欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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十六話:色んな意味でやり直し

 

 

 色んな意味でやり直し。

 

 

 

 

 麻帆良大学病院前の受付で長渡と別れた僕は診察室にいた。

 

「また来たの?」

 

「はぁ」

 

 見覚えはないのだが、外科で診察をしてもらった医者の先生にそう言われた。

 どうやら車に撥ねられた一件で僕の治療をしてくれた人らしい。けれど、顔まで覚えられているとは意外だった。

 いや、確かに三日も経たずに病院に直行する羽目になりましたが。

 そして、レントゲンなどを撮り、出された結果。

 

「右側の肋骨に二本ひび入ってるね。コルセットで固定するから。まあ若いし、安静にしてれば半月ぐらいでくっ付くと思うよ」

 

 肋骨骨折だった。

 しかも、二本。ひびじゃなくて、完全に折れてたら息するだけでも痛いらしいので、不幸中の幸いだろうか。

 カルシウムの摂取は必須らしい。

 

「あの、右手も痛いんですけど。それと足も」

 

「そっちは打撲と皮が剥けたぐらいだね。でも、また車にでも轢かれたのかい? 腕の擦り傷も酷いし、一応消毒とあと痛み止めの注射を打っておこうか」

 

 結果。

 痛み止めの注射を打たれました。

 コルセットを着けました。

 右手をグルグル巻きにされました。

 そして……お金が飛んだ。

 

「……負担三割でこれか」

 

 病院窓口、ニッコリと微笑む看護婦さんに請求された金額。

 そして、予測して多めに降ろした財布の中身、その三分の一が吹き飛んだってのはどういうことだろう……?

 さらには処方剤のところで払った金額もしゃれにならなかった。

 僕は誓った。

 

「……絶対にあいつら許さない」

 

 無事な左手を握り締めて、雪辱を心に燃やしたが、金は返ってくるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 結局、病院から出たのは午後の二時過ぎだった。

 カツカツと包帯でグルグル巻きの足にサンダルを履いて、痛みを堪えながら僕は麻帆良の都市を歩いていた。

 どうせ学校にはいけないだろうと思って既に欠席の連絡はしておいた。

 二日連続の欠席は辛いものがあったが、しょうがない。

 

「はぁー、太陽の明るさが目に染みる」

 

 寝不足の上に、財布の隙間風が心に染みた。

 肩に背負った木剣の重みだけで頼りだった。

 動かさないほうがいい右手の平を開きながら、僕は左手で携帯を取り出し、まだ長渡との待ち合わせ時刻に余裕があることを確認して、真っ直ぐに歩く進路を決めた。

 向かう先はただ一つ。

 タマオカさんの工房。

 貰った鎧通しを無くしたことの報告に向かう。

 電話番号を知らない僕には直接会うしか方法は無かった。

 だから、歩く、歩く、歩く。

 普段は運動靴で向かう場所をサンダルで、歩くたびに痛む足を我慢して僕は歩いた。

 麻帆良の市街地、色々な街角を歩き抜けて、何時もの曲がり角を通り、辿り付いたのはいつ来ても人の気配の感じない空虚な路地裏。

 太陽が差し込み、陽だまりのような明るさの続く道。

 まるで時が止まったようだと、いつも思う。

 人の気配がない――故に無音。

 ただ風だけが吹いている――空気は濁らない。

 僕はその中を歩く――酷く場違いな感覚。

 静寂な身に染みるようだと表現するべきだろうか。

 普段はうるさいほどに騒がしい麻帆良の中を通り抜け、市街の外れに来るとこんな抜け落ちたような場所がある。

 これで桜の花びらでも舞っていたら絵になる光景だろうか。

 静かに音を立てないように呼吸をしながら、僕は足に負担が掛からないように歩いて――気付いた。

 

「?」

 

 歩く先の方に誰かが居た。

 しかも、見覚えがあった。

 それはいつか見た少女だった。

 片側だけ結んだ髪型、麻帆良女子中の制服、肩には竹刀袋、すらりとした体型。

 記憶にはあった。

 だけど、僕は思う。

 ――偶然だろうか?

