欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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九十話:斬りたいよ

 

 斬りたいよ。

 

 

 

 呼吸を整えた。

 眼を見開いた。

 相手の一挙一動を見逃さないように集中していた。

 全身を弛緩させ、繰り出される動作に対応できるように備えていた。

 なのに。

 

 

 

 

 ――僕は何故倒れているんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「     !」

 

 痛い。

 痛い。

 痛い。泣き叫びたいぐらいに痛みがある。

 焼け付いた鉄の棒でも押し付けられたみたいな激痛が染み込んでくる。

 咽返るような鉄の臭い、幾ら慣れても好んでかぎたいとは思わないすえた臭い。

 声が出ない。目の前が赤くてたまらなくて、痺れるように痛くて。

 

『カウント入ります! 1、2、3――』

 

 聴こえてきた言葉に、僕は息と同時に血を飲んだ。

 不味い、くそったれ。

 

「    ッ」

 

 指を握り締める。

 左腕は動かない、ソレは分かってる。

 だけど右腕は無事、指が動く、握り締めて放さなかった太刀の柄を握り直す。

 鉛でも詰まったみたいにくそ重たい肘を押し上げる。

 

『っ!? おおっと! た、短崎選手が――!』

 

 唾を吐き捨てる。

 体の震えと同時にカタカタと震える太刀を支えにする。

 目の前がくらくらする、頭を打ったのだろうか、軽く傷む。視界がぱちぱちする。

 

『起き上がったー!! しかし、大丈夫か!? 出血しているようですが?』

 

 左肩から流れ続ける血。

 正直自分でも痛々しく感じるように見えるが、騒がないほうがいいだろう。

 騒いだらドクターストップがかかるから。

 

「ぁ……だ、だいじょうぶ」

 

 答えながら、もう一度唾を吐いた。下品だけど気にしていられない。

 唾を飲み込んでいたら吐き戻してしまいそうなほどの余裕がない。

 ゆっくりと息を吸う。

 そして、しっかりと焦点を前に合わせる――僕が這い上がり、この瞬間までずっとこちらを見つめていた彼女に。

 桜咲 刹那に。

 

「……昏倒確実の一撃を叩き込んだはずです。何故ですか?」

 

 その顔はどこか悲しげで、或いは迷いに満ちているようだった。

 そんな表情がどこか気に喰わなくて、僕は無理やり唇の端を持ち上げてみせる。

 ついでに唇でも舐めてみようかと思ったけれど、血が口に入るからやめた。

 

「左肩ぐらい裂かれた程度で人は倒れないよ。悪いけど、その反則じみた動きは前に見たことがある」

 

 ――月詠の時を思い出す。

 あれはまるで瞬間移動のように接近してきた。

 雨の時と違い水飛沫がないから判断が遅れたが、前知識があるだけマシだ。

 

「どうせ動かない手だしね」

 

 致命傷は避けられるように体を捻り、左半身を盾にした結果がこれだ。

 まだ動ける。

 まだ動かせる。

 まだ――やれる。

 右手の太刀を一旦床に突き刺し、緩んでいた包帯を利用して左肩の傷口に当てる。

 だらだらと額から汗が吹き出し、激痛がどこか鈍く伝わってくる。風邪を引いたみたいに体が熱い。

 それがどこか心地よかった。吐き気がしそうなほどに。

 

「さあ――」

 

 太刀を指に絡めなおし。

 

「やろうかっ」

 

 僕は咳き込んで……言った。

 構える、いつものタイ捨流の構えは取らない。

 無形の位。

 ふらつく身体だといつもの姿勢は厳しい、そして同時にあの構えだと桜咲の動きには対応し切れない。

 後の先を取る、それぐらいしか方法はないから。

 

「――続けます、か」

 

 桜咲が構える。

 ゆっくりと呼吸を整えて、血を振り払った野太刀を掲げて。

 じりっとその靴裏を踏みしめる、間違わないように確認するように。

 

「……朝倉さん」

 

『は、はい?』

 

「下がっていて下さい、少し派手になりますから」

 

 桜咲の言葉と共に大気が震えた。

 凛と整った彼女の後ろ髪がゆらゆらと風を孕んでなびき、その裾から手足までをも覆う割烹着の衣服がどこか燐光を帯びたような気がした。

 唇が冷たく横に結ばれていく。

 同時に朝倉さんが慌てた様子でとたたたっと舞台の端にまで退避するのを確認すると。

 

 

「覚悟を。優しく止める方法を私は知りませんから」

 

 

