欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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閑話:それが過ちならば

 

 それが過ちならば

 

 

 

 踏み込む。

 真っ直ぐに、僕は迷うことなく龍宮君へと距離を詰めていた。

 ――瞬動。

 短距離ならば膝を曲げる必要も無く、姿勢も変える必要もない気/魔力の反発性を用いた移動技術。

 虚を突くには最適の技。

 

「!?」

 

 相対距離にして一メートル半。

 龍宮君が即座に反応、飛び退りながら懐から引き抜いた銃口を向ける――発砲。

 火花散る、音よりも光の発生は早い。

 だがそれよりも早く、僕は軽く地面を蹴り、体を捻っていた。

 

「   」

 

 銃声と破壊音。壁に直撃し、湾曲した壁面に跳弾した音がする。

 本来碌な命中精度も維持できないはずの横構えの射撃姿勢と静止無き発砲。

 それにも関わらず、見事に僕の心臓を直撃する射撃線を貫いたのは見事。

 だが。

 

 ――甘い。

 

 言葉を発するのは不要。

 地面に着地、革靴のつま先が床に触れ、蹴り進む、前のめりに地を這う。

 魔力自己供給による強化、爪先だけの引っ掛けで体を前に推進させ、左手を軽く差し出す。

 視界に捉えたのは未だに空中を駆ける龍宮君の姿――空を飛ぶ術もなく空中を落ちる、その無謀さを彼女は知っているのだろうか。

 この拳は鳥すらも叩き墜とすのだから。

 

「舐めているのかい?」

 

 僕は言葉を発する。

 その言葉が届くよりも早く、龍宮君の瞳孔が開いた。

 吸い込まれそうな虚無の輝き、肌と視覚から伝わる統合感覚と経験――第六感と呼ばれるそれで判断。

 魔眼の発動。

 通常の肉眼では捉えられない霊体情報の解析及び視界内動体の高密度捕捉能力だったか。

 おそらく純粋な動体視力や霊視能力では僕よりも上だろう。

 魔力で強化し、咸卦法で神経反射速度を跳ね上げ、ようやく弾丸の軌道を捉えられる程度。

 素の眼力のみで銃弾すらも捉え、見切ることが出来るとされる魔眼とは比べ物にならない。

 だが。

 

「――この距離まで捕捉される愚を犯すとは」

 

 銃口、銃口。

 硝煙の煙を靡かせた銃身と、もう一丁の銃身が向けられる。

 それとほぼ同時に引き金が引かれる――飛び出すそれは音速を超えた金属の塊。

 それは恐ろしい。

 だが、それでも。

 

「殺してくれと言っているよ? 銃使い」

 

 ――視えるだけ。

 ――脅威にはなりえない。

 発砲よりも早く、間合いを潰す。跳ね上げた左手で片方の銃口を叩き、同時に僕は顔をそらした。

 銃声。

 天井を穿つ閃光、路面の床を打つ銃撃音。鼓膜が麻痺する、だがどうでもいい。

 

「ッ」

 

 目を見開く龍宮君の顔が見える。

 間合いはすでに潰した――ここはすでに接近戦の距離。

 その意味が分かるかな?

 

「至近距離での銃器は」

 

 接触。

 

「ただの鈍器にも劣る」

 

 彼女の呼吸が僅かに洩れる。

 流動的に動作し続け、無駄一つ無い膝蹴りが下方から跳ね上がる。

 だが――遅い。

 

「失礼」

 

 その膝の打ち出し、それに合わせて突き出していた左手を叩きつける。

 ――出だしの押さえ込み。

 幾ら硬く、鋭い膝蹴りであろうともその動き出しから抑えれば問題は無い。

 同時にその膝を掴み、僕は左向きに体を曲げる、腰を捻る、脇を締める、肩を回す。

 相手の予期せぬ方角への押し込み、同時に体を回す人体駆動。

 かつて幾度と無く行った体術で覚えたテクニック。

 

「するよ」

 

 衝撃は掌から響いた。

 ――掌打。

 横薙ぎの掌底を、彼女の顎目掛けて叩き込んだ。

 

「ぬ!?」

 

「っ」

 

