欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
意地の決闘だ
やばい、凄い泣きたい。
ていうか許されるなら泣き喚きたい。
それだけ――全身が痛くてたまらなかった。
「だ、大丈夫かいな? 短崎の兄ちゃん……?」
「だ、だいじょうぶじゃない……かも」
ふらふらと引きずるように、僕は選手席に戻った。
一歩踏み出すだけで勇気のいる重傷度合い、試合の後の興奮が抜ければ待っていたのは当然のような激痛と咽返るような嘔吐感、口の中は血の味、鼻を付くのは喉元までこみ上げる胃液の臭い。
熱湯風呂にでも浸けられているような熱、熱くて脱ぎだしたいほどの痛み、焼け付いた感覚に、言葉を吐き出すのも億劫。
呼吸をする度にバキバキと軋んでいる骨から痛みが走る――小指をタンスの角に叩き付けた時の様な激痛が、頻繁に響いてくる、呼吸が辛い。
男の子の意地で刹那の前では出さなかった苦痛、だがもうなんというか、限界……デス。
「少し、休ませて……」
慎重にベンチに座る、それだけでずしりと痛みが走る。
やばい、真面目にやばい、なんていうか一端座ったらもう二度と立ち上がれないような感覚。
ゆるゆると息を吐き出す、無理に勢いよく吐き出したら肺が破裂しそうな錯覚すらある。
静かに水を飲むように息を吸う、まずい血の臭いがする空気は泣きたいほどに辛い。
試合前に治療で受けた痛み止めがむなしくなるような辛さ、この短時間で効果が切れたのだろうかと思う。
「だ、大丈夫ですか? なんか顔が……しゃれになってませんよ?」
「死相が見えるでござるよ?」
ネギ先生の言葉に、長瀬さんが付け加える。
それほど酷い顔になってるのだろうか。確かにだらだらと脂汗が止まらないし、痛さに強張った口元の痙攣が治まらない。
「――そんなに辛いなら、さっさと病院に行きなさい。無理をすれば大変なことになりますわよ?」
グッドマンさんが言葉を付け足した。
確かにそれは正論だ、もういい加減病院に行った方がいいかもしれない。
最低でも医務室に行った方がいいような気がするね。
でも――
「次の勝つ相手が僕の対戦相手だからね、最低でもそれは見ておきたいんだ」
言葉を区切って、慎重に息を吐き出しながら言葉を紡ぐ。
それを言うだけでもかなり辛かったが、押し黙っている方が個人的に辛い。
僕は軽く首を横に振りながら、ベンチに置いておいた自分の分のミネラルウォーターを口に含む――鉄分の味がした。
バケツがあればそれに吐き捨てるところだが、さすがにないので我慢して飲み干す。
「にしても、随分と手早く修復しとるなぁ」
小太郎君が舞台を見つめながら呟く、僕も目線を向ける。
そこには既にコンクリートを流し込んで、板を取り替えつつあるスタッフたちの姿があった。
陥没というか、床板をぶち抜いた質量の原因である僕が言うのもなんだが、大穴の開いていたはずの舞台の上は急ピッチで修復作業が行われて、既に元の原型を取り戻しつつある。
というか、もう直った。
「一瞬の停滞もなく、修復に取り掛かり、用意した素材を無駄なく使い切って直したでござるよ」
「凄いですね、とても優秀な人たちです!」
「というよりも、壊しすぎて直すのに慣れただけやないか?」
長瀬さんの感想に、ネギ先生の感動、そして小太郎君のぼやき。
一部の試合を除いて、試合の度に会場が多かれ少なかれ破壊され、それを毎度直していけば慣れることもあるだろう。
ていうか。
なんでただの学園祭のイベントなのに、こんなに舞台が壊れるような試合をしているんだろうね僕たち?
痛みに魘される体調の中で、思考を紛らわすようにそんなとめどめもないことを考えていると、舞台の上に見知った顔が上がるのが見えた。
『皆様大変お待たせしました!』
そうアナウンスを開始するのはインカムを装着した朝倉さん。
ここまでの試合でずっと出ずっぱりでアナウンスしているというのに、軽快な動きで手を掲げて、周りの注目を引き寄せている。
そして、すらすらと慣れた口調で試合開始を知らせ――
『舞台の修理も完了したので、これより二回戦 第十試合を始め――ん?』
ようとした瞬間、唐突にインカムに手を当てて、首を傾げた。
なにかあったのだろうか?
「どうかしたんか?」
「さ、さあ? どうしたんでしょう」
小太郎君とネギ少年が首を傾げる。
そして、不意に気付いた。
「そういえばあのクウネルって人はともかく、龍宮さんがまだ来てないね」
「ふむ? 真名が遅れるのは珍しいでござるな」
もう試合開始時刻だ。
このままなら時間オーバーで不戦勝にされてもおかしくないんだけど。
『コホン、大変残念なお知らせがあります』
数分ほど経った後だろうか、表情を取り直した朝倉さんが軽く咳払いをしたあと、周囲に視線を向け――衝撃的な発言を行った。
『十試合目、龍宮真名選手対クウネル・サンダース選手との試合予定でしたが――龍宮選手の棄権により、クウネル選手の不戦勝となりました!』
え?
