欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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本日は閑話含めて三話投稿です

涙目の悪魔編終了後、何話か新作を投下予定です


閑話:謝ることも赦されないなんて

 

 謝ることも赦されないなんて

 

 

 とくん、とくん。

 ゆらり、ゆらり。

 心地よかった。

 包まれているようだった。

 いつまでも眠っていたくて。

 何もかも忘れていたくて。

 永遠に溶けていたくて。

 

「            !!!!!!!!!!」

 

 痛みを感じるほどの絶叫に目が覚めた。

 心地よさも、忘却も、何もかも引き裂くような音の暴力。

 目を見開いた先にあったのは黒い雲、晴れない天気、降り注ぐ雨に。

 

「この、ちゃん?」

 

 泣きそうな顔のこのちゃんだった。

 

「せっちゃん!」

 

 いや、お嬢様。

 何故泣いているのだろうか。

 見れば他にも私を覗き込んでいるクラスメイトの方がいて、知らない顔の男の人もいて、視線を逸らせばネギ先生とどこかで見た顔の少年が戦っていた。

 ――何があった?

 思い出せない、思い出そうとして、私は額に手を当てながら起き上がり。

 

「ウゥ、ァアアアアアア!!」

 

 胸を掻き毟られるような絶叫が聞こえた。

 

「え?」

 

 振り向く。

 振り返った石段の上で泣き叫ぶ誰かがいた。

 見覚えのない顔で、だけど必死に泣いていた。

 気付いていない様子で拳を強く強く握り締めて、ボタボタと顎から涙を流し零して、息を切らせながら泣いていた。

 心が抉られるような光景だった。誰かを抱きしめている青年は、大切な友人なのだろうそれにすがりつき、それの痛みを否定するように泣いて。

 泣いて。

 泣き叫んで。

 降り注ぐ、バシャバシャと地面を打つ雨水の着水音すらも涙のように零して。

 

 ――私はようやく抱えられている人物の顔を見た。

 

「え?」

 

 誰が抱えられている?

 ――見覚えがある顔だった。

 

 何故見覚えがある?

 ――知り合いだから。

 

 知り合いならばそれが誰なのか知っているのか?

 ――知っている。

 

「う、そ」

 

 それは、それは……

 

「なんで……――なんで短崎を殺したぁ!!」

 

 聞いてしまった。

 否定しようもない名前を。

 耳を塞ぎたいのに、それは間に合わない。

 慟哭を上げる青年の腕から抜け出てくる反応のない短崎さんの手。だらしなく横たわったままの顔。何度も何度も揺さぶられたはずなのに一切反応のない四肢。

 どれもこれも直接触れるまでもなく、圧倒的な死の臭いを振りまいていて、何度も看取ってきた死色が褪せることなく伝わってくる。

 死んでいると。

 其処に終わった命が佇んでいると。

 麻痺しない限り決して消せない防衛本能としての吐き気が胃の縁から込み上げて、脊髄を嘗め回すように苦い感覚が伝わってくる。

 圧倒的過ぎる嫌悪感が胸を埋め尽くし。

 頭の中が一瞬空白で塗り潰された。

 轟々と頭頂部から顎下にまで滴る水の音が全身に染み渡るようで。

 吐き気がする。

 頭痛がする。

 発熱がする。

 哀憫の情が膨らみ発し、いつしか熱いものとして目から零れ出ていることに気付いた。

 何故泣いているのかも自分で分からなくて、だけど、それでも涙が止まらない。

 何故死んでいるのか。

 何が起こったのか。

 何故彼が死ぬようなことになって、今私はここにいるのかも分からなかったけれど。

 ただ、ただ、哀しかった。

 

「邪魔したからですー」

 

 私はそう告げる女の姿をぼやけた視界で見ることになった。

 その声に聞き覚えがあった。

 瞬き、雨と涙を散らした目にはっきりと映るのは白髪の女。

 忘れることのないだろう豪奢な格好、腰には見慣れない太刀を佩いて、眼鏡をかけて、同性の私から見ても可愛らしいと思える顔を歪な笑顔で形作った狂人。

 右に打ち刀、左に小太刀。二刀流の神鳴流剣士――月詠。

 闘争中毒者、狂人剣士。京都で戦った恥ずべき裏切り者。

 それが何故ここに?