 二度も続いた遭遇に必然性を感じるのは、物事に理由を考える僕の性癖だろうか。

 ただ嫌な予感がした、身体に帯びた熱が少し冷めて、汗となるような違和感。

 歩く、歩く。

 向こうも歩いてくる、歩いてくる。

 距離は十メートル以内に縮まる。

 彼女はこちらを認識していた、視線が向いてくる。

 僕はそれに少しだけ目を向けて、息を吸った。

 歩きながら息を吸い込んで、右手の動作が遅れていることを確認。

 右手は動かない、だから、左手を動かすしかない。

 気付かれるな、ただ息をしろ。

 唇を動かさずにただ空気を吸い込んで、肺を膨らませる。

 

 そして。

 

「」

 

 僕は息を止めたまま、彼女との距離を三メートル以内に潰した。

 一刀一足の間合い。

 流れる汗の感覚に、僕は知覚しながら、唇を歪めて。

 

「こんにちは」

 

 静かに彼女は告げた。

 こちらに目を向けて。

 

「あ、こんにちは」

 

 呼吸を再開し、言葉を返す。

 彼女は少しだけ歩みの速度を落として、僕との視線を外すと。

 

 

「――忘れたほうが身のためです」

 

 

「え?」

 

 耳元で聞こえた言葉に、僕は振り向いて。

 ピタリと喉元に突き向けられた五指の存在に気が付いた。

 思わず呼吸が止まる、驚愕に。

 いつの間に背後に側面に潜り込まれた?

 

「今貴方は死にました。喉を引き千切られて」

 

 細く白い指先を持った少女は告げる。

 静かに、鉄のような顔のままで。

 一振りの刀のように、冷たく、鋭く告げる。

 

「静かに生きてください。耳を塞ぎ、目を閉じて、叫びを上げなければ平穏に生きられます」

 

 硬く、透き通り、遠慮の無い言葉が鼓膜を震わせた。

 だから、分かる。

 彼女は僕の反論を許さない。

 彼女は僕の意見を求めない。

 彼女は僕の発言を聞く気は無い。

 それは忠告なのだから。

 

「珠臣と関わるのは止めなさい。あの二人は異端です、気狂いです。触れ合えば後悔するのは貴方です」

 

 そう告げると、彼女は手を退けてくるりと翻るように背を向けた。

 

「では」

 

 そうして彼女は立ち去った。

 僕が背後から何かをするということすらも恐れずに背を向けて。

 舐められた? 違う、態度だけでは余裕。だけど、足首の踏み込みはいつでも反転できるような踏み込み方。

 重心は前足ではなく、蹴り足に傾けていた。

 油断はしていない。

 ただ本気でそれを告げただけだった。

 だけど、僕は……

 

「出来るならそうするさ」

 

 彼女が立ち去ったのを見送り、僕は本来の方角に向き直る。

 ただ放っておけないから。

 ただ許せないから。

 それで動くことすらも罪悪ならば、何も出来なくなる。

 そんなことは認められなかった。

 

 

 ――友達を助けることが悪いだなんて誰にも否定なんかさせない。

 

 

 

 

 

 工房に辿り付いた時、声がかけられた。

 

「来たかよ」

 

 タマオカさんの工房、その軒先で出してきたのだろう木組みのベンチに腰掛けたタマオカさんが座っていた。

 傍らにはお茶の湯飲みと急須の置かれたおぼんを置いて、茶を啜っていた。

 

「寒くないんですか」

 

 そう告げる僕の言葉にはわけがあった。

 いつもの作務衣を来ているタマオカさんだったが、その肩は無くなった左肩から曝け出し、露出している瑞々しい乳房を隠しているのは胸に巻いた晒しだけだ。

 只でさえ青少年には目に毒の美貌なのに、無造作にそういう格好をするので少し困る。

 うっすらと作業でもしていたのか汗を掻いており、それが慣れた僕でも戸惑うぐらいに色香に満ちているのだから。

 

「なに、鉄打つ仕事は熱くてね。たまには冷やさないと燃えちまうよ」

 

 身体を露出させ、外気で冷やす。

 そして、少し寒い分と水分は温めた茶で補充する。

 と、一見筋が通っているように聞こえる言葉だったが、それが本当かどうか分からない。

 いやがらせとからかう為だけに、そういうことをやりかねない人だったから。

 

「で? 何用だい、タン坊。さっきまで小うるさい小娘が怒ってきてね、少しくたびれてるんだ」

 

