欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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三十話:進むことしか出来ないのだから

 

 

 

 

 進むことしか出来ないのだから。

 

 

 息を吐く。

 息を吸い込む。

 そして、止める。

 僕は足を踏み出し、竹刀を握り締めながら、手首を返した。

 

「はっ」

 

 風を切る。

 竹刀を弾け合う音が鳴り響く。

 手には小気味がいい痺れが走って、僕は打ち付け合う感触に喜びを感じながら、迫る竹刀の軌跡を読んで僅かに後退。

 眼前を通り過ぎる面打ちの一打を避けて、弾かれた竹刀を廻しながら胴を狙っての横打ちに切り替える。

 呼吸を止めて、肺から軋みを上げながらも、僕は腰を捻りながら鋭く撃ち込んで――破竹。

 

「おぉ!」

 

「っ!!」

 

 撃ち込んだ斬撃は小太刀によって受け止められる。

 迎撃、捌き、激突。

 呼吸を溜め込んで、僕は思いつく限りに竹刀を振るい続けて、同時に打ち込まれる斬撃を打ち払い続ける。

 連打、連撃、連斬。

 手首を中心に弧を描くようにしならせながら刃を放ち、余分な力は足回りの動作によって体重を乗せて叩き込む。

 剣を振るうは腕にあらず。爪先から脳天まで続く全部の血と肉と骨――人体そのものだというのは骨肉にまで叩き込まれた基本。

 鋭い刃物は手首のしなりだけで肉を裂けるが、骨まで断つには体重を乗せる必要がある。

 不規則なテンポに打ち鳴らされた道場の床に足を叩きつけて、僕は剣道着越しにある体の悲鳴を感じ取る。

 苦しい、辛い、痛い、痺れる。

 一撃、一撃を放ち、捌き、迎撃しながら撃ち込むごとに体が軋む。

 呼吸を止めての無酸素連撃。

 相手は右に一刀、左に一刀、二刀流。

 手数では圧倒的に劣る、前方に突き出された二刀の圧力は強くて、機を狙えばいつまでも手を出せない。

 だから、リズムを刻んで、テンポを作り、思うが侭に撃ち込み続ける。

 十秒、二十秒、三十秒と撃ち込み続けた連撃に、目の前の対峙者も咆哮を止めて。

 

「  !」

 

「   !」

 

 ひゅうっと呼吸が止まった音が、弾け合う竹刀の衝突音に喰らい尽くされた。

 右から左、左から右、下から上へ、上から下へ、斜めを刻んで、ただ剣戟疾る。

 爆竹の剣戟音が響いて、僕は全身に流れる血液と枯渇しそうな酸素への欲求に堪えながら竹刀を振るい続けた。

 肺活量には自信があった。

 素潜りで二分を越えるだけの肺活量はあるけれど、激しい剣戟を行なえば瞬く間に酸素を失う、一分も持たない、体が軋んで、脳がクラクラしてくる、体中の血管が膨らんで破裂しそうな錯覚を覚えるほどだった。

 けれど、一秒でも延ばす。一秒でも限界を超える。

 ただそれだけのために、ひたすらに竹刀を衝突させ続ける。

 竹刀を振るって、振るって、数えて二十合を超える交差に、僕はダンッと道場の床を熱く踏み叩いて、面打ちを放つ。

 全体重を乗せた一撃、全身のバネを駆使した一打。

 残り少ない酸素を貪り込んで放った剣打を放つ――が、燕のように飛来した小太刀で打たれて、さらに交差するように抜かれた竹刀に防がれた。

 鍔迫り合い。

 一瞬だけ時が止まって、僕は思わず口を開いた。

 

「ぷはぁっ!」

 

「ふぅうっ!」

 

 息を吐き出す。

 お互いに息を吐き出して、僅かに力が緩んだ。

 ――その瞬間を見逃さなかった。

 

「おぉ!」

 

 僕は竹刀を弾き上げて、一歩下がると同時に引き胴を撃ち込もうと手首を返し――取った! と確信した。

 が。

 

「っ!?」

 

 その刹那、僕は脳天に響く衝撃に一瞬呆気に取られた。

 

「あめーよ」

 

 僕の胴打ちは命中していた。

 けれど、目の前の剣士――柴田の竹刀が僕の面に直撃するほうが早かった。

 試合であれば有効打をどっちが取っていたなんて語るまでも無い結果だった。

 

「くっそー、行けると思ったんだけどなぁ」

 

「甘い甘い、蕩けるカスタードプリン並に甘いぜ」

 

