欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
特別ではないから。
「アイヤー、困ったアル」
慣れ親しんだ道場で、私は困ってた。
「ん? なにがだ?」
土日でも使用可能な道場の上で柔軟体操をしている長渡が声を上げた。
駄目だと考えていたのに、まさかのOK。
私はワクワクしている。だから、少しだけ残念。
「こんなことなら、道着を用意しておくべきだったアルネ」
この格好だと思う存分戦いが出来ない。
胴着を用意しておけばよかった。
「軽い手合わせっていってなかったか? まあいいけどよ」
長渡が笑って、柔軟を終えて軽く跳躍。
タタンッとしなやかな足音と共に着地する。こっちから見ると見上げるほどの大きさなのに、やっぱり身が軽い。
――軽身功の功夫を積んでいるに違いない。
知っている限り、麻帆良で一番化剄の功夫を積んでいる長渡の動きに、ドキドキしてくる。
期待で胸を膨らんでくる、早く手合わせがしたい、そんな期待感。
故郷の老師には怒られたが、中々治らない。
「さあ、やるアル!」
「はぁ……手加減してくれよ」
長渡は肩を竦めて、ため息を吐き出す。
しかし、そこに油断がないことを知ってる。
お互いに向き合う、そして礼。
「よしっ」
長渡が構える、それに合わせて私も構えて――踏み出した。
「行くアル!」
呼吸を止める、距離を詰める――活歩。
距離を詰める、長渡の得意距離は中距離、それを潰すための接近。
長渡の顔が一瞬で近づいてくる、足裏から伝わる振動、衝撃、それらを推進力に変える。
――裡門頂肘。
息を吐き出しながら震脚で踏み込み、練り上げた勁力を持って打ち込む得意技。
「っ!」
震脚音が体に染み込んでくる、ドォンッという空気の音。
内側から跳ね上げた頂肘、それがめり込むと思った瞬間、長渡の手が絡みつき――捌かれる。
まるで力をなくしたかのような感覚。
優れた化剄の手ごたえ、長渡の体が側面に回ったのを聴勁で察知、腰を捻る。
「いい捌きアル!」
回りこむ長渡に、向き合う。
やっぱりこの程度では長渡には通じない、だから少しだけ力を入れていく。
私は楽しくて笑みを浮かべていた。
「ちっ、手が、いてええ!!」
そう叫びながらも、長渡の動きは衰えない。
足首から体が回る、腰が捻る、肩が駆使され、まるで一本のホースから飛び出す水流のよう。
発勁による崩拳。
長年培っただろう内功、その打撃を受け止めるのは不味い。
体勢を低く、しゃがみこみ、長渡の体の下に歩み寄る。
空を切る、打撃音。
「っ!?」
「チェイッ!!」
――鉄山靠。
呼吸を巡らせ、爆発呼吸を吐き出した。
全身が痺れる、心地よい力の発露、踏み込むと同時にミシリと悲鳴を上げる床。
それらを感じ取りながら、肩と背を長渡の前面に叩き込んで――"軽い手ごたえ"と共に叩き飛ばした。
「がほっ、つぅ~!」
長渡の体が吹き飛んで――だけど、足から着地し、手で受身を取っていた。
「ヌ~、さすが長渡ネ」
――殆ど威力が殺されている。
鉄山靠を撃ち込むよりも早く、後ろに跳んでいた。
さらに一番重要な震脚を突き出した足で邪魔されて、十分に踏み込めなかった。
「殆どいなされたアル」
「……結構効いたんだが、まあいいや」
長渡が目を細める。
強い闘志の目、私に勝とうとする眼光。
それが嬉しい。
長渡は諦めない。ネギ先生や、楓たちも私の鍛錬に付き合ってくれるけど、とてもじゃないけど足りない。
同じ武術を、中国拳法を学んで、技を磨きあってくれる友達は少ない。超も最近は部活に出てこない、だから寂しい。
「よーし、長渡カモンアル!」
「やってやるよ!!」
長渡が息を吸い込む。
距離にして三メートル、その距離を一瞬で埋められた。
箭疾歩による跳躍。
顔面に向かってくる拳、伸ばされた手と足、槍のような姿勢。
どれも威力十分、体重が乗っている。
「ムッ!」
真正面から受け止めるのは困難、だから形意拳に切り替える。
左足を前に構える、左に移し、右に突き出して距離を詰める――三才歩。
あえて飛び込むことによって潜り抜ける。
「アイヤーッ!」
軽く握った手で突き出された拳を払う、皮膚が擦り剥けそうな勢い。熱い痛み。
着地、それと同時に長渡の顎を叩き上げようと右掌を突き出す。
だが、仰け反るように外されて、空を切った。
「ちぃっ!」
その隙を狙って跳ね上がった長渡の足、それに脇を引き締め――硬気功で受け止めた。
「 っ!」
盾に回した腕がビリビリと痛む。
体の中にまで染み込むような衝撃、よく練られた勁力。
けど、私は怯まない。
息を静かに洩らす、右足で床を踏み締めて、腰を捻り、止まった長渡の腹部に崩拳を繰り出す。
そこに。
「っ!?」
額に叩きつけられた衝撃、つっかえ棒のように伸ばされた長渡の手が額に触れていた。硬い感触。
そして、伸ばした拳の先には手ごたえがなかった。
拳が届いて――いない。
「しゅぅっ!」
そのために押さえられたのだと気づいた時、頭にどでかい衝撃がぶち当たっていた。
"伸ばされた手の平から発せられる衝撃"に、目の前が揺れた。
「っぅ!?」
咄嗟に後ろから倒れこむ。
ゴロンッと背中が床にぶつかって、私はそのまま後ろに転がり、両手を床に付けて跳ね上がった。
ヒラヒラと空気を孕む格好の阻害を感じ取りながらも、私は床を踏み締める。前を向く。
「アイヤー、長渡かなり腕上げたアルネ」
暗勁の一撃だと分かった。
頭が少しグラグラする。咄嗟に後ろに倒れなかったら危なかった。
長渡の勁に対する功夫は知っていたけれど、ますます磨きがかかってる。凄く嬉しい、笑みが浮かぶ。
「よーし、気合入ってきたアル! さあ、もっともっとネ――ってどうしたアル?」
拳を握り締め、私が構えたのだが――長渡は何故か頭に片手を当てていた。
「いや、ちょっと呆れてた」
「?」
「お前、格好考えろ」
「ヘ?」
下、下、と長渡の指先に従い、下を見る。
下の格好、ただの私服だった。
何がおかしい?
