流れゆく世界で、愛を謳う獣   作:鴉の子

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外伝2話……のようで昔話と、七岐の視点の1人語り。
主人公のちょっとした影響力が知れたり、そんなことはなかったり。


風の鳴り行く残影:1927年の邂逅
昔話:Gang of NY


 紐育の夜は明るい。むしろ、この時代は夜の方が明るいという印象さえ抱かせるほど、街の灯は絢爛なものだった。

 

 1922年、ジャズ・エイジの熱狂冷めやらぬ騒がしい時代。しかして、最も人の闇の色濃く顕れた、暗黒を有している時代だ。

 法の裏に生きるギャング達、そのおこぼれに預かる無数の商売人、賄賂で違法な酒場(スピークイージー)に通う警察。

 

 絢爛なその街並みのあらゆる場所に法に守られた余地はなく、何処かしこにも薄暗い香りと、危険な誘惑に満ちた世界。

 

 その世界を、大いに好む女がいた。

 

 出身も、国籍も、所属も、何もかもが謎に包まれた女。この国が、未だ新大陸、フロンティアと呼ばれていた頃から目撃され、恐れられた生き物が。

 

 かつて、人の祖である蛇の女神に準え“シワコアトル”と恐れられた女がいた。

 

 ギャングスターの様なロングコートに、日によって千鳥格子や市松模様など、柄の変わる派手なジャケット、フェラード帽子を被った女の姿。あるいは、何処とも知れぬ遠い異国の民族衣装に身を包むことすらある、紅い瞳と、白と黒の鮮烈なモノトーンの長髪の女。

 見たものは呪われる、あるいは、ツキがあるなどと言われる、ある種の酒の席で謳われる御伽噺。

 

 ──────だった、ハズだったのだが。

 

 ニューヨーク、悪名高きファイブポインツにて。小さな賭場で、コートを着た女と、男がカードを片手に向き合っていた。

 

「ツキが巡って来たか? それとも、失った? どうしたよ、未来のギャングスタ。挑む(コール)か? 逃げる(フォールド)か?」

 

 テーブル、それに張られた緑の羅紗の上、積み上がるチップ。氷柱を背骨に捩じ込まれた様な怖気が男を襲う。

 

 男の名はサルヴァトーレ・ルカーニア。近年頭角を顕した新進気鋭の犯罪組織の首領だった。“チャールズ・ルチアーノ”を名乗るこの男は、極めて優秀な男であり、自ら信頼できる仲間と組織を立ち上げ、ものの数年で強盗で稼いだ金で賭博の元締めを始め、急成長させた傑物であった。

 

 暗黒街をくぐり抜ける頭脳と、度胸、そして運を持った男が、今冷や汗をかきながら伏せたカードを睨む。

 

(なんだ、この女は……いや、そもそもこいつは……?)

 

 偶然、顔を出した自身のカジノに随分と物珍しい客がいると聞き、気まぐれで相手をしたサルヴァトーレだったが、勝負を始めて暫く、女を目にした彼はすぐにその異様さに気がつく。

 

 いつもなら騒がしい賭場の男達が、皆押し黙り、女を見つめている。幾人かは恨めしそうに、残りは皆畏怖の感情の篭った視線で。

 

「……あんた、ここの何人に勝った」

 

「ん、わかんない。その辺の奴らからは随分稼がせてもらったけど」

 

 ジッポで紙巻きに女は火をつける、伏せたカードの手は随分と良かったらしいとわかる上機嫌さで煙を吸い、吐き出した。

 

「随分とまぁ、度胸も腕もあるとは」

 

「褒めるなよ。お前たち全員が銃を持っていても、度胸試しにもなりゃしないだろ?」

 

「……冗談、じゃあなさそうだな。怖ぇ女だ」

 

 普通なら一笑に付すような戯言だと受け止めるだろう、実際に、この勝負を眺める男達は“冗句”を笑った。

 

 ──しかし、対面するこの男だけは、それが冗談ではないことを理解する。

 

 圧倒的な強者を相手にした時、その力量を測れないものから皆死んでいく。この街でのし上がるつもりならば、知らねばならない不文律だった。

 

 おそらく、トミーガンやダイナマイトを持ち込んでいようが、この女を殺せないだろうという理屈に合わない直感がサルヴァトーレを突き動かす。

 

「あんた、名前は?」

 

「ティフォン、今じゃそう名乗ってる」

 

 神話に謳われた、全ての怪物の祖を名乗る不遜な女に、畏れを悟られぬよう、ウィスキーのグラスを呷り、笑う。

 

「それで、悪名高いシワコアトルがこんな場末の賭場に何のようだ?」

 

「ハ、そんな御伽噺を信じてるのかな?」

 

「信じちゃいないが、目の前に化け物本人が出てきちゃ、そう言わざるを得ないだろう」

 

「────いいね、気に入った。やっぱりここに来てよかった」

 