 ゲラゲラと柴田が竹刀を手に持ち、笑い声を響かせた。

 今は部活中で、互角稽古の真っ最中。水曜日の放課後、僕は思うがままに剣を打ち合わせていた。

 

「んじゃ、もう一本いくか?」

 

「うーん」

 

 軽く竹刀を握り締めるが、少しだけ手が震えていた。

 体が痙攣している。

 無酸素での連打が後を引いているようで、握力が感じられなかった。

 

「ちょっとだけ休憩してもいいかな?」

 

「あ? いいぜ、まああれだけ打ち合いまくっておいて全然平気だったら化け物だしな」

 

 柴田が軽く頷き、僕らは邪魔にならないように道場の壁際に歩いてから面を外した。

 その途端、外気に触れて僕は噴出していた汗を実感する。

 

「ふいー、もう夏だなー、あちーあちぃ」

 

 柴田も面を外して、篭手を外す。

 僕もそれに習って篭手を外すと、外気との差に少しだけさっぱりした気分になった。

 

「そうだねぇ」

 

 頭に巻いたタオルがぐっしょりと汗に濡れて、僕はそれを一端解いて顔を拭った。

 湿ったその感触は不快だったけれど、汗まみれの顔のままよりは遥かにマシだった。

 

「まああれだわ」

 

「なに?」

 

 僕が息を整えていると、柴田が不意に口を開いた。

 

「入部から一週間程度の割にはすげえ上達してると思うぜ?」

 

「そうかな?」

 

「間違いねえよ。俺でも何度かひやりとしたし、最後の面はちょっとビビッたわ」

 

 軽い口調で告げられたが、僕はその言葉がどうしょうもなく嬉しかった。

 思わず唇が綻んで、「ありがと」 と言ってしまう。

 

「礼はいらねーよ。事実だしな。元々振りは殆ど完璧だったし、後は脚運びと経験積んで駆け引きを憶えりゃすぐに強くなれるぜ」

 

 其処まで吐いて、柴田は軽く息を吐き出す。

 そして、不意に目が違う方角に飛んだ。

 

「しっかし、この糞熱いってのに辻副部長は張りきってんなぁ、おい」

 

 柴田が目を向けたのは剣道場の真ん中で威勢よく稽古を続ける長身の剣士だった。

 辻副部長。

 高等部三年生の部員で、熱心な稽古を続ける切れ長の目つきと整った顔つきが特徴的な人だった。

 顔に見合わず熱血漢で、人一倍訓練をしていることから実力は高いと僕は見ていた。

 多分藤堂さんがいなければ、部長になれただろうなと思えるぐらいの人望もあるのが一週間で分かった。

 

「イェイッ!」

 

 僕が目を向けている中で、同じぐらいの身長の部員――おそらく高等部か大学生だろう人物の突きを捌いて、流れるような一閃で胴を切り払った。

 

「胴っ!!」

 

 パーンと竹刀が炸裂する音が鳴り響き、滞ることなく残心を済ませる。

 

「相変わらずスマートな剣だよなぁ」

 

 柴田の言葉は正しく正鵠を射抜いていた。

 辻さんの動作は教科書に書かれているような正確な動作であり、見本とすべきものであり、それをどこまでも純粋に高めている故のスマートさがあった。

 遊びはなく、愚直とも言える直進さはあるが、剣道では未熟な僕には十二分に見本になる動きであり、参考になる。

 聞いた話では県大会でも上位に食い込むほどの強さらしいが、その彼に常勝している藤堂部長の強さは語るのも馬鹿らしいほどだった。

 何故なら――

 

「お? 短崎ー、あんさんご注目の桜咲だぜ?」

 

「まだそんなこと言ってるの? 別にそういう意味じゃないんだけど……で、どこ?」

 

「ほれ、あそこだ」

 

 柴田の視線を辿って見てみると、其処には……噂をすれば影というべきか。

 見間違えるはずのない巨漢の剣士、最長サイズの竹刀を握った人物。

 藤堂部長だった。

 そして、稽古が終わったのだろう男性らしき部員と入れ替わりに歩み寄る影――見間違えるわけがない、桜咲 刹那だった。

 

「桜咲、藤堂部長と打ち合うのか?」

 

「珍しくない光景だぜ? 桜咲、女子なら中・高合わせてもトップクラスだしな。下手な男子でも稽古相手にならんだろうし」

 

 その下手な男子から逸脱している柴田は楽しそうに笑って、顎に手を当てた。

 

「さてと、桜咲の奴はどれぐらい持つかねー」

 

