欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

42 / 119
三十九話:空は泣き虫だ

 

 空は泣き虫だ。

 

 

 

 獣医の先生を村上さんに任せて、俺たちは動物クリニックを飛び出していた。

 先行する形でネギと小太郎が杖に乗って飛び上がり(山下たちが驚いていた。当たり前だ)、積載量オーバーの俺たちは裏をかく意味で徒歩での移動。

 昼から降っていた雨は勢いを増していて、止む気配を見せない。

 一寸先も見えにくい、まるでバケツをひっくり返したかのような勢い。

 ずぶ濡れになりながら、俺は全身に負った打撲から発生する熱が心地よく冷めていくのを感じて、のろのろと走っていた。

 

「長渡。大丈夫か?」

 

 ずぶ濡れになって泥を蹴散らしながら横を走っている山下が、声をかけてくる。

 それに俺は苦笑しながら。

 

「だいじょう、ぶ、だ。それよりも、お前と大豪院のほうがやべえ、だろ」

 

 山下は全身傷だらけだったし、大豪院に至っては右腕にヒビが入ってる。

 救急車でも呼んだほうがいいのじゃないだろうか。

 ぐっしょりと羽織った学生服の隙間から見える包帯が赤ばんでいるのが見えていて、そんなことを考えてしまう。

 

「気にすんな」

 

 だけど、山下はただ雨の中で濡れながら笑って。

 前を走る大豪院や他の連中も見て、俺は泣きそうになる。

 全身が熱い。

 濡れそぼったズボンを引きずりながら、俺は泥の地面を走り、ひたすらに世界樹の広場に向かう。

 そして、その最中に俺は不意にとあることを思いついて、上着から携帯電話を取り出した。

 転ばない程度に指を走らせて、最近の発信記録からある奴の電話番号を呼び出す。

 

「電話するのか?」

 

「ああ」

 

「でも、確か警察とかに連絡しねえほうがいいって」

 

 中村の質問。

 それに俺は荒く息を吐き出しながら、前を向いて、告げる。

 

「警察、じゃない。親友だ」

 

 呼び出した電話番号の主は短崎。

 あいつならば話を分かってくれる、いつか助けてくれたように力になってくれる。

 迷惑をかけてしまうかもしれない、だけどそれでも力が欲しかった。

 誰かを助けるための手助けを得られるならば、俺は土下座でもなんでもする。

 呼び出し音が何度も鳴り響く。

 ずきずきと痛む手で耳に当てながら、俺は曲がり道を駆け抜けていく。

 何度も何度もコール音が鳴ったが――出なかった。

 

「ちっ」

 

 もう寮室に戻っている時刻だろうが、そこにまで電話をしている時間がなかった。

 俺は舌打ちをして、学生服の上着に携帯電話を再び放り込む。

 

「出なかったのか?」

 

「ああ。悪いが助っ人は無理そうだ」

 

「まあいい。ただ俺たちが頑張ればいい」

 

 リーゼントが崩れて、ただのイケメンになった豪徳寺が渋く告げた。

 こいつは不良スタイルじゃなくてまともな髪形をすればモテるんじゃないだろうか?

 と、どうでもいいことを考えて、俺は苦笑した。

 つい出てくる前までは余裕の一つもなかったのに、友人と一緒に行動していると思うとこれほどに心が違う。

 負けるかもしれない。

 死ぬかもしれない。

 人外、化け物、魔法、悪魔、それが待つ場所で。

 友人を巻き込んでしまうかもしれないけれど、俺はそれでも抗うのをやめたくなくて、命に賭けても俺はこいつらを護りたい。

 だから。

 

「そろそろ、だな。中村、豪徳寺、手はずどおりに頼む」

 

「了解」

 

「分かった」

 

 二人が減速する、別の方角に走り出す。

 親指を立てて人間離れした速度で疾走する二人に、俺はもはや違和感を覚えないことに苦笑。

 降り注ぐ雨に二人の姿がすぐに遠くなった。

 そして、振り向き、俺は一緒に走る二人に告げた。

 

「大豪院、山下、お前は人質の救出に専念してくれ」

 

「おう!」

 

「長渡、お前弱いんだから無茶するなよ!」

 

「うるせえ。気合と根性でなんとかするさ!」

 

