欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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彼らの生きる学園世界
一話:それは恐竜のようだった


 それは恐竜のようだった

 

 

 

 今でもその表現は正しいと思っている。

 初めて見た瞬間、彼女の繰り出す拳の起こした結果を見れば誰もが納得するだろう。

 すとんと静かな足音を立てて、体重にして60キロもないだろう中学生の少女が繰り出した拳。

 それで人が吹っ飛んだ。

 まるで魔法のように。

 まるで漫画のように。

 放物線すら描かずにぶっ飛んで、五メートル以上は離れていた壁に激突して、鈍い音を立てたんだ。

 身長180センチ以上、よく鍛えこまれた肉厚の巨人みたいな先輩の体がボールのように吹っ飛んだなんて誰が信じるだろうか。

 少なくとも。

 そう、少なくとも俺は唖然とした。びっくりした。信じられなかった。

 人間の繰り出せる威力とは思えなかったからだ。まさしく恐竜にぶん殴られたとでもいったほうが説得力があると思える。

 感想1、人間じゃねえ。

 感想2、実はロボットじゃないのか?

 感想3、ちょっとした疑問。

 

 そう、俺はこの時に気が付いた。

 

 その時、彼女は目を丸くしていたんだ。

 驚いていたんだ。

 

 ――"なんでこんなに簡単に相手が吹っ飛んだのか理解出来なくて"

 

 彼女、古菲はどこか戸惑ったような顔を浮かべていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 麻帆良の朝はいつでも賑やかだ。

 一つの都市に学園が無数に建造されている学園都市。

 どこか現実とは違う、狂ったような御伽噺の世界。

 ピリピリと何かが歪んでいるような気がするのは自分が多感な年頃だからだろうか。

 地響きにも似た足音が響き渡る、後ろに目を向ければ時間ギリギリに出たのだろう学生が一斉に走っていく、今の時間ならば俺の通う高等部にはなんとか間に合うが、その学生の大半は女子学生、それも若い連中。

 駆け足十分の距離にある女子中等学校の学生か。

 どこかけたたましい鶏の群を見ているような気分で、横に足を向けて、猛烈な勢いで走り抜けていく学生共を見送る。

 男子校に通っている同級生共ならば目の色変えて興奮するだろうが、生憎自分は女子中学生のガキには興味が沸かない。

 

「めんどくせ」

 

 地震のように揺れる地面にため息を吐きながら、俺は加えていたイチゴ牛乳を飲み干して――嫌な顔を見つけた。

 中学生に相応しい未熟な体躯、小麦色の肌、向日葵のような色抜けた黄色の髪を左右に結わえた髪型。

 確かもう中学三年になったよな?

 

「ちっ」

 

 ――無意識の彼女のことを思い出している自分に気付いて、吐き気がした。

 俺は彼女のことを知っている。嗚呼、知っているとも。

 彼女は中国武術研究会の部長であり、俺はそれに所属しているのだから。

 

「古 菲!」

 

 ん?

 声が上がる、目を向ける、そこには無数の見慣れた顔と見慣れない顔の男共がいた。

 またか。

 

「今日こそお前を倒して我が部に入ってもらう! 俺と一緒にリングの星を目指すんだ!」

 

「いやいや、俺の部に! 空手が君を待っている!」

 

「いーや、我々剣道部に!」

 

 ボクシングと空手は理解出来るが、剣道部が誘ってどうするんだ?

 ちょっとした疑問、だが結果は同じだと分かりきっていた。

 馬鹿らしい。

 "勝てるわけも無いのに"

 

「ぬー、私は誰の挑戦でも受けるアルヨ!」

 

 古菲は何時ものように不敵な笑みを浮かべて、構えを取る。

 研ぎ澄まされた構え、よく功夫を練っていると一目で分かる熟練の気配。

 嗚呼、だけど違うんだ。

 そんな理屈が通じる相手じゃないのに。

 

『うぉおおおお!』

 

 格闘部の連中は学習能力もなく、己の力量全てを振り絞って挑みかかる。

 滑るようなステップからのストレート、よく修練された正拳突き、防具も付けていないというのに遠慮も躊躇いもない風を切るような振り下ろし、他にも他にも。

 常識的ならばそれは一方的なリンチ。

 腕の立つ人間でも多数対一など無謀の極み。

 見に付けた技術があろうとも、優れた体躯があろうとも、勝ち目の薄い戦い。

 良識ある人間ならば決してやらない卑怯な行為。

 けれど、彼らは分かっているのだろう。

 "その程度で勝てる相手じゃないってことを"