 その言葉に、僕は軽く。

 

「柴田よりかは持つんじゃない?」

 

 と言ってみた。

 しかし、柴田はカラカラと笑って。

 

「どうかねー。まあそれを願うかな――始まるぞっ」

 

 柴田が途中で言葉を切って、鋭く前を向いた。

 僕も言葉をやめた。

 藤堂部長と桜咲が礼を終えて、剣を交えんと息吹を発した。

 

「キアアアア!!」

 

 裂帛の息吹が発せられて、桜咲が踏み込む。

 流れるような速度、まるで背中に羽根でも付いているような俊足、流水のような乱れのなさだった。

 しかし。

 

「オォォオ!」

 

 その出鼻を挫くように藤堂部長の咆哮が響く。

 ビリビリと道場全体が揺れたような錯覚、腹の其処から力をためて、丹田に意識を集中させて発した野太い気合。

 俊足、一閃、胴を切り裂かんと打ち出された桜咲の一打を。

 

「ちぇいっ!!」

 

 真正面から踏み込み、振り抜いた一撃が迎撃した。

 バヂィイっと爆竹じみた炸裂音が鳴り響き、桜咲の竹刀が弾かれる。

 

「っ!?」

 

 道場の床が何十にも重ねられた足音たちを凌駕する踏み込みに揺れた気がした。

 空気がざわめく、熱気が気体からさらに砕け散るような剛剣の迫力、室内でありながら風が吹いたような錯覚。

 背筋が冷たくなる、ただの竹刀の一撃だというのに。

 目の前で対峙する桜咲の心境はどれほどのものなのだろうか。

 

「キ、アアア!!!」

 

 桜咲が竹刀を持つ手を握り直して、体勢を立て直す。

 其処に藤堂部長が動いた。

 先ほどまでの剛剣とは裏腹に、鋭く切り裂くような速剣。

 横薙ぎに胴を狙う、いや。

 

「小手ぇ!」

 

「っ!?」

 

 桜咲が弾く。

 竹刀を持って剣先を払い、破竹の音を打ち鳴らす。

 速剣こそが己の性分だと告げるように声を上げながら、桜咲と藤堂部長が霞むような剣速で竹刀を打ち合わせる。

 

「おーおー、桜咲、調子がイマイチだな」

 

「え?」

 

 炸裂、爆裂、破竹の如き勢い。

 身長からして大人と子供ほどもある、否、年齢差から考えれば二回りも年下の桜咲から見れば藤堂部長は立派な大人だろう。

 それと真っ向から打ち合えるだけでも対したものだと僕は感じていたのだが、柴田は違う感想を抱いたようだ。

 

「いつもなら部長があんな剣速だけの打ち合いは続けねえよ。手首にまだまだ余裕があるんだから、一発払って、それなりの重みのある一撃で大体ケリが付く」

 

「手首に?」

 

「前に行ったろ。部長は全力で振るってねえって。桜咲に合わせて、手を抜いてるな、ありゃあ。とはいえ」

 

 柴田の言葉を正しく物語るように打ち合いの様相が顔を変える。

 

「そろそろ動くぜ」

 

 桜咲の小手を、藤堂部長は指先だけで矛先を曲げた竹刀で受け止める。

 さらに足を踏み出し、軽く体重を乗せた斬撃を持って打ち払うと、円陣を描くような軌道で振るわせた面打ち。

 それを、桜咲は回避出来ないと判断したのか、僅かに横に首を曲げて、有効打突から外れた位置を打たせた。

 音は高らかに小気味良く響いていたが、それほど威力はなかったのか、互いに距離を取り直して再び対峙する。

 

「お、今のは結構本気だったな」

 

「そう、なの?」

 

「まあでも、わざと躱せるようにはしてた。二打目が大振りで、狙いが見え見えにしていたしな」

 

 柴田の言葉が終わるよりも早く、桜咲と藤堂部長が同時に足を踏み出した。

 互いに上段。

 相打ち狙いで面取りに来て、違う!?

