欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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四十一話:悲しむ事すらも赦されない

 悲しむ事すらも赦されない。

 

 

 

 

 

「――短崎ぃいいいいいいいいい!!!!!」

 

 脳が沸騰した。

 全身を打つ雨の冷たさも忘れて、全てが蒸気になりそうなぐらいに熱い憤怒と混乱が毛穴から噴き出していた。

 何が起こっているのか。

 何故そこにいるのか。

 何もかも理解の範囲外で、訳が分からなかった。

 

「あら? 知り合いですかー、なら」

 

 そんな俺の態度を見て、何か理解したらしい白髪少女が短崎の体が投げつけた。

 

「っ!?」

 

 俺はそれに足を止める。

 ズルリと濡れた足場を踏ん張りながら、短崎の体を受け止めて。

 

「……ぁ」

 

 そこから伝わる冷たさに、息を飲んだ。

 無ければいけない体温がそこに無かった。

 酷く重い体だった。

 

「たん……ざき?」

 

 触れる親友の体からはどろりと気持ち悪い感触がして、手を上げてみればそれは真っ赤に染まっていた。

 血だ。

 そして、俺は濡れているのにも構わずに短崎の体を地面に降ろした。

 降ろした途端にゴロリとその手が地面に叩きつけられる。何の反応もない、糸の切れた人形のような動き。

 その瞳が開いて空を見つめていて、口が閉じなくて雨水を口に貯めていて、こんなにも揺れたのに反応しない短崎に呼びかける。

 

「おい。短崎。短崎ぃ!」

 

 反応がない。

 その首に指を当てたけれど。

 

 ……脈がなかった。

 

 生きていれば必ずあるはずの血管の動き。

 それが感じられなくて、俺は慌ててその心臓に耳を当てた。

 

 ――なかった。

 

 音がなかった。

 鼓動が聞こえない。

 命を運ぶ血液ポンプの稼働がなくて、心臓が動いていない。

 失禁しそうな恐怖が込み上げてくる、ダラダラと全身から噴き出す脂汗の感覚も忘れて、俺はガタガタと震える歯の音がひどくうるさいと思った。

 

「うそ、だろ」

 

 涙が込み上げてくる。

 今日一日だけでどれぐらい泣いたのかも分からないけれど、それでもまだ止まらずに涙が溢れ出る。

 目が痛くて、泣き叫びたい事実があった。

 今すぐにでも蹲りたくなるような痛みが、胃液と混じって込み上げてくる。

 もう動かない短崎の血肉が、どうしょうもなく冷たくて堪らなかった。

 

「しんで……しん……」

 

 認めたくない。

 知りたくない。

 だけど、だけど、だけど。

 嗚呼、やっぱりぃ。

 

「――殺してやりましたわぁ」

 

「うそだぁあアアア!!?」

 

 信じたくなかった。

 今朝まで生きていたのだ。

 一緒に飯でも食おうかと笑っていたのだ。

 友達だったんだ。

 親友だったんだ。

 なのに、なのに。

 

「            !!!!!!!!!!」

 

 喉が裂けたと思えるほどの絶叫が上がっていた。

 どこから聞こえたのか一瞬分からなくて、そして痛みを発する喉に俺が叫んだのだと気付いた。

 声にならない声が出て、こんなにも大きな声が発せられるのかと我ながら少しだけびっくりして。

 だけど、それでも。

 何も変わらない。

 降り注ぐ雨の強さも、濡れた地面の冷たさも、もう動かない短崎の体も、流れる涙の量も減りやしない。

 こいつが何をしたんだ。

 俺たちが何をしたっていうんだ。

 殺されるようなことをしたのか。

 死んでも構わないほどに罪科を重ねていたのか。

 何もしていない。

 何もしていないはずだ。

 なのに!