 

「じゃ、ま?」

 

 見知らぬ人が呆然と告げる。

 

「そうですわー。ウチが刹那センパイに会いにいこうとしたら、刀持ち出して襲ってくるんやもん。折角見逃してやったのに、失礼やと思いまへんか?」

 

 理解が遅れる。

 されど、ゆっくりと聞こえた言葉の意味を噛み砕く。

 会いに来た。

 それを邪魔した。

 つまりは……私のせいか。

 

「せっちゃん……」

 

 このちゃんが私の袖を掴んでいた。

 目を向ければ泣きそうな顔で、指先まで白くなった手がブルブルと震えていた。

 いつかの恐怖に怯える姿を思い出す。

 決して怯えさせないと、恐怖から護り抜こうと誓った記憶が篝火のようにフラッシュバックする。

 目の前の辛い光景に立ち向かう勇気が欲しいから。

 或いはそれから逃れたくて、現実逃避するように。

 だけど、幾ら思い出に浸りたくても冷たい雨が体を冷やして、流れる涙が塩辛くて、現実に戻される。

 あまりにも辛くて。

 あまりにも酷すぎて。

 そんな世界だからこそ目を背けることが出来ないものがあった。

 

「お嬢様……」

 

 このちゃんの手を優しく振り解く。

 するりと抜けて、自由になった手を握り締める。

 

「せっちゃん!?」

 

 ごめんなさい。

 私は、私は、今平静ではありません。

 見上げる、視界、其処に居るのは月詠。

 嗚呼、何時かは分かっていた。

 何故かどこかで決着を付けなければいけない外道だと思っていた。

 だけど、それでも。

 

「……殺しておけばよかった」

 

「え?」

 

「誰かを悲しませるぐらいなら」

 

 この手を汚せばよかった。

 立ち上がる。

 咆哮が上がる。私の怒りをも凌駕する絶望の慟哭に、月詠に迫る誰かの背中。

 それは尊くて。

 それは悲しくて。

 

「少しだけここで待っていてください」

 

「え?」

 

 このちゃんに私は不器用に微笑んだ。ぎこちなくて、笑えているか分からないけれど。

 決して失われてはいけない想いだと感じて、気を脚部に篭める。

 

 ――瞬動。

 

 世界が一新する。

 気による反発、爆発的な加速、体が千切れても構わないほどに強い跳躍。

 降り注ぐ雨の湿度によって常時よりも遥かに粘性の高い大気は痛くて、引き裂かれそうで。

 それでも。

 高く、高く跳び上がり、拳に吹き上がる気を篭めて。

 

「ぁあああああ!!」

 

 咆え上がる絶叫、それを跳び越えて。

 ただ私は真っ直ぐに叩きのめすべき相手を見ていた。

 心に憎悪を焼き付けるために。

 

「――紅蓮拳」

 

 殴りつけた痛みを忘れないために。

 

「あや?」

 

 他に意識を取られていた月詠の顔面。

 そこに思ったよりも容易く拳がめり込んで、腕のしなりを加えるまでも無く殴り飛ばせた。

 

(浅い)

 

 返ってきた手ごたえから首を捻り、背後に飛んだのは分かる。

 見開いた視界に落葉樹に背後から激突し、それを朽ち倒している月詠。

 それが動きを見せないことを確認しながら、息を吐き出して。

 

「てめ――お、まえは?」

 

 声が聞こえた。

 後ろから掠れた、叫びすぎてガラガラになった声が届く。

 私は振り向けない。その顔を見る資格すらもなく。

 

「ごめんなさい」

 

 ただ謝ることしか出来ない。

 あやまる、こと、しかできなくて。

 

「護れなくてごめんなさい」

 

 もう二度と巻き込まないようにしよう。

 その誓いは果たせなかった。

 あなたの友人を奪ったのは私のせいです。

 あなたの大切な人を亡くしたのは私の罪です。

 怨んでください。

 憎悪を叩きつけてください。

 だから、だから。

 