 面狙いというには桜咲は深く沈みこみすぎて――狙いは突きか。

 

「イェイ!!」

 

 まるで矢のように、全身の筋肉をバネ仕掛けに変えたかのように、人体ごと貫く槍のごとき勢いで桜咲は突きを放とうとしていた。

 遠目から見ていても霞むような速度。

 ただ速い風のような動作で、それに藤堂部長は上段が間に合うはずもなく。

 

「来たっ!」

 

 柴田がその瞬間立ち上がった。

 え? と僕が振り返るよりも早く、他にも立ち上がるものがいて。

 

「チェイイ!!」

 

 その時、僕は信じられないものをみた。

 藤堂部長の手が霞む。

 空気が破裂する。

 誰が信じるだろうか、真っ直ぐに直進する突きよりも"速く振り抜かれる斬撃"など。

 それは音すらも置き去りにする稲妻のような一撃で。

 

 

 パァンッ! と高々と鳴り響いた爆竹の音は道場全体を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 その五分後。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「痛くない?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 僕らは道場の隅で桜咲の頭に濡れタオルを置いていた。

 今の現状を説明すると適当な誰かの鞄を枕に、桜咲が頭の上に濡れタオルを置いて休憩中であり、僕と柴田はそれを見守りながら休憩中だった。

 ちなみに何故そんなことになったかというと。

 ――藤堂部長の剣打の威力のせいである。

 あの後、桜咲がばたりと一瞬膝をついて、頭を押さえたのだった。

 あまりにも強い威力の所為で面だけでは防ぎきれず、頭痛がしたらしい。

 

「このゴリラ部長! 刹那ちゃんの可愛いフェイスになにするのよー!?」

 

 と女性部員から抗議が飛び交ったのだが、張本人である部長は。

 

「いや、あまりにもなんていうか殺意があってな。思わず手加減をミスった」

 

 といい訳をしたのだが、大学部の女性陣も交えて正座でお説教されている最中である。

 そして、その際にのんびりと見物をしていた僕らが。

 

「柴田ー! それに短崎! 休んでいる暇があったら、桜咲の面倒みてやれ! 先輩だろ、お前ら!」

 

 などという部長命令で下り。

 日ごろから目をつけられている柴田の巻き添えで僕も桜咲の介護を手伝うはめになっていた。

 とはいえ、多少額が赤くなっている程度で、別段吐き気もしないらしいので濡れタオルを絞って、横にさせている程度しか僕らのやることはないわけで。

 

「桜咲ー、丁度いいから部長の所為にして今日はサボっちまえよ」

 

「え? ですが」

 

「いいっていいって、どうせこんな糞暑い日に竹刀振ってもガリガリになるだけだぜ? まあお前さんがもっとぽっちゃり系だったらダイエットにいいぜといえるんだけどな」

 

 ヒヒヒとセクハラ一歩手前の発言をしている柴田の監視が主な役目じゃないだろうか? と僕は確信し始めていた。

 

「まあ大人しく休んでいなよ。痛みが取れないようだったら、後で大学病院に検査に連れて行くからさ」

 

 と、僕はフォローするように付け加えておく。

 個人的事情としては色々と言いたい相手ではあるし、聞きだしたいことを考えると絶好のチャンスではあるのだが。

 関係の無い柴田もいるし、さすがに怪我をしている年下の少女に対して行なう場合じゃないと弁えてはいた。

 

「……ありがとうございます。柴田先輩、短崎先輩」

 

 だから、こう率直に言われたお礼の言葉に僕は少しだけ反応が遅れて。

 

「え?」

 

「あん? 桜咲、頭でも打たれたか? いや、打たれてるんだったな」

 

 僕と柴田は思わず顔を見合わせた。

 

「ど、どういう意味ですか!?」

 

 思わず起き上がろうとした桜咲の肩を、僕と柴田は軽く押さえつけて。

 

「いや、俺の知る限り、お前さんはクールもどきの不器用少女だったはずだったんだが。キャラちがくね? めっちゃちがくね?」

 

「……僕はノーコメントで」

 

 彼女に対して深く語れるほど知り合いなわけじゃない。

 しかし、持っていたイメージが少し変化した。多分いい方向に。

 決して油断なんてしないけれど。

 

「あれか? 恋でもしたか? 男作っちゃったか? 大人への階段をスキップで駆け抜けちゃったりしたのか?」

 

「え? いや、あの、なにいってるんですか!?」

 

 想像だにしてなかった言葉に、桜咲は怒るよりも戸惑いが大きかった。

 

「やべー、やべー、我が部の剣道小町少女が破廉恥な方角に成長を――」

 

「いい加減にしなよ、柴田」

 

 ゲラゲラと途中からからかうような笑みを浮かべる柴田に、僕はため息を吐き出す。

 どうやら今日は健全的な剣道生活に打ち込めそうにない。

 

 からかい過ぎて飛び上がった桜咲と、それに追われる柴田を見ながら僕は頭痛を堪えるようにこめかみに指を当てた。

 

 

 これもまた青春だろうか?

 

 

 

 

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