流れゆく世界で、愛を謳う獣   作:鴉の子

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更新が遅いのはFF7Rが悪い(責任転嫁)
FF7の1番のヒロインはクラウド


3話 全能たるヒトガタ 壊れたケモノ

 イタリア行きの航空機に乗りながら、黒いワンピースにトレンチコートを着た石楠は窓の外を眺めぼうっと眺めていた。機内食は食べ終え、映画を見る気分でもない、最近の飛行機は禁煙でやだなと棒付きキャンディを齧る。

 

(いやー訃堂にゴネてよかった、まさかファーストクラスとは。金あんだなぁ)

 

 フィーネの頼みでヨーロッパのパヴァリア光明結社との揉め事の解決を頼まれた石楠は2課の諜報活動という体で出張に出ていた。

 なお、当初はビジネスクラスでの移動の予定だったが風鳴邸に顔パスで乗り込んだ石楠が風鳴訃堂に直談判してファーストクラスをもぎ取った経緯が存在する。

 

『ファーストクラス? まぁいいじゃろ、代わりにどうせヨーロッパに行くなら何か面白い土産でも持ってくるのを期待しておるぞ』

 

『りょ』

 

『相変わらず気安い喃、お前……』

 

『百年以上友達やってるんだから今更でしょ』

 

『かっかっかっ、それもそうか。土産頼んだぞ』

 

『ん、適当な異端技術でも拾ってくるよ』

 

 といった一部始終を経て、石楠はイタリア行きの飛行機の中で豪華な機内食を食べながら優雅な空の旅ができているわけである。

 到着まで後数時間程度になり、適当に映画でも見るかと、パクパクと雑に、しかし本人的には丁寧に機内食を口に入れ食べ終える。

 皿を片付けをようと近づいてきたCAに、食後のコーヒーでも貰おうとした石楠は錬金術師特有(…………)の薬品と異端技術の匂いを嗅ぎ取った。

 

「……あー、あれか? また転職でもしたか、サンジェルミ」

 

「違うわよ……! 貴方ならこっちに来るって言うからお目付役しろって局長に……!」

 

 石楠の目の前で青筋を浮かべるその人物は、CAの変装をしたパヴァリア光明結社の幹部、数百年を生きる錬金術師サンジェルマンだった。

 

「お前、苦労してるなぁ」

 

「原因は貴方でしょうが……!」

 

「お疲れ様、で、コーヒーは?」

 

 わかった上でおちょくられ、さらに額の青筋は増えるが、怒りを押し殺したサンジェルマンの手によりきちんとコーヒーは渡される、一通の手紙を添えて。

 

「ん?」

 

「局長からよ、『風情があっていいだろう? 親友に渡す手紙というのも』だそう」

 

「……友達いないんだなあいつ」

 

「プッ、ふふ……それ、本人に言ってやりなさい」

 

「お前たちの拠点が更地になっていいならね」

 

 呆れた顔で石楠は手紙を開く、上手いようで微妙に味のある文字で書かれたそれを至極面倒だ、という面で読み進める。

 

『拝啓、我が友よ。どうやら会いに来るらしいね、私に。言葉を交わすのも数十年ぶりか、今でも昨日の事のように思い出すよ、あの喧嘩を。最近の近況だが、暗黒大陸と言われている欧州も、経済面はともかく裏の面では我々の統治が進みそれなりに治安の回復は進んでいる。友の忘れ形見の動向だけが懸念事項だが、上手くいっていると言えるだろう、概ね。到着したら裏面の番号に連絡をくれたら案内役の車に乗ってくれ。予約しておいたんだ、いいワインを出す店を』

 

 裏面には携帯電話の番号がこれまた同じ書体で書き込まれていた。格好つけて手紙に香水まで吹き付けてあるのに気づき、石楠は腐れ縁のハシャギっぷりを早々に見せつけられ辟易とする。

 

「……で、案内役もお前?」

 

「……そうよ」

 

「お前、本当に幹部? 雑用係じゃなくて?」

 

「言わないで! 最近私も局長の尻拭い役ばっかやらされてるのちょっと気にしてるんだから! ……とにかく、ここでの仕事は終わりよ、降りるまで話しかけないで」

 

「……お疲れ」

 

