欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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八十七話:決着は終わらない

 

 決着は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった。

 

「……うわ、超ベタ」

 

 昔流行ったTVアニメの一文のような感想に、俺は思わずそんな感想を思い浮かべた。

 やれやれとため息混じりの額に手を当てようとして――びきりと伝わってきた激痛に、息が止まった。

 

「がっ! っ、痛ってぇ!」

 

 唾が漏れる。

 同時にぼんやりしていた思考が戻ってきて――横からかけられた声に気がついた。

 

「うるさいアルヨ、長渡」

 

 あ? と返事を返そうとして気づく。

 目を覚ました場所……医務室のベットのさらに横、同じくベットでぶっ倒れている古菲の存在に。

 

「……」

 

 あー、そういうことか。

 仲良く担架送りになったのか俺らは。

 めちゃくちゃ腹とか痛いし、腕とか包帯まみれだし。

 

「あ~、どれぐらい経ってる?」

 

「ここに運ばれてから二十分ぐらいアル」

 

 ぼやくように呟く。

 ごく普通に返答がある。

 

「――」

 

「――」

 

 静寂。

 黙っているとただの呼吸音と吹き込む風と、どこかべたべたと全身に張られた湿布の匂いが漂ってきて。

 俺は軽く周りを見渡しながら、尋ねた。

 

「古菲。医務室の先生は?」

 

「今休憩中アル」

 

 休憩するならここでも十分だろうに。

 それともどっかでタバコでも吸っているのだろうか?

 そう考えればここにいない理由も分かるが……

 

「……」

 

 やべえ、気まずい。

 別段悪いことをしたわけではないが、偶然と奇跡とその場の運が畳み掛けてなんとか倒した相手が横に居る。

 いやそのことは別段問題ない。

 普通なら問題あるのだが、コイツに関してはそれほど心配していない。

 だがしかし。

 だが、しかしだ。

 

(――リベンジ申し込まれたらどうするよ?)

 

 さすがに怪我している状態でやるとは、多分、きっと、おそらく……しない奴だとは思っている。

 とはいえ怪我治ったあとならば挑んでくる。

 間違いない、確実にやってくる。

 

(ていうか部活の部長だしなー)

 

 当たり前のことだが逃げる方法はないことに今更気づく。

 あー、ようやくもぎとった一勝目から再び連敗記録が刻まれるのかとため息を吐いた時だった。

 

「長渡、ちょっと聞いてもいいアルカ?」

 

「あ? 俺のスリーサイズと暗証番号以外だったらかまわねえけどよ」

 

 といってもスリーサイズなど測ったこともないが。

 

 

 

「長渡は……"トラックに勝った事があるアルカ?"」

 

 

「あ?」

 

 予想してなかった質問に、俺は思わず顔を横に向ける。

 そして、目に飛び込んできたのは頬や二の腕などに湿布やガーゼを貼り付けた古菲の顔だった。

 どこか興味深そうないつもの古菲の表情。

 けれど布団から覗くその目にはどこか真剣で、或いはおどおどしたらしくない光。

 知りたいけれど、聞いていいのか? そんならしくもない配慮の意思。

 ――らしくもない。

 

「阿呆。俺は"まだ"トラックになんて勝てねえよ。勝ったのはうちの師匠だ」

 

「……師匠って、前に言っていた人アルカ?」

 

 古菲の言葉に頷く。

 天井を見上げながら、一応まだ痛みの少ない右手を突き出して。

 

「ああ、たった一本、右手でトラックを止めて見せたんだ」

 

 俺が五歳前後の頃の思い出だけど、どうしてもその時の光景は記憶に焼きついている。

 だからだろうか、ふと口から思い出がこぼれ出た。

 

 

 

 

 

「師匠と知り合ったのは本当にただの偶然だった」

 

 師匠と出会ったのはただの幼稚園児――五歳児の俺。

 いつものように家から出て、どっかそこらへんの公園とか広場だったか、まあ適当に歩き回ったり、土を掘ったり、持っていたボールを壁に投げてたりしていた頃。

 

 ――友達居なかったアルカ?

 

 人間誰しも傍に遊べる奴がいるとは限らないだろ? 黙って聞いてろ」

 

 そんなある日だな、俺は路地裏で暴れてる師匠を見かけたんだ。

 

 ――暴れてる?

 

 十人以上相手だったかな? 釘バットとか角材とかナイフ持った連中相手に、昔あったドラマの探偵みたいな黒い帽子とスーツ来たおっさんが笑いながら人を投げ飛ばしてたんだよ。

 その光景を暴れてると表現する以外に俺は言葉を知らない。

 魔法みたいに襲ってくる相手の手を掴んでは投げ飛ばし、足を蹴っては転ばして、「へいへいへい! とか叫んでたし」 笑いながら人間を蹴散らしてた。

 何人か空を舞ってたみたいに見えて

 しかも全員のしたあとズボンを足首まで脱がして、ベルトとかで手首縛ったあとに「クールだろ?」 シャキーンとか口で擬音発してたし、ポーズ取ってたし。

 

 ――ただの危ない奴だと思うアル。

 

 俺もそう思う。誰だってそう思う。

 だけど昔の俺は馬鹿でな、それをかっこいいと思ったんだ。

 そのあと路地裏から出て行った師匠の後を付いて行って。

 

 

「おっさん強いな! おれを弟子にしてくれ!」

 

「お兄さんと呼べば許す! あと誰だ、坊主?」

 

 