 そんな声が風に乗って聴こえて――掻き消えた。

 目の前から消失する。

 

「っ!?」

 

 ――否、空気が弾ぜる。

 見開いた視界、その中に映っている。研ぎ澄ませた聴力、その中に届いている。露出した手指、その肌に届いている。

 彼女の動作、その速度を見間違えるな。

 旋転。背後を振り返る暇はない。

 腰を捻り、足首を回し、上体を逸らしながら刃を跳ね上げた。

 

「   !」

 

 ――手ごたえあり。

 硬質の物同士が噛み合う不愉快な音が鳴り響く。

 叩き付けた刀身。それを握り締める右手から伝わるのはただの鋼ではなく、まるで鉄柱を叩いたような手ごたえ。

 斬撃に遅れて眼を向けた先には――"差し出した右手で受けた桜咲の姿"。

 

(なっ!?)

 

 斜めに傾けた身体、そこから隠れるようにただ右腕で受け止めている。

 いや、違う!? ギリギリと軋みながらも"刃先"が腕に触れていない!

 まるで透明なプロテクターでも斬り付けている様な感覚。

 引き切りの軋み――斬鉄の技法が通じていない。

 

(これは月詠の時の!!)

 

 気という奴だろうか。

 皮膚を硬質化しているのもそうだろう、だけど幾ら硬くても所詮皮膚は皮膚。薄いものでしかない。

 筋肉までも強化したとしてもたわみ、骨までも響く衝撃となるはず。

 なら、その一瞬前、バリアーみたいなもので衝撃を減殺し、接触までの防護としているのか。

 ――なんてデタラメ。

 

(ならっ、生半可な切断力と質量じゃ――)

 

 体を倒す、なんとか振り直せる距離まで間合いを広げようとして。

 

「遅いですよ」

 

 見えたのは靴底だった。

 ――衝撃。

 腹部が蹴り飛ばされた、体がくの字に曲がる。ありえない重さ、ありえない威力。

 脇腹がみしりと悲鳴を上げる、痛みと振動に意識がぶっ飛びかける。

 

「がっ!?」

 

 肺の中の酸素を無理やり搾り出されて、僕はたたらを踏み――

 

「神鳴流……」

 

 消し飛ばされそうな視界の中で、大きく跳躍した桜咲の姿を見た。

 回転。

 まるで飛翔するかのように大きく体を捻った彼女は――

 

 

「"斬 岩 剣"」

 

 天使の如く美しく――電光のように剣を振り落とした。

 

 

 

 

 轟音。

 

『なんとぉー!? まるで爆発のような剣打だ――!』

 

 粉塵が吐き散らされる、気が狂ったような威力。

 どんな映画か、それとも幻想か。悪夢か。

 だけどそれでも――

 

「舐めるな」

 

 僕はまだ生きている。

 "それも前に見たから、躱せる"。

 木屑が舞う、皮膚に当たる、全身が吹き飛ばされているけれど――。

 ステップバック。

 踵だけを支点に着地する、膝は緩めない、たわめない。

 とっとっととステップでも踏むように地面を踏んで。

 

「        !!」

 

 着地と同時に彼女が震えた。

 ――加速。踏み込む、それと共に野太刀の剣線が凪ぎ上げるように閃く。

 大気が撓んだ。

 

「っ!?」

 

 来たッ!

 僕は転ぶ、勢いよく踵から後ろに倒れ込む。

 風切り音。

 暴風と共に視界の真上、一瞬前まで胴体のあった位置を切断する不可視のそれを見たような気がした。

 

「っぶない、な!」

 

 勢いよく転がり回る、逆上がりでもするような感覚。

 上下逆転の回転と共に足を付け、僕は同時に畳んだ膝で跳躍の準備をしようとして――

 

「ぇ?」

 

 がしっと首を固定する衝撃。

 同時に目の前に見えたのは――白い光景。

 柔らかくも、激しく嫌な予感がする熱帯びた拘束具。

 柔らかい臭い、だが生憎口の中とは血の味まみれでよく分からない。

 

(!?)

