欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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本日と明日は一話ずつ
明後日から新規話開始です


百話:無駄だと否定されようとも

 

 

 無駄だと否定されようとも。

 

 

 

 

 倒したはずだった。

 確実に殺し切ったはずだった。

 だって首を刎ねられて生きている奴なんているわけがない、確かに刃を潰した太刀だったけれど、速度と角度を載せた刃はただの鈍器以上に人を切断する、出来る。

 だから振り抜いた刃は首を刎ねてしまった。

 

 殺人を犯した。

 

 そう感じた瞬間だったから、背中から感じた衝撃に反応することも出来なかった。

 視界が回転し、遠く似合ったはずの策が目の前に飛び込んできて。

 

「あっ……」

 

 痛みを感じたのは少し遅れてからだった。

 痛い、熱い、全身が奇妙な音を発している、左腕の感覚だけは冷たくて、それ以外の全身が熱くて泣きたくなる。

 むしろ涙が溢れていた、痛みにどこか狂ってしまったのかも知れない。

 だけど、それでも右手の太刀だけは離さなくて。

 

「なぃ、が……?」

 

 身体を起こす、それだけでも全身が悲鳴を上げているみたいだった。

 手は震えて、汗は止まらなくて、喉には何かが詰まったみたいに声が出なくて、ついでにいえば腰が鋭く痛んで、まともに伸ばせない。

 だから這いずるように身体を起こす。

 

 

「おや、まだ動けますか」

 

 

 視界の奥から声をかけられる。

 粗い呼吸が止まらないまま目を向ける、そこにはフードを被ったままの彼がいた。

 平然と見える口元が笑みを浮かべていた、笑っていた。

 その首はついている。

 だけどなんだろうか。

 

(……髪が、赤い?)

 

 フードの露出した場所から毀れ出たのは赤い髪。赤髪の男だったのか?

 いや、どうでもいい。

 首があるのなら、生きているのなら倒すだけだ。

 たった一発でいい、あの見下す笑みを消してやる。 

 

「ッ!」

 

 埃と血の味しかしない唇を噛み締めて、立ち上がる。

 太刀を握り締め、震える足で身体を起こそうとし。

 

「遅いですね」

 

 ――蹴り飛ばされた。

 目の前にあのフードが立っていて、ゆっくりと見せ付けるように脚が振り上げられていて、僕は――

 避けることも出来ずに、左頬から蹴り付けられていた。

 

「 」

 

 衝撃で前が見えなかった。

 一瞬目の前が真っ暗になって、気がついたらまた地面に転がっていた。

 瞬く間に別の場所に転がっていた。

 

「ぁ……、ぇ?」

 

 唯一開いた右目から自分がさっきとは違う場所、反対側にいたのが見えた――左目は歪んでて前が見えなかった。

 クウネルがどこにいるのか、見えない。

 だけどまだ太刀は握っている、だから。

 

「ど、ごにぃ「こっちです」

 

 体が浮いていた。 

 左腕から袖を掴まれて――身体が廻った、脚が地面から離れていた。

 背筋が熱さよりも恐怖に冷たくなって、視界が廻っていた。

 そして。

 今まで聞いたことがないような音が聞こえた、"体の中から"。

 

「軽いですね、肉を食べた方がいいですよ」

 

 ――背中から叩きつけられていた。

 口から息が吐き出されていた、窒息寸前のような痛みに悶絶して、悲鳴すら出せなかった。

 声が出ない、声が出ない、叫ぶことすら出来ないのがこんなに辛いなんて知らなくて。

 また空中に身体が浮いたとき、許しすら乞えなかった。

 

「どこまで手加減すればいいんでしょうね、常人相手にやるのは久しぶりなので――」

 

 フードの男が本当に困ったように笑みを浮かべる。

 そして、僕の身体を掴んで――放り投げた。

 地面が近づく、呼吸が出来ないままに地面に叩きつけられて。

 転がった。

 地面に叩きつけられた衝撃で悶えたかったけれど、そのまま転がり、力の限り転がって、止まる。

 

「 、   、 !」

 

 痛い、痛い、痛い、熱くて苦しくて痛い。

 呼吸が出来ない、嗚咽を漏らしてるはずなのに息すら出ない、声が出ない、唾だけが切れた唇の血と混じってたらたらと地面に落ちる。

 叫び声が聞こえた。

 罵倒なのか、悲鳴なのか、応援なのか、それともわからない大きな声が外から聞こえる。観客席から聞こえる、声、声。

 その中に知ってる声があったような気がしたけれど。

 それすらよく聞き取れないぐらいに、目の前がぐちゃぐちゃで。

 

「まだ動けますか?」

 

 そいつの声だけは聞こえた。

 だから僕は太刀を掴んで、声が聞こえた方角に手を向ける。

 痛みしかない四肢で、感覚がないだけのぶらさげた左手の指が奇妙に曲がっているのを見ながら、膝を上げて、血が滲んでいる身体を起こす。

 三秒もかけて立ち上がる。

 ヒッ、ヒッ、ヒッなんて音が聞こえそうな呼吸をする。

 普通に息を吸うことすら出来ない、短く、掠めるような酸素しかすえない、血の味しかしない。口が閉じれない、唾液と胃液を垂れ流したまま、窒息しそうだから口を閉じずに、息を吸う。

 うるさく幻聴みたいになり喚く心臓の音がうるさい、だけどまだ生きている。

 右目で向いた先にフードの彼が立っていた。

 笑顔で、口元だけがニヒルに、両手を広げて、悠然と立っていた。

 

「ふむ、まだまだいけるみたいですね。手加減ミスりましたか?」

 

 うるさい。

 

「そろそろ気が済んだでしょう? 棄権するならどうぞ」

 