「憐むな……」

 

 哀れなパヴァリア光明結社筆頭幹部を見届けると石南は着陸までの数時間を備え付けのディスプレイで映画を観て暇を潰す。

 

 そうしているうちに飛行機は空港に到着、革の旅行鞄一つを持って降り通常の税関ではなく外交官用の窓口を通り空港の外へ出る。

 

「乗って、送るわ」

 

「……リムジンかよ、金あるな」

 

「今空いてる防弾、耐爆仕様の車両がこれくらいしかなかったのよ」

 

 石楠は黒塗りフルスモークのリムジンに乗り込み、備え付けられていたシャンパンを勝手に開け、瓶のまま飲み始める。サンジェルマンはその素行の雑さに呆れながら車を出発させた。

 

「何処と抗争中なんだ?」

 

「今は各地方のマフィアが錬金術師達の地下組織を取り込んで連合を組んでる状態よ、いつ何処で襲撃があってもおかしくないの」

 

「で、局長の友人らしき私が来て一騒動起きそうだと」

 

「そうね、どうせフィーネの差し金でしょう? 何を探りに来たのかしら?」

 

「ん、最近やけに勢力拡大が激しいのが気になるってさ」

 

「ああ、そういうこと。別に隠してるわけじゃないわ、単純に欧州の錬金術師達が暴れすぎているから無理やりにも統合してやろうってだけよ」

 

 サンジェルマンはそう言うと現在の欧州の実情を説明し始める。欧州は経済崩壊により治安が悪化の一途を辿っており、地下に隠れ潜んでいたオカルト組織、つまり異端技術を習得した人間達による分割統治が始まっていた。かつての都市国家時代のような群雄割拠の地獄絵図の中パヴァリア光明結社局長、アダムがそれらかなりの部分を併合し完成したのがパヴァリア光明結社である。ここまでは裏の世界では常識であったが、現在ではさらに事情がややこしくなりつつあった。

 

「今に始まった話じゃないだろう? なんで今頃になって問題になるんだ?」

 

「米国の介入が激しくなったのよ。我々の組織統合と綱紀粛正で、治安が安定化し欧州の復興も目処が立ちつつあるわ。様々な利権のパイを奪うのに丁度いいと判断したんでしょうね、今まで潰してきた各組織の残党がアメリカの支援を受けて暴れ出しているの」

 

「なるほどね、絡んでるのは暁天周りか?」

 

「そうね、その辺りも怪しいけど、国家首脳陣でも欧州に食い込もうとする動きは顕著よ。欧州の異端技術を取り込んで世界のイニシアティブを取りたいんでしょうね」

 

「アダムはそれについて?」

 

「今のところ局長は何も、実際今のところは対処療法でどうにでもなる範疇だから興味がないんでしょう」

 

「だろうな、そういう些事に拘うタイプじゃないだろ」

 

「だから困るのよ……さて、着いたわよ」

 

「うん、ありがとなサンジェルミ」

 

「お礼は言わなくてもいいわよ、かわりにしっかり働いてもらうことになるわ」

 

「……ああ、私もしかして餌?」

 

「────C'est vrai(そうよ)

 

bât*rd(クソが)

 

 罵声を浴びせながら、投げつけられたシャンパンの空き瓶をこともなくサンジェルマンはキャッチする。石楠は澄ました顔を見て額に青筋を浮かべながらリムジンから降りた。

 

 そこは一見小さな家にしか見えない場所だったが、しかしよく見ると小さいながらも看板が置いてありレストランだというのが見て取れた。

 

 古めかしい木の扉を開け中に入ると、ほんの数席だけが用意された小さなレストランがそこには存在した。壮年の給仕に案内され、石楠は店の最奥に存在する窓のない個室に向かった。

 

「やぁ、久しぶりだね、親友」

 

「相変わらず喋り方が鬱陶しいな、アダム」

 

 白いスーツを着た美しい青年が一人、パヴァリア光明結社局長、原初のヒトガタ、アダムである。

 

「で、いいワインは?」

 

「既に用意してある、つきたまえよ、席に。ワイン以外も絶品なんだ、特にラム肉料理が」

 

