欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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五十四話:ただ待ち構えるばかり

 

 ただ待ち構えるばかり。

 

 

 

 

 一瞬胃が縮むような思いがしたけれど、僕は冷静に笑顔を作って。

 

「あ、久しぶりだね。ネギ先生」

 

 右手を上げて、挨拶をした。

 赤い髪をした少年。眼鏡をかけて、子供用のスーツ姿。こちらに顔を向けて、驚いたように口をパクパクさせている。

 その左右には制服姿の桜咲に、相変わらずの学ラン姿の小太郎くん。

 

「桜咲に、小太郎くんも一緒か。買い物か何かかな?」

 

 ネギ先生と桜咲は担任教師と生徒という関係だが、小太郎は違う。

 まあ準備が終わっているなら、個人的交友もあるみたいだし、一緒に行動していてもおかしくはない。

 

「え、あ、そうです!」

 

「んー、まあそんなとこやな」

 

 少年二人が曖昧に頷く。

 こちらにはあまり話せないらしい、まあ別にいいけど。

 

「ネギくんにコタくん、せっちゃんも用事終わったん?」

 

「あ、はい。お嬢様こそ、何故短崎先輩と?」

 

 少女たちが親しみと戸惑いを持った会話を行なっているのを眺めながら、僕はネギ先生に話しかけた。

 

「えーと、僕の顔憶えてるかな?」

 

 正面切って会ったのは大体数ヶ月ぶりだし、たった一度だけだ。

 あの雨の夜にいたとは聞いているが、僕からは覚えが無い。

 あっちからすると、殆ど他人からも知れない。

 そう考えたのだが。

 

「あ、はい。短崎、さんですよ、ね?」

 

 少しだけ自信なさげに、上目遣いで訊ねてくる。

 下の名前は言ってなかったかな?

 

「それであってるよ。短崎、短崎 翔。まあ、よろしくね」

 

 小太郎くんにも言っているし、ネギ先生に伝えたところでもはや関係ない。

 一応礼儀だろうと、僕は軽く手を伸ばして、慌てて手を伸ばしてきたネギ先生と握手をした。

 小さな手だったが、少しだけささくれていて、硬かった。

 古菲と長渡経由だが、八極拳を習っているはず。あまりやりすぎても意味はないと思うが、体を鍛えているのだろう。

 そこまで推測した時、ネギ先生が不意にこちらの顔を見上げていた。

 真剣な眼差し、少し思い詰めたような表情。

 

「なに?」

 

「え、と、あの――ありがとうございましたっ!」

 

 え?

 僕の尋ねに、ネギ先生は口を横に引き延ばした後、突然頭を下げた。

 

「え? あ、なにが?」

 

「短崎さんのおかげで、僕の生徒が助かりました。本当にありがとうございます!」

 

 真摯な言葉だった。

 ネギ先生は顔を上げて、少しだけ思い詰めていた表情を和らげていた。

 ずっと気に病んでいたのだろう。

 その程度のことなら容易に想像が出来て。

 

「嬉しいけど、お礼を言われることじゃないよ。えーと、ほら、桜咲さんにはお礼は言われたしね」

 

 だから十分だ、と伝えようとしたのだが。

 

「ほえ? せっちゃん、しっかりお礼言ったんか。よかったなぁ~」

 

「こ、このちゃん! からかわないで下さい!」

 

 と、少女同士漫才をやっている二人がいて、僕は苦笑するしかなかったし。

 

「え、でも――って、イタ! 痛いよ、小太郎くん!」

 

「短崎の兄ちゃんがこういってんのや。大人しく頷いとけや、な?」

 

 笑って、バシバシとネギ先生の背中を叩く小太郎くんもいた。

 こう軽く流してもらえると気が楽だった。

 小太郎くんの入れ知恵だろうか、今までの桜咲とか近衛さんを考えると謝られるような予感がしていたんだけど、よかった。

 