 しかし、返って来たのは硬い感触。

 顎を打ち抜いた手ごたえではなく、咄嗟に割り込まれた銃身の硬い手ごたえ。

 凌がれたと気がつくと同時に、掴んだ膝から振りほどかれ、龍宮君が大きく吹き飛ぶ――いや、わざと体を逃がした。

 クルクルと空中で旋転、水飛沫を上げて常の切れ長の瞳を僅かに歪め、彼女は着地する。

 

「ふむ」

 

 防がれた、か。

 出来るだけ穏便な脳震盪によるダウン。

 それを狙ったのだが――そこまで甘い相手ではなかった。

 

「無傷で制圧出来る相手でもない、と」

 

 語る。

 と同時に僕はさらに踏み込んだ。

 銃使いを逃がす理由は無い、距離は離さない、食らい付く。

 右手を垂らす、脱力させ――ポケットに入れた。

 

「居合い拳か」

 

 着地した龍宮君が下がりながら叫ぶ。

 答える筋合いは無いが、元生徒だ。

 

「その通りだよ」

 

 答えると同時に腰を捻る、膝を曲げる、肩を回し、僅かに緩めた指先を固めながら――大気を打ち抜く。

 堅く撓んだ水面を殴るような手ごたえ。

 より効率的に大気を殴る、体重を乗せる、引き裂くのではなく押し潰す感覚。

 何万回と繰り返したフォーム、そこから見出した叩き方、恩師の真似事、ただの模造技術。

 

「シュッ!」

 

 大気の破裂音。

 音より遅い拳圧の遠距離投射、それに黒髪が靡いた。

 

「ほおっ?」

 

 龍宮君が首を曲げ、体を捻る――その一瞬後にその背後の壁が軋む。

 破裂音。

 避けた……いや、見切ったのか。

 

(参ったね、初見殺しの自信はあったんだが)

 

 牽制代わりに繰り出す、ステップを踏みながら居合い拳の打撃軌道を散らす。

 回避、回避、回避――全て避けきられた。

 信じ難い事だけれども、どうやら完全に見切っているらしい。

 先ほどの試合、それの事前知識もあるか。

 

「悪いが、私の魔眼で捉えられないモノは――ない!」

 

 彼女の言葉、それに僕は同意しよう。

 けれど。

 

「そうか」

 

 それなら。

 

「"その程度なら問題ない"」

 

 地面を踏む、瞬動は使わない、あれは邪魔だ。

 魔力を一瞬だけ抜き、地面を踏みしめながら――流動的に魔力を流し込む。全身水分の操作にも似た身体駆動。

 弛緩した筋肉を一気に緊張させるように、足腰に力を入れ、駆ける。

 ステップは軽く、意識のギアだけを切り替えて、覚悟を決めた。

 

「この拳を叩き込むのに――"支障は無い"」

 

 生徒を殴る、その憂鬱さを捨てる。

 子供を打つ、その躊躇いを振り払う。

 その程度の覚悟もなく――拳を振るう意味は無い。

 視界に納める龍宮君の顔色が変わる、僅かに焦ったような表情、その両手に握られた銃器が閃く。

 銃口は恐ろしいほどの速度と精密さでこちらの胴体と顔面に合わされる――照準が合うと同時に引き金が引かれている。

 回避動作、発砲するよりも早く動いて躱すしかない。

 

「  、  、  !」

 

 銃声、銃声、銃声。

 マズルフラッシュの光、障壁も張れない身としては恐ろしい連射。

 魔力を集中させた手足ならば弾けるかもしれない、咸卦法を使えば通じないかもしれない、居合い拳を使えば迎撃出来るかもしれない。

 だがそれは全て――かもしれないに過ぎない。

 体を開く、腰を落す、軸をずらす、首を回す、速度差を造り、凌いで躱す。

 頬に銃弾が掠る、肩が削れる、発砲音に耳が麻痺する。

 ――この世界に生きる人間全ては本能的に銃を恐れる。

 近代になり、この世でもっとも人を殺している武器は銃。引き金を引く、ただそれだけで遠くの人間を殺せる武器。

 人間だけが生み出し、操れる人を殺すためだけの武器。

 人を殴り殺す拳よりも罪悪感を生まない武器、人を切り殺す刃物よりも血を流さない武具、手ごたえ無くただ命を奪う兵器。

 獣は銃を恐れない――その脅威を知らないから。

 人は銃を恐れる――その脅威を知るがゆえに。

 そして、それは――"ただの子供でも人を殺せる唯一の道具"。

 

