欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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涙雨の悪魔編
三十一話:雨が降り出していた


 

 

 

 雨が降り出していた。

 

 

 雨が降る。

 すっかり梅雨へと季節は移ろうとしていて、俺は青い傘を差しながら息を吐き出した。

 

「雨が強くなってきやがった……」

 

 朝から天気は悪かったけれど、降り出した雨の飛沫に文句を吐き出す。

 ザーザーと耳を擽る雨音はどこか落ち着けなくて、湿った空気は個人的に好きじゃない。

 雨が降ると軽く体がだるくなる。

 そういう体質で気分が軽くダウナーだった。

 

「あー、これから降りまくるんだろうなぁ」

 

「梅雨だからなー」

 

 俺の独り言に返事がある。

 赤色の傘を肩にかけた友人、山下の返事。

 

「しかし、今日の天気予報だと確率は半分ぐらいだったはずだったよなぁ。これすぐ止むかなぁ」

 

 中村が緑色の傘を軽く廻して、学生靴で嫌そうに泥の地面を踏み締める。

 

「そういえばあれって結局降る確率で、降ったらどれぐらいで止むんだ?」

 

「ぬ。さすがに分からんな」

 

 黄色い傘の大豪院の質問に、茶色の傘の豪徳寺が顎に手を当てながら首を捻った。

 

「しかし、これだと屋外じゃ出来ねえな」

 

 五人全員で今日も一緒に組み手を行なう予定だったのだが、こう雨が強いと練習にならない。

 根性が無いと勝手なことを言う奴もいるだろうが、ザーザー振りの雨の中で運動するほうが馬鹿だと言っておく。

 運動着が泥だらけになっても洗濯に困るし、何より風邪を引いて体調を崩せば一日の修練よりも仇になる。

 ぬかるんだ地面での組み手はそれなりに貴重な経験になるだろうが、他の四人ならいざ知らず、俺の場合はかなりの確率で【不幸な事故】になりかねないのでゴメン被りたい。

 というわけで。

 

「解散するか?」

 

 いつもの川原からの帰り道で、山下がそう告げるのも無理もないわけで。

 しょうがねえかーという雰囲気が満ちる。

 

「うーむ、そうだなぁ」

 

 ああ、くそ。結構楽しみにしていたのに、雨の馬鹿野郎と空を見上げる。

 

「まあ、でも、さ。折角集まったし、ゲーセンとかいかねえか?」

 

「あ、それは賛成ー」

 

 とはいえ、いつまでも気を落としていられなかったので。

 大豪院の提案に、俺は賛成した。

 

「駅前のゲーセン新台入ってたっけ?」

 

「実は俺、クレーンゲームが好きだったりするんだ」

 

「マジで!?」

 

 中村の意外な趣味を発見したりなど、俺らは雨音にも負けないように声を響かせながら雑談していた。

 他愛の無い馬鹿話でも友人としていれば時間も忘れて、他に注目も行きにくい。

 だから。

 

「ん?」

 

 不意に大豪院が足を止めた時、何を見ていたのか咄嗟に分からなかった。

 

「どうした?」

 

「あの二人、何してるんだ?」

 

 二人?

 俺は傘を上げて、前の方を見ると――ガードレールの真横で座り込んでいる女生徒らしき人影が見えた。

 片方は中学生で、もう片方は高校生か?

 

「どうしたんだ?」

 

「さあ、携帯でも落としたんじゃね?」

 

 中村の言葉に、俺は無難な返答をしたのだが。

 

「ちょっと、声かけてくるわ。体調不良かもしれんし」

 

「俺も付き合おう」

 

 山下と豪徳寺が小走りで駆け出していった。

 俺は残った中村と大豪院に目を合わせて。

 

「さすがイケメン」

 

「さすが古式番長」

 

「行動早いな」

 

 まったくだ。と肩を竦めて、俺たちも小走りで追いかけていった。

 しかし、イケメンの山下ならともかく、大豪院のリーゼントを見て怖がられなければいいのだが――「キャアア!」 遅かったようだ。

 

