欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
ぶっ飛ばすと決めた。
僕の見ている前で次々と舞台が修復されていく。
もはや機械的を通り越して芸術的な速度で、声の掛け合いもせずに舞台のひび割れた板を張り替えて、踏み砕かれた場所を修復し、ものの見事に元の様相を取り戻す土建部の彼らはもはや神域に達しているのかもしれない。
もういいんだ、もう諦めたから、とか。
何回やっても何回やってもまた直す~、とか。
あははは無駄に用意していた資材が無駄なく使い切りそうですよおやっさん、とか。
破壊と想像は表裏一体! フゥーハハハ! とか。
滑らかで素晴らしい動きとは裏腹に、彼らの目は死んでいた。舞台にこぼれた血などをバケツで汲んだ水で流し、水はけをしている姿はもはや亡霊だった。
思わずごめんなさいと言いたくなった。いや、僕らは一度も壊してないけど。主に対戦相手がやったり対戦相手がやったり! 吹き飛ばされて壊したり! 地面に叩きつけられて床ぶっ壊したけど!
「……ねえグッドマンさん、君は彼らに謝るべきだと思うよ?」
「――いきなりなんですのっ?!」
正直な感想を思わず呟いたら、グッドマンさんがうろたえた声を上げた。
いやだって、さ。
「なんだかんだで君が一番派手に舞台壊したし」
巨大影パンチとか、黒いワイヤーで舞台上をずたずたに切り裂いたし、なんかビームっぽいの乱射したし。
舞台の被害枚数的に結構張り替えてない?
「な、なななそんなこと言ったらネギ先生はどうなるんですの?! ネギ先生は吹っ飛ばされて柵は壊してるわ踏み込みで床を破砕してますし飛ばした雷と光で色々と大穴空けてますわよ?!」
「え、ええっ!? そんなこといったらタカミチのほうがひどいよ!? 僕蹴り飛ばされて床に叩きつけられたし居合い拳で舞台とかでこぼこの穴だらけだったし!!」
ビシッとグッドマンさんに指先を向けられ、ネギ先生が慌てて首を横に振る。
さりげにこの場にいない人を矢玉に上げるあたり、彼もいい根性をしていると思うね。
「その点俺らはさすがだよなー」
「何も壊してないしなー」
山下さんと大豪院さんが何故かお互いに肩を組んで言った。
「――いや、あんたたち負け組じゃない」
『げぶるふぁっ!!』
その次の瞬間、神楽坂さんが言った言葉に二人とも撃沈した。
仰向けにベンチから崩れ落ちて、しくしくと石畳の床を涙で濡らしていた。
正直言って気持ち悪い姿勢で泣くのはやめてほしい。
「でもどっちかというと一番壊したのここの持ち主の龍宮さんだから大丈夫じゃない? 500円玉飛ばしで、床中ぼっこぼこだったし」
「ああ~、そういえば」
なにしてんのさ、持ち主。
そういえばここの修理費って誰が持つんだろ? やっぱり主催者なのかなぁー。
『第十二試合! エヴァンジェリン A・K・マグダウェル選手 対 長渡光世選手の試合を開始します! 両選手、舞台の上へ!』
そんなことを考えていた時だった。
丁度舞台の修復が終わり、司会の朝倉さんがマイクを片手に声を張り上げて、こちらに振り返りながら手を上げる。
歓声が沸いた。
観客席の誰も彼もが声を張り上げて、高鳴る試合への期待を口に出している。
それに、長渡は――こちらに、否、選手席の一角に目を向けながら、親指を下に突き出す。
「覚悟しろ」
闘志、否、殺意をも目に滾らせて、先ほどまでの小太郎君に向けていた優しい顔を一変させて睨んでいた。
それは久しぶりに見る長渡の怒り。
溜め込んでいた感情の吐露。
それに、その先にいた少女は嗤った。
「笑わせるな」
黒いゴシック服を身に纏った金髪の少女……エヴァンジェリンは鉄扇を懐に仕舞って、指を鳴らすように自分の頬を撫でる。
長渡の怒りなど目に入っていないように、全てを達観したかのように赤い唇を震わせて。
「覚悟を問いたければ意志を証明しろ」
そういった。
彼女は本当に楽しそうに微笑んで、
立ち上がっていた。
「えっ」
それがそこにあるのは当然のように美しく、戦慄しそうなほどに滑らかな動作で。
僕は背筋が冷たくなった。
先に行く、そういって長渡が舞台に上がっていた。
全身に走る痛みの節々を無視出来ないのだろう、呼吸を乱しながら舞台への階段を登る姿は辛そうで。
それの横を悠々と歩くエヴァンジェリンの余裕の佇まいと比べて、その体調の悪さは浮き彫りになっている。
「……勝てますかね」
そう呟いたのは後ろの席を陣取るグッドマンさん。
小さくてもよく響く綺麗な声が不安そうな色を含んでいて、その相手が誰なのかは明白だった。
「無理だろうね」
グッドマンさんの言葉に、僕は首を横に小さく振る。ちょっと首を横に振りすぎると痛いから、微かに。
「えっ?」
「断言、しちゃうんですか?」
右側の席に座る神楽坂さんとネギ先生がびっくりしたように声を上げて、こちらに振り向いた。
そんなに意外だっただろうか?