 大豪院が、山下が、笑って告げた言葉に、俺もまた笑顔。

 ずたぼろ三名、濡れまくり、泥に汚れて格好なんてまるで付かないけれど。

 轟音の響いてくる世界樹の広場。

 光が煌めき、空気が震える予感に、俺は手についた汗と血を舐めて。

 

「さて、逝こうか」

 

 血の味を噛み締めて、飛び込んだ。

 

 非日常の世界に。

 

 

 

 

 

 

 飛び込んでまず目に入ったのは格闘を続ける小太郎とネギ、そしてそれと戦いを繰り広げるヘルマンと名乗った老人だった。

 ネギが大豪院並みの速度で跳躍し、懐にもぐりこんで拳を打ち込もうとした。

 

「ふむ」

 

 けれど、それを掌で受け止められて、さらに雨の中で滑るようにヘルマンが回転。

 返す拳でネギの後頭部が打たれて、ゴムマリのように吹き飛ぶ。

 

「ネギ!」

 

 そこに頭上から落下する小太郎がヘルマンの側頭部にめり込む。

 だが、僅かに揺れただけで、その脚が掴まれて。

 

「やれやれ」

 

「なにっ!?」

 

 振り下ろされた。

 ブゥンッとまるでタオルでも振るかのような動作で、子供の体が舞う。

 ありえない光景。

 それが二度、三度と振られて――最後に石畳の上に叩き付けられた。

 聞いたこともない音が発せられて、自分でもないのに全身が砕かれたような錯覚すらする。

 だけど、それから目を逸らし、俺は視線を巡らせて。

 

「あそこだ!」

 

 山下が指し示した先に、人質であろう"七人"の姿を見た。

 見覚えのない顔が殆どだったが、二人だけ知っている顔がある。

 白いドレスを着た神楽坂明日菜が声を荒げながら十字架らしき台に拘束されていて、透明なドームのようなものに押し込められている五人の中学生らしき少女の中に――古菲がいた。

 しかも、一名黒髪ロングのを除ければ、ほぼ全員が……全裸のようだった。

 それに気付いた時、不意に視線があった様な気がした。

 

「なんで、ここに?」

 

 なにやら古菲が気付いて、こっちに視線と声を上げているようだったが、雨音に消されて聞こえなかった。

 ただ慌てて胸元を腕で隠しているが、阿呆か。この距離で見えるわけがねえ。

 それを無視して視線を横に散らし、さらに那波さんともう一人ポニーテールの髪型の少女だけは個人用らしき透明なドームの中に気絶した状態で隔離されていることを確認。

 俺は大豪院と山下に突撃の合図をするべく、振り返って。

 気付いた。

 

「――山下!!」

 

「は?」

 

 山下の背後から襲い掛かる人影に。

 

「キャハ!」

 

 それは子供のような外見をしていて、けれども半透明な奇妙な存在。

 それが打ち出した蹴りが、振り返った山下の胸板を蹴り飛ばそうとして。

 

「っ!」

 

 旋転。

 山下が捌く、伸縮性のある蹴りを合気の動作で凌いだ。

 

「あらん?」

 

 動揺の顔を浮かべる、それに大豪院が動いた。

 

「殴っても」

 

 眼鏡を掛けた子供、その顔面に大豪院は鋭く踏み込んで。

 

「――いいよなぁっ!!!」

 

 最短、最効、最速の左の掌底をぶち込んだ。

 震脚に、地面がひび割れる。

 ボールのような勢いでぶっ飛んだそれに、大豪院は後味が悪そうに舌打ちをして。

 

「あー、驚いた」

 

「うえ、なんかゴムみたいな感触。マジ、摩訶不思議」

 

 そんなボヤキを洩らしていたせいだろうか。

 

「いたいですヨ~」

 

「だいじょうぶか、あめ子」

 

「……ゆだん、するから」

 

 にゅるりと水溜りから飛び出してくる新手が二体。

 やはり半透明の幼稚園児サイズの少女型のナニカ。

 あめ子と呼ばれた奴を含めて、合計三体、か。

 

「やべえ、増えた」

 

「人間、じゃねえよな。オバケか?」

 

「さてな、つくづく常識が馬鹿らしくなってくるぜ」

 

 降る、降る、降り注ぐ雨の中。

 俺たちが構える、眼球の上を舐める水滴を無視して見開く。

 

(山下、大豪院、お前ら何匹いける?)

