欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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十一話:それはどこまでも苛烈な怒りだった

 

 

 

 

 それはどこまでも苛烈な怒りだった。

 

 

 

 

 踏み出す短崎の口元に浮かぶのは笑み。

 しかし、楽しいわけではない。怒りを超越し、憎悪を燃やし尽くした時、人は笑うのだ。

 笑みこそが己の筋肉を弛緩させ、その実力を全て発揮し、相手を叩き潰せるものだと本能が知っているから。

 

 ――師匠もいつも笑っていた。

 

 楽しいときも、悲しいときも、辛い時も、怒った時も。

 自分という性能を全て発揮するために笑みを浮かべて、微笑、苦笑、微笑み、狂笑、嘲笑、怖嗤と使い分けていた。

 たった十メートルの距離。

 短崎の瞳に浮かぶどす黒い情念の怒りはどこまでも苛烈で、嬉しくて、恐ろしい。

 

「――」

 

 茶々■が何か呟いたようで、けれど吹き荒ぶ風に散らされて俺の耳には届かない。

 ただあの圧倒的なまでの速度で短崎に腕を向けて、戦いの機能を発揮し――見据えようとした瞬間。

 

「っ」

 

 身体の限界が来た。

 安心か、それとも初めてみる友人の激怒に体が怯んだのか。

 膝が折れる、ダクダクと未だに血を流し――だがもはや止まりかけている両腕を地面に広げて、仰向けに倒れた。

 化け物になった体だというのに、なんて情けないのだろうか。

 

「だ、大丈夫?」

 

 吐き気を抑えて、喉が声を鳴らすのも嫌がるような渇きの中で――誰かが覗き込んできた。

 少女。確か、あの茶々ま……るとやらが、アスナと呼んでいた少女。

 先ほどまで戦っていた少女。いや、襲ってしまった少女。

 

「し、らね……たぶんにんげんやめてる」

 

 声が上手く出ない。

 水分が圧倒的に足りない、喉の渇きがひどい、嗚呼、嗚呼。

 くそったれ。

 立ち上がって友達の応援にもいけない、自分が居る。

 流した涙だけが熱くて、それだけにしか熱を感じない。

 

「やめてる?」

 

「姐さん、こいつ――吸血されてる。半吸血鬼だ」

 

 どんな悪夢だ。

 少女の肩に乗ったオコジョが喋ってる。漫画か? いや、漫画なら俺みたいなのが巻き込まれるわけがない。

 なら、悪夢だ。とびっきりの現実という悪夢だ。

 

「きゅうけつき? はーはっはははっははははあ!!!」

 

 わらう、わらう、わらう。

 笑い転げる自分を見て、少女がおびえた目で見てくる。

 怯えるなよ、笑うしかないじゃないか。

 死にたくなるほどに最悪だった。

 

「しにてえ」

 

 かいぶつになった。

 にんげんやめた。

 最低だ、最悪だ。生きている価値すらない。

 

「なあ、おい。ころしてくれないか?」

 

「え?」

 

「ころしてくれよ。杭でも、日光でもいいから、くびはねるでもいいから、ぶっ殺してくれ」

 

 吸血鬼になったら戻れない。

 そんな気がした。今まで適当に読んだ漫画や小説、どれもこれも怪物になったら後戻りなんて出来るほど優しくなかった。

 許容なんて出来るはずが無かった。

 自分の存在を許せるほど俺は強くなかった。

 誰が思ってくれても、誰が怒ってくれても、衝動的に死にたい。耐えられない。

 

「ば、ばか言わないでよ!! こ、殺すなんて……」

 

「そうだ! それに半吸血鬼ぐらいなら、兄貴の薬と魔法で治癒だって出来る!!」

 

「あ?」

 

 オコジョの言葉に、俺は笑いを止めた。

 睨み付ける。

 嘘だったら時は多分錯乱する自信があり、俺はきっと許せないから。

 

「……なおるのかよ」

 

「あ、ああ。俺っちじゃ無理だけど、兄貴ならその手の魔法と薬も持ってる」

 

 まほう。

 くすり。

 信じられないし、憎悪すべき下らない産物。

 だけど。

 

「兄貴ってのはあいつか?」

 

