欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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昨日は更新忘れて申し訳ない
本日はお詫びに三話更新です 12 17 24時です


二十九話:また騒がしくなる

 

 また騒がしくなる。

 

 

 

 月曜日。

 何時ものように登校していたら、妙に騒がしいなと感じた。

 

「ああ、修学旅行終わったのか」

 

 目に映る女子学生の数の多さに、今更のように思い出す。

 たかが修学旅行と侮る無かれ。

 数百人単位の規模で学園にいなかった分、視界が広くなるのは当たり前だった。

 結局のところ元に戻っただけなのだが、少しでも変わったのが長くなった分違和感はある。

 今日辺りには古菲も出てくるだろうな、と思いながら俺は歩いて――

 

「喧嘩だ、ケンカだ!」

 

 あ?

 と目を向けると、人ごみに――取り囲むような円陣と中心に少し久しぶりに見る顔があった。

 

「また、か」

 

 古菲の姿があった。

 そして、周りを囲んでいるのは例の如く挑戦者共。

 

「今日こそ勝たせてもらうぞ、中武研部長 古菲!!」

 

 数に任せて、それぞれが最優の技で殴りかかる。

 空手における正拳突き、剣道における面打ち、柔道における掴み、ボクシングのワン・ツーなど基本にして単純だからこそのもっとも信頼出来る一撃たち。

 けれど、届かない。

 古菲は軽く微笑んで、僅かに重心を下げる――縮地法からの移動に。

 

「なんぷぅ!?」

 

 肘打ち。

 流れるように一人を撃墜して、振りかかる竹刀を手の甲で捌き、さらに竹刀に手を絡めるように動いて、掌打を胴体に叩き込んだ。

 剣道部員が吹き飛び、さらに追撃してくる他の連中引きずり出すように輪から一歩逃れる。

 

「遅いアルヨ!」

 

 武術におけるものだけではなく、喧嘩などで一番恐れるのは袋叩きにあうことだ。

 囲まれればそれだけで死角からの攻撃に反応出来ず、一方的に叩きのめされるのが常道。

 空手の有段者が素人十人相手に囲まれてやられるなんて珍しくもない。

 故に場所を移動し、距離を測り、自分に有利な環境を整えるなんて当たり前。

 ただその途中で人間を軽々と叩き伏せていくのは当たり前じゃない。

 流れるように対峙者の胴体に掌底を打ち込み、重さを感じさせない足取りで迫る新手の足をすくって、バランスが崩れた瞬間に当て身で吹き飛ばし、さらに真正面から殴りかかる奴の側頭部に蹴りを打ち込み、それを利用して数人ほど同時に薙ぎ倒す。

 それだけの行為を止まる事無く連続して駆動し続ける連撃の巧みさ。

 その間にも恐れを知らない馬鹿が殴りかかってくるのを涼しい顔で捌き、或いは捌くことすらなくカウンターで打ちのめす。

 十数秒後には死屍累々の山だった。

 

「弱いアルネ。さあもっと強い奴はいないアルか?」

 

 屍共の上でアチョーとパフォーマンスじみたポーズを取る古菲に、俺は軽く息を吐いた。

 相変わらず化け物じみた強さだと呆れ半分感心半分だった。

 そして、終わったかと俺は判断してさっさと通り過ぎようと考えた時――視界の端でピクリと動いた一つの影に気付き。

 

「ま」

 

 視界の隅で、古菲がどこかで見たことがある子供に手を上げている姿を見ながら、俺は走った。

 鞄を放り投げて。

 

「まだじゃあ、菲部長!!」

 

「うひゃあ!?」

 

「ネギ君、あぶなー!?」

 

 しぶとく蘇った空手愛好会の馬鹿が立ち上がっていた。

 しかも、古菲以外の奴に殴りかかってる。意識が飛んでるだろう状態で殴りかかるのは立派だが。

 

「しゅっ!」

 

