欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
まあこういうことも悪くない。
予想だにしない古菲との対面である。
硬直。
沈黙。
静寂。
騒がしい屋外でありながら、お互いに発する言葉の糸口を見つけられずに沈黙と硬直を繰り返し。
「あ、兄ちゃん。俺、用事おもいだし――」
「まだ食ってねえから食べてから行けや」
逃げ出そうとした小太郎の首根っこを掴んで、引きずり戻した。
馬鹿か、この状況で逃がすわけが無い。
連帯責任、苦労は分かち合う。
それが、友情ってもんだろ?
「に、にいちゃん……目がマジや」
「HAHAHA。気にするな」
軽く笑って、小太郎の口にモーニング点心の肉まんを叩きこんでから、俺は目線を上げた。
古菲の困ったような顔が視界に入り、軽くため息を吐き出しながら。
「古菲。とりあえず仕事の途中だろ、仕事に戻れや」
「あ、そ、そうアル!」
その場から離れる理由を見つけて、助かったとばかりに古菲が踵を返した。
そして、実際忙しいのだろう慌しく注文などを取る彼女の後姿を見ながら、俺は点心を口に運んだ。
「ええんか? 話せえへんで」
モグモグと頬を膨らませて、肉まんを食べながら小太郎が言うが。
「仕事の邪魔をしてまでする話じゃねえし、こんなところで話すもんでもねえよ」
こちらも同じように肉まんの端を齧り、もふもふと口の中に充満する熱と分厚い饅頭の皮が美味い。
肉汁がよく染みてるし、一口ごとによく刻まれた新鮮な野菜の歯ごたえと肉の濃厚な味が伝わってくる。
一口ごとに三十回以上は噛み砕くことを意識しながら一個食べ終えると、一緒についてきたスープを啜る。
丁寧に出しを取ったしつこくない後味と、喉越しのよさで単純に美味いと思える。
「こら、うまいわぁ!」
小太郎が夢中になるのもしょうがないだろう。
「腹持ちもいいからな。休日なら大体やってるから来たほうがいいぜ」
その言葉は小太郎の耳に届いているだろうか。
軽く苦笑して、俺も食事に専念する。
爽やかな朝の冷たさの中で、手にする料理の温かさが染み込んでくるようだった。
大体三十分ぐらいしただろうか。
小太郎が早々に目の前のモーニング点心セットだけじゃ足りずに、追加注文で頼んだ餃子をラー油たっぷり付けて食べている。
俺も比較的にゆっくりとペースだったが点心セットを食べ終えて、水を飲んでいた。
「そういや小太郎、お前今日の予定とかあるか?」
「ん~。昼ぐらいになったらネギに会いに行くつもりやけど、それまではやること無いで」
ネギ。という言葉にちょっとだけ反応するが、我ながらビクつき過ぎだと自嘲したくなる。
ジャケットから携帯を取り出し、時刻を確認。
午前八時十分前。時間は結構あるな。
「じゃあ金に余裕あるんだったら、ゲーセンとかいかね? 五十円でプレイできるところ知ってるんだが」
「マジでか? いくいく、行くで!」
すげえ食いつきようだった。犬だったら尻尾とか振りまくってそうなぐらいである。
まあそんな雑談をしながら小太郎が最後の餃子を口に入れたのを見計らい、伝票を掴んだ。
「んじゃ、行くか。割り勘だからな」
置かれた伝票の合計金額を確認し、その半分の金額を財布から取り出した。
「んー、俺の方が食ってるし。餃子分は払うで?」
ゴソゴソと小太郎は上着から小銭入れらしいガマ口財布を取り出し、硬貨を確認しながら目を向けてくる。
それに俺は軽く手を振った。
「いいんだよ、めんどうくせえし」
「そか。ありがとな、兄ちゃん」
少しだけ嬉しそうに笑う小太郎の笑みに、少しだけ目線を逸らし。
「……めんどくせえだけだから」
と、本音を言っておく。
面倒くさかっただけだ。勘違いするなと言いたい、すげえ言いたい。
誰にとは言わんが。
「超。勘定ここに置いておくからなっ」
「アイアイアルネー」