「ま、そういうわけだから。ネギ先生、あまり気を遣われるとこっちとしても気が重くなるから、まあ普通にお願いするよ」

 

「――分かりました」

 

 まだ少し硬いけど、ネギ先生がホッとした笑顔で頷く。

 子供に気を遣わせたら、あまりいい大人とは言えないだろう。

 まだこっちも子供だとは承知しているけど、年長者としてはせめて恥じない程度の模範を見せたかった。

 

「よかったな、ネギくん~」

 

「よかったです、ネギ先生」

 

 少し離れた位置で会話をしていた二人が、その時だけはこちらを見てネギ先生に声をかけていた。

 とはいえ。

 

「今度納豆巻きでも食わせたくなるなぁ」

 

 当たり前のように美少女二人に心配してもらっているネギ先生には、先日の野郎会議のことも思い出して少しだけむかついた。

 まあ少しだけだけど。

 どうでもいいし。

 

「え?」

 

「いや、なんでもない」

 

 ネギ先生が僕の洩らした独り言を聞いて小首を傾げたので、慌てて否定しておいた。

 

「……そういえば、短崎さんはこんなところでどうしたんですか?」

 

 ネギ先生がふと思いついたとばかりに尋ねる、純粋な疑問。

 まあ別に僕とかはここにいてもおかしくないんだけど、交流の無い別学校の近衛さんとここにいたら不自然だろうね。

 

「んー、ちょっと近衛さんと話があってきただけなんだけど――」

 

 まあ大したことじゃないけどね。

 そう付け加えようとした時だった。

 

「ほほう? まさかこのか姐さんと逢引かい? やるねー」

 

「は?」

 

 ネギ先生の肩に乗っかっていたフェレットらしき生物が、いきなり"人語"を喋った。

 思わず眉間に皺を寄せて凝視すると、何故かいやらしい笑みを浮かべてこちらを見上げている。

 なんだこれ? いや、待てよ?

 そういえば、あの橋の時にもいたような気がするけど、え?

 

「か、カモ君失礼だよ!」

 

 僕の疑問をよそに、ネギ先生と肩上のフェレット? と小声で話し出す。

 

「いやいや、兄貴。これは重要な一件だ、姐さんは刹那の姐さん一筋だと思ってたんだが、意外な伏兵だなー」

 

 なんなんだろうか? この不思議生命体。

 色々と不思議はあると思ったが、予想外だった。

 とは思ったのだが、なにやら誤解が生まれているので訂正しておこう。

 

「えーと、そこのフェレットのカモでいいのかな?」

 

「フェレットじゃねえぜ! こう見ても由緒正しいオコジョ妖精、アルベール・カモミールだぜ! カモと呼んでくんな、太刀の旦那!」

 

 オコジョか。

 よく見たら愛嬌のある顔をしているけど、日本語喋るのが凄い違和感があるな。

 声帯とかどうなってるんだろう?

 

「とりあえず訂正しておくけど、ないから」

 

 軽やかに顔の前で横に手を振っておいた。

 

「ほほう? とはいえ、会話したのは事実じゃないんですかい?」

 

 疑り深いのか、面白がっているのか。

 多分後者だろうと思うが、カモとやらがそういったので。

 

「まともに話したのは今日だしねー。顔見知りレベルだよ」

 

 その線はゼロだと、事実を告げておく。

 近衛さんは結構好みのタイプだと自分では思うが、二歳も年下だし、こういったことでもなければ交流のないだろう他校の少女だ。

 桜咲はまあどちらかが部活を辞めるまでは数ヶ月以上の長い付き合いになるだろうが、恋愛の感情を僕は自覚していないし、他人の感情は察することなんて出来ない。

 少なくとも嫌われてはいないと思うが、普通の部員同士の付き合い以上、多少の縁故の友情以下といったところだろう。

 まあその程度である。

 愛だの恋だの生まれるには程遠い。

 恋愛ドラマなど現実は容易く生まれないし、条件を満たすのは幸運な人間だけだ。

 

