流れゆく世界で、愛を謳う獣   作:鴉の子

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久しぶりに書きたくなって書きました。


本編
1話 旧い獣


 地球という星に文明が生まれた。地は征服され海も暴かれたこの頃、ある獣が一糸纏わぬ姿で砂浜を寂しそうな顔で歩き続けていた。

 

「──xるojtるに/&g」

 

 それは白と黒の入り混じり、足元まで伸びた長い髪を持ち、菫色の瞳をした美しい少女の姿をしていた。

 少女の姿をとるにしては身長は高いが均整の取れた肉体をした獣は、しかし人が話す言葉を用いることが出来なかった。

 それはおよそ人の発声出来ない奇妙な声音で何かを呟くと立ち止まり、海を眺める。

 

「=にvm|なぶぅぃるm/8+%はのま」

 

 そうして空と海の狭間を眺めていた獣は世界がひび割れる音を聞き取った。

 わかり合っていたはずの人々が言葉を失い、全てが混沌に満ちる匂いと、音色を受け取ったのだ。

 

「……はoq<〒€るぃびえfk@#なる8!!!」

 

 獣は哄笑する。

 

 世界が壊れていく音を獣は確かに聞き取った、彼女にとって美しいものが見れる世界が訪れようとしていた。

 不和、誤解、破壊、裏切り……そして、それを乗り越える超える程の美しきものが。

 

 獣は愛ゆえに生まれたが、不和を知らない世界を呪っていた。

 獣は再誕する世界を祝福する、そうして一頻り咆哮した獣は、空を駆け出した。

 

 ────ある創世神話より

 

 

 ───────────────────

 

 

「というのが“世界最古の創世神話”と言われるべルーズ陶片に書かれた1節だね。まぁそこそこ有名だと思うから知ってる人も多いと思うけど」

 

 リディアン音楽院の講堂、黒髪に白い髪が束状に混じった変わった髪に、これまた教師としては変わった赤のレザージャケットを着た長身の女教師、石楠 七戯(せきなん ななき)が教壇に立ち、歴史の教科書の内容を掻い摘んで板書をしていた。

 

「まぁぶっちゃけ受験にはぜーんぜん出ないから忘れてもいいけど、歴史に興味があるなーって人は先生のとこに来れば幾らでも教えてあげるよ、専門だからね」

 

 板書に一通りピンクや黄色のチョークで補足を書くと、教室の時計を覗き込んだ。

 まだ終わりには少し早いがこれ以上早めのペースで教えても仕方がないなぁと判断する。

 

「うーん、ちょっと早いけど終わりね。各自好きなように過ごしてていいよ、あ、質問ある人は今のうちに聞くといいね。テストどこら辺出るかも教えてあげる……かも?」

 

石楠(せきなん)せんせー! それダメじゃないですか?」

 

「いいんだよ、お前ら今年担当変わって音楽科目大変だろどうせ。 一般科目もそこそこにしとかないとせっかくの青春勉強ばっかになるぞ」

 

「イェーイ! 神! ありがとう先生!」

 

 そうして生徒たちが続々と手を挙げて質問をし始めた。大半は『テストどこでますか?』『赤点取らないためにはどこ勉強すればいいですか?』のようなのばかりだったが、 ある程度テスト範囲が絞られるようになると、皆が各々自分の興味のある内容について質問し始めた。

 

「先生、この獣ってなにかの象徴とかモチーフなんですか?」

 

「いい質問だね黛、創世神話において共通言語が失われるというのはバベルの塔が有名だな?」

 

「えっと……バベルの塔を建てたら、神様が怒ってみんなの言葉をバラバラにしたってやつですよね」

 

 黛菜々、長い焦茶色の髪を三つ編みにした素朴な少女は少し自信なさげに答えた。

 

「その通り、それで人はわかり合うことが出来なくなり、争いを始めたという。しかしこの獣はそうは思わなかった、争いや不和があっても、わかり合うことが出来なくても人は愛を持てると言いたかったんだ」

 

「はぁ……?」

 

「つまりだな、分かり合えなくても人は生きていけるって話をこれを書いたやつは言いたかったのさ。 何もわからない他人だから、誰かを好きになって恋に落ちたり、嫌いになったり出来るんだよ」

