「あ、ギルマス。こっちお願いしていいですか?」
「あぁ。こっちが終わったらすぐに行くよ」
「ギルマスー。こっちまだですかー?」
「え。あっ。ごめん。これが終わったらスグ──」
「あのー。ギルマスー?ずっと待ってるんですけどー?」
「あ。ごめっ、って!ささらちゃん!」
慌ただしく走り回る、"新たな"アウローラのギルドマスターとそれをからかう若き元ギルドマスターの姿を見て、私はほっこりとした気持ちで紅茶を頂いていた。
あの戦い、インティウムの街に巣食う闇。雀蜂一派との戦いから一週間が経った。本来処刑も有り得た彼等だったが、これから当分の間、真面目に街の為に尽くすという誓約を交わした者はお咎めが無く、その条件が呑めない者はこの街での登録を抹消。何処かの街で再登録をしようにも、不審な者という扱いを受けて街に入ることすら困難となったであろう。
私もようやく平穏を取り戻し、ここ最近は仕事にも出ずにのんびりとした毎日を過ごしていた。と言うのも、雀蜂一派が所持いていた武器や防具の所有権がギルドを通してコチラに移り、それを再びギルドを通し、街に残る選択をした者達に半値で売却を。街を出る者達の分はそのまま街で処分、もといギルドに売り払わせて貰ったからだ。その為、二十人近く居た罪人の内、街を出たのはほんの数人だったそうだ。更に雀蜂の討伐報酬としてユキナ銀貨が十枚、銅貨で換算すると一千枚に及ぶ収入を得た為、諸々合わせて銅貨千二百枚が我々三人に与えられた。それを分配する際、ささらさんは辞退したが、私と茜さんで五百枚ずつ。残り二百枚をささらさんへと押し付ける形となった。
つづみさんへの支払い、銅貨三百枚を納め終えて尚、まだまだ資金には余裕があった為、今は欠月をメンテナンスに出し、新たに予備としてなるべく重さや握りの近い、極普通のナイフを用意して貰った。
雀蜂一派のボスであったエムさんは、この度新たなギルドマスターとなった。彼は彼なりに裏のルールを制定し、一派が暴走しない様に手綱を握っていたというのが決め手になったのだろうか。それとも、彼本来の人望有ってのものなのか。何にせよ、ささらさんがエムさんを推薦した際に反対する者は居なかったそうだ。
「平和ですねぇ」
「なんやゆかりさん。えらい年寄り臭いな」
「ん?茜さん。今帰りですか?」
「せや。葵と二人でまた森にな」
「こ、こんにちは・・・」
「はい。こんにちは」
茜さんの後ろに隠れる様に小さく挨拶を交わしているのが妹の葵さん。茜さんの赤い髪とは正反対の、空を思わせる青い髪が特徴の女の子だ。
「そういえば茜さん。新技とやらは出来たんですか?」
「うーん。もうちょいってとこまでは来とるんやけどな。どうも蛍の戦い方が身に付いてもぅてるみたいや」
「まぁ癖というのは中々抜けませんからね。葵さんは?」
「わ、私の方は・・・・・・ま、まぁまぁかな、と・・・」
少し気恥しそうに葵さんは小さくそう呟いた。
あの戦いの後、エムさんの案内により私達は難無く囚われていた葵さんを助け出す事に成功した。新たな"器"とする為に丁重に扱っていた、というのは本当だった様だ。
でも、まさか、ねぇ・・・・・・。
雀蜂の正体。それが───。
◇
今宵も月が昇る。私は自室で一人、空を見ていた。
「"呪い"ですか・・・」
正直、私自身あまり情報を飲み込めては居ないのだが、エムさんから得た情報を端的に纏めると、『雀蜂とは人を指すのではなく、一種の概念を指すもの』、『それは人から人へと乗り移り、力を蓄えて行く』というものだった。
二年ほど前、ささらさんの父親、レイさんがある日雀蜂に取り憑かれた男と遭遇。突如襲いかかって来た男と応戦するも、その際に雀蜂の器とされてしまった。当時はそれが暴走する病の様なものだと思っていたレイさんは、自らが誰かを傷付ける前に殺す様エムさんに頼んだ。友の願い、覚悟を受け入れてレイさんを殺したエムさんが、次の器となってしまった。雀蜂は、自らを殺した相手に寄生して行くことで強者の肉体へと乗り移る、言わば呪いなのだそうだ。
だが今回の戦いでは、エムさんの中からは消え、誰も新たな器にはなっていない。それは月の魔力によるものだろうとエムさんは言っていた。あの時、私の魔力とささらさんの魔力はほぼ均等にぶつかり合い、弾け飛んだ。その際周囲の魔素濃度が上昇。大量の月の魔力を大気を通して身体に取り入れた事で、雀蜂は何処にも逃れられずに消え去ったのだというのが、エムさんの立てた仮説であった。
本当に、そう上手くいくものなんでしょうか・・・。
「まっ、考えても仕方ありませんよね」
私達は、平和で暮らせている。それだけで良いのだ。
夜空を照らす月を見る。それは、いつもより一層輝いている様に思えた。
◇
「へぇ。インティウムの雀蜂が」
遠く離れた場所、同規模程度の街『ファーマ』
その街の酒場に、"彼女"は居た。
「あぁ、噂によるとあのギルマスが数人の冒険者と共に討ち取ったらしい」
「数人?アイツらってそんな数少なかったっけ」
雀蜂と言うと目立つ様な組織では無いものの、町周辺の街道で商人を襲う事が多い連中だ。ゴロツキの集まりとはいえ、規模も多少あったハズ。
「さぁな。真相はいざ知らず。だが、雀蜂が消えたというのは本当らしい。ずっと遅延気味だった交通網が、数日の内に完全に復旧するそうだ」
「へぇ。それはめでたい事だね」
「今日はやけに大人しいな?いつもなら"そのギルマスと手合わせに行く"って飛び出す所じゃないか」
インティウム、アウローラのギルドマスターと言うと甘栗色の髪の女の子、確か魔法使いだったかな?
「あの子ねぇ。魔法特化っしょ?斬り合え無い相手にはあんまり興味無いかな」
「全く、戦闘狂め・・・」
「あぁ、でも」
インティウムの街。あそこには、アイツが居るんだったな。
「あの町には近々また行きたいかな」
「何か用事でも?」
「うん。会いたいヤツが居てね」
ある日、突然森の奥から現れた少女。武器も無ければ記憶も無い、変わったヤツだった。けれど、何処か惹かれる物を感じたアイツ。
「ほう?強いのか?」
「うーん、多分」
私がそう告げると、"リーダー"はニヤリと笑い持っていたグラスを一気に傾けた。
「そうか。分かった。ならこの仕事が終わり次第、向かうとしよう」
「おっけー」
あぁ、ワクワクしてきた。早くアイツに会いたい。きっと、何か楽しい事が待っているはずだ。もしかすると、雀蜂を倒したのもアイツだったり?
そう考えると、不思議と本当にそんな気がしてくるから面白い。それがより一層、アイツへの興味を駆りたてる。
「よし、ならば行くぞ。"マキ"」
「うん。さっさと終わらせよう」
待っててね?ゆかり、すぐに会いに行くからさ。
こうして、弦巻マキは動き出す。たった一人の、友と呼べる者と再開する為に。
これにて二章は幕引きとなりました。
本当はもーーーっと説明文だったんですけど、書いてて飽きちゃったので要所要所って感じにさせてもらいます