 

「なんで……――なんで短崎を殺したぁ!!」

 

 短崎を殺した奴を睨み付ける。

 涙で滲んだ視界で、上に佇む刀持ちの狂人を見た。

 胸を穿つような悲しみを塗り潰すように、全身の血流が怒りのアドレナリンを分泌していた。

 自制が利かず、見開いた眼球で睨み付けた少女は。

 されど、あまりにもふてぶてしく。

 

「邪魔したからですー」

 

 軽く口調で言った。

 

「じゃ、ま?」

 

「そうですわー。ウチが刹那センパイに会いにいこうとしたら、刀持ち出して襲ってくるんやもん。折角見逃してやったのに、失礼やと思いまへんか?」

 

 そこまで言うと白髪の少女はまるで雨を受け止めるように、白く生々しく濡れた右手を掲げた。

 その手首にはダラダラと滑り流れる雨水に、うっすらと浮かび上がるような一筋の切れ込み。

 朱色の線が描かれていた。

 

「これはそこのお人にやられた一撃。まさか気も使えない人に、怪我を負うとは思いませんやったけどー」

 

 クスクスと笑いながら、その手首を自らの口元に運ぶ。

 ちろりと出た鮮やかな桃色に染まった舌でぺろりと官能的に舐めて。

 血塗られた舌で最後の言葉を発した。

 

「雷鳴撃ちこんで、心臓焼き切ってやったら死にはりましたわぁ」

 

 雷鳴。

 心臓。

 焼き切った。

 ただそれだけで十分だった。

 

「て、め、え」

 

 噛み締めた奥歯からギリギリと何かが欠ける音がした。

 口に流れる血の味がどこかひどく不味くて、自分が堅く拳を握り締めていることにようやく気付いた。

 顔面の筋肉が硬く強張って、ただ熱くて、立ち上がる。

 

「殺してやる! ころしてやる!!!」

 

 復讐の憎悪が鎌首をもたげて、自分を叱咤する。

 殺せ、殺せ、殺せ。

 殴り倒して、引きずり回して、怒りをぶつけろと。

 

「ぁあああああ!!」

 

 俺は地面を蹴り飛ばし、激痛に痛む肋骨も忘れて、ただ駆け出した。

 体が熱くて、ただ何も見えなかった。

 つまらなさそうに右手に刀を、左手に短い日本刀を構えた怨敵に対して。

 歪む視界の中で、ただ拳を振り上げて。

 

「しんめいりゅう――」

 

 風が吹き荒れた。

 大気が震動し、雨水が蹴散らされて、広がる不可視の波動。

 それに俺は構わずに足を進めて、飛び上がり。

 

「ざんがん――」

 

 振り下ろされる刃に構わずに殴りかかって。

 

 

「――紅蓮拳」

 

 

 刹那、頭上から落下した一陣の影が飛び込んできて。

 

「あや?」

 

 顔面からめり込んだ拳に、白髪の少女が殴り飛ばされる。

 放物線を描く事無く、直線状に錐揉みながら吹き飛んだ肢体は、遠く離れた落葉樹に激突していた。

 打撃音とは思えない轟音を響かせて、俺の前に割り込んできたのは一人の少女だった。

 

「てめ――お、まえは?」

 

 邪魔するなよ! 喉元まで出かけた言葉が、その表情を見た瞬間、俺は止めざるを得なかった。

 泣いていた。

 結わえていたのだろう髪は雨に濡れた俺よりもずぶ濡れで、水に浸らされたカーテンのように垂れ下がり、幽鬼のように白く青ざめた顔色は酷く整っている分、悲惨だった。

 古菲と同じぐらいだろう年下の少女はただ目から、雨とは違う液体を滴らせ続けていた。

 

「ごめんなさい」

 

 悔恨の声だった。

 嘆き悲しむ声だった。

 終わらない雨に粟立つ水溜りの音も切り裂いて、耳に届く声だった。

 

「護れなくてごめんなさい」

 

 ただただ泣いていた。

 泣き叫ぶよりも悲惨に、謝罪を続けていた。

 誰に。

 誰を。

 謝って、護ろうとしていたのだろうか。

 俺は知らない。

 何も知らない。

 だけど、目の前の少女の全身から噴き上がる憎悪と悲痛を含んだ風の唸りが、ズキズキと俺の体を押し退けるように放たれていた。

 

「月詠は私が殺します」

 

 ボタボタと血を滴らせる拳を握り締めたまま、少女が背を向ける。

 

「貴方では――勝てないから。私じゃないと多分勝てないですから」

 

「ふざけんなぁ!!!」

 

 掛けられた言葉に、反発する。

 理屈じゃないのだ。

 勝てないとか、勝てるとか、そういう理屈じゃない。

 ただ納得が出来なくて。

 ただしたくてたまらなくて。

 復讐を、横から奪う理由なんてどこの誰にも与えられるわけがない。

 俺の悲しみはどこに行けばいい。

 俺の怒りはどこにぶつければいい。

 

「――許してくださいなんて言いませんっ!」

 

