欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
さあ本番だ。
振り上げる。
怒りを篭めて。
振り下ろす。
憎悪を篭めて。
「しねえええええええっ!」
振り下ろしたもの――片腕ほどもある大きなハンマー。
振り下ろされたもの――片足ほどもある細く滑らかな樹木の杭。
白木の杭、それに宿木を人工的に刺し技した呪杭。それを指定ポイントに捻じ込め、撃ち込んだ。
決められた位置、事前にチョークを引いたポイント。
この地域に打ち込んだのは数えて三十四本、大体これで最後のはずだ。
頭に被った安全ヘルメットの位置を直し、首に下げたタオルで汗を拭う。土木作業員のような気分。
「よし、次はどこだ春日井!」
鉄槌を肩に担いで、次に必要な作業箇所を隣に立っていた後輩に尋ねる。
「えーと、ちょっとまってくださいねっ」
あわわわとうろたえるふっくらしたぷにぷに頬、ぱっちりとした目つきと可愛らしい顔つきに、白い衣と赤い袴、左右に結わえた黒髪を緑の蔓紐で縛り上げたいわゆる巫女服姿の少女。
身長150センチ、体型はアチャー、なうちの生徒会の新人。
春日井小萌。
名前からしてロリ体型になることを宿命付けられたようなドジっ子会計である。
「って、なんか変なこと考えませんでした?」
ロリの癖に鋭い目つきでこちらを見上げてくるが、俺は目線を逸らす。
「気のせいだろ。で、他は?」
ペラペラと分厚いファイルを春日井が捲る。
世界樹による魔力溜まり、それの緩和作業の設計図。
「えーと、大体私たちの担当区域は打ち終わりましたねー」
「遅れているところはねえか?」
「えーと、えとえと、ちょっとまってくださいね」
慌てて無線機を取り出し、連絡を行なう春日井。
それを置いて、俺は近くの時計を見上げた。
――午前六時三十七分。
朝の四時から開始した土木作業もようやく終わりそうだが、麻帆良祭開園まであと三時間ちょっと。
やるべきことはまだまだ腐るほどある。
「春日井、遅れているところがあったら他の役員と手空きの面子を援軍にやらせろ。七時までには作業を終わらせるようにな。遅れたらしばくって言っておけ」
「ええー! わ、私には無理ですよー!」
三森先輩が脅してくださいー! と涙目で言ってくるが、俺は無視して上着を脱いだ。
ちらほらと既に熱心な学生が道端を歩いているが、気にせず上半身裸になる。
「って、先輩なんで脱いでるんですか! いや! まさか、こんな路上で」
青姦+露出プレイなんて高等技法過ぎます~!!
とかほざいている馬鹿に、とりあえずチョップを叩き込んでおいた。
「はにゃ!」
「阿呆か、馬鹿」
悶絶する後輩を見下ろしながら、換えのシャツを着る。
面倒くさいので半そでのYシャツを羽織って、ズボンに入れておいた生徒会の腕章を腕に嵌める。
「俺は建築件の連中に渡りつけてくるから、他の作業担当の地脈チェックと術式の再確認をしておけ。失敗したら埋めるぞ、首以外残して」
それなりに大きい金魚鉢と腐葉土があれば可能である。
「はにゃはー!! それは遠まわしに殺人予告ですよ!」
「人間には皮膚呼吸がある! じゃあ、気合入れてやれよ。終わったら適当に朝食済ませていいから」
それだけ伝えると、俺は後輩の頭を軽く撫でる程度に叩いてから、次の現場に向かって走った。
全力疾走、但し魔力供給無し。
開園まであと三時間。
全ての作業を終えておかないといけない。
麻帆良祭。
関東県はもちろん、県外からも人が集まる世界有数の学園都市のイベントだ。
全校合同の大規模イベント、三日三晩授業どころではなくテーマパークさながらの喧騒になる。
そして、それのために麻帆良祭実行委員は下準備に半年、構想や予算などの算出も考えれば一年近く、前年度の麻帆良祭が終わってから次の来年の準備を開始するほどだ。
派手な祭りとは裏腹に下準備は地味で、だけどとても大切だ。
各部活などのイベントの計画提案書の確認、各クラスのイベントなどの間取りと予算の確認、それぞれの予定場所が被らないかどうかのチェック。
狂ったようにそれぞれの人員の割り振り、連日連夜の会議と連絡事項の通達に走り回る日々。
工学部に対する資材の調達、都市外部に対する発注作業や契約書の確認。麻帆良祭のパンフ、宣伝内容のチェック、それらのイベントなどの内容と問題行為がないかどうか監査委員会が確認。予算を減らすための難癖、それに対する討論会議。
異議有り! 待った!! 鞭がバシィッ! 判決無罪!
