欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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四十五話:日々は続く

 

 日々は続く。

 

 

 

 

 

 あれから四日経った。

 あれだけの重傷を負ったのに、検査も兼ねて一日の入院で終了。

 肋骨が折れていたのに不可思議な札やら光る手やらで撫でられ、しばらくカルシウムをよく摂るように言われた程度で退院。

 山下たちも不思議そうな顔つきで同じような処置を受けて、完治したらしい。

 現代医学が馬鹿らしくなる早さ。

 獣医の先生も同じように処置を受けて、無事に完治したと三森が教えてくれた。

 昨日には意識不明の危篤状態だった短崎も目が覚めて、検査後に無事退院できた。

 ただ左手が動かない。

 それを知らされた時は目の前が真っ暗になったけれど、当の本人であるあいつ自身は苦笑していて、弱みを見せないから俺が言えることはなかった。

 ただ帰ってきてから、飯を食うのにも苦労していて「……腕一本だと不自由だね」と困った顔をしているのがむかつくほどに辛かった。

 多分俺が同じような目にあったら泣き散らすだろう。

 胃の中身が無くなるまで吐いたりとかして、ただ目の前が絶望的になって、わけが分からなくなるだろう。

 昔事故で片腕折ったりとかしてだけでも酷く不自由だった記憶がある。

 けれど、いつか治るという希望があったからこそ耐えられた。

 それがなければ、多分耐えられない。

 絶望なんて些細な欠落で十分だ。

 そして、友人が苦しんでいるはずなのに何も出来ないし、ただ護れなかった事実だけが心に込み上げる。

 

「……あーくそ」

 

 学校からの帰り道。

 誰もいない川原近くの坂で、俺は座り込みながら頭を掻き毟っていた。

 難しすぎる問題。

 回答のない問題を考えているようで、思考が空回りし続ける。

 真っ直ぐに帰ることも出来ず、あれからどう顔を合わせていいのか分からない古菲と会うのも気まずくて部活にも出られない。

 山下たちとは何度か話し合い、俺と短崎が経験した過去を相談した。

 けれど、誰もそれらの事象に対する答えなんか持っていなくて"そういうものが存在する"、ということしか分からなかった。

 三森に尋ねた。同級生で、あの現場に居た不条理の仲間。

 あいつは言う。

 

「――俺はただの部外者で、ただの傍観者だよ。だけど、一つだけ言える。世の中不条理なものがあって、そしてその不条理なものの中の私怨にお前らは偶々巻き込まれただけだ」

 

 そういってあいつは――"三流魔法使い"だと自称する三森は俺たちが学校に戻っても、いつものように欠席が多くて、普通のように生徒をやってる。

 まるで何もかも夢のようだった。わけが分からなくなりそうだった。

 確実に知ってそうなのはあそこにいたネギという少年と、それに関わる女子中学生たち。

 古菲もそれに含まれている。

 けれど、どう会えばいいのだろうか。

 抱いている感情の答えが出ない限り、ただ無茶苦茶に吐き散らすだろう自分が容易に想像出来る。

 何を聞きたいのか。

 何を知れば納得出来るのか。

 それすらも分かっていない自分は何も出来てないし、分かる気もしない。

 

 ただずるずると、答えと結論を引き延ばして生きるだけしか出来なくて。

 

「……なさけねえ」

 

 噎せ返るような草の香り。

 優しく吹く風の感覚。

 夏が近づいてまだ沈みもしない青空の下で、両手を顔に当てて、情けない自分の顔を押し潰した。

 知恵熱が出そうで、考え過ぎとストレスで胃が痛くて、でもどうしても分からない。

 イラつきが込み上げる。

 

「師匠……俺はどうすればいいんだろうぉ」

 

 今は居ない人。

 ただ一人憧れた人。

 この手に握りたいものを教えてくれた強い人。

 あの人だったらどう言うだろうか。

 

「難しく考えるな。取り合えず殴ってもいい相手を探せ」

 

 とでも言うだろうか。

 それとも。

 

「わからねえなら分からないままでいいだろう。とりあえず分かることと出来ることをチマチマやってけ」

 

 だとでもいうのか。

 今はいない人の記憶をトレースし、想像は出来る。

 けれど、あくまでも俺の記憶だけで、俺は師匠じゃない。

 俺が出せない答えは、想像の師匠では出せない。

 だから分からない。絶対に分からない。

 

「くそっ!」

 

 草むらを蹴る。

 拳で地面を殴る。

 青々しい緑の草は殴ってもただ曲がるだけで、潰れもしないで、柔らかな土の感触を返すだけだった。

 自分程度では何も貫けないと告げるような光景で、胃の淵から湧き上がる不快感に歯を食い縛った。

 ギリギリと歯軋りが洩れる。

 当り構わずにただ叫びたかった。

 カラオケでも、誰もいない場所でもいい。

 ただ絶叫したかった。泣き叫んで、ひたすらに心に溜まった鬱憤を晴らせればどれだけいいんだろう。

 

