魔法士ゆかり【未完】   作:湯ノ川

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Ⅱ.ⅹⅠ 竜狩りの月

 私は、今何を見ているのだろうか。

 

 私と同程度の軽装備の少女が片手にナイフ一本だけを携えて、竜へと向かって行く。

 

「危ないで?!」

 

 思わず私の口から盛れたその言葉に、彼女は何の反応も示さない。

 

 振り下ろされた腕、前脚とも呼べる部位に向けて華奢な少女はナイフを叩き付けるも、岩石の竜はその刃を通さない。

 

「チッ、流石に硬いですね」

 

 そう言いながらも止まること無く彼女は戦場を駆け抜ける。

 

 な、何をしてんのやあの人は!

 

「ゆかりさん!流石に無茶や!ここは一回退いて立て直すべきやろ?!」

 

 ◇

 

 もはやその言葉は私の耳には届かない。

 

 もっと速く。

 

 その想いに呼応するように心臓の鼓動はビートを刻む。

 

 連続して振り下ろされる鉤爪を、ステップで躱して前に出る。

 

 もっと・・・もっと速く・・・・・・。

 

 幾度と無く欠月を振るい、その度に竜の体表とぶつかっては弾かれる。だが、

 

 ・・・刃こぼれ一つ無い。ありがとうございます、つづみさん。

 

 ここには居ない友人に、感謝の念を抱きつつ、私は更に深く竜へと肉薄するのだった。

 

 ◇

 

「なんでアレを躱してるんやあの人・・・」

 

 最早、この戦場はゆかりさんと作り出された竜だけのもの。だが、そういう訳にもいかないのだ。

 

「とりあえずアイツはゆかりさんに任せとくとして・・・。ささらん、立てるか?」

 

「は、はい・・・。すいません。私・・・」

 

「そんなんええよ。それより、ほら」

 

 茜さんの視線の先には、たった一人で竜と躍る少女の姿を見て驚愕する雀蜂の姿があった。

 

「ウチらの目的、果たさな」

 

「は、はい。そうですね・・・」

 

「ゆかりさんは竜退治。ウチらは二人で蜂退治と行こうや」

 

「はい・・・」

 

 まだ少しふらつく身体を支えてもらいながら、何とか立ち上がる事が出来た。

 

 それに、確かめなければならない事がある。

 

「雀蜂。・・・・・・いえ、エムさん。・・・貴方が、雀蜂だったんですね・・・・・・」

 

「どうしてそれを・・・・・・そうか。さとう、か。忘れちまってたなァ・・・」

 

 私の中に、朧気に残る記憶。父と楽しそうに笑い、私にも優しかったあの人。

 

「な、何や?知り合いなんか?」

 

「あの人は・・・私の、父の友人だった人なんです」

 

「ささらんの父親?先代のギルドマスターのか?」

 

「はい・・・」

 

 いつもその『竜』の背に乗せてもらっていた事を、それを見て楽しそうに笑う父とその人の事を、思い出した。いや、思い出してしまった。

 

「どうして・・・・・・貴方はッ!・・・・・・いえ。貴方が今何故こんな事になっているのか、それはもういいんです。ただ、一つだけ聞かせて貰えませんか・・・?」

 

「良いだろう。佐藤の娘よ。何が聞きたい」

 

 そこには、先程までの陽気さとは打って変わり、悲しそうな顔をしている男がいた。私がよく知る、エムさんの姿がそこにあった。

 

「・・・・・・・・・貴方が、父を殺したんですか・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・そうだ」

 

 言いたい事があるはずなのに、思考は鈍り、悪い心が渦を巻く。どうして?なんで?口に出すべきはその類のハズだった。だが、それ等を押し退けて私の口からは短い言葉のみが紡がれた。

 

 ◇

 

「コロス」

 

「ッ!ささらんッ!」

 

「・・・・・・そうか。これが、"私達"の行く末か、『レイ』」

 

「お前が・・・父の名をッ!口にするなァッ!」

 

 ささらんと雀蜂の間にある闇は、私達が考えていたものより遥かに深いものらしい。

 

「世界を染める白!今闇を穿つ一条の矢となりてッ!」

 

 世界を白く染めて、全てを凍てつかせる彼女の範囲魔法が、細く長く練り上げられていく。それは矢と呼ぶべきなのか、はたまた槍と呼ぶべきなのか。対象を貫き、凍てつかせ、破壊する為の魔法が、今ここに生まれたのだった。

 

 LvⅢ魔法の改変?まさか、LvIV魔法か?!

 

 周囲のありとあらゆる熱が、全て白き槍へと吸い込まれていく。そのあまりにも強大な吸熱により、大気は凍りチリチリと悲鳴を上げていく。

 

「最後に、言い残すことはありますか・・・・・・」

 

「・・・ォ・・・いや、これは私の問題だったな。レイ、すまなかった」

 

「ッ!貴方は・・・。私は・・・・・・ァ!」

 

 少女の手から、ついに白き槍が放たれる。

 

「死ね!『果てなき氷槍(グラキ・アルクス)ッ!!』

 

「あぁ、やっと・・・思い出せた・・・・・・」

 

 あかん・・・・・・。このままじゃ、雀蜂が死ぬ・・・。それだけやない、このままやと、ウチらまで凍え死ぬ・・・・・・。けど、身体が、動かへん・・・!

 

 頼む・・・・・・!

