欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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十八話:積み重ねるものがある

 

 

 

 積み重ねるものがある。

 

 

 

 

 体の調子は悪くなかった。

 連日として飲んでいる漢方茶が効いているのか、酷く苦いけれど痛みは抑えられる。時折長渡に押し付けられる分まで飲んでいるから、十二分に量は取っていると思える。

 寝るときと起きる時には肋骨が痛みを発するけれど、それ以外には特に我慢すれば無視できるぐらいの違和感でしかない。

 来週にはなんとか学校には行けるだろう。

 元気に学校へと向かった長渡を見送り、僕は一人自室でお茶を啜っていた。

 黒い液体の混じったお茶。

 舌を湿らせればどこか痺れるようで、どこか染み渡るようで、喉を通るたびにその苦味が鼻に残る。

 だけど、飲まずにはいられなかった。

 ゴクリと急須に入れたお湯がなくなるまで飲み干して、僕は立ち上がる。

 

「さて、と」

 

 肋骨などには触れないように羽織るような私服に着替えて、殆ど傷の塞がった右手の包帯を軽く巻きなおす。

 まだ少しぎこちないけれど、指は動く。肘も曲がる、支障は無い。

 明日にでも包帯は外せるだろう。

 肋骨の方も毎日牛乳を飲んでいるおかげか日に日に痛みは治まってきている。

 本来ならば一週間どころか半月或いは一ヶ月以上にも渡る肋骨の骨折治癒だが、若いお陰かそれとも飲んでいるお茶の効能なのか良くなっていることは確かだ。

 どこか得体の知れない感覚がするが、治るなら文句は無いだろう。

 僕は着替え終えると、財布をポケットにいれて、肩には木剣を入れた竹刀袋を背負った。

 指に鍵を引っ掛けて、玄関に出る。

 靴を履いて、外に出てから鍵を閉める。

 

「今日も無事に帰れますように……って、洒落にならないか」

 

 外の空気を吸いながら、僕は呟いた言葉に少しだけ背筋を震わせた。

 嗚呼。

 いつからこんなにもこの都市は生きるのが難しくなったんだろうか?

 

 

 

 

 

 まだ昼前の時刻だ。

 学生服じゃないとはいえ、僕のような人間が歩いていたら補導されるのは明白なので広域指導員に見つからないように足早に移動する。

 何故学校を休んでいるはずの僕が寮の外に出ているのか?

 答えは簡単だ。

 用事があった。

 向かう場所はタマオカさんの工房。腕は動かせるようになった、今ならば太刀も多少は振るえる。

 武器が欲しかった。

 例え長渡と一緒に行動していようとも、奴らが現れれば今の木剣だけでは頼りない。

 人間ならば骨を砕けば動かない。目を潰し、喉を潰し、肉を裂けばなんとかなる。

 だけど、奴らは堅い。

 武器が必要だった。自意識過剰な上に、猜疑心に胸を膨らませているという自覚もあったけれど、それでも考えた内容は間違ってないと思える。

 だから、足早に向かった。

 いつもの道を通り、いつもの曲がり角を曲がり、いつもの路地裏を通り抜けて、山道に差し掛かる。

 もしかしたら、もう一度あの子、桜坂 刹那という少女と出会うかと思ったけれどそれはなかった。

 

「そういえば」

 

 工房への山道を歩きながら、僕は考える。

 あの時は考えもしなかったけれど、あの子は何者だったのだろうか?

 タマオカさんの知り合い? それは当然だろう。

 だけど、何故僕に警告するのか分からない。

 彼女は速かった、その動きが目に見えないほど。

 彼女は強かった、軸のぶれない武術の修練を積んだ動きと技。

 彼女は恐ろしかった、僕を睨みつけた瞳は本気だった。

 ……あいつらの仲間? それともただの知り合いだろうか?

 だとしても、何故警告をしてくるのか。

 知られては拙いことであるのだろうか。

 

「……分からないなぁ」

 

 謎が多い。

 タマオカさんは何か知っているだろうけど、尋ねれば答えてくれるだろうか?

 

「……いや」

 

 きっと教えてくれるだろう。

 隠す必要性がなければ隠さない性格だから。

 僕が尋ねれば教えてくれそうだった。そう、"訊ねれば"。

 だけど。

 けれども……僕は知りたくもなかった。

 

 ……知る必要があるのだろうか?

 

 事情を知る?

 理由を理解する?

