欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
決着の始まりだ。
流れた放送より五分後。
すっかりと修復及び多少の姿を変えた舞台の上で朝倉さんが立っていた。
ずらりと並んだ観客席の人たちを一瞥し、ヘッドセットにつけたマイクを軽く掴みながら、空いた手を掲げて。
『みなさまお待たせしました! これよりまほら武道会の二回戦を開始します!!』
その言葉と共に歓声が噴き出した。
まるで津波みたいに一斉に声が上がって、興奮した声が沸き上がる。
ビリビリと痛いぐらいに凄い勢い、選手席に座る僕らのほうが恐縮してしまいそうな激しさ。
「ますます勢い増してへんか?」
小太郎君の問いに、僕も頷く。
ちなみに現在、クウネル・高畑先生・竜宮さんと、長渡と古菲さん以外の全選手がベンチに戻ってきている。
敗退したとはいえ本選参加選手ならその後の試合もこの場所で見れる、そんな特権があるからだ。
「人も増えてるね、間違いなく」
チケットさえ持っていれば途中からでも入れるのは事実。
時間の都合とか、興味なくてこなかった人が来てるのだろうか。
まあまさか大会がこんな状態になるなんて、誰が想像したのだろうか。
『では試合を開始する前に、第二回戦の組み合わせを発表させていただきます! みなさま、会場に取り付けられたモニターをご覧ください』
朝倉さんが声を響かせる同時にバッと会場のあちこちに取り付けられたモニターの映像が切り替わる。
――二回戦・組み合わせ――
第九試合 『桜咲 刹那』 対 『短崎 翔』
第十試合 『竜宮 真名』 対 『クウネル・サンダース』
第十一試合 『ネギ・スプリングフィールド』 対 『犬上 小太郎』
第十二試合 『エヴァンジェリン A・K・マグダウェル』 対 『長渡 光世』
『二回戦の組み合わせは以上です! これを勝ち抜き、ベスト4を決める準決勝へと進出が出来るというわけです!』
喝采。
興奮の声が鳴り響き、同時にどこかでトトカルチョを進める声や、どっちか勝つのか想像するような会話、様々な声や言葉が音となって飛び込んでくる。
それに僕は息を呑み、座っているベンチで支えにしていた渡されたものを掴んだ。
右手一本、その先に伝わる硬質の感覚。
かちりという金属音、それがどうしょうもなく心地よくて。
「さあ――始めましょうか」
横から響いた涼やかな声に、一瞬反応が遅れた。
立ち上がる少女――桜咲。
あのふざけた猫耳は外した割烹着姿、その右手には同じくミサオさんから渡された布に包まれた棒状の塊。
ただし長大なサイズ、担ぐような大きさ。明らかに体躯にあってない巨大ななにか。
だけどそれを当然のように扱う彼女の立ち振る舞いに、もはや疑問なんてくだらなくて。
「ああ」
僕も立ち上がる。
手には渡された聖剣の水、されどそれはもはや意味がないので口につけて、一気に飲み込んだ。
先ほど聞かされた事実。
魔法の元となる魔力と異なり、気に対しての対抗力はこの水にはない。
けど、そんなのはどうでもいい。彼女に対抗するにはただ自分の技術だけだと決めていた。
「ごふっ」
口内に残る血の味、それも全部飲み込んで、だらだらと流れる汗の感覚も我慢して。
空になったペットボトルをベンチにおいて、腰部分で支えていた得物を再び掴む。
「大丈夫ですか?」
桜咲の問い、それに笑みを浮かべて返す。
体調は最悪だ。
左手は相変わらずの廃肢同然、全身からは裂傷と打撲、脇腹はもしかしたらひびでも入ってるかもしれない。痛み止めで押さえているだけ。
着ていた羽織はぼろきれ同然、仕込んでいた棒手裏剣は後数本程度。使い切ったら脱ぎ捨てたほうがマシかもしれない。
「手甲の類ぐらいは用意しておくべきだったかな?」
「女子相手に物騒ですね」
僕の冗談めかした言葉に、桜咲がどこか苦笑する。
「まあ、それでも――足りないぐらいだろうね」
それ以上は言葉を重ねない。
互いに制限付き、どちらかといえば僕の方が制限だらけな気もするが、まあどうでもいい。
『第一試合、選手両名は舞台の上へ!』
朝倉さんの拡声が響き渡る。
足を踏み出す、息を吐き出す、鈍痛が響いて。
「頑張れよ! 二人とも!」
「頑張ってください!」
「兄ちゃん、姉ちゃん、しっかりな!」
「無理しない程度に頑張るでござるよ」
