欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
十五話:居直ることも必要だろう。
居直ることも必要だろう。
と、どこか開き直りながらの登校。
午後のお昼休み、俺は堂々と教室に入った。
「おはよー」
紐に引っ掛けたカバンを引っさげたまま、教室ドアの足先で開いて、俺は挨拶をした。
のだが、一瞬で引かれた。
ザザッと一斉に、教室のクラスメイトが引き下がった。
「何故に下がる?」
「いや、その怪我どうした?」
?
ああ。そういえば、忘れていた。
両手が凄い勢いでグルグル巻きになっていたことに。
爪が割れていて、さらに裂傷とかが数多くあったので、短崎と病院に行った際に消毒をしてもらい、爪にゼリー状の薬剤で固定。さらに外れないようにテーピングと止血用のガーゼと包帯を巻かれていたのだが、それはもはや手だけミイラ男というべきだろう。
「あーちょっと」
どうするべきか。
素直に自分で床を砕いて、手指をやばくしましたとか言えるわけが無いし。
「ちょっと?」
「階段から落ちまして、手がやばくなっただけだから気にするな」
と、安易な言い訳をすると、クラスメイトからこう返された。
「病院いけよ!!」
既に病院は行きました。
その後、教室に入ってきた科目教師も少しだけぎょっとした目で見てきたが、普通に出席を取られた。
授業が始まる。
シャーペンを握るのは指が痛かったので、包帯の一つに絡めたエンピツでグリグリとノートに黒板の中身を書く。
購買で買っておいた新品のノートと尖ったエンピツだ。
また後日、指が治ったら科目用ノートに書き写す必要がある。まだしばらく中間も期末もない時でよかったと俺は思った。
文字として俺が読めればいい。
それだけの気持ちで書き込む、書き込む、メモった。
「……」
……手が、痛い。
書き込む内容多すぎだろと愚痴りながら、俺は教師の告げる授業を適当に聞いて、書き込まれる黒板の内容を重要そうなものだけ書き写した。
そんなことをしながら、少しだけ外を見た。
空が青いと思った。
まるで昨日のことがなかったかのように、
「ねみ」
教師に聞こえない程度の独り言。
身体は疲れていないのに、脳が、心が眠りを求めていた。
子守唄よりも眠くなる国語教師の長い説明が、回避不可能な眠りを誘ってくる。
視界がパチパチと暗くなったり、明るくなる。
瞼が落ちてくる、ガラガラと。
「ぬ」
頑張って目を開ける。
頑張って目をあける。
がんばって目をあけない。
がんばってめをとじる。
おやすみ。
バタっと開いた教科書に隠して、自分の額が机にぶつかる音が聞こえたような気がした。
――気が付いたら放課後だった。
というのは、まあ学生をやってればよくあることだ。
「起きろー」
という優しい同級生たちの揺さぶりにより、目が覚める。
いや、かなり放置されたけど。
どうやら優しい教師たちは俺を放置してくれたらしい。
授業の内容とかまったく分からないままになったけど、優しさだ。多分。
「ういー、よく寝た」
パキパキと肩を鳴らして、起き上がる。
んじゃ、さっさと帰れよ。と、優しい言葉をかけられた。感謝。
とりあえず指は動かないので、両手を使って挟むようにノートとエンピツを机の中に放り込み、カバンを肩にかけた。
教室の時計を見る。
今三時十分ぐらい。半の待ち合わせには十分間に合う。
「さっさといくか」
ぎゅるーと眠りから覚めた胃が悲鳴を上げていた。
飯、食ってないしなぁ。
腹減った。
廊下を慌しく走る連中を避けて、階段を降りて、辿り付いた下駄箱から靴を取り出し、行儀が悪いが足で上履きを脱いで、両手で挟み込むように上履きを仕舞い、取り出した靴を履く。
いつもなら意識もしない動作が酷く面倒くさい。
そうして、校門に向かうと。
「長渡ー」
左手を振っている見覚えのある顔、ぶっちゃけ短崎がいた。
だらりと下げた右手の裾から見えるのは包帯、脇腹には固定用らしき包帯と器具が見えて、肩には竹刀袋を背負い、振るう手の肘には何か入れているらしい袋を下げていた。
遠目から見ても重傷患者だった。
校舎から出る奴が少し注目しては目を外す。そんな状態。
「おう。手当ては受けたのか?」
「うん。入院するかどうか聞かれたけど、お金が無いから断ってきた。痛み止めの注射と包帯は巻いてもらったけど、しばらく通院かな」
はぁ、と短崎がため息を付く。
一週間も経たない内に二度も病院行きである。治療費も馬鹿にならないのだろう。
「災難だな」
「まあね。僕の太刀もぶっ壊されたし、代わりのを買うにしてもお金を取られたよ」
左手で短崎は財布を出すと、からからと振ってその軽さをアピールした。
はぁーとため息を吐き出す彼の肩を俺はぽんっと叩いた。手が痛かったけど。
「マジでスマン……」
「なら、お金貸してよ。十二回ぐらいの分割払いにしたから、タマオカさんから請求されたの一括じゃ無理だったんで」
幾ら必要なのだろうか?
