米軍特殊部隊を始末した2日後、ネフシュタン起動実験『Project:N』を行う日がやってきた。ライブ会場の別室、石楠と了子の二人は機材を取り付けられたネフシュタンの鎧のすぐ側、ちょうど待機している人間の死角になるような場所で会話をしていた。
「懐かしいなぁこれ」
「これのシステムの雛形、貴方だものねえ」
「あ、了子、ここ禁煙?」
「勿論」
「一本だけダメ?」
懐から出した特徴的な煙草、クローブを使った物で非常に匂いが強いことで有名な物を一本取り出した。
「ダメよ、というか禁煙じゃなくてもそれ吸ったら叩き出すわ」
「ダメか、まぁいいけどさ。 で、どういう手筈を想定してる?」
「起動試験は想定の通りなら確実に成功するわ、起動後にノイズの襲撃を起こしてその混乱に乗じて鎧を強奪、いい感じに行方を晦ますの」
「うわぁ雑。あ、私はもうなんもしないから、邪魔もしないけどさ」
「貴方の方が動けない理由は適当にでっち上げておくから大丈夫よ、私以上に聖遺物に詳しい人間なんていないから誤魔化すのは難しくはないわ」
「あっそ」
ポケットから取り出した別の普通の煙草にジッポーで火をつけ深く息を吸う。 肺にあたる部分には呼吸を真似るだけの胞が存在するだけだが、味覚や痛覚は機能するため問題はなかった。
「禁煙って言ったでしょうが……はぁ、一本だけよ」
「ん、ありがと。 おっと、ライブ始まったな」
ツヴァイウィングの歌が聞こえ始め、それと同時に観客の歓声が鳴り響くのが別室にまで届き始めた。
「ライブ中盤になれば十分なフォニックゲインは溜まるはずよ、起動して暫くしたら合図を出すから、そしたら隠れてていいわ」
「ん、避難誘導とか邪魔しなくていいのか?」
「……してもいいけれど、貴方そういうの嫌いでしょ?」
「やるべきならやってもいいんじゃないか? そりゃ勿論目の前で人間がいっぱい死ぬのは悲しいけど、そういう時にしか見れないものもあるしね」
「──そこまでする必要はないわ、どうせ勝手に足引っ張りあって山ほど死ぬもの。人間ってそういうものでしょう?」
「まぁね、だから好きなんだけどね」
煙草を携帯灰皿に入れ、揉み消すと満面の笑みで石楠は答えた。
「見解の相違ね」
「いやいや、単純に好みの違いだとも」
「貴方、本当に人間好きねぇ……」
「大好きだとも、矛盾を抱えながら、愛を語る生き物は見てて楽しいだろう?」
雑談をしながら、恙無く時間は流れた。そして規定値のフォニックゲインが溜まったことを示すサインが機材のディスプレイに示された。
「────時間よ、始めるわ」
「そっか、後でな」
石楠はそう言ってライブ会場、観客席の中に紛れ事の行く末を見守る。ライブ中盤、歌が一つ終わり、盛り上がりを見せ始めた頃、ライブ会場外周から爆発と破壊音が鳴り響きフィーネの召喚したノイズが殺戮を開始する。炭化する観客、混乱に包まれる会場、逃げ惑う群衆。
「派手にやるねぇ、奏ちゃんと翼ちゃんはもう応戦中と」
歌姫達がノイズを切り倒していく中、石楠は崩れた瓦礫の隙間に身を潜めて会場の様子を窺っていた。
「うんうん、極限状況で自分の命欲しさの行動、実に美しい生命活動だ。あっ、また死んだ」
ノイズから逃れようと逃げ惑う人々、将棋倒しになり圧死する人間や、一人だけ逃げるために目の前の人間を突き飛ばし、ノイズの囮にする者。極限状況が、人々に様々な行動を取らせていた。
「なるほどこっちは無駄なことをしてでも人助けする善良な人々、いいね」
瓦礫に挟まれた見ず知らずの他人を救おうと必死に救助をしようとノイズに炭化される人々。混乱に負けず避難誘導をしようとするが、混乱した群衆に押し潰される男。
「そして、命をかけてノイズを倒すシンフォギア装者達。 やっぱり人間はいいなぁ、慈しむ愛があるのに利己的だ。 不和の生み出す混沌に愛、最高に楽しい」
善き人々に、愚かな行い、高潔な意思、全てが彼女にとっては輝かしいものに見えていた。人を愛した獣として伝説に残ったソレはたしかに平等に人を愛しているが、あまりに人のそれとは程遠い。
そうしてノイズを倒し続けている奏と翼を眺めていた石楠だったが、奏の様子がおかしいことに気づく。
「ん? ああ、LiNKERの効果限界か」
LiNKERの限界時間を超えた奏は、足場が崩れたことにより動けなくなった子供を庇い、ギアに損傷を負った。そして損壊したギアの破片がその少女に突き刺さる。
『──おい! 目を開けてくれ! 生きるのを諦めるな!』
少女は目を開く、それを見た奏が安堵する様子を石楠は眺めている。
「ガングニールの破片が刺さったか。あの子、放って置くと私ちゃん二号だな……ぁ? 絶唱? うーん、それは困る、非常に困る」
LiNKERの効果が切れかけた奏が短期決戦の手段として選んだ、絶唱。しかし現場のコンディションで放った場合、バックファイアによる確実な死が彼女を待ち受ける。
「ぽちぽちっと、もしもし了子? 今どこ?」
『もう脱出したわ、どうしたの?』
「奏が絶唱しようとしてるからノイズ消し飛ばしていい?」
『……構わないけど、どうして?』
「いやさ、力がある人間は生きてた方が面白いことが起きそうな気がしない?」
