欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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閑話:人生はままならない

 

 人生はままならない。

 

 

 

 

 

 

 

 私が常に感じている人生に対する感覚としてはそれが一番正しい。

 例えば野太刀の研ぎ直しに出しては毎回のように説教をされたり。

 例えば大切な幼馴染……そのような資格すらないけれど、大切な人の傍にいることすらも許されない。許せない。

 ジレンマがあった。

 痛みにも似た何か。

 月ごとにやってくる生理、それにも似た内部で孕む痛み。

 彼らが告げる血の穢れ。

 私は汚れているのだろうか。

 私は穢れているのだろうか。

 私は歪んでいるのだろうか。

 三つの自問は意味もなくグルグルと頭の中で巡っては答えにならない。なったことすらない。

 

「ふぅ」

 

 私は歩く。

 あの人たちの仕事場へ向かう度に私は己の選んだ道が間違っているような錯覚に囚われる。

 うざったいのが本音だが、腕は立つ剣工たちであり、何度お世話になっているのは事実だった。

 故に粗雑にあしらうわけにもいかず、むしろそこまで口の上手くない私は反論すら許されない。

 間違ってないのだから。

 彼らの言い分は。

 

 ――いつまで本質を偽っているつもりだ?

 

 説教。

 だけど、認めるわけにはいかない。

 あの日決めた覚悟も決意も願いも何もかも壊れてしまうから。

 

「私は……」

 

 憂鬱になりそうな気分を霧散させる。

 静かに息を吐き出して、揺らいだ信念を立て直そうとした時だった。

 

「?」

 

 曲がり角を曲がった先に誰かが歩いていることに気付いた。

 少年。

 おそらく自分よりも年上の高校生ぐらいだろうか。

 短く切った髪に、中肉中背の体つきだが――その足取りには重みがあり、重心のブレがない。

 見覚えのある学生服に、麻帆良のどれかの高校生だと検討を付けた。

 

(何故この道を?)

 

 魔法生徒だろうか?

 ここから先に行くまでの道のりは軽度の認識阻害がかかっている。

 明確な目的性がなければ足を踏み入れるのを避けるはずなのに。

 

(まあいい)

 

 私には関係のないことだ。

 そう静かに結論を出すと、私は歩いている彼の横を少しだけ警戒しながら通り過ぎて、目的地へと向かった。

 

 

 彼と数日後にまた顔を合わせることなど知らずに。

 

 

 

 

 

 日曜日。

 夜の闇の中で私は走っていた。

 

「っ、迂闊!」

 

 唇を噛みながら、私はその手に持った野太刀――夕凪の柄を握り締めながら、四肢に気を篭める。

 加速。

 地面を蹴り飛ばし、私の体が跳ぶ。

 茂みを走り抜け、私は奥にいるだろう気配を追跡していた。

 麻帆良学園都市。

 世界でも指折りの霊脈が通る霊地であり、世界でも稀有な神桃の世界樹が生える関東魔法協会が運営する学園都市。

 その中には優れた人材と大量の人員に比例するように集められた貴重な書物類――図書館島の蔵書や、効率性を考えて一般学生に混じり合わせるように集めた稀有な才能を持つ少年少女たちが多く集う場所。

 それらを狙い、そして私の大切な"彼女"を狙う侵入者が無視出来ない頻度で存在する。

 一攫千金の金鉱とでも思われているのか。

 代償は大きく、それでも欲望に満ちた刺客は途絶えない。

 悪人がこの世からいなくならないかのように。

 この土地に、この学園に、束ねた願いを壊されないために。

 護り続ける夢が崩れ去れないために。

 けれども。

 

「どけぇえええ!!」

 

 無論専属に雇われている警備員はいるけれど、稀にそれすら抜けてくる奴がいる。

 後先も考えずに撹乱のために被害をまき散らす犯罪者に、私は怒声を吐いて―‐殺気を感知。

 茂みの中から飛び出してきた二つの敵意に、私は夕凪に浸透させた気を膨れ上がらせて、肩を廻し、腰を廻し、手首を返しながら振り翳す。

 

「神明流 奥義」

 

 それは肉塊。

 それは泥を混ぜた分離傀儡。

 牙を剥き、悪臭を放つそれに意思を叩き込む。

 

「――斬岩剣!」

 

 一刀両断。

 大気を切り裂く刃鉄の煌めき、返ってくる手ごたえあり。

 二つに分断されたそれが、刀身から注ぎ込んだ気によって蒸発する。

 眩暈がしそうなほどの悪臭。

 だが、歯を食いしばってそこを通り過ぎる。

 僅かにでも速度を落としたことが歯がゆい。

 気配が遠いから。

 

「奴はどこに?」

 

 走る。

 走りながら祈る。

 侵入してきた犯罪魔法使いたち、その一人がネクロマンサー。

 襲い来る屍犬や死霊の塊を私たちは迎撃した。

 だけど、一匹だけ自動制御だったのか、操り手を倒しても逃げ出した屍犬がいたのだ。

 私はそれを追っている。

 死んでいることによる肉体の限界を超越し、時速80キロ以上の速度で駆け抜けるそれを私は追跡していた。

 願わくば誰かの目に映る前に追いつき、仕留めたい。

 

 けれども、その願いは――

 

 

「   」

 

 

