欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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九十四話:決着はつけるしかない

 

 決着はつけるしかない

 

 

 

 

 

 

 

 構える、対峙する。

 二人の少年が向かい合い、構え合い、視線と視線をぶつけている。

 小太郎君の手はゆっくりと垂れ下がり、膝は軽く曲げられて、いますぐにでも跳ね出しそうなほどに力強く靴底が床を踏みしめている。

 ネギ先生は逆に手にした杖を軽やかに回し、その遠心力と重心バランスを確かめるように動かして、自分と小太郎君の間の障害になるように構え、半身を踏み出す。

 一触即発、空気が張り詰めていくのが感じられる。

 

「……さて、どうなるかな」

 

「小太郎の奴はここからだな」

 

 

 僕の呟きに答える声があった。

 いつの間にか戻ってきていた長渡が視線を舞台に向けたまま、断言した。

 ちらりと視線を向けてみれば、通路のほうでは古菲さんが見覚えのある女生徒たちと舞台を見ている。

 途中まで一緒に来ていたってところかな?

 

 

「そうなんですの?」

 

 長渡の発言に、グッドマンさんが小首を傾げた。

 

「ああ、あいつがこのまま押されっぱなしで終わるわけがねえ」

 

 長渡の目は揺らぐことなく、確信を持って告げていた。

 小太郎君はこのままでは終わらないと。皆が面倒を見て、僕らが技術を教えて、なによりも長渡を慕ってくれた少年は……この程度では止まらないと。

 長渡は信じている。

 膝を叩き、パンッと小気味のいい音を響かせながら、僕の親友は笑った。

 

「俺の弟分だからな」

 

 俺が勝手に思ってるだけだけどよ。と、少しだけ照れくさそうに微笑む長渡。

 それに何故か古菲さんがむぅっと唇を突き出していた。

 

「やれやれ、幸せものだね」

 

 小太郎君は、と僕は正直に考えながらも舞台に目を向ける。

 ――多くのクラスメイトたちに応援されるネギ先生。

 ――僕ら年上たちに応援される小太郎君。

 立場は違うし、数も違うし、性別も違うけれど、多くの年長者たちに応援されて、見守られる子供というのは幸せだと思う。

 どちらも勝てばいいと思う。

 素直にそう思える二人だったけれど……

 

「いっ」

 

 勝負というのは。

 

「っくでぇええええええ!!」

 

 絶対にどちらかが勝利を得て、敗北を得るしかない。

 だから小太郎君は床を蹴り上げて、加速した。鋭く矢のように飛び出し、それに応じてネギ先生が動く。

 構えた杖を前に、後ろに出していた足を摺り寄せるように差し出した。

 小太郎君の突撃に、突き刺すような動作。目の前に突き出されたつっかい棒のようなそれに、彼はどう動く? 防ぐか、横に避けるか、いずれにしても減速するべきだ。さもないと、彼の速度は自身を貫く一撃の手助けになる。

 と、誰もが考えるだろう。けれど、彼の答えは単純だった。

 

 加速した。

 

 一歩踏み出す、二歩目で蹴り出す、そしてネギ先生の突き出す先端"に合わせる用に加速する三歩目の踏み込み"。

 

「なっ!?」

 

 恐怖など知らぬとばかりの行動。

 眼前に打ち出された一撃、それに小太郎君は犬歯を剥き出しに踏み込み、顔を捻りながら頬肉をこそげさせ、杖に絡めるように腕を跳ね上げた。

 肩、肘裏、捻った手首、それが三点同時に杖を絡め――そのまま体を滑らせながら突っ込んだ。

 笑いながら、楽しげに杖を絡めたままに。

 

「お・か・え・し!」

 

 打撃音。

 杖を絡めたままに、滑り出された小太郎君の右掌がネギ先生の顔面をぶち抜いた。

 のけぞるネギ先生の画面、それに倒れこまないのは掴んだ杖のせいで。

 

「――やぁあああああああ!!」

 

 失敗。

 倒れこまないせいで距離が離れず、巻き上げるように腰を翻転させて小太郎君が距離を詰めて、肘の一撃がネギ先生の頬に直撃。

 自動車でも跳ねられたかのような派手の動きと共にネギ先生が倒れこみ、そこに――

 

「がら空きや!!」

 

「ぶっ!!」

 

 振り抜いた小太郎君の蹴りがめり込んで、小さな体がくの字になって吹き飛んだ。

 床の上を埃と唾液を撒き散らしながら滑っていったネギ先生の体が、舞台の端にぶつかって止まる。

 

「へっ、さっきのおかえしやで?」

 

 床に転げ落ちたネギ先生を見下ろしながら、絡め取った杖を放り渡す小太郎君。

 奪い取った武器を返すのは彼の矜持だろうか。

 

「……三発もやったのに?」

 