『……私的にはちょっと困るのだけど、まぁいいわ、好きにしなさい。ああ、言い訳は自分で考えて置くのよ』
「じゃお言葉に甘えて」
装甲を纏った戦闘形態に瞬間的に変化すると絶唱しようとする奏の顎を壊さない程度の強さとスピードで殴りつけた。
「はいストーップ」
「ほべっ!?」
その場に崩れ落ちる奏、その間に襲いかかるノイズは硬質化した髪が自律的に迎撃を行い、細切れにされていた。
「い、いきなり何すんだ!? てか今まで何してたんだ七岐!?」
「うん? ノイズと戦ってたら瓦礫が頭蓋に直撃して脳機能が落ちてた。まぁそれはいいとしてさ、生きるのを諦めるなって言った口で絶唱はお姉さんよくないと思うぜ?」
黒い無貌がミチミチと音をあげ、大きく口を開く。心臓の回路は唸りをあげ、熱核兵器に匹敵するエネルギーが供給される。
指定対象は生物は完全に除きノイズのみ、ライブ会場一つ分の範囲ともなると多少の判別不足によって消し飛ぶ建造物は生じるが、やむを得ないと切り捨てる。
極限まで圧縮されたビー玉ほどの黒い球体が石楠の異形の顎門から発射、会場中央へ近づき停止。
数瞬の静寂、ノイズ達もそれから逃げようとしていた観客たちも時が止まったかのように停止する。
────縮退天体・黒天
圧縮されたエネルギーは黒い爆発となりノイズと、少しばかりの瓦礫とステージの何割かが
「うーん、スッキリした」
「聞きたいことは幾らでもあるけど……あんたが間一髪で間に合ってよかったよ、本当」
「いやぁ、ごめんね? 私が寝てる間にこんなことになってたとは」
「──ッ、七岐、この子を」
「ああ、心配しなくても重要な臓器には刺さってないよ。 失血死だけ気をつければ助かるよ、多分」
実際はすでに刺さった聖遺物が体組織と融合を始めているためだが、説明するだけ面倒な石楠はそれを言わず、少女を抱え既に限界を迎えている奏を負ぶる。
「おっ、やぁやぁ翼ちゃんおつかれー」
「奏!! 七岐さん! 無事でしたか!」
「うん、丈夫だからね。随分と荒らされてるからね、弦十郎あたりは大丈夫かもしれないけど他のみんなはヤバそうだし、救助に行こうか」
「はい」
ノイズの消えさった現場では比較的恙無く避難は終わったものの、それまでに起こった被害は死者行方不明者合わせ5673人。早期にノイズが消失したため最悪よりはマシな状況に抑えられたものの人々に残された爪痕は大きなものであった。
そしてシンフォギア装者の奮闘のその裏で、ネフシュタンの鎧は起動は為され、フィーネの手の内に落ちた。
「という訳でフィーネ、完全に起動したネフシュタンの鎧の感想は?」
ライブ会場襲撃から幾ばくかの時間が経った後、フィーネの隠れ家の一つで石楠はビール瓶片手にソファーで寝転がっていた。
「上々ね」
「私からするとただの私の型落ちだけどなぁ」
「そりゃ全身完全聖遺物の貴女ならそうでしょう。比較にならないわ」
「ふふん、伊達に黙示録の獣だなんて言われてないんだな、これが」
「開発者も、人類滅ぼすため作った奴がこんななのは流石に哀れね……」
「で、世間話するために呼んだの?」
「いいえ?」
そう言って指を弾くと、立体ホログラムデイズプレイが壁面に現れた。そこには現在著しく政府能力が瓦解、弱体化し完全に治安が崩壊しているヨーロッパで暗躍する大量の秘密結社に関する情報だった。
「──うわぁ、アダムだ」
「パヴァリア光明結社が妙な動きをしている」
「……いつものことじゃん」
「その通り、つまり?」
「「邪魔してこい」」
「いえーい」
ハイタッチの乾いた音が部屋に響く。その音で隣の部屋で眠っていた少女、雪音クリスが目覚め、イラついた顔で部屋に乗り込む。
「うるっせぇ!! 今何時だと思ってんだ!?」
ソファーに寝っ転がりながら石楠はビール瓶をプラプラ振って返事をする。
「午前2時」
「そうだよ午前2時だよ、まともな人間なら寝てる時間だぞ」
「怒るなよクリス〜ビール飲む?」
「要らん!」
「まぁまぁクリス、騒いじゃってごめんなさいね。夜食でも食べるかしら?」
「……いい、太る」
「じゃスムージーとかにしましょう」
「いや、いいよ別に!」
酒瓶を置き、タバコに火をつけた石楠はクリスに構い倒すフィーネをぼんやりと見つめていた。昔よりはるかに丸くなった友人を見るのは中々にこそばゆい気持ちになる。
昔のフィーネなら『痛みだけが人の心を絆と結ぶ』とか言って虐めてただろうに、などと益体もないことを考えていると先程までフィーネがフルーツを切っていた包丁が額にスコンと突き刺さった。
「んべっ」
「今余計なこと考えたでしょう」
「これくらいじゃ死なないとはいえ痛いのは痛いんだぞ」
「フィーネ、もうこれ使って料理できないんじゃねぇか……?」
「洗えば落ちるわ」
「そういう問題なのか?」
惨劇の裏で、次なる動乱の芽生えが起こるその時まで日常は緩やかに流れる。
数千年を生きる少女は真実を知りながらも過ちを抱えたまま走り続ける。獣は、過ちと痛みを抱えてそれでも走り続ける少女の肩を支えて歩き続ける。
数千年の果て、終わりは見えつつあった。
しばらくソードワールドを遊び続けていた結果、更新は遅れに遅れこの始末。
反省、できたらいいなぁ……