欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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五十六話:騒がしいのも楽しいから

 

 騒がしいのも楽しいから。

 

 

 

 麻帆良祭が始まってから四時間近く、僕は騒がしい外の音を聞きながらペンを走らせていた。

 

「えーと、これで合ってるかな?」

 

 右手で電卓を叩き、計算した金額が間違ってないことを軽く試算してから手を離して、ペンに持ち直す。

 さらさらと会計代わりのノートに計算結果を書き記して、その横にカウントしておいた客数を書き加えた。

 ……結構なお客さんが来たなぁ。と思う。

 臨時の会計台となっている机から顔を上げると、ぞろぞろと教室の中で賑やかに喋っているお客さんたちが見えた。

 お客さんたちが食べているのは蕎麦だった。

 そう、うちのクラスの出し物は蕎麦。しかも本格手打ち蕎麦である。

 というのも、クラスメイトの一人が蕎麦屋の息子だったのに加えて、僕も含めて料理スキルが高い男子が十数名近くいたのだ。

 日本料理ぐらいチョレ~♪ などといいながら、手際よくメニューのサンプルなどを作っている様子を見てクラスの女子の何名かがうちひしがれてたけど、まあ仕方が無い。

 あれよあれよと早い段階から教室の改装を終わらせると、質の良い材料の仕入れや、元手を取り返すいや黒字を出すための会議などが連日行なわれて、出来上がったのが本格蕎麦屋である。

 少し覗けば、教室の奥の方でのし棒を使って麺体を伸ばしたり、大鍋で茹でている調理担当のクラスメイトの姿も見える。

 他にも蕎麦以外の丼ものの注文に応えて手際よく調理を続けている知り合いの姿に、本当なら僕もあそこで慌しく調理をしているはずだったことを思い出す。

 片手じゃ調理は出来ない。

 それ故に一番簡単で支障のない会計と受付をやっている。

 客足は途絶えることはないから暇というわけじゃないけれど、少し疲れる。

 右手一本だけでペンを握り、必要な時はお釣りを数えて、お金を渡す。両手を使わないと少しむっとするお客さんもいるし、お金のやり取りはもう一人の受付担当がやって、僕はもっぱら集金の計算だけだった。

 役立たずさを実感するが、毒づくわけにも行かずにただひたすら作業をする。

 そうでもしないとクラスメイトに申し訳ない。

 そう考えて、午後一時を回る頃。

 

「短崎ーっ」

 

「ん?」

 

「交代だぜ。ご苦労さん」

 

 午前中遊んできたらしいクラスメイトが、僕の肩を叩いて告げた。

 

「もうこんな時間か。よし、遊ぶかー!」

 

「だね」

 

 相方の受付係と一緒に、カウンターから出る。

 蕎麦屋ということで着ていた和風衣装――自前の作務衣の裾を揺らし、竹刀袋を肩に担ぎながら次の担当の受付クラスメイトに手を振った。

 

「じゃ、あとよろしくね」

 

「楽しんでこいやー。っと、いらっしゃいませー!」

 

 次々と来るお客さんに挨拶をするクラスメイトを背に、僕は歩き出した。

 

 

 さて、どこに行こうかなぁ。

 まずは長渡の演舞会を見に行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中武研の道場に行くと、そこには無数の人だかりと囲いがあった。

