欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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五十九話:知らない物語は語れない

 

 

 

 

 知らない物語は語れない。

 

 

 

 ざわめきが静まり返る。

 音が遠く響いているような気がした。

 それは目の前に立つ女性の雰囲気のせいなのだろうか。

 

「はあ、めんど」

 

 しかし、やれやれと首を回しているその態度からは考えられない。

 天ヶ崎千草と名乗った女性は欠伸をすると。

 

「ま、ええわ。やり合う理由もあらへんし、犬ジャリ。ちょっとこいや」

 

 クイクイと無造作に指を動かす。

 

「? なんや?」

 

 小太郎がほいほい巨乳の姉ちゃんに近寄ると、天ヶ崎と名乗った女性は肩に掛けていたポシェットの蓋を細い指で開いた。

 パチンッという小気味のいい音、中から取り出したのは十数枚近い――紙片。

 なんか漢字と記号のようなものを書かれたもの、それを小太郎に差し出す。

 

「ほい、頼まれた代物や。頼まれた十二枚と、サービスで二枚オマケや」

 

「おー、ありがとなー」

 

 受け取ると同時に小太郎が学生服の内側に仕舞い込む。

 その仕草を見て、俺は思わず。

 

「……賄賂か?」

 

「ちゃうわい。ま、傷薬みたいなもんや」

 

 あやふやにそういうが、その正体が大体推測できた。

 あの雨の夜、俺たちが病院で貼られたものと似ている。

 治療用の道具だろう。

 となると、やはりそちら関係の人間なのか?

 という目で見ていると、天ヶ崎は"こちらに気が付いたように"ニヤリと笑って。

 

「なんや? 坊やの仲間かいな」

 

 俺が違うと否定する前に、ネギ少年が叫んだ。

 

「ち、違います!」

 

 まあ事実はそうだが、ちょっとだけ心に傷つくものがある。

 

「ただの顔見知りだよ。で、アンタは? 小太郎のご親戚かなんかか?」

 

「ま、元飼い主ってところやな。雇い主ともいうけどなー、そこの坊やのおかげで左団扇やってる身や」

 

「?」

 

 意味が分からない。

 ネギ少年に目を向けるが、彼も困惑の顔。肩に乗るカモも首を傾げてるように見えた。

 

「なんや? 小太郎、説明しておらんかったんか?」

 

「あー、いや、説明する暇がなかったんや。あと別にいらへんかなーて」

 

 天ヶ崎の言葉に、小太郎が頬を掻いていた。

 

「そか。ま、それならそれでええわ。赤毛の坊や」

 

 くいっと顎を上下に揺らすと、天ヶ崎がネギ少年に目を向けた。

 背丈の差から見下ろすよな形で、ネギ少年がどことなく警戒する。

 しかし、それを分かりきっているように口元に微笑を浮かべると。

 

「そっちのトップには話を通しているさかい、襲い掛かるのは堪忍な」

 

「学園長に、ですか?」

 

 目を白黒させて、ネギ少年が呆然と呟く。

 

「というわけで敵やないで。というか、多分ずっと敵やないわ」

 

「え?」

 

「ウチの元上司は全部売っぱらったし、長はんにはたっぷり恩を売れたさかい」

 

 ケラケラと笑うと、天ヶ崎は指を軽く鳴らす。

 パチンッと音が響いて、何故か音がクリアになったような気がした。

 視線を集めるように佇み、優雅な手つきで肩に掛かる黒髪を掻き上げた。

 

「感謝しとるで、坊やには」

 

 ニタリと唇が歪む。

 妖しげな笑顔、傍目から見ている俺の背筋でさえも汗が噴き出してくる光景。

 しかし。

 

「……ま、ええわ」

 

 不意に肩を落とす、面倒くさそうに天を仰いで、口を開いた。

 まるで欠伸をするように、或いは嘆息するように。

 

「めんどくさ。じゃあ、用件終わったからさっさと去るさかい。他にも仕事あるし」

 

 さいならと手を上げると、クルリと背を向けて歩き出した。

 さっぱりとした気性。いや、というかドライなだけだろうか。

 

「ま、まってください! さっきのはどういう意味ですか!?」

 

 ネギ先生が声をかける。

 それに、天ヶ崎は振り返りもせずに手を振って。

 

「多少は政治の勉強でもせえなー、利用されてポイされるでー」

 

 とだけ言って、人ごみの中に消えていった。

 それを俺と小太郎とネギ少年で見送って。

 

「なんか、すげえ人だったな。美人だったけど」

 

「否定出来んわ。千草姉ちゃん、すげえ浮かれとるなぁ」

 

 頭を抱えて呻く小太郎。

 問題のある人なのだろうか?

 と、そう考えていると。

 

「あの、小太郎君。さっきのって」

 

「ああー、言いわ。あとである程度説明したる、俺も全部知っとるわけやないけど」

 

 などと話を開始し、話題についていけない俺は頭を掻いて。

 

「まあいいわ。小太郎、俺は古菲たちと飯食うから、仲良く遊んでろ」

 

「ええー」

 

「そ、そんなー」

 

 何故にそこで不満そうな顔をする?