 周囲に聞こえる喧騒も無視して、俺は思わず足を出していた。

 赤毛の子供の前に割り込むように、足を出して転ばせる。意識混濁のふらふらな奴を足払いで転ばせるなんて、楽勝だった。

 

「へ?」

 

 後ろから戸惑った声。

 それを無視して、空手愛好会の男がアスファルトに叩きつけられる前に服を掴んで止める。

 受身が取れるぐらいに余裕はなさそうだったし、下手に怪我させたくなかったのもあるが。

 

「必死なのは分かるが、相手を間違えんな」

 

 と告げるが、多分先ほどのが最後の力だったらしく、反応がない。

 

「……聞いてねえな」

 

 ぽいっと手を離して、男を他の屍たちと同じく地面に落とした。

 

「長渡アルか?」

 

 古菲の声がかかって、俺はため息を吐きながら振りかえった。

 

「よお」

 

 考えもせずに行動した自分を呪いながら、俺は後ろにいたであろう古菲に挨拶を返して――その前にいた赤毛の子供の顔を視認してしまった。

 

「ん?」

 

「あ」

 

 見覚えのある顔だった。

 ていうか、思い出したくもない顔であり――自然と目つきが厳しくなってもしょうがないだろう。

 

「ネギ大丈夫!? って、あれ?」

 

「知り合いなん? ネギくん」

 

「意外な人間関係でござるな」

 

 駆けつけてきた三人の女子学生の一人も見覚えがあって、残り二人は知らない顔だった。

 長身の糸目な女生徒は同世代の女子よりも背が高く、まるでモデルのような体型で、古菲と同じ制服を着ていることから信じがたいが中学生のようだ。

 もう一人の女子学生は腰下まで黒髪を伸ばした古めかしいヤマトナデシコといった感じの美少女。

 見慣れた古菲と見覚えのあるツインテール少女もいれると中々に目の保養だろうが、俺はため息を吐き出し。

 

「あ、あの!」

 

「じゃあな、古菲」

 

 話しかけてくるネギと呼ばれた子供を無視して、俺は投げ捨てた鞄を急いで拾い、逃げるように立ち去った。

 

「ま、待ってください!」

 

 下手にかかわりたくなかった。

 

「あー、くそ」

 

 走って、走って、逃げて。

 自分の学校の玄関まで辿り付き、後ろを見て誰も付いてきていないのを確認した後、俺はため息を吐き出した。

 

 

「余裕ねえな」

 

 

 巻き込まれたくない。

 失いたくない。

 臆病故の行動に俺は嘆いた。情けなくて。

 

 

 

 

 

 

 陰鬱な気分になりながら、授業を受ける。

 何故か三森がまた欠席しているのが目に付いたが、昼飯に短崎と部活仲間らしい柴田という奴と一緒にスターバックスにいった。

 結構上手く部活をやっているらしく、少しだけ肩の荷が降りる。

 同じ武道系として徒手空拳と武器持ちの差とか、珍しい二刀流の使い手として色々と楽しく話が出来た。

 実りのある会話を出来て、今度一緒にカラオケでもいくかという約束をして昼休みを終える。

 午後からの授業も適当にノートを取って終えた放課後。

 

「あ? 古菲来てないのか?」

 

「いや、一端来たんだけどさ。用事があるらしくて、お土産だけ置いていったぞ?」

 

 道場にやってきた俺が知ったのは古菲の不在だった。

 知り合いの部活仲間が指差した方角にあったのは、隅に置かれたお土産の山である。

 気の早い飢えた獣共がお土産を手に取り、自分の分を確認しているようだが。

 

「おらー! 部長がいないからって勝手に漁るな!」

 

『え~』

 

「一応全員揃ってから配るぞ! あ、立花さん。レシートとかメモとか渡されてません? 数と金額メモッたの、古菲が用意していたはずなんですけど」

 

「あ、古菲から俺が預かってるぞ」

 