(平然と銃を使う)

 

 子供が使う銃器と発砲する光景。

 それにどうしょうもなく痛みを覚える。

 この世は漫画でも、ドラマでもない。人が死ねば生き返らない、撃たれれば三割以上の確率で死ぬ。

 かつて過ごした大戦の記憶はある。

 人を殺した記憶も、殺されかけた記憶もある。

 人が死ぬのは当たり前だった過去もある。

 だが、戦いで人が死ぬのが当たり前だと割り切った……ある意味では傲慢な考えを持つ気はない。

 この世の戦士は人を殺すのが仕事などと告げる、狂った人間になるつもりもない。

 僕の武器はこの手足のみ。

 だからこそ、この世でもっとも信じられる力だからこそ振るう理由になる。

 殺すことも、殺さないことも、命を奪うことも、命を奪わないことも可能な手足――奪った命の罪悪感を痛感する拳だからこそ。

 

(戦える)

 

 地面を蹴り叩き、最後の間合いを踏み消す。

 最短、最速、気による強化以上に信じ切る手足の駆動。

 瞬動術は使わない。

 地面を踏み締める事こそが重要、必須な加減も必要な体重移動も、大地に根付く足腰が生み出す技。

 風を引き裂き、最速を持って腰を回す、脇を締め、全身を捻り上げ、掌から手首、肘、肩へと連動するように繋げる加速。

 ステップの最終。

 地面を踏み締め、僕は息を吐き、迷いも消して――

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 拳が空を砕いた。

 一瞬前、意識を離さずに捉えていたはずの龍宮君が――消失し、僕の拳は壁を穿っていた。

 

(転移……いや!?)

 

 脳裏に浮かぶ思考よりも早く、僕はその場に伏せる。

 轟音。

 しゃがんだ頭の上から空を切る音が響く、視界が一瞬暗くなり、反射的に転がり避けた。

 

「……避けたカ。やるネ、高畑先生」

 

 瞬動も用いて離脱した先、そこに目を向ければ壁に靴底をめり込ませた超君の姿。

 その背後にはやれやれと額の汗を拭い、右手に小型のPDW(個人防衛火器)を構えた龍宮君。

 

(――どういうことだ?)

 

 事前に調べた情報からして龍宮真名、超鈴音、両名ともに魔法素養はなし。

 転移用の札を使ったとしても龍宮君に発動の兆候もなく、超君が救ったにしても2テンポかかるはず。

 瞬動術を使ったとしても目に捉えにくい程度の高速移動が出来るだけで、文字通りの瞬間移動とはならない。

 そもそも大気の震えもなかった。

 

(幻覚? いや、違う。僕の感覚を騙すほどの幻術だったとしても、この程度か?)

 

 幻術の可能性は頭にいれつつ、思考を巡らせる。

 あるとしたら空間操作か、時間操作か、概念操作か、擬似光速移動、未知数のアーティファクトによる能力かPK・ESPなどの超能力。

 可能性としては限りなく方法は考えられるが、空間操作や擬似光速移動の可能性は低い。

 空間操作が出来るのならば対応技術が無い僕の肉体を捻ればいい、それらが出来ない何らかの制約があったとしてもそれらに応じた前兆は無かった。

 擬似光速移動は光か雷の高位精霊の類が可能とするが、あれらには放電や光量などの条件が整えられていなければ発動は不可能――そもそも人間の体を運ぶだけの質量は有していないし、有していれば速度による質量増加でとっくに学園が砕けている。

 音速を超えるだけでも人の領分には過ぎた力だ。

 音速の壁はそれほどまでに硬く、障壁などで強化した魔法使いや戦士でも自滅が殆ど。

 素で音速を超える動作を行うラカンや詠春さんなどの例外もいるが、あれは例外中の例外に近いので無視しておく。

 となれば超能力によるアポート(物質転送)か、何らかの概念操作か――時間操作しかない。

 かなり考えにくいが、それらを行えるスキル、アーティファクト、精霊もまたこの世には存在する。

 短時間と限定範囲だが時間の操作を行える使い手と交戦経験もある。

 