 古菲の体が沈む、掻き消えるような速度で右ストレートを回避し、振り下ろされる正拳突きを化剄で受け流し、流れるような一撃で手の平を上に叩きつける。

 そして、ドンッという人が肉を殴ったような音とは思えない轟音を立てて吹き飛ぶ。

 そう、"吹き飛ぶ"。

 爪先を地面から離し、人体が浮かび上がる、これを吹き飛ぶといわなくてどう語るんだ。

 漫画のように、滑稽なアニメのように、吹き飛んだ彼が他の連中も巻き込んで落下すると、そのまま一方的だ。

 殴る、ぶっ飛ぶ。

 蹴る、崩れ落ちる。

 払う、転ぶ。

 積み木を子供が崩していくかのように圧倒的な光景。

 見慣れている人間ならばすげーと軽口を叩いて、すぐに過ぎ去る。

 始めての人間ならば目を丸くして、古菲の実力に感嘆するだろう。

 "誰もおかしいとは思わずに"。

 

「変だよな」

 

 俺はその光景から目をそらし、いつものように呟く。

 知識を検索し、先ほどの動きを自分でシュミレートし、古菲の体躯とウェイトから繰り出されるだろう威力を試算する。

 けれど、ありえないのだ。

 自分の知りえる技術では、あんな威力は逆立ちしても出ないのに。

 彼女は人間なのだろうか?

 彼女は本当は恐竜なんじゃないだろうか。

 忌避というよりも疑問。

 疑問というよりも苛立ち。

 

「さあ次の挑戦者はいないアルかー!」

 

 彼女の声が聞こえる。

 けれど、俺は目を向けない。

 朝からダウンして、遅刻する気は無いから。

 朝食を吐き散らして、無様に転がるつもりは今は無いから。

 

 俺は学校に行き、彼女に気付かれる前に逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 俺はいつも部活に出る。

 湿布は常備、包帯も用意、ゼリー状のエネルギーメイトを食べて、激しい運動をするだろう部活に出る。

 教室を出る前に友人に言われた。

 

「またお前部活行くのか?」

 

「あ、ああ」

 

「いいけどよ。怪我すんなよ」

 

「多分無理だな」

 

「んじゃ、せめて死ぬな。また病院に運ばれるお前を見るのは嫌だぜ」

 

「ああ」

 

 良い友人だと思う。

 口は軽く、性格も軽く、女好きだが芯は通っている男。

 恵まれていると思える。

 そして、教室を出て真っ直ぐに中国武術研究会用に割り当てられている道場に行った。

 男女共に用意されている更衣室で動きやすい服装に着替えて、道場内に入る。

 板張りの床、動きやすい室内靴、中を見ると既に部長の古菲は薄っすらと汗を浮かべながら、劈拳の型をずっと通して修練していた。

 彼女の主としている武術、形意拳曰く「三体式三年」、「劈拳三年」と言われるほど繰り返し体に覚えさせ続けた型なのだろう。

 それは朝見たどの動きよりも精錬されているような気がした。

 

「お、ナガト。もう来ていたアルネ」

 

「ああ」

 

 短い返事を返し、俺は屈伸運動を開始する。

 他の連中は少しだけ嫌そうな顔を浮かべたが、諦め顔だった。

 俺が古菲を嫌っているのは誰もが知っていたからだ。

 彼女だけは何も知らないようにニコニコと笑っているが、その真意は知らない。知りたくも無い。

 ただ馬鹿の一つ覚えのように組み手を交わしてくれる出来の悪い練習相手程度にしか思ってくれないだろう。

 屈伸運動を終えて、俺は基本的な型をなぞり始めた。

 拳を握り、膝を軽く曲げて、気息を洩らしながらシュッと一突き、虚空を穿つ。

 次に手を猫手に曲げて、手首から肩までの間接をイメージしながらしならせて、足を踏み込ませて、三連撃。

 師曰く、動きには常に無意味にやるのではなく、イメージが必要だと言っていた。

 誰かを殴る自分、誰かを叩く自分、誰かを殺す自分。

 思い込みによる手ごたえ、殴った位置だと思える場所で手を切り返し、衝撃を受け流す。

 そのまま五分程度の準備運動を終えると、視線に気が付き、彼女に振り返った。

 

「んじゃ、ちょっと手合わせを頼む」

 

「いいアル!」

 

