欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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二十八話:結果なんて分かりきっていた

 

 

 

 

 結果なんて分かりきっていた。

 

 

 

 

 

 

 僕は対峙する。

 僕は構える。

 一人の少女を相手に。

 

 ――桜咲 刹那。

 

 それが対峙する少女の名前だった。

 僕らは相対する。

 竹刀を持って。

 防具を身に付けて。

 同じぐらいの間合いを開いて。

 

「よろしくお願いします」

 

 僕は緊張に乾いた唇を舐めてからそう言った。

 借り受けた篭手越しの竹刀が頼りなかった。

 軽すぎる、違和感がある、手の握る武器の感覚が平時のものじゃないことに恐怖すら憶える。

 防具で視界は制限されて、頑丈な守りの中にあると頭で理解していても、いつもと違う構えと重みは拘束のように重苦しい。

 先ほどまでは弾むような心だったというのに、今はこんなにも緊張で固まっている。

 それは恐怖か。

 それとも歓喜か。

 整理し切れない感情に揺れ動く僕の前に同じように防具を身に付けた桜咲は美しく竹刀を構えた。

 

「よろしくお願いします」

 

 僕が知る限り聞いたことも無い真剣で丁寧な声だった。

 防具の奥に見える瞳が引き締まり、こちらを鋭く射抜いているような気がした。

 不恰好な防具がまるで美しい鎧のようで、竹を結わえただけの竹刀がまるで刀のようで、足首まで伸びる袴は乱れなく整った姿勢と共に停止する。

 彼女はまるで、鳥のようだった。

 とはいつかの僕の感想だったか。

 ただし、今は鎧を纏い、刀を携えた鳥である。

 優雅よりも凛として、軽やかというよりも鋭く、威圧感があった。

 一刀一足の間合いに既に踏み込んでいるという事実に、首元に刃を当てられているような恐怖を覚える。

 僕は彼女の足元に目を向ける。

 袴で隠れているから正確な脚の長さは分からない。だけど、背丈から大まかな歩幅は推測出来る。

 互いに素足、滑らかに踏み出すようにしても、大またはありえない。

 

(一歩下がれば、あちらも一歩じゃあ面は狙えなくなる)

 

 気をつけるのは胴、或いは篭手、或いは突き。

 素人レベルの剣道知識で戦術を組み出すが、精々その程度。

 まだ防具を着けての対峙したこともないのに、自分の限界レベルも分からず、相手を計るなどおごがましい。

 

「始めッ!」

 

 それを僕は思い知る。

 開始合図と同時に桜咲の姿がブレた。いや、動いたと感じた。

 

「っ!?」

 

 それと同時に僕は後ろに足を踏み出した。

 構えの高さも、竹刀の先もまったく微動だにしない。

 けれど、動いた。迫った、踏み出した。それを確信する。

 目で見ても距離感の把握は容易じゃない、特に熟練者の移動動作は距離感を迷わせる、面越しの視界に慣れない自分ではなおさらに錯覚することを免れないという判断。

 故に全力での一歩後退をして、繰り出される一刀の太刀筋と剣速を把握しようと考えた――が。

 

「キェッ!!」

 

 鋭い咆哮と共に脳天に衝撃がめり込んでいた。

 

「え?」

 

 視界が揺れる。衝撃が頭頂部から背中まで痺れるように走っていた。

 一瞬何が起こったのか分からなくて、呆然としていて。

 

「面あり!」

 

 藤堂さんが上げた白旗と横をすり抜ける桜咲の姿に、僕は慌てて振り向いて。

 

「構え直してください」

 

 既に桜咲は残心をしていた。

 僕は静かに伝わってきた声に慌てて構え直す。呆然としていて、竹刀の先端が下に向いていた。

 構え直すと同時に深呼吸する。

 

 ――反応出来なかった。

 