幾ら巨額の資金があっても予算は有限、交渉に明け暮れ、少しでも他の学校よりも高い予算を得るための駆け引き。
お互いに足を引っ張り合う泥沼になりながらも、作業段階で必ず出るトラブル、クレーム処理。下の現場生徒で解決できるレベルならいいが、そうじゃなければ上の人間が顔を出す必要がある、何が原因で失敗するかも分からないからクレームを含めて報告書のチェック。分かりやすいのならばともかく、専門じゃないだろう奴の報告書もある、意味が分からない。電話をする、それで作業が遅れる。コロシタクナル。
ここ一ヶ月経済新聞の如き勢いで読んでいる報告書にサインをする。生徒会長は狂ったように書類に目を通して判子を押す、笑顔でどぎつい色の栄養ドリンクを飲み続ける。副会長は独り言を呟きながら書類に目を通し、歌いながら電話をかける、指示を通達する、毒舌十五割増し。その横で電卓を叩き続ける会計、その後ろで書類をチェックし、振り分け作業をする俺。
当たり前のように何名か過労で倒れる、十数名単位で救急入院、その分負担が増える、仕事の役割振り直し。準備に取り掛かっている教員も何名か倒れかける、若さが足りないんだよと歳を感じる愚痴を聞いてしまう。
人手が減っては負担が増えて、また誰かが倒れて仕事が増えて、終わらない地獄のループ。いっそ誰か殺してくれ、奇声が飛び交う魔界の光景。
終盤の実行委員たちの合言葉は麻帆良祭氏ね、くたばれ、などなど思い出すのもおぞましい暴言の嵐。
幻覚が見えてきたらドクターストップ、ローテーションで2時間睡眠、常に誰かが起きている、仕事をしている状態。
麻帆良祭ギリギリまで仕事を伸ばせば全員肝心の麻帆良祭でぶっ倒れていることになるので、麻帆良祭五日前での全工程終了期限。
クレーム処理と通常帰宅などで済む程度にまで書類や手配業務の終了、それが終わった時の感動は一塩。
朝日が黄色く見えた。
徹夜明けのテンションで実行委員たちが水の張ったままだったプールに飛び込み、八割以上が浮かび上がらずに入水自殺寸前になったのはいい思い出だった。
そして、夜明け状態で仮眠を取ろうとした瞬間。
――魔法関係者に対する通達があったのだ。
午前九時半、俺は目の前にそびえる巨大な樹木に祈りを捧げていた。
両手を合わせて、目を見開き、魔力すら篭めながら。
「世界樹死ね! 世界樹腐れ!」
こちらの仕事を増やしがった怨敵に呪詛を送る。
「せんぱーい、どーどー。ほら、これ上げますから」
「お、サンキュウ」
後輩が渡してくれたゼリータイプのエネルギーメイトを受け取り、蓋を開けて、ジュウっと飲み込んだ。
カラカラだった胃に食物が入って、動き出すのを実感する。
ついでにまだ少し眠いので、眠々打倒の瓶の中身を飲み込んだ。どろりとしたブラックコーヒーにも似た風味とカフェインの不味さが脳を刺激するが、そんなにすぐには眠気が吹き飛ばない。
「栄養ドリンクに頼ると、体に悪いですよ」
「これが終われば健康的な生活にするよ」
後輩の心配を受けとりつつ、首を回す。
本来なら今頃は生徒会室で暢気にクレーム処理か大したことの無い作業を待って、麻帆良祭の成功を祈ればいいだけだったはずだった。
のだが、それはもう出来ない。
二十二年に一度に起きる世界樹の活性化。
異常気象のおかげで、予定よりも一年速く世界樹の活性化が訪れた。
それが判明したのが麻帆良祭開始五日前。
それから突貫作業でこの世界樹が起こす奇跡、という名の呪い。災いしか呼ばない腐れ樹への対策に明け暮れる嵌めになった。
魔力溜まりの発生防止と被害のせめてもの緩和のために、魔力を吸い殺すヤドリギの杭を霊脈に沿って打ち込み、場に溜まる魔力濃度を相殺。
さらに、一定箇所に対して溜まるのを防ぐためにせめてもの霊的バイパスを作成し、結界系術者、風水師のスキルを持つ生徒、教員を総動員しての霊脈改造。
盆地のように溜まる魔力を、少しでも外部に流出させて、その濃度を落とし、万が一の被害を軽減させる。
モニュメントに偽装した霊具や、模様に偽装した術式などで、"縁結び"という名の呪詛を封殺。