 だけど、それに彼女は吼えた。

 こちらに顔を見せないまま、小さな背を震わせて。

 

「死なせたくないんです!」

 

 泣き崩れるような声と、泣き叫ぶような咆哮を上げていた。

 

「もう私のせいで、誰かを余計に悲しませたくないんです!!!」

 

 ――謝ることも出来なかった。

 

 彼女はそう呟いた気がした。

 

「だけど!」

 

「――それよりも短崎さんを、お嬢様に!」

 

「あ?」

 

「私は症状を知りません。状態を知りません。だけど、諦めないで下さい。死なせないで下さい!」

 

 そこまで叫んで、彼女は不意に腰を落とした。

 視界の端で落葉樹の木屑を振り払い、楽しげに立ち上がる少女の姿が見えた。

 

「お嬢様は回復魔法が使えるはずで――」

 

 刹那、目の前の少女が掻き消えた。

 否、高速移動した。

 馬鹿げた速度で飛び出し、絶叫を上げながら白髪の少女に殴りかかっていた。

 俺はそれを一瞥し、慌てて振り返る。

 

「短崎ぃ!」

 

 万が一。

 そんな可能性に掛けて、俺は駆け出し、置いていった短崎の体を抱え上げた。

 冷たくて、重くて、動く気配なんてなかったけれど。

 

「死ぬなぁ!」

 

 それでも信じる限りは死なない気がして。

 助かるような希望を抱いて、俺と短崎は急いで世界樹のステージを駆け下りた。

 豪徳寺と中村が少女もどきの足止めをしていて、ネギと小太郎があの悪魔と戦っていて、今はまだ安全だった。

 山下が那波さんを担ぎ上げようとしていて、大豪院などが俺の方を見上げていたけれど、構わずに駆け下りる。

 

「長渡!」

 

 山下と大豪院が声を掛けてくる。

 

「ナガト、どうしてここにいるアルカ!?」

 

 古菲も声をかけてきた。

 だけど、それを無視して俺は集まっている見知らぬ全裸三人+古菲と明日菜と衣服を着ている黒髪ロングの少女に目を向けた。

 

「お嬢様ってのは、誰だ!?」

 

「え?」

 

 叫んだ言葉に、何人かが戸惑ったように顔を歪めて、そして一人だけ顕著な反応を示した奴がいた。

 黒く長い髪形をした和風少女だ。

 

「お前か!?」

 

「え? あ、多分ウチのことやけど!?」

 

 目を向ければ、戸惑った顔の少女。

 俺はそれに頭を下げて。

 

「頼む!! 短崎を助けてくれ!!」

 

「え?」

 

「頼む!!」

 

 俺は両手を地面につけて、土下座した。

 自分よりも年下で、見知らぬ誰かだとか関係なかった。

 なりふりなど構っていられなかった。プライドなんてどうでもよかった。

 

「え? あ? あの、ウチは――」

 

「このか。この人、心臓が止まってる……」

 

 その時だった。

 明日菜が呆然とした顔つきで、こちらに振り向いていったのは。

 その手は短崎の胸に触れて、あいつの心臓の音が聞こえないのに気付いたのだろうか。

 

「え?」

 

「ウソ。マジで死んでるの?」

 

 怯えた顔つきで告げる知らない少女たち。

 

「で、でもウチはまだ魔法もロクに使えへん。パクティオーカードもない」

 

 困った顔で、もどかしくそう告げた時だった。

 

「このか姉さん! オリジナルカードならオレッチが持ってるぜ!」

 

「カモ君!」

 

 いつか見た白イタチが人語を喋って、なにやら輝く紙切れを掲げていた。

 それを受け取ると、このかと呼ばれた少女が「アデアット!」と叫ぶ。

 それと同時にこのかがドラマの中でしか見たことがない狩衣姿になって、手には二つの扇を持っていた。

 

「コチノヒオウギ!」

 

 木製の扇の方をこのかは振り上げると、たおやかな呪文らしき詠唱と共に短崎の全身に光が集まり始めた。

 ゆっくりと輝くそれに慌てて顔を上げて、それを見守る。

 

「頼む! 治れ! 生き返れ!」

 

 祈りを超えて、もはや懇願だった。

 だけど、だけど――

 光に包まれても、その身から零れていた血は滴り続けて、開いた口が動くことは無くて。

 

 

 

 

 

 その心臓は動かない。

 

 

 

 

「……ウソ」

 