声を上げて合計金額ピッタリの硬貨をテーブルの上に置き、俺たちは席を立つ。
「よっこらしょっと」
「ジジ臭いで、兄ちゃん」
掛け声と共に椅子から腰を上げた俺に、小太郎がそんなことを言うが。
「いいんだよ。それぐらい気にするな」
軽く空中に突っ込みをいれて、さっさと離れるべく歩き出す。
その時だった。
「待つアルー!」
あまり聞きたくない声が後ろから響いてくる。
全力疾走で逃げたい衝動が一瞬湧き出したが――
(意味ねえな)
どうせ走って逃げても数秒で捕まることは目に見えている。
諦め早く振り向いて、ローラーブレードで滑走してくる古菲の姿を目に捉えた。
エプロンは既に外していて、バッグを肩に背負っていた。
「なんだよ?」
「ちょ、ちょっと話があるアル!」
追いついた途端、古菲が言ったのはそんな言葉だった。
こっちは別に話すこともないんだが。
「……アルアル言ってるとすげえ胡散臭えなぁ。仕事はいいのか?」
「ちゃんと許可取って抜けたアル!」
その言葉と共に視界の奥で超が手を振っていた。
気を利かせたつもりなんだろうが……今度部活に出てきたらボコってやる。
男女平等主義者であり、敵なら女でも殴る主義だから何一つ心は痛まない。
「で、話って? 俺はこの後予定あるんだが」
チラッと小太郎に目を向ける。
しかし、肝心の奴は――わざとらしく目を背けていましたよ。
「んー、今忙しいアルか」
古菲が困った顔でそう告げる。
強引なところはあるが、無理強いはしない性格の彼女だ。
先に先約があれば諦めるだろう。
とはいえ、仕事を抜けてまで出てきた人間をつれなく断るのも問題はある。
「まあいいや。古菲、これから暇か?」
「? 暇アルヨ~」
「よし、小太郎。どうせなら人数増えたほうがいいだろう、一緒に行くぞ」
というわけで巻き添え決定。
「うぇ?」
な、なんやてー!? みたいな顔をしているが、無視して古菲に顔を向ける。
「古菲もそれでいいか? 話は幾らでも出来るし」
想像するにこの間のヘルマンでの経緯に関しての話をしたいのだろう。
それなら関係者である小太郎もいたほうが楽だ。
それに、先持って決めた予定を変えるのもどうかと思ったのだが。
「え? そ、そうアルネ! 行くアル!」
少しだけ呆然とこちらの顔を見上げて、数秒後辺りにはもげそうな勢いで頷いていた。
その必死ぷりに少しだけ俺は引いたが、まあ言い出したことは覆せない。
「折角の休日だしな、たまには遊ぶのも悪くねえわ」
チクチクと胃の淵に溜まる苛立ちに蓋をして、俺は苦笑した。
とりあえず古菲と小太郎を連れて、麻帆良市内のゲーセンに繰り出した。
さすがの土曜だから人は多めだったが、早朝だからか予想よりも少ない。なので、並ぶこともなくあっさりと対戦用の筐体に座れた。
最新の機種だったが、値段を安めにして回転率を上げることを考えているのか一回のプレイ値段は五十円。
向こうの方で小太郎が使うキャラクターを選んでいる中、俺はスピード重視の女性キャラをセレクトし、決定する。
「長渡、女性キャラ使うアルか?」
「俺は強ければ外見にはこだわらねえよー」
ついでにいえば、女性相手には殴れないとか以前小太郎が言っていた気がするのでそれも踏まえての選択。
クックック、敗北は認められないのだよ。
「長渡、黒い笑みアル」
「に、兄ちゃん汚いで!?」
「うるせえ、これはゲームだからな!」
主人公格の男キャラを小太郎がセレクトし、ランダムで選んだバトルステージで対戦を始める。
背景に流れる大滝があるステージの上で、戦闘開始。
とりあえず小太郎の使う格闘家が発した波動拳をジャンプで躱し、空中小キック、さらに脚払いからの技コンボで浮かばせる。
こういうのはスペックではなく連携とコンボのよさで勝負が決まるのだ。
というわけで、ボッコボコにしてやりました。