盛大な応援の言葉、嬉しくなる。
「死なない程度に頑張りなさい! 私を破ったのですから当然ですわ!」
「……と、お姉さまが言っているので一応頑張ってください」
ついでにないと思っていた応援の言葉に、微妙に引っかかる声援もあった。
「――人気ですね」
歩く、横並びに歩きながら桜咲が囁くように告げてきた。
痛いぐらいの声援の中でもそれは聞こえて、僕は苦笑する。
「君たちほどじゃないさ、愛されてるね」
聴こえるのは選手席だけじゃない。
近衛さんや、多分桜咲のクラスメイトだろう少女たちの声も聞こえる。
どっちかというと圧倒的に桜咲を応援する声が大きい。
外見の差か、それとも見せ付けた力の差か。
まあどちらでも構わないけれど。
――きっとどこかで見ているだろう親友に無様は見せられない。
舞台に通じる石造りの橋を渡りながら最後に一言告げた。
「――本気で来てくれ」
それだけが望みだ。
「――ええ」
そして、桜咲が頷いて。
『――両雄立ち並びました! これより始まる二回戦、第九試合! 両者はどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!!』
僕らは対峙する。
互いに間合いを開き、右手に得物を持っていた。
呼吸を整える、深く、静かに、ゆっくりと。
『ついに始まりましたね、先の古菲選手対長渡選手と同じく、私が個人的に楽しみにしていた組み合わせです』
『どうしてですか、解説の豪徳寺さん』
解説の二人の声。
『資料を見てください。二人とも同じ剣道部に所属しており、同時に非常に卓越した剣術使いでもあります』
『――つまり、同所属同士の戦いですか?』
『はい、そうですが。先ほど短崎選手の試合時に解説した"タイ捨流"とは異なり、桜咲選手の使う"神鳴流"はまだ詳しい術理は不明です』
そうだろう。
普通は知らない、かつて月詠と対峙した僕でもよく分かってない。
ただ衝撃波を飛ばす、体が鉄のように硬くなる、ふざけた速度で移動する、魂すらも切り裂く剣が使える。
そんな出鱈目なことしか知らない。
『正体不明の剣術――神鳴流に、どう短崎選手が挑むのか。それが見所になるでしょう』
そう発言を切って、豪徳寺さんの言葉は途切れた。
そして、いいだろうと判断した朝倉さんが頷き。
『――っと、そういえば両名共。前試合とは違うものを持っているようですが?』
僕らの持つ得物に対して疑問を抱いたのか、尋ねてくる。
それに僕は頷いて。
「ああ、今回は――」
僕は手に持っていた得物を口元に運び、その縛り付けた紐を咥えて。
「この試合だけは――」
桜咲は悠然と担いでいたそれを前面に掲げて、紐を解き。
「「本来の得物を使う」」
はらりと布を脱ぎ捨てるように解けて現れたのは――僕の"太刀"。
全長は50センチ程度。太刀というには少々短いが、軽くて使いやすい。
ばさりと空気を孕んで剥がれ落ちて現れたのは――彼女の"大太刀"。
全長は170センチにも届くだろうか。大太刀というよりも野太刀と呼びたくなる、長大にて大振りの鉄剣。
『なっ!』
「ああ、大丈夫。これには刃はないよ、模造刀みたいなものだから」
「一応試合前に許可も取りましたので」
刃物じゃないかと叫ばれる前に朝倉さんに伝える。
『……な、なるほど! わかりました、それならば問題はありません!』
マイク越しに指示があったんだろう、軽く頷いて朝倉さんが調子を取り戻し、声を張り上げる。
歓声は強くなるばかり。
降り注ぐ太陽の暑さと共に大量の視線を感じて、僕は身震いしながらも。
『では、第二回戦。第九試合――』
朝倉さんの言葉と同時に抜刀。
僕は太刀の握り手を左手の脇に挟んで、腰を捻りながら抜刀し。
桜咲は長大な大太刀を舞わすように引き抜いて、その刀身を露にした。
――共に刃はない。
ただの刀の形をした鉄の塊。
日本刀の形をしただけの鉄の刀身があり、その刃先となる部分に刃の鋭さはない。
だけど、それが一番いい。
技量を用いればただの鉄の塊だろうが切れる、打ちのめせる、砕ける。
そして、これならば"僕の剣術全てを発揮出来る"。
『桜咲刹那選手 対 短崎翔選手!!』
身体を低く構える。
鞘は放り捨てた。左手は使えない、握ることも出来ない。
信じられるのは右手に掴んだたった一刀、この太刀のみで。
『Fight!!!』
――立ち向かう!