「それに大半は桜咲の話題だったし、どっちかというとただの聞き役だろうね」

 

 個人的印象を付け加えてそう説明しておいた。

 

「だって、カモ君」

 

「フ~ム? オレッチの見立てなら、結構好感度が高そうに見えたんですけどな~?」

 

 好印象に映っているなら僕としても安心出来る。

 

「短崎の兄ちゃんやしなー。ところで、そろそろいかないんか?」

 

 小太郎くんの言葉で、ようやく全員が時間を見た。

 

「あ、そろそろ戻ったほうがいいですね」

 

「そやなー。教室の手伝いもあるし、行こか。せっちゃん。ネギくん」

 

 桜咲とは取り出した携帯を見て、近衛さんは公園の時計を仰ぎ見る。

 そもそも時間が危ないから帰るはずだったんだけど、忘れていた。

 

「分かりました」

 

「遅れると姐さんにどやされるぜ、兄貴」

 

「それは困るよー!」

 

 桜咲が笑顔で頷き、ネギと肩のカモが会話をこなす。

 解散の流れだった。

 

「コタくんはどないする?」

 

「あー、俺はそのまま行くわ」

 

 近衛さんの言葉に、小太郎君は首を横に振る。

 そして、ぽりぽりと顎下を掻いてから、ネギ先生を見た。

 

「ネギ、明日は大会やぞ。しっかり体を暖めとけな」

 

「うん!」

 

「じゃあ、途中まで一緒に行こうか」

 

「おー、分かったわ」

 

 鞄と竹刀袋を背負い直し、僕は「じゃあ、解散。さようなら」といって別れた。

 お互い違う方角の出口に歩き出そうとしたときだった。

 

「あー、短崎先輩ー!」

 

 近衛さんの声が聞こえて、慌てて振り返った。

 

「ん?」

 

「明日もしよかったら、ウチの占い館に来てなー! サービスするで」

 

 といって、善意だけの笑顔でそう言いながら手を振る近衛さん。

 占いでどうサービスするのだろうか、値段だろうか?

 

「あー、時間あったら」

 

 苦笑。そこまでお節介を焼かなくてもいいのだがと思うが、素直に受け止めておくのも厚かましいんで言い訳をする。

 その横でペコペコと頭を下げる桜咲にも、内心笑うしかないのだが。

 あ、そうだ。

 

「桜咲、明日の約束は忘れないでね」

 

 僕の言葉に、桜咲は一瞬記憶を探るように上に視線を上げて、すぐに頷く。

 ちゃんと憶えていたらしい。

 

「あ、はい。分かってます、大会ですね」

 

 へ? と首を傾げているネギと小太郎の様子に僕は気付いたが、そのまま言葉を続ける。

 

「じゃあ、明日十七時半ぐらいに」

 

「分かりました」

 

「よろしくね。それじゃ」

 

 最終確認して、僕は背を向けた。

 なにやら後ろの方で、桜咲が近衛さんに掴まれていたような気がするが、まあ誤解はすぐに解けるだろう。

 色気の無い話だし。

 

「いこか、小太郎くん」

 

「ええけど、約束ってなんや? デートか?」

 

 公園の外へと歩きながら、小太郎くんが少しだけ楽しそうに尋ねてきた。

 確か出会った時は女なんて下らん! みたいな硬派を気取っていたはずなんだけどなぁ。

 長渡に影響されたかな?