(あの時は結局死ぬまで殴り殺したが――)

 

 時間の加速、逆行、停止。

 どれもおぞましいが、対処出来ないわけではない。

 "特に時間停止"には。

 

「……どういうトリックかな?」

 

 可能性は無数。正解はまだ不明だ。

 それを探る意味で尋ねてみたが。

 

「さあ、考えてみるといいネ」

 

 僕の問いに、超君が薄く微笑む。

 ヒントはくれないらしい。

 

「さて――選手交代ヨ」

 

 言葉よりも半瞬早く、加速。

 機械音を響かせながら床を踏み砕き、瞬くような速度で超君が視界に飛び込んできた。

 迫ってくる軌道、それに合わせて右手の平を向ける――衝撃。

 

「っ!」

 

 箭疾歩からの拳打。

 功夫を積んだ者が使えば牛一頭をも昏倒させる打撃。

 掌から伝わってくる重たい手ごたえ、よく功夫を積んだもの特有の浸透性のある衝撃。

 だが、それよりも。

 

("重く、硬い"!)

 

 咄嗟に掴んだ超君の拳、それが異様な硬度を持っていた。

 気による圧迫感は薄く、だが重機に殴られたような重みがある。

 地面に当てたはずの靴底が滑り、体が後ろに押された。

 

「強化服かい?」

 

「――正解ネ」

 

 質問と返答。

 だがその間にも超君の動きは止まらない。

 掴んだはずの手の指が解ける、回る、捻られる。流れるような動作、淀みの無い駆動――中国拳法のそれ。

 対応に跳ね上げた左腕、それが斜め下へと腰を落した超君の手に叩き落され、間断なく黒く艶めいた両掌が跳ね上がる。

 となれば。

 

「   」

 

 息を吐く。

 振り解かれた手のことは即座に諦め――僕は肘を捻り、上向きに回した掌を握り締め、半歩進む。

 握り締めた拳は僅か数センチの間合い、流動的に膝を曲げ、僕の胴体へと両掌を撃ち出す少女への返礼。

 

 

 ――轟音。

 

 

 僕は数歩たたらを踏む。

 超君は大げさに吹き飛んだ。

 

「寸打、とハネ!」

 

 苦痛に顔を歪め、驚いたように声を張り上げる超君。

 

「違うね」

 

 僕は軽く首を振るう。

 これはワンインチ・パンチ。

 丹念に鍛えた背筋と足腰、何十何百と鍛錬し続けた果てに出せるボクシングの拳打。

 拳で殴る、ただそれだけの技術を磨き続ける拳闘の技。

 

「さて――!?」

 

 追撃をかけようとして、僕は足裏に魔力を流し――移動した。視界が歪む、体が軋む。

 火線が奔る――銃撃。

 瞬動の加速、それを追いかけるような弾幕の雨。

 幾度、幾百、幾千と使ってきた瞬動の急速な加速感に、僕は壁に足を叩きつけた。

 蹴る、蹴る、蹴る、駆ける。

 重心を上に、滑り落ちないように加速し、壁を走る――この手の傾斜あれば数十歩はいける。

 

「銃弾を避けるか。まったくこの手のばら撒きは趣味ではないのだがね」

 

 龍宮君の声。

 迸るPDWの銃撃、それらから射線を外しながら壁を蹴り飛び――踏み込んだ。

 地面に。

 "下水の床へ瞬動し、滑り込む"。

 

「――!?」

 

 上がる水飛沫。

 瞬動の加速により水を蹴り上げ――僕は気を込めた爪先を蹴り上げた。

 下水を撒き散らす、高々と巻き上げる。

 

「理科の時間だ」

 

 銃声。

 水飛沫を突き破り、飛び込んでくる銃撃に――僕はその前から"左拳"を叩き込む。

 呼吸を止める。

 膝を曲げて、脱力からの手指を振るう。

 

「"大気と水の質量差を答えたまえ"」

 

 居合い拳。

 ――打撃、打撃、打撃。

 大体五発ほど水飛沫に向かって緩く握った拳を打ち込んだ。

 大気を媒介にした拳圧よりも硬く、重い居合い拳。

 

