欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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五十七話:それは眩しいから

 

 

 

 それは眩しいから。

 

 

 

 

 誰も彼もが緊張していた。

 朝から集まり、出番待ちの退屈な時間。誰も彼もがそわそわしているし、ひっきりなしに柔軟体操とリハーサルのように套路をやり直している。

 気持ちは分かるが、俺は組み立て式のパイプ椅子に腰掛けて、缶ジュースを飲んでいた。

 喉を鳴らす。甘い果汁が喉を通って、胃に流れ込む。

 それを感じ取る。

 先日の夜、短崎とやりあい、打ち込まれた肩やわき腹が微かに痛む。痣になっているかもしれないが、心地いい熱だ。

 緊張は適度に、だけど冷静に、体は動く。それがベストコンディション。

 

「お待たせしましたー!」

 

 その時だった。

 部員たちが待機している控え室に、聞き覚えのある声が響いたのは。

 誰かは見なくても分かる。

 

「おー、着替え終わったか。じゃあ、今日は頼むぜ、ネギ先生!」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 子供用の拳法着に着替えた赤毛の少年。

 ――ネギ・スプリングフィールド。

 急遽参加することになった特別ゲスト。

 古菲に頼まれたらしく、やってきたネギ少年。

 まだ八極拳を古菲から教わって半年も経っていないとは思えない上達っぷり、部員の皆もこれなら平気かと納得済み。

 まあ有名人ではあるし、害もないからいいかと俺も諦める。

 

「小太郎は付き添いか?」

 

「そやなー。一人でネギ歩かせると、心配やしなー」

 

 やれやれと肩を竦めて、小太郎がため息を吐き出す。

 

「えー、小太郎くん。僕一人でも大丈夫だよ!」

 

 それにネギ少年が心外だとばかりに怒るが、ぐわしと即座に小太郎に口の端を掴まれて。

 

「どの口が言ってるんや、どの口が」

 

「いひゃい! いひゃい!」

 

 たてたてよこよこ、と小太郎に引っ張られるネギ少年。

 真面目に痛いのだろう、ちょっと目が潤んで、ぼえぼえな悲鳴を上げる光景に皆が微笑ましく見ていると。

 

「みんなー、そろそろ出番アルヨ~!」

 

 鮮やかな朱色の拳法着、チャイナドレスにも似たスリットのあるそれを着こなした古菲が控えに入って声を上げた。

 メインのオオトリ、一番華やかな古菲のためのデザイン。よく似合っていると言えば似合ってる。

 部員の何名かが視線をさりげなくだが、注目させているのが分かる。

 うん、実にロリコン共め。まあ俺とは二つしか歳が離れていないが。

 

「じゃ、行くか」

 

 手にしていた缶ジュース。その最後の一滴を飲み込んで、俺は軽く靴裏を床に叩きつけて立ち上がった。

 足音を鳴らす。それだけで注目を惹ける。

 

「晴れ舞台だしな。頑張ろうぜ」

 

 らしくもないが、俺はそう言った。

 気合を入れる、そんな言葉。

 

「……だな」

 

「よーし、いっちょやったるか!」

 

「頑張るアル!」

 

「頑張ります!」

 

「気張ってなー! 応援しとるで!」

 

 誰もが手を掲げて、気合を上げた。

 緊張を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 誰も彼もが懸命に己を魅せていた。

 沢山の人に見られる緊張に襲われながらも練習通りに、いや練習以上の切れを見せて套路を披露する。

 相手はいない。

 戦う相手はいないただの動作。

 だけど、その拳の威力は風が教えてくれて。

 けれど、その踏み込みの凄さは地面が伝えてくれる。

 それで十分、観客の表情と息を飲む声だけが拍手の代わりになっている。

 

「すごい、ですね」

 

 静かに声を洩らす少年がいた。

 横に座るネギ少年。

 俺は前を見ながら返事をする。

 

「ずっと練習をしていたからな。今やっている人は十年だったか? その前の先輩はもう七年もやってるよ」

 