「月詠は私が殺します」

 

 ――ただ一つだけの殺意と願いを叶えさせてください。

 ぶつりと唇が切れた。

 どこまでも身勝手な言葉を吐き出す、自分の性根が嘆かわしくて、たまらない。

 

「貴方では――勝てないから。私じゃないと多分勝てないですから」

 

 動きを見た。

 実力を見た。

 ああ、この人もまた弱くて、儚くて、この悪夢のような戦場に巻き込みたくないのだと想う。

 

「ふざけんなぁ!!!」

 

 否定する言葉。

 そこには純粋苛烈な怒りがあった。

 憎悪ではなく、義憤と憤怒。ビリビリと全身が震えてたまらなくなるような強い声。

 

「――許してくださいなんて言いませんっ!」

 

 だけど、それでも否定する。

 私は拒絶し、叩き潰し、振り払う。

 

「死なせたくないんです!」

 

 死んでしまうから。

 絶対に死んでしまうから。

 気も魔法も使えない人は呆気なく死んでしまう。

 人は脆くて、弱くて、簡単に命なんて落としてしまう。

 何人も何人も裏の世界で被害に遭った人たちを見てきた。

 何人も何人も俗世を越えた不条理によって命を落とした人たちがいた。

 弱いのならば来るな。

 例え同じようなことを言われたのならば、このちゃんの護衛から外されると言われれば否定するだろう言葉。

 自分では出来ないことなのに、他人には言える矛盾。

 だけど。

 それでも。

 命を失うことよりも遥かにマシだ。命を失うほどに誇りを護り続けさせたくなんかなかった。

 身勝手な言葉だった。

 

「もう私のせいで、誰かを余計に悲しませたくないんです!!!」

 

 ボタボタと止まることを知らない涙を止める術も知らなくて、私は無様に嗚咽を漏らす。

 

 ――謝ることも出来なかった。

 

 ただその悔いだけが心に残り続ける。

 いつかの無礼を謝る日が来るのを、どこかで待ち望んでいたのかもしれない。

 共に部活に励み、柴田さんにからかわれる私を、どこか嫌っているはずなのに慰めてくれた人だった。

 藤堂部長に打ちのめされた私に声をかけてくれた人だった。

 面と向かって思い出を重ねたことはなく、ただ一方的に知っているだけに近いけれど、それでも時は重ね続けた。

 思い出す記憶は刹那のように短く、後悔ばかりが残り続ける。

 己が罪を、非礼を、悪を、謝罪することも赦されないのは地獄のように辛くてたまらなかった。

 人を喪うこととはこれほどに重くて。

 

「だけど!」

 

「――それよりも短崎さんを、お嬢様に!」

 

 だからこそ、否定したい。

 抗いたくなるのだ。

 

「あ?」

 

「私は症状を知りません。状態を知りません。だけど、諦めないで下さい。死なせないで下さい!」

 

 私は叫ぶ。

 後ろを振り返る事無く、じわじわと込み上げてくる恐怖に耐える。

 脳裏に浮かぶのは可能性。

 一抹の希望。

 かつての京都で負った致命傷。

 それをこのちゃんは救ってくれたのだ。

 

「お嬢様は回復魔法が使えるはずです――」

 

 そこまで叫んだ瞬間だった。

 視界の奥で、何かが蠢いた。

 

 天に向かって伸びる手があった。

 

 ザンザンッと降り注ぐ矢の如く雨を引き裂いて、白く生々しい手が嘲るように揺れていた。

 右手の手首、其処から滴る血を――短崎さんから傷つけられた血を雨に流して、泥まみれになって笑っている。

 狂人月詠。

 

「っ、ぁ――!」

 

 吐き気が込み上げてくる。

 おぞましいかった。

 怒りを、嫌悪感が凌駕し、私は駆け出していた。

 音を置き去りに、神鳴流が教え――雷鳴の如く駆け抜ける。

 激情が焔のように胸を焼いて、力が湧き出してくるようだった。

 間境いを踏み越える。

 起き上がろうとする月詠。その臓腑を抉るべく打ち出した手刀、それを。

 

「あかんですわー」

 

「!?」

 