「   」

 

 手ごたえはあったが――晴れた飛沫の先には。

 

 "誰もいなかった"。

 

「転移か」

 

 そう呟きながら、僕は――

 

 

 

 

 

 "放った右拳を背後に叩き込んでいた"。

 

 

 

 

 

 

 

 打撃音。

 

「……少し。遅かったね」

 

 返ってくる反動は骨を砕いた破壊音と肉を穿つ軟らかくもおぞましい感覚。

 目に飛び込んでくるのは――驚愕に目を見開いた浅黒い肌の少女の顔。

 手に握り、銃口を向けようとしていたPDWが手から零れ落ちる、痛みと衝撃が肉体の限界を超えていた。

 

「……参ったね、何故位置がばれたのかな?」

 

 唇から血を流し、かつての生徒が尋ねる。

 

「空間転移には条件があってね。雨の中や砂塵の中などの高密度質量の中への転移は出来ず、前方向への水を巻き上げ、出現位置を制限しただけだよ」

 

 空間転移には一種の制約がある。

 まずある程度開いた空間にしか移動できないこと――壁の中や土の中、水の中への転移は出来ない。

 対象領域の存在する存在に割り込む形で転移することはすなわち、その空間に混ざり、存在を確定するということ。

 無理に入り込めば壁の中に埋まったり、半ば融合する形で出現することになる。

 空間転移能力者はそれらを無意識に嫌ったり、或いはそれを利用して他者を拘束することもあるが――これらの現象は雨の中や、砂塵などの場所でも起こりえる。

 大量の水が舞い上がり、或いは砂などが舞う、一定以上の質量が空間中に有されている状態では転移するための位置感覚を掴むことが出来ない。

 逆に市販されている転移札もそれらの事故を防止するために、思念したイメージ位置やマーキングポイントにおいてもセーフティとして開いた空間に補正として出現位置を変更する。

 それを逆手に取っただけ。

 今までの人生で何度となく転移魔法や、空間転移を駆使する超能力者の類と交戦した経験の積み重ねから学習した方法。

 

「ついでにいえば、出てきた瞬間も水の反射で見えていたよ」

 

 僅かな飛沫。

 しかし、入り口近くで光量のあり、使われていない下水だからだろうまだ清浄な水は一種の鏡として龍宮君の出現位置を視覚的に写していた。

 

「なるほど……いい勉強になったよ、先生……」

 

 血肉の脈動を感じる。

 めり込ませた拳の先から感じるのは人を殴ったという罪悪感を発する感触。

 

「最後に一つ……尋ねてもいいかい?」

 

「なんだい?」

 

「……"これが本当の居合い拳かい?"」

 

 薄く内部に着込んでいただろうボディーアーマー、腹部を覆うプレート。

 それらを破砕し、めり込ませた"僕の居合い拳"。

 

「出来れば、生徒には打ちたくなかったけどね」

 

 【居合い拳の本質】

 それは視界を騙し、速度を誤魔化し、魔力や全身の動作で加速させた拳打を"直接"叩き込む。

 衝撃波を生まないように、大気の抵抗を出来るだけ生まないように、速度と威力を落とさないように工夫した直接打撃がその本質。

 大気を叩く、拳圧を飛ばす、そんな使い方はおまけ以下の副産物。偶々出来た小技に過ぎない。

 直接殴り殺さないようにするだけの生ぬるい殴り方。

 どれほど磨いたところで、どれほど工夫したところで、行き着くのはモノを殴るということ。

 握り締めた拳を、どれだけ力強く、確実に、素早く叩き込むということ。

 この技はそれだけを追求する、ありふれた技でしかない。

 この術を編み出したガトウさんはただ殴るという術を磨いた結果、これを編み出した。

 僕と同じ【生まれつき呪文詠唱が出来ない】、精霊との対話言語――感応のためのチャンネルを合わせられない体質だった師匠。

 出来ることは魔力を持つものならば誰でも出来る魔力供給による身体強化だった。

 後には気も習得し、その合成である咸卦法を身につけたが、その基本は変わっていない。

 体を強化し、その身体能力で圧倒した。

 だが、それだけではない。

 あの人が身につけ、僕が覚えたのはそれだけではない。

 