「ど、どれぐらい?」
思わず訊ねると、短崎は薄く笑って。
「全部で15万ぐらい。とりあえず手つきで3万払ったよ。で、後は月一万だって……まあ脇差もセットでくれるらしいから、凄い安くしてくれたよ。ふふふ」
そうだよねー。
刀剣は高いよねー。多分数百万ぐらいするよねー、それ考えると大盤振る舞いだよねー。でも、僕の財産さようなら。
と、わざと聞こえるような小声で呟く短崎に、罪悪感がチクチク刺激されまくったので。
「……よ、4万ぐらいでいいか?」
さようなら、俺の単車代。
ああ、折角去年コンビニバイトで稼いだのに。
「あとお互い治るまでの外食代でいいよ。お互い自炊無理だろうし」
「だな」
俺は両手、短崎は右手が使えない。
調理は不可能だ。
故に外食しか方法が無かった。
「んじゃ、飯食いにいくか」
「そうだね。場所は君の好きな場所でいいよ」
左手で竹刀袋の紐を背負い直し、短崎が歩き出す。
その横を俺は並んで歩きながら、訊ねた。
「ところで、その竹刀袋。何入ってるんだ?」
「一応木剣。鉄芯入れてるからそれなりに重いよ」
護身用だけど、少し頼りないね。と短崎は薄く笑う。
確かに。
またあいつらが来たら、マシンガンぐらいないと勝てそうにない気がした。
とはいえ、銃器を使えるほどの技術もなければ伝手もない俺らにはどうしょうもない。
「まあしばらくは一緒に飯食おうぜ、人目ある所で襲うほど馬鹿じゃ……ないよな?」
「僕に聞かないでよ。多分平気だとは思うけど、あんなの襲って来たら誰か通報するでしょ……多分」
お互い少し自信がなかった。
がっくりと頭を落とす。
肩を落としながら、人ごみの中を歩く、歩く、通り抜ける。
「どうっすかなぁ。俺両手いかれてるから、足しか使えないぞ」
「僕も右手動かないから、刃物自作するわけにもいかないしねぇ」
「自作?」
「知らない? ヤスリとカスタムナイフキットあれば、鉄板から簡単な刀剣は作れるよ。切れ味よくないけど。あと五寸釘でナイフぐらいなら作る方法知ってるし」
「おおう、日本の安全神話が崩壊しそうだ。せめて、ホームセンターから鉈でも買って来い、もしくは包丁」
「その手があったかな。でも、僕多分捕まるよ。そんなの持ってたら」
短崎がはぁとため息を吐き出す。
銃刀法は弱者には激しく厳しいようだった。
現実はどこまでも厳しい。易々と刃物も持てない。
自己防衛手段すらも講じられない。
「……まあ、あいつらが報復に来ないことを祈るだけか」
「そうだね」
人目があれば悲鳴でも上げて、警察機構にでも助けを求めるという方法があるが、そうじゃない時はどうしょうもない。
自分の身は自分で護るしかないだろう。
例え、それが凄く難しくても。
「お、あそこだ」
湧き上がる不安を掻き消すように、俺はわざと声を上げて、目的地を指差した。
そこは一つの大型屋台に群がる客、客、客。
忙しなく切り盛りする少女の姿が見えた。
――四葉 五月。
少しふっくらとした顔つきに、サイドのポニーテール。あまり目立つような子ではないが、料理の腕は確かで、声はあまり出さないがしっかりとした性格で結構有名な子である。
まああのオーナーほどではないだろうが。
「ん? あれって超包子?」
のぼりに書かれた名前に気付いたのか、それとも場所に覚えがあったのか、すぐに短崎は気が付く。
まあ当たり前だろう。
なんせ。
「お前、確かあそこでたまにバイトしてたろ。少し食事券ぐらい持ってないか?」
「……ケチ」
「いいだろ」
俺の単車代は吹き飛ぶこと確定したし、少しはケチらせろ。