 それで納得が出来るか? ……否だ。

 どんな理由だろうが、理不尽に傷つけられたことを納得など出来るだろうか。

 必要ならば知ることがあるだろう。だけど、僕はそれを知りたいとは思わなかった。

 いや、どこか知るのが恐ろしかった。

 だから……

 

「ん?」

 

 その存在に気付くのに数瞬遅れた。

 タマオカさんの工房。

 その前に一人の人間が立っていた。

 奇妙な格好だった。白いコートを羽織り、その背には大きな布で包んだ何かを背負っている。

 その白いコートの裾から見える足からは草履を履いた足があり、頭にはバンダナのようなものを巻きつけている、その手は静かに上へと振り上げられて。

 

 ――はらへたまひ きよめたまへともうすことを。

 

 薙ぎ払うように振るわれた手と共に響いた声には聞き覚えがあった。

 

「ミサオさん?」

 

 僕は小走りに走り寄ると。

 

「きこしめせと かしこみかしこみももうす……ん?」

 

 彼は手から何かを振りまいて、言葉を切ってからこちらに振り向いた。

 その顔には見覚えがあった。

 浅く焼けた肌、どこか煤のついたような埃っぽい顔なのによく見れば清潔そのものな憮然とした顔つき。

 

「お前か、カケル」

 

 そう告げる彼の顔は少しだけ不機嫌そうなしかめ面で、機嫌が悪そうだった。

 けれど、それがいつもの彼の顔だと知っていた。

 ミサオと名乗る男性、タマオカさんと一緒に暮らしている刀工の人だった。

 

「ミサオさん、帰って来てたんですね」

 

「今丁度だがな。まあいい、お前もこれを掛けておけよ」

 

 そう告げると、パラパラと自分の体に振り掛けていた白い砂のようなものを僕の手に押し付けた。

 それは塩だった。

 葬式とかの帰りにかける清め塩という奴で、僕は言われた通りに自分の体に振りかけて、残った少しは周囲の地面に撒いた。

 そして、工房の中に入ったミサオさんの後に続いて中に入る。

 

「カッカッカ。ミサオとタン坊か? 連れ立ってのお帰りとは珍しいねぇ」

 

 すると、声をかけられた。

 工房の奥から足音が響いたと思うと、ゆっくりとタマオカさんが顔を出した。

 どうやらこの時間から風呂にでも入っていたのか、その髪は濡れていて、上気した顔がどこまでも色っぽい。

 

「入り口で会っただけだ。ところで、己が居ない間に何か変わりはなかったか?」

 

「特に何もないさね。ミサオ、遠出ご苦労だったね。風呂にでも入って疲れを落としな」

 

「お前が入ったんだろう? なら、湯を変えるのが面倒だ。水だけ浴びる」

 

 と、ミサオさんはいつもの調子で告げると、その背に背負っていた布袋を壁に置いた。

 ゴトンと重たげな音を響かせるそれは何が入っているのだろうか?

 そう僕が見つめていると、不意にミサオさんはこちらに振り向いて。

 

「カケル」

 

「はい?」

 

「血の臭いがするが、怪我でもしたか」

 

「あ、はい。ちょっと」

 

 さすがにロボットと殴り合って大怪我しましたなど言えないので、曖昧に頷いた。

 答えにすらなってない答えだったが、ミサオさんは軽く頷いて。

 

「……そうか」

 

 僕から目を離すと、草履を脱いで、タマオカさんの横をすり抜けて工房の奥に入っていった。

 そのミサオさんの様子をタマオカさんは見送ると、こちらに向き直ってやれやれと肩を竦めた。

 

「かなり機嫌が悪いね」

 

「そ、そうですか?」

 

 いつもの彼だと思ったのだが、タマオカさんは違うものを感じ取ったらしい。

 少し水に湿った髪を撫でて、僕の前の座卓に座り込みながら言った。

 

「またつまらない刀でも打たされたんだろう。あの子は注文にうるさいからね」

 

「は、はぁ」

 

「で、タン坊。何の用だい? 私の湯上り姿が見たくて迷い出たわけじゃないだろう?」

 

 カッカッカと笑うタマオカさんの言葉に、その胸元とか髪とか眺めていたことが気付かれたのかと少し僕は顔を赤らめた。

 コホンと息を吐き直し、告げる。

 

「あの、太刀なんですけど……出来てます? あ、あとこれは追加の四万です」

 

 長渡からのカンパ金をタマオカさんに手渡す。

 それを無造作にタマオカさんは受け取って。

 

「おや? いきなり四万とは太っ腹だね、なにかしたのかい? 犯罪のお金なら受け取れないよ」

 

 と、どこか楽しげに訊ねてきた。

 

「あえて言うなら友情を使っただけですからご心配なく」

 

「なるほど。なら、支障ない」

 

 なので、僕はお返しをするように少し捻った言い回しで告げると、タマオカさんはカッカッカと笑う。

 

「じゃ、少し待ってな」

 

「はい」

 

 タマオカさんはひらひらと万札を指に挟んで、奥に引っ込んだ。

 と、思うと数分と経たずに出てくる。

 その手には二本の刀剣があった。

 飾り気のない鍔に、漆で塗られた漆黒の鞘に納められた大太刀と脇差だ。

 