「パンツ丸見えで、後ろに跳ね上がる馬鹿がいるか」
長渡はいつもの顔色一つ変えない顔でそういった。
それに私は気付く。
「アイヤー」
少しだけ顔が熱くなる。
あまりこの格好であまり激しい動きをすると下着が見えることを忘れていた。
子供のネギ先生にならともかく、長渡には少し恥ずかしい。
「まあいいや。少し白けたし、疲れたからこの辺にしておくか」
「ぬー、残念アル」
もっと長渡と戦いたい。
折角の機会なのだからもっと拳を交わしたい。
「これ以上は俺が持たなねえし、やめだやめ」
けど、長渡は首を横に振った。
真っ赤になった両手を振って、こっちに見せた。
「これ以上やると、俺の手がイカレる」
「……残念アル」
こうして、私と長渡の組み手は終わった。
そして。
「あっちー。もう夏が近ぇなぁ」
長渡がガジガジとアイスを食べながらぼやく。
同じベンチに座ってる。距離は離れているが、長渡の背丈で影が差していて心地いい。
「でも、アイスが美味しいアルヨー」
道場から離れた公園で、私は長渡と一緒にアイスを食べていた。
ソーダ味の棒アイスが、冷たくて気持ちいい。
口の中に入れてずっと舐めていると唇が冷たくなる、それが美味しい。
「……アイス奢っておいてなんだが、エロイ食い方だな」
「?」
年上だから、という理由でアイスを奢ってくれた長渡がなんでか、呆れた目つきでこっちを見ている。
私はどういう意味か分からなくて、首を傾けた。
「どういう意味アルカー?」
「まあ気にするな。教えたら、他の部員に俺がぶっ殺される」
ダラダラとお日様の暑さのせいか、長渡が額に汗が滲んでいた。
アイスで涼しいはずなのに。
「???」
あとで超にでも訊ねるか?
憶えていたらそうしようと思って、不意にあることを思い出した。
「そういえば、長渡一つ聞いていいアルカ?」
「あ~、なんだ? アイスなら一本しかやらんぞ」
その言葉に、思わず頬を膨らませた。
「違うアル! チョット聞きたいことがあるだけアル!!」
「なんだよ?」
こっちを見る長渡に、思っていた疑問を聞いてみた。
「長渡、誰から武術学んだアル?」
長渡が眉を歪めて、こちらを不審そうに見てくる。
「あ? 藪から棒になんだよ?」
「前々から思っていたアルネ、長渡の身に付けている八卦掌は酷く洗練されているから、気になってたアル」
しっかりと基本から功夫を積んだと分かる長渡の動き。
これだけ強い長渡の師は気になる。
もしも機会があれば手合わせを願いたい、そう思った。
「……あ~、多分知らないだろうな」
けど、長渡は不意に上を見上げて。
「"真崎 信司"って言うんだけどよ、聞いた事あるか?」
まざき、しんじ。
日本人の名前だと思った。
「聞いたことないアル」
知らない名前だったから、首を横に振った。
「だろうな。俺の武術は大体その人に教わったんだ」
長渡がアイスを噛み砕いた。
ジャリジャリと冷たいそれを噛んで、冷たく息を洩らす。
「デタラメな人でな。俺が覚えている限り、何でもやってた。柔道、大東流合気柔術、空手、テコンドー、サンボ、ムエタイ、バリツ、カポエラ、中国拳法なら色々、多分もっと沢山覚えてたんじゃねえか」
「……凄い人アル。けど、絞ってやってなかたアルカー?」
それだけの武術を習っていたら、どれも中途半端になる。
技の数よりも一つ一つの功夫をしっかりしなければ無駄なだけだろう。
「――あの人の目的は極めることじゃなかったらしいんだ」
「へ?」
「自分を愛せ。それが口癖な人でね」
長渡は何故か悲しそうに笑ってた。
「武術の技っていうよりも、優れた体の動かし方が知りたかっただけらしい。ただそれだけで世界を旅してたって言ってたんだ」
そのおかげか化け物みたいに強かったと長渡は言った。
自分が知る限り、誰よりも強かったと言う。
生身で象だって倒せる、と自慢していたとも言っていた。
楽しそうに長渡は言う。
だけど、何故か泣きそうだった。
食べ終わったアイスの棒を咥えながら、言葉を吐き出して。
「んで、俺が師匠から教わったのは幼稚園児の時から小学生ぐらいまでで」
「長渡」
「なんだよ?」
私は思わず聞かずにはいられなかった。
「その人は今どこにいるアル?」
私がそう訊ねると、長渡はアイスの棒を噛み締めて。
「どこにもいねえよ」
長く、長く、ため息を吐き出し――
「――もう死んでる」
泣きそうな声でそう呟いた。