 

 小声で舌打ち。

 山下が口の端を開いて。

 

(俺が二人引き受ける、大豪院は腕が折れてるだろ)

 

(すまねえ)

 

(気にするな。隙があったらいけっ)

 

 時間を数えながら、目の前の存在を睨んでいたときだった。

 

「なーに、こそこそ喋ってんダヨ!」

 

 三匹の中で一番髪の短い奴が歯を剥き出しに、飛び込んできた。

 速いっ。

 滑るような速度、目にも霞むような速さで手を伸ばしてくるが。

 

「あめえっ!」

 

 その腕を廻し受けで捌く。

 ――外見からは想像も出来ない重さ、まるで鉛のよう。けれども、この程度は豪徳寺のパンチよりも怖くない。

 俺は反転し、膝を軽く落としながら、掬い上げるように肘をその顎に打ち込んだ。

 奇妙な手ごたえ、コンニャクを殴ったかのような弾力感に、不自然に首が勢いに従って伸びるが。

 

「死ねよっ!」

 

 足を踏み込み、流れるように鉄山靠。

 背と肩を使った勁での当身。

 靴底で水飛沫を蹴散らしながら、少女の形をしたナニカを大きく真後ろにぶっ飛ばした。

 

「アー、すらむぃってば」

 

「……ばか」

 

 だが、間を置かずに飛び込んできた二つの影。

 それが踊るような動作と共に形を変えて、迫ってくる。

 眼鏡の少女もどきは手を鞭のようにしならせて、ロングの髪型の少女もどきはタックルでもしてくるように駆けてくる。

 横に避けるか、けれども、階段状のステージを駆け下りれば上を取られるのは必死。

 だから、俺は一時凌ぎだと分かっているけれど後ろに避ける。

 後退しながら、避けて、凌ぎ、俺は痛む肋骨に歯を食い縛り。

 

「エグッテ――」

 

 一瞬だけ視界を覆った影と止まった雨に、俺は笑みを浮かべた。

 

「調子のんなぁ!」

 

 跳躍高度にして三メートル強、俺の頭上を飛び越えた山下が声を上げながら落下した。

 追撃しようと飛び込んできたあめ子と呼ばれる少女モドキ、それに踵を打ち込んだ。

 頭部から地面に叩き付けられた少女の体が餅のように溶けて、原型を崩す。

 さらに、仲間が攻撃されたのにも構わずに手刀を閃かせるロング少女もどきの手を受け止めて、その手首を捻ったところまでは認識。

 卓越した動作で、そのロング少女もどきを宙に投げ飛ばしていた。

 これだけの動作が僅か二秒にも満たない早業だった。

 

「ふわー」

 

「……いがい」

 

 しかし、すぐさまに二体の少女もどきは形を取り戻し、ぴょんぴょんと背後に跳躍して最初に吹き飛ばした奴と合流する。

 その行動に消耗している様子はなかった。

 

「さっき頭潰したよな……?」

 

 俺はジワリと噴き出す汗を拭いながら、息を飲む。

 不死身か、こいつらは?

 ジワリと警戒し、俺と山下は要となる大豪院を背に庇いながら構え続ける。

 

「今度は油断しねえゼ。バラバラにしてやるんダゼ」

 

 白く半透明なネグリジェにも病院服にも似た衣服の裾を揺らめかせると、すらむぃと呼ばれていた少女もどきが形を変え始める。

 にょろにょろという音を立てながら、腕が伸び、足の形を変えようとしたときだった。

 

 

「すらむぃ、あめ子、ぷりん。止めたまえ」

 

 

 轟音が鳴り響き、その後鋭い声がした。

 チラリと視線を向ける、其処にはステージの端に殴り飛ばされたらしきネギと小太郎の姿。

 涙をこぼす明日菜の罵倒を無視して、ヘルマンがこちらに目を向ける。

 

「やれやれ、君たちには用はなかったのだが……勇ましい救いの王子気取りかね?」

 

「白馬には乗ってねえけどな!」

 