 舞い踊るような動き。

 手足の隅々にまで神経を張り巡らせ、意識を伝えたような精密にして高速動作。

 一見すれば簡単。

 だけど、簡単には真似出来ない修練の結果。

 

「十年、も……」

 

 風を切る、体を動かす、正しき動作を止まる事無く続ける凄さ。

 それを行なう人たちは少年が生きていた年月と同じぐらい武術をやってきたのだと告げると、ネギ少年の顔が驚いたような顔をしていた。

 自分の生きていた時間と同じだけ続ける。

 その意味は実感しにくいと思う。

 今の俺でさえあまり湧かない。だけどこれだけは分かる。

 

「長くな。やらないと出来ないものもあるんだ」

 

 水滴が石を削る芸術のように。

 鉄を叩き続けて、鋼に変えるように。

 積み重ねてきたものがある。

 努力は体に染み込んで、実を結ばなくても確かに記憶と経験として存在する。

 努力は裏切らない。

 それを無駄と思うか、良かったと思うか、それは人それぞれだけど。

 

「努力ってそんなもんだろ?」

 

 そういって言葉を終えた。

 

「はい」

 

 ネギ少年がかすかに頷く。

 その顔は少しだけ困っていて、一生懸命飲み込もうとしている赤ん坊のような表情だった。

 少しだけ苦笑して。

 

「まあまだ実感出来ねえか」

 

「い、いえ! そんなことは、ないです!」

 

 俺の指摘に慌ててネギ少年が首を横に振る。

 けど、その態度が図星だと証明しているのだが。

 

「ま、無理して分かった振りはするな。もう少し年取れば、きっと分かるからよ」

 

 生きていて十七年近く。

 人生の半分も生きていない俺でも知ったかぶり程度。

 十歳の子供にはまだ遠すぎる経験、感覚。

 年月の重みなんて、生きている日々に砂のように積み重ねられるものだと考える。

 

「さて、行ってくるわ」

 

 先輩の表演が終わる。

 俺の出番が来る。息を吸い込んで、ゆっくりと立ち上がる。

 

「頑張ってくださいっ」

 

 小さな声で、ネギ少年がそう言ってくれた。

 

「しっかり頑張るアルヨ」

 

 出番待ちの古菲もまた声を掛けてきた。どの部員も送り出した時に伝えたように、力強い声。

 俺は笑って、少しだけ親指を立てる。

 多分どこかで見ている小太郎にも見せるために。

 舞台に上がる。

 視線が集まる。それを肌で感じ取りながら、舞台の真ん中にしっかりと背筋を伸ばして辿り着き。

 

「長渡 光世です。太極拳の表演をさせていただきます」

 

 静けさに負けないように、胸を張って告げた。

 ざわめきが聞こえる、揶揄するような態度が観客に見える。

 太極拳のイメージ、健康体操の認識が世間に広まっているからしょうがない。

 さあ覆してやるかと気合を入れて。

 

 ――観客の中に見知った顔を一人見つけた。

 