 促され、アダムの対面に石楠が座る、すぐさま給仕がワイングラスに赤ワインを注ぎこんだ。なみなみとワインが注がれたグラスを2、3回ほど回し、一息に飲み干した。

 

「──いい趣味だ、それなりに新しいが美味い」

 

「そうか、嬉しいね。友人が葡萄農園と酒蔵を持っていてね、そこで作られたものなんだ」

 

「ふっ、なんだ、私以外に友達いたのかお前」

 

「いるとも。私と君の間の繋がりは友という言葉で括るには些か深すぎるとは思わないか? なぁニムロド(……)

 

「深くない、殺し合いしただけの古い友人ってだけだろう? それとその名前で呼ぶな、むず痒い」

 

「おや、恥ずかしがらなくともいいだろう、自明だよ、我々の仲が良いのは」

 

 アダムは久しぶりの友人の来訪にワインのハイペースで飲み干していく。

 

「しかし、不便だな、酔いを知らぬ体というのも」

 

「昔のお前が聞いたら発狂しそうなセリフだな」

 

「ふ、完璧な肉体と自負していたのは昔の話さ。君という存在に敗北した日から、生まれ変わったと言っても良いだろう、私という存在は」

 

「ただの親離れ(……)の表現がいちいち気持ち悪いんだよお前……ところで、ここの店員、避難は終わってるか?」

 

 給仕達はすでに姿を消しており、部屋にはアダムと石楠の二人のみが残される。

 

「勿論、必要な料理を並べてもらった後は全員地下室に待機中だとも」

 

「そう、手際がいいな、じゃあお前は暴れるなよ。お前が動くと店が消し飛ぶ」

 

「失敬だね、友よ。最近は出来るようになったんだよ、手加減」

 

「……規模は?」

 

「難しいね、人間大より小さくするのは」

 

 その言葉を石楠は鼻で笑うと、手酌でワインを注ぎ、一口だけ飲みグラスを置く。その液面に不自然な波紋が走る。石楠はテーブルクロスを机上の料理を一切巻き込まずに一瞬で引き抜くと壁面に投げつけた。

 すかさずアダムが手元のフォークとナイフで壁にそれを縫い付ける。

 

「食事中だ、三下」

 

 壁の四隅に投げつけられたフォークとナイフで縫い付けられたテーブルクロス、次の瞬間爆発音と共に壁が粉砕。

 一瞬だけ布で受け止められた瓦礫を石楠は発勁の要領で布に包まれた破片全体に衝撃波が伝わるよう掌底を叩きつける。

 瓦礫はチリ一つを料理につかせる事なく外へ全て弾き出され、襲撃者達を巻き込み街中は放り出された。

 

「これは弁償だね、食器代は」

 

「壁はどうする」

 

「向こう持ちだとも」

 

 壁に縫い付けられた布を引き裂き、二人は襲撃者の元へ向かう。

 

「ぐっ……完全な奇襲だったのでありましたのに……」

 

「なんだ、子供か」

 

 そこには旅行鞄を抱え、異形の尻尾を生やした狼少女が一人。彼女は瓦礫の中から立ち上がりこちらを睨みつけていた。

 

「ほう、興味深いね、パナケイア流体を用いた人工怪物かい」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「必ず目を通していてね、部下の研究成果には。数ヶ月前に結社を抜けた者達のだったが、実物を見るとは思わなかったよ、こんな形で」

 

 かつての部下の失敗作(……)がどういうわけか自らを襲撃している。結社の局長として粛清の詰めが甘かったか、と内心反省をしながらアダムは頬を掻いた。

 

「敵前でおしゃべりとは油断しすぎなのであります!」

 

 少女の前に立つ二人に上空からミサイルの雨が降り注ぐ。石楠が動こうとするのをアダムが静止した。

 次の瞬間、アダムが指を鳴らすことで生じた多数の極小規模の核融合反応により爆発することなくミサイルが蒸発。

 

「そんなっ!?」

 

 上空でブースターで飛行しながらミサイルをばら撒いていた女は驚愕した。女の身体は一見するだけで全身が機械で構成されているということが見て取れた。足の裏側のブースターで飛行しながら今も指先から機銃を撃ち続けているが一切効く様子が無いことに焦りの表情を浮かべていた。

 