 

「なるほどぉ。じゃあ先生って恋とかしたことありますか?」

 

 黛がふとそんな質問をする。なるほど、高校生という思春期真っ只中の人間達が恋バナに食いつかないはずもなく、教室中の人間は皆恋愛遍歴について聞き始めた。

 

「うーん、そりゃ君たちより永く(・・)生きてる訳だからそれなりに経験はあるけど……プライバシーだから教えない♡」

 

「「「「えー」」」

 

「えーじゃない、大体私みたいなのの恋バナ聞いてもしかたないだろう」

 

「でも先生カワイイから絶対モテたでしょー」

 

「ふふふ……まぁね! 褒めるじゃないか。平常点足しとこうね……冗談だよ冗談」

 

 清々しい返事に教室が笑いに包まれると、ちょうどチャイムが鳴り響く。

 

「ん、終わりだね。 じゃあ各自ノート昼休み楽しんでな〜 あ、来週簡単な小テストするから、成績に反映するので忘れずに。 でも今日の板書の範囲軽く見直すだけで解けるようにしとくから心配すんなよー」

 

 石楠は教室を出る、背伸びをして今日の予定をスマートフォンで確認した。

 これで今日の授業は終わり、非常勤講師なだけあって比較的此処での勤務時間は長くはない。

 街に出てランチでも行くかと思った矢先、もう一つの仕事用端末に呼び出し音がなる。

 携帯の画面を見ると通知欄には[童貞拗らせ乙女]の表記が出ている。

 

「やぁやぁ櫻井女史、何の用事だ?」

 

『あら、もう授業は終わり? 生憎と今日の用事は櫻井了子としてじゃないわ』

 

「ああ、なるほど。アメリカ? それとも骨董品? どっちだ?」

 

『どっちもよ、今度のネフシュタンの鎧の起動実験に横槍を入れる奴らを始末して頂戴』

 

「ああ、翼ちゃん達のライブか。 それは二課としてじゃなく、私個人としての頼み事って事でいいのかい?」

 

『ええ、そう取って貰って構わないわ。 長い付き合いの友人として、たまに手伝ってくれてもバチは当たらないんじゃないかしら?』

 

「おや、拗らせた女の恋愛を眺めるのは好きだが、手伝うのはそこまででもないぞ?」

 

 スピーカー越しに向こうの端末がミシリという音を立ててヒビが入る音が聞こえた。

 

『……黙示録の獣め、相変わらずその口からは余計なことしか口に出さないな』

 

「おや懐かしい名前で呼ぶね、お前は。いつものように気軽にななちゃんと呼んでくれてもいいんだぜ?」

 

『ぬかせ、獣畜生』

 

 渾身の冗談がにべも無く切り捨てられる。会話をしながら今日のランチを検索し、場所を確かめお気に入りのバイクに火を入れた。

 

「おお、手厳しい、それよりどうして私個人に対して頼むんだ? 弦十郎辺りだけで警備は足りないかい?」

 

『……米軍の中でも厄介なのが動き出している、流石に面倒なことになりそうだ』

 

「ああはいはい、お前の横流しした異端技術を弄り回してる奴らか」

 

『異端技術解体技研、別名イドフロント。 あれらの探究心はさすがの私も舌を巻く」

 

「てことはあれか? 頭でも出張ってくると?」

 

『いや、それはありえん、“暁天”は暫く研究に集中する為基地に篭りっきりだ。 出てくるにしても部下の拝者(オプスクラタス)達だろう』

 

「なんだ、尚更私が出る意味ないじゃないか」

 

『いや、イドフロントの技術提供を受けた米軍の特殊部隊が実戦投入される噂もある、先んじて全て踏み潰してくれ』

 

「普通に骨な仕事じゃないか、今度スイーツバイキング奢れよ」

 

 軽口を言ってバイクに跨る。

 

『ふっ、了子さんに任せなさい。三つ星レストランのディナーもつけてあげるわ』

 

 電話越しの彼女はすぐさま櫻井了子としての空気を纏い直すと軽口を返した。

 