 ――魔法世界では発達しえなかった技術の一つ。

 

 "純粋肉体駆動操作による体術"。

 科学技術と違い、魔法世界では発展しなかったこの世界における魔法ともいうべきもの。

 科学技術の相対が異界の法則による錬金術だとすれば、魔法の相対技術は体術だと信じている。

 魔力、魔法、それらによる力は幼い子供でも大人を超える膂力と科学兵器に匹敵する破壊力を与えた。

 それ故に魔法世界にあるのは型や個人レベルでの向上程度の体術や剣術、精々中世レベルの武術。比較した武芸の歴史の重みは圧倒的にこちらの世界に劣る。

 個人レベルでの天才はいた。

 だが万人のための技術は無かったのだ、あの魔法世界には――魔法という圧倒的多数が支持する文明と技術の中心があったから。

 だが、この世界ではそれがない。

 表として存在しないだけではあっても、圧倒的多数は魔力も気も感知していない。

 中国武術における圧倒的なマンパワーと歴史による功夫の技は無く。

 日本武術における刀術や身体操作技術は無く。

 西洋の文化によって根付き、繰り広げられた拳闘の技もない。

 ただの身体強化では、上にいけない。

 ただの咸卦法だけでは上へと登り詰められなかった。

 幾百、幾千を超える戦闘経験や恵まれた体躯によって力を手に入れたラカン。

 優れた素養と陰陽術、卓越した刀術を会得した詠春さんでもなく。

 圧倒的なまでの才能と精霊との親和性を持ち、世界に愛された魂の持ち主であるナギでもなく。

 幾多の人格や知識によって技術を得たアルビレオでもなく。

 幾年月の経験や年月を持って力を得たゼクトでもなく。

 僕らにはそれしかなかった。

 この拳と足しかなかった。

 だからガトウさん――師匠はキックボクシングを覚え、僕はムエタイやソバットなどを学んだ。

 殴り合う、血肉を己が手足で壊す技術においてこの世でもっとも優れているのが、"この世界だから"。

 

「この拳はそれほど甘くない」

 

 最低限の手加減はした。

 だがそれでも生半可な意思だけで耐え切れるほどの柔なものではない。

 体術も、接近戦の心得も、戦うための肉体も身に付けているだろうが。

 

 "ただの殴り合いだけで負ける理由は無い"

 

「なるほど……」

 

「喋らないほうがいい、臓器にもダメージはあるはずだ」

 

 重心を乱すことなく、体軸をしっかりと支えて放つ打撃は浸透性の衝撃を与える。

 脇腹からめり込んだ拳はボディーアーマーによる軽減はされていても、十二分にダメージを与えた手ごたえがあった。

 しかし。

 

「――仕事は終わった」

 

「?」

 

「時間稼ぎはね」

 

 血に濡れた唇がゆっくりと引き攣り――爆音が轟いた。

 

「!?」

 

 背後から聞こえた爆発音と衝撃。

 それに一瞬後ろに目を向けて、それとほぼ同時に右手からの感触が消失する。

 

「ッ、転移されたか!」

 

 先ほどまでいた龍宮君の姿が消失していた。

 戦闘不能になるだけのダメージは与えたが、時限性の転移魔法札でも仕込んでいたのか。

 

『ちゃ、超さんもいませんよー!?』

 

 ちびせつな君の叫び声に、周囲に視線を散らせば、龍宮君と同様に足止めに現れたはずの超君の姿もなかった。

 龍宮君同様にとっくに転移し、逃走したのだろう。

 ――爆破し、その入り口を塞いだ下水道から。

 

「文字通り時間稼ぎ、か。やれやれ……派手だなぁ」

 

 僕が思わず本音を吐き出した瞬間、轟っと更なる音が響いた。

 目線を向けることもなく分かった。

 下水道、そのあちこちから空いた穴から――大量の水が溢れ出していた。

 

『み、水――!?』

 

 ちびせつな君の叫び声。

 僕は頭痛を堪えて、方向転換する。

 

「……大岩が転がってくるぐらいだったらまだマシだったんだけどなぁ」

 

『そんなこと言ってる場合ですかー!?』

 

 確かに言っている場合じゃないな。

 