 僕はその中に割り込んで、会場を見る。

 道場の中は静粛な雰囲気で、外部の騒がしさの中でも静けさを保っていた。

 そして、順番に色鮮やかな拳法着を身に付けた中武研の部員たちがそれぞれの型――套路を行なっていた。

 僕も覚えがある、見せる為の動き。

 長渡から教えてもらったことのある拳法の型に、あと僕には分からない動きなどで次々と拳を突き出し、手を動かし、足を動かし、空気を震わせる。

 そのどれにも共通しているのは、凛とした佇まいと圧倒的な積み重ねの数々。

 一部の見物客は套路における動きの緩慢さに、野次を飛ばしたりすることがあったけれど、繰り出されていく動きの重みに言葉を失う。

 拳を突き出せば天が鳴き。

 足を踏み出せば地が騒ぎ。

 功をなせば天地に至る。

 以前長渡が口癖のように呟いていた言葉、それを思い出すように誰もが真剣な眼差しで、汗を噴き出し、己の技を見せる。

 そして。

 七人を超えた辺りだろうか、長渡の出番が来た。

 普段は簡素な紐で縛っている後ろ髪を鮮やかな朱色の紐で縛り、揺ら揺らと揺らしながら紺色の拳法着で会場に立つ。

 丁寧な、落ち着いた態度で僕らに礼をする。

 

「長渡 光世です。太極拳の表演をさせていただきます」

 

 落ち着いた言葉。

 太極拳? というざわめき。健康体操のイメージがあるだろうから、戸惑いは分かる。

 揶揄するようなお喋りがあるけれど、長渡は落ち着いてこちらを見渡す。

 

 一瞬だけ目があった。

 

 邪魔はしない。だから、僕は笑って頑張れという視線を送るだけ。

 長渡が軽く息を吸い込む。

 静かに腰を落とし、ずっしりとした姿勢。だけど、それがとても身軽だと知っている。

 長渡が動いた。

 鋭く、重い突きを繰り出す。

 早く、流れるような演舞を行なう。

 声は無い。

 音は無い。

 だけど、それはとても重々しくて、息が詰まるよう。

 五分か、十分か、長いようで短い演舞の数々。

 そして、最後になるだろう動き。

 長渡が右手を僅かに上げた、右足を共に浮かばせ――胸の前で両手を重ねると共に足を叩き付けた。

 靴底が床を鳴らす、震脚の一撃。

 ズシンッ! と床が震えたような気がした。

 

『ぅわっ』

 

 板張りの床が軋みを上げる、それにどれだけの重みがあったのか想像するだけで誰もが息を飲む。

 そして、ゆるゆると長渡は息を吐き出し、姿勢を整え、礼を持って終えた。

 拍手は、ない。

 だけど、ただ心に残ると思える表演だった。

 

 そして。

 

 そのあとゲストとして来ていたらしいネギ先生が短期間で修練を積んだとは思えない八極拳の套路を魅せ。

 最後のトリとして古菲さんが表演を行なった。

 見た目にも幼いネギ先生の表演に、そしてもっとも凄烈で可憐だった古菲さんの表演に誰もが感嘆し、中武研部員たちの最後の一礼に誰もが拍手をした。

 拍手の洪水だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 演舞会を見終えて、僕はぶらぶらと離れて麻帆良祭を楽しんでいた。

 

 騒音と人の洪水だと思う。

 ぶらぶらと歩いているだけで笑い声が、騒がしい宣伝の声が、楽しげな家族達の会話が聞こえる。

 ゆらり、ゆらりと、人にぶつからないように気を付けて歩きながら、僕は適当に食べ歩いていた。

 適当に見て回りながら、珍しい食べ物を食べ歩くだけでも十二分に楽しい。

 

「ひゃて、つぎふぁどこふぇうぃごう?」

 

 露天のタコスを噛んだまま、僕は麻帆良祭ガイドマップを開いた。

 事前に三森から渡された麻帆良ガイドマップのマップには、赤枠でここには近寄るな! というチェックマークがついている。

 通過に立ち寄るならともかく異性とは絶対に一緒に近寄るなという注意を受けているが、幸い僕はフリーだ。

 マップで道を確認しながら、最寄の出店を見ていこうと歩いていく。

 

「しかし、凄いよなぁ」

 

 タコスを飲み込み、僕は人ごみの中を歩きながら呟く。

 去年から続いて、二度目の麻帆良祭だが未だに慣れることが出来ない。

 いや、毎年毎年派手さだけは変わらずに様相を一変させる麻帆良祭に慣れる人間なんているだろうか?