 用件を伝える前に聞きたいことがあった。

 

「というと、さっきのはやはり知り合いですか?」

 

 脳裏に思い浮かぶのは先ほどの少女。

 進路と発言からすればここに立ち寄っていたのだろう。

 

「ああ、すれ違ったのか」

 

 カラカラとタマオカさんは笑って、湯飲みに入った茶を啜ると、熱気の篭った息吹を吐き出した。

 

「桜咲 刹那」

 

 ぼそりと告げられた言葉は、何故かはっきりと耳に届いた。

 

「え?」

 

「片方だけが名前を知っているのは不公平だろう? 条件なら公平じゃないと面白くない」

 

 カッカッカと、どこか老人のような笑い声が響く。

 タンッとタマオカさんの手から湯飲みがおぼんに叩きつけられて、彼女の目が僕に向けられた。

 

「で? 太刀はどうした」

 

 見抜かれていたようだ。

 竹刀袋に入れたのは木剣が一本。太刀はない。

 僕の太刀は既にあの人形の手によって砕かれ、鎧通しも湖に放り捨てられた。

 

「え? あ……砕かれました。あと折角貰った鎧通しも一緒に」

 

「なるほど。となれば、得物がないか。くれてやったナマクラのほうはともかく、あの太刀は中々よかったんだが、まあ仕方あるまい」

 

 口笛でも吹くように細く小さな息吹をもらすと、タマオカさんはその髪を少しだけ撫でて、告げた。

 

「所詮武器も人も消耗品だ。宝刀、魔剣、秘剣、鬼刀、聖剣。どんなに素晴らしくともいずれ朽ち果てる。せめて役立って終われば満足だろうさ」

 

 だから、気にするな。と言外にタマオカさんは告げていた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼は要らん。それよりも得物がないままだろう、どうするつもりだ?」

 

「えっと……一応お金でも貯めて買うつもりです。まだ四万ぐらいは貯金ありますから、三ヶ月ぐらいバイトすれば十万ぐらいの太刀は買えるかと」

 

 その場合、しばらく道場のほうで太刀を借りて修練することになるだろう。

 まあ真剣を使うのはあまり多くないから、木剣でも修練には問題は無い。

 

「十万か。タン坊、お前学生のくせにそれだけ払えるのか?」

 

「あ、結構割のいいバイト知ってますから」

 

 打撲だけでも治ればまた超包子でバイトしようかと思う。

 客が多い分、仕事はハードになるけど、給料はいい。

 

「ふむ。しかし、十万だと質のいい太刀は買えそうにないな」

 

「それはしょうがないかと」

 

 十万の刀で平均的な日本刀だ。

 依然持っていた太刀は剣術の先生のお古で数十万近くしたらしいが、譲り受けたものだから元手としては只だ。

 質は落ちるが仕方ない。

 この間の金髪少女と人形のセットを相手するには頼りないが、腕が治り次第にでもナイフとか自作しよう。

 

「なら、タン坊。私の作ったナマクラでいいなら、何本かくれてやるぞ?」

 

「え?」

 

 僕はその提案に驚いた。

 ナマクラといっても、以前貰った鎧通しは正直言ってナマクラなんてものじゃなかった。

 何度か刀剣屋で鎧通しを見たことはあったが、それのどれよりも質はよく、しかもあの人形の間接を貫いたという切れ味を証明していた。

 

「どうせ誰も使わなければ倉庫に仕舞われるだけの太刀だ。十五万で、売ってやろう」

 

「十五万、ですか?」

 

 五万ほど高い。

 でも、欲しかった。

 

「まあすぐに全額払えとはいわんさ。少しずつ払ってもらえればいい、月一万ぐらいならなんとかなるだろう?」

 

「それならなんとか……」

 

 返済に一年以上かかるけど、なんとかなるかな?