 見上げる。

 其処には信じられない光景。

 人が空を舞っている。二人の子供が杖を支えに、或いはマントを翻して舞い踊っていた。

 手には光を宿し、或いは氷とか、夜闇よりも暗い黒い何かを手に持って、撃ち出していた。

 映画かテレビの中でしか見られないような光景。

 少年は必死になって撃ち出されるナニカ――魔法を躱して、反撃を撃ち出す。

 少女は余裕の笑みで撃ち出される魔法を叩きのめし、防ぎ切り、笑いながらいたぶるかのように弾幕を吐き散らす。

 何故奴らは空を飛ぶのだろうか。

 三次元の軌道でなければ躱せないからか、それとも空を舞い踊ることが奴らの矜持なのか。

 圧倒的過ぎる光景。

 だから、俺には分からない。

 それがきっと尊く美しい心踊るような光景であっても――それを許容など出来ない。

 

「なぁ、アイツが負けたら俺は治らないのか」

 

「……た、たぶん。あのエヴァンジェリンに殺されちまう」

 

 オコジョが尻尾を震わせて、表情は良く分からないが悲痛そうな声を上げる。

 だから、俺は。

 

「きみ。ちょっと俺を起こしてくれ」

 

「は? わ、私?」

 

「頼む」

 

 アスナと呼ばれた少女に呼びかけて、起こしてもらう。

 手を繋ぎ、その柔らかい指に、己の罪悪を重く感じた。

 誰かを殴ってなんていいわけがないのに。

 意味もなく人を傷つけて言い訳が無いのに。

 怒りを覚える、己への。

 痛みは感じない、だけどふらつく、貧血のような感覚、渇きを覚えながらも立ち上がり、支えてもらいながら――

 

 俺は見た。

 

 茶々丸の手によって血肉を吐き散らす短崎の姿を。

 だけど、止まらないあいつの目を。

 

 ――助けるか?

 

 俺は目で見て告げたつもりだった。

 気合を入れれば、もしかしたら茶々丸に背後からしがみ付くぐらいは出来るかもしれないと思った。

 

 ――いらない。

 

 だけど、アイツは薄く笑った。

 笑いながらも、太刀を砕かれて、それでも斬撃を繰り出していた。

 

 

 ――戦いを見届けたい気持ちがあった。

 だけど、やることがあった。

 自分の為に。

 

「いいの?」

 

「いい。悪いが、そこの瓦礫を取ってくれ。こぶし大ぐらいのでいい」

 

 そこは俺が自傷行為で砕いたアスファルト。

 大きく砕き散らされたその光景に、俺はつくづく人間じゃないことを思い知らされる。

 骨は砕け、肉は飛び散り、血が吹き出し、皮膚が裂けるだろう惨状。

 だけど、俺の腕は無事だった。いや、治ろうとしていた。常人よりも遥かに早い速度で。

 きもちがわるい。

 だけど、俺は吐瀉物を吐き出すのを抑えて、上着を脱ぐ。

 血まみれで、埃だらけで、ボロボロの安いパーカーだが用途は足りる。

 

「これでいいの?」

 

 どんな筋力しているのか。

 こぶし大よりも大きな瓦礫をアスナは片手で渡してきた。

 

「ああ」

 

 受け取った際に一瞬ふらつく――アスナもまた人間じゃないのかと言う疑問を懐いて、同時にその身体の回りに特殊効果のように燐光に包まれていることに気付いた。

 だけど、無視。

 知りたくも無かった。

 

「これで」

 

 パーカーの両袖を手で握り、パーカーの真ん中に瓦礫を包む。

 空を見上げる。

 それは激突を止めて、互いに大気を唸らせて、耳に痛いほどの震えを走らせる嵐のような現象。

 常識を超えていた。

 今にもなんだこれは。と叫んでしまいたいのを抑えて、意識を集中する。

 

「邪魔させてもらうぜぇ」

 

 横槍上等。

 アスナに下がるように告げて、俺はパーカーの袖を握り締めて、足首を回す。腰を回す。身体を旋回する。

 遠心力を利用し、自分の持てる全ての力を振り絞り、廻る。

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 力を振り絞るために絶叫。

 それは俺の怒りだったのかもしれない。

 それは俺の憎悪だった。

 怒りだった。

 せめてもの一矢だった。

 

 

「雷の暴風!!」

 

「闇の吹雪!!」

 

 

 俺が上げる絶叫すらも掻き消し、撃ち出される二つの暴風と轟風。

 網膜が焼き付きそうな閃光に、心すらも塗り潰されそうな黒い闇。

 空に輝く稲光がいつまでも残る光景と泥のようにへばりつく墨色の吹雪の光景の激突。

 

「死ねよおぉおおおお!!!」

 

 そこに俺はもてうる限りの殺意を篭めて、ちっぽけな石屑を射ち放った。

 殺したい。

 殺し尽くしたい憎悪の対象に。

 石を投げつけた。

 

 

 

 ただそれだけだった。

 

 

 俺がその時、出来た行為はそれだけだった。

 

 

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