 下手なテーマパークの数倍以上に騒がしく、手の込んだお祭りだ。

 立ち寄る一般客が笑っている。

 一生懸命店を、催しを行なう生徒たちが楽しんでいる。

 音と光の洪水、空に舞い上がる無数の風船や紙ふぶきに、空でデモフライトを行なう航空部のショー。

 

「凄いねー」

 

「ママー、あそこ行こうよ! 早く早く~」

 

「あら、アレは何かしら?」

 

「すげー!」

 

 そんな声が聞こえる。

 誰もが楽しんでいる空気が伝わってくる。

 これが祭りだ。祝祭だ。

 普段は破天荒な学園だけど、それ故に麻帆良祭ではとても素敵なお祭りになる。

 これらに少しでも参加することが出来ることが嬉しく感じる。

 僕でさえそう思うのだから、実行の立役者として働いている生徒会の三森もきっと嬉しいだろう。

 

「と、こんな時間か」

 

 時計を見ると、そろそろ五時近くだった。

 古本市辺りで本でも買って、大会までの時間潰しにしようかな?

 と、ガイドマップを見て、古本市の場所を確認しながら歩いていると。

 

「ん?」

 

 なんか見覚えのある後姿を見かけた。

 ていうか、四名ほどの女子生徒がこそこそと売り物の棚の後ろに……隠れているのだろうか?

 その後ろから見かけた僕としてはすげえ怪しいと言わざるを得ない。

 具体的には桜咲、近衛さん、神楽坂さんに、知らない女生徒一名。

 

「……中々進展しないやねぇ」

 

「一時間もうろうろしているけど、さすが本好きね」

 

「まあお互いゆっくり時間を過ごすのが好きそうですし」

 

「くー、じれったいなぁ! 早く押し倒せばいいのに!」

 

「えーと、なにが?」

 

『え!?』

 

 なにやらゴニョゴニョといっていたので、声を掛けてみる。

 と、バッと四人が一気に振り向いてきた。少し怖かった。

 

「え、た、短崎先輩!?」

 

「なんでここに!?」

 

「あ、こんばんはー、短崎先輩♪」

 

「ほほう? これが噂の?」

 

「――四人一気に喋られても困るんだけど、聖徳太子じゃないし。誰かデバガメでもしてるの?」

 

 慌てた表情の神楽坂さんに桜咲、マイペースな近衛さん、あと知らないなんか怪しい笑みを浮かべている眼鏡をかけた黒髪ロングストレートの女生徒。

 クラスメイトかな?

 と、推測を立てながら、僕は軽く背伸びをして、四人が見ていた相手を確認すると。

 

 ――見知らぬ少女とネギ先生が楽しげに市場でお喋りしている姿だった。

 

「ネギ先生? と、あれは?」

 

「うちのクラスメイトののどか。宮崎のどか。ついでに、私は早乙女ハルナ。パルって呼んでいいよんっ♪」

 

 パッチリとした物怖じのしない目つきで、パルと名乗った少女が声をかけてくる。

 

「まあ早乙女さんと呼ばせてもらうよ。初対面だし」

 

「ぬー、かたっくるしいね~。もっと気軽にやろうよ」

 

「さ、早乙女さん! 失礼ですよ!」

 

「そやで。年上なんやから」

 

 肩を竦める早乙女さんに、桜咲と近衛さんが注意するが。

 ……あまり気にしてないね。

 度胸があるっていうより、少し馴れ馴れしい感じかな? まあたまにはこういうタイプもいるけど。

 と、軽く分析しつつ、状況を推測するに。

 

「生徒への付き合いかな? 年齢から考えるとデートのほうが合ってるかもしれないけど」

 

「そっ! 今まさにネギ先生とのどかがラブラブデート中ってわけさ!」

 