「掴まってるんだ!」

 

 両足に魔力を流し込み――瞬動。

 地面と反発し、前方へ体を投げ出すと同時に背後から地響きにも似た轟音が轟く。

 僕は瞬動から着地すると同時に大地を蹴り、まだ水で埋まってない脇の通路を駆け出した。

 あれだけの水量にはさすがに対抗し切れない、呑まれる前に逃げるのが正しい判断。

 

『あわわわ!! なんで瞬動しないんですかー!?』

 

「瞬動の飛距離は短い――ついでに不測の事態に対処出来ないからね」

 

 長距離用瞬動も一応使えることは使えるが、文字通りロケットのように飛び出し、方向転換が出来ない。

 虚空瞬動で対処する術もあるが、あれも直角の方向転換が精々で、賢明とはいえない。

 だからこの両足で駆け抜けるのが一番いい。

 加速、加速、加速。

 数百メートルの距離を数秒で駆け抜けながら、背後に迫る水よりも速く走る。

 

『あわわわわわわ。ふ、風圧が――!?』

 

「喋っていると舌を噛むよ」

 

 ちびせつな君のポケットから出ようとする頭を軽く抑えながら、僕は前のめりに走る、地面の反発を利用して出来る限り理想的なフォームで走った。

 こんなことならばもう少しマシな運動靴を履くべきだったかと後悔するが、そんなことも言ってられないだろう。

 走る、走る、走る。

 何度か曲がり角を曲がり、T字路になって合流した道先の片方からも水鉄砲が迫ってくる。

 

(水責めは妥当な手段だが――)

 

 脳裏に過ぎるのは嫌な予感。

 これまでの人生で度々起こっていたさらなる追撃の可能性。

 そして、僕は通路の先を見据えて――それが正しいことを知った。

 

『はうー?! つ、通路の先が塞がれちゃいます!!』

 

 走る、走る先。

 下水道の奥底に見える僅かな光、先すらも見えない空間の奥で地響きと共に動く影があった。

 それは隔壁だ。

 分厚い合金製だろう蓋が地響きと共に左右に閉められていく――どこの秘密基地だい?

 

「やれやれ」

 

 自分の走る速度と閉じる隔壁の速度を比較。

 ドラマみたいにギリギリ突破――出来るわけもない。

 どう見てもそれよりも早く隔壁が閉まる。

 

『に、逃げ場がないですよ!? 溺れちゃいます!』

 

 ちびせつな君の悲鳴。

 

「だろうね」

 

 僕には水中で呼吸する魔法は使えない――精々五分ぐらいしか息は続かない。

 だから左手で首もとのネクタイを解き、その先端を右指に絡める。

 踏み出す、背後に迫る轟音を出来るだけ意識しないようにしながら、ネクタイの繊維を右手に絡め、記憶通りに固めていく。

 

『な、なにしてるんですか!? ネクタイなんか巻きつけて……』

 

「久しぶりに拳を固めたくてね」

 

 答えながら駆ける、駆ける、駆ける。

 右手のネクタイを簡易的なバンテージに変えて、握り拳を固定する。

 全力で叩き込んでも拳が壊れないように着ける唯一の武器。

 

「後はあれが核シェルター程度の頑強性であることを祈ろうか」

 

『ふぇ?』

 

 加速。

 最後の加速跳躍、地面を蹴り、大地を踏んで、床を踏み砕きながら体を跳ばす。

 胸ポケットからちびせつな君を引き抜き、

 

「僕の体に掴まっていろ!」

 

 久しぶりにスーツの上を脱ぎ捨てた。

 ワイシャツ一丁――そこそこ肩が回る、上半身の稼動には十分。

 隔壁との残り相対距離――五十メートル。

 

 ――"十二分だ"

 

「左腕に魔力」

 

 何十と何百と繰り返し続けた魔力の供給を左腕に。

 意識することも無く出来る行為だが――

 

「右腕に気」

 

 言葉を紡ぐ。

 同じく何十、何百、何千回と繰り返した気の供給。

 呼吸を消す。

 遠慮を消す。

 意識を消す。

 恐れを消す。

 自己を無に。

 

 才能無き自分に出来る――ただ唯一の誇る技を。

 

 

 

『合成』

 

 