でも……
「無理……だな。あのロリっこ、桁外れにやべえ」
「ああ、下手すれば古菲相手にやりあったときよりも勝ち目がない」
山下さんと大豪院さんが僕の気持ちを読み取ったのか、それとも悟っていたのか口にする。
「あれはまじもんの……化物だ。強さという意味で、な」
直接戦った山下さんが噛み締めるように言う。
圧倒的なまでの勝率の低さを。
それは気持ちとか技量とかそんなもので埋めがたいもので。
「"今の長渡には"戦うことなんて荷が重過ぎる」
舞台の上に立つ長渡に目を向ける。
朝の時から比べて数十年使いこんだかのように擦り切れ破れた麻のコートを羽織り、その下には垣間見えるぐらいに白い包帯を巻きつけ、試合開始の合図を待つ間にも整うことのない荒れた呼吸に、噴出した汗と顔色の悪さ。
満身創痍の言葉がぴったりな状態。あれで誰が勝てるというのか。
「あんな重傷で戦うとか無理でしょ」
そんな考察を僕が説明したのだが。
「えっ」
「えっ?」
なに? お前がそれ言っちゃうの? という目で見られた。
「お前が言ったらダメだと思うよ」
何故だ。
ていうかグッドマンさんが顔を両手で覆って「すいませんすいません」 とか謝りだしちゃったんだけど。
さらに佐倉さんが「お姉さまを苛めないでください!」 と怒り出したんだけど。
これは僕が悪いの?
『無駄口ハ終ワリダゼ、始マルゾ』
その時だった。
椅子に放置されたままの人形チャチャゼロがカタカタと体を震わせていた。
『ではこれより試合を開始します!』
続けて上がるのは朝倉さんの声と、観客たちの盛り上がる声援。
視線を戻せば舞台に立つ長渡は構えを取り、エヴァンジェリンは無造作に立っていた。
『エヴァンジェリン A・K・マグダウェル選手 対 長渡光世選手!』
そう何の構えも取らず。
『Fight!!!』
声が上がる。
同時に掻き消えたかのように錯覚し兼ねない動きで飛び出したのは長渡。
それが殴りかかる姿勢と共に金髪の少女の一歩手前に踏み込んで――
吹き飛んだ。
「えっ?」
長渡の身体が跳ね飛ばされていた。
まるで映画のワンシーンを見逃したかのように唐突に。
向かっていた相手の前から、背後に吹き飛んで、転がっていった。
放物線を描いて、地面に激突し、無謀にごろごろと、ごろごろと転がって――真っ赤な血の痕を残して倒れていた。
動かない。
長渡が動かない。
その瞬間、声が止んだ。
観客席の、僕らの、誰も彼もが息を呑んだ。
「――重心が崩れていた」
ただ立っているのは金髪の彼女だけ。
"ただ手と、踏んだ足の位置が変わっているだけのエヴァンジェリン"が立っているだけで。
目の前で起こった現実に意識が追いつかない。
今まで散々非現実的な光景が起こっていたというのに、それすらも一瞬色を無くす様な光景。
「迂闊だ、ぬる過ぎる」
金色の髪をなびかせて、ゆっくりと振り返る。
その赤い瞳を瞬かせて、音のない世界の、声無き歓声を浴びるように両手を広げた。
まるで抱き締めるように。
まるで愛するかのように。
「かかってこい、
笑って、楽しげに笑って。
言った。
「貴様の意地を見せてみろ、私を退屈させるな!」
叫ぶように言って、エヴァンジェリンは微笑む。
音のない世界で、血の痕を曳いて倒れた長渡に目を向ける。
そして、彼は。
――立ち上がった。
血を流しながら、唾を吐いて、堅い床板に手を当てながら、膝を上げて、体を起こして。
「お前は殴り飛ばす」
ただ静かに答えて、構え直した。
数秒前までの憎悪に燃えた瞳から、より真摯に熱く滾る目を向けながら。
「そう決めていた」
繰り返し、呟きながら踏み出した。
これから始まる残虐な蹂躙劇に立ち向かうように。