 大学生の先輩部員からレシートを渡される。

 そして、俺と他の数名でお土産の数と金額を確認し、手分けして配ることにした。

 生八つ橋ー! などと無邪気に喜ぶ野獣たちに、俺は苦笑して。

 

「ほれほれ、今度古菲部長にあったらちゃんと礼を言っておくようにな!」

 

 大学生の先輩が綺麗にまとめてくれた。

 威勢のいい返事と嬉しそうな笑みに、俺はちょっとだけこの場にいない古菲を不憫だと感じた。

 感謝の言葉と喜びは買ってきた本人こそが受け取るべきだと思ったから。

 そうして、配り終えると、各自いつものように部活動を始める。

 今日は同世代の奴と数名と組み手を行い、汗を流す。

 そうして夢中になって、部活の終了時間まで修練を積み、そろそろ終えて帰るかと更衣室で制服に着替え直した後だった。

 

「あ? 着信?」

 

 バッグの中に放り込んで置いた携帯に、着信件数が数件。メールが一つ。

 送信者は短崎で、メールも短崎からだった。

 

 ――件名:これるかな?

 

 ――本文:超包子にちょっとこれる? 相談したいことがあるんだけど。

 

「相談?」

 

 何のことだ? と首を捻るが、考えていてもしょうがない。

 シャツのボタンを留めるのもそこそこに、バックを肩にかけて。

 

「んじゃ、お先にー」

 

「おつー」

 

 部活仲間に別れを告げて、超包子に向かう。

 汗ばんだ肌に、夜闇の涼しい風は気持ちよく、俺は程なくして辿り付いた。

 

「相変わらず盛況だな」

 

 超包子の屋台本体だけではなく、テーブルや椅子などが既に並べられて、席は殆ど満杯だった。

 わらわらと人が多すぎて、判別は難しいが、キョロキョロと目を向けて短崎を探す。

 

「さっちゃん~、今日も可愛いねー」

 

 などと酔いながら褒めている教師を見かけたような気がしたのだが、多分気のせいだ。

 鬼の新田などと呼ばれている人だった気もするが気のせいだ。

 軽く視線を外して、短崎を探し――声をかけられた。

 

「長渡~」

 

「お? そこか」

 

 声がした方角に目を向けると、相変わらず割烹着姿の短崎が皿を手に働いていた。

 もはや格好に関してはつっこまないこととして、とりあえず歩み寄って用件を尋ねる。

 

「で? 何のようだ」

 

 そういって訊ねるが、短崎は近くのテーブルの空皿を積み重ねて、手に持った布巾で軽く拭き。

 

「あ、僕が用事あるんじゃ無くて――彼女に聞いてくれる?」

 

「へ?」

 

 そういって短崎が目を向けた方角に、俺も目を向けると。

 其処には意外な顔があった。

 

「こんばんはアルヨ、長渡」

 

 空いたテーブルの隅に座り、無邪気に手を振っている古菲がいた。

 朝ぶりの再会で、俺は思わず冷たい声になっていた。

 

「古菲か。今日は用事あったんじゃないのか?」

 

 何かしらの用事があって部活に出なかったと聞いていたのだが、何故ここに?

 

「んー、用事は終わったアル。けど、チョット困ったことが起きたネ」

 

 困ったこと?

 

「で? なんで俺に繋がるんだよ」

 

 ていうか、何故に短崎が古菲の相談に俺を呼ぶんだ?