 胸にめり込む一寸前に、ガシリと手首を握られた。

 肉がめり込み、骨が軋むほどの握力で、制動させられる。

 

「つく、よみぃいいい!!!」

 

「いい殺意ですがぁ」

 

 翻し、撃ち出した蹴撃。

 それを月詠は気を発して、地面から反発力で跳ね上がり、躱す。

 気を臓腑――丹田から練り上げる、経絡を巡り、燃え上がるような激情を持って四肢の細胞を強化し、私は飛び上がった月詠の顔面に拳を打ち上げて。

 

「――拳闘じゃなくて、斬り合いがしたいんどすわぁ」

 

 金属音。

 私の拳打は月詠が腰から引き抜いた"太刀"の鞘によって受け止められていた。簡素な最低限の意匠しか施されていない鞘。それに収まった月詠の三本目の得物。

 そこから返ってきたのは堅く、骨にまで痺れそうな反発。

 

「くっ!」

 

 私は飛び退る。

 頭が燃え上がり、冷静さを欠いていた。

 今更のように武器がないことに気付く。己が愛刀、夕凪は手元には無くおそらくあの化生に襲われたときに寮に落としたまま。

 月詠相手に素手で戦えるか?

 そう泥を巻き上げながら、着地した時だった。

 

「せん、ぱーい。パスやすぅ」

 

 月詠が――引き抜いた太刀を鞘ごと投げつけてきた。

 

「なに!?」

 

 反射的に受け止める。

 ガシャンッと鞘剣の音を立てて手に受け取ったそれはずしりと重い。

 

「なんの、つもりだ!?」

 

「言ったじゃないですかぁー、斬り合いをやりたいんですぅ。嬲るのも楽しそうやけど、ウチが求めてるのは」

 

 ニタリと雨に濡れた朱色の唇を吊り上げて、深くほの暗い凶相の笑みを月詠は浮かべた。

 

「――殺し合い。尋常な勝負で、殺したいんですぅ」

 

「狂ってるぞ」

 

「はい、元より俗世とは異なる自己ですわー」

 

 ケラケラと笑って、月詠は傍に落ちていた己の打ち刀と小太刀を拾い上げた。

 泥に塗れたそれを一閃し、気の反発を持って、蒼い霧の焔のように燃え上がらせる。

 通常の神鳴流には無い二刀流の構え。かつて目にしたことがある二天一流、それの剣法を学んでいるのだろう。

 二刀流の恐ろしさは京都で、そして部活で散々思い知っている。

 私は慣れた獲物では無いことに不安を抱きながら、月詠から受け取った太刀の柄を慎重に握り締めた。

 奴の性格から考えれば罠だという可能性は低いが、万が一のことがある。

 鞘に左手を、柄に右手を掛けて目の前で引き抜こうとして。

 

「え?」

 

 ぬちゃりと、手元に絡みついた感触に違和感を憶えた。

 泥のぬめる感触ではなく、一瞬視線を落として柄を見る。

 そこには――こびり付いた血糊があった。

 それも泥に濡れて、入り混じっているけれど、新しいもので。

 

「ま、さか」

 

「いやー、よかったですわぁ」

 

 私の予感を肯定するように月詠は笑う。誇らしげに。

 

 

「そこの殺した剣士はんから貰っておいたんですぅ」

 

 

「……お前は」

 

「刹那センパイ確保したってヘルマンはんから連絡があったんですけどぉ、もしかしたら武器持ってないかもーと用心しておいて正解でしたぁ」

 

「どこまで……」

 

「あ、安心していいです。得意の野太刀じゃないですけどぉ、結構な業物みたいですし」

 

「――彼の死を侮辱するつもりだぁああああ!」

 

 私は太刀を抜刀した。鞘を投げ捨てて、気を篭め、足を踏み出す。

 留まることを忘れた怒りの沸点が、さらに限界を超えて、感情に直結した気の圧力が地面を震わせた。

 

「神鳴流」

 

 言葉よりも早く。

 

 ――奥義

 

「あはっ!」

 

 風切り音よりも速く。

 

「斬鉄閃」

 