「なっ」
『なにぃいいいいいいいいいいいい!!?』
戸惑いが爆発した。
会場内の客席から驚きの声、戸惑いの喧騒が飛び出す。
『誠に申し訳ございません。龍宮選手は諸事情により今後の試合に参加出来なくなりました、よって自動的にクウネル選手の準決勝進出が決定します』
朝倉さんもどこか戸惑ったような表情、申し訳なさの滲んだ顔に、沈んだ声。
確かに予定通りの試合が出来ず、それはアクシデントだろう。
だが、それで一つ決定したことがある。
「そうか、彼が……僕の"最後の相手"か」
確認する、反芻する、それが正しいかどうか自分に確認する。
「短崎さん?」
グッドマンさんの声、それに僕は気付いたが。
僕は目を向けない、覚悟を決めるのに忙しい。
予定が狂った――或いは予定通りだろうか。
「運が悪いね、龍宮さんが勝ち上がるようなら棄権するつもりだったけど……」
正直身体は限界、刹那と戦えたことで目的は果たしている。
無理する理由もないし、もう無茶も出来ない重傷度合い。
だから龍宮さんが勝ち上がるようなら棄権して、休んでいようと思った。
だけど、彼が勝ち上がるなら、僕との対戦が決定しているなら。
「最低一発はぶん殴っておきたい」
勝てる見込みはない。
だけど、せっかくの機会だ。
ただ挑んで、一発叩き込む――それぐらいしないと、僕は後悔するだろう。
恨みはない、ないが。
「正直、彼は気に入らない」
嫌悪すべき生き方をしている、そんな相手だと僕は確信していた。
『第十試合は以下の通り、クウネル選手の不戦勝により省略します! そして、第十一試合――ネギ・スプリングフィールド選手 VS 犬上小太郎選手! 両名、舞台上にどうぞ!』
朝倉さんの声が響き渡る。
それと同時にベンチから勢い良く立つ二つの影があった。
小太郎君とネギ先生の二名、笑みを浮かべて同時に立ち上がる。
「ハッ、ようやくやな? ネギ――もう痛みは引いてるんか?」
犬歯を剥き出しに笑みを浮かべる小太郎君。
とてつもなく嬉しそうな顔、不敵な笑みに、手をワキワキと動かす。
「そうだね、小太郎君――そっちこそダメージ残ってるんじゃないの?」
ネギ先生は笑顔でさらりと毒を吐く。軽いジャブ、というよりもただの相槌だろうか。
かけていたメガネを外し、ベンチの上に置く、掛けていた杖も置きっぱなし。
だけど、その両手は硬く握り締められて、その力の入れ具合が分かる。
「ハン、ひょろっちいそっちの身体と比べんなや。もう治ってる」
「むっ、僕も全然大丈夫だよ」
小太郎君の言葉、ネギ先生の反論。
どこか微笑ましい、或いは懐かしい光景、自分の年少時代を思い出すようなやりとり。
「ま、それならそれでええわ。んしても、決勝じゃないのは残念やけど――戦えて嬉しいで、ネギ」
「僕もだよ、小太郎君」
少年二人が笑みを浮かべあう。
友達同士の笑み、或いは競争相手に向けるような少し剣呑な微笑み、ライバル同士としての意識だろうか。
「そんじゃ行ってくるわ」
小太郎君は長瀬さん、僕、山下さん、他の人たちに挨拶。
「それじゃ行ってきます」
ネギ先生は神楽坂さん、エヴァンジェリン、僕、他の人たちに挨拶。
「無理はしないようにね、二人とも」
「頑張るでござるよ、二人とも」
「ネギ! さっきの試合みたいに無茶ばっかりするんじゃないわよ! あとやるんなら勝ちなさい!」
「フン、精々退屈させるなよ? ボーヤ共」
皆が声援をかける、それに嬉しそうに頷くネギ先生、軽く後ろ手を振る小太郎君。
そして、二人とも並んで試合の舞台に上がっていく。
その様子を見ながら僕は軽く息を吸う、痛まない程度にゆっくりと。
「さて、どっちが勝つかな?」
息を吐き出すついでに呟いた独り言。
しかし、それに応える声があった。
「――どっちが勝ってもおかしくないな」
「?」
声の発言者はエヴァンジェリン。
ベンチで優雅に脚を組む彼女、指先で鉄の扇子を開き朱色の唇を震わせて言った。
「経験ならあの犬の小僧が上、才能ならネギのボウヤが上、心技体の技と体は差異はあるものの互角に等しい。後は――心次第だ」
「心?」
「そうだ」
純金を溶かし、流し込んだような金髪の髪を優雅に掻き上げ、彼女は告げた。
愉しげに、あるいはおかしそうに。
空気を震わせながら、白く細い指先を唇に当てて。
「つまり――」
朝倉さんの声が鳴り響く、ざわめく観客の声が少しだけ小さくなる。
緊張の一瞬、誰もが目を向ける試合開始時間。
『それでは第十一試合、ネギ・スプリングフィールド選手対犬上 小太郎選手――』
二人が構える。
二人が対峙する。
一定の間合いを開き、互いを睨み付ける、そんな状態。
そして。
『Fig――
試合開始の言葉よりも一瞬早く、二人は前に脚を踏み出し――
ht!!!』
まったく同時に繰り出した右ストレートが、お互いの顔面を突き刺さっていた。
「つまり、これは――」
「どちらの意地が勝るか。これはそんな単純な決闘になるだろうさ」