 

「ゆかりさん!」

 

「はい。任せて下さい」

 

 世界が、眩い光に包まれていく。最後に私の目に映るのは、白き槍に立ちはだかりナイフを構えるゆかりさんの姿だった。

 

 ◇

 

「なっ?!」

 

 対象と定めた相手を確実に殺す為だけに生まれた槍は、父の仇に到達する前に射線上に割り込んだ者の手によって、その効力を望まぬ形で発揮してしまった。溜め込んだ熱が、否。冷気が爆ぜ、放たれた光から思わず目を背けてしまう。氷の魔法に耐性を持つ私は、何とかその場に踏ん張る事が出来たが、他の物は全てが凍てつき、その余波で砕け散っていく。

 

 ごめんなさい。約束、破っちゃいましたね・・・・・・?あれ?私・・・・・・今・・・何を・・・・・・?

 

 怒りのままに我を忘れ、殺意に呑まれていた私はその時、ようやく自我を取り戻した。

 

「あ、・・・・・・あぁ・・・・・・ッ!」

 

 自らの行いにより、取り返しのつかない結果が生まれてしまった。

 

 涙が溢れ、身体からは力が抜けて行く。立つことも困難になり、嗚咽が止まらない。

 

「私・・・私は・・・・・・ッ!」

 

「言ったはずですよ」

 

「・・・え?」

 

 ◇

 

 座り込み、咽び泣く少女の頭を、優しく撫でてあげる。

 

「私は、居なくなったりしない、って。約束ですもんね」

 

 恐る恐るといった様子で、ささらさんはゆっくりと顔を上げ、私の方を見る。

 

「もう。可愛い顔が、涙でグシャグシャじゃないですか。貴方には泣き顔より笑顔の方が似合うとお姉さんは思いますよ?」

 

「ゆ、ゅかりさぁん・・・・・・」

 

「はい。貴方のゆかりさんです」

 

 未だ泣き止まぬささらさんをそっと抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でてあげる。

 

「大丈夫。大丈夫なんですよ。もう、全部終わったんです」

 

 尚も地に膝をつけ、泣き止まぬ少女を気にかけながらゆっくりと立ち上がり、私は周囲を見渡した。

 

「けほっ、まさかホンマに助けてくれるとは・・・助かったわ、ゆかりさん」

 

「良かった。無事でしたか」

 

「今回ばかりはホンマに死ぬかと思たけどな。あー、おっさんも生きとるな。ほれ、そっち見てん」

 

「こほっ、い、生きている?な、何が・・・?なっ?!」

 

 ◇

 

 雀蜂、エムと呼ばれた男の視線の先には、両翼、尻尾、両脚、両腕、果ては頭部までもが切り落とされ、ただの砂の達磨と化した竜だった物が転がっていた。

 

「まさかゆかりさん。アレ、完成したんか」

 

「はい。斬撃系魔法『爪』の応用。拡張魔法『牙』の完成です!」

 

 爪。蟷螂が使っていたような魔力の斬撃を飛ばす魔法。昨日の朝、仕事に出る前に、ゆかりさんとギルドの図書館で調べ物をしていた際に付与魔法、エンチャントとの違いについて考えていた時の事だ。

「爪の魔法が飛ばしたり設置したり出来るのなら、その設置の座標を剣にすればエンチャントになるのでは?」

 突然そんな事を言い出した事がきっかけで、コボルト戦の最中は新技の開発を行っていた。結果から言うと、エンチャントにはならないということが分かった。エンチャントとは、武器を使っての攻撃に魔法の威力を上乗せする、というものだと私達は仮定した。ならば武器の表面を魔力でコーティングした場合、武器そのもののリーチを無視して魔力の刃を構築する事が出来るという利点に気が付いたのだ。魔力を纏わせるのでも無く、魔力を通わせるのでも無く、魔力で刃を形成し、それを自らの武器に装着する魔法。それこそが、ゆかりさんが編み出した新たなる爪の形、牙の魔法の全容だ。

 

「それにしても、あの竜ぶった切って、更にささらんの魔法までぶった斬ったんか。頭おかしいな」

 

「私は別に砂の竜も、あの白い槍も切ってはいませんよ。土属性と氷属性の魔質を月の魔質で妨害しただけです」

 

「理屈はわかる。けど、それをやってのけてるって所が頭おかしいんやって」

 

 何事も無かったかのようにあっけらかんと話すゆかりさんを見て、正直恐怖すら感じた。

 

 ホンマ、敵に回さんで良かったわ。こんなん個人じゃどないも出来やんやろ・・・。

 

「ほんで?雀蜂・・・あー、エムさん言うたっけ?」

 

 未だ尚、自身の見ている光景が信じられないのか、放心を続けるその男にたった一つ、質問を投げかけた。

 

「まだ、やるんか?」

 

「・・・・・・いや、このまま続けても、私の負けだろうな。分かった。降参だ」

 

 正直、その答えは私にとっては意外なものだった。

 

「随分と諦めええやん。自分、ホンマにあの『雀蜂』なんか?ウチの知っとる雀蜂とは、なんかちゃう気ぃすんねけど」

 

「・・・あぁ。私も、ようやく思い出せた、いや、取り戻した、と言うべきか」

 

「取り戻した?」

 

 ささらんの傍に着いていたゆかりさんも、不思議に思ったのか此方に歩いて来た。

 

 ◇

 

「不思議な言い回しをしますね。何を取り戻したと?」

 

「・・・・・・結論から言う。私は、雀蜂であり、雀蜂では無いのだ」

 

「・・・どういうことでしょう」

 

 確かに、男の様子は先程までとは全く違って思える。何か、嫌な気配のような物がサッパリと消えていた。

 

「何を、と聞いたね。敢えて言おう、私は、私自身を取り戻したのだ、と」

 

 男は語る。この戦いの根源。『雀蜂』と呼ばれた"呪い"の話を。




興が乗ったので少し駆け足気味になってしまいましたが、これにて雀蜂と呼ばれた男の物語は終わりを迎えました。
男が語る真実とは。
次回に続きます
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