 私は太刀を振り抜き、月詠へと刃を撃ち放っていた。

 鉄すら切り裂く気刃が風よりも早く大地を割断し、滑空する無色の衝撃波。

 それを体捌きで躱す、月詠。

 そんなことは承知、私は振り抜いた姿勢のままに後ろ足で大地を踏みつけて。

 瞬動。

 

「神鳴流」

 

 瞬く隙も与えずに、最短距離で月詠の背後を取り。

 

「奥義」

 

 足首を回す、腰を捻る、背中を曲げて、肩を駆動させ、腕を、手を、指を、その全てに気を流し込み。

 普段使っている夕凪とほぼ代わることのない気の伝導率を太刀から感じながら。

 

 ――斬岩剣。

 

 一閃した。

 

「おわー」

 

 刃鉄交差。

 振り返ることすらもなく、弧を描く斬岩剣を、月詠が二刀を交差させて受け止める。

 火花が散る。

 そして、金属の擦れる音を鳴り響かせながら月詠が脚位置を踏み変える。振り向こうとする動作。

 

「させるかっ!」

 

 弾かれた衝撃を利用し、私は手首を返して、流れるように足を断つ斬撃を振るった。

 下段に向けた袈裟切り。

 片足だけでも裂く、その覚悟だったけれど。

 

「結構イイ感じの重さでぇ」

 

 太刀が穿ったのは地面だけ。あったのは弾けた泥の飛沫。

 声が天から降り注いだと思った刹那、私は考えるよりも早く瞬動を駆使して、前方に駆け抜けていた。

 轟音。

 制御し切れない反発による移動で、吹き飛び、前転しながら振り返ったそこには大地を抉る刃を振るった月詠の姿。

 

「殺意に溢れてますわー」

 

 グルンとそれが旋転する。

 同時にビリビリと肌を打つ大気の感触、私は避けるべきかと一瞬考えて。

 ――否!

 その手に握った太刀に気を注ぎ込み、硬度と破壊力を増した刃を構えた。

 

「しんめいりゅう~」

 

「神鳴流」

 

 月詠が握った双刀、その全身、外部に溢れるほどの膨大な圧力に泥が泡立つ。

 私は目を見開き、込み上げてくる感情を一瞬だけ押さえ込んで、その刀身にイメージする。

 破壊。切断。破砕。貫通。雷鳴。

 破壊の意思を篭めて、切断を祈りに編みこみ、破砕の技術を駆使し、あらゆる防護を貫通させ、全ては雷鳴の如く剣威と成す。

 

「おうぎ」

 

 大気が焦げる。雨が散る。何もかも焼き払う煉獄の如く雷氣の乱舞。

 嗚呼、月詠。

 あなたもそれで来るのか。

 ならば。

 

「奥義」

 

 ――迎え撃とう。

 目の前に居るのは笑みを浮かべる怨敵。

 殺意には事足りない、憎悪にもまだ足りない、絶望から来る怒りを吐き散らし。

 

「れんざんらいめいけ~ん!」

 

「雷鳴剣!」

 

 肌を炙り、大地を燃やし、空間全てを埋め尽くす雷鳴を共に放った。

 気を纏わねば即座に絶命する光熱の災害と電流の爆散。

 鼓膜が奮え、腹の底まで響き渡るような衝撃波。

 土が巻き上がる、水が沸騰し蒸発する、土色の煙と白い蒸気の煙が火山のように噴出する。

 

 手ごたえは――在った。

 

 網膜まで焼けそうぐらいに眩しい光の残滓、それを無視して私は目を見開く。

 あらゆる全てを見逃さないために。

 そして、私は蒸気の中で太刀の剣尖をだらりと下げて。

 

「月詠」

 

 ダンッと地面を踏み締めた。

 深く、抉るように、水溜りを砕き、泥をすり潰し、気を練り上げて、粘ついた熱い空気を吸い込んで。

 

「来いっ!!」

 

 吐き出した息吹と共に気を解放する。

 私の気の圧力に反発した大気が爆風を生んで、蒸気を吹き散らし。

 

「はいなぁ~」

 