 ゲホッと息を吐き出し、流れ出す鼻血を服の袖で拭いながらネギ先生が杖を掴んで、立ち上がる。

 その目元は苦痛に潤んでいたけれど、その視線は揺らぐことなく、真っ直ぐに向いて。

 

「借りは三倍返しがお約束やろ?」

 

 ニヤリという言葉が相応しく小太郎君が笑った。

 距離が詰められる、一足一刀の間合い。既に間境いは踏み込えている。

 だから。

 

「そうだね」

 

「そうや」

 

 ――踏み出した。

 何度目の激突か、二人の少年が同時に足を突き出して、拳と杖をぶつけ合う。踊るような足捌きで、唸るような咆哮で、殴り合う。

 杖が跳ね上げる、切りかかるような手刀が突き出され、それを捌くように跳ね上がった手が金属音のような音を響かせる。

 何かを仕込んでるわけじゃない。

 単純に二人の手足がそれぐらい硬い、同時に響かせるぐらいの勢いで激突している証拠――魔法・気という僕らの常識の外にある技術の恩恵。

 だけど、お互いに声を張り上げて、真っ直ぐに笑いながら、雄雄しく戦い合うあの二人にそんなのは関係ない。

 図ったように足を踏み出し、距離を詰めて、構えを取り、お互いの一撃をぶつけ合う。それの繰り返し。

 一発ごとにお互いがのけぞって、それでも引かずに踏み締めて、手足を叩き込む。

 

「やるなぁ、ネギぃいいい!!」

 

「そっちもね!」

 

 殴り合う。

 蹴り合う。

 何時しか技術も、技も関係なく、彼らは戦っていた。

 笑いながら、笑顔を浮かべながら、地面を蹴って、相手を打ち飛ばし、目まぐるしく戦い合う。

 

「笑ってる……痛くないの?」

 

「痛そうです」

 

 神楽坂さんがぽつりと呟く、それに同調して佐倉さんが口元を覆った手を震わせた。

 その間にもネギ先生の杖が突き出され、それが小太郎君のわき腹にぶち込まれる。

 

「ッ、ぁ――!」

 

 一瞬呼吸が止まったかのように口が開いて、小太郎君の顔が痛みに歪んで呼気が漏れ――ても歯を食い縛って笑った。雄雄しく獣みたいに。突き出された杖が切り返すように、唸りを上げて繰り出される。その先端を受け止め、続けざまに滑り出された足払いを膝で受ける。

 子供とは思えない威力の音、鈍く響き渡るような音が何度も響かせて、二人の少年が腕を組み交わす。

 それはまるで踊っているようで、かけっこでもしているようで――楽しく遊んでいるように見えた。

 会場の誰もが声援を送りながらも、見つめていた。

 二人の少年が

 

「戦うことって、そんなに楽しいことですか?」

 

 

 

「楽しくない、さ」

 

 佐倉さんの言葉に、長渡が答えた。

 噛み締めるように、二人の戦いを見ながら言った。

 

「人を殴れば拳が痛い、殴られたら当然痛い、蹴ったりしたら足が痛い、蹴られたらめちゃくちゃ痛い、体を動かせば疲れるし、戦ったあとに残るのはいつも怪我ばかりで、寝て起きても痛みを引きずって、下手すりゃあずっと長い間、辛い思いをする」

 

 当たり前のように、長渡が言う。

 噛み締めるように呟いて、膝の上に当てていた拳を開いて。

 

「だけど、それでもやらないよりはやったほうがいいことがある」

 

 小太郎君が拳を振り上げる。

 ネギ先生が杖を振り被る。

 

 そして。

 

「あいつらは、ライバルなんだから」

 

 

 激突音と共に二人の一撃が突き刺さっていた。

 小太郎君の拳はネギ先生の頬に。

 そして、ネギ先生の一撃は小太郎君のお腹に、"踵がめり込んでいた"。

 ガランと放り出された杖が床に転がり落ちる、杖の一撃はフェイント。

 ――本命は蹴りでの一撃。

 カウンターの如く突き刺さった足先を動かしながら、真っ赤に、腫れた痕と涙と鼻水と決意に塗れた顔で、ネギ先生は言った。

 

「教えてくれてありがとう」

 

 これをと、笑顔で告げた。

 瞬間、轟音と同時に小太郎君の体が吹き飛んだ。同時にネギ先生も後方にぶっ飛んだ。

 ネギ先生は真後ろに、小太郎君は斜め上に吹き飛んだ。

 

「――瞬動!?」

 

 誰かがそう叫んだ。

 その単語の意味はわからないけれど、ネギ先生が何かをやったのだけはわかった。

 そして。

 

 

 そして、その最後に――彼だけが立ち上がった。

 

 

「僕の勝ちです」

 

 

 ネギ先生だけが立ち上がった、血まみれで、それでも誇らしく、嬉しそうに。

 彼は腕を振り上げた。

 

 

 

 それが長い二人の戦いの決着だった。

 

 

 

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