「どうした!?」

 

「治らへん。魔法は掛けたんやけど、駄目や……時間が……経ちすぎてる」

 

 泣きそうな顔だった。

 このかと呼ばれた少女はクシャクシャに顔を伏せて、嗚咽を漏らし始める。

 

「時間って、なんだよ!?」

 

 気が狂いそうな混乱に襲われながらも叫んだ。

 それに白いイタチが答える。

 

「――姉さんのアーティファクトは3分以内の怪我だったら即死以外を全快させる。だけど、それで治らないってことはもう……時間が経ちすぎて」

 

 そして。

 

「多分完全に死んじまって――」

 

「ふざけんなぁっ!」

 

 俺は叫んだ。

 周りの誰もが驚き、恐怖したのにも構わずに俺は短崎に駆け寄ると、その胸に両手を立てた。

 

「諦めるなよ! 諦めないでくれよ!」

 

 叫びながら俺はその胸に力を入れて、押し込んだ。

 いつか習った心臓マッサージ、うろ覚えだけど胸の中心を押し込むものぐらいだと覚えていて。

 必死に真上から押し込む。

 

「俺の親友なんだよ!」

 

 動かす、動かす。

 必死になりながら、止まらない涙を零しながら動くことを願って胸を押し続ける。

 上下に揺れながら、まったく反応を見せない短崎に俺は鼻水を垂らして、喉が枯れそうになりながらも叫ぶ。

 

「死なせないでくれよ!!」

 

 いやだ。

 いやだ。

 もう嫌なんだ。

 友達を、両親を、憧れた師匠を。

 死なせるのは嫌なんだ。

 もう目の前で死なれるのは嫌なんだ。

 

「俺の、おれのともだちなんだ! 大切な親友なんだよぉ!」

 

 押して、押して、押して。

 気が狂ったように押し続ける。

 だけど。

 その伝わってくる体は冷たくて、決して動くことは無くて。

 

「ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 俺は絶望に膝を屈すことしか出来なかった。

 短崎の遺体にすがりつきながら、頭を抱えて、馬鹿みたいに泣くことしか出来なかった。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい! ウチが、ウチが、もっと魔法を使えたら……」

 

「チクショウ、チクショウ、チクショウ!」

 

「うそ、なんでこんなことに!」

 

「救急車を呼びましょう! きっと、病院に運べばまだ間に合います!」

 

「携帯が壊れてる! 誰か近くの家から借りて!」

 

「ナガト。諦めちゃ駄目アル! まだ終わってないアルヨ!」

 

 声が聞こえる。

 声が発せられる。

 俺のために、短崎のために抗ってくれる。

 だけど、もう。

 

「たんざきぃ……」

 

 俺を助けてくれた親友は助からないのか。

 俺の大切な誰かは死なないといけないのか。

 死んでしまいたかった。

 悲しみのあまりにもう俺も死にたかった。

 胸が痛くて、心が折れて、世界のどこからも見捨てられたような気がした。

 神を呪った。

 誰もを呪い尽した。

 憎悪に限界がないとしたら、多分どこまでも広がっていただろう憎悪だった。

 僅かな希望を託されて、けれどそれが費えた瞬間、あったのはどこまでも深い絶望だった。

 

「ァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 俺は堪えきれずに再び絶叫して。

 

 

「デイオス・テイコス!」

 

 雷鳴を聞いた。

 

 

「え?」

 

 誰かが振り返る。

 そして、其処から聞こえたのは悲鳴。

 

「ネギィイ!!」

 

 俺は一瞬だけそっちを見た。

 それは上空から――地面に墜落したネギと小太郎の姿だった。

 

「ネギくん!」

 

「こ、こたろうくん!」

 

 悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 合唱のように悲しみが積み重なる。

 

 

 ――斬響音が轟いた。

 

 

 何かが傍に落ちた気がした。

 

「せっちゃん!?」

 

「こ、このちゃん……」

 

 それは血反吐を吐き、結んだ髪も解けた先ほどの少女の姿。

 膝が折れ、ガクガクと揺れながらも上を見上げる尊い姿。

 だけど。

 

「キャハハハハハ!」

 

 笑い声を上げる狂人が一人。

 

 世界が終わりそうだった。

 絶望的だった。

 悲しみに全てが終わりを告げて。

 

 

 

 そして、俺は地面に付いた掌に絡みつく広がる血溜まりに気付かなかった。

 

 

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