「じゃあもう切るぞ、今日は早上がりなんだ」

 

『あら残念、じゃあねぇ』

 

「あ、そうそう。 今ねぇ行きつけの喫茶店の近くにノイズの気配が出たのが引っかかんだけど。これお前?』

 

『……えっ』

 

「お前だな? 茶店のマスター死んでたら二度と頼みごと聞かない」

 

『ちょっ、わかったわよ! 待ちなさい、すぐ退かすから!』

 

「早くしろ、電話切る」

 

『えっ、ちょま』

 

 バイクのアクセルをフルスロットルにして商店街に向かう。特製カレーがこの世から失われる危機が彼女には迫っていた。

 走行中、時速300kmぽっちのスピードに耐えきれなくなった、石楠は走行中のバイクから飛び降りる(・・・・・・・・・・・・・・)。そして地に足をつけだ瞬間に走行中のバイクに速度を合わせて疾走、そのままバイクを持ち上げ背負いあげる。幾らバイクの方が走るより遅く邪魔になったとはいえ買って四年の愛車を使い捨てにするほどアホではない。

 

「どっせい!」

 

 バイクを背負いあげたまま全速力で足元のアスファルトを粉砕しながら駆ける。衝撃波を出さない程度のスピードで急ぐこと3分、行きつけの喫茶店の近くで発生していたノイズの殆どは了子の指示か、皆散り散りに移動し始めていた。

 

「危なかった……了子め、ディナーの時に高いワインしこたま空けるので許してやる」

 

 背負ったバイクを道端に置き、ヘルメットを

 投げ捨てる。

 

赫翠回路起動(イニティエイト)、架空炭素繊維装甲展開」

 

 人体において心臓にあたる部分を構築する完全聖遺物、無限に等しい出力を引き出す失われた永久機関が起動する。

 全身の表皮が黒ずみ、厚さを増していく。全身が黒い装甲に覆われ、顔ものっぺらぼうのような覆われ見えなくなった。

 

「昼飯を邪魔したから、もれなく全員消えてもらうしかないな」

 

 起動した聖遺物の気配に気がついたのか、散会指示を出されたはずのノイズ達が石楠の元に集まり始めた。

 

「あいも変わらずしつこいね、お前たちは。 造物主が死んでも役目からは逃れられない姿はいっそ哀れだけどさ。ちょっとくらいは私みたいに悪い子になった方がいいぜ?」

 

 ノイズは四方から彼女に向かい飛びかかる。 しかし装甲で覆われ、尖った指先はそれらを紙切れでも破くかのように引き裂いていく。

 現在の世界に存在しながらも“存在しない物質”という矛盾した要素を孕んだ架空炭素化合物で構成された肉体は位相差障壁を容易に貫通した。

 

「さて、翼ちゃん達が来るまでに片付けないとめんどくさいなぁ」

 

 黒いのっぺらぼうのような顔面が人の口の位置から真一文字に引き裂かれるように開く。

 そうして出来上がった顎を目一杯開き、咆哮する。

 現在肉体が存在するものを除いた世界全てに浸透する破壊の波動が周辺環境を破壊せずに位相をずらしていたノイズのみを破砕した。

 

「さて、あらかた終わったしカレーでも食べに……げっ」

 

 眼球に埋め込まれた周天を見渡すことを可能とする機構が全速力でこちらに向かうシンフォギア装者を捉えた。

 

「石楠先生!」

 

 こちらを心配するような目でこちらを睨みつける生徒の姿を見ると微妙にやりづらさを感じてしまう。

 というか奏ちゃんまでいるのかぁ、とため息を吐きたい気分になる。無論ため息を吐く器官は現在構築していないため存在しないが。

 

 彼女たちは風鳴翼と天羽奏、特異災害対策機動部二課所属のシンフォギア装者である。

 石楠七岐も櫻井了子のコネで起動した完全聖遺物と同化している特異な人間という触れ込みで所属をしていた。

 

『あー、翼ちゃんに奏ちゃん。 今日も大変だねぇ、元気?』

 

 即席で発声器官を喉に造り話しかける。急いで作ったせいか若干声がザラついているが仕方がない。

 