「しょうがないなぁ。テーブルは確保しておいて、僕が注文してくるよ」
短崎は財布を取り出すと、紙幣入れに挟んでおいたらしい超包子の食事券を取り出す。
「うい」
お昼時からは外れているが、下校時間の学生客が多い中、俺は素早く空いたテーブル席の隅を確保した。
カバンをテーブルの上において、椅子に座る。
そして、一息吐いた所でちらりと屋台の方を見た。
顔見知りらしい慣れた態度で短崎が、四葉と手振りと口で話をしている。
友達が少ない割には、人見知りはしないんだよなぁ、アイツ。
「お?」
話を付けてきたのか、軽く短崎は手を振ると、俺の方へと戻ってきた。
どっしりと疲れたように正面の座席に座り、左手に持ったコップ二つをテーブルの上に置いた後、かけていた袋と竹刀袋をテーブルの下に置いた。
「注文はしてきたよ」
「ご苦労さん」
「一応手がお互いあれだからね。肉まんとか、あとレンゲとかだけで食べられるのをお願いしてきた」
「そりゃあ助かるわ」
互いに必要な手がボロボロなので、短崎の心遣いが身に染みた。
はぁっと息を吐いて、俺は不意に思い出したことがあって周囲を見渡す。
右良し、左良し。
うん、居ない。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
さすがに古菲の奴はいないか。
超包子の用心棒を兼任している古菲と顔を合わせるのは個人的には気が引けた。
彼女のことは好きになれないし、さらにいえばここしばらく部活をサボっている身である。
部長の彼女と会えばあーだこーだ、少しぐらいは言われそうな気がした。
「ま、話は戻すけどよ」
「誤魔化されたような気がするけど、なに?」
「いや、治るまでどうするかなーって」
いや、治ってもどうするのだ。
復讐する? 怒りはまだある。あいつらのやったことを許すわけにはいかない。怒りはある。多分一生忘れない、許してはいけないことだから。
だけど、襲い掛かっても返り討ちに遭うだろう。
控え目に見ても俺だけでは奴らには勝てない。なりふり構わなければ殺せるかもしれないが、倒す自信はない。
はぁ、と内心ため息を吐き出す。
(師匠なら、問答無用であいつらをぶちのめすんだろうけどなぁ)
強い人だった。
あの憧れ続ける人だったならば、どんな理不尽でも薙ぎ倒し、ぶちのめし、道を示してくれるだろう。
どこまでも笑って。
どこまでもそのままで。
人間の限界まで強い人だった。そう。■■■クに勝ったんだから。
あの人なら――
「あ、そうだ」
貰ってきたらしい水の入ったコップを傾けながら、短崎は思い出したように告げる。
「なんだ?」
「あの子供、覚えてる? ほら、赤毛の」
「ああ。あの餓鬼か」
覚えている。
燃え上がるような髪に、美少年といってもいい顔立ち。
少ししか見かけなかったが、分かりやすい顔をしていた。
「あの子の名前聞いたんだけどさ。ネギ・スプリングフィールドっていって……麻帆良女子中の教師らしいよ」
「は?」
きょう、し?
教師? 教える師と書いて教師でしょうか?
先に生きると書いて、先生でもいい。
「うん」
「ダウト」
速攻で俺は嘘だと指摘した。
しかし、短崎は予測していたかのように笑うと。
「いや、本当だって。確認したんだから」
「嘘だろ。幾らなんでもあれ小学生ぐらいだろ? 外国で飛び級しても、労働法が許さないだろ!」
ありえねえ。
幾らこの都市がどこかおかしくても、そんな異常があったら文句が出るはずだ。
PTAはどうした。
普段うるさいPTAは、そんな教師に学ぶ生徒の保護者から文句は出なかったのか!?
