流れゆく世界で、愛を謳う獣   作:鴉の子

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──例題です。

ここに、一人の少女がいました。

少女は、神様になれる素質がありました。

でも、少女は世界にいじめられています。

自分以外、あらゆるものは敵でした。

そんな少女に、とても悪い(かみさま)が手を差し伸べました。

竜は、哀れな少女に自分を重ねていました。


──どうすべきですか?

少女は、悪い竜の手を取るべき?

少女は、悪い竜の手を払うべき?

少女は、一人で荒野を歩くべき?


9話 Remnant【残影】

 聖遺物との融合、立花響の心臓で緩やかに進んでいるその現象について現在最も研究が進んでいるのは何処か? 

 

 聖遺物自体の研究ではフィーネや現在パヴァリア光明結社と名を変えた錬金術協会が最も先んじているだろう。

 

 しかし、聖遺物を人のものとする為の研究が最も進んでいるのは彼らですらも米国で間違いないと言うだろう。

 

 米国に存在する研究施設は二つ、まず一つは米国連邦聖遺物研究機関、通称F.I.Sだ。

 

 櫻井了子の米国通謀をきっかけとして生まれた機関であり、個人の才に左右される「歌による起動」ではなく機械的安定起動方法の開発を重視する研究を進めていた。

 しかし、現在ではDr.ウェルによる低負荷LiNKERの安定製造により、シンフォギアシステムへの研究にも力を入れ始めている。

 

 そしてもう一つ存在する組織が、米国に所属していながら、実態は公海上に存在する巨大な移動可能メガフロートを拠点とする、異端技術解体技研『プロメテウス』である。

 

 あらゆる技術開発の最前線と言う意味で前線基地(イドフロント)とも言われるプロメテウスは“聖遺物のあらゆる利用方法の模索”を名目にあらゆる実験を一切の法や倫理規定を無視し、己の領地である基地上で行う集団だ。無論米国政府もそれを認めてはおらず、幾度も監査や圧力をかけるものの目立った効果は出ていない。またその功績もあまりに大きいことから強く言うことも出来ていない、言わば有能な問題児達だ。

 

 そしてこのプロメテウスはある一人の天才的な破綻者によって運営されている。

 バルトロメオ・ディールクルム、“赫き天蓋”“暁天”“血塗れの聖者”と呼ばれる男だ。全身を黒ずくめのコートや仮面で覆い隠し、慇懃な態度を崩さないが、実態は科学者の欲望だけを煮詰めて人型にしたような生き物であった。

 

 ──何故そんな事を今解説してるか? 簡単に言うとそいつが今目の前にいるからなんだな、これが。

 

「よう、年中脳みその倫理が浮かれポンチ、なんの用だ?」

 

 深夜3時、響をホテルの部屋に寝かせた七岐はお客が来たと、ホテルのロビーへ。その後応接用の小さな個室へ案内されると、そこにはおそらく()()()()()()()()か、中肉中背の特徴のない男の姿に()()()()バルトロメオがいた。

 

 普通の人間ならば気づかないが、七岐はその体に大量に仕込まれた聖遺物由来の武装の()()を嗅ぎ取った。

 

「相変わらず口が悪いですねぇ()()()()()

 

「次その名前で呼んだらお前の基地を海溝の底に引きずり落とす」

 

 七岐はその発言があえてこちらの逆鱗を踏むための戯言だと分かった上で怒りを示す。何故なら、そこで怒らないのは人間の仕草だから。

 

「おやおやおやそれは困ります。気を悪くしたならすみません。どうも最近は部下以外と話さないもので、冗談も下手になってしまいますね」

 

「で、何しに来た」

 

「聖遺物との融合症例のサンプルがあると聞きまして、頂けると幸いなのですが」

 

「そうか、失せろ。でなけりゃその外出着(からだ)を土塊に帰してやろうか」

 

 なるほど、この研究馬鹿の理由としてはわかりやすい、と納得する。殺意を込めるほどでもない、そうするならやるという明確な意思を伝える。

 

「やはり駄目でしたか、基地を破壊されては割りに合いませんし大人しく帰らせて貰いますね」

 

「……なんだ、上手くいってないようじゃないか」

 

「ええ、どうしてもバランスが崩れて成り損ないになってしまうのですよ。貴方の血液サンプルがあればもう少しマシになるのですが」

 

「昔、酔ってた私から騙し取った奴あんだろうが?」

 

「ああ、あれはこの前輸送中に錬金術師に奪われちゃいまして。残ったのも継体と培養が不完全なものしか」

 

「はっは、お前が? よくやるな、そいつ」

 

「ゴマドウという女性でしたね、非戦闘用とはいえ数名の拝者(オプスクラタス)再誕者(キュベレー)を数体消費してしまいました、痛手ですね」

 

「お前の研究員(残機)を削ってったか、それなりだな」

 

「ええ、おそらくは近いうちに、あるいは既に生体の成功例がいくらか生まれるでしょう。心当たりは?」

 

「─────」

 