三段構えの対策工程だったが所詮実質作業期間は三日程度、圧倒的に時間も機材も足りない付け焼刃に加えて、世界樹の膨大な魔力は一流魔法使いの保有可能魔力の数千、数万倍近い圧倒的な量がある。
まだ少ない初日ならばともかく、二日目、最終日にはこの程度の術式は膨大な魔力量で焼き切られる、粉砕されるだろう。
正しい理を圧倒的な力で叩き潰される、最低なノリ。
理不尽だが、現実はそんなものだ。
とはいえ、それで諦めきれるほど人間ってのは頭がよくない。だから手を打つ。
事前に魔力溜まりになる場所、特に目の届きにくい場所は工事や他の告白など出来ようも無い感じの店舗を配置し、物理的に妨害。
一部の魔法生徒や教員などの臨時休憩所も建設して、流れ込む魔力を逆に利用してヒーリング施設にも変えた。大事故などが起きた際にはここで治療すれば、被害が抑えられる。
「ああ、そうだ。春日井、封鎖は終わったからパトロール生徒に連絡回しておいてくれ」
鞄から取り出したパトロール生徒及び教員の名簿を取り出し、名前と電話番号を確認する。
「連絡ってなんですか?」
「今九時半だろ? 突然の風邪とか、事故とかで出られない奴がいるかもしれないからそれのチェックだ」
昔同じような感じのバイトとかをした時だったが、数人でも遅れたり、或いはアクシデントで遅れる人間が土壇場で出るだけで命取りになる。
遅れるなら遅れる。
来れないなら来れない。
それが分かるだけでぐっと対応が変わる。臨機応変に対応するための下拵えってところだ。
「徹底的ですね~」
「阿呆。俺たちがしっかりやらないと、一生台無しにされる人間が出るかもしれねえんだぞ? 後味が悪すぎるだろうが」
世界中の呪い。
初日ならまだ軽度で、いや初日でも感受性が高い、抵抗力の低い人間なら人格が吹っ飛ぶほどの強い呪詛だ
どこの馬鹿が考えたか、魔法界に存在する惚れ薬の例を考えてもその悪質さは簡単に把握できる。
ある程度エンドルフィンなどの脳内麻薬の分泌を高めて、興奮させる媚薬の類ならばまだ笑えるが。
魔法における惚れ薬は殆ど洗脳だ。
相手に対する情欲、愛欲を全面的に押し出し、その人間の人格が持つ判断能力を剥ぎ取る悪魔の薬。
常習性のある麻薬を用いての人格崩壊、それによる再教育などのプロセスをかなり短縮して忠実な奴隷を作成出来るといっても過言じゃない。
戦闘の道具、忠誠を求めての再教育には向かないが、性奴隷などの"製造"には使用されているケースも多いし、そのために違法にされていると言ってもおかしくない。
臨床ケースなどはないが、世界樹の魔力を用いて告白した場合、初日と二日目ならば人格の破綻、三日目には過剰な恋愛感情で暴走し、相手に危害を加える可能性すらある。
そもそも恋愛感情は節度が大切だ。
全力で誰かを好きになるのは美しいし、応援したくなるが、それが行き過ぎれば昨今のストーカー被害や、エロゲーなどにおけるヤンデレとは比べ物にならない猟奇事件を起こす可能性がある。
万が一のために学園長が専門の解呪技術者や穢れ祓いの神官などとも渡りを着けているらしく、最悪の状況には一応備えてはいる。
とはいえ。
「しくじったらそいつの思い出とか台無しだからな……」
軽度ならばいいが、重度の治療は一日二日で治るわけがない。
しばらくの治療期間が必要になるだろうし、告白された相手だけではなく告白した相手にもなんらかの記憶処置が必要になるだろう。
誰もまさか告白した相手が自分を好きになるだけじゃなく、劣情まで抱くなんて想像もしない。
実ることを望んでも、それは幸せな結末のはずだ。
だから。
俺は世界樹を嫌う。
一昔前のギャルゲーの伝説の木の方がまだマシだ。
幸せなカップルになると名言されただけで、結局そこに行くのは好きな相手同士だけなのだから。幸せになれると決まっているのだから。
勝手に結びつけるな。
現実はラブコメじゃないんだ、その所為で誰かが嘆くことになる。
「気合入れろよ、春日井」
手の平に拳を叩きつける。
気合を入れる。
「魔法使いってのはささやかな幸せを、頑張って保つための業務があるんだからな」
「はいっ!」
麻帆良祭の開始はまもなく。
誰も泣かないで済むことを祈ろうか。