 女が、蛇のような笑顔を浮かべた。あり得ざる笑み、怪物の表情。

 

「────受けよう(コール)だ。何しに来たか知らないがな、ここは俺の庭だ」

 

「それで?」

 

「何をしに来た、御伽噺の化け物」

 

「君に会いに来たと言ったら?」

 

「高くつくぜ、俺ほどの色男を口説きに来ってならな」

 

「おや、君と賭け金は足りない?」

 

 既に積み上がったチップは、この小さな賭場では見られたことがない程積み上がっている。額にして5000ドル、現在の価値にしておよそ5万ドル、この裏通りに生きる人間が一年を過ごしていけるに等しい額がそこに積み上がっていた。

 

「ああ、勿論」

 

「なるほど、いいね。レイズだ」

 

 さらに賭け金を上乗せする、追加の1万ドル、この賭場で初めてやり取りされる額に金庫番は冷や汗をかいた。

 

「────」

 

「ん? 君が言ったんだろう? 足りないって」

 

 既にこちらの手持ちを超えた金額が提示されている盤面、サルヴァトーレの思考が加速する。勝負を降りるのが最も賢明な判断であると告げる理性に、目の前で提示された金額を得ようとする野心が鬩ぎ合う。

 

「────」

 

「あ、胴元相手に何のつもりだって顔してる。遊びだよ遊び、負けたら全額持っていかれるし、私は楽しく、君は儲かるだけ。勝ってもまぁ……ちょっと君の賭場から現金が減るだけだ、嫌かい?」

 

「いいや、勝負(コール)だ」

 

 勝負を受ける、宣言をして手を晒す。手札に揃った役はフルハウス。通常ならば確実な勝ちを狙える理想的な手札、アウトローの中であって土壇場の運ではこの男を超えるものはいと言われる勝負運だった。

 

 ──無論、人間相手には、だが。

 

「ん、6のファイブカード、残念」

 

「────」

 

 ディーラーが目を剥く。イカサマを見抜くことにかけてはサルヴァトーレの最も信頼できる男が、何も言わないことに彼は慄いた。

 

「…………換金は裏の窓口だ。一部支払いは後日足の付かない口座から小切手で出すが、構わないか」

 

「足りない分は構わないさ」

 

「それじゃあメンツがつかねぇ、金は必ず……」

 

「代わりに」

 

 女が言葉を遮る。

 また、蛇のような笑顔を浮かべた。サルヴァトーレは、自分が今まさに大蛇に巻きつかれているような生暖かい怖気を覚える。

 

「────君の旅路に、手助けをさせてくれないかい?」

 

 

 

 

 

 

 と、まぁ。

 これがアメリカの暗黒街を牛耳る、コーザ・ノストラを作った男と、私の出会いだ。

 

 え? 何でこんな話をしたって? 

 ま、要するさ、この街で私と、私の()が作った秘密結社が関与してない場所は殆どないっていう話。

 

 え? 今それどころじゃない? 大変だねぇ風鳴の若様も。大変にしたのはお前? 怒らないでよ、サンドイッチ食べる? 

 

 ま、落ち着きなさいな若人よ。君を変えるものが、ここにはきっとあるからさ、気分転換だと思って。

 

 英語があまりできねぇ? それは知らない、脳みそ弄っていいなら解決出来るけど。え、やるの? マジ? 

 

 えーい☆(掌から先を触手にして耳から脳に突き刺す)

 

 ほれ、若旦那、スラングまでサポートしてやったぞ、これで明日から安心だな。余所者だから追い立てられるぅ? 全員叩きのめせよーできるだろ? 

 

 防人としてそういうのは良くない? 真面目だねぇ君。いいじゃん別に、君が守るべきものなんて今は自分の身だけなんだから。

 

 折角だしさ、難しいことも、家の事も、全部忘れて好きにしてきなよ。ま、今日は私の住処に来るといい、豪華だぞぉ? あ、嫌いな食べものある、後で聞いとくけど? 

 ない? いい子だ。

 

 ────それじゃ、存分に、気が済むまで遊ぼうぜ、少年? 

 

 




・こぼれ話

「ああ、イカサマじゃないかって?いやいや、カードの順番全部覚えてたから出来ただけだよ?」

「んな馬鹿な、ゲームごとにシャッフルされるだろう……!」

「シャッフルの瞬間を見てれば、それも込みで覚えられるだろう?」

「は?」

「ショットガンシャッフルは見易くて、覚えやすいから好きよ」

「ああ、忘れてた、お前化け物だったな……」

「おや、ベッドの上では君の可愛い愛人だけど?」

「ハ、逆だろう?また女増やしたって聞いたぞ」

「おや、女の子も君みたいな子も、私としては可愛い恋人だよ?」

「本気で言ってるのがわかるのが困るな」

「ふむ、私的に恋人は沢山いる方が生き物のとして正しいと思うのだけれど」

「人間的には難しいところだ、刺されても死なんだろうが、面倒が起きたら言えよー」

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