 遠く、どこからか聞こえた悲鳴のような声に打ち砕かれた。

 

「まさか」

 

 何がまさかだ。

 祈る暇もなく、気を靴底に生み出す。反発力を生み出し、大気の壁が痛いほどに加速。

 瞬動と呼ばれる移動方法が一つ。

 短距離しか移動出来ないが、加速の踏み出しには十二分。

 走る、走る、地面を蹴る、飛ぶように地面を蹴り飛ばし、自分を前に飛ばす。

 嗚呼。

 じれったい。

 翼を出せれば。

 己の秘密がどうでもよければ。

 この背の翼で――辿り付けるのに。

 時間にして数秒、体感時間としては数分以上の長い歩みの果てに私は声がしたらしき場所へと辿り付いた。

 野太刀を抜き放ち、私は襲われているだろう誰かを助けるために踏み出した瞬間だった。

 

「え?」

 

 それは見覚えのある顔だった。

 知り合いというほど縁があるわけでもないが、見たことのある誰か。

 それと追っていた屍犬が一緒にいて――首を刎ねられた。

 切り裂かれた。

 ただ真っ直ぐに、袈裟切りに、振り抜いた一刀の元に屍犬が顎から上へと、死霊の宿る脳を斬り飛ばした。

 見事な一刀。

 気の煌めきはなく、剣速も速くもなく、だけどただ鋭い一撃。

 それが閃いたのを私は見た。

 

「っ」

 

 彼の体が倒れたのを確認し、同時に顎から上の頭を無くした屍犬が地面に叩きつけられながらもぐちゃぐちゃと再生を開始しようとする。ほぼ致命傷のはずだが、残留魔力が悪あがきをしていた。

 だから、それを――上から振り下ろした一刀で両断した。

 仕留めた。

 ただの気を篭めた一撃で。

 

「ふぅ」

 

 野太刀を振り払い、血払いをしたあと、私は顔も知らない彼に振り向いた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 魔法生徒だったのだろうか。

 それとも一般人?

 どちらとも検討が付かず、だけど急いで彼に駆け寄る。

 

「――肩の傷が深い」

 

 止血をしないとまずい。

 私はスカートから取り出したハンカチで肩の肩上の腕を縛り上げると、常備してある治癒用の符に気を篭めて貼った。

 肩に一つ、腹部に一つ。

 気を失っているだけみたいだが、頭を打っていないかどうかは分からない。病院に運んで、検査をしたほうがいいだろう。

 私は連絡用のトランシーバーを取り出すと、知っている周波数に合わせて声をかけた。

 

「もしもし、聞こえているか? 竜宮」

 

『なんだ? 標的は仕留めたのか、刹那』

 

 知り合いの傭兵の声が聞こえた。

 

「一応仕留めたんだが、一名部外者が巻き込まれて負傷した。名前は……短崎 翔。魔法生徒として登録されているか?」

 

 悪いとは思ったが、彼のポケットを探り、学生証で名前を確認した。

 高校二年生。名前は短崎 翔。

 

『了解、少し待て』

 

「頼む」

 

 少しの沈黙があった。

 私は通話用のスイッチから手を離すと、息を吐いた。

 荒く息を吐いている短崎、という青年に詫びる。

 

「すみません。全て私の力不足です」

 

 彼は答えない。

 当たり前だ。気を失っているのだから。

 だからこれはただの独り言だ

 

 そして、私は傍に転がっていた太刀を見た。

 

「……居合いか? それとも得物?」

 

 一般人で持っているということはあまり考えられない。

 少なくとも普通の刃物では切り裂くのは難しい、硬い体と魔力を宿した屍犬を切り裂いたのは彼の技量だったのだろうか。

 その腐肉に塗れた刀身に、少しだけ痛みを覚えた。

 放置すれば錆びるだろう。

 だから。

 

「っ」

 

 私は袖を引き千切ると、太刀を持って軽く血払い。

 そして、千切った袖で刀身を拭った。

 詫びのつもりだった。少しだけ気を流し、その反発力で腐肉を焼いておく。

 死に反する生の力。

 負に対する正。

 基本的なことだが、それを覚え直すと私はボロボロの鞘にそれを納めておいた。

 

「後は自分で研いでください」

 

 静かに告げた。

 少しだけ同じ剣術家としての想いだった。

 

 そして。

 

『照合が取れた。短崎 翔は魔法生徒ではない、一般人だ。記憶処理をしろ、刹那』

 

「分かった」

 

 記憶処理用の符を取り出し、私は彼の額に張った。

 気を流し、彼の身体がびくりと震える。

 これで、数時間以内の記憶は差し当たりの無いものに変換される。

 後は関係者が勤める麻帆良大学病院で上手く処置してくれるだろう。

 

 だから。

 

「すみません」

 

 この謝罪すらも意味が無くなる。

 ただの一般人でありながら、恐怖に打ち勝ち。

 ただの一般人でありながら、怪異を倒した彼に告げる侘びすらも。

 

 

 ただの自己満足に終わる。

 

 

「今後無いように努力します。気をつけて」

 

 

 駆けてくる救急車。

 そのランプを見ながら、私は立ち去った。

 

 

 

 

 

 もう二度と彼のような生きる場所が違う誰かを巻き込まないことを決意しながら。

 

 

 

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