「大人気ないアル……」
ガビーンとばかりに燃え尽きている向こう側の小太郎を見て、古菲が少しだけ非難するような声を洩らした。
「勝てば官軍だ! まあやりこんでるだけだけどな」
たまに大豪院とこの機種で対戦していたりする。山下はリズム系ゲームが好きだし、中村はレーシングゲームが好きだし、豪徳寺は意外にもUFOキャッチャーが好きだった。
短崎の奴はひたすら落ちもの系ゲームをやっていて、たまに怖い。狂ったような速度でぷよぷよした物体を積み上げて連鎖する様は恐ろしいほどだった。
「古菲はやらねえか? 少しなら貸してやるぜ」
両替機で積み上げた五十円の山を指で叩いた。
「ンー、格ゲーはあまりやったことないからいいアル」
「そうか。まあお前だと筐体壊しそうだしな」
などとからかうように告げると、古菲が少し怒ったように手を上げて。
「しないアルヨー!」
プンプン! という擬音が響きそうなジェスチャーで叫ぶが、俺は一蹴した。
「いいや、壊すね! 夢中になって、力加減間違えてレバーへし折ったりするだろ!」
現に昔大豪院の奴が一回レバーをへし折ったことがあった。
それで店員にひたすら頭を下げて、弁償代をワリカンした記憶も生々しい。
「大丈夫アル!」
「よーし、それならやってみろや!」
「イイアルヨー!!!」
「……やな予感するわぁ」
売り言葉に買い言葉。
というわけで、古菲が格ゲーにチャレンジ。
慣れない感じでパンチやキックだけを繰り出しながら敵を攻撃し、ガチャガチャで技コマンドを出す始末。
結果、三ステージ目で頬を膨らませながらレバーを動かした瞬間、嫌な音が聞こえたので小太郎と一緒に頭を引っぱたいておいた。
「私の方が強いアルー!」
「言い訳乙」
「言い訳は空しいで、くー姉ちゃん」
結論 古菲に格ゲーは無理だ。主に筐体の耐久力で。
その後、DDRのボス曲を古菲が華麗にクリアしたり、小太郎が気合とカンだけでポップンの高速曲をクリアしてみせたり、地味に俺がUFOキャッチャーで景品取っていたりなどを楽しんでいた。
まあ主に小太郎と古菲が頑張りすぎて、人目を集めてきたので数時間で出て行く羽目になった。
良くも悪くも古菲は有名人であり、人目を集めれば注目される。
それを実感しながら、適当に小太郎に麻帆良案内を兼ねて大きめの本屋に寄ったり、CD屋で幾つかの曲を視聴したりする。
「あ? 小太郎、あまりCDとか聞かないのか?」
「そんなに興味あらへんかったし、CDプレイヤーは高いわぁ」
大きめの仕事就かないと贅沢出来へん。
貧乏は敵や、と小太郎がぼやく。
「駄目アルネー。私でも最近の流行ぐらいは知ってるアルよ?」
その古菲の言葉に、俺は思わず。
「うわ、それはショックだな」
と言ってやった。
「……どういう意味アル?」
「ご想像にお任せするぜ――小太郎にな!」
「俺にかい!?」
責任転嫁してやりました。
けど、非難轟々でした。
はいはい、ごめんなさい。
そうして。
「もう昼か」
屋台で買ったたこ焼きなどを食べていると、途中で見かけた時計が十二時の針を指そうとしていた。
「おー、もうこんな時間やったんやな」
チリソースをたっぷりと掛けたケバブに夢中で齧りついていた小太郎が、汚れた口元をモゴモゴさせながら呟く。
そのまま手の甲で拭おうとしていたので、通りすがりのティッシュ配りから貰ったティッシュを渡しておいた。
「時間が経つのは早いアル~」
そして、一人トリプルのアイスを舐めていた古菲が腕を組み、しみじみと告げた。
どうでもいいが、全員協調性がねえな。
「じゃあ、俺そろそろ行くわ。ありがとうな長渡の兄ちゃん、くー姉ちゃん」
口元を拭き終わり、丸めたティッシュをポケットに放り込みながら小太郎が別れの言葉を告げた。
「ん、道分かるか?」
ここまでグルグルと色んな場所を歩き回っていたし、不慣れな人間だと道が分からない可能性が高い。