 見えなかったわけじゃないのだ。

 桜咲の動きもなんとなく見えたし、振るった太刀筋も目には映っていた。

 だけど、それだけだ。

 捉えられなかった、映ってはいても"見えてない"。

 予想よりも深く踏み込んだその踏み込みも、流れるように振るわれて、一瞬伸びたかのように錯覚した見事な上段の一撃も分かるのだ。

 何が起こったのか分からないわけじゃなかった。

 ただ反応が出来なかった。

 自分の未熟さを痛いほど感じる。

 中央に戻るまでの冷たい床の感触に痛みすら覚えて、僕は歯を噛み締める。

 

「始めっ!」

 

 構え直し、再び相対する。

 今度はいきなり仕掛けてこない。

 ゆっくりと剣先を向けながら、圧力を掛けてくる。

 僕は竹刀を構えて、何度か持ち手を握り直すけれど、その度に桜咲は構えを僅かに変化させる。

 ……太刀筋が予測されている。

 初めての自分と違って、桜咲は何度も何度も剣道での打ち合いを経験している。

 剣道での相対で、太刀筋の隠し方も知らない自分よりも圧倒的に経験で優れている。

 理解する。

 認識する。

 彼女は強いと。

 あの超人じみた動作がなくとも、強い人だと改めて悟り――

 

「オオオオ――ッ!!!」

 

 それに萎縮しないために僕は気炎を上げた。

 強いのは承知の内だったのだ。

 実力差で負けるのは必然かもしれない。

 けれど、挑みも出来ずにただ敗北することだけは許せない。認められない。

 だから、僕は踏み出す。

 負けると分かっている必然の坂を転げ落ちるように、ただ滑り込んで――

 

「らぁ!」

 

「キャァ!」

 

 横薙ぎに打ち出した一刀、それが振り下ろされた竹刀に弾かれる。

 太刀筋は速く、軽やかで――しかし、痺れる。

 重いわけじゃない。

 体重の差がある、男子と女子の腕力の差もある。

 だが、キレがある。一挙一動、その全てにしっかりと体重を乗せた、芯まで痺れるような一打があった。

 僕が打ち出す刃を、桜咲は真正面から受け止めず、捌くように弾く、叩く、流す、躱す。

 すなわち全て防ぎ切られる。

 一度たりとも防具に掠る事無く、ただ絶対の防御壁のように竹刀が憂い出す僕の刃を遮断し、反発し、或いは把握の甘い竹刀を彼女は軽やかに躱すように動いた。

 慣れきった足運び。まるで次にどこへ足を運べばいいのか、数手先まで把握しているような迷いの無い動作の連続駆動。

 彼女の動きは舞踏のようだと表現するのは詩的過ぎるだろうか。

 その反面、僕は撃ち出される桜咲の剣打を必死に防ぎ続ける。

 美麗さなど欠片も無い、ただ僅かに見える剣閃を反射的に繰り出した竹刀の刀身で受け止めるだけだった。

 ぶつかり合う竹刀だけは威勢よく爆竹の響きを鳴らし続けるが、僕は翻弄されて、彼女は翻弄する一方。

 面の中の僕の顔は必死だけれど、向こうの面の中の桜咲の瞳はまったく揺らいでないのが分かる。

 歳の差なんて関係の無い実力の差。

 時間にして五分も経っていないというのに、繰り出された剣の数は十数合を超える。

 それを痛感させられながら、僕は全身から流れる汗に重みを感じて、瞼から染み込んでくる汗に僅かに目を細めた。

 刹那。

 

「――胴ッ!」

 

 魔法のように、鋭く踏み込んだ桜咲の一線が胴体に鋭く叩き込まれていた。

 

「かふっ」

 

 防具越しに伝わる剣打の重みに息を吐き出して、僕は一瞬緩め掛けた竹刀の柄を慌てて握り直し。

 

「胴ありっ!」

 

「え?」

 

 発せられた藤堂さんの声と白い旗に僕は少しだけ唖然とした。

 終わり、か?

 どこまでも長く続いたようでいて、実に呆気ない勝負の結末。敗北だった。

 そして。

 彼女は残心を終えて、こちらへと歩み寄ると、一礼した。

 

「ほら、お前も礼をしろ」

 

 藤堂さんに言われて、慌てて礼を返す。

 それで終わりだった。

 

「よし、ご苦労だったな桜咲」

 

「いえ、それほどではないです」

 

 藤堂さんがむんずと桜咲の頭を面ごと掴んで、ぐりぐりと撫でていた。

 

「や、やめてくださいっ!」

 

「あ~? 頑張った奴に褒美するぐらいいいだろうが」

 

 褒美といいつつ嫌がっている相手に強要するのは褒美なのだろうか?