「どうだい? 出来ただろう、手加減?」

 

「お見事、正直馬鹿にしてたぜ」

 

 思ったより我が友人は頑張っているらしい、と感動していたところ、石南は背後からの気配を感じ足下にあったコンクリート片を掴み叩きつけた。

 

「ぐぇっ!?」

 

 生身の顔面をとらえた感触がしたが、肉を削ぐ感覚がなかった為殴り飛ばした者もおそらくは人間ではないだろうと予測する。

 

「で、こいつら何者?」

 

「ヒトとヒト以外を繋げる物質、パナケイア流体を用いた伝承の怪物の再現実験、その産物さ。だが失敗だろう、結果はね」

 

「要するに私の後輩(……)か。それにしてもパナケイア流体ね、よく再現出来たな?」

 

「作られた怪物という点ではあながち間違いではないな、我が友。だが比べ物にならないよ、完成度では。パナケイア流体と称しているが僕たちに流れるモノの再現度としては1%ほどに過ぎない。稀血で浄化しなければ生存すら危うい失敗作さ」

 

「なんだそりゃ、どうしてそんなもんを人間にぶち込んだ? バカか?」

 

 空中を飛んでいた機械仕掛けの女は地上に降り、狼少女と、先程石楠に背後から襲いかかった少女が集まる。少女二人を庇うように立つ機械(……)に石楠は問いかけた。

 

「名前は?」

 

「……それを聞いてどうするというの」

 

「ああ聞く必要はない、友よ。久しぶりだヴァネッサ、それに初めましてかな? ミラアルクにエルザ」

 

「っ……お久しぶりです、局長」

 

「死んだと報告されていたよ、ファウストローブ実験の事故でね。義体処置をされていたとは、いやはや、彼はやはり殺しておくべきだったな、あの時」

 

 ため息を吐き額を抑えるフリをするアダム、そもそもパナケイア流体を用いた実験自体が非人道的な者であったため、内々で研究員達を含め全員を粛清するはずだったのが、直前で雲隠れされたのだ。

 

「あら局長の手を煩わせる必要はもうありません、もうすでに片付けました」

 

「おや、ありがたいね。吝かではないよ? その功績を持って我が結社に再び来るのは」

 

「……残念ですが、我々はパヴァリア光明結社に戻る気はありません。私達はノーブルレッドとして、人に戻る方法を探します」

 

「構わないさ、素晴らしいものだよ、雛鳥の旅立ちはね」

 

 パチパチと手を鳴らし、アダムはいつものような薄い微笑みを浮かべる。境遇が境遇である、自身以外の錬金術師への不信感からこちらに戻る気がないことなど百も承知だった。

 

「ああ、しかし残念だよ、飛び立とうとする雛鳥を殺してしまうのはね」

 

 アダムは指を三度パチンと鳴らす、ノーブルレッドの三人がいたその場所に先程使用した極小の核融合爆発が生じようとしていた。

 

「エルザちゃん! ミラアルクちゃん! 逃げて!」

 

 ヴァネッサは二人を庇い突き飛ばそうとしたその瞬間、アダムの指が石楠の手によってへし折られる。

 

「……なぜ止めるんだい、我が友?」

 

「せっかくの後輩だ、私が相手するよ」

 

「ふむ、そうか」

 

 へし折られた人差し指を気にすることなくアダムはさっさとその場を去り、先程の食事の席に戻っていく。

 

「却説、化物後輩諸君、遊ぼうか?」

 

「……貴女、何者? 局長の友人というだけじゃないみたいだけど」

 

「言ったろ? 化物の先輩だって。遊んでやるよ」

 

「────舐めんな!」

 

 拳に外套状に身体を覆っていた羽を、バイオブーステッドユニット「カイロプテラ」を巻きつけ、筋力を極大まで増強させたミラアルクが石楠の顔面に拳をたたき込んだ。しかし顔面で直接受け止めた石楠の身体はピクリとも動かない。

 

「なっ────!?」

 

「吸血鬼の怪力の再現か? 喜べよ、イギリスの本物の足元に小指程度はかかってるのは保証する」

 

 皮膜に包まれた腕を石楠が握りしめる、万力のような力で締め上げられた腕は骨は粉砕、急激にかけられた圧力に血管が耐え切れられず破裂する。

 