「先生、迅速な対応はありがたいですが、せめて連絡をですね……」

 

「そうだぜ七岐、私の事情もわかるだろ?」

 

『いやいや 、緊急事態だったからね不可抗力不可抗力』

 

 しかし天羽奏はLiNKERにより体に体に負荷を負いながら適合率を上げているためこうした緊急出撃はその体にかける負担が増す。

 それのため先に連絡を入れておけば出撃を抑えられたという指摘は正しくはあった。

 

(私怒られてるけど、これそもそも了子のマッチポンプだとか言っちゃダメだよなぁ……)

 

 そもそもノイズの大量出現自体フィーネの計画のせいである上にシンフォギアとLiNKERを作ったのもフィーネである。それを知っている身としては叱られているのは微妙に納得がいかないのである。

 しかしそんなことを言えるはずもなく、とりあえず装甲を元の肉体に変換し完全に素の状態へ戻る。

 

「はいはいわかりました、わかりました。悪かったよ」

 

「先生、もう少し真面目に……」

 

「もういいよ翼、別に悪気があったわけじゃないだろう?」

 

「しかし……」

 

「ところでお二人さん今度のライブ、準備は万端かい?」

 

 明後日に控えたデュランダル起動実験、その準備は万端でないと困るのだ、主にフィーネが。

 正直石楠的には別に失敗しようが別にどうでも良いのだが、貸し切りスイーツバイキングが待っている為成功を願わざるを得ない。

 

「ああ、準備のために明日はLiNKERの投与は抑えてライブ準備に専念するつもりさ」

 

「ええ、私も練習は万端です」

 

「そっか、ならよかった」

 

 ならばここからは自分の仕事である、たった今個人用の端末に了子から送られてきたのは現在ライブの情報を探っている米軍の所在地だ。

 路肩に放置していたバイクのエンジンをかける。

 

「ん、ちょっと別件の仕事が入ったから、バイバーイ!」

 

 石南を乗せたバイクは走り去り、ノイズ騒ぎで人のいない道路を爆走し数秒ほどで見えなくなってしまった。

 

「……行ってしまった」

 

「相変わらずよくわかんない人だな」

 

「…….それなりの付き合いだけど、私も全然わからないわ……」

 

「翼、あの人いると口調戻るな」

 

「えっ」

 

 ───────────────────

 

 

 都内某所、廃ビルの一角、異端技術を用いた装備を提供されているアメリカ軍の特殊部隊“ドーンブレーカー”の隊員たちが2日後の完全聖遺物起動実験を調査するために拠点としていた場所がそこに存在した。

 

「ミスク、二課の連中明後日に向けて警備を厳しくしているらしい。探らせていたフューリーの消息が途絶えた」

 

 隊員の1人マーク・ロジャースは一室に設置された大量の機材のディスプレイを睨み、そう言った。

 

「フューリーがか? あの悪趣味野郎が作った装備は持たせてたんだろう?」

 

「──天蓋の反応ごと消滅した」

 

「──なんだと? 中の人間はともかく2000ポンドの爆撃耐える装甲だぞ! なんの冗談だ!?」

 

 不完全ながらも行われた異端技術の解析とリバースエンジニアリングによって生まれた最新鋭のパワードスーツ、それがこの部隊に支給されている天蓋と呼ばれるアーマーである。

 航空爆撃の直撃に耐える装甲、パワードスーツとしての優れた性能や、局地環境に対する適応性など既存の武装とは一線を画す米軍の秘蔵っ子である。

 秘匿のためアーマーの一片に至るまでに微細な発信器が備え付けられており、たとえ破壊されてもすぐに行方を追える仕組みになっていた。それがある一瞬で消滅、着用者を含め完全に行方しれずとなったのである。

 

「捕らえられ、発信器の信号が追えない箱にでも詰められたか……それこそ丸々消し飛ばされたかだ」

 

「……現実的なのは前者だろう、あれを完全に粉砕できるものがあるなど考えたくh」

 

 途切れる言葉、ディスプレイを覗いていたマークは同僚が突然言葉を切ったことに違和感を覚えた。

 