 ──まさか、と脳裏に3人の姿が過ぎる。

 

「……チッ、通りで」

 

「おや、心当たりがおありで? ああ、お気をつけて、どうやら学術用途ではなく兵器開発が目的なようですよ?」

 

「自分が学術目的だと言わんばかりの言いようだな? おい」

 

「はて? そうですが……? ああ、不完全なサンプルでも研究が随分進みましたよ。感謝しています。元々容易な生体部品の培養はともかく、難しかった人体応用可能な幹細胞治療のレベルは数世紀分は短縮出来たでしょう。来年には一般化出来ると予想しています」

 

「結構なことだな、過程で何人死んだ?」

 

「雑多な副作用で562人、拒絶反応だと明確にわかるもので2896人、生存しましたが後遺症が残ったモノが68……いえ、胎児を含めると71人でしたね。皆さん本当に頑張ってくれました」

 

「私が言うのもなんだけどな、最悪」

 

 本当に感謝してるのがわかるから手に負えないのだ、こいつは。まぁ友人としては悪いやつではないし、気をつけていれば問題はない。今頃これの部下が響の生体サンプルを寝てる間に取りに行ってるだろう。

 

「ま、研究進めるなら進めてくれ。こっちとしても経過観察してくれるなら文句は言わんよ」

 

「ふむ、こちらの人員を派遣しましょうか?」

 

「どうせもう居るだろうが……正式に二、三人面貸せ」

 

 以前米国から来た特殊部隊、あれは技術供与されただけの哀れな実験台だった。しかし、あれは序の口で既に手の物は数匹潜り込んでいるだろう。

 

「わかりました、ところで例の件は」

 

「黙っとくよ、あの大統領に知らせたら明日にも殴り込んでくるだろうからな」

 

「あれはあれで苦労している方ですから、無闇に敵対したくもないのですよ」

 

「ハ、どうやったってザンジバーランドの再来になるだろうが、しかもお前がやるとなりゃジャックの奴より嫌がられる」

 

 前線基地には米国第7艦隊に匹敵する武力と人員が内包されている、それが手元から離れることを双頭の鷲(議会と大統領)は許さないだろう。そうなれば必然、武力蜂起が必要となる。()()()()()()()という前世紀のトラウマを抱えた米国からすれば大人しくするわけがない。

 

「いえ、敵対はしません。独立国家としての同盟……という形に持ち込むでしょう。既に基地は一個のアーコロジーとして改造、海中潜航機能とステルス機構を増設しました、『超大型機動潜水艦イドフロント』とでもしましょうか」

 

「……昔それやった奴いたぞぉ? ま、愛国者(サイファー)はもういないがな、国家という枠組みから逃れるのは難しいぞ」

 

「ええ、ですので()()()を持とうとあなたを勧誘したのですが」

 

「お断りだバーカ、誰が反応兵器の真似事なんかするか」

 

「残念です、おっと、サンプル採取も終わりましたしお暇させていただきましょうか」

 

「帰れ帰れ、こちとら旅行中だぞ」

 

「そうでしたね、ではお詫びにこれを」

 

 差し出されたのは小さなデータチップが一枚、石楠はそれを受け取る。

 

「あなたの思いつきに必要な各種データを纏めたモノです。ああ、ちなみにDr.ウェルからも多少の供与を受けています。後ほどそちらにもお礼を言ってあげてください」

 

「あのバカが?」

 

「ええ、あの方が」

 

「……なんで?」

 

「『生体と聖遺物の融合はサブプランとして有用』だそうです、得難い経験でした。また共同研究を行いたいですね……何やら、嫌われてしまったのが残念ですが」

 

「同じ馬鹿でも比較的常識はあるからだろうな、あれで」

 

「……」

 

「心外だなぁという顔をするな、馬鹿が」

 

 首を傾げる目の前の男にちょいちょいと指でこちらに寄るよう招き、小声で囁く。

 

(決行するならうちのフィーネがしでかしたタイミングのどさくさでやれ、それなら確実に捻じ込める隙があるはずだ)

 

(──何をするかは?)

 

(2回目の“神殺し”だ、知りたきゃ自力で至ってみせろ)

 

(……ふむ、そう言われてはこれ以上は聞けませんね)

 

「では、またいつか。次は食事でも」

 

「じゃあな、九龍(ガウロン)に良い店を知ってる。機嫌がよけりゃ呼んでやるよ」

 

 溜息を吐いて、ホテルから出て行く姿を見届ける。そして、先程受け取ったチップを()()()。あらゆる情報媒体は、摂取することで彼女の原初の泥(肉体)に刻まれる。

 

 口直しだ、と目配せしたホテルのボーイに金貨を握らせ葉巻とブランデーを持ってこさせる。

 

「新品のX.Oでいい、氷は要らない」

 

「貴方様のリシャールもお持ちできますが……」

 

「いや、いい」

 

「かしこまりました、デキャンタで?」

 

「どうせ飲み切る、そのままでいいよ」

 