 そう頷いた時だった。タマオカさんの滑らかな腕が、まるで息をするようにこちらに差し出されていた。

 意識しなければ出されたことすらも気付けないほど自然な動作。

 

「ほれ、手持ちを出せ」

 

「えっと……3万ぐらいしかないんですけど」

 

 財布を取り出し、病院で少なくなった万札を手渡す。

 

「毎度」

 

 それをタマオカさんは掴み取ると、無造作に胸の谷間に押し込んだ。

 巨乳にしか出来ない荒業だった。

 

「じゃあ、その腕が治った頃にでも取りに来い。せっかくだ、大小二本揃えてやろう」

 

 大小二本ということは、大太刀と脇差の二本。

 

「え? あの、脇差もって、本当にいいんですか?」

 

 十五万程度じゃどう考えても割に合わないだろう。

 だけど、タマオカさんは笑って。

 

「なに、廃棄処分にする手間賃よりはずっと楽さね。ミサオの奴もそろそろ帰ってくるだろうし」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げようとしたのだが、胴体が動かないことを忘れていた。

 少し痛みで息が詰まった。

 けれど、そんな僕を見て、タマオカさんはベンチから立ち上がると。

 

「少し待ちな」

 

「え?」

 

「直ぐに済む」

 

 そう告げて、タマオカさんは工房の中へと入っていった。

 そして、十分もしないうちに戻ってくる。

 その片手に一つのビニール袋に包まれた紙袋を持って。

 

「ほれ、これをくれてやる」

 

「なんですか?」

 

 受け取りつつ、僕はその中身を確認した。

 

「茶だ」

 

「茶?」

 

「ミサオの奴がたまに買ってきてくれてな。漢方茶だが、傷とかにはよく効く奴だ。まあ適当に飲んじまいな、お湯で沸かして飲むだけだ」

 

 そう乱雑に告げると、タマオカさんは用件が済んだとばかりにベンチに座りなおし、片手で器用に急須で茶を注いで飲み直す。

 

「ありがとうございました」

 

 僕は静かに礼を告げて、立ち去った。

 それが一番いいと思ったから。

 

 

 

 

 

 その後、僕は学校の校門で待ち合わせた長渡と一緒に食事に行った。

 待ち合わせ途中で顔を合わせた同級生から聞いたあの子供の正体を言ったら長渡は驚いていた。

 まあ僕も同感だけど。

 そして、これからの行動を打ち合わせしながら僕らは超包子で夕食を済ませた。

 だけど、僕の食事券で。

 確かに長渡にも金を吐き出させたが、それでも僕の支出が多い日だった。

 今日は散財が多い日だったと思う。

 

 そして、一応無事に学生寮に戻ると。

 

「あ、長渡。そういえば、お茶貰ったんだけど飲む?」

 

「ア? お茶~?」

 

 僕はお湯を沸かす作業を始めて、手ぇいてーと叫びながら制服から着替えている長渡に声をかけた。

 

「そ、漢方茶らしいけど」

 

「あー飲む~。飲めるならなんでもいいや、少し喰いすぎだし」

 

「自業自得だよ」

 

 なんとか室内着に着替えたらしい長渡が、リビングで転がっているのを見ながら、僕はお湯が沸けたことを確認した。

 共同で買った大きめの急須に、タマオカさんから貰ったお茶の葉を入れる。

 日本のと違って、なんか固体のような、堅い植物の固まったものが出てきた。

 けど、お湯を入れれば気にならない。見る見る解けて、お湯が少し茶色に色付いてくる。

 蓋を閉めて、僕はおぼんに湯飲みを二つ、急須を一つ入れて運んだ。

 片手だけど、手首は鍛えているので零す心配は無かった。

 

「おー、お疲れ」

 

 だらだらしてた長渡が起き上がり、テーブルに置いた湯飲みを両手で受け取る。

 

「手伝ってといいたいところだけど、両手それだけしねぇ」

 

 僕は苦笑。

 

「互いに重傷だからなぁ」

 

「だね」

 

 そして、お茶を入れた……のだが。

 

「黒くね?」

 

「黒いね」

 

 注いだお茶はなんか黒かった。

 コーヒーみたいな色をしていた。

 ……苦そうだ。

 

「これって健康にいいのか?」

 

「んー、傷にはいいって言ってたし、鎮痛とか代謝良くするんじゃないの?」

 

「……まあ人の親切だし、飲むか」

 

「そうだね」

 

 そして、互いに覚悟を決めて飲んだ。

 ゴクリ。

 舌の上を通ったそれを一気に飲んで。

 

 

『にがーっ!!!』

 

 

 思わず悲鳴を上げそうなぐらいに苦かった。

 

 うぅ、これ飲みきれるかな?

 

 

 

 

 




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