「おい、ミスクどうしっ!?」

 

 そこにはかつて仲間だった物の残骸が残されていた。正中線に沿って力尽くで引き裂かれた肉体は、破片となった肉と血を部屋じゅうにばらまいた。

 

「クソッタレ!! 全隊員、敵襲!! 至急応援を──」

 

「ああ、残念だがね、もうみんないないんだ」

 

 頭上から声がする。マークが見上げると、そこには血塗れになった髪の長い女がこちらを覗き込み嗤っていた。

 

「ひっ……!?」

 

「ああ、そんな怖がらなくていいじゃないか。心外だなぁ」

 

「──お前が仲間を」

 

「ん? ああ、そうだね、君の部隊の人間を全員殺してしまったのは私だね」

 

 天井に張り付いていた女、石楠はスタッと床に降りるとマークに歩み寄り始める。

 

「近づくな化け物が!」

 

 マークは即座に自らの天蓋を起動、腰に巻きつけられた装置から全身にアーマーが瞬時に展開。右腕部に備えつけられたレールガンを発射する。MBTの正面装甲を容易に貫通する弾頭は石楠の頭部に衝突すると激しい音を立て弾かれる。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 マークは驚愕するも、冷静な思考は即座に離脱を選択する。廃ビルの窓から飛び出し地上へ落下、アーマーの性能に任せていれば逃げられると確信したその瞬間、自由落下が何者かにより妨げられガクンっという音を立てて肉体が吊り上げられる。

 

「おや、逃げるとはつれないなぁ」

 

 石南の長い髪、それらの一部が伸縮しマークの肉体に絡みつき拘束をしていたのである。

 

「……正真正銘の化け物かっ」

 

「その通り、君達曰くオーバードだっけ? で、君はこれから残念ながら殺されてしまうわけだけれども……命乞いとかある? ないならないで手間が省けるからいいんだけど」

 

「……殺せ」

 

「うわぁ潔い、なんかないの? 『私には娘が!』とか」

 

「家族はいない、部隊が唯一の家族だった」

 

「ありゃ、それは悪いことしちゃったな」

 

「──悪いと思うならくたばれ、化け物」

 

 マークの天蓋の腕部が発光した次の瞬間、拘束していた髪が裁断される。石楠は彼女にしか認識できない架空炭素繊維が焼け焦げた匂いで何をされたかを即座に判断した。

 

「枢機に還す光……! 私の髪を切断するか、いいね!」

 

 髪を切断された石楠は歓喜の表情を浮かべて落下したマークを追いかけ、ビルの壁面を疾走する。

 

「殺す……!」

 

 受け身を取ったマークはレールガンを三発、両脚と頭部に発射。直撃した弾頭は僅かながらも通った衝撃で動きを阻害、1秒程時間を稼ぐことに成功した。

 

 天蓋により強化された筋力で行われる踏み込みは彼我の距離10mをコンマ1秒で圧縮する。両腕に展開された光の刃、“枢機に還す光”は3秒程度しか展開できないものの聖遺物を含めたあらゆる物質を切断する。しかし、無防備に動きを止めた石楠に光の刃を振るいその肉体を焼き切ろうとしたその瞬間、マークの腕が受け止められ、目が眩むほどの光が爆発した。

 

「枢機に還す光、私の肉体にも損傷を与えられる数少ない物だけどね、別にそれも無敵ではないんだ」

 

 いつのまにか展開されていた架空炭素装甲を纏った両手、それが光の刃を展開した両腕を受け止めていた。

 

「馬鹿な!?」

 

「──枢機に還す光の仕組みは莫大な熱量で焼き切るだけじゃない、直撃した物体が従っている世界法則を劈開して破壊を齎すものなんだ。だから架空炭素みたいな同一軸に存在する矛盾した現象に衝突すると、バグを起こして反発を起こす」

 

「何をわけのわからんことを……!」

 

 マークは焦っていた。枢機に還す光が消えるまで残り2秒、再装填にかかる時間は0.5秒、目の前に存在する化け物相手には無限に等しい長さの隙である。

 刃を受け止めて両手が塞がっている今、鳩尾を蹴り飛ばし次の一撃のために距離を取る、そう判断し、実行。

 

(再装填までの時間、レールガンを当ててもう一度隙を……は?)

