「俺はロールプレイで救世主をやってるものだ」 作:nanashi
俺はかつてユグドラシルである男に助けられた。
当時はゲーム内で異形種と呼ばれる種族を選択したプレイヤーをPKする行為「異形種狩り」が流行っていた。俺自身は初めてのゲームということもあり、よく分からずに異形種のキャラクターを選択してしまった。そのためプレイヤーたちからターゲットとして狙われてしまっていた。
その日もいつものようにPKされそうになるところを何とかして逃げていた。まともにゲームをすることも出来なかった。もういっそやめてしまおうかとも考えていたところだった。
それでも折角始めたゲームである。少しでも楽しもうと冒険を試みた。だが、探索に向かった先でも異形種狩りの被害に遭う。相手は二人、対して俺は一人。レベルもそれほど高くはない俺では二対一では倒すことはおろか、勝負にすらならない。
異形種狩りの二人組が声でコミュニケーションを取りながら俺を追いかけてくる。
「そっちに行ったぞ!」
「逃がすかよ!」
「クッ……」
形勢は悪化の一途を辿っている。このままじゃ追い込まれて倒されるのが目に見えていた。そして遂に追い込れ背後から魔法を撃たれる。
「おらよ!」
「……!」
俺はその魔法を背後から受けてしまう。追加効果のある魔法であったらしく動きが制限されてしまう。どうやらまずは機動力を奪ってから倒すつもりらしい。
追撃とばかりにもう一人のプレイヤーが俺に対して斬撃を浴びせてくる。遠距離タイプの魔法使いと、近距離の戦士タイプの二人組であることが分かった。だが分かったところでこの逆境を覆すことは出来そうになかった。
倒れる俺にとどめを刺そうとする戦士のプレイヤー。
「もう逃げられないな、これで終わりだ!」
「はぁ……」
またPKされるのか。もうこのゲーム辞めようかな。
……そう思った瞬間に白銀の鎧を着た騎士のような姿のプレイヤーが飛び出てきて異形種狩りの戦士を切り飛ばす。
そこからは一瞬であった。異形種狩りの二人のプレイヤーをまるで何事もなく順番にそれでいて的確な攻撃方法で倒していく。助かったのか?……事態を飲み込んだ瞬間には白銀の騎士がただ立ち尽くすだけであった。
白銀の騎士は俺に近寄ってきた。俺は一番に疑問に思っていたことを聞く。
「どうして見ず知らずの俺なんか助けたんですか?お礼として渡せるようなレアなアイテムもなければ、金貨だって大してもってませんよ」
俺の質問に騎士は何事も無かったかのようにこう答えた。
「誰かが困っていたら 助けるのは当たり前!」
そう答えると同時にその騎士の背後に「正義降臨」のエフェクトが掛かる。
俺は初めてユグドラシルにおいて人の優しさに触れることが出来た。
俺はその後にその騎士から初心者向けの情報や、装備を一部譲ってもらった……そして俺は騎士の考え……正義の心に強く惹かれるものがあった。
騎士に感謝をし別れる。
そして俺はこのユグドラシルでのプレイスタイルを見つけた。
俺は皆を助けるロールプレイをしようと心に決める。
誰かを助けるためには誰よりも強くならなければなかった。
だからまずは更なる力を求めて種族を人間種に変えた。ユグドラシルにおいて異形種は弱点を抱えることが多い。どんな状況にも対応するためには異形種を捨てて人間種になることが一番の優先事項であった。
そして次にひたすらレベル上げをし、職業レベルの最適解を限界まで調べ上げた。どの職業をどれだけ取ればどれくらいの効果があるのか徹底的に調べ上げた。そして基本的な近接戦闘を主軸とし職業レベルを最高率での組み合わせを見つけることが出来た。
装備も妥協してはならない。いくつもの冒険と現実の時間を費やすことで、神器級の完全武装を成し遂げることに成功した。色は白銀の騎士をリスペクトして、その対となる赤を選んだ。全身緋色の鎧を身に纏う。
守るばかりでは何も守れない。戦いには力が必要だ。武器だけは妥協するつもりはなかった。幾多の冒険を経て、遂に素材タイプのワールドアイテムを一つだけ手にすることが出来た。それを使い一振りの剣を生み出す。その剣は、剣と呼ぶには圧倒的かつ強大であった。
あとはひたすら経験を積んだ。困っている奴がいれば助けに行き、ダンジョン攻略に手こずっているギルドがいれば助っ人に入り力貸す。ただひたすらに人助けと戦闘を繰り返す。一つのギルドに入ることはしなかった。常に強さばかりを求めてたった一人で戦い抜く。妥協はない。あるのは自分の憧れたあの騎士に追いつくためであった。
そんなロールプレイを何年か繰り返していく。
そのうちに俺はあることに気付く。
俺は誰にも負けない『強さ』と『救世主』と言う謎の職業を手に入れていた。