 と考えていたら、その答えが横から飛び出した。

 

「そうそう。ちょっと僕の手にはあまる問題だから、長渡に相談したらどう? ってアドバイスしたんだけど」

 

「お前か」

 

 一端休憩を貰ったのだろう。

 無手の短崎が客の隙間を塗って、古菲の横に座った。

 そして、二人の視線が立ったままの俺を見上げるように向いていて。

 

「……はぁ」

 

 俺は諦めて、古菲とテーブルを挟んだ位置の椅子に座る。

 

「で? 相談ってなんだよ、話だけは聞いてやる」

 

 めんどうくさいことこの上ないし、正直古菲に対してはいい印象を持っていないのだが。

 せめて話ぐらいは聞いてやってもいいだろう。

 

「金関係と面倒くさいことだったら速攻で断るからな」

 

 ため息混じりにそう告げた時。

 うわ、ツンデレだ。とかどこかで聞こえたような気がしたが、多分気のせいだ。

 ていうか、咄嗟に振り向いたのだが言った奴がパッと見当たらなかったのでスルーしよう。見つけたら潰すが、物理的に。

 

「どうしたアルか?」

 

「いや、気にするな。で、本題に入るか。で、何を相談したいんだ?」

 

 古菲に訊ねると、何故か彼女は少しだけ困ったように頬を掻き始めた。

 

「どうした?」

 

「あははは、言い辛いよね~」

 

 短崎も何故か困ったように頬を掻いている。

 なんだ? 何を言い出されるんだ?

 

「長渡……」

 

「ん?」

 

 

「弟子を取ったことないアルカ?」

 

 

「あるわけねえだろ」

 

 即答だった。

 というか、反射的に答えてしまった。

 

「……ないアルカー」

 

 しゅんと何故か困ったように落ち込む古菲に、俺は首を捻った。

 

「あー、えっと、今の質問と相談って何の関係があるんだ?」

 

 短崎に俺は尋ねた。

 というか、まったく意図が見えなかった。

 弟子? 弟子がなんなのだ? まさか俺の弟子を名乗る奴が事件でも起こしたのか?

 それなら俺は断固として否定させてもらうぞ。

 

「えっとねー、古菲さんが弟子を取ることになったらしいんだよ」

 

 しかし、帰ってきた返事は予想外のものだった。

 

「はぁ?」

 

 弟子? 弟子を取るだって?

 

「あ、あはは。ちょっとそうなったアルヨ」

 

「……何がどうしてそうなったのか聞きたいような、聞きたくないような」

 

 嫌な予感バリバリであるし、めんどうごとになりそうな気がした。

 しかし、これだけは言わないといけないとあるまい。

 

「どーでもいいけどよ、古菲。お前他人を指導する自信あるのか?」

 

 確かに古菲は強い。

 技も確かに身に付けているし、部活内でも相手がいないぐらいだ。

 しかし、それと教えることが上手いかどうかはまるで別物だ。

 熟達している=教練に向いているだったら、この世の格闘家は全て偉大な師範だし、科学者は教師だ。

 だけど、そうじゃない。

 アドバイス程度ならいいだろう。

 技の一つや二つぐらいなら、別にいいだろう。

 しかし、弟子を取れるほど古菲が指導に慣れているか、教えられるほどの人生経験があるかどうかは別物だ。

 部活でだって、古菲はアドバイスやある程度の技術の実演、組み手による弱点の示唆などぐらいであり、他の先輩や俺などの経験者も協力しているのが事実。

 顧問の先生ぐらいしか一から十まで教えていないのだ。

 それなのに。

 弟子を取るとか、ちょっと無謀だろう。

 

「いや、まて。弟子っていっても、基本を教えるだけとかそういうレベルだよな?」

 

 弟子とかいうとちょっと大げさだが、それぐらいなら問題ないだろう。

 俺だって新入部員に歩法や基本の型を教えているし。

 

「違うアル。一応教えられる部分だけでも全て教えるつもりヨ」

 

「お前個人で教えるのか? ていうか、とりあえず中武研に入るよう薦めたほうがいいんじゃないか。どうせ学生だろ?」

 

「んー、僕もそう思ってきたなぁ」

 

 俺の言葉に、短崎が同意する。

 教師でもないのに古菲が教えて、問題が起きたら彼女だけの責任で収まらない。

 武術系は正しい指導員が監督しないと、怪我や事故の元になる。

 ただのスポーツ程度なら問題ないだろうが、古菲の実力と威力を知っている身となっては真面目に心配だった。

 経験者でも悶絶、失神する古菲の技を素人が受ければ、組み手レベルでも大怪我に繋がる。

 それが分からない古菲じゃないはずだ。

 

「そ、それがアルネ」

 

 しかし、古菲は困ったような顔つきで。

 

「が、学生じゃないんアルヨ~」

 

「は? じゃあ、誰だよ?」

 

 学園外関係者だろうか?