「ナマクラだけど、まあ前に使っていたのよりは頑丈だろうさ」

 

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

 

「構わんさね」

 

 僕は受け取った大太刀と脇差のうち、太刀を引き抜いた。

 刃を上に立てて、半ばまで引き抜き、刀身の波紋と輝きを見る。

 波紋は滑らかに細波のように浮かび上がっており、工房に差し込む日光の光を受けなくともギラリと金属質な光を放った。

 刀身は鏡のように綺麗でよく砥がれている、映し出した自分の顔が映るほどに。

 

「ちょっと振ってもいいですか?」

 

「外に出てやりな。工房が壊されたら堪らないよ」

 

 それはそうだった。

 僕は太刀と脇差を持つと、工房の外に出る。

 広い山道へと続く道、周りに住居は無い、静寂そのもの。

 人は居ない。

 声はない。

 邪魔は無い。

 

「ここには滅多に人は来ないから、安心しな」

 

 工房の奥から響くタマオカさんの言葉は耳には届いていたけれど、どこか遠くに聞こえた。

 僕は太刀を完全に引き抜くと、まだ少しだけ痛む右手で掴み、虚空に構えた。

 重みはある、だけど前の太刀を比べるとずっと軽い。

 けれど、使い回しは優しく、そしてどこか頑丈そうだ。

 

「ふっ!」

 

 手首だけで一閃。

 指を動かし、肘を曲げて、肩を捻り、どこまでも伸ばすように振るう。

 皮が引っ張られる、肉が伸縮する、骨が軋み、血流が流れる動作の手ごたえ。

 大気を斬る感覚が指を這わせた柄から刀身から伝わってくる。

 もう一度振るう。

 足を踏み込む。痛みが少しあるけれど構わない。

 踊るように大地を踏み込み、踵から走る衝撃を、膝で受け止めて叩き上げて、腰で回転させて力を連動させる。

 太刀筋が踊る、風を切り裂きながら。

 流した力を貪るように、僕は肩を廻し、肘を伸ばして、手首を返し、指を絡めながら振るい抜く。

 孤月を描くように、空を切り裂くように、大地に歌い上げる様に。

 流れるままに太刀を振るう。

 最初は片手だった。

 けれど、僕の左手はいつの間にか鞘に触れていて、吸い寄せられるように太刀筋を操作する。

 斬、斬、斬。

 乱、乱、乱。

 息を止めて、ひたすらに振るい抜く。

 がむしゃらに溜まっていたものを吐き出すように。

 縦に、横に、斜めに軽く振り抜いて――やがて僕の手は流れるように鞘に納めていた。

 カチンと鯉口が合わさる音が響いて、ようやく僕は息を吐き出した。

 真っ白になりかけていた脳内に色が戻る。

 

「ありがとうございます」

 

 コレならいける。

 と、漠然と思った。

 前の太刀よりも速く振るえる、手首に負担が掛からない、大気を切る感触からの手ごたえも十分だった。

 思うが侭に一晩中でも振るっていたくなる様な衝動があるが、叶わぬ夢だろう。

 日曜にでも道場に行き、何かを試し切りさせてもらおうか。

 

「そりゃよかった。使ってもらえるなら、幸いさね」

 

「本当になんて感謝していいか」

 

 僕は頭を下げようとしたのだが、タマオカさんの言葉がそれを遮った。

 

「構わん、構わん。それは売った物さ、生かすも殺すも持ち主次第。それが武器の、道具の、殉じる道さね。私が出来るのは祈ることぐらいさ」

 

「は、はい」

 

「精々使い倒してやりな。それが太刀の道さ」

 

 そう告げるタマオカさんの顔はまるで母親のような優しい笑みだった。

 僕は受け取った大太刀と脇差を撫でて、竹刀袋に仕舞う。

 

「分かりました。大事に、けれど乱暴に使います」

 

「ああ。それがいいさ」

 

 僕は笑った。

 タマオカさんも笑った。

 彼女は指を立てて、祈るように告げる。

 

「後悔をしないために準備をする。それは決して悪いことじゃない」

 

 その言葉は何故か心に染みた。

 そして、最後に。

 

 

 

「タン坊。強くなりたいかい?」

 

 問われた。

 唐突に、だけどいつからか予告されていたかのような納得感のある言葉と共に。

 

「ええ――己の何かを護れるぐらいに」

 

 僕は即答した。

 いつか誓った誓いだった。

 僕は護るだろう。

 自分を、友を、誇りを、生活を護るために。

 

 誰だろうと僕は斬るだろう。

 

「なら、予告さぁ」

 

 彼女は最後に告げる。

 祈るように、願うように、どこか悪魔の誘惑じみた声で。

 

 

 

「神鳴る剣と戦う覚悟はあるかい?」

 

 

 

 そう、告げた。

 

 

 

 

 

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