それから俺は一度も負けることはなかった。ただひたすらに人を助け、モンスターを狩り、ゲームを終える。その動作が体に染みついた時、敵は存在しないことを悟る。
そこから更にユグドラシルで限界を求め、窮地に自ら飛び込む。
そしていつしか俺はユグドラシルと言うゲームをクリアしてしまっていた。
◆
「今日でユグドラシルも終わりか……短かったな」
何もない夜の平原ステージで一人のプレイヤーが月を見ながらぼそりと呟く。全身深紅の鎧を身に纏った男は草原に座り込みただひたすらにその時を待っていた。
「さあ、終わろうか……」
そしてユグドラシルのサービス終了と同時に終わる筈だった。
終了と同時に目を閉じる、もう一度開けばそこにはゲーム終了により現実に戻る筈であった……あったのだがどういう訳か目を開くと見知らぬ森の中にいた。
顔を冷たい風が撫でる。今まで嗅いだことのない自然の香り、樹の匂いを男は感じていた。
目を開き周りを見渡すと見たこともない夜の森の中に佇んでいる自分が一人だけ。
「空気が異様に澄んでいる、それに体中変な感じがする。一体どうなっているんだ。ゲームのバグか?それとも……コンソールはでないか」
男が住んでいた場所は、環境汚染の悪化によりガスマスクが必要な程に空気が汚れていた。
それがこうまで違うとなると自身の現在地はまったく予想がつかない。
また、体のいたるところにもこれまでと違う点がある。体中から力がみなぎる、視力や嗅覚の向上、まるで自分ではない別の誰かになってしまったような感覚だった。
意識を落ち着けるために大きく深呼吸をする。
「とりあえず歩いてみて、辺りの様子を探るしかないか」
観たこともない草木や花に気味の悪さが出てくる。歩けば歩くほどにこの世界と自分のいた場所の『異質』さが感じられてきた。
「ナノマシンの暴走で夢を見ているのか、それとも死後の世界か。異質な世界、まさに異世界ってやつなのかもな。人がいたら良いんだが……それと今の俺の格好はゲームのものだが……だとすれば魔法も使えるのか」
ゲームで使っていた魔法を口に出してみる。
【魔法の矢《マジックアロー》】
すると、青く煌めく光の矢が発射される。
「なるほど……ユグドラシルのゲームがこの世界と関係しているのは確か」
それが分かれば後は色々と実験をしていくだけだ。
まずは、アイテムボックスについてだがこれについては、中身はそのままにゲームと遜色なく使えた。
様々な実験進めながら歩んでいくが、進めど進めど景色は相変わらず変わらないままだった。この暗い森の中で完全に迷ってしまったらしい。
「仕方ない【飛行《フライ》】を使うか」
これまで【飛行《フライ》】を使わなかったのにはいくつかの理由があるが、一番は飛行型の生物との接触を避けるためだった。
だが、このまま迷っていても埒が明かないと決め呪文を唱える。
【飛行《フライ》】
魔力の減少をほんの少し感じながら、宙を舞っていた。これが現実の世界なら喜んだであろうがそんな余裕はない。
空中を浮遊しながら進んでいると遠くの方に明かりがあるのが見て取れた。
そこに向けて一直線に進む。
近くの木陰に降りてから明かりの方を見ると驚愕の光景が目に入った。
「グゥォォォォオオオッ!!」
虐殺。凄惨な状況が目の前で行われていた。
襲われているのは現代的でない服装をした人間達。
一方、襲っているのは見た目からでも分かる強靭な筋肉と茶色の毛皮、獰猛さの象徴のような牙と爪。
ユグドラシルでも似たようなものを見たことがある。
あれは【獣人《ビーストマン》】だ。
男はこの村のことなど何も知らない。ただ通りすがっただけの一般人だ。知らんふりを決めこんで立ち去ったところで誰かに責められる訳でもない。それどころかこの世界がゲームなのか現実なのかすら分からない。
だがたとえ作られた世界であっても、現実であってもやるべきことは分かっていた。ゲームの力が使えるなら【獣人《ビーストマン》】ごときには後れを取らない筈である。いや、そもそも勝てる勝てないじゃない目の前の虐殺が許せなかった。困っている人がいれば助けるのは当たり前だからだ。
そう覚悟を決めた瞬間に辺り一帯に大きな子供の声が鳴り響いた。
「お母さん!おかあさぁぁぁあん!」
どうやら母親とはぐれた子供が必死に助けを求めていたのだった。
それに気づいた一匹の獣人が子供の首をはねようと拳を上げながら接近し、爪を振り下ろす。
「もう大丈夫だ」
子供の前に立ちはだかった男は獣人に一撃だけ殴る。
ドンッ!という音が一瞬だけ鳴る。
その瞬間、空間に穴が開き気づけば獣人の体には巨大な風穴が空いていた。
男は怯える少女を安心させるために名を名乗る。
「俺の名前は【緋色】、ロールプレイで救世主をやってるものだ」