 数分待ち、運ばれてきたコニャックをグラスに注いで一息に飲み干す。吐く息が熱くなる感覚を味わった後、葉巻にマッチで火をつける。

 小煩い英国紳士がいたら皮肉の一つでも言う雑な吸い方だ、シガーリングも外さず、吸口は刑事コロンボの様に齧り取る。

 

「ふぅ……さて、明日は何処に行こうかな」

 

 軽くふわつく頭で明日の予定を考える。

 そもそも、アルコールが体内に入ったところで本来酔うはずもないのだが、石楠は擬似的にアルコールに酔えるように体を人間寄りに構築している。アルコールの酩酊感は人が作り出した文明の叡智である、と石楠は考えている。

 

 ──たまに、()()()()()間違えたりするけど。

 

「……ん?」

 

 不意に、メッセージアプリに通知が二つ。

 

『奏:なっちゃーん、ここわかんないから教えて』

 

 一つはツヴァイウィングの片割れのヘルプ宣言であった。ちなみに中身は数学と世界史二問。

 

『ナナッキー:ん、世界史は教科書76pよく読め。あとそっちはそもそも最初の段階で因数分解が違うの見落とし。多分疲れてるからコーヒーか甘いものでも食べて飲んで休め』

 

『奏:げ、本当だ。さっすが〜』

 

『ナナッキー:(サムズアップのスタンプ)』

 

 ふと、やりとりをしながら思い出す。

 

『ナナッキー:そういえば、翼ちゃん元気?』

 

『奏:(泣いている猫のスタンプ)』

 

『ナナッキー:ダメか』

 

『奏:あの時以来ちょっと思い詰めてるかなー、防人としての責務が云々って』

 

『ナナッキー:そっか、まぁ気にしてやってな』

 

『奏:言われなくても』

 

 あの防人娘が落ち込んでいる、おおよそ予想はついていたが中々に面倒くさい。というかあの子は地味に面倒くさい。

 

『真の防人に成るはどうすればいいんでしょうか……』って言われたから『なんかこう、言葉遣いから変えてみれば?』って言ったら最近面白いことになってるし。まだ慣れてなさそうだけど。

 

 さて、もう一杯を飲み干し、ボトルの半分を空けたところでもう一つのメッセージを確認する。

 

『ミラちゃん:今何処にいるんだ?』

 

『ナナッキー:ミラちゃん(笑)文字だとだぜって言わないんですねwwwww』

 

『ミラちゃん:ナナッキーに言われたくない』

 

 可愛い怪物後輩からである。ついさっき娘だと判明したけど、まぁそれはそれとして。

 

『ナナッキー:現在地はニューヨーク』

 

『ミラちゃん:は?』

 

『ナナッキー:教え子と旅行中〜羨ましい?』

 

『ミラちゃん:いや別に(添付されるノーブルレッドのみんなでピザを食べながらマリ○カートをしている写真)』

 

『ナナッキー:ズルい』

 

『ミラちゃん:あ、あんたのカード勝手に使って買ったけどいいのか?』

 

『ナナッキー:あ、それあげる。限度額無制限だから好きに使うといいよ』

 

『ミラちゃん:え』

 

『ミラちゃん:?????』

 

『ミラちゃん:マジで言ってるのか? おい、返信しろよ、おい!?』

 

 携帯をしまって葉巻を吸う。甘い煙を吐き出して、また酒を飲む。酩酊感は強くなって行く。

 

「……寝よ」

 

 グラスを置き、シガーケースだけを持ち、立ち上がる。空いたグラスと瓶は勝手に片付けるだろう。

 

 部屋に戻り、ベッドへ寝転がる。隣で小さな寝息がする。心臓に呪いを埋め込んだ少女。その頬に軽く口付けをする。

 

「|Fairest lady, that art most rich, being poor; Most choice, forsaken; and most lov'd, despis'd! 《ああ、美しい少女よ。あなたは貧しくなって、もっとも豊かに、棄てられて、もっとも気高く、さげすまれて、もっとも愛すべきひととなった》」

 

 劇のセリフを誦じる、静謐だが、よく通る人ならざる声がホテルの一室に響いた。

 

 眠り込む立花響の胸に、触れる。まるで、そこに何もないかのように、彼女の指が心臓へと滑り込む。

 

 ──眠れ、眠れ、愛し子よ。茨は心臓を蝕み、ヤドリギは君を神へと変えるだろう。

 

 歌うように、(まじな)いを言紡ぐ。神にも人にもなれなかった、愛した女を思ったあの日と同じように。

 

混沌の娘(エキドナ)は君に歌うだろう。君は、誰かを愛していい。誰かを呪っていい。君は、神にならなくていい」

 

 ────■■■■■。わたし、平気よ! だってこんなにも幸せだったもの! 

 

 遠い残影が、目の前の少女に重なった。




──回答です。

『そうさ、正解なんてない。』

『きっと、どうしようと。彼女は立ち上がるだろう』

『だから、これは(わたし)の、ただの愚かな我儘なのさ』
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