「ぐ、ゔっあああああああ!?!」

 

「5回ほど叩きつけるが、壊れてくれるなよ?」

 

 激痛に苛まれるミラアルクを構わず地面に、まるでおもちゃを投げつける子供のように乱雑に叩きつける。一度、二度、三度、四度目の途中で握っていた腕が肩口から千切れ、ボロ雑巾のようになったミラアルクが転がり落ちた。

 

「4回か、存外脆いな」

 

「ミラアルクちゃん!? ッ──コレダー!」

 

 激昂し、ブースターで間合いに飛び込んだヴァネッサ脚部が展開、強烈な雷撃を石楠の肉体に流し込もうとする。

 

「なんだ、ちょっと壊れた程度で怒るなよ、後輩」

 

 しかし、石楠は指先で展開した足先を掴むと雷撃を物ともせずにその場に立ち続ける。

 

「家族がボロボロにされて、怒らないわけないでしょうが!」

 

「化け物が家族ごっこね、懐かしい(……)

 

「貴方に、何がっ!」

 

 ヴァネッサは蹴り足をさらに捩じ込もうとするが、力を込めた瞬間、まるで支えをなくしたかのように体が倒れ始める。突如として起こった異変に困惑、掴まれていたはずの右脚を見る。しかし、そこにあるはずのモノが、ない。

 

「っ……あ゛ぁ!!」

 

「人の群れに放り込まれた化け物の気持ちなら嫌というほどわかるぞ? なんせ、神様がまだいた頃からそうだからな」

 

 膝上から手刀で切り落とされた脚を片手で弄ぶと、タバコの吸殻を道端に捨てるような乱雑さでそれを投げ捨てた。

 

「本当に何者なのよ!?」

 

「ヴァネッサ、頭を下げるのであります!」

 

 ヴァネッサの身体で埋まった視界に隠れ、飛び込んできたエルザのテールアタッチメントが襲い掛かる。鋼鉄の顎門が石楠の肉体へ齧り付く、がきん、という硬質な音を立てて。

 

「えっ……!?」

 

「肉を引き裂くにはまだ力が足りないな、子犬」

 

 石楠は悠々と鋼鉄の顎を素手で、まるで障子紙を引き裂いていくかのように破壊。ワンピースの裾にかかった埃を払う。

 

「で? 終わりか?」

 

「まさか! エルザ! ミラアルクちゃんは!?」

 

「腕の止血は終わったであります!」

 

「気にすんなヴァネッサ! ウチは平気だぜ!」

 

 片腕と片翼を失ったミラアルクが駆けつける、すぐさまノーブルレッドの3人は満身創痍ながらもどうにか石楠から距離を取る。石楠が『遊んでやる』と言った以上、油断して1発は食らってくれるという確信を持ったヴァネッサの起死回生の一手。

 両手をかざし、創り上げるは伝承の迷宮。

 弱々しい化け物が創り上げる強大な哲学兵装、ダイダロスの迷宮。『迷宮には怪物がいる』という人々が長き時間に渡って積層してきた認識を元に、『怪物がいる場所こそが迷宮』と因果反転させた最大全長38万km超の大迷宮である。未だ不完全な技であるため迷宮には所々の綻びはあるものの3人の最大の技であることに変わりはない。

 

「これなら……!」

 

 そしてノーブルレッド達には嬉しい誤算がここで生じる。

 

「しかもなんだか知らないけど迷宮のエネルギーが高まってるぜ! これなら!」

 

 怪物が3匹いることで成立してこの大迷宮、その内部に正真正銘の怪物を封じ込めたことによる概念の補強が生じたのだ。迷宮はより強固に、実在性を持ってそこに誕生した。

 しかし彼女達の力では万全の状態ですら維持できるのはおおよそ10分、片脚を失ったヴァネッサに片腕を失ったミラアルクがいる現状では5分と持たせられるかすら怪しい状態であった。

 

「今なら倒せるぜヴァネッサ!」

 

「やるであります!」

 

「ええ、今よ! ダイダロスエン……ぇ?」

 