「わ、私の家は、びびび、貧乏でー!?」

 

 慌てて駆け寄ると、なにやら古典的な言い訳文句を叫んでいるそばかすの中学生らしき少女がいた。

 

「い、いや、俺は別にそういう意図で近づいたわけじゃなくて」

 

「いや、あの、ちょっと落ち着いてくれないか?」

 

「イケメンと不良さん! 私は似ても焼いても食べられないですよ!?」

 

 豪徳寺と山下が必死に説得しているようだが、どうやらリーゼントインパクトが強すぎたようだ。

 さもありなん。

 

「夏美、落ち着きなさい。別に何かされたわけじゃないんだから」

 

 それを宥める髪の長い大人びた顔立ちの、女子高生。

 どうやらこちらは理知的に話を聞いてくれそうだ。

 

「ん?」

 

 横の少女と同じ制服だが、高等部って同じ制服だったか?

 まあいいや。

 

「おい、山下、豪徳寺。怖がらせてどうすんだよ」

 

「いや、俺は……そういうつもりはなかったんだが」

 

「薫ちん、ガンバ」

 

 それなりに傷ついている豪徳寺のフォローは中村に任せて、俺は女子高生に話しかけた。

 

「あ、いきなり話しかけて悪かった。別に悪気はなかったんだ」

 

「いえ、それは分かりましたから。で、何か御用ですか?」

 

「なんかしゃがみ込んでたから体調でも悪かったのかと思ったんだけど……」

 

 大人びた口調に、真っ直ぐとこちらを見てくる女生徒に、俺は少しだけ緊張しながら原因と思しきものに目を向けた。

 女生徒が抱えていたのは真っ黒な子犬。首輪がないところを見る限り、野良のようだ。

 

「捨てているところ……ってわけじゃないみたいだな」

 

 途中でギロリと心外そうに睨みつけてきたので、俺は慌てて言葉を付け足す。

 

「当たり前です。けど、ありがとうございます」

 

 ニコリと嬉しそうに微笑む女生徒。

 なんていうか、女子高生っていうよりも大学生のほうがピッタリな雰囲気だな。と、俺は思った。

 しかし、俺は首を横に振って。

 

「いや、最初に行動したのはあの二人だから、礼ならあいつらに言ってくれ」

 

 誤解が解けたのか、ペコペコと頭を下げる少女とそれに苦笑している山下と困っている豪徳寺を指差した。

 

「あら、そうなの?」

 

「そうだ」

 

 軽く肩を竦めて、俺は息を吐いた。

 しかし、こういう雰囲気は苦手だ。

 ガサツな古菲やどこか何を考えているか分からない超などと話しているほうがまだ気楽になれる。

 平均的男子生徒の例に洩れず、俺もあまり女生徒と話し慣れているわけじゃない。

 大人っぽい雰囲気の同世代の女性などとはほぼ初対面のようなもので、降り注ぐ雨の冷たさが緊張に舞い上がる体温の上昇を抑えてくれる。

 湿った空気を吸い込んで、乾きそうになる喉を宥めながら、俺はゆっくりめに言葉を紡ぎ続けていた。

 

「まあ、そういうわけだから――ん? その犬、怪我してないか?」

 

 目の前の女子が抱えていた犬に、赤っぽい染みが見えていた。

 

「なに!? 怪我だと!!」

 

 俺の呟きが聞こえたのか、豪徳寺が素早い反応でやってくる。

 

「ちょっと貸してもらってもいいか?」

 

「丁寧にね」

 

 豪徳寺が女子から黒犬を受け取り直す。

 そして、軽く舌打ちをして。

 

「切り傷があるぐらいだが、この雨だ。傷口から熱が出てる可能性がある、獣医に見せたほうがいい」

 

「分かるのか?」

 

「昔犬を飼っていてな。知り合いの獣医がいる、そこに連れていこう。いいか?」

 

「構いません」

 

 真剣な眼差しで豪徳寺が女生徒に目を向けると、彼女はコクリと頷いた。

 