 などと考えた俺の思考はつくづく甘かったことが、次の瞬間思い知らされた。

 

「ネギ先生ネ」

 

「……ネ、ギ?」

 

「え?」

 

 俺と短崎の顔が嫌な形に固まったのが分かる。

 ネギ。

 古菲の口から出るネギという人物ならば、思い当たる人物はただ一人だった。

 ネギ・スプリングフィールド。

 古菲のクラスである3-Aの担任教師であり、有名な"子供先生"。

 そして、俺と短崎にとってあの糞吸血鬼に続いて会いたくない筆頭人物。

 あの赤毛の子供のことに相違なかった。

 

「……どうする?」

 

「う~ん」

 

 だから、思わず俺と短崎が目を合わせてしまったのもしょうがないだろう。

 

「? どうかしたアルか?」

 

「い、いやなんでもないよ」

 

「で、何で教えることになったんだよ」

 

 と、訊ねたが、考えを改めて。

 

「いや、理由はどうでもいいか。関係ねえし。それよりもネギってのはお前のところの担任だよな?」

 

「そうネ」

 

「んー、普通教師が生徒に教えを乞うか?」

 

 俺は頭を掻きながら、呟く。

 まあ確か古菲よりも年下の十歳の子供らしいし、年上の彼女に習うのもまあ微笑ましい。

 が。

 

「普通に道場探して、通えっていいたいんだが。駄目だよな?」

 

「そこらへんはワタシにも分からないアルよ。けど、ネギ先生がワタシを見込んで頼んでくれたものだからちゃんと教えたいアル」

 

 そう告げる古菲の目つきは真面目だった。

 本来ならば断っても何の問題も無いことに、律儀に応えようとしている。

 そんな彼女の態度に。

 

「なら、しょうがねえか」

 

 はぁっとため息を付きながら、俺は告げた。

 

「とりあえず協力してやるよ」

 

「やったアルー!」

 

 気だるげにいった俺の言葉に、古菲は大げさに喜んだ。

 

「いいの?」

 

 古菲の傍らで、短崎が訊ねてくるが、しょうがないと俺は首を横に振る。

 乗りかかった船だし、あの子供のせいで古菲などに迷惑がかかったら大変なことになる。

 その予防と思えば腹も立たない。多分我慢出来る。

 

「ただし、俺は指導しないからな。アドバイスするぐらいで、ネギとやらとは絶対に会わないぞ」

 

「? それでもいいアルヨー」

 

 俺の言葉に少し不審げに首を捻ったが、古菲は無邪気に了承した。

 短崎がため息を付きながら、いつの間にかお冷の水を啜っている。

 ちょっとまて。俺には渡されてないんだが、お冷!?

 

「それにしても、ネギ先生って子供だよね? どう教えるつもり?」

 

 俺の憎悪の篭った視線を軽やかに無視して、短崎が古菲に訊ねる。

 

「そうだな。あまり筋力トレーニングすると背が伸びなくなるし、柔軟から始めさせるべきだろう。あと走りこみで、技教えるにしても二週間ぐらいは見たほうがいいな」

 

 と、俺は口に出しながら自分の子供時代のトレーニング方法を思い出す。

 師匠から教わったのはひたすら柔軟体操と筋力には関係のない歩法や、太極拳などの動作からだった。

 地味なことばかりだったが、最初は地味な部分からの積み上げが大事なのだと今では知っていて、感謝している。

 

