境界線上の神殺し   作:ノムリ

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目に見えない繋がり

 

 右足からか

 

 左足からか

 

 どちらかよりも、行動が重要

 

 

 配点《踏み出した一歩》

 

 

 

@ @ @

 

 進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返して偶に変な行動をしてはまた進んで戻る。

 傍から見れば、ただの奇行でも当の本人は真剣である。

 

 そんなトーリ(愚弟)を少し前に会議の場所として使っていた階段に腰を下ろしたまま長い髪を風に靡かせる、喜美。

 

「怖かったら戻ってきてもいいのよ」

 

 トーリに向けた言葉なのに、声は口にした本人にしか聞こえない。

 

「トーリは何やってんの?あれ、新種の遊び?」

 

 喜美の背後から小脇に酒瓶を抱えた担任教師オリオトライが隣に座る。

 

 

「先生、手櫛は駄目よ。髪が痛むんだから」

 

 乱れた髪を手櫛で直していると、喜美は懐から櫛を取り出してオリオトライの髪を梳い始めた。

 

「へへぇ」

「何よ先生、気持ち悪い」

「いやさ、先生、昔にさ近所のおばちゃんによくこうやってもらったなって」

「教え子をおばちゃん扱いだなんて失礼しちゃうわ」

 

 喜美はフフフ、と笑いながら髪を梳い続けた。

 

「頑張れ頑張れ」

 見守る子供が歩くのを応援するように手の届かない所から見守る大人のように小さく、けれど確かな応援を口にした。

 

「あら、先生も愚弟の味方をしてくれるの?」

「勿論、トーリだけじゃなくてクラスの皆の味方だからね。そういえばてっきり朱唯も居ると思ってたんだけど?」

 

「朱唯ならトーリが後悔通りに行くって言った時に、アイツなら行けるから大丈夫だって、とか言って買い出しについて行ったわよ」

 

「信頼してるって言うか、なんて言うか」

 

 オリオトライは呆れたような顔をしながらも信頼している二人の関係に微笑みながらトーリの事を眺めていた。

 

 

@ @ @

 

 

 

 正純の現状を一言で説明するのなら“迷子”と言うのがピッタリな状況だった。

 草木をかき分けて道なき道を進んで行く。

 

「近道しようとして、横に入ったのが悪かったな」

 青雷亭(ブルーサンダー)の店主のアドバイスに従って“後悔通り”に行ってみようとして、近道しようと思ったのが悪かった、と思いながら足を進め、草木を抜けるとやっと少し開けた場所に出る事ができた。

 

「道は間違ってなかったか」

 

 やっと出られてことに一息つきながら休憩所の建物を見る。

 

「…御霊平庵」

 

 そう金属の刻印がされてプレートが壁に貼られている。

 鎮魂の為のもの、かと正純は判断して横を通り過ぎ、舗装された道に出た。

 

「ここが、後悔通り…」

 多くの人が口にした“後悔通り”という単語の場所に立つ。 

 

「こんな所で何をしている正純」

 

「……父上」

 

 自分の横を通り過ぎようとした馬車から聞こえてきた声に反応して緊張が走った。

 

「まだ武蔵のことで分からないことがありましたので、実地で調査を……」

 

「ふむ……では、お前の出てきた森にあった休憩所について、何か分かったことはあるか?」

 

「――あの休憩所が、なにか……」

 

「……勉強不足だな。何一つ、理解がないとは」

 

 落胆。そう思ったに違いないと正純は自分と視線を合わせない父親についてそう感じた。

 母が公主隠しにあってからまともな会話もなく、視線も合わせようともしない血の繋がった父親と言葉を交わす勇気も出ない正純()

 

「――しかし、御子息、また変わった物をお持ちですな」

 

 声の主は父の乗っている馬車の向かい側に座った優しそうな顔をした人物。

 正純の小脇の抱えた小包の値札を見ながら、

 

「私の商いでは、そういったモノも取り扱ってましてなぁ。――初回版とはまたレアな」

 

 正純が小脇の抱えている小包の正体はマルゴットから受け取った……受け取ってしまったトーリ宛のエロゲーである。

 

「よく分からんが、差し上げろ」

 

 無理だ―――そう口にしたかった。

 

 仮に自分の物だったなら渡しただろう、けれどこれは友人とは言えなくとも知り合いの物だ。他人の物を誰かに譲り渡すなど出来るはずがない、そう正純は思い、そう口にしたかったが声は出ない。

 

「し、しかし……これは、その、友人のもので」

  

 絞り出したような言葉が正純の出せる精一杯の声だった。

 

「正純」

 

 叱るように自分の名を父に呼ばれる。

 無意識に下を向いて固まってしまうと、掠れたような声で自分の名を呼ばれて気がした。

 

「おっしゃ、セージュンいい仕事だ!」

 

 その声を聞いた三人は声が聞こえてきた方を向くと青白い顔をした総長 葵・トーリが立っていた。

 

「ありがとうよ。今日中にプレイしないといけなかったのに、ナイトとナルゼがなかなか運んでくれなくってさ!」

 そそくさと、正純の持っていたエロゲーは剥ぎ取るように奪い取る。

 

「それよりセージュン聞いてるか!?オレ明日惚れた女にコクるから今夜、教導院で騒ぐんだけどお前も来いよ!」

 

「は?いや、校則違反だろ!いくなら三河の花火を見にいくさ」

 

「そっか、出来れば来てほしかったんだけどな、コクる人、セージュンも知ってる人だから!」

 

「は!?おい、待て!それ私に迷惑及ばないんだろうな!」

 

 ど~だろうな~!と叫びながらくねくねと千鳥足でトーリは離れて行った。

 

「申し訳ありません」

 

「いやいや、まさか、ここで後悔通りの主が来るとは―――十年振りですな」

 