 短崎がこちらに眼を向けている、それを理解する。

 わざわざ見に来てくれたらしい、サンキュウなと思いながら、俺は少しだけ口元を歪めて、腰を落とした。

 頭の中で套路をお浚いする。

 そして、記憶と体に覚えこませた套路を繰り出した。

 空へと手を突き出す。腰を捻り、足指で地面を掴んで、真っ直ぐに。

 大地に足を叩きつける。体の重みを、血液の流れを、真っ直ぐに。

 幾つかは呼吸を抜く、表演用の動作に切り替えつつも、技のキレだけは決して変えない。全力を出し切る。

 全身から汗が噴き出す。

 視線による緊張で体が強張りそうになる。

 心臓がバクバクと音を立てて弱音を吐き出し、だけど俺は吐き出す呼吸に合わせて歯を噛み締めて、弱音を誤魔化す。

 悟られるな、ただ強気に見せろ。

 神経をすり減らすような五分間。節々が熱を持ち、軋みを上げるのを自覚しながら俺は最後のシメをする。

 金剛搗礁。

 重心を実感しながら、手を動かし、右足を浮かばせて――落とした。

 震脚。

 過去最高の手ごたえ、否、足ごたえ。

 痺れるような感覚が足から伝わり、全身に染み渡る。

 ――音が聞こえた。

 床が軋む、空気がざわめくような音。破壊音、床板の悲鳴。

 ビリビリと、我ながら鳥肌が立った。

 誰もが息を飲んだように思えた。

 だから、俺は心地よくて。

 

「っ」

 

 満足しながら、息を整え。

 背筋を伸ばしながら、礼をして。

 表演を終えた。

 

 最高の一演だったと、信じられた。

 

 

 

 

 

 ネギ少年の表演が始まった。

 二ヶ月ちょっとしかまだ始めていないはずなのに、その動きはしなやかで、鋭かった。

 古菲の教えがよかったのもあるのかもしれないが、おそらく才能があるのだと思う。

 タンッと音を鳴らす震脚の踏み込み、長く鍛錬を積まなければ手に入らないはずの重心移動、崩拳における体の捻りも体得しつつある。

 さすがに表演用の套路は習っていないらしく、どれも本格的な隠すことのない動作だったが、その分実力が分かった。

 

(あれは……八卦掌辺りやってるか?)

 

 一部見覚えのある動作の癖が見えていた。

 古菲の得意とする拳法、それも同時に伝えているに違いない。

 二足の草鞋はどうかと思うが、八極拳士ではない古菲が教える八極拳だけよりはマシだろうか。

 教師としての仕事もあるだろうに、どれだけの努力をしたのかかなりの上達ぶりだと思った。

 歳の低さによるもの珍しさに、それなりの有名人ということでネギ先生の表演は好意的に受け入れられた。

 そして、古菲の出番。

 真紅の拳法着、艶やかな肢体。

 凛々しい顔つき、普段のとぼけた顔つきなどどこにもなく真剣そのもの。

 

「中国武術研究会部長、古菲アル。よろしくアル」

 

 場に染み込むような声だった。

 一礼をして、場が静まると同時に始まったのは嵐のような動き。

 精密機械のように鋭くブレのない拳打。さらに旋転しながらの歩法と踏み込み。

 前に進む、形意拳で表向き分かりやすい拳風の動きを行ないながら、その足取りは絶え間ないが、軽やかな。

 ひらひらと拳法着の裾が舞い上がり、その手足が動くたびに風が切られる。

 一見すれば軽やかなにて重みがない、だけど踏み込む足の音が、衝撃が、その重みを知らせる。

 

「っ、ァ」

 

 短い気息。

 形意拳の表演用套路から、八卦掌へとシフトする。

 直線から円走、輪を回るような動き。

 舞台の上を舞い踊る、そんな表現がぴったりな動作。

 小柄な肢体が沈んだと思えば浮かび上がり、手を跳ね上げたと思えば足の位置が踏み変わる、波の様に捉えどころ無くあらゆる型を披露する。

 誰もが魅了されるような優雅な動き。

 誰かを打ちのめす、誰かを蹴り砕く、誰かを破壊する。

 そのための動作、技術である武術であるというのに、どこまでも昇華し、磨き上げればそれは人を魅了する芸術だと思えた。

 

「うぉ」

 

「さすが部長……」

 

「すげ~」

 

 傍に座る部員たちも息を飲む、感動する。

 俺も感嘆していた。

 古菲の技術の高さに。

 そして、本当に"楽しそうに笑っている"姿に。

 武術は好きだ。その気持ちは俺にもあるし、多分古菲にもあるのだろう。

 そんな好きなものに打ち込む姿は、とても眩しくて。

 

「ったく、叶わねえな……」

 