 て感じに弟子っていうか、知り合いになったんだ。

 ……呆れた顔するなよ、漫画みたいだが事実なんだ。

 その後お互い名前とか知ってな、幼稚園から帰ってきた後毎回街でぶらぶらして師匠に会って話をしたり、八卦掌とか習ったりしてな。

 俺の親父もお袋とも知り合って、口が上手かったのか仲良くなって。

 そしてあの日、俺はいつものように師匠と一緒にはしゃいでて、夜遅くなったから迎えに来たうちの両親と談話してて――

 

「劇的だよな、その日、その時たまたま居眠り運転していたトラックが飛び込んできやがった」

 

 師匠なら避けようと思えば避けれたと思う。

 だけど、師匠と俺よりもトラックに近かった俺の両親は撥ねられて、それでさらに俺たちのほうに突っ込んだ来たトラックに。

 

 

 右手を前に差し出して。

  後ろに突き出した左足を地面に叩きつけて。

   真っ直ぐに堂々と前を向きながら。

     決して下がらないように。

       前に歩き出すような軽いしぐさで。

 

 

 

「師匠はトラックを受け止めて、一歩も下がらず勝ち誇って――くたばった」

 

 言葉を閉じる。

 開封した思い出を仕舞い直す。

 その日の情景は辛くて、眩しくて、支えてくれそうな誇りと引き裂かれそうな悲しみの入り混じった絶叫の一日で。

 口にするのもかなり疲れる。

 

「……長渡、それで両親は……」

 

「亡くなった。即死だったのが唯一の救いだな」

 

 その後は親父の仲良かった親戚の人に預けられて、あとうちの師匠と仲良かった……多分カタギじゃなさそうな人とかから援助もあって、

 とりあえずそんなに性格も歪まずにここまで生きてこれた。

 

「まあどっかの漫画みたいな展開だわな、生憎ごく全うなパンピーだけどよ」

 

 こうして語ると壮絶に見えるが、意外と大したことはない。

 親戚の人も親切だったし、親戚の子もそこそこ可愛かったし……余り懐かれなかったが。

 

「ま、同情はいらないわな」

 

「――同情をする気はないアル」

 

 そう答える古菲は多少暗い顔はしていたが、気を取り直したように明るい顔をして。

 

「あーあ、それにしても惜しいアル。その人が生きてたら、ぜひとも手合わせして欲しかったアルネ」

 

「やめとけやめとけ、正直お前でもぶっ飛ばされるぞ。マジで」

 

 今更のように記憶を思い出す。

 あの人は鬼のように強かったけれど、古菲とか、山下とか、高畑みたいな例外ではなかった。

 どちらかといえばあの雨の夜に見たエヴァンジェリンに近かった。

 ただひたすらに肉体駆動技術を磨き抜いて、自分を愛し抜くように己の全力と限界を引きずり出して、ただ強かった。

 地上最強の生物とか、そんな漫画みたいな存在ではなく。

 ――ただのばかげた達人、めちゃくちゃ強い人。

 そんな言葉が似合う、そんな言葉で褒め称えたい人だった。

 昔から、今でも、そしてずっと未来でも一生憧れて、自分が成りたいと思う【最強】の形。

 馬鹿げた腕力なんていらない。

 逸脱した強さなんていらない。

 魔法も、気も俺は欲しくなんかない。

 ただ。

 

 ただあの日憧れて、今だって憧れ続けた背中に成りたいだけ。

 

 だから。

 

「まあ安心しろよ、古菲」

 

「へ?」

 

「――いずれあの人と戦えるさ」

 

 俺は笑う。

 笑いながら少しだけ、古菲との戦いで届いた痛みと技を掴みながら言った。

 

 

 

 

「師匠並みに、いや師匠以上に強くなった俺がお前をぶっ飛ばしてやるからさ」

 

 

 

 

 何度でも。

 例え恐竜のような少女であろうとも。

 トラックに勝ち。

 それ以上の師匠を超えれば。

 届かないわけがない、勝てないはずがない。

 だから。

 

「大人しく怪我治して功夫でも積んでな、古菲」

 

 安心して首でも洗ってろ。

 そんな意図で言ったつもりだったのだが。

 

「了解アル! やっぱり優しいアルネ、長渡」

 

 

 

 

「だから――好きアルヨ」

 

 

 

 そう笑顔で吐き出された古菲の言葉に、俺は。

 

「あ?」

 

 一瞬うろたえそうになって。

 

「あ、ああ。友達っていみの――『みなさま、二回戦開始五分前です! チケットをお持ちのお客様は観客席に、試合予定の選手は選手席にお戻りください!』 っと、試合か」

 

 これは戻らないとやべえな。

 

「古菲、俺は短崎の試合見にいくつもりだがどうする?」

 

 よっこらしょっとと起き上がる。

 その途端ギシギシと全身に痛みが走る、左腕は特にやばい。ひびでも入ってるんじゃないだろうか?

 医務室の先生はまだ戻ってこない、痛み止めが欲しいんだが……まあいいか。

 湿布とかが結構効いてるしな。

 

「もちろんいくアルヨ!」

 

 元気よく古菲は起き上がって、当たり前のように返事を返す。

 ベッドから降りれば元気一杯だった。

 こっちはまだぼろぼろなのだが、どういう回復力をしてるんだろうか?

 

「まあいいか。んじゃいくか」

 

 

 俺の親友の試合の始まりだ。

 

 





ネギまとこの作品のジャンルはラブコメです
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