「後悔通りの……主?」

 

 正純の問いかけに、優しそうな顔をした人物はうむ、と頷き。

 

「向こう側をご覧になられるとよろしい」

 

 三人の目が通りの道から脇にそれて、木々の影の中で太陽の光を浴びて鈍く光る一つの石碑とその傍にお供え物として置かれて牛乳のガラス瓶に一輪のタンポポが挿されていた。

 

「昔、ここで、一人の女の子が事故で亡くなりましてな。まあ、公にはなってありませんが。その女の子の名が、ホライゾン・アリアダスト」

 

 アリアダストという単語は正純も何度も耳にした記憶があった。

 

「アリアダストって教導院の名前じゃ…」

 

「三十年前、元信公が三河の頭首になった際に、松平家の名を逆さ読みにし、更に頭の一文字を削ることで聖連への恭順(きょうじゅん)を意をしめそうとしたのですな。MATSUDAIRA(マツダイラ)からARIADUST(アリアダスト)とし、もはや松平の(かばね)の加護は要らぬと」

 

 優しそうな人物の口から語られる松平家とアリアダストという単語の歴史に、正純は聞き入っていた。

 自分の知らぬ歴史を見てきた者、自分の知らぬ歴史を経験してきた者からの言葉は、書物を読む以上に有益な情報である。

 

「無論、聖連は元信公の意志を認めて姓を戻させましたが、その姓はいくつかのものに残りました。教導院然り、そして、その姓を用いる子というのは――」

 

「お前も噂くらいは聞いたことがあるはずだ、元信公には内縁の妻と子がいたと―――その子の名は、ホライゾン・アリアダスト」

 

 正純が話に聞き入っていると、父も続けて言葉を続けた。

 

「ホライゾン嬢を事故に遭わせた馬車は、元信公の馬車でな。ホライゾン嬢の遺体は三河の松平家に引き取られ、遺品も何も武蔵には来なかった。―――明日で丁度、十年になる」

 

「ですが、後悔通りの主からすれば、後悔のリアルタイムなんでしょうな。結論から言えば、彼がホライゾン嬢を殺したようなものですから」

 

 

「彼が殺したって…それは、どういうことですか?ならば、後悔通りの主って」

 

 いくつもの疑問が生まれ、正純の頭の中で渦巻く。

 

「葵・“トーリ”の後悔ですよね。“後悔トーリ”との言葉遊びですよ」

「彼も負傷してすぐに運ばれて行きましたが、帰ってきたのは彼だけ。あとはずっと後悔です」

 

「しかし、それでどうして…」

 その後に言葉は続けられなかった。

 そんな経験をして今、笑っていられる?クラスメイトも彼を受け入れて一緒に歩ける?いくら考えても答えの出る事のな疑問がいくつも思い浮かび続ける。

 

「どうして、彼は皆から支持されるのでしょう」

 

「なら踏み込むか、正純。彼の後悔の行き場へ」

 

 父の言葉に思ず下を向いて考えこんでいた頭が上がる。

 

「会合の時間に遅れる―――ここまでだ」

 そう告げると場所は走り去って行った。

 

 再び、後悔通りで一人となった正純。

 

「私はまだ、何も分かっていない、ということか」

 誰も聞く者のいない言葉が零れた。

 

 

 

 

@ @ @

 

始まりに気づかず

 

気づいた時にはもう遅い

 

いつの間にか始まっていること

 

 

配点《手遅れ》

 

 

@ @ @

 

 

「酒井君は公主隠しというのを、知っていますか?」

 

 日も傾いた空の下、二人並んで歩く。

 

「公主隠し?」

 

「聞いたことくらいはありませんか、三十年くらい前から言われるようになった存在です。当時は噂話程度のものでしたが、最近になってまた少し広まっているようです」

 

「多少は知ってる。うちの正純や浅間の所は関係あるからな。特に正純の所は、母親が公主隠しにあってる」

 

 公主隠しにあった人物は文字通り残らない。

 体も、痕跡も、まるで最初から存在していなかった、とばかりに何も残らず綺麗に消えて無くなる。残るのは、残されて人の虚無感と喪失感だけだ。

 

「Jud. 話が早くて助かります。酒井君、公主を追ってください」

「公主を…追う?」

 

 言っている意味が分からない、それが榊原の話を聞いて酒井が思ったことだ。

「待てよ。公主隠しってのは神隠しの事だろ、それを追えって……」

 

 榊原は足を止め。草履の爪先で、砂に模様を描く。

 円を一つ描き、それを横断するように横一線。

 

ニ境紋(にきょうもん)と呼ばれている印です。公主隠しがあった現場には必ずの印が残され、井伊の書斎にもこれがありました」

 

「おい、待てよ、井伊の書斎に持って…」

「ええ、その通りです。井伊君は今日来なかったのではなく、来られなかったが正確ですね。なにせ居なくなってしまったのですから」

 

 酒井だけが知らなかった。

 四人(松平四天王)で酒を飲むはずが三人となり、一人(井伊)が消えて事を、一人(酒井)だけは知らずに昔話に花を咲かせていた。

 

「本田君は、井伊君の事を話して、君に心配掛けたくないんでしょう」

 思い返せば、井伊の事を聞いた時、ダっちゃんは話そうとして榊原の言葉を遮った。酒の席でも井伊の話題は出てこなかった。

 

「僕として四天王の間で仲間外れは、したくないもので。井伊君の書斎の資料やらが家にありますので、その写しを後で自動人形に持たせますから、茶屋で茶でも啜って待っていてください。大丈夫、松田の四天王(まつだいらしてんのう)は、皆、共に居ると信じてますよ」

 

 そう言って、榊原は屋敷の門の向こう側に姿を消して行った。

 

 

 

 

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