「ちょっと先に急ぐぞ。誰か傘を持ってくれないか?」

 

「あ、それじゃあ、私が持っていきます!」

 

 中学生の少女が手を上げて立候補し、豪徳寺の傘を持って広げた。

 数があまるよな? と思ったのだが、どうやら突然の雨だったらしく女子高生は自分の分だけ広げていたし、少女の場合もともと手持ちの傘を忘れていたらしい。

 

「ちょっと急ぐぞ」

 

 広げた学ランの懐に子犬をいれると、豪徳寺が走り出した。

 ドンッと地面がめり込むぐらいの脚力で疾駆する豪徳寺の背中は見る見る間に遠くなるので。

 

「え? ちょ、おい! 場所知ってる奴いるか!?」

 

「俺知らないぞ?」

 

 慌てて顔を見合わせるが……誰も知らない?

 

「大豪院、ちょっと追ってくれ! 着いたら携帯で場所連絡よろしく!!」

 

「わかった!」

 

 この中でもっとも脚の速い大豪院に任せて、追わせる。

 傘を広げているとはいえ、豪徳寺は子犬も抱えているから速度は速くないはずだ。大豪院の脚力なら見失わずに追いつけるだろう。

 そして、残った俺と中村と山下は。

 

「んじゃ、俺らは普通に行くか」

 

「だな」

 

「え? それでいいんですか!?」

 

「いいの、いいの。というか、この雨の中走ったら転ぶだろうから危ないしね。俺たちならいいけど、君たちは転んだら駄目でしょ?」

 

 山下が甘いマスクで、少女と女生徒に笑いかけた。

 そばかすの少女は少しだけ戸惑ったように顔を赤らめて、女生徒の方はあらあらと大人な笑みを浮かべている。

 世の中顔が良い方が上手くいくな、と少し痛感した。

 

「あら、そういえば自己紹介をしてませんでしたね」

 

 歩きながら不意に彼女は告げた。

 

「私、那波 千鶴といいます。彼女は村上 夏美」

 

 ふむふむ。

 那波さんと村上ねー。

 と、そこまでは頷いていたのだが。

 

「――"麻帆良女子3-A"のものです」

 

 その言葉に俺たちは一瞬停止して『……嘘だろ?』と言ったのはしょうがないと思う。

 

 

 だって、どうみても同級生には見えなかったんだから。

 

 

 

 

 

 

 まさか自分たちよりも年上にしか見えない中学生が存在するとは思わなかった。

 ――などという言い訳は勘違いされた本人にはまったく意味がないわけで。

 俺たちは恐ろしく迫力とドスの効いた声を持つ女子中学生に説教されながら、動物病院に辿り付いた。

 そして、辿り付いたときにはずぶ濡れの豪徳寺が微笑を浮かべて、処置室で獣医の人と待っていた。

 

「手当て済んだのか?」

 

 豪徳寺が頷き、獣医の先生が言った。

 

「一応傷には消毒をしておきましたので。あと、熱が多少あるようですが家で温かくしていれば問題ないですよ」

 

 眼鏡を付けた獣医の医者の方が告げると、全員が安堵の息を吐き出した。

 

「よかった、よかった」

 

「安心したぜー」

 

「よかったねー、ちづねえ」

 

「そうね」

 

 俺たちは喜びを伝え合って、じゃあ治療費は割り勘で出すかーと。あ、年下の君たちはいいから。

 でも、私たちが拾おうとしたんですし。

 と、会話をしていた時だった。

 

 

「あれ?」

 

 

 村上という少女が声を上げた。

 

「どうしたの、夏美?」

 

 俺たちが振り返ると、そこには見覚えの無い子供が。

 子供?

 

 

「って、子犬はどこいった?」

 

 

 子犬が乗っていたはずの大の上にいるのは中一ぐらいの子供で。

 俺たちは訳が分からなくなっていた。

 

 

 

 

 こうして、俺は再び災厄に巻き込まれることになる。

 

 

 

 

 

 

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