 ビシッと人差し指を立てて、手を突き出す早乙女さん。

 眼前に突き付けられた手はまあ細いな、と思いながら軽くため息を吐いて。

 

「で? デバガメ? 生徒相手にデートする先生ってのもどうかと思うけど、いい趣味じゃないよ」

 

 見ている方は楽しいかもしれないけど、正直褒められない行為だと思う。

 

「やめときなよ」

 

 だから、軽く注意する。

 

「えーでも、ネギが心配だし……アイツ、ドジだから」

 

 のどかちゃんに何をするか、って神楽坂さんが少しだけ済まなさそうに言う。

 その表情は見ていないといけないと心配、そんな顔をしていた。

 

「?」

 

 一瞬なんで彼女がそんな顔をするのか分からなかったけれど、分かった。

 あー、ネギ先生と一緒に大体いるし、ネギ先生の保護者みたいなもんなのかな?

 

「まあネギ先生は子供だし、気持ちは分かるけどね。よくないよ?」

 

 桜咲と近衛さん、あと早乙女さんにも優しく注意する。

 

「それに、あそこの彼女も君らのクラスメイトでしょ? 見たところ大人しそうだし、ネギ先生も子供だからそんな大したことにはならないよ」

 

 まあ年齢的にもネギ先生より年上だろうけど、まだ中学生だし、ネギ先生は子供だからそんなに問題にはならないだろう。

 キスや性交、セクハラの類などの淫行を行なうような真似はするはずないだろうし、健全な生徒との付き合いなら別に止める必要は無い。

 ちらっと視線を奥に飛ばすが、本を持って色々と楽しげに笑っているだけだ。

 囃し立てなければまあ大丈夫、だよな? 一応教師だし。

 そう僕がせめてもの楽観的な想像をしていると、目の前の少女は薄く笑って。

 

「甘い、甘いよー! 女子中学生、それも三年となったらもう立派な乙女! 今時の中学生は結構進んでるんだよ? もしかしたらキスまでしちゃうかもよ?」

 

「いやいや、さすがにないでしょ」

 

 ねえよ、とばかりの僕は手を横に振ったが。

 

「そうかな? 本当に言い切れる?」

 

 言い切れるー? と早乙女さんが同意を求めるように、他の三人に振り返る。

 僕の予想だと否定してくれると思っていたのだが。

 

「な、ななな、さすがにないでしょ! そんなことっ!」

 

 と、神楽坂さんは慌てて怒り。

 

「……いや、さすがに、ないですよね?」

 

「んー、どうやろなー?」

 

 と、桜咲と近衛さんが検討し始める始末。

 待て。

 宮崎さんという少女はそこまで積極的だったりするの?

 それとも僕の常識がおかしいの?

 ネギ先生も一応教師だし、普通に断るよね? 幾らなんでも。

 

「まあいいや。僕が口出しすることじゃないし」

 

 はぁっため息を吐いて、そろそろ立ち去るかと思った時だった。

 キャー! という声が聞こえた。

 

「ん?」

 

『あっ!』

 

 声のした方角に目を向けると、転びでもしたのか。

 宮崎さんが、ネギ先生を押し倒すっていうか、一緒に巻き込むような形で倒れていた。

 怪我、してないか?!

 

「っ、ちょっと手を貸してくる」

 

 どうせ部外者だし、様子見てすぐにさればいいだろう。

 

「あ、短崎先輩!」

 

「話しかけて、去るだけだから」

 

 桜咲の言葉に、短く返答して、僕は駆け出した。

 のだが。

 

 

「何をしているんですか!」

 

 

 それよりも早く、二人に声をかける誰かがいた。

 

 それは流れるような金髪を持った高校生らしき女生徒であり、何故か箒を携えた赤毛の女子中学生。

 

 今は知らぬ。

 

 されど、関わることになる少女たちへの最初の顔合わせだった。

 

 

 

 

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