 

「遅い」

 

 手と首が固定され、挟みこまれている。

 そう理解した同時に僕の体は宙を舞っていた。

 大根のように引っこ抜かれるような感覚、上下が逆になったのが頭に血が昇って来たことで理解出来る。

 

『な、なんとぉ!? 短崎選手の体が持ち上げられて――!!』

 

『変形のフランケンシュタイナー!?』

 

 朝倉さんの声と豪徳寺さんの声が聴こえた。

 加速。

 桜咲が地面に手を突く、同時に凄い勢いで回るのが分かる。

 衝突音。

 世界が一瞬暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 眼を見開いた。

 そこは舞台の上じゃなくて……砕けた板張りの下だった。

 埃が舞って、木屑が顔や手足に張り付いて、気持ちが悪い。

 

「――ぁ」

 

 呼吸する、背骨が砕かれているような激痛。

 両足で地面を叩いた、右手の肘をぶつけて――受け身は取った。

 それでも全身が砕けたと思った。

 まだ五体無事なのは壊れた舞台の耐久性のおかげ、壊れた板がクッションになったのだろう。

 

「ぶっ」

 

 それでも僕は唾を吐き出し……食いしばったと同時に噛み切った唇の血を咳き込み、手を伸ばす。

 

「っぅ」

 

 その瞬間、今までとは比にならない激痛で息が止まった。

 多分脇腹の骨が逝っている。

 

「ぁ、っ、……」

 

 ミシミシと全身が悲鳴を上げて、痺れていた。

 もう止めろと言っているような気がした。ギブアップしてもいいと冷静な自分が叫んでる。

 裂けた左腕からは痛みはないけれど血が溢れ、何度も動かした右手は切り傷だらけで血まみれで。

 全身が熱湯に漬けられたみたいに熱くてたまらない。

 指先一本動かすたびに泣き叫びたくなる。

 呼吸するのも辛い。肺が窒息でも起こしたみたいに息苦しくて。

 鼻水が流れる、飲み込む力もない唾が口の端からたれ流れる、あふれ出る血みたいに。

 

 

「たんざきぃー!!!」

 

 

 叫ぶ声が聴こえた。

 

『カウント、5! 6――』

 

「寝てんじゃねえよ!! さっさと起き上がれ!!」

 

 親友の声が聴こえた。

 カウントを続ける拡声器の声にも負けず、どこまでも届く鮮烈な声を。

 

 

 ――お互い強くなっていこうぜ。

 

 

 思い出す。あの時の言葉を。

 あの泣き叫びたくてたまらなくて、絶叫したあの時の病院の時間を。

 

 ――どっちかが強くなる必要なんてねえ、俺が困った時にはお前が助けて、お前が困った時に俺が助ければいい。

 

 親友との約束を思い出す。

 

 ――俺たちは弱いと思う。だけど、協力し合えば、互いに強くなれば少しはマシになるだろ?

 

 自分も泣き叫びたくなるぐらいに大怪我をしていたのに。

 見舞いに来て、笑って見せた親友に。

 僕は。

 

 ――俺たちは"親友なんだから"。

 

「       」

 

 それを誇りに思えるように生きようと誓ったのだ。

 そして、僕は叫んだ。

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

『セブ――って、はい!?』

 

 手を伸ばし――這い上がる。

 暗がりで見つけた太刀を握り締めて、僕は無理やり立ち上がらせた上半身を破砕した舞台の穴に掴ませた。

 左腕は動かない。だから右腕の力だけで無理やり這い上がる。

 舞台の上に昇り、激痛と軋みしか上げない体、太刀を支えに堪える。

 

『た、短崎選手生還!! 今度こそ駄目かと思われたフランケンシュタイナーから立ち上がったぁあ!!』

 

 朝倉さんが驚いた顔で叫んでいる。

 だけど僕には答える体力がない、息を吸う、涎を垂らす。

 ただ見るのは目の前の少女――野太刀を片手に佇む割烹着の彼女だけ。

 

「……短崎先輩」

 

 表情を見る。どこか驚いて、或いは悲痛そうな顔。

 凛として一つの乱れもない美しい子だった。

 右手に長大な野太刀を掴み、それでも体軸の歪みもなく、背筋の伸びた理想的な構え。

 鳥のような少女。

 彼女を初めて見たときから抱き続ける印象は対峙する度に深く感じる。

 翼でも生えていれば、きっと天使のように見えるのだろう。

 そんな戯言すら頭に浮かんで、思わず僕は苦笑してしまった。

 

「何故、笑えるんですか?」

 

 桜咲の問い。

 僕のなけなしの苦笑に、眉を引き締めて尋ねてくる。

 僕は少しだけ息を吸い込み――激痛に噴き出してくる汗を我慢しながら答えた。

 

「綺麗、だったからかな」

 

「え?」

 

 正直な本音である。

 桜咲は綺麗だ。誰に尋ねてもそう思うし、そう返すに違いない。

 そんな当たり前の言葉だったのだが、何故か桜咲は戸惑ったように目線を震わせて、少しだけ頬を染めていた。

 ――褒め言葉に慣れてないのだろうか。

 

