欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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九話:悲しみなんて泥のようなものだ

 

 

 

 

 悲しみなんて泥のようなものだ。

 

 

 

 

 他人が汚れても気にしない。

 自分じゃないから。

 服に泥が撥ねても、手足が大地に叩きつけられても、顔まで埋められても、その上から踏み締められても、やっている本人には、やられている人間の気持ちなんて分からない。

 悲しみは泥のように冷たく、どこか熱くて、気持ち悪くて、ぐしゃっとしてる。

 ぐしゃぐしゃ。

 ぐしゃぐしゃ。

 ぐちゃぐちゃしてるんだ。

 

 ――思ったよりも脆いな。

 

 声がする。

 

 ――脊椎神経に損傷が。半吸血鬼化してなければ半身不随になっていました。

 

 ――茶々丸、手加減をミスったか?

 

 ――申し訳ございません。連日の戦闘により、一般人の肉体機能の限界値を高く修正し過ぎた模様です。

 

 声が聞こえる。

 けれど、どこから聞こえるのか分からない。

 手はどこだ? 脚はどこだ? 腹はどこだ? 口はどこだ? 顔はどこだ?

 ……俺の目はどこだ?

 みえない、見えない、視えない。

 なにも、みえない。

 

 ――反応したか?

 

 ――覚醒時の生体電流反応を確認しました。脳は覚醒したようです。ですが……

 

 ――催眠状態のままでいいか。下手に自我が戻られても困る、このままここで放置しておけ。時間になったら念話で指令を出せばいい、親に子は逆らえんからな。

 

 ――了解しました。

 

 パタリ。

 パタパタと音がした。足音か、あし? あしってなんだ? あああししってなんだ?

 あした? じかんのことだろうか? いやいやいや、じかんってなんだっけ?

 まぶしい、まぶしい、めはないのになぜかまぶしい、いきぐるしい、ほこりくさい、いきしたくない、しにたい。

 

 ――大丈夫ですか?

 

 こえがする。

 うるさい、うるさい、すげえうるさい。

 

 ――申し訳ありませんでした。今晩が無事に終われば解放します。しばらくジッと――いえ動けませんから必要ありません。耐えてください。

 

 ! つめたい。

 頬につめたいモノがくっついた。

 水、水、みずのかんしょく。しゃぶる、すいこむ、のみこむ。

 まずい、ぬのっぽい、わたのぬれた味がする。

 ずぅう、ずぅう、啜りながら途中で冷たくかたいかんしょくがしたような気がしたけれど、かまわずにしゃぶった。

 

 ――それでは。

 

 みずがなくなる。

 そして、かつかつとおとがした。

 だれもいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 だれもいなかった。

 くらい、くらい、でもまぶしい。

 僅かなすきま、もれ出るひかり、それが目にやきつきそうだった。

 かじかじとどこからかおとをもらして、たえる、たえる、たえる。

 のどがかわいても、おなかがならないことにふしぎになりながらも、ずっとたえた。

 いきをする、いきをする、呼吸のかぜのおとだけがとてもきれいだった。

 しばらくじっとしていてようやくまぶしいのがなくなってきた。

 そして、どこからかふしぎにきこえてくるおともすくなくなったのがさびしい。

 いきをしよう。

 いきをしよう。それしかできないから。

 なにかをあけて、がちんと音をたてる。歯のおとだ、ほこりをかみくだく。まずい。

 まずいけどやることがない、つめたいはずのくうかんはせまくて、ずっと触れていてもぜんぜんあたたかくならない。

 いきをする、いきをする、だけど不思議なことにきづいた。

 音がきこえない。ずっと生まれたときからきこえていたおとが。

 しんぞうが聞こえない。

 

「     」

 

 きづいたとき、ひめいをあげたつもりだった。

 だけど、ひびわれたくちびるは震えるだけで、音がもれない。ひめいにならない。

 ゆびもうごかない、なにもうごかない、息するだけしか許されていない。

 

「    」

 

 何もみえない

 なにもきこえない。

 なにもない。

 きがくるいそうだった。くるう、きが、くるう。

 たいくつだ。

 たいくつだ。

 たいくつだ。

 はをならすことだけが心をいやしてくれた。

 ぐるぐると、ぐしゃぐしゃとどこかで喚き続ける空耳がひまつぶしだった。

 

 そして。

 

 そして。

 

 

 眩しい光がばっと消えたころ、しばらくして声がきこえた。

 

 ――来い。

 

 どうじに体が動いた。

 からだをうごかす、まるで自分の体じゃないような感覚。

 目のまえの薄いまぶしい光の間にゆびをつきたてる、ひらく。

 ガラガラとうるさい音がして、外をみた。

 どこかの倉庫だったのか、みおぼえがあるちけい。でんきがなくて、星がきれいだった。

 

「    」

 

 何か叫びたかったけど、声がでない。

 いきをはきだすたびにごほごほとせきこむ。舌がもつれた。

 

