのあらすじや本編の前半部分だけをネットで見た程度の知識ですと、所謂、不条理な災厄に人々はどう向き合うべきかといった感じの内容ですかねぇ。ニワカなのでざっくりとした意見ですが。
要はこの小説に新型コロナウィルスに対する回答があるわけではなく、何らかの救いもしくはテーゼとして見ているのかと思ってます。
不条理な奔流に巻き込まれた時、人はどういう立ち位置を模索するのか。
青い空のカミュもそのような不条理をテーマにした稀に見るエロゲーです。
カミュの”ペスト”のお供に”青い空のカミュ”、どうですかお客さん!
……いや、さすがにしつこ過ぎるじゃないかこれ……。
それにしても新型ウィルスがここまで蔓延しなかったら、現代においてカミュの名はここまで注目を浴びることはなかったと思います。なんとも皮肉なことなんですが。
ついでに”青い空のカミュ”の知名度も上がってくれればいいかなーなんて、思ってはみたり。
……エロゲだから無理、とは言わないでっ。
さて実はですね私、ちょっと今、風邪気味なのです。
今この時期に風邪の症状となるとアレを疑いますよねぇ? 新型ウィルス。
私も当然それを疑います。
ただそこまで体温は高くなく、37℃いかない程度の微熱と喉の腫れぐらいなんですよねー。多分これだと検査基準には満たしてないっぽいです。
でも容体が急変したら怖いしなーーと戦々恐々とした日々を送っています。
濃厚接触に関しては、もしかしたらーってぐらいのものが1件ありますが、3月の下旬の店舗内での事で他にもいっぱい人がいるなかでのことでしたからねーー。あの時は人に無駄に押されたりして大変だったなあ……でもマスクはして顔は背けてたんですけど。どうでしょうかねえ?
逆に風邪は……今月6日の月曜に銀行行った帰りからちょっと悪寒がしてきたので、銀行の空調のせいかもとは思ってます。やたら効かせてたんですよねーーあそこ、人は全然いなかったのですけど。
どっちみちまだ症状は軽めなので、医療機関を受診する程度なんですかねー。最近寝不足なのでその辺も影響ありそうですが。
とりあえず基本は自宅療養でその後の経過をみたいと思ってます。
いざという時の為、前に買った未開封の酸素スプレーを枕元に置いてます。
これが役に立つかどうか分かりませんが、傍に置いておくだけで割と安心できますね。
使わないに越したことはないんですが……。
さてさて、ちょっと暗めの話になりましたが、皆さまも体調管理には十分に気を付けてください。
それではでは。
これが最後の更新だった……とはならないつもりです、多分!
とか書いちゃったけど、一応まだ大丈夫みたいです。
やっぱり風邪だったのかーー? もうあれから10日以上経ちますけどちょっとした微熱(36.5℃以下)と喉の腫れぐらいですねー。10日前と変わってないとも言えるけど……。
でも体調は良くなった気がします、熱っぽさもないですしねー。でもまったく外出はしてないのですが……。
その間小説──を書く気力もなんか湧かなくて、アニメみたりゲームやったりしてましたねー。
その辺の事も書こうかと思ったのですが、次話のあとがき等にしていきたいと思ってます。
後、ちょっとタイトル弄りました。なんとなく寂しかったので。
それと外に出るのはもうちょっと様子見ですねー。ちょうど20日で2週間ですし。
それに外に行っても全国非常事態宣言ですしねーーーまあうちの県はそうそうに宣言でてましたけど……。
それでは皆様、体調に十分気を付けてお過ごしくださいませ。
ではではでは。