分からないようなら、知ってる場所まで案内しようと思ったが。
「方向感覚はええほうや。大丈夫やで!」
ニッと笑って、小太郎が振り向きながら手を振っていた。
「また遊んでやー、兄ちゃん!」
「おう、またな!」
そういって凄い速度で走っていく小太郎の後姿を見ながら、微笑んだ。
あの無邪気さが少しだけ羨ましかった。
「……行ったアルネ。元気のいいことは結構アル」
バリボリといつの間にかコーン部分まで齧り始めていた古菲が、横からこちらを見上げながら言った。
「そうだな。まあ子供は元気のほうがいいからな」
難しいことを考えるのは高校生からで十分だ。
小学生で情操を学び、中学生で人格を学んで、高校生で規律を学ぶ。
教育ってのは大体それぐらいでいいと思う。
鬱屈とした少年時代なんて過ごさないほうがいいに決まってる。
だから。
「そうだ、古菲」
「なにアル?」
少しだけ真剣な目をしている彼女の視線に気付いていた俺は、意識的に顔を背けながら言った。
「――この間の件なら気にしてねえから」
「え?」
「小太郎とか、そこらへんからある程度の事情は聞いてる。あれだろ? お前、ネギ先生に協力してるんだって?」
淡々と、けれど力強く言葉を伝える。
「お前の行動は間違ってねえよ。だから、気にするな」
別に言わなくてもいい。
知ろうが知るまいが、多分行動は変わらないから。
俺の、俺たちの行動は決して曲がらないだろう。
――お互いに護ればいい。それに間違いなんてないよ、友達なんだから。
"親友と交わした言葉がある"。
あの時の行為は決して間違ってなんかいない。
間違いがあるとしたらただの力不足だったことでしかない。
だけど、それも――俺が、俺たちが強くなればいいことなんだから。
「ま、またなんかあったら手遅れになる前に相談しろよ? ネギ先生の鍛錬とかも、相談しねえといけねえしな」
「にゅはっ!?」
そういって、古菲の頭を軽く引っぱたいた。
撫でるような力具合で。
「た、叩かないで欲しいアル!」
「痛くないだろ?」
「痛いかどうかは関係ないアルヨ!」
そういって少しだけ不快そうに怒る古菲に。
「じゃあ次からは肩を叩くから――セクハラっていうなよ?」
「言わないアルヨ!!!」
最近のセクシャルハラスメント判定は厳しいのだ。
ぶっ飛ばされるのは勘弁して欲しい。
なので。
「じゃあ、ほれ。残りやるよ」
食べていたたこ焼きの箱を古菲に差し出した。
手付かずの二個が残っている。
爪楊枝も元々二つ付いている奴だから、一つは未使用だから問題ない。
「これで勘弁してくれ」
「ぬ、長渡。こ、こんな食べ物で誤魔化されると思ってるアルカ!?」
ひょい、ざく、ぱく。
「どう見ても食べてるじゃねえか」
「それはそれ、これはこれアル」
口に入ったたこ焼きでハフハフ息しながら、古菲が反論するがまるで説得力はない。
「……都合がいいな」
まあ、お前らしいけどよ。
と、肩を竦めて、俺には苦笑するしかなかった。
「さーて、今日は何するかなー。自主トレでもするかー」
「一人でトレーニングするぐらいなら、私と手合わせするアルね!」
「俺が死ねるんだが……まあいいか」
化剄の練習もしたいし、たまにはぶっ飛ばされるのもいい。
古菲相手にどこまで今の俺が通じるのか試したい。
「じゃあ、武道場行くか。て、何故に驚く?」
「OKされるとは思わなかったアル」
その言葉に少しだけ目を丸くする古菲に、俺は苦笑して。
「まあたまにはそういう気分もあるさ」
そう告げると、ニッコリと楽しそうに古菲が笑った。
「なら、私も負けないアルよ?」
「お手柔らかにしてくれよ」
そういって笑うが、俺は古菲が手を抜かないことを知っている。
だからこそ、嬉しい。
――俺はまだお前に勝つことを諦めていないんだから。
明日は閑話いれて三話更新予定です