 溺れるような圧迫感。

 巡る力の一瞬を感じた刹那、僕の体は無意識に動き出していた。

 大地に踏み込む、しっかりとブレーキをかけて、蹴り足から腰に、背に、肩に、肘に加速。

 持続三秒程度の【咸卦法】。

 必要最低限度の切り札を切りながら、僕は脇を締めて、目の前に飛び込んだ隔壁を――打った。

 

【豪殺居合い拳】

 

 目の前の隔壁が手ごたえすらなく吹き飛び、伸ばした拳の先から掻き消えていた。

 

「――思ったよりも脆かったね」

 

『はうわー!!?』

 

 ちびせつな君の悲鳴と轟音。

 遅れて響く打撃音、手指から伝わる反動は隔壁の硬さよりも音速の壁に痛んだ。

 大気を叩くのではなく、砕いて進む打撃の結果。

 巻きつけていた簡易バンテージは繊維が破れ、握り締めた拳は軽く痺れて傷み、ワイシャツの裾は捨てるしかないほどにボロボロだった。

 音速を超えた打撃はそれだけの代償を与える。

 魔力と気で保護をしても限界はある。

 音速を超えた動きは、コンクリートの壁の中を強引に突き進むようなもの――鋼鉄製の戦闘機ですら間違えれば折れ曲がり、破砕する現実だ。

 多用は望みたくない、全力の一撃。

 しかし、その一撃の結果は――

 

「……ネギくんに打たなくて正解だったな」

 

 今の彼程度では確実に殺してしまう。

 出来て大気を叩く拳圧投射ぐらいだろう――それでも大人気ないことには変わりは無いが。

 

『打たれたら死にますよ、これー!?』

 

 僕もそう思う。

 そう考えながらも、吹き飛んだ隔壁の向こう。

 水の排出口として滝のようになっているそこから曲がり、壁伝いの通路へ駆け込み――背後から轟くのは水音だった。

 目を向ける――水鉄砲もかくやという勢いで噴き出す水量。

 あれに呑まれていれば……

 

「……ただではすまなかったねぇ」

 

 いまさらながらにゾッとする。

 この高さ、水に呑まれて体勢も整えられずに落下し続ければ待ち受ける墜落地点次第で死んでいただろう。

 

『ひええですね……』

 

 首元に掴まっていたちびせつな君がふよふよと浮かび上がりながら、頷く。

 

「さて――と」

 

 目を向ける通路の先。

 点検用の通路、その壁際に設置された簡易的な扉を見ながら。

 

「探らせてもらうよ」

 

 ここまでする秘密を。

 その企んでいる計画を――

 そして。

 

 

「それが過ちならば止めるまでだ」

 

 

 僕は歩き出した。

 彼女の真意を知るために。

 

 

 

 

 

 





 ――居合い拳で、なんで直接殴らないんだろう?
 そんな疑問がこの欠陥タカミチのコンセプトでした、もっと凄い使い方を期待していた人ごめんなさい。
 正直拳圧飛ばすぐらいなら、質量的にも上で、飛距離で威力劣化しない居合い拳を直接叩き込んだほうがずっと強いよねと思っていたので……
 原作で至近距離ならただのパンチだ、とかいっていたネギ先生ですが。
 正直近寄ったほうがもっと危険だと思います、まる。


 ここらからかなり原作剥離していきます。
 原作と違って欠陥タカミチは拘束されていません。
 というかフル装備でない超と龍宮だけでどうやって勝ったのか分かりません。
 ネギ戦のダメージがあっても、普通にぼこぼこに出来そうですし。
 時間停止とか、時間操作能力とのタカミチの交戦経験云々は、VSフェイト戦のラカンのコメントから捏造しました。
 レアみたいですが時間操作系のアーティファクトや能力もあるみたいですし、ラカン自身も時間停止能力などを食らったことがあるみたいなので。
 雷速などは多分このSSだと出ませんが、原作よりもかなり劣化した――ある程度納得のいく能力の予定です。
 思考速度加速がオートでついても、円環少女みたいに本人の時間速度そのままと加速させるぐらいしないと光速は無理だと思う……


 タカミチのこの後の行動などは、少し先で挿入する???の閑話で補完する予定です。
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