 それを突き破り、飛び込んで来た月詠の姿を曝け出した。

 楽しげな口調、ボロボロの洋服、それでもその手に構える二刀はぎらついて。

 私もまた大地を蹴り飛ばし、剣閃を放った。

 速度を上げる。

 斬る、斬る、斬る。

 心の中に溜め込んだ葛藤を吐き出すように、激情を篭めて、月詠と刃を重ねる。

 加速する。

 衝突、交差、火花が散る。

 鎬を削る余裕すらも無く、気で強化した刀身同士を真っ向から衝突させ、音速に迫る剣速ゆえに発生する摩擦熱で刃が紅く染まる。

 何度か捌き損じて肌が切り裂かれた、血が流れる、痛みが僅かに生じる。

 だけど、構わずに振るう。

 ただひたすらに全身の細胞の一片までをも注ぎ込んで、気を振り絞り、剣撃を繰り出す。

 身体強化の果てに視界に映る雨滴すらも砕ける様が見えた。

 千切れ、割れ、裂かれ、砕ける雫。

 私たちは地面を蹴り、空を踏んで、ただひたすらに濡れることも忘れて近づく全てを切り裂いた。

 アドレナリンが分泌され、体が熱く、脳のどこかが痺れていく。

 けれど、手が止まらない。

 痛くて、痺れて、重くて、苦くて、だけどそれでも太刀を振るう。

 

「――斬岩剣!」

 

「ざんてつせーん!」

 

 神鳴流が奥義を激突させて、私は吹き飛ばされかける体を、地面に叩き付けた脚で制動させる。

 足首まで泥に埋まるが構わない。

 衝撃で泥が弾け、散らされ、そこは平時の地面と変わらないほどに踏み固めたから。

 ギチギチと太刀と二振りの刃が噛み合う、鍔競り合う。

 

「オォオオオオ!!」

 

 全霊を篭めて押し込み、生み出された硬直状態。

 歯を食い縛り、両手で太刀を押し込む。

 

「……んー、心地よい殺意ですけどぉー」

 

 されど、目の前に立つ月詠はどこか余裕の顔つきだった。

 

「教えてくださいなぁ」

 

「なにを、だ!」

 

 答える筋合いはなかった。

 だけど、今の私は難しく考えることが出来なくて、買い言葉に売り言葉で叫んでいた。

 

「あの人~、短崎さんってのはセンパイのなにですかぁ?」

 

 あの人。

 

「それ、は」

 

 一瞬だけ呆然とする。

 私は考えた。

 私にとってのあの人。

 親しいわけじゃなく、言葉を交わしたことも多くない。

 ただ申し訳なくて――謝罪の想い。

 ただ尊くて――憧れにも似て。

 ただどこか同じ時間を共有していて――生活の一つになっていて。

 だけそ、それを失ったのはどこまで悲しくて。

 どこまでも辛くて。

 だから、多分私にとってのあの人は……

 

「友人、です」

 

「ゆうじん?」

 

「大切な、友人でした!!」

 

 絶叫と共にまた涙が零れる。

 喉が痛みを発して、流れる汗と涙と雨水が口に入る。

 理解出来ない感情が吹き上がり、私は踏み込んだ足、その爪先を地面にめり込ませて。

 

 ――瞬動。

 

「っ!?」

 

 大地を砕くほどの気を吹き出し、"さらに踏み込んだ"。

 戦闘機のアフターバーナーにも似た加速方法、ただ前に進むための乱暴なやり方。

 轟音を奏でて、全身が砕け散りそうな激痛を発しながら、私は体勢を変えぬままに、月詠の二刀を弾いていた。

 ただ前に前進する、その瞬動。

 その圧力を利用し、斬撃の威力を高める。

 

「これでぇ!」

 

 ビシリと無理な使い方にひび割れた太刀、それに謝罪しながら私は月詠の懐に入り。

 撃ち放つ剣先が。

 

「あっ?」

 

 ――ずぶりと月詠の脇腹を貫いていた。

 肉を貫く感触、流れる血液、その全てを受け止めながら。

 

「終わりです!!」

 