 うるさい。

 

「酸欠ですか? 顔色が紫色ですよ。チアノーゼで声が出ないなら地面を叩いてギブアップでもいいですよ」

 

 うるさい。

 

「……困りましたね、ルール上気絶かギブアップしてもらわないと試合が終わらないのですが」

 

 返事はしない。

 右手は動く、包帯も破れて血塗れだがこの手は太刀を離さなかった。

 足は動く、痛んで、血が滲んで、奮えしか出ないがまだある。

 左腕はどうでもいい、指が折れているようだが、感覚は無い。

 だから、動く。

 唾を吐いて、視界の隅で朝倉さんが泣きそうな顔をしているのが見えながら、僕は踏み出した。

 半身を倒す、身体を崩して進む、足を振り上げる力も残ってないから。

 

「ふむ」

 

 フードの男が腕を組んだまま、こちらに顔を向けて。

 ――距離が縮んだ。

 態勢も変わらずに、フードの下にあるだろう足も曲げずに、頭の位置も変わらずに、目の前にいた。

 ――相変わらず常識外れ、意味のわからない動き。

 

(だけど)

 

 太刀を奮う、悲鳴を上げる手足の感覚を無視して力の限り繰り出す――刃。

 袈裟切りに、腰だけ捻りながら、体幹を前に、前に押し出しながら鋭く、先へ踏み送る!

 小細工は無用、動揺してる暇はない、斬り飛ばして駄目ならば突き通す!!

 狙うは心臓、突き抉る!

 刃が真っ直ぐに笑みを浮かべる彼に、届いて――

 

 音が消えた。

 

「えっ」

 

 切断する音でもなく、悲鳴でもなく、音が消えて、あったのは。

 

「無駄ですね」

 

 "僕の繰り出した刃を、指二本で掴んで止めた"彼の姿。

 奇妙に発光し、ミシミシと軋ませて掴み止めている太刀の剣尖。

 "赤い髪の男の口元"が、獣じみた笑みを浮かべている。

 力を篭めても前に進まない。

 だから、僕はつま先から滑らせ、足首を捻り、腰を落とした。

 ――切落とす。

 体重を落とし、その指先から付け根の手を切り飛ばそうとし。

 

(!?)

 

 けれど、体重を落として、振り抜いたはずの刃は――動かない。

 体重を落として、捻って、人間一人分の重量を乗せたというのに動かない。まるで接着されたかのように硬くて。

 太刀はただ震えて、軋んだ音を響かせて、フードの彼の笑みを崩すことも出来ない。

 

「随分と頑丈な刀ですね、普通"彼"なら魔法具でも安いのなら握り潰せるのですが」

 

 笑みのまま、声音だけ呆れたように言われた。

 そして、そのまま太刀を握った手を跳ね上げて――、その瞬間、僕は崩れ落ちた。

 自分から太刀から手を離し、すっぽ抜けたようにクウネルの手が上へ上がる。

 武器には拘れない、激痛が軋んで、体は不可解なことに動揺してる暇もなく熱だらけで、僕は倒れそうな限界のまま身体を突き動かす。

 足を踏む、クウネルの靴の上から踏んで――折れても構わない程度に力を入れて踏み、その腹に空手になった右手を叩きつける。

 胴体を打った。

 わき腹からみぞおちに叩きつけるように殴りつけて。

 

(? なんだ、この手ごたえ)

 

 肉を殴ったものでもなければ、何か着けている様な硬い手ごたえじゃなかった。

 まるでゴムでも殴りつけたような……

 

「――おっと」

 

 そう考えた瞬間だった。

 振り落とされた手が腕に直撃したのは。

 

 ポキッと奇妙な音がした。

 

「ぁ?」

 

 目の前で奇妙な光景が見えた。

 振り抜き、叩きつけていたはずの僕の右手が――不自然に歪んでいた。

 痛みはない、感じる余裕が無かったからそう思えて。

 だけど視える光景は、その軽く振り下ろされた手刀の一撃でへし折れた手を見せていて。

 

「おや、すいません」

 

 悲鳴を上げる寸前、へし折れた僕の手が掴まれた。

 激痛が走って、不快感に暴れようとして、でも離れなくて――僅かに発光した後。

 

「え?」

 

 痛みが――消えていた。

 腕が曲がってなくて、同時に息苦しさが薄れて、塞がってはずの左目が見えて

 

「よし、これで大丈夫でしょう」

 

 そんなことを言われた。

 平然と、"赤くない髪"で口元だけの笑顔で拳を構えて。 

 

「ではもう少し手を抜いて」

 

 ――殴り飛ばされた。

 右手を掴まれたまま、庇うこともできずに腹を殴り飛ばされた。

 激痛がした、また骨がへし折れた、そんな痛みに、口元から胃液じゃない熱いものが溢れ出して。

 

「あっ」

 

 血の味がした。

 胃からこみあげてきた鉄錆びた味に、僕はそれを吐き出して、めり込んだ手に、舞台に吐き零して――手から力が抜けた。

 悲鳴が上がった。

 僕はただ止まらない熱さに、身体が痙攣して、いうことがきかなくて。

 

「……ちょ、ちょっと脆すぎません?」

 

 初めて焦るような彼の声に、その手が僕の腹を掴んだまま――暖かい感覚が宿って。

 痛みが消える、溢れ出す血が少し和らいで。

 

「危ない危ない」

 

 呼吸が戻って、僕、は。

 

 

「危うく殺すところでした」

 

「                  !!」

 

 

 叫んだ。

 絶叫のまま蹴りいれた、"彼に治された足"で。

 

 

 血飛沫と共に叫び吼えた。

 

 

 

 

 

 

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