 嬉しそうな笑顔。

 少しだけ苛立つ、そんなに人をぶっ飛ばすのが楽しいか。

 しかし、一部は喜びと安堵。

 嫌がられたら終わりだという気持ち、彼女に挑めなくなる自分が待っていると思えるから。

 

「じゃあ、審判は俺がやる。やりすぎないでくださいよ、部長」

 

「分かってるアル」

 

 嘘だ。

 と叫びたいが、我慢。

 場所を広く取った道場の真ん中で、決められた位置に移動する。その際には俺を嘲笑する陰口が聞こえたが、構わない。事実だから。

 拳を手で包み、一礼。

 

「はじめ!」

 

 構えを取った俺たちに声がかかり、古菲が、俺が足を踏み出した。

 どうくる。

 そう考えたのは一瞬、彼女は直進する、形意拳の心のままに。

 迫る、体重を乗せた震脚、瞬くような速度、認識は不可能。背筋の悪寒と共に仰け反るように躱し、受けるために手を伸ばし――

 己の失策に気付いた。

 

(ばかかっ!)

 

 受けた手から返ってきたのはロケット砲を受け止めたようなありえない衝撃。

 腕がもぎとられたかと錯覚し、暴風で撫でられた小人のように自分が旋回、本能が危機を察知し、堪えずに背後に受け流していた。

 一瞬脚が自分の意思ではなく地面から離れて、背筋が怖気立った。

 

「っう!」

 

 悲鳴が出かけるのを我慢し、自分の体の横を過ぎ去る古菲へと追撃するように軸足を踏み変えて、蹴りを放つ。

 しなやかに、ずっと何度もサンドバックを蹴りこんだ自信あるローキック。

 だがしかし、それを。

 

「甘いアル!」

 

 彼女は膝を曲げて、腰を落とし、只でさえ小柄な体を沈めて、膝で俺の蹴りを受け止めた。

 硬い肘鉄、痛みを覚える、だがしかし返ってきた反動と光景に舌打ちを隠せない。

 揺らがない。

 体重ではこちらが上回るというのに大樹にでも蹴りこんだように、まったく微動だにしない、彼女の両足は地面にでも溶接されているのか。

 

「おぉお!!」

 

 悔しさに声を張り上げながら、一旦距離を取ろうと弾き返された脚で後ろに伸ばすが、彼女は微笑み。

 

「逃がさない!」

 

 手を伸ばす。しなやかな猫のように曲げた膝を伸ばして、蹴り飛んで、こちらの腹へと手の平が飛び込んで。

 俺は腹筋に力を篭めて――一瞬も持たずに吐息を吐き出した。

 

「がっ!」

 

 吹っ飛ぶ。

 まるで大砲にでも撃たれたかのような激痛と衝撃、内臓がいかれそうだった。

 空中を舞っていると理解したのは気絶し、目が覚めた後だった。

 

 

 

 

 

 結局、今日も勝てなかった。

 少女の形をした恐竜は暴虐すぎた。

 

「ただいまー」

 

 湿布を腹と足に張り、古菲との組み手のあとはひたすら体を苛めるように、型の訓練をしていた。

 体は疲れの極みだった。

 学生寮の扉を開けて、割り当てられた部屋に入ると、既にルームメイトは帰宅しているようだった。

 

「お帰り」

 

 静かな声。

 リビングに入ると、彼は木剣を膝において、吐息を止めていた。

 

「何してるんだ?」

 

「イメージトレーニングだよ」

 

 答えながらも、ピクピクと彼の指と手が小刻みに震えている。

 誰かと斬り合っているのだろうか。

 この学園都市に引っ越す前はとある剣術道場で習っていたと彼は語っていた。

 

 そして、冗談だとは思うがこう言っていた。

 

「僕は兄弟子を斬った」

 

 と。

 多分冗談だろう。

 彼は穏やかな性格だった。そして、モノホンの日本刀――太刀を持っていたが、刀剣所持許可証は持っているらしいので法律も大丈夫だ。

 

「短崎。今日の飯は何にする?」

 

「和食で」

 

「OK」

 

 日替わりで決めている食事当番。

 

 そして、俺は事前に買っておいた食糧を冷蔵庫から取り出し、調理を開始した。

 

 

 

 こうして俺たちの日々は変わらずに過ぎていく。

 




こちらでははじめまして
知っている方はお久しぶりです
こつこつ続きは書き溜めてましたが、こちらのほうで続きまで毎日投稿出来ればと思います

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