 誰をも惹き付ける、その心と人柄だけは叶わないと思った。

 強さではなく。

 ただの人間味として。

 最後の套路を終えて、一礼と共に湧き上がる拍手と喝采に。

 夢中で手を叩く部員たちと一緒に、俺は手を叩いた。

 

「ありがとうアルー!」

 

 笑顔を浮かべて、嬉しそうに声を上げる古菲をただ俺は見ていた。

 

 

 

 

 

 

 今回も盛況に終わった演舞会。

 本格的な打ち上げは麻帆良祭の後だが、ささやかな祝いをしていた。

 

『かんぱーい!』

 

 道場の裏、部員全員とネギと小太郎と一緒にジュースの紙カップを打ち合わせる。

 

「ひゃっはー! 中国武術最高!」

 

「古菲部長愛してるー!」

 

「結婚してくれー!」

 

 どさくさ紛れに告白する馬鹿多数。

 

「お断りアルー!」

 

 問答無用の撃墜。

 

「ふられたー!」

 

「あばばー!」

 

「ばーかばーか!」

 

 撃沈面子に、揶揄する部員たち。

 アルコールも入ってないのにテンションが高い面々。

 そんな連中を苦笑しながら、俺は見ていて。

 

「なあなあ、長渡兄ちゃん。この後暇かー? 暇なら麻帆良祭みてこうやー」

 

「ど、どうですか?」

 

「んー、片付けあるしなー」

 

 何故かちびっ子二人に懐かれていた。

 不思議である。

 まあ小太郎だったら、別に付き合ってもいいんだが。

 ネギ少年とはあまり付き合いが無いのを自覚していて、少し苦手だ。

 

「長渡ー! 部員全員で、一緒にご飯アルヨー!」

 

「肉食おうぜ、焼肉ー!」

 

「屋台回ろうぜー!」

 

 テンション高い面々も多いし。

 さてどうするかね? 個人的には一人でぶらぶら回るつもりだったのだが。

 そんなことを考えていた時だった。

 

 

「おー。おったおった、犬ジャリ。こんなところにおったんか」

 

 

 聞き覚えの無い女性の声が聞こえた。

 

「ん?」

 

 目を向ける。

 そこには女性用のスーツを見事に着こなし、黒く艶やかな髪を流した丸ぶち眼鏡の女性が佇んでいた。

 豊かな乳房に、丸みを帯びた体つき。色っぽい大人の女性だと思わせる雰囲気。

 目元は細やかに鋭く、口元は紅色の口紅を薄く塗っていて、収まりきらない胸元を艶やかに晒した格好は俺から見ても大人の色香を匂わせている。

 冷やかな佇まいなのに、何故かその肩に背負っているのは気だるさ。

 

「場所の指定ぐらいしておきー。おかげで散々歩き回ったさかい。疲れたわー」

 

 パタパタと手団扇で、顔を仰ぎながら女性が眼を向けたのは小太郎。

 

「ん? 千草姉ちゃんやなかいか、派遣されたの姉ちゃんなんか?」

 

 あ、という顔つきで、声を上げる小太郎。

 知り合いだったのか。

 

「阿呆。そうじゃなかったら、くそ暑い中わざわざ京都から出んわ~。はー、めんど」

 

 と、そこまで告げて。

 一人の人物が眼を見開いた。

 

「な、貴方は……」

 

 ネギ少年が驚いた顔を浮かべ、肩に乗っていたオコジョのカモは大げさに警戒した態度。

 女性、千草と呼ばれた人を睨み付けていた。

 

 

「ん? 久しぶりやな、坊や」

 

 

 少しだけ楽しげに眉を上げて、千草と呼ばれた女性が指を鳴らす。

 ただの指パッチン、けれどもネギ先生とオコジョは何故か体を強張らせ。

 

「二度目の自己紹介や。天ヶ崎千草さかい、よろしゅうな」

 

 ニタリと微笑んで。

 

「ま、忘れてもかまへんけど」

 

 

 何故か最後にヤル気なさそうに、そう呟いた。

 

 

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