 ――'*'$"$'"%%。

 

 せきこんでいると、頭のなかに何かがみえた。きこえた。

 いかないと、いかないと。

 はしる、むちゃくちゃに、ただてあしをまげて、無様に走った。

 地面をける、だいちにあしがめり込む、すると――塀をこえた。

 

「  」

 

 かるがると、塀をこえた。

 五メートルはある塀を飛び越えた。

 

「  」

 

 声が出ない。

 頭が衝撃でゆれてくる。

 ただ滑稽なほどになにか笑えた。

 

「 っ っ ッ!」

 

 わらった。息を吐いた。

 ばしんと受身すら取らずに着地し、草むらを走り抜ける。

 どこも暗い、月光が心地よかった。

 嗚呼、ああ。

 なみだがこぼれる。

 よばれて、よばれて、橋まで走り抜ける。

 数十秒とかからずに、一キロ以上を走り抜けるばけものみたいな速力。

 

 そして、見えた。

 

 ――襲え。

 

 見えたのは子供と少女、あと**と茶々*。

 長い木の魔法使いが持つような杖を持つ少年、燃えるような赤毛、意志の強そうな瞳がこちらを見て見開かれる。

 傍らに居るのは少女。オッドアイ、ツインテール、肩にはオコジョが乗っている、それだけで十分。

 

「な、あれは!?」

 

「だ、だれ!?」

 

 いきをすう。

 あの世界の中よりも格段に美味かった。はきけがするほどに。

 

「    」

 

 咆哮を上げて、指示された少女に飛び掛った。

 

「明日菜さん!?」

 

 旋転、体を無造作に回して蹴りを放つ。

 たった一歩の跳躍、それだけで距離が詰まる、だんがんのようだ、つばさでもはえたのか。

 けれど、おれのあしが少女に命中する寸前、空中で硬くふせがれた。

 

「  ?」

 

「っ、光の矢――3連!」

 

 戸惑うじぶんの前に発光、まぶしい。めがつむりそうになって、突如直撃したしょうげきにふきとんだ。

 バンッ、という音がきこえて、転がる。地面にぶっとぶ、ゴロゴロと体がひめいをあげているが。

 

「――中々に躊躇わないな、小僧」

 

「っ。そんな」

 

 少年が顔を歪める、戸惑ったように。

 まるでこの程度では倒されないだろうとそうぞうしていたかのように。

 

「安心しろ、この程度で半吸血鬼が死ぬか。起きろ」

 

 指が鳴る、それと同時に起き上がる。

 体がいたくない、体温すら感じないからか。

 ただ唇から血の味がした。

 

「さて、ゲームをしようか。そっちのオコジョ妖精も入れればこれで三対三だ。公平だろう?」

 

「なっ」

 

「誰なのよ、この人は!! 関係ない人でしょ! こんなことに巻き込むなんて……」

 

「テメエ、魔法使いのルールを守る気はねえのか!」

 

 少年が驚いた顔に、少女が怒った顔に、そしてどこからかビビッたような声がした。

 だけど、おれはただ拳を握り締めていて。

 

「忘れたのか? 私は悪い魔法使いだ、茶々丸。私のサポートをしろ。お前はそこの女を襲え」

 

「分かりました。ネギ先生、怨まないで下さい」

 

「っ」

 

 一気に空気が熱くなったような気がした。

 少女が、少年がなにかいっていたようなきがしたが、よく分からなかった。

 

「さあ、行くぞ! 夜はまだ長いのだから!!」

 

 叫ばれる言葉と同時に俺は踏み出した。

 拳を握る、少女が覚悟を決めたように拳を作る。

 

「誰かは知らないけど、ごめんなさい!」

 

 薄くぼんやりと光を纏った手。いやな予感。

 だけど、俺は愚直に突き進んで――殴られた。

 

「へ?」

 

 顔が仰け反る、衝撃だけで岩が砕けそうだった。

 だけど、おれはひるまずに腰を捻って――爪先を少女の腹に叩き込む。

 

「っ!」

 

 体重も乗っていないつま先キック、だけど少女が吹っ飛ぶ。けど、感覚で分かる。

 きいてない。

 

「女の子の腹を蹴るなんて――」

 

 加速、じめんをける。

 飛び上がる、両手をひろげて、ばかみたいに振り下ろす。

 

「あぶねえ、姐さん!」

 

 声がした。びっくりした。

 少女が横に飛ぶ、見てからの跳躍、だけど動きが早い。風のようだった。

 だから、俺の腕は外れる。大橋のじめんをたたく。ビシリとひび割れて、指がめりこむ。

 

 ……なんだこれ。

 

 はきけがこみあげた。

 

「このぉお!!」

 

 顔面に衝撃。横っ面から蹴られた。

 ぶっ飛ぶ、どんな脚力。踵で地面を擦るが、止まらない。

 回転しながら吹っ飛んで、無造作に地面に指を立てる、破砕しながらひっかかる、体を捻る。着地する。

 