 目の前の少女モドキ三体が動かないことを確認しながら、俺が代理で声を上げた。

 軽く下に足を踏み出し、さりげなく接近する。

 

「那波さんとそこにいる全員を返してもらいたんだが、いいか? 今なら警察は呼ばずに済ませてやる!」

 

 高圧的な口調。

 怯んでいる様子を見せないために、わざと大きな声を上げてみせる。

 降り注ぐ雨の中で、帽子を被ったままのヘルマンの視線が俺を真正面から見据えて。

 

「ふむ。心をへし折るつもりで叩きのめしたつもりだったのだが……勇気がある」

 

 だが、とどこか残念そうに雨に濡れたつばを指で拭うと、ヘルマンは呻き声を洩らしながら立ち上がるネギと小太郎に目を向けて。

 

「彼らほどに力も無く、賞賛も無く、ただ突き進むことは勇気ではない――無謀だ」

 

 皮手袋を嵌めた拳を握り締めて、ヘルマンが地面の水溜りをつま先で蹴散らし、脇を締めた。

 ボクシングスタイル。

 距離にして十五メートルはあるというのに、まるでここから叩きのめせるとでもいうかのような威圧感。

 否、倒せるのだろう。

 常識の通らない、悪魔と名乗っていた化け物だから。

 だから。

 

「勝算、か」

 

 俺は嗤う。

 雨に濡れた唇を舌で舐めて、ずきずきと痛む肺を膨らませて。

 

「ネギ、小太郎! テメエラ起きやがれ! 救いたいんだろうが!!」

 

 ダンッと地面を踏み叩き、水飛沫を巻き上げながら。

 

「立てよ!」

 

 ――俺は握った右拳を前に突き出した。

 それが合図。

 

「はい!」「おう!」

 

 倒れていた二人が血反吐を吐きながら、ガバリと立ち上がった瞬間。

 ――大気が抉られた。

 

「むっ!?」

 

 驚愕の声を上げたヘルマンが吹き飛ぶ。

 遠距離から飛来した衝撃波によって。

 

「きゃぁっ!?」

 

「な、なに!?」

 

 周囲が吹き飛んで、瓦礫を巻き上げる。

 二発同時の着弾。

 

 ――中村の裂空双掌。

 

「お前ら、下がれ!」

 

 透明なドームの中にいる女生徒共に手を振って叫ぶと、それと共に放たれた光弾がドームに直撃して――弾けた。

 ――豪徳寺の漢魂。

 

「ぬっ!? 気の使い手を、潜ませていたのだね!」

 

 狙いに気付いたヘルマンが、粉塵を引き裂いて飛び出し、さらに撃ち出される漢魂を妨害しようとする。

 その前に飛び出すネギと小太郎。

 

「させません!」

 

「踏ん張るで、ネギ!」

 

「ハハハッ! 計算づくか!」

 

 不可視の圧力を発しながら迫るヘルマンの無数の打撃を、ネギと小太郎がひたすらに受け止め、反撃する。

 戦闘を開始する。

 それに。

 

「大豪院、山下!」

 

「おう!!」

 

「わかってる!」

 

 一瞬だけ動揺した少女もどき三体を、二人掛かりで蹴り飛ばし、距離を離した二人が一気に女生徒たちの元に駆け出す。

 まるで重力の束縛を振り切ったような跳躍で、俺の頭上を飛び越えて。

 

「いけ!」

 

『ああ!』

 

 俺は振り返り、動き出した少女もどきに向かって駆け出す。

 呼吸を吸い、激痛に耐えて、疾駆。

 

「よくもぉ!」

 

「ぶちころす」

 

「殺すデスー」

 

 三者三様に怒りを含ませて、飛び掛ってくる。

 だけど、俺は右腕の肘を脇に締めて。

 

「さて、と」

 

 加速。

 アドレナリンが程よく回って、視界が広い。

 距離の迫ったそいつらに合わせた光景の端に、俺は光が見えて。

 

「ばーか」

 

 即座に伏せた。

 体を地面に叩きつけるような勢いで、土下座。

 

『あ――』

 

 驚愕の声が上がり、それは次の瞬間。

 轟音に呑まれた。

 

「烈空掌!」

 