「ぁー」

 

 くそったれ、と俺は項垂れる。

 そんな時だった。

 不意に声がかけられたのは。

 

「あんちゃん、ちょっとええか?」

 

「!?」

 

 突然の声に、慌てて振り向く。

 そこには見覚えがある、4日ぶりの顔があった。

 それは野球帽を被り、黄色いパーカーに、青いズボンとスポーツシューズを履いた黒い髪のガキ。

 パーカーの前ポケットに手を突っ込んで、座り込んだこちらを見つめたどこか生意気な顔をした子供。

 

「お前……」

 

 忘れるわけもない顔だった。

 犬上 小太郎。

 あの日、俺たちと出会った少年。

 

「何しに来た?」

 

 あの時以来顔を合わせなかった少年に、我ながら乱暴だと分かる口調で言った。

 押さえがききそうにないぐらいイラついている。

 

「あー、あのな。ちょっと話があんねん」

 

「話?」

 

 俺にはねえよ、とばかりにガンを付けるが小太郎はそのまま俺の横に座った。

 

「よいしょっと。はぁ、疲れたわ」

 

 やれやれと息を吐き出す小太郎。

 

「何疲れてんだ?」

 

「あんちゃんを探してこのくそ広い麻帆良を歩き回ったんや。疲れもするわ」

 

 ぐしゃぐしゃと帽子からはみ出た髪を掻く小太郎。

 俺は目を逸らし、川原に目を向けたまま口を開いた。

 

「……別に頼んじゃいねえけどな。で、話って?」

 

「ん」

 

 その時だった。

 小太郎がポケットに突っ込んでいた手を出し、こちらに手を伸ばした。

 そこには一本の缶ジュース。

 

「リンゴジュースでええか?」

 

「……生協のふざけた飲み物じゃないだけ、上等だな。貰っていいのか?」

 

「やるわ。あ、別に貸し借りには関係ないから気にすんなや!」

 

「へいへい」

 

 リンゴジュースを受け取り、ちょっと生温いそれを軽く振ってから蓋を開けた。

 横を見れば同じようにプルトップの蓋を開けて、オレンジジュースを飲む小太郎の姿。

 横目に捉えながら、俺はリンゴジュースの缶に唇を当てて、喉に流し込む。

 爽やかな酸味とリンゴの甘みが舌を通り、口に芳醇な味を染み込ませてくる。

 一気に半分ぐらい飲んで、俺は缶を降ろした。

 

「ふぅ。美味いな」

 

「そか。そういってくれると嬉しいわ」

 

 少しだけ安堵したように表情を和らげる小太郎。

 それを目の端で捉え、チャプチャプと残ったジュースの缶を軽く揺らしながら、俺は遠くを見るように言った。

 

「安易な謝罪ならいらないからな」

 

「っ」

 

「どこから聞いたのか知ったのかはしらねえけどよ最低限言っておく。謝んな。少なくとも俺に関してはな」

 

「そ、そやけど」

 

 戸惑ったように表情を変える小太郎に、嗚呼、やっぱりと思う。

 イラついて、むかついて、だけどまだガキだと思う。

 

「これは独り言だけどな……」

 

 だから、呟く。

 喋らないと気が済まない、ただの愚痴。

 

「多分俺たちの中でお前のせいで巻き込まれた、って考えている奴は一人もいねえよ。ネギとかもな。あの爺と二人にあった因縁とか全く知らんし」

 

「……」

 

「だけどな、それでも巻き込まれたとか言い張るつもりならこうなるぜ? ――倒れている子犬や、子供を助けるのは悪いことだってな」

 

「へ?」

 

「わからねえか? 俺たちは因縁に巻き込まれたとか、追っ手に追われているお前を匿ったとかじゃなくてさ。ただ倒れて、怪我してるガキを助けただけなんだよ」

 

 ああ、そうだ。

 簡単に言えばそんなことだ。

 当たり前のようで、難しいようで、けれど多分当然のことなのだ。

 感情を抜きにして、理性で語ればそうなるのだ。

 

「だから、あえてなんか言いたいなら感謝の一つや二つでもしてくれ。それで十二分に」

 

 俺たちは……最低でも俺は報われる。

 払った代償は大きいし。

 怪我もしたけれど。

 覚悟なんて全然してなかったけど。

 謝れるよりはありがとうって言われるほうがずっとずっと嬉しい。

 あの時、やってきた爺に歯向かったのはあの時の俺で、今から見れば無謀で、だけど間違ってなかったと信じられる。

 他人が聞けば命知らずの無謀で、馬鹿かもしれないけれど、それでも。

 多分見捨てて、引き渡してたりなんかしてたら一生後悔してた。

 痛くて泣き叫んで、苦しくてたまらなくて、その時は怨んでも。

 嗚呼。

 今の俺は、あの時の俺を誇らしく思える。

 過去を振り返って、今の俺は満足出来る。

 それが多分重要なんだと信じてる。

 