「ふふふ。ワタシに秘策ありネ」

 

 俺たちの質問に、何故か古菲は楽しげに笑い始めた。

 

『秘策?』

 

 なーんか嫌な予感がする。

 そして、俺たちの目の前で古菲は鞄からノートを取り出すと、なにやら特訓メニューの書かれたページを突き出し。

 

「これがネギ先生の秘密特訓メニューネ!!」

 

 ババーン! と効果音が鳴り響きそうな勢いで、胸を張った。

 

「んー?」

 

「なになに?」

 

 俺たちはノートに目を通す……通す……目を通し……

 

「……」

 

 沈黙。

 

「…………」

 

 さらに沈黙。

 

「………………」

 

 また沈黙。

 

「……………………」

 

 言葉を発さずに、読み通して。

 

「どうしたアルか?」

 

 不思議そうに古菲が首をかしげるのを横目に、俺は短崎に手を向けた。

 

「……短崎、ちょっと道具をくれ」

 

「――OK。四葉店長~、超オーナー、ちょっとアレ貸してください」

 

「OKネ」

 

 忙しくなく動いていた超が俺たちの意図を読み取って、屋台の奥からあるものを持ってくる。

 そして、くばられたそれを受け取り、俺たちは立ち上がった。

 

「ど、どうしたアルか?」

 

 この時、俺たちの心は一緒だった。

 手には白い長方形の紙、それを束ねて扇形に折り曲げた物体。

 その名を。

 

『このおばかぁああああ!!』

 

 ――ハリセンという。

 

「ヌワッ!?」

 

 パシーンと頭部をひっぱ叩いた衝撃に、古菲が目を白黒させていた。

 

「な、何するカ!?」

 

「何するか!? じゃねえええ!! この馬鹿!」

 

 もう一発ひっぱたく。

 ぱしーんと音だけは響きよく音を上げるハリセンの一撃に、周囲の視線が集まるが関係ない!

 

「中武研名物、真・木人拳とかなんだぁ!?! 初めて聞いたわ、ぼけぇ!!」

 

 パシーンと殴打。

 これは俺。

 

「鉄下駄10キロマラソンとか漫画じゃないんだから! 体壊しちゃうよ!」

 

 パシーンと打撃。

 これは短崎。

 

「あと、ワンインチパンチとか素人に出来るようなことじゃないネ」

 

 パシーンとツッコミ。

 これはついでとばかりに超だった。

 

「お前は、子供に、なにやらせようとしてるんだよ!?」

 

 テイテイテイと、関西風突っ込みの勢いで叩いておいた。

 

 

 十分後。

 

「ん~、やはり漫画や映画を参考に地獄の特訓メニューは失敗アルか」

 

 プシューと頭から蒸気が立ち上ってそうな勢いで叩いた古菲がようやく理解したらしい。

 三十回以上叩いたので、汗をかいてしまった。

 

「とりあえず、あれだ。俺の携帯番号教えておくから、何かあったら電話しろ。いや、マジで」

 

 額を拭いながら、適当にノートから千切った即席メモに携帯番号を書いて古菲に渡した。

 

「いいアルか?」

 

 戸惑ったように見上げてくる古菲に、俺はどことなく悟った笑みを浮かべた。

 

「いいも悪いも……正直心配過ぎる」

 

 これは真面目に本音だった。

 古菲もちゃんと考えれば出来るんだろうが、ノリと勢いだけで突っ走ることがやや多い性格だ。

 

「だから、な?」

 

「長渡。子供をあやす様な疲れた目になってるよ」

 

 うるせえ。ほっとけ。

 

 

 

 

 そうして、俺はこの日の古菲の相談を終えた。

 

 

 

 

 

 のだが。

 

「あ? あと二日で、一人前に闘えるようになる方法があるか? あるか、馬鹿!!」

 

 次の日かかってきた電話内容に、協力を請け負ったこと即座に後悔したのはいうまでもない。

 

 

 

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