「そうだ、だから」

 

 僕は思う。

 僕は息を吸う。

 僕はゆっくりと太刀を床から放し、両足で崩れ落ちそうな身体を支えて。

 

「……斬りたいよ」

 

 君を。

 僕はこの手で斬り倒したい。

 殺意ではなく、憎しみでもなくて。

 ただの好ましく感じる欲求を持って、ただ勝利したいと願う。

 いつか兄弟子を切った命がけの想いじゃなく。

 いつか異形を切った憎悪の想いではなく。

 いつか、いつかの。

 

 

 "心から美しいと感じたヒトを斬った時の感情"。

 

 

 兄さんと、先生と共にいた中学時代の記憶。

 僕がもっとも強く在れて、一番傲慢だった時の思い出。

 欲情にも似て、恋焦がれにも似た痛みの走る想い。

 

「教えてあげるよ、桜咲。これは少しだけ長生きしている僕から出来る唯一の豆知識だ」

 

「なんですか?」

 

「例え――"天使でも斬れば殺せる"」

 

 僕は呟く。

 それは唯一つ実証出来た事実。

 そんな言葉を、どこかで見ているだろう親友の言葉になぞらえて言う。

 

「だから天使みたいに綺麗な子でも、斬れば倒せる」

 

「っ」

 

 桜咲の表情が不思議に揺らいだ。

 それは泣きそうな顔でもあり、或いは怒ったような顔でもあり、或いはもっと違う表情かもしれない。

 彼女の唇は微細に震えて、どんな言葉を吐き出そうとしているのかも分からない。

 そんな彼女の顔を注視しながら、僕は右手の太刀を一旦手放し。

 ――羽織っていた羽織を脱ぎ捨てた。

 同時に転がり落ちるのは数本仕込んでいた棒手裏剣、それも舞台の上に落ちる。

 これで上半身は傷を覆う包帯だけになった。

 きゃー!とかいう女子の声、わっほう!というなんか野太い声も聞こえた気がするが、気にしない。

 

「上を脱ぎますか? 隠し武器も捨てて」

 

 桜咲の問いに、唇の端を無理やり吊り上げる。

 

「少しでも身軽になりたくてね、羽織程度の厚さじゃあ君たち相手には意味がない」

 

 察せられない程度にゆっくりと息を吸う。

 肺を膨らませて、呼吸を整える。

 太刀を掴み、ゆっくりと慎重に指を絡める。

 しくじらない様に。

 

「……そろそろ最後ですね」

 

 その時だった、桜咲が視線の端を明後日の方向に向けたのは。

 

『あ、はい! そろそろ試合時間経過から12分です、あと二分以内に決着が付かない場合メール投票による判定になります!』

 

 もう12分も経っていたか。

 

「判定になればどう考えても私の勝利……このまま手出しをせず、逃げ回れば私は貴方をこれ以上傷つけずに勝利出来る」

 

 それは事実。

 あの速度で動き回る桜咲に追いつけるほどの脚力もなければ、体力の余裕はない。

 そうなれば確実に僕は敗北するだろう。

 みっともなく足掻き続け、一太刀もまともに浴びせられていない僕の負けだ。

 

「――逃げたいかい? それなら、それでいいさ」

 

 僕は告げる。正直な想いを。

 

「君にとって、僕が敵にすらならないと言うのならば逃げろ。そのまま勝って、先にいけ」

 

 どんなに泣き叫んでも、喚いても事実。

 僕のスペックは、彼女の足元にも及ばない。圧倒的に負け続けている。

 でも、は言わない。

 だけど、も言わない。

 十二分に真実を噛み締めて。

 

「……けれど、貴方はまだ勝てるつもりなんでしょう?」

 

 桜咲が微笑んだ。

 桜が咲き誇るような紅色の頬を緩ませて、微笑む。

 そして、彼女は手を振り上げた。

 

「私の剣は護るべき人の盾、私の存在意義は脅威を払うための矛」

 

 構える、出足を踏みしめて。

 示現流における蜻蛉にも似た構えで、野太刀を握り締めて。

 

「そして、祓える脅威に後退はない。逃げるだけの戦いなんて許されない、だからこそ挑みます」

 

 貴方という脅威に。

 そう呟く彼女の声は、桜咲の眼はどこか何かを振り切ったような気がした。

 

「……万が一の場合は責任を取りますよ」

 

 何故かその瞬間、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 葬式の手はずでも整えてくれるのか、それとも病院の手配でもしてくれるのか。