 突き刺した刀身、その峰を滑り台に代えて、奔らせた右掌を月詠の胸部に叩き込んだ。

 ありったけの気を注ぎ込んだ一撃。

 自分でも驚くような打撃音。

 気の防護を貫き、内部にまで浸透した手ごたえが、自身の手を通じて返ってくる。

 心臓を、砕いたはずだ。

 

「どう、だ?」

 

 殺した。

 そう思えて、どこか呆然と私は呟き……一瞬だけ気を緩めてしまった。

 

 ――どうしょうもないミスだと分かっていながら。

 

 

 

「アハッ」

 

 

 

 ベチャッと打ち刀と小太刀が地面に落ちた。

 

「え?」

 

 声がして、ドクンッと叩き込んだ胸から心臓の鼓動が聞こえたと思った瞬間、視界が暗くなった。

 否、掴まれていた。

 恐ろしいぐらいの握力で。

 

「~~っ!?」

 

 脚が地面から離れる。

 吊り上げられていた、片手で。

 

「いいですわぁ、刹那センパイ~。ちょーと遊びすぎたとはいえ、ウチに怪我させるんやもん♪」

 

 僅かに洩れた視界の中で、月詠が脇腹に刺さった太刀を引き抜いたのが見えた。

 刀身をへし折り、抜きやすくなった欠片から剣を引き抜く。

 ジュワリと洋服の負傷箇所が紅く染まったが、コロコロと楽しげな声は変わらない。

 

「鶴子はんや、素子はん。青山姉妹に挑む前にいい相手を見つけましたわぁ」

 

 なんだ!?

 こいつは何を言っているんだ!?

 怖気が込み上げる。ただの神鳴流剣士、それとは思えぬ感覚、実力、奇怪さが今更になって身に染み込んでくる。

 

「憎悪は最高の力。さあ心行くまで殺し愛ましょう~」

 

 ――瞬間、腹部に激痛が走った。

 

「ガッ!」

 

 捕まれたまま唾を吐き漏らす。

 めり込んだ月詠の拳が、鳩尾を穿っていて、喉元まで胃液が込み上げる。

 

「一応これはお返しでー」

 

 激痛に脳が動かない。

 そして、私は足首に衝撃が走ったと思った瞬間、それが握られたのだと気が付いた。

 視界が開けたと思った瞬間、世界が一変する。

 

「あ、そーれ!」

 

 ――投げられた。

 空高く投げ飛ばされて。

 

「フィニッシュッ!」

 

 体勢を立て直す暇もなく、虚空瞬動で移動した月詠が頭上に居て――轟音と共に私は墜ちた。

 意識がトビそうになるほどの強い衝撃に、翼を出すことも忘れて。

 

 ――ダンッ!

 

 という音が聞こえたと思った時には全身がバラバラになりそうな激痛があった。

 

「がっ!!」

 

 気が付けば石畳のステージ、そこにめり込んでいた。

 ぬるぬると全身がぬめり、冷たいはずの雨が熱く感じた。

 内臓がどこまでも不調を発していた、骨髄が吐瀉するように震えて、神経が熱くてたまらなくて、肉と骨に限ってはどうなっているのかも分からなかった。

 痛い。

 苦しい。

 砕かれた骨が肉に突き刺さり、呼吸するたびに引き裂いている気がする。

 

「せっちゃん!?」

 

 ああ、だけど。

 声がした。

 目を向ければ護りたい人がいて。

 

「こ、このちゃん……」

 

 逃げて。

 そう続けたいけれど、声が出ない。

 どうして! なんで! そんな気持ちで胸が張り裂けそうで、血反吐を吐いた。

 

「キャハハハハ!」

 

 刀を回収したらしい月詠が、ステージの端から飛び上がり、落下してくる様を見るしかなかった。

 泣き叫びながら、手を動かし、全身を稼働させようと足掻く。

 だけど、だけど、だけど。

 ようやく動いた指や手はどこまでも遅くて。

 

「これで」

 

 私はただ見上げて、せめて少しでも足止めを出来るように残り少ない気を臓腑から搾り出し。

 

「とどめですー」

 

 

 横に弾かれたような衝撃と共に――血飛沫が舞って。

 

 

 

 

 "腕が刎ね飛ばされていた"。

 

 

 

 

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