「さあ。僕にだって分からないよ。どうせ天才なんでしょ、飛び級とかしているらしいし」
短崎が同感らしく呆れたような口ぶりで、水を飲んだ。
ゴクリと喉を鳴らす。
「まあ俺らには関係ないんだろけどよ。俺だったら嫌だぜ、そんな担任」
「僕でも嫌だなぁ。幾ら頭良くても、ちょっと指導はされたくない」
教師というのは年上で、先に生きているから先生なのだ。
年齢を積めば否が応でも責任感は身につくし、人生経験も積み重ねられる。
性格によってはよかったり、悪かったりするけど、それでも子供の教師ってのはギャグじゃないんだから勘弁して欲しい。
俺はそれらに学ぶ中学生に同情した。
ていうか、あの不可思議な子供が教師って確実におかしいと思える。
どうなってんだ?
「まあどちらにしても、確実に関わりあいになりたくないね。しばらく、麻帆良女子の近くには行かないほうがいいよ」
「だな」
下手に知り合えば、あのロボットと自称魔法使いと再会する可能性がある。
もう一度あの顔を見たら、殴りかからない自信はなかった。
眩暈がしそうな感覚がして、俺は両手で自分の分のコップを掴んだ時だった。
「うちの教師がどうかしたカ?」
声がした。
声がした方向に目を向けると、そこには二人の少女が料理の乗った皿を持って立っていた。
一人は四葉五月。
もう一人は――
「部活はサボったのカネ? 長渡」
「うるせえ。幽霊部員のお前には言われたくないな、超」
こいつの名は超 鈴音。
この超包子のオーナーで、麻帆良女子中学生で、なおかつ中国武術同好会の会員の一人。
北派少林拳の流派らしいが、実力はよく分からん。
一応は顔見知り、一応程度。
仲がいいわけではない。
「冷たいネ」
「さすがに中学生に色目使うほど堕ちてねえよ」
せめて、同じ高校生だったらなーと思う美少女ではある。
だがしかし、残念ながら中学生にコナをかけるのはちょっと間違っていると思うのだ。
まあ、あと一年ぐらいだけど。
「優しさと下心は直結した機関違うヨ?」
言葉とは正反対に大して気にした様子もなく、超と四葉が料理をテーブルの上に置く。
「あ、四葉さんありがとう。超オーナーも」
「今はバイト中じゃないヨ。オーナー呼ばわりはいいネ、カケル」
――いぇ、と小さな声で返事をする四葉と超がカラカラと笑って答える。
それなりにイイ顔をしている短崎である。まあ悪くない体格だし、女性には受けがいいのも分かる。
うん、実に妬ましい。
「? なんか、今殺気出さなかった、長渡」
「ははは、気のせいだ」
視線の強さに感づいたのか、短崎が少し警戒した。
ち、鋭い奴め。
「ま、いいけどよ。ありがとさん、二人共」
「じゃ、頂いていいかな」
短崎がレンゲを持ち、俺は手短にあった肉まんを掴んで食べ始めた時だった。
「じゃ、ゆっくりしていくネ」
――ごゆっくり。
軽快な声と静かに響く声という正反対な二人はさっさと立ち去った。
まだ客は沢山いるのだろうから、のんびりは出来ないのだろう。
「ん、うめー」
肉まんを齧る。
ほかほかに厚みのある皮はどことなく甘く、中から少し辛みのある肉汁と丹念に刻まれた野菜の味がマッチする。
何度も食べているが、実に飽きない味だった。
短崎はスタミナスープをレンゲで掬って、スープと具を啜っていた。
「うん。美味しいね、また腕が上がったかな?」
「そうなのか。まあ俺には美味いことぐらいしか分からねえな」
「アバウトだね。らしいけど」
短崎が笑う。
俺も笑った。
「ま、医食同源っていうし。良い物食って、さっさと治そうぜ」
じんわりと身体が温まる。
よく考えれば二日近くまともな飯を食ってなかった。
少し胃には重いはずだが、まあ俺の内臓は頑丈なほうだから問題ないだろう。
「使うのは君の金だからまったく問題ないよー」
「とりあえずお前の食券全部使ったらな」
「えー!」
笑う。
笑いあいながら、俺と短崎は食事を進めた。
いつもの日常が戻ってきて、少しだけ楽しさが多い日だった。