 

「違う違う、明日の麻帆良祭で格闘系の大会があってね。刃物じゃなければ、武器の持込可能らしいからそこに一緒に申し込んだんだ」

 

「へ? もしかして、兄ちゃん。出場するんか?」

 

 こちらの左腕を見て、少しだけ眉を歪める小太郎くん。

 

「出るよ。そのための約束だから」

 

 僕は出来るだけ平然と見えるように笑みを浮かべて、左腕を右手で叩いた。

 

「腕、平気なんか?」

 

 その心配は当たり前だ。

 善意による心配。

 当たり前のような判断による不具の弱さ。

 何もかも承知しているけれど。

 

 

「――片腕一本、それぐらいで諦める理由にはならないから」

 

 

 右手だけの一刀。

 太刀の振るいを練習してきた。手の内を出来うる限り覚え直した。

 付け焼刃というなら笑え、ただの打ち直しかもしれない。

 だけど、それでも引けない理由がある。

 マトモに、弱っても戦えるなら戦うべきだ。

 それに。

 

「小太郎くんも出るんでしょ?」

 

「え?」

 

「まほら武道会」

 

「長渡の兄ちゃんから聞いたんか?」

 

「まあね。それと、もしかして聞いてない?」

 

「へ?」

 

 首を傾げる彼の態度に、半ば確信する。

 少しだけ悪戯心が湧いて、もったいぶるように口を開いた。

 

「明日、僕と桜咲が出るのもまほら武道会だよ?」

 

 小太郎くんが驚いた顔がよく見えるように、僕は顔を向けて言った。

 一瞬の硬直。

 そして、彼は大きく口を開けて。

 

「なんやってー!?」

 

 小太郎くんが驚愕したのに、僕は少しだけ笑った。

 

 

 

 

 

 その後。

 適当に飯済ませて、鍛錬するわー!

 と火の玉のように飛び出していった小太郎くんに別れを告げて、ちらほらと日が暮れてきた麻帆良の中を歩いていた。

 寮に帰ったら軽く素振りして、夜に最後の調整として長渡と組み手をする約束になっている。

 多少体を温めておかないと、今の僕だとあっさりやられてしまいそうだから。

 

「でも、なんかお土産ぐらい買って置いたほうがいいかな?」

 

 お祭り騒ぎは終わらない。

 出店のようにリンゴ飴やヤキソバなどを売っている店を覗くだけでも楽しい。

 明日のスケジュールは大会前までは結構ガラガラだし、長渡たちとは現場判断で会ったり会わなかったりする程度。

 夕食を一緒にするか? ぐらいの制限だから、パンフレットを見ながら予定を考えるのも楽しいかな?

 

「あ、すいません」

 

 そんなことを考えていた所為だろうか。

 人ごみの一角と肩をぶつけた。ガチャンと右肩に掛けていた竹刀袋が滑り落ちる。

 わらわらと歩き続ける人の流れに、その流れに投げ込んだ石のように呑まれそうになって。

 

「あ、すいません! 拾わせてください!」

 

 左腕に掛けていた学生カバンが落ちないように気をつけながら、しゃがもうとして。

 

 ――さっと伸ばされた白い手が、竹刀袋を拾い上げた。

 

 細い指先、黒い裾、まるで人形の洋服のようなフリルの付いた裾。

 

「ありがとうございます」

 

 仮装している人かな?

 そう考えながら差し出された竹刀袋を受け取り、顔を上げたが。

 

「あれ?」

 

 差し出しただろう人物は"いなかった"

 顔を上げるまでの短時間に、人ごみに紛れてしまったのだろうか?

 

「おかしいな」

 

 違和感を覚えながらも、僕はしょうがないから立ち去ろうとして。

 

 ――  。

 

 耳にへばりつくような微かな笑い声が、届いて。

 視界の隅、舞い踊る仮装者たちの美しい舞踏、色鮮やかな色彩の町並み。

 そこに一瞬だけ垣間見えた"白髪"。

 全身の毛穴が開いたような、逆立ったような感覚。

 だけど、次に瞬きした時には、それはどこにもいなかった。

 見間違い? 幻覚?

 

「まさか」

 

 きっとそうだ。

 吐き気が込み上げる幻覚に、頭を振ってそう思う。

 

「いるわけが無い」

 

 そう呟いても、何故か背中から噴き出した脂汗は止まらなかった。

 まるで涙を流すように。

 怯えるように。

 

 吐き気が止まなかった。

 

 

 

 ――クスクスクス。

 

 

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