 近くに存在していた木。

 その頂点近くから飛び降りながら放った中村の遠当てが直撃し、三体が激しく蹴散らされた。

 否、二体。

 すらむぃと呼ばれた奴だけはなんとか、椅子の一つに伸ばした触手っぽい足を引っ掛けて。

 

「舐めルナ、パンピーガァアア!」

 

 グルンとゴムのように反動で跳ね返り、飛んでくる。

 肉厚の大剣のような腕を形成し、横薙ぎに翻してくる。

 俺は地面に手を付いたまま、跳ね上がり。

 

「舐めてるのはぁ!」

 

 跳躍。

 腕の力と全身のバネで跳ね上がり、掬い上げるような斬撃を跳び越えた。

 体操選手のような身体バランスとよく鍛えた自分の体だからこそ出来る技。

 

「テメエだ!!」

 

 激痛と共に振り上げたアームハンマーをその頭部から胴体にまでめり込ませた。グニョリと歪む、すらむぃの肉体。

 それに対し、着地の足の反動を利用した蹴り上げを放ち。

 

「千切れろ!!」

 

 爪先から踵まで捻りながら、膝を伸ばして、蹴り貫く。

 まるで重いゴムボールを蹴り飛ばすような感触。

 脚が悲鳴を上げるけれど、構わずに振り抜いて、派手に蹴り飛ばして見せた。

 

「がっ!?」

 

 クルクルと宙を舞うすらむぃ。

 ステージの外にまで遠く、遠くに吹き飛んで、デンデンデンッと鞠のように弾んでいた。

 

「コノ、チクショウ! てめえ、やりヤガッタナ!」

 

 だが、すぐにボヨンと風船が膨らむように形を戻して、立ち上がるすらむぃ。

 俺は幾らでも付き合ってやるという覚悟で、荒く消耗した息吹を吐き出した。

 駆けつけた中村と豪徳寺も他のスライムと戦いだし、後は俺がこいつを足止めすればいい。

 古菲がいるのはいい意味での誤算だったし、彼女なら戦力になるだろうとまで考えていた。

 けれども。

 

 

 

「邪魔どすわー」

 

 

 

 何もかも置き去りにするような斬響音が、空間を支配した。

 

「エ?」

 

 見上げていたすらむぃが、不意に停止する。

 ずるりと――バラけた。

 形を失い、二つになって裂けた。

 そして、動かなくなった。水に溶けたかのように、形を失って消えた。

 

「すらむぃ!?」

 

「……なに?」

 

 少女もどきの声が響く。

 だけど、俺は視線を動かせない。

 すらむぃだったものの向こう側に佇む――"二つの人影"があったから。

 それは嗤っていた。

 それは少女だった。

 白く雨に濡れた頭髪、ずぶ濡れになった元は豪奢だっただろう変わった意匠の洋服、吐き気がするほどに美しい顔立ち。

 それは右手に先の一撃を放っただろう刀を持っていて、その左手には――見覚えのありすぎる人影を"引きずっていた"。

 

「あら~? よくみたら、すらむぃちゃんですかー。こら、可哀想なことをしたですねぇー」

 

 白髪の眼鏡を付けた少女が暢気に声を洩らす。

 だけど、俺はその左手に引きずっているものに視線を合わせたまま、歯をかち鳴らす。

 先ほどまで上昇していた体温が一気にドライアイスでも流し込まれたかのように冷めていた、凍えていた。

 だって、それは、それは。

 

「ああ、刹那センパイいるやないですかー。これは幸運です~」

 

 ズルリと泥を引きずったまま、それと引きずるものが動く。

 そして、その動きが、それの顔が見えて。

 俺は。

 

「た」

 

 見覚えのありすぎる顔だった。

 その一切動かない指も、見開いたまま微動だにしない瞳も、半開きで開いたままの口も、その黒い髪も。

 何もかも覚えがありすぎて。

 

「センパーイ、お土産ですよー」

 

 軽く片手で、それが抱え上げられる。

 首元を掴んで、高々と、足元が脱力し切ったままの離れ切らない踵を泥で抉るそれ。

 俺は叫んだ。

 

「――短崎ぃいいいいいいいいい!!!!!」

 

 

 それは間違いも無く。

 

 それは俺の親友で。

 

 

 動くことを停めた短崎 翔の死体だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。