 と思いながらも、困った様子で撫でられている桜咲は何時かの時とは違ってただの少女のように見えた。

 そして。

 

「……短崎さん、でしたか?」

 

 苦労の末、藤堂さんの手から逃れた桜咲がこちらに目を向けて。

 僕に篭手を外した手を差し出した。

 

「へ?」

 

「良い剣でした。また手合わせしてください」

 

 差し出された手と言葉に呆然としながら、僕は慌てて篭手を外した。

 握手を交わした。

 小さな手で、汗ばんだ指の感触に少しだけ照れて――しっかりと感じた剣ダコの後にうっすらと彼女の努力の証しを感じ取る。

 

「こちらこそ」

 

 そう返事を返して。

 

「――"こちら"にいる限りは、応援させて頂きます」

 

 そう呟かれた言葉を告げた時の彼女の表情は面に隠れて見えることはなかった。

 少しだけ悲しそうな、申し訳なさそうな色を感じ取った。ただそれだけだった。

 

「ぇ?」

 

 どういう意味だろう? 聞き返そうとするが、その前に割り込んだ声に僕は身を竦ませることになった。

 

「っておいこら~、打ち合い終わったらさっさと退けよ~」

 

「あ」

 

「まずい」

 

「おお、そうだった。ほれ、どけどけ」

 

 柴田の声に、慌てて藤堂さんと一緒に道場の脇へと移動する。

 

「では」

 

 桜咲は軽く頭を下げると、また練習に戻るのだろう。

 別の方向へと歩いていった。

 その後姿を軽く目で確認すると、僕は柴田の待っている場所まで戻り。

 

「おつかれー。結構がんばったじゃん」

 

「そうなの、かな?」

 

「普通なら桜咲に瞬殺二本で終わりだぜ? 二本目から粘っただけでも合格点だろ」

 

 ケラケラと楽しげに笑う柴田に、僕は少しだけ苦笑しながら面を外した。

 

「……二本目は少し手を抜かれてたみたいだけどね」

 

 面を外した途端押し込められていた熱が舞った。

 髪先から汗が滴り落ちるぐらいに汗まみれで、帰ったら風呂に入らないといけないなと思うぐらいに湿っぽい。

 それだけ僕は疲労していた。

 

「ん あー、だろうな。さすがに瞬殺二回じゃ、何の楽しみにもならないだろ」

 

 外から見ていた柴田も分かったらしく、僕の言葉を当たり前のように受け止める。

 

「剣速は迅いけどよ」

 

「――攻防の駆け引きがなってないな。まあ初心者だから当たり前だが」

 

 柴田の言葉を、途中から横に立っていた藤堂さんが引き継いだ。

 

「って、俺の台詞取らんで下さいよ」

 

「ふん。教えるのは年長者の役目だろう? 俺が説明しても何の問題もあるまい」

 

 ぶーと不機嫌そうに口元を細める柴田に、藤堂さんが気にした様子もなく断言した。

 そんな二人を見ながら僕は苦笑して。

 

「で、短崎。どうだった? 剣道はよ」

 

 柴田が感想を求めてくる。

 

「そうだね」

 

 やはり剣を振るのは楽しくて。

 痛みもあるけれど、止められない。

 

「楽しいよ」

 

 それに。

 想いがあった。

 僕はまだ未熟で。

 僕はまだまだ弱くてたまらなくて。

 それが悔しくてたまらない気持ちが腹の底で煮え滾っていた。

 けれど、それでも――

 

「入部したいと思う」

 

 勝ってみたいと思える相手がいる。

 まだ剣を交わしていない相手がたくさんこの中にはいて。

 まだまだ磨ける部分が自分にあって。

 

 そして――"桜咲 刹那"という少女から謎を、理由を。

 

 

 勝利を得たいと僕は思った。

 

 

 

 

 

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