 やべえ、幼稚園児での保育士のような気分だ。

 

「お前らには情報交換が必要なんだろ?」

 

「長渡ー! さっさと行くアルヨー」

 

「ほれ、呼ばれてるし」

 

 悪いな、と軽く謝る。

 二人は残念そうな顔を浮かべると。

 

「そうですね、強制はいけないですし」

 

「そや、な。じゃあ、兄ちゃん! 明日は付き合ってもらうで!」

 

「へいへい、大会後ならいいぜ? まあライブぐらいしか予定ねえし」

 

 気軽に約束し、俺は小太郎とネギ少年の頭を軽く撫でた。

 ポン、ポンッと、少しだけ機嫌がいいからサービスだった。

 

「じゃなっ」

 

 俺は別れを告げて、古菲たちのところに向かった。

 背を向けて、少し小走りで去ると。

 

「じゃ、またあとでな兄ちゃん」

 

「またあとでー」

 

 そんな声が聞こえた。

 あとで? と少し疑問に思ったが。

 

「ネギ先生ー!」

 

「あ、いいんちょさん!」

 

「あやか姉ちゃんやん。じゃ、ネギ行くでー」

 

「うん!」

 

 そんな会話が聞こえて、俺は少しだけ安心した。

 

「どしたアル?」

 

 テクテクと近づいてきた古菲が、小首を傾げている。

 俺は苦笑し、手を横に振りながら。

 

「気にすんな。じゃ、飯でも食おうぜ」

 

「おおー!」

 

「生きのイイ焼肉食べるアルヨー!」

 

「喰い放題いくぞー!」

 

『ウシャー!』

 

 盛大に喝采が上がる。

 飢えた野獣どもが手を振り上げていた。

 アホばっかりだが。

 

「……ま、楽しいからいいか」

 

「何か言ったアルか?」

 

 ボソリと呟いた言葉。

 けれど、それに古菲が反応し。

 

「いんや?」

 

 俺はとぼけておいた。

 今は午後二時過ぎ。

 

 大会までの時間、少しぐらい楽しんでも悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 そして。

 肉を食った。

 沢山食べて、エネルギー補給をして。

 寮に戻って、シャワーを浴びて。

 

「――ん?」

 

 ピピピと鳴り響いた携帯のアラームで目が覚めた。

 寮の自室、帰ってくる気配も無い同室の親友の帰還を待つまでも無く。

 

「五時か」

 

 手に取った携帯のアラームを止めて、時間を確認する。

 頭に張って置いた鎮静用のひえピタを剥がして、首を回す。

 

「三十分は寝れたか?」

 

 焼肉三昧と仮打ち上げのテンションから抜け出し、寮に帰ったのが4時ぐらい。

 ジャージに、Tシャツ一枚で仮眠を取っていたのだが、三十分ほどの浅い眠りで眠気がある。

 肩を回す、手首を揺らして、柔軟体操を行なう。

 リビングの中央に立って、軽く足を広げながら腰を落とし、ぴったりと百八十度に足を広げて、お尻が床についてから、俺は前のめりに倒れた。

 体の柔らかさには自信がある。

 ゆっくりと体をほぐしながら、やがて姿勢を整えて。

 

「よし」

 

 たっぷり五分近く、柔軟をして。

 寝起きで固まった体を動かし、軽く汗が噴き出す程度で終了する。

 時計を確認、五時十分。

 洗面所にいく、上のシャツを脱ぎ捨てる。脱衣籠にいれて、ジャージも入れる。

 タオルで体を拭く、汗を拭う。熱気だけが残って、不快な湿気が取れる感覚が気持ちいい。

 用意しておいた着替えを着る。

 上に破けてもいいTシャツを被り、下に柔らかくした青いジーンズを穿いた。ベルトはつけない、十分にサイズは合ってるし、そこを掴まれれば容易く投げられる取っ掛かりになるから。

 爪先には五本指の靴下を履き、足指を動かして異常がないことを確認する

 そして、玄関に向かい。

 

「さて、と」

 

 靴を履く。

 紐もなく、ベルトもなく、ただ脚のサイズだけでフィットするスポーツ用のシューズ。

 黒ずんだそれを嵌めて、俺は息を吸いながら、玄関横に掛けておいたジャケットを羽織った。

 浅葱色の革ジャケット、お気に入りの一品。

 バサリと空気を孕むように着て、燃え上がる熱気の錯覚を覚えながら玄関から出る。

 鍵を閉める。

 チャラリと財布だけ入れたポシェットに鍵を放り込み。

 

「戦うか」

 

 靴底を鳴らし、俺は走るように歩き出した。

 覚悟を決めて。

 いずれ来たる決着のための予行演習に挑む。

 

 

 手は抜かない。

 

 絶対にだ。

 

 

 

 

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