「嬉しいさ」

 

 ゆるゆると息を吐き出しながら告げた。

 実感を篭めて、言葉を搾り出した。

 

「そか……そういうものやんかな」

 

 小太郎が空を見上げる。

 困っていたように、戸惑っていたように、或いは怯えていた顔つきが変わる。

 そして、こちらに振り向いて。

 

「ありがとな、あんちゃん。あんちゃんたちが手伝ってくれへんかったら、一生千鶴姉ちゃんや夏美姉ちゃんに顔向けできへんことになってたわ」

 

 ペコリと素直に頭を下げた。

 そんなガキ、いや小太郎の態度に俺は少しだけ笑ってしまった。

 

「な、なんや?」

 

「いや、な」

 

 唇を開く。

 ざわざわと撫で付ける草の臭い、歩み寄る夏の熱気を追い払うような涼しい風。

 全身でそれを浴びながら過去を思い出す。

 

「お前の態度にな、ガキの頃を思い出したわ」

 

 昔のことだ。

 まだ師匠が生きていて、一緒に過ごしていた時のこと。

 何故だろう。

 性格も口調も顔も全然違うって言うのに、どこか懐かしい。

 涙が出そうなほどに色褪せたセピア色の記憶。

 それが嬉しくて、それが悲しくて、俺はケラケラと笑うしかない。思い出し笑い。

 

「へ? な、なんかおかしいんか?」

 

 小太郎が小首を傾げる。

 

「いや、気にすんな。ただの独り言みたいなもんだ」

 

 まあ分からないだろうさと、当然のように当たり前の答えを思い浮かべながら膝を払った。

 そうだ。

 誰もが、昔は子供で、今も子供だけどまだ小さくて。

 時間が酷く長くてたまらなくて。

 他人の想いなんて想像も出来なかった。

 思い出す。思い出しながら、過去を振り返って、ただ今を誤魔化すだけで。

 でも、それでもいつか進めるような気がする。

 あやふやで、頼りないけれど。

 

「なぁ、坊主」

 

 軽く深呼吸して、一つずつ問題を克服しようと声を上げた。

 呼びかけるのは横に座る小太郎。

 

「坊主ちゃうって! 俺の名前は犬上 小太郎や! 小太郎! ていうか、この間はちゃんと名前呼んでたやろ」

 

 しっかり憶えてたか。

 まあいきなり名前呼ぶのもどうかと思ってたが問題なかったらしい。

 

「そうか。じゃあ、小太郎。お前この後暇か?」

 

 なので普段喋る態度で、気楽に話しかけた。

 

「あ、ああ、そうやけど。中等部の授業は終わってるし、今仕事就いてへんからなー」

 

「仕事? お前、親は?」

 

「いないわ。まあ色々、まあ裏の家業の仕事をしておったから貯蓄はあるで。世の中銭ねえと、生きていけへんし」

 

 とりあえず家賃払って、アパート暮らしやわ。

 と、小太郎はなんでもなさそうに笑う。

 裏の家業、まあこの間の得体の知れない能力。に、そういうものがあるのだと三森からは薄々感じ取っていた。

 だから、俺は深く尋ねずに。

 

「……"そんなとこまで似てるか"」

 

 という感想を洩らした。

 

「なんや?」

 

「なに。多少共感を覚えただけだ、じゃあ暇ってわけで」

 

 言いながら俺は軽くすり足で、小太郎の傍に寄ると、その頭を掴んだ。

 ガシッと乱暴に、或いはわざとらしく。

 

「なんや!?」

 

「ちょっと一緒にカラオケにでもいかねえか? 短崎とかも誘ってさ、たまには野郎だけで友情を深めるのも悪くねえだろ」

 

 首根っこに腕を掛けて、逃げられないようにする。

 とはいえ、あの得体の知れない腕力を使えばすぐに外せるだろう。

 だけど、小太郎はそれをせずに。

 

「か、カラオケって、俺行った事ないんやけど!?」

 

 ばたばたと足を振りながら、叫ぶばかり。

 ええい、七面倒くさい。

 脇に抱えて、歩き出す。

 

「おわっ!?」

 

「なら初体験でいいじゃねえか! 安心しろ、あと三年もすれば当たり前になるさ。年上の兄貴共に揉まれるのもいい経験になる」

 

 因縁は残しておきたくないだろ?

 と、軽く笑っていった。

 

「そ、そやけど」

 

「悪い遊びの一つや二つ、憶えて大人になるんだよ」

 

 馬鹿騒ぎもたまには救われる。

 楽しい時間を共有すれば少しぐらいは打ち解けられる、分かり合える。

 そう思って、俺は小太郎を脇に抱えて、携帯を取り出し、メールを送り出す。

 そして、集まった悪友と親友と友人たちと騒がしく、馬鹿らしく、ただ笑って。

 

 

 

 己の無力感と悲しみを誤魔化し、ただもがきながら過ごす日々を少しでも彩ることを願った。

 

 

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