 ……きもちわるい。

 

「  」

 

 悲鳴がもれそうだった。

 だけど、それでもあしをふみだして――少女に殴りかかる。

 

 ……無様過ぎる歩法。

 

 踏み出すバランスもなく、意識ものせずに、ただはしっていた。

 打ち出すのは大降りのみえみえのパンチ。あほらしい。

 だけど、相手は素人らしく躱せずに――俺のパンチで悲鳴を上げた。

 どれだけの威力だったのか。人間が吹き飛ぶなんてありえない。

 キャアッ! いいながら数メートル吹っ飛んで、手を痛そうに振っていた。

 

「大丈夫ですか、姐さん!」

 

「う、うん! 痛かったけど」

 

 声がする。

 おれは手を見る。

 今の一撃を繰り出したじぶんのてを。

 強かった。とってもつよかった。

 だけど、きもちがわるくて、脚が震えて、叫び声がもれそうだった。

 

「!!!」

 

 そらをみあげる。

 空で光るキラキラとした花火のような輝き。

 光の矢が、氷の矢が、闇が、風が、舞い踊る。

 ばからしい。

 ばからしい。

 夢を見ているのか。

 

 でも。

 

 でも。

 

「     !!!」

 

 涙が零れた。

 

「え? この人?」

 

「どうしたんですかい?」

 

「泣いてる」

 

 あつい、あつい、あつい。

 なんでむかつくんだ。

 なんで憎いんだ。

 こんなにも、こんなにも。

 強くなっているのに、あいつらにも負けないぐらい、古菲にだって並べるぐらいに。

 けれど。

 

「ァア」

 

 許せない。

 自分が許せない。

 だから、拳で地面を打ち付けた。

 

「え? なに?」

 

 叩く、叩く、打つ、打つ。

 拳が砕けるまで。

 

「やめてよ! やめて!! ――アンタ、このひとに何したのよ!!」

 

 手が砕けるまで。

 痛くない、痛くない、まだいたくない――血が出てるのに。

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 ようやく声が出た。

 でも、しわがれていた。

 地面を壊す、大地を壊す、こんなにもばからしく強い腕。

 だけど、いらない。

 

 ……俺が憧れたのは。

 

 こんなのが欲しかったんじゃない。

 

 ……俺が求めていたのは。

 

 こんなのが俺の理想じゃない。

 

 ……俺が夢見たのは。

 

 

 ――笑顔を浮かべて、■■■■を止めていたあの人の姿。

 

 

「ァアアアアアアア!!!!」

 

 俺の理想が、夢が、願いが、何もかも砕かれた。

 この手が、この四肢が、この体が、信じられないから。

 死にたかった。

 

「っ! 私の指令も聞かんか――暴走しているな」

 

「!! え?」

 

 空から二つの声が聴こえた。

 だけど、どうでもいい。死にたいから。

 

「催眠が甘かったか? まあいい、茶々丸、奴を止めろ。死なれたら偽装が面倒だ。こっちの勝負は一人でも問題ない」

 

「ハイ」

 

 声がした。

 二つの声がして、背後から音が聞こえた。スタッ。

 

「おやめ下さい。これ以上するようでしたら、強制的に止めます」

 

「だまれ」

 

 真っ赤になった手を止めて、殴りかかる。

 ――だけど、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

 バチッと脳髄から音がした。体が震えて、動かない。

 

「その手とダメージでは抵抗は無意味です。神楽坂明日菜さん、これからは私が相手を――」

 

 だけど。

 

「死ね」

 

 ゆっくりと勁を巡らせて、勁道を開き――腹に叩き込んだ。

 ぶっ飛ばす。

 

「っ!?」

 

 茶々■が吹き飛ぶ。

 だけど、それが俺の限界だった。

 ぶるぶると体は震えて、てが、あしが、これ以上動きそうに無い。

 だけど、それでもうごかす。

 そして。

 

「……ころしてやる……ころしてやる……ころしてやる」

 

 殺してやる。

 

「……残念です。出来れば傷つけたくなかったのですが」

 

 茶々■が構える。あの夜に見たように。

 

「……どうなってるの?」

 

「敵の敵が生まれたってことじゃないすかね?」

 

 声がした。声がした。

 だけど、興味は無い。目も向けない。

 

「行きます」

 

 そして、茶々■がく――

 

「?」

 

 突如彼女が背後に振り向いた。

 俺も目を向けた。

 

 そこには――

 

 

 

 

 

「……事態はよく分からないけど」

 

 見覚えのある顔に。

 

「……とりあえず、敵が誰かは分かるね」

 

 見覚えの無い着物姿で。

 

「……斬るよ。親友の敵だからね」

 

 凄みのある怒りを浮かべて、短崎が立っていた。

 

 

 

 その手に太刀を携えて。

 

 

 

 

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