始まりは何をしていても第一歩から開始する。
前に踏み出す。
滑るように、体の高さを変えないように、すり足で体重を地面に這わせながら、膝の力を抜く。
己の技と鍛錬に祈れ。
幾ら痛もうが、血反吐を吐き出しそうでも、十二分に練習通りの成果を出せるように。
目を見開き、加速。
腰後ろに構えた刃、それをギリギリと引き絞りながら進んだ先には。
「っぁ!」
加速、旋転。
空気を切り裂く音共に粉塵を削りだして、前に傾けていたはずの靴底を真横に滑らせ、野太刀を"振り下ろす"桜咲の姿。
全力で悪寒。
ありえないと叫びたくなる行動速度。
振り上げる動きは見えなかった、なのに既にその工程を省略し、薙ぎ払うように振り下ろす姿が見えて。
身体を開く、大降りに間合いを開き、決して届かぬと想像しながらも大げさに左側に身体を逃がした。
――斬音。
馬鹿げた斬撃音が逃す前の体のある位置から響き渡り、舞い上がる風が羽織の残骸に触れて、音を立てた。
「っ!」
誰が信じるだろうか。
あれほど長大な野太刀を真っ向から振り下ろし、しかもそれを"床には叩きつけずに制止させた"姿を。
「馬鹿力か?!」
ある意味では隙だらけ。
この隙に前へ踏み込めば一撃入るかも知れない。
だが、彼女の手首の強さを考えれば――僕はじりっと間合いを広げて、再び構えた。
「失礼ですね!!」
僕の言葉に紅潮した桜咲が叫ぶ。
しかし、彼女の動きは淀みがない。ぐんっとまるで小枝でも振るうかのように野太刀を切り返し、担ぐように構える。
示現流にも似た構え。
風を孕んだ割烹着のスカートがふわりと膝まで浮かび上がり、ひらひらと回転するようになびき出す。
その下から見える滑らかな足首から、床に接した踵、しっかりと地面に付いた姿勢だと判断。
だが、それが本来の彼女のスタイルか?
(モップと比べれば重さは段違い、となれば一回戦の時と同じ動きは出来ないはずだけど――)
そんな理屈が通じる相手だろうか。
野太刀を振るう――その場合、振るう太刀筋は常識的に考えれば限定される。
まずは一つ、振り下ろすこと。
肩に担ぎ、真正面から叩き落すもっとも破壊力があり、振るい易い太刀筋。
二つ目は振り回すこと。
鍛錬の浅いものならば腰を痛める可能性があるが、横薙ぎに振り回すその剣戟領域は迂闊に踏み込めば庇った刀ごと叩き折られ、胴体が吹き飛ぶ。
槍にも匹敵する野太刀の間合い、切り返しの難しさを除けばその周囲は結界も同然だった。
そして三つ目は――ほぼ槍として扱うこと。
かつて師匠に教わったやり方。長大すぎる野太刀を振り回すのは普通の人間には無理、ならばいっそのこと割り切りただの刺突武器として割り切る。
――昔は三メートル半ぐらいもある野太刀かっついでな、野暮用で日本中を旅したもんだ。
とふざけたように笑っていた師匠の言葉は記憶に焼きついている。
通常の野太刀の使い方としてはその三つが主、あとはしっかりと腰を備えての斬撃、袈裟切りなどの大降りの太刀筋。
あの一メートル半を超えるサイズならば下段から掬い上げるような太刀筋は極めて大振りになるし、遠心力での終速は速くとも。
(振り出す初速は圧倒的に遅い!!)
踏み込めばただの棒切れ、長物としての弱点は十二分に野太刀にも備わっている。
じりっと地面への感触を確かめるようにすり足、その度に全身から汗が噴出す、包帯越しに焼け付く痛みが熱を生み出す。
(汗はどうでもいい、だけど視界と握りの邪魔だけはするな!)
冀う様に思う。
痛みなんてどうでもいい、ただ汗だけが心配だった。
手から太刀がすっぽ抜けない事だけを祈る、指先をしっかりと絡めて太刀を構え続ける。
呼吸を浅く、小刻みに刻み続けて――目の前の桜咲が揺らいだ。
「行きます」
――宣言などいらないだろうに。
目の前の少女が踏み出す、軽やかに踏み踊るという言葉がぴったりなほどにふわりと。
"舞う"
――初太刀と同じく彼女の体捌きが見せたのは翻転。
ただしその柄にかけた左手は軽く、右手だけは強く――風を切り裂いて飛び込んでくる。
(薙ぎ払うか!?)
前方の広範囲を切り裂く斬撃、だが僕はそれよりも速く後ろに身体を逃がして。
――待てよ!?
脳裏に閃いた過去の記憶を思い出す、即座に体の位置をさらに動かして、左斜めに飛び退る。
――斬舞。
桜咲の斬撃が空気を引き裂く、鋭い一閃。だが、ただの空振り。
(――"あの衝撃波"はない、のか?)
月詠との対峙を思い出す。あの女は空振りの一撃から遠くへ届く不可視の衝撃波を飛ばしていた。
同じ流派なら使えないとは限らない。太刀筋の飛距離、間合いは当てにならない。
果てしなく厄介。
捌くための動きが制限される、あの時みたいに雨が降っているわけじゃない。出されたら多分見切れない。
「無駄――」
そう判断した刹那。
――目の前に桜咲がいた。
(え?)
「な動きですよ?」
後ろに下がって、間合いを開いた。
けれども、それ以上に桜咲は目の前に迫っていて――
跳ね上げられた桜咲の蹴りが、僕の胸を蹴り飛ばした。