 

 石楠を蹴り飛ばし、距離を取るはずが宙を舞っていたのは自分の身体。視界の端には地面を掴むように食い込んでいる石楠の足が映った。天蓋の身体強化により増した膂力により放たれた蹴りはマークの肉体を弾丸のようなスピードで弾き飛ばす。

 

「しまっ」

 

 生まれた一瞬の隙、空中では体勢を立て直すことも叶わず、獣は喉元にすでに迫っていた。

 

「名も知らぬ青年、楽しかったよ」

 

 鋭い爪が胴を引き裂く、周囲に内臓と血が飛び散り、マークは絶命した。

 

「……さて、スイーツバイキングの分は働いたかな?」

 

 部分的に展開していた装甲を解除、グッと伸びをするとマークの死体、正確には装備されていた天蓋からヘルメット部分を首ごと引っこ抜く。

 

「……なんで首だけもって帰らなきゃならないんだろうね、相変わらずフィーネの考えてることはわかんないなぁ」

 

 首を小脇に抱えてフィーネに指定されていた場所へ持って行こうとしたその時、光を失っていたヘルメットが再び起動する。

 

『──ガガッ────ガッ──ああ、ようやく繋がりました』

 

「……首型の電話って趣味悪いと思わない?」

 

『仮面越しでの挨拶は少々無礼でしたか、久しぶりですね、七岐』

 

「お前に呼び捨てにされる謂れはないんだけど……まぁいいや、用件は? “暁天”」

 

『おやおや、私のことはバルトロメオと読んでくださって構わないのですが……まぁ良いでしょう。 用件といってもちょっとした事ですが……近々、と言ってもあと数年はかかりますが。我々イドフロントは米国から離脱しようかと考えていまして』

 

「……もしかして勧誘? やだよ、お前絶対私で実験するじゃん」

 

『ええ、貴方ならそう言うでしょうと思っていました。まぁ構いませんとも、友人として少し連絡を入れておくのが良いと思っただけですよ』

 

「そう、で? 終わり?」

 

『ええ、あともう一つ、起動した天蓋には自爆機構が備え付けられています。あと30秒程で爆発しますので、耐えられた時は私に威力等の評価を教えてくださいね』

 

「……(化け物)が言うのもあれだけど、お前ほんとどうかしてると思うよ?」

 

『貴方なら間違いなく耐えられると信頼しています、頑張ってくださいね』

 

「──次会ったら拝者(オプスクラタス)の5人は覚悟したほうがいいぞ?」

 

『貴方の戦闘行為を間近で見れるのは嬉しいですが、不用意に拝者を消費されては研究に支障が出ますね。来るときは是非連絡を入れてください、歓迎しますとも』

 

【自爆システム起動、動力炉縮退開始】

 

 機械音声と共に仮面が黒い波動を放ち振動を始める。石楠の視界で捉えられる放たれるエネルギーの量からしてこの廃ビル一つを巻き込んで余りある爆発が起こる事は明白であった。

 石楠は全身装甲を纏い直すと、廃ビルの壁面を駆け上がり、そのまま空中へ飛び上がった。

 全力で飛び上がった反動で廃ビルの屋上及び最上階は崩壊、上空およそ300mほどの高さまで上昇した時点で爆弾は起爆した。

 重力崩壊により発生した擬似ブラックホールが石楠の肉体を襲い、莫大な重力に圧縮された装甲が軋んだ。

 数秒後、発生したブラックホールは消滅し右腕と左脚が奇妙な形に折れ曲がった石楠が落下を始める。

 

「あの外道が自由になるか……やだなぁ、あいつ面白いけど怖いし……」

 

 完全聖遺物起動実験を控える中、不穏な情報ばかりが面倒な友人達から集まり始める。

 神が消え、バラルの呪詛が広がった世界が少しずつ変わり始めているような気配を、獣は感じていた。

 

「それはそれとして、どうしよ仮面……」

 

 頼まれごとのちょっとした失敗に、若干気分が萎えていた石楠であった。


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