 ダイダロスの迷宮を構成する概念境界で構成された薄青色の正三角錐がひび割れる。咄嗟の判断で、即座に三者がエネルギーを注ぎ込む。異常が顕在化する前に、迷宮を爆発させるほどの一撃を叩き込み片をつける、その判断は正解ではあった、通用するならの話ではあるが。

 迷宮は自壊ではなく内部から加えられた急激な圧力と破壊によって爆発、術者の制御外れた破壊は運悪くミラアルクとエルザを巻き込み彼女らを吹き飛ばすと近くの建物に衝突、二人は気絶する。

 

「何……? 今のは……!? 迷宮にヒビが……そうだ、ミラアルクちゃん!? エルザちゃん!?」

 

 爆風と巻き上がる土煙の中、ヴァネッサはどうにか衝撃から逃れ、どうにか地面に這いつくばる形で踏ん張っていた。

 

「縮退天体、大質量を持った爆縮する際に発生させる重力崩壊を再現した概念武装(哲学兵装)だ。世界一つの崩壊に等しいエネルギーをぶつけられればいかに迷宮といえど崩壊する。まぁ……一瞬遅かったが、いやぁ、油断していた、生身の全身が焦げたのは久しぶりだ」

 

 全身が黒焦げになった石楠が土煙の中から既に気絶しているミラアルクとエルザを両脇に抱え、現れる。明らかに熱傷Ⅲ度に達するほどの重傷を負いながら、まるでカフェで友人に話しかけるような穏やかさで石楠は話を続ける。

 

「ああ、心配しなくても後40秒もすれば元通りだ。お気に入りのワンピースを焼かれたのはかなり悲しいけどな」

 

「化物……!」

 

「なんだ、自己紹介か? お前らも大差ないだろうに」

 

「うるさい! それでも、私達は……!」

 

「ああ、残念だが人間に戻りたいって言うなら無理だと思うぞ」

 

「────っ!」

 

「これでも()友人(フィーネ)その道(異端技術)の専門家でね。特にお前達みたいのはよくわかる。パナケイアの紛い物を混ぜられた時点で人に戻る方法なんてありゃしないさ」

 

「っ……何を……!」

 

「どうせ薄々わかってるんだろう? 神に縋らなきゃ、どうしようもならんよ、それは」

 

「……っそれは」

 

 それは錬金術師として幼少期から長く研究に努めていたヴァネッサには薄々わかっていた事であった。通常の方法ではどう足掻いても人間に戻ることすらできず、それこそ神の力に縋るほかないと。その為に、信用ならない米国の仮面男(……)と綱渡りを繰り返しながらようやく渡りをつけたのだ。

 

「大方、お前達を誘ったのはイドフロントだろう。神の力に手を掛けているのはあの探究バカとアダムだけだ。あれが素直に約束を守る奴だったら、世界の行方不明者の数が三割は減るね、間違いない」

 

「それでも私達は……人間でいたいのよ……!」

 

「それになんの意味がある?」

 

 まるで世間話でもするような気軽な声で石楠はそう言い放つ。

 

「人であろうがなかろうが、お前らが生きることになんの関係もないだろう?」

 

「ッそれは強者の理論よ!」

 

 稀血が無ければ生存すら危うい自分たちのような醜い化け物が生きるためには、どうしても人間に戻る必要がある。

 

「死ななければいいのか?」

 

「えっ?」

 

「死ななくなったら、どうする? それでも人間に戻りたいか?」

 

「それは……」

 

「中途半端は身を滅ぼすぞ? ああ、それと忠告だが、人並みに扱われたいというのと人並みになりたいを履き違えるのは……まぁ、やめとけ」

 

「貴方はさっきから……っ! 何が言いたいの!」

 

 石楠はニンマリとチェシャ猫のような笑みを浮かべる。その表情を見たヴァネッサは、猛烈な悪寒を感じた。このままでは取り返しのつかないことになる、確信にも似た予感と同時に、少しの光明が見えるような奇妙な感覚とともに。

 

「正真正銘の化け物になる気、あるか?」

 




パナケイア流体に関しては完全なる捏造だ!!
パナケイア(万能薬)→万能な液体→生体型聖遺物に共通で使われてた人工血液的な流体じゃない?という連想ゲーム、間違ってたら……まぁ、その時はその時
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