 殺人罪の罪を負う必要はないと思うが、僕は応える。

 

「なに、責任を取るのは野郎の役目さ――来いよ、"刹那"」

 

 僕は初めて彼女の名を呼んだ。

 風が吹いた。

 湿気を含んだ涼しい風が吹いた。

 轟々と耳を擽り、肌を冷まし、熱を散らしてくれる風が。

 そして、僕は。

 

 ――"掻き消えるほどの速度の彼女の動きを視た"。

 

 

 

 

 

 

 アドレナリンは最高に分泌されている。

 動体視力は過去最高に高められて、何度も視た【高速移動】の動きも見えた。

 自分の体がどこから遅く感じる、一瞬という時間が引き延ばされるような感覚。

 ――来る、限りなく速い切り上げの斬撃。

 薬丸自顕流における一の太刀を思い出す。過去に対峙したことがある、先生の教えで教わった実戦剣術。

 二の太刀を疑わず、防御の構えもなく、ただ一撃で殺すだけを考えた高速斬撃。

 彼らが振るう雷光の抜刀術、それに匹敵する刃。

 それに対し僕は――踏み込みながら、反射的に前かがみに床へと手を伸ばしていた。

 ――加速、太刀を滑り落とす、床へと手の拳を叩かせ、その皮が剥けるのを分かりながらも膝を崩し、低く低く姿勢を下げる。

 低い姿勢、だがそれでも彼女の切り上げの刃筋からは逃れられない。

 頭がもげる、首が刎ねられるだろう。

 

「   」

 

 拳を振り抜いた。

 ――彼女が振るう"斬撃に下から跳ね上げるように"。

 

「!?」

 

 快音。

 切り上げの斬撃よりも"早く"、僕の振り抜いた拳が刹那の手を叩き上げて、野太刀を振るう軌道が真上へと跳ね上がった。

 動揺の気配、さらに言えば野太刀が舞った。

 ――推測が正しい、如何に気とやらで身体能力を強化しても、握力を強化しても、"渾身の斬撃における負担は変わらない"。

 あれだけの長大な質量、振り回す筋力と握力が強化されても、同時に振るう速度と手指に掛かる質量は増大する。

 音速を超える弾丸であろうとも横薙ぎに弾かれれば簡単に逸れるように、強化された斬撃動作でも横薙ぎに――横に振るう動作に縦に叩かれ、跳ね上がった負担に曲がる。

 結果、野太刀は舞い上がり、刹那の手は跳ね上がり、その胴体は無防備。

 

「奥義」

 

 ――これは僕が習得し、ただ唯一先生を呆れさせた技。

 身体を捻る、旋回するように跳ね上げた右手を熊の手に変えて、刹那の顎を殴り払った。

 拳打音。

 強化しようとも、幾ら身体の頑強製が高くても――脳を揺らす一撃に耐え切れるか?

 

「 !?」

 

 顎を打たれた刹那がたじろく。一瞬目線が揺らいで、その膝から力が抜けた。

 

「"無刀取り"」

 

 完全に入った手ごたえ――殴り払った軌道のままに僕は足元に手を伸ばし、太刀を掴む。

 それは体を巻きつけるように構え、僕は全身全霊の力を込めて。

 

 "己の五体を力に変えて、彼女を薙いだ"。

 

 ただの一撃では切り裂けない。

 ただの回転だけでは届かない。

 だから全身で振り回した。

 右手に掴んだ太刀を縦にし、唯一動く左腕の"肘上"を使って支えて、全身の力で刹那の脇腹に叩き込んだ。

 ――柳生新陰流 奥一文字の変形。

 硬い手ごたえ、だがそこから先に響いたのは骨を砕く感覚。

 そして。

 

「効いたか?」

 

 僕は刹那の脇腹に刀身をめりこませたままに、尋ねた。

 彼女は……ゆっくりと微笑んで。

 

「うそ、つき」

 

 と応える。

 

「斬るんじゃなかったん、ですか?」

 

 僕は苦笑して。

 

「可愛い後輩に切り傷なんて、つけないよ」

 

 女の子に傷なんて似合わない。

 だからこそ峰部分を打ち込み、ただ骨を砕いた。

 

「ふふ……」

 

 桜咲が微笑み、そして笑いながら血を吐いて。

 ずるりと崩れそうになり、僕はそんな彼女を支えて言った。

 

 

 

「担架を。僕が――勝った」

 

 

 

 

 派手な技ではない。

 目に見えやすい勝利ではないけれど。

